ブランドは「人格」である──ザ・ノース・フェイスの大坪岳人が語る、利益との線引きと黒いレインウェアの転換

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概要

「ブランド」は使い古され、意味がぼやけた言葉になっている。ナビゲーターのSean Kawakamiはそう前置きして、ゴールドウインでザ・ノース・フェイスのブランド事業副本部長を務める大坪岳人に問いかけた。あなたにとってブランドとは何か。大坪の答えは「人格」だった。対談はそこから、ブランドと利益の折り合い、買い替えが起きにくい商品でファンとの関係を続ける方法、そして視聴者から届いた「コアなファンとマスの拡大、どちらを先に取るべきか」という質問へと進む。

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ブランドとは、人の心に浮かぶ「空気感」

大坪によれば、ブランドには形がなく、決まった定義もない。それでも名前を聞いたときに頭の中にふわっと浮かぶイメージや空気感がある。大坪はそれをブランドと考えており、人の人格やキャラクターに近いものだと説明した。その人の性格や雰囲気にあたるものが、ブランドにもあるという考え方である。

Kawakamiはこれを「パーソナリティ」と言い換えた。作った人や関わる人たちを集めて見たときのパーソナリティ、さらに今話している大坪自身の人柄も含めてブランドなのだろう、とKawakamiは言う。それがたまたまTシャツなどの商品の形をとる。本当に良いブランドは、商品の向こうに人が見えるのではないか、というのがKawakamiの受け止めだった。

大坪はこれに応じ、人に「私はこういうことはしない」というポリシーがあるように、ブランドにもポリシーやキャラクターがあり、仕事のうえでそれを大切にしていると話した。ただし実際の仕事は、物を作って売ることである。そのため、ブランドのポリシーから離れそうになる場面は非常に多いという。

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ブランドと利益を「別々に考えない」

Kawakamiは、ブランドを守ることと利益を増やすことは必ずしも釣り合わないのではないかと問うた。会社は非営利団体ではないので、ブランドを育てながら利益も出さなければならない。大坪もそのバランスは本当に難しいと認めたうえで、だからこそ両者を別々に考えないことが大事だと答えた。ブランドと利益は一体のものとして扱う、という立場である。

Kawakamiはさらに具体的な場面を挙げた。安くすれば多くの人が買ってくれ、利益が取れるなら会社としては嬉しい。MD会議で「安くすればいい」という話が出たとき、「必ずしもそうではない」と線を引く基準は何か。

大坪が挙げた基準は「長く続けられるかどうか」だった。材料費などの事情で値段が上下することはある。それでも、お客さんが買った物を大切に長く使ってもらえるか、企業としてその商品を長く続けられるか。これが一つの判断基準になっているという。

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壊れない商品で、どう長く付き合ってもらうか

Kawakamiは「天邪鬼な質問かもしれない」と断ってから、こう尋ねた。シャンプーや洗剤と違い、Tシャツは使っても消えてなくならない。ファンになって長く付き合ってもらうといっても、補充の需要が自動的に生まれるわけではない。そのときマーケティングはどう考えるのか。

大坪は、買い替え需要はそれほど見込めないと認めた。山で使う前提で、そもそも丈夫に作ってある。気分で買い替えるものでもない。そのうえで大坪は二つの道筋を示した。

一つ目は「選択肢」を出していくことである。フィールドに出たり、アクティビティをしたりするときに必要な物は一つではない。ブランドを好きになってもらえれば、別の場面で選んでもらえる選択肢を用意できる。大坪は、道具づくりにはトレードオフがつきものだと説明する。雨を防ぎながら汗を逃がす、小さく畳めるようにする、といった相反する条件を両立させるのが、道具としての使命である。それでも人によって「自分はこちらがいい」という好みは分かれる。だから一つの正解を出すのではなく、いくつかの選択肢から選べるようにする。そうすれば、買い替えではなく「この場面ならこちらの方がいい」という形で買ってもらえる。

二つ目は「アップデート」である。一度買った人にも、以前のギアより良くなったと伝われば見に来てもらえる。そういう需要は発生する、と大坪は言う。

Kawakamiはこれを、LTV(ライフタイムバリュー)の話としてまとめた。1人の客が1回買って終わりではなく、1年、2年、3年と何度も買ってくれることを考えて、今日の売り方を決める。今月の営業目標に追われると、マーケターは自分も含めて目先の1回の販売に走りがちだ。しかし長い目で見れば、客と長く、頻度高く接点を持つ方がいいのではないか、とKawakamiは自戒を込めて語った。

大坪は、マーチャンダイザーによく伝えていることを紹介した。売れる商品を作ることは大事だが、その商品が周りの商品にどう影響するかも考えてほしい。前の商品から今の商品へ、今の商品から次の商品へと開発は続いていく。そのつながりをどう組み合わせるかを非常に大事にしている、という。

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「顧客を育てる」という考え方

Kawakamiは、アウトドアにはアクティビティに集まるコミュニティという「場」があり、文脈を作りやすいと指摘した。大勢の客を呼び込むよりも、その場の中で新しいギアを紹介したり、着方やテントの立て方、楽しみ方を伝えたりする。そうすると客は、物を買うというより、アクティビティをもっと楽しみたくて買うようになる。ザ・ノース・フェイスは車を売っていないが、「大坪さんはどんな車に乗っているのか」という話からも関心が広がる。そうやってエコシステムができていくのではないか、とKawakamiは話した。

大坪はここで、社内でよく使う「顧客を育てる」という言い方を紹介した。自分たちが客より上だという意味ではないと断ったうえで、世の中には客がまだ知らない価値がたくさんあるはずだと言う。その価値に出会うことで、客の中で「これならもっとこういうことができるかもしれない」という可能性が広がっていく。それが大事なアプローチだと考えている、と大坪は述べた。

Kawakamiが、アウトドアという消えることのない文脈の上で一定数のコミュニティがブランドを愛している限り、このブランドは続きそうだと言うと、大坪は「それを裏切らないこと」だと応じた。

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大坪自身のアウトドア

大坪自身もアウトドアが好きだという。本格的な登山をしているわけではないと前置きしつつ、石川・富山の出身で、雪山を滑るのが好きだと語った。カヤックも好きで、最近は走れていないもののトレイルランニングも好きだという。

トレイルランニングには入社当時の思い出がある。大坪が入社したころ、ブランドとして箱根で50kmのトレイルランニングを盛り上げようとしていた。「トレイルランニング」という言葉がまだあったかどうか、というくらいの時期だったという。製品開発のために自分でもトレイルに出ていたので、今でも好きだと話した。

11:13

視聴者の質問:コアなファンとマス、どちらを先に取るべきか

番組には、33歳でアウトドア系D2Cブランドを立ち上げて3年目の創業者から質問が届いた。熱心なファンはついたが、規模を追うと「らしさ」が薄まると言われた。ザ・ノース・フェイスは本格派としての信頼と、街での人気をどう両立させたのか。順番と作法を教えてほしい、という内容である。

Kawakamiはまず、本格的なアウトドアブランドとしての信頼と、タウンユースとしての人気は「そうなってしまった現象」なのか「狙った現象」なのかを尋ねた。大坪の答えは、狙ったとは言いづらいが、狙った部分も当然ある、というものだった。

大坪は商品と届け方を分けて説明した。商品については、街での人気を狙って作るものはあまりない。アウトドアの解釈は広くレベルにも幅があるが、基本はアウトドアの中での価値をできるだけ高め、まずコアな部分を取っていく。一方で、売り方や届け方、店のあり方はもっと多様であっていい。たとえば、雨を防げる服は雨が降っていないときにジャンパーとしても使える。しかし、そのことは意外と知られていない。そこで原宿に何店舗も作り、同じ商品でも「こういう使い方もある」と伝える。そうすればコアを壊さずに広げられるのではないか、と考えたという。変えたのはコミュニケーションや売り方、世界観の伝え方だった。

Kawakamiはこれを質問者の状況に引きつけた。質問者が「規模を狙う」と言うとき、それはタウンユースに寄せる、安くして買いやすくするなど、新しい商品やMD戦略を立てることを指しているのだろう。だが大坪の話は、商品を変えるのではなく、コミュニケーションを変えればいいということだ。山で使えるなら街でも当然いい。そう伝え方を変えれば、同じ商品が別の場所でも売れる。Kawakamiがこう整理すると、大坪は「価値が正しく伝わるようにすることの方が大事だ」と答えた。冒頭の人格の話と同じで、ブランドが変わってしまうと「あいつ変わっちゃったな」と思われる、とも付け加えた。

14:48

作り手と売り手の葛藤

Kawakamiは、営業や販売の現場からは「こうすれば売れるのに」という声がたくさん出るはずで、作り手との間でぶつかることもあるのではないかと尋ねた。大坪は、それはとてもあると認めた。自分たちの中にも葛藤があるという。

ビジネスをしている以上、こうすればもっと売れると思うことはある。それでも「このブランドはそれをやらない」と感じることもある。ただ、その線引きはどこかに決まっているわけではない。短期的な利益を追ってはみ出してしまうのは良くない。一方で、「NEVER STOP」を掲げるブランドが、こうでなければならないという固い型にとどまりすぎるのも違う、と大坪は話した。

15:27

黒いレインウェアが街の定番になるまで

その例として大坪が挙げたのが、ザ・ノース・フェイスが成長した一番大きなポイントだというレインウェアの話である。雨具は雨が降ったときに着るもの、という固定観念があった。それをフラットに考え直し、雨が降っていないときに着てもいいのではないかと考えた。

ところが、そうしようとすると「それはレインウェアではないのではないか」という声が上がった。日常でも着たいから黒いレインウェアを作ろうとしたときも、山の世界では黒は見えにくくなるから良くない、といった反対がコアな人たちから出ていたという。それでも冷静に考えれば、黒なら着る出番が増え、より多くの人に届けられる。結果として、コアな人たちの意見とは違うものを作ったことで、より多くの人に届いた。今は黒いアウタージャケットを着ている人が本当にたくさんいる、と大坪は振り返り、そこに転換があったと話した。

Kawakamiはこれを、レインウェアとして作った商品を「レインウェアとしても使えるウインドブレーカー」と言い換えたことで、同じ商品なのにまったく違う売り場と客が見えてきた、と言い表した。マスに売るためにMDを一からやり直すのではなく、今ある物をどうマスに展開するかを考えてみる。質問への答えも、そういうことだろうとKawakamiはまとめた。

17:13

ファン経済とデジタルマーケティング

対談の後半で、Kawakamiは大坪にぜひ聞きたかったという問いを投げた。マスマーケティングは、より多くの人に気づいてもらい、信頼され、興味を持たれ、記憶され、買ってもらうために懸命に取り組まれてきた。一方で、鉄道ファンの世界を見ると、プラレールや鉄道会社が大規模なマーケティングをしているようには見えない。それでも乗り鉄や撮り鉄など、ファンがファンを呼び、消費が生まれている。秋葉原では同人誌を100冊、CDを80枚買う人がいる。銚子電鉄が線路に落ちている石を売れば、それも買われる。CD80枚も同人誌100冊も、実用的には要らないはずだ。Kawakamiはこうした消費を、資本主義の等価交換とは違う、マーケティングを超えた「メタマーケティング」のように感じるという。その対極に、ウェブやInstagramでCPAやコンバージョンを追うデジタルマーケティングの世界がある。両方を見ている大坪には、この二つがどう見えるのか、という問いだった。

大坪は、ファンが生む価値はおそらく「お金では買えない価値」であり、言い換えればデジタルに置き換えられない価値だと答えた。CD80枚という枚数は、払った金額とは関係のないものだろう、とも述べた。デジタルマーケティングは、そうした価値をいかに結びつけ、効率化していくかの手段である。だから大坪は、デジタルマーケティングをファンマーケティングを助けるツールと考えている。どちらか一方を選ぶものではない、という見方だった。

Kawakamiはこの答えに納得し、デジタルはファンを支える情報提供やコミュニティに使えばいいと話した。そのうえで、1人あたりの広告単価が高かったから下げよう、広告の出稿先を変えようと、そこにばかり集中するマーケターは、線路の石を買う人たちを見てどう思うのだろう、と問いかけた。ポルシェやフェラーリ、アストンマーチンは広告を大量に回しているだろうか、ともKawakamiは言う。「本当にお好きならどうぞ」という姿勢でありながら巨大なコミュニティがあり、エンジンや組み合わせについての語りがあふれている。エンジン音は他人から見れば何の価値があるのか分からず、うるさいだけかもしれない。それでも、たまらなく好きな人がいる。Kawakamiは、そこまで行くとブランドは本当に人格を備えたものになるのだろうと述べた。

21:35

自分たちの北極星

Kawakamiは、ザ・ノース・フェイスと言えば誰もが知っている、サザンオールスターズのように老若男女に知られた存在だと評した。そこまでブランドを作り上げることも、それを絶やさないことも大事だと語った。

これに続いて大坪は、ブランド名の「ノース」に触れた。本当の自分たちの北極星がどこにあるかが分からなければ、自分がどこにいるかも分からなくなる、と話した。

対談の最後には、60周年記念の「NEVER STOP EXPLORING EXHIBITION」が話題に上った。大坪は、周年行事なので過去を振り返る内容も当然あると説明し、「NEXT」について話し始めたところで、このエピソードは終わる。