「ニッチ」を市場に変えるには ハヤカワ五味が語る、小さく始めて会話を重ねる方法

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概要

J-WAVEとラジオNIKKEIの番組「MAKE IT NEXT」の初回に、メルカリでAI戦略を担当し、ランジェリーブランド「feast」の創業者でもあるハヤカワ五味が出演した。ナビゲーターはSean Kawakami。番組は、キャリアに迷う社会人、セカンドキャリアを考えるシニア、就職前の学生などを「ビジネスアスリート」と呼び、そうした人たちにヒントを届けることを掲げている。

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この前編では、大学1年でのブランド立ち上げ、「シンデレラバスト」という言葉、小さく始めて小さく失敗するという考え方、インターネットが可能にしたニッチ市場が主に語られた。ハヤカワの立場は一貫している。キャリアは計画通りに進んだものではなく、その時々の直感を積み重ねた結果である。そしてニッチな需要は、インターネット上で何度も出しては反応を受け止めることで市場になった、というものだ。

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プロフィール:feastからメルカリのAI戦略まで

冒頭でKawakamiが経歴を紹介した。ハヤカワは1995年生まれで、多摩美術大学グラフィックデザイン学科の在学中に、胸の小さい女性向けのランジェリーブランドfeastを立ち上げた。20歳で株式会社化し、「シンデレラバスト」という言葉を広め、7年間で累計2.5万という実績を挙げたと紹介された。

2019年にはフェムテック事業のイルミネートを設立し、2022年にユーグレナのグループに入った。2024年7月にメルカリへAI戦略担当として入社し、半年で社内のAI利用率を95%まで引き上げたとされる。この数字についてハヤカワは、全社で達成したものだと前置きした。そのうえで「色々なことがあったので話せることはある」と述べている。

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キャリアは計画ではなく、後から意味づけられる

Kawakamiはまず、ここまでの歩みが計画通りだったのか、偶然だったのかを尋ねた。ハヤカワの答えは、後からなら理由はいくらでも説明できるが、当時考えていたのはその時々の直感や「こうじゃないか」という感覚でしかなかった、というものだ。それが結果的に自分を中心とした文脈として整理され、つながって見えるのだという。

Kawakamiは、人材育成や成長戦略では「ゴールを決め、ギャップを分析し、バックキャスティングで今日やるべきことを決める」のが教科書的な正解だと指摘した。そのうえで、J-WAVEで長年およそ1000人に話を聞いてきたが、そのやり方で進んできた人はほとんどいなかったと話した。ハヤカワもこれに同意する。目標や先々のことを語ると、言ったからには最後に辻褄を合わせなければならなくなるが、最初から思い通りに進んだわけではない。実際、10年続けた起業家としての人生をいったん脇に置いてAIの仕事に移っており、キャリアの途中で方向を大きく変えている。Kawakamiはここで、スティーブ・ジョブズの「コネクティング・ザ・ドッツ」を引き、目の前の点をつないでいくのが人生なのだろうと応じた。

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出発点はグラフィックデザインと「ものづくり」

最初の点はデザインだった。ハヤカワがグラフィックデザインを志したのは、アートディレクターの佐藤可士和がきっかけだという。もともとはラフォーレ原宿などの広告のグラフィックに関心を持っていた。そこへオープンキャンパスで佐藤の話を聞き、「これがデザインなのか」と気づいて、佐藤の出身学科である多摩美術大学のグラフィックデザイン学科を選んだ。大学では、広告やパッケージを含め、グラフィックを通したコミュニケーションでどう課題を解決するかを学んだ。

Kawakamiは前回のゲストだったインテリアデザイナーの「デザインは顧客のニーズに応えて結果を出すもの、アートは自己表現」という言葉を紹介した。ハヤカワは高校時代からアクセサリーを作るなど自己表現の欲求が強く、アート寄りのものづくりを続けてきた。佐藤の話を聞いてデザインに気づいてからは、何かを提供することで課題を解決するという姿勢が、以前の仕事にも今の仕事にも共通しているという。

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大学1年の夏、Twitterへの投稿から始まった

feastは大学に入った年の夏に立ち上がった。「立ち上げるとは具体的に何をしたのか」とよく聞かれるが、ハヤカワによれば、ある意味では勝手に立ち上がったようなところがあるという。

当時はまだ利用者が多くなかったTwitter(現X)に、自分で作った下着の写真を載せ、販売予定だと告知した。フォロワーはごくわずかだったが、投稿は瞬く間に拡散し、注文したいという声が大量に届いた。今でこそSNSでバズって売れるのは当たり前だが、当時はほとんど例がなく、先駆け的だったとハヤカワは振り返る。

Kawakamiは、これは大人たちがアジャイル開発やイテレーションと呼ぶものに近いと指摘した。大企業が市場調査でペルソナを決めて商品を出し、失敗するやり方とは対照的だという。ただしハヤカワは、お金を稼ごうとかビジネスをやろうと考えていたわけではないと話す。作りたいものを作って見てもらうことを、15歳ごろから続けていたブログの延長でやっていただけで、「直販」といった言葉も後から知った。インターネットがあったからこそ可能だったと本人は捉えている。

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工場もないまま受注が殺到した

実際の製造は見切り発車だった。ハヤカワは学生時代からコスプレをしており、被服系の大学に通うコスプレイヤーの友人にサンプルを作ってもらった。コスプレのカメラマンに撮影してもらった写真を投稿すると一気に拡散し、当時使っていたBASEで受注した。

もともとは自分で手作りして発送するつもりだったが、注文はその規模を超えてしまった。工場に発注することを想定していなかったため、そこから工場を探し、配送までなんとかこぎつけた。ハヤカワは、工場を押さえていなかった点を「今も反省している」と述べ、当時はやらなければという一心で徹夜もしていたと語った。

その後は個人事業主として続け、法人化した時点で売上はおよそ3000万円あったという。売上が1000万円を超えたら法人化を検討すべきだと言われていたことが、法人化の判断材料になった。

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小さく始め、小さく失敗する

Kawakamiは、計画を立ててから調査・製造・品質管理を進めるより、出してみて反応を見てから動くほうが速いのではないかと尋ねた。ハヤカワはこれに同意し、自身の事情も説明した。少しずつ物販をして売上はあったものの資金は限られており、リードタイムを取って先に投資するようなことはできなかった。だから小さく始めて小さく確かめる。いわゆるPMF(プロダクト・マーケット・フィット)を見るようなやり方を、今も大事にしているという。

ハヤカワは、一発目で当てたように見えるかもしれないが実際は違うとも補足した。高校時代から物販をしていたし、feastの前には大学入学直前にワンピースのブランドも手がけていた。いくつも出したうちの一つがたまたま跳ねたのだという。Kawakamiは「ちゃんと失敗している」点を強調した。悩む人の多くは失敗せずに成功したがるが、小さな失敗なら痛手は少ない。失敗の数が多いほど調整の方法が分かり、成功の確率が上がる。これがリスナーへの一つの助言としてまとめられた。

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双極症と、二つの会社の同時経営

feastは2015年にベストデビュタント賞のファッション部門を受賞した。その4年後、ハヤカワはフェムテック事業のイルミネートを設立する。この経緯について本人は、公表しているとおり、双極症(双極性障害)の影響が強く出ていたと今は振り返る。

ハヤカワの説明では、双極症は全能感にあふれる躁の時期と、その後に上がった分だけ落ち込む時期がセットになった病気である。上がった幅が大きいほど、その2〜3倍の期間落ちてしまうという。うつ状態だけの単極性のうつ病とは異なり、起業家に多いとも言われる。全能感の中にいた当時は「絶対にいける」と考えた。しかし会社を一つ経営しながらもう一つ起業するのは常識的ではなく、今なら絶対にやらないという。feastは店舗の展開も経た忙しい時期で、そこにイルミネートが加わった。

大学は卒業していたので多少の余裕はあったが、2社を同時に経営するのは大変だった。とくにイルミネートは資金調達をしていたため、VCなどのステークホルダーを抱えていた。当時24歳だったという。

18:17

ユーグレナで初めて「大企業」を知った

その後、イルミネートはM&Aによってユーグレナのグループに入った。ユーグレナが女性向けを含むヘルスケア領域に取り組んでいたことが背景にあったという。2022年のことだ。

ハヤカワはここで初めて大企業を知った。それまでの会社経営を、食べたことのないラーメンをイメージだけで作るような状態だったと表現する。知らないけれど企業とは多分こういうものだろう、と作っていたのが、ここで実際の姿を学んだ。自分のやってきたことが体系立てて整理され、外部からどう評価されるのか、他社ではどうなっているのかが分かり、一気に視野が広がったという。会社を経営した後に簿記を勉強して「あれはこの話だったのか」と気づくような感覚だったとも語った。

Kawakamiは、欧米では働いてから大学に戻るなど、実学と座学を行き来しながら学ぶことが多いと紹介した。ハヤカワの歩みもそれに近く、好きなことをやった後で企業の論理に触れ、答え合わせをしたようなものではないかと述べた。ハヤカワはユーグレナで2年を過ごし、2024年春に退社する。その後、AIの仕事がしたいと考えてメルカリに入社した。

21:11

成功要因は、マイノリティに「届く」ようになったこと

メルカリへの転身の話に入る前に、Kawakamiはfeastの成功要因を改めて尋ねた。ハヤカワの分析はこうだ。当時は下着に限らず、マスに受けるもの、あるいは調査で評価されるものが中心で、マイノリティ向けの商品は少なかった。仮に作っても、当事者に届かなかった。インターネットとSNSが広く使われるようになり、マイノリティにも届くようになった。商品を作ったこと自体より、それをインターネットに載せて届いたことが成功の要因だったと今は考えているという。

サイズの問題について、ハヤカワは靴にたとえて説明した。平均から外れたサイズの人は、一般的な店では靴が見つからない。大きい人は海外から取り寄せ、小さい人はレディースを履くといった工夫をする。売れやすいサイズしか製造されず、小さいサイズなら「一つ上のサイズを買って中敷きを」と言われる。下着も同じで、一つ上のサイズを買って詰め物をするよう勧められやすかった。当時は大きいサイズも小さいサイズも、マジョリティ向け以外の展開はほとんどなかった。最近はボディポジティブの文脈もあり、マイノリティの存在が認識されるようになって、下着でも靴でもそうしたサイズの商品が増えてきたという。

ハヤカワは自分自身の最近の気づきも紹介した。日本では足幅2EやEが平均的だが、測ってみると自分はCで、ずっと足が細いことに気づいていなかった。探せばCやB向けの靴はあり、少し高くはなるが、大きいサイズのヒールで足を痛めるよりずっといいという。まだ掘り起こされていないニーズのある領域は、実はたくさんあるのかもしれない、というのがハヤカワの見方だ。

Kawakamiはこれを『ジュラシック・パーク』にたとえた。大きな恐竜が歩き去った足元に、手つかずの草が残っている。大企業は少品種大ロットのほうが経済合理性があるため、小さな市場を「計算が合わない」と判断する。しかしそれは大企業の図体に合わないというだけで、小規模な企業なら十分に損益が成り立つ市場はいくらでもあるのではないか。こうした問いは誰もが持っていい、とKawakamiは述べ、ハヤカワも「本当にそう思っている」と応じた。

26:02

言葉の選び方と、会話の量

Kawakamiは、「小さい胸」と言わずに「シンデレラバスト」という前向きな言葉を選んだ点にも注目した。ハヤカワは、ここにはグラフィックデザインのバックグラウンドが関係しているという。どんな話し方や伝え方をすれば、どう受け取られるか。これを常に考えており、AIについても、どうコミュニケーションを取れば皆がストレスなく受け入れられるかを考えている。この点は以前の仕事から共通しているという。

Kawakamiは、言葉を変えて価値を生んだ例をいくつか挙げた。規格外の野菜や果物を愛嬌のある呼び方で売り出して爆発的に売れたフランスのスーパーの事例。「美しさとは何か、そのままでいい」と訴えて売上を伸ばしたユニリーバのキャンペーン。そして、パタゴニアのイヴォン・シュイナードと話した際に聞いた、中古品の呼び方を変えれば違う生態系が生まれるという考え方。ただし、こうした言葉は言うのはたやすくても、自社の商品をどう言い換えるかを実際に考えるのは難しいとKawakamiは述べた。

これに対してハヤカワは、自分ができるようになったのは、インターネットで出して評価されることを繰り返してきたからだと答えた。小さく始めるので、最初は65点や70点の状態で出すこともある。それでも、批判を含めて言われることを怖がらずに受け止め、どう反応されるかを学べたことが大きかったという。「シンデレラバスト」も、最初から思いついて打ち出したわけではない。会話やコミュニケーションの中で響き、メディアに取り上げられたことで「この言い方がいいのだ」と分かり、使っていった部分があるという。

Kawakamiはこれを「今日のラインマーカーの一つ」とした。いい言葉を見つけたように見えても、その裏には大量の会話がある。企業はコピーライターと会議やブレストを重ねて言葉を決めるが、その間にハヤカワは顧客と会話を重ねていた。早く回して早く失敗し、微調整しながらバージョン1.0に向かうほうが結果的に早い。ハヤカワはこの見方に同意したうえで、大企業には別の戦い方もあると思うが、自分のような立場ではこれが一番いいと考えていると付け加えた。

30:10

AIに「仕事を奪われる」という言葉をどう受け取るか

前編の終盤で、話題はAIに移った。ハヤカワは、2022年末から2023年初めにChatGPTが登場したとき、「これだ」と強く感じたという。

AIで仕事が奪われるのではないかという議論について、ハヤカワが重要だと考えるのは、その言葉を文字通りに受け取らないことだ。たとえば年末年始は仕事をする機会を奪われているが、嫌ではなく「休みでラッキー」と感じる。本来の業務を奪われること自体は、おそらくストレスではない。不安の正体は、自分のアイデンティティが失われるのではないかという点にあり、その不安はとても理解できる、とハヤカワは述べた。前編はこの問題提起のところで終わっている。