牛乳配達の会社はなぜGoogle Workspaceだけで業務を変えられたのか――明治クッカー・西原亮が語る中小企業のDXと「〇〇なのに」戦略

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概要

株式会社明治クッカー代表取締役の西原亮氏は、牛乳配達を本業とする会社を経営しながら、YouTubeでGoogle Workspaceの実践的な使い方を発信している。聞き手のSean Kawakami氏は、その動画を見て西原氏をGoogleのエバンジェリストだと思っていたという。この回では、IT知識も予算もない現場にデジタルツールをどう根付かせたのか、DXが進まない会社では何がボトルネックなのか、牛乳屋が本業以外へ目を向けた理由は何か、が順に語られる。西原氏の一貫した立場は、DXの中心はツールを増やすことではなく、使うツールと見る数字を減らすことだ、というものである。

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冒頭のダイジェストでは、前回の内容とみられる西原氏の経験も短く紹介された。父親の悔しさを継ぐつもりで家業に入ったこと、コンサルタント出身で「鼻が伸びていた」こと、70代のスタッフや初めて働く主婦のスタッフに100枚ほどのパワーポイントで中期経営計画を説明したこと、社内でお金がなくなったり車のタイヤを全部パンクさせられたりしたことである。顧客に話を聞きに行くと「実は牛乳は好きではない」と言われたことにも触れ、いまの同社の牛乳は日本で最も値段が高い部類だと西原氏は話している。

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「Googleの人だと思った」――現場の肌感覚がある使い方

Kawakami氏が西原氏を知ったきっかけは、Google Workspaceの使い方を解説するYouTube動画だった。一般論ではなく、手を動かしながら具体的に教える内容だったという。Kawakami氏は動画を横に置いて同じ操作を試し、Googleのスプレッドシートでガントチャートまで作れることに驚いた。

Kawakami氏によれば、ツールの一般的な使い方を教える人は多いが、紹介されるユースケースが現場では使えないものであることも多い。西原氏の解説には、実際に現場で使っている人ならではの「ラストワンマイル」のノウハウがあった。そのためKawakami氏は、どこかのソフトウェア会社のエンジニアか、Googleの関係者だと思い込んでいたという。

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出発点は「お金がない」――ツールを一つに絞ったのは結果論

情報発信の始まりについて、西原氏はまず社内の事情を説明する。同社は業務時間の配分を7対3にし、3割を顧客の役に立つ時間にあてるという目標を掲げた。そのためには業務の改善が必要だったが、お金がなかった。社員は高卒か専門学校卒で、配達や営業のように体を動かす仕事をしているメンバーが中心であり、ITの知識もなかった。

ツールをいくつも試せばお金がかかる。そこで西原氏は、以前から使っていたGmailやGoogleマップに目を向けた。よく見ると、Googleにはマイクロソフトのパワーポイントに似たツールなども揃っていた(この言い方はGoogle側にも伝えたと西原氏は笑う)。それなら他のソフトは解約し、この中だけで済ませようと考えた。

このとき西原氏は、Googleのツールがクラウド製品で、インターネット上でリアルタイムに共有できることに気づいた。ファイルを更新して実績を集計するような作業は要らなくなる。そこから、このツールだけでやると決めてほかを全部捨てた。Kawakami氏が「結果論だったのか」と尋ねると、西原氏はそうだと答えている。

ツールを一つに絞った理由はもう一つある。社員のITリテラシーが低く、画面の見た目が変わるだけで全員が混乱してしまうからだ。アルバイトの主婦やシニアのスタッフは、見たことのない画面が出ると「無理」とすぐに諦めてしまう。同じツールの中で完結すれば、いつも見ている画面で作業できる。

最初に使ったのはGoogleフォームだった。イベントの出欠確認などでよく使われるが、営業の実績と名前を入力すれば自動でスプレッドシートに集まる。そうなれば報告は不要になり、数字も可視化される。ここが出発点だったという。

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ツールでできないことはやめる――業務が消えていく仕組み

Kawakami氏は、自分もつい「これにはこのツール、あれにはあのツール」と勧めてしまうと打ち明ける。Googleスライドで作ったのか、パワーポイントで作ったのか。Todoistでタスクを管理してSlackでやり取りするのか。そうなると、どのツールで何をしているのか誰も分からなくなる。

西原氏は、ツールを一つに絞ると諦めがつくと話す。このツールでできないことはやめよう、と決めると、業務がどんどんなくなっていく。たとえば高機能なCRM(顧客管理システム)を導入する代わりに、スプレッドシートに顧客の名前を入れた簡単なデータベースを作り、それを全員で確認すればよい。そこから始めてみたら、それで十分だった。こうした経験が、西原氏のYouTubeの内容の元になっている。

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浸透させる3原則――例外を作らない、究極まで簡単にする、寄り添い続ける

Kawakami氏は次に、使い方が分かっても全員に使ってもらえなければ意味がないとして、どうすれば社内に浸透させられるかを尋ねた。西原氏は三つの原則を挙げた。

一つ目は、例外を絶対に作らないことだ。「この人だけはどうしても無理なので紙で見てもらう」という例外を一つ作ると、効率は一気に落ちる。やると決めたら100%徹底させることを大前提にしている。

二つ目は、究極まで簡単にすることだ。西原氏は75歳の男性スタッフの例を挙げた。配達の記録をスマートフォンで入力してもらえば、会社は全部の数字を把握でき、給料の計算にも連動させられる仕組みを作った。プログラミングのコードは使っていない。ところが現場にとっては入力そのものが難しく、このスタッフから強く文句を言われた。西原氏は、これがかえってよかったと振り返る。この人でも使えるようにしようと考えた結果、入力は選択肢を選ぶだけにした。小学1年生でも、初めてスマートフォンに触る75歳でも分かること。それを設計の方針にしたという。

三つ目は寄り添い続けることで、西原氏はこれが最も大事だと強調した。最近、GoogleのオフィスでDX推進のリーダーたちに向けて話をしたが、ほとんどの人は「これを使ってくれ」と言ったきりだったという。実際に電話をしたり現場に行って「使っていますか」と聞いたりすると、立ち上げたらログイン画面が出て分からなくなった、といった細かいつまずきが出てくる。1日に5人でも1人でもいいので、横について一人ずつ使ってもらい、声をかけ続けることが大事だと西原氏は話す。

8:31

寄り添うコストをどう捻出したか――KPIを32項目から絞り、日報も廃止

Kawakami氏はここで、寄り添い続けることには人手というコストがかかると指摘した。大企業ならIT推進の部署があるが、中小企業にそんな人はいない。どうするのか。

西原氏は、自分もまさにその壁に当たったと答える。そこで行ったのは、会社として見る数字や集める数字を減らすことだった。以前は配達のたびに、何本届けたか、何件回ったか、ガソリンはどうか、顧客の声はどうかなど、多くの項目を日報に入力してもらっていた。それでは入力する人の負担も、教えるコストも大きい。そこで見る数字を徹底的に絞り、日報も不要にするなど、業務を断捨離していった。

Kawakami氏が、数字を減らせば見えなくなる部分が出るのではないかと問うと、西原氏はKPIそのものを見直したと説明する。以前は32項目を見ていたが、取りすぎていた。営業であれば、顧客との接点や契約など本当に必要なものだけを残した。

顧客の声については、顧客の許可を得て会話を録音し、音声データとして残すことにした。西原氏によれば、この蓄積は3、4年たってAIの時代になってから初めて役に立ち始めた。Kawakami氏は、録音デバイスを持っておけば顧客の声をすべて記録でき、日報も要らなくなると応じた。そのうえで、多くの会社ではこの3、4年、何もしないまま放置されているとも指摘している。

10:49

リスナー質問――ベテランが「困っていない」と言う現場をどう動かすか

番組には、埼玉県の中小メーカーで経営企画を担当する38歳のこうじさんから質問が届いた。社長からDXを進めるよう言われているが、現場のベテラン社員は今のやり方で困っていないと言い、取り合ってくれない。超アナログな現場でDXを成功させた西原氏なら、最初の一歩として何をするか、という内容である。Kawakami氏は条件を具体的にするため、東京・大田区にある従業員340人ほどのメーカーで、自分が現場社員として推進担当になったら、という設定で尋ねた。

西原氏の答えは、社長からトップメッセージをもらうことだった。こうしたベテラン社員はトップダウンでしか動かない、と西原氏は言う。社長が「DXを進めろ」と担当者に命じるだけでは足りない。なぜDXをするのか、いつまでにどこまで進めるのかを、社長自身がベテラン社員に向けて発信する必要がある。実際には難しく、推進担当は孤独になっていくことが多いとみている。それでも340人規模なら、まず社長のメッセージで一定の強制力を働かせることが、最初の一歩として絶対に大事だと話した。

Kawakami氏は全面的に同意した。そのうえで、そもそもDXが何かが理解されていないことも問題だと補足する。Kawakami氏の整理では、デジタイゼーション(既存のものをデジタル化すること)、デジタライゼーション(デジタル化したものを使って効率化すること)、DX(デジタルを使って新しい価値やイノベーションを生むこと)は別の段階であり、DXはかなり先の段階にある。いきなりDXを目指さず、まずPDF化のような第一歩から始めればよい。

Kawakami氏の顧問先にはクリニックや建設業もあり、いまだにFAXで発注しているところもあるという。この3段階を説明すると現場の担当者は大抵納得するが、それでも進まない原因はトップにある。社長はパワーポイントを紙に印刷してしか見ず、話を聞くと「自分も別に困っていない」と言う。何度DX講座を開いても、上が変わらなければ無理だった。だから社長がいずれイノベーションを起こさなければと考えているかどうかに尽きる、とKawakami氏は述べた。西原氏はさらに、現場に取り組ませてもコスト削減がどうなったかという経営的なインパクトしか見ない経営者も多い、と付け加えている。

15:38

カタカナの定義と、トヨタの社内辞書

話題は、言葉が雑に使われている問題に移った。Kawakami氏によると、大手企業の中には「ブランディング」という言葉を禁止しているところもあり、「ブランドステートメント」や「ミッションステートメント」と言うと「理念宣言」や「使命宣言」と日本語で言い直すよう求められるという。カタカナは手軽に使えるぶん意味がずれやすい。ストラテジー、プラン、スケジュールの違いが曖昧になり、互いに非効率なコミュニケーションになっている、というのがKawakami氏の見立てである。

西原氏が、英語と日本語の使い分けで混乱しないのかと尋ねると、Kawakami氏は、カタカナを使ったら必ず括弧で定義を添えるよう習慣づけていると答えた。たとえばプランなら3年以内、スケジュールなら数か月以内というように、その場での定義を決めてから話すという。

Kawakami氏はトヨタの例も紹介した。トヨタは社内に言葉の辞書を持っていて、たとえば「提案書」とは添付の決められた用紙を埋めたものを指す、というところまで細かく定義していると聞いたという。定義しなければ言葉の意味がぶれる。ぶれればコミュニケーションにコストがかかり、それが積み重なって非効率を生む。この考え方に納得したことが、Kawakami氏が自分の言葉を定義するようになった理由だという。

18:18

新事業「ことむすび」と、販売店連合の難しさ

Kawakami氏は、西原氏が一定の成果を出して次の段階に進み、M&Aや「ことむすび」というプロジェクトに取り組んできたことに触れた。西原氏によると、ことむすびは西原氏が数年かけて仕掛けたもので、現在はいったん終了している。

仕組みはこうだ。ベンチャー企業は新しい商品やサービスを立ち上げるとき、実際の顧客の反応を見たい。牛乳販売店は顧客と接する仕組みを持っているので、業界全体を巻き込んでベンチャー企業のマーケティングを支援する。明治クッカー単体の顧客は当時5,000件に届かなかったが、牛乳販売店が連合を組めば10万件、20万件になる。牛乳配達は毎週顧客のもとへ行くため、テスト商品を流せば2週間後には全顧客の反応データが集まる。

しかし、この事業はあまりうまくいかなかった。西原氏はその理由を、販売店の連合だったことに求めている。参加した経営者からは「これでいくら儲かるのか」と強く問われた。一方でベンチャー側は、できるだけ大きなボリュームを求めた。複数のオーナーの間で意思決定をそろえるのが難しかったという。それでも領域としての可能性は十分にあり、今後は同社単体で取り組んでいくと西原氏は話した。Kawakami氏も、ヤクルトなどを含む乳製品の宅配網は地域に根ざした大きなネットワークであり、そこから顧客の声を集約できれば商売の大きな種になると評価している。

20:49

牛乳・ヨーグルトで儲けることを「いい意味で諦めた」

Kawakami氏は、こうした発想はコンサルタントとして多くの業界を外から見てきた経験から生まれたのではないかと尋ねた。西原氏はそれも大きいと認めたうえで、本音として別の理由を挙げた。牛乳やヨーグルトを売ることで自分たちが報われるようにする、収入を増やす、ということを諦めたことが大きいという。

社員が最初に描いた夢は、全員の平均年収を400万円、500万円にすることだった。しかし牛乳やヨーグルトだけでそれを実現しようとすると無理が生じる。薄利で売り続けるか、強引に値上げし続けるしかない。そこで、本業だけで年収を上げることを西原氏は「いい意味で」諦め、外に目を向けた。

Kawakami氏は、本業で儲けるのをやめるという話は、特に現場に近い社員ほど理解しにくいはずだと指摘する。西原氏はその通りだとしたうえで、社内には次のように伝えたと説明した。自分たちは10年後も20年後もおそらく牛乳屋をやっている。ただし牛乳やヨーグルトは、顧客との関係をつくるきっかけと位置づける。牛乳の販売をやめるわけではなく、顧客との関係をつなぐ役割を担わせる、ということである。

Kawakami氏はこれを聞きながら、伝統工芸、酒蔵、曲げ物、研磨などを営む中小企業の顧問先の社長たちを思い浮かべたという。彼らは次の一手を考えても、積極的に何かを捨てるところまでは踏み込めない。ずっとその中にいるからだ。西原氏は外から入ってきたから見えたのではないか、とKawakami氏は問い、親の後をいきなり継いだ経営者にはなかなか見えないとも話した。

西原氏は「あくまで自分の思い」と断ったうえで、自分が追求する理由の多くは社員に向いていると語った。リスクを取って牛乳屋に勤めてくれた社員の年収を、どうすれば大企業より高くできるか。それをずっと最上位に置いている。その基準で考えると、今のままでは絶対に難しい。一方で、自分の食い扶持を守るだけなら、変化せずに社員を安く使えば15年ほどは生き延びられるかもしれないとも言う。だから中小企業の経営者や2代目には、ついてきてくれる社員が大企業より高い年収を得て、結婚したければ結婚でき、生活できるようにする、という指標を持ってほしいと話す。その指標を置けば、多くの人が今のビジネスモデルでは無理だと気づくはずだ、というのが西原氏の考えである。

25:03

会社の経営計画と、社員の人生計画を重ねる

Kawakami氏はこの話を、会社の経営計画と社員一人ひとりの人生計画が重なっていないから変化が起きない、と言い換えた。会社には使命や計画があるが、会社と一緒に成長して年収が上がり、人生が豊かになることを社員も望んでいるはずだ。そこへ一緒に進もう、段階を1から順に踏もう、とパートナーとして伝えられれば、昨日と違う仕事を求められても、社長の向いている方向が自分のやりたいこと(Will)と同じなら受け入れられる。Google Workspaceを使えと言われても、向かう先がそちらなら従おうと思える。

逆に「今のやり方を変えろ」とだけ言われると、変える=知らない=嫌だ、で終わってしまう。本当にやりたいのは牛乳配達そのものではなく、その先で人生が豊かになることではないか。そう伝えていけば、動かなかった大きな岩も少しずつ動く。「別にずっと研磨をやりたかったわけじゃない」「プラスチックを削り続けたかったわけじゃない」と思えれば、少し変わってくるかもしれない、とKawakami氏は話した。

26:45

家族経営の再評価――米国のビジネススクールで学ばれる「ダイナスティ経営」

西原氏はここで、自身の心境の変化を明かした。以前は、会社を「ファミリー」と呼ぶ社長たちに嫌気がさしていた。なぜ親でもないのにファミリーなのか、と思っていたという。ところが今は、自分の考えがファミリーの方へ戻ってきている気がする。牛乳屋が憧れられる存在になることを一つのテーマにしており、自分たちの人生が豊かになったと言える中小企業だからこそ、一人ずつを自立させていきたい。43歳になったからかもしれないが、昭和的な感覚に戻ってきた、と西原氏は話す。

Kawakami氏はこれを受けて、経営学の流れを紹介した。家族経営はなれ合いになるので駄目だとされ、効率と合理化を目指すアメリカの経営学が世界を席巻してきた。社長も内部から昇進させるより外部から招く方がよいとされた。しかし一回りして、いまアメリカのビジネススクールではダイナスティ(王朝)経営、つまり一族経営の方がロイヤリティが高まるという点が学ばれている、とKawakami氏は言う。ロイヤリティは効率化を超える。社員が「ここにいてよかった」と思えること(ES)がなければ、顧客の満足(CS)も生まれない。その観点から日本企業を評価する研究も行われている、とKawakami氏は紹介した。

Kawakami氏は、何が正解かは分からないと断りつつ、会社を10年物国債の利回り以上を稼ぐ装置とみるアメリカ的な考え方とは違い、法人としての人格を備えた存在とみる見方もあるのではないかと述べている。

29:16

M&AとPMI――3社を引き継ぎ、3〜5年かけて統合する

続いてKawakami氏は、中小企業のM&Aについて西原氏の考えを尋ねた。西原氏は、自社のような斜陽産業では、M&Aは今後ますます主流になるとみている。中小企業の数はこれから減っていく。自身も2代目である立場から、これから2代目として経営する人はM&Aをメインの戦略に据えるべきだと話した。

一方で、本当に苦しいのは買収後の統合(PMI)だという。明治クッカーはこれまでに3社をM&Aに近い形で引き継いでおり、従業員は丸ごと、株式は一部という形をとっている。苦労したのは、引き継いだ従業員の給与の調整だ。前の会社での残業代未払いの問題もあった。「払われていない」と言われ、自分たちの時代のことではないと思っても、全部を引き継いだ以上は対応せざるを得ず、内容証明郵便が送られてきたこともあったという。それでも一定数のM&Aを重ねると、「あそこに任せれば大丈夫だ」と評判が立ち、買ってほしいという話が集まってくる。西原氏は知人の例も含めてそう話している。

Kawakami氏は、統合後の人・金・情報・技術・時間をうまくまとめることに手間を惜しまないことが大事だと応じた。西原氏はさらに、短期的に成果を求めないことを挙げた。3年から5年かけてゆっくり進めなければ、壊れるものは壊れてしまうという。

Kawakami氏は、明治クッカーそのものが経営コンサルタントと牛乳配達会社の「M&A」のようなものだと笑った。AとBが単純に足し合わさるのではなく、交わることで新しいCが生まれる。買う・買われるという後ろ向きの捉え方ではなく、まったく違う事業が生まれるかもしれないという予感を持って臨んだ方がよい。これからの中小企業にとって中核となる戦略になる、とKawakami氏も同意した。

32:34

情報過多の時代のキャリア――「やりたいこと」より「できること」

最後の相談としてKawakami氏は、30代後半から40歳前後の会社員を想定した。情報がないと不安になるが、今は人生のダッシュボードに情報があふれ、バックミラーが20個も付いているような状態で、情報が多すぎてかえって不安になる。周りには起業した人も、転職して給料が上がった人もいる。今の仕事に大きな不満はないが、何かしなければという不安がある。そうした人にどう助言するか。

西原氏が軸にしているのは、自分ができることを追求することだという。やりたいことをいくらやろうとしても続けられず、結局外でアルバイトをしてお金を稼ぐ人を多く見てきた。できることを好きになる方が大事だと西原氏は考えている。SNSでは周りがきらきらして見えるが、多くの人は目の前の仕事をなんとなくこなしている。だから、今できる仕事を社内トップレベルまで高め、転職活動をするなら自信を持ってアピールできる水準にする。あれこれ手を出すより、今できることを社内トップクラスに持っていく段階に集中する方が、最終的に幸せになれるというのが西原氏の考えだ。

Kawakami氏はこれを、得意かもしれないものを本当の得意にし、さらに誰にも負けない競争優位にすること、と言い換えた。転職や起業や資格はそのための手段であり、目的化すると周りが転職しているから転職、という発想になってしまう。Will(やりたいこと)、Can(できること)、Must(やるべきこと)のうち、まず「自分は何ができるのか」から始めるのがいちばん幸せになりやすい、とKawakami氏は感覚として述べた。

36:27

「憧れられる牛乳屋」と「〇〇なのに」戦略

今後の目標を問われると、西原氏は「憧れられる牛乳屋になる」と答えた。このビジョンは、大企業の社長から否定されたこともあるという。ミッション、ビジョン、バリューとして、どんな社会課題を解決するのか、外向きではないのではないか、と言われたそうだ。

それでも西原氏が実現したいのは、牛乳屋なのに人がどんどん集まってくる世界だ。牛乳屋なのにYouTubeをやり、シニアの顧客にスマートフォンを教えてGeminiを使ってもらい、みんなが輝いていて、牛乳屋なのに給料がとても高い。そのために取り組んできたのだと言う。今後も非連続的な取り組みが出てくるとし、西原氏が一つだけどうしてもやりたいこととして挙げたのが「牛乳屋なのにグローバル」だった。アメリカやシンガポールに店舗を出せたらいいと考えている。そのため英語の勉強にも取り組んでおり、文法は最後でよく、まずチャンク(語の塊)から覚えて後で文法を直す、というKawakami氏の著書の方法で練習しているという。

Kawakami氏は、日本のローカルな牛乳屋がこんなことをしていると世界に発信してほしいと応じ、これは日本の中小企業や零細企業すべてのモデルになると述べた。溶接業は駄目だと言われていても「溶接業なのに」、何百年続く酒蔵でも「酒蔵なのに」と言えばよい。西原氏も、そうすると強みになると答えた。牛乳屋なのにGoogleを使っている、というだけで注目されることもあるからだ。

本業を否定しなくても、「〇〇なのに」という発想から可能性のある面白いことが見えてくる。Kawakami氏のこの言葉で対談は締めくくられた。