墓じまいは「片付け」ではなく、自分のルーツを考えること:泰丘良玄住職に聞く進め方と家族の話し合い

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概要

親のお墓を将来どうするのか。最近よく聞く「墓じまい」とは何をすることで、しないと何が困るのか。親にはどう切り出せばよいのか。ライフスタイルメディア「lumily」の愛沢えみりが、臨済宗妙心寺派泰岳寺の住職・泰丘良玄氏に話を聞いた。

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泰丘氏の立場ははっきりしている。墓じまいは親不孝ではなく、親や先祖のことを考える行為である。避けるべきなのは、話し合わないまま一人で決めることと、お墓を放置することだ。そのために、親が元気なうちに家族で話し合い、早い段階でお寺にも相談してほしいと繰り返し語った。

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理工学部出身の住職が仏教を「論理的」だと感じた理由

泰丘氏はお寺に生まれ育った「寺の子」だ。ただ、お寺が遊び場だったため、仏教やお寺を特別なものとして信じる気持ちはあまりなかったという。読書が苦手で、答えが一つに定まる数学や物理が好きだったことから、慶應義塾大学の理工学部に進んだ。在学中は「IT革命」と呼ばれた時期で、コンピューターに注目が集まっていた。本人の言葉では「あれよあれよとそちらに流され」、お寺や仏教のことを考えない学生生活を送った。

それでも寺の長男として継ぐ必要があり、当時は正直なところ嫌々ながら仏教を学びに行き、修行道場に入った。そこで初めて、仏教や禅がこれほど論理的に説かれているのか、こんなに面白く良いものだったのかと気づかされたという。「なぜ」を突き詰めていった先に教えがあるため、理系の自分とは親和性が高いと泰丘氏は感じている。

現在は企業などで禅やマインドフルネスの講演も行っている。きっかけは、仏教がお寺に行かなければ聞けないこと、行っても僧侶は敷居が高くて話しにくいと思われていることへの違和感だった。一昔前まではお寺で僧侶に話を聞いてもらうのは普通だったが、いつの間にか距離ができてしまったと泰丘氏は見ている。本来、僧侶は人に寄り添う存在であり、自分たちの側から降りていくべきだという。仏教は亡くなってからお世話になるものではなく、生きている間の心の健康につながる教えだと考えている。だからこそ、生きづらさやストレスを抱える若い世代に知ってほしいと話した。欧米では「ZEN」が注目され、訪日客が日本の仏教に感心することも多いという。

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「先祖代々の墓」は明治以降の形

日本にはなぜお墓を持つ文化があるのか。泰丘氏はまず、お墓は亡くなった人を弔う場所だと説明する。日本では火葬が多いため、火葬後の遺骨を納めるのがお墓である。

今では一般的な「先祖代々の墓」について、泰丘氏はその歴史はそれほど長くないと述べる。明治以降、家制度が確立されるのと同時にこの形も定着したと言われており、それ以前は土にそのまま埋葬するのが標準だったという。日本のお墓は古来から変わらない絶対的な伝統ではなく、その時代の家族の形に合わせて変化してきたものだ、というのが泰丘氏の見方である。だから「絶対に守らなければならない」ものでもないという。

海外については、個人ごとのお墓が多いのではないかと泰丘氏は話す。日本は土地が限られているため、家族が一緒に入るお墓が標準になった。一方、アメリカのように国土が広い国では一人ひとりにお墓を建てる場所がある。そうした形であれば、墓じまいをする必要性は少ないかもしれないという。

「墓じまい」という言葉を耳にする機会が増えたのはここ数年のことだと泰丘氏は見ている。お盆や正月の時期に、情報番組が取り上げるようになったことが大きいという。

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墓じまいとは何をすることか

泰丘氏によれば、墓じまいとは今あるお墓の墓石を解体・撤去して更地に戻し、お墓の管理者やお寺に使用権を返すことである。お墓を建てるときは土地を買っているわけではない。霊園やお寺が持つ土地の「使用権」を買って建てている。そのため、しまうときは更地にして使用権を返すことになる。

ここで大事なのは、お墓の中に眠っている遺骨を別の場所に移す必要があることだ。遺骨の引っ越しを「改葬」と呼ぶ。墓じまいと改葬はワンセットであり、お墓をきれいにするのは工程の一つにすぎないと泰丘氏は強調する。どんな理由があっても、親や祖父母を弔う場所は必ず必要になる。そのため、眠る場所をどこへ移すのかも同時に決めなければならない。

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墓じまいが増えている理由:家族の形が変わった

増えている一番の理由について、泰丘氏は「家族のあり方が変わったこと」を挙げる。かつては長男が家を継ぎ、お墓も代々継いでいく仕組みだった。しかし今は、結婚しない人も子どもがいない人も普通にいるし、娘だけの家庭も当たり前にある。家を代々継ぐ仕組みが変われば、お墓を継ぐ仕組みも変えざるを得ない。

具体的には、子どもが遠方に住んでいて地方のお墓を物理的に守れない、そもそも子どもがいなくて後を見てくれる人がいない、というケースが圧倒的に増えているという。そのため、代々のお墓をしまって子どもの近くに移したり、「永代供養」のお墓にすべてを任せたりする選択が増えている。

娘がお墓を継ぐことにはまったく問題がないと泰丘氏は言う。ただ、結婚すると夫の実家のお墓に入ることが多い。その結果、自分の実家のお墓をしまう人もいれば、両方を管理する人もいる。一方を閉じて片方だけを見る形もある。また、遺骨を分ける「分骨」もでき、遠くと近くの両方に置くことも可能だ。昔は家制度が強く「長男が継いで当たり前」と言われたが、今はそれぞれが選択してお墓を選ぶ時代になった、と泰丘氏はまとめた。

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しないまま放置すると何が起きるか

墓じまいをしないまま誰も管理しなくなると、お墓は放置される。草が生えて荒れ、自分の区画だけでなく隣のお墓にまで侵食して迷惑をかけかねない。さらに、霊園や墓地は管理費を受け取って運営しているため、管理費が滞納されると管理そのものができなくなり、お墓が荒れていく。泰丘氏は、墓じまいされないまま放置されることがお寺側から見ても一番のリスクだと話す。

実際、連絡が取れず、誰が面倒を見ているのか分からないお墓は出てきている。その場合、霊園の管理会社やお寺が整理せざるを得なくなる。最終的には霊園やお寺が費用を負担して解体・撤去することになるため、家族の間で事前に決めておいてほしいという。お墓や墓石が放置される状況は全国的な問題になっている、と泰丘氏は述べた。

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お墓参りの頻度と「命のルーツ」

お墓参りの頻度について、泰丘氏は「少し無理をするぐらいがちょうどいい」と答えた。少し無理をするから記憶に残り、行ってよかったと思える。時期としてはお盆やお彼岸、年末、正月が多い。ただし頻度は、その人とどれだけ深い関係があったかによる。実家に帰る頻度がお世話になった度合いに比例するのと同じだという。

管理されていないお墓を見ると「かわいそう」だと泰丘氏は言う。人は親から生まれ、その親は祖父母から生まれている。命のルーツは必ずお墓にあり、そのルーツを大事にするかどうかは、今を生きる自分につながる。お墓を考えることは自分のルーツを考えることであり、それは今の自分を考えることでもある、というのが泰丘氏の考えだ。

20代や30代では親がまだ元気なことが多く、そうした場面に立ち会う機会はなかなかない。祖父母や親が亡くなって初めて、命のルーツが失われるとはこういうことかと実感する。子どもの頃に世話になったことや言われたことを思い出す場所がお墓であり、そこで今の自分の行いを振り返り、改めようと思えることが大切だという。その機会を失わないためにも、必要なら墓じまいと改葬をして、自分を見つめる場所を大事にしてほしいと泰丘氏は語った。

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改葬は約10年で倍増、10人に1人が関わる計算

増加の規模について、泰丘氏は厚生労働省の統計を挙げた。改葬の件数は2024年度で17万6000件余りで、過去最多を更新し続けているという。この10年ほどで約1.9倍になっており、「ほぼ倍増と言っても過言ではない」と述べた。

泰丘氏の計算では、亡くなる人100人あたりおよそ10件の改葬が起きている。つまり亡くなる人の10人に1人がお墓の引っ越しや墓じまいに関わっていることになり、もはや特別な人がすることではなく、ごく当たり前の選択肢になっているという。

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親が元気なうちに、どう切り出すか

墓じまいを考えるタイミングは、実際には親が亡くなったときが多い。しかしお寺側からすると、それでは遅いと泰丘氏は言う。生前に話して決めておくことは、本人の意思を実現することにもつながる。

まだ亡くなってもいない人に死後の話をするのは繊細な問題だ。泰丘氏が勧めるのは、「どこに眠りたいのか」「私たちはどこでお参りしたらいいのか」と、次の世代がどう守っていけばよいかを尋ねる形の聞き方である。そう聞けば、今住んでいる土地に愛着があるからこの近くがいい、世話になっているお寺や墓地がある、といった本人の意思が出てくるはずだという。その際、「私たちがお参りしたいから、大事にしたいから聞いている」という思いを伝えれば、親は安心するだろうと泰丘氏は話した。

若い世代の考え方が変わったのかという問いには、世代の問題ではないと答えた。若い人でも親や先祖を大事にしている人はたくさんいる。変わったのはお墓の形であって、思いは変わっていないのではないかという。墓じまいは決して悪いことではなく、放置して何もしないほうがよほど悪い、というのが泰丘氏の考えである。

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墓じまいの手順

墓じまいを決めた場合の流れを、泰丘氏は次のように説明した。

  1. 家族で相談する。本人や兄弟としっかり話し、親族の合意で決める。
  2. 今のお墓の管理者やお寺に相談する。「家族が遠方にいて管理が難しいがどうしたらいいか」といった形でよい。
  3. 遺骨の移し先を決め、そこで「受入証明書」を発行してもらう。
  4. お墓がある市区町村に「改葬許可」を申請する。今の墓地の「埋葬証明」と新しい移し先の「受入証明」を出すと「改葬許可証」が発行され、これを持って改葬する。
  5. 「閉眼供養」を行う。「魂抜き」「性根抜き」とも呼ばれ、これまで遺骨を納めてきたお墓に感謝を表すお参りで、お寺や僧侶に読経を頼む。
  6. 墓石を撤去して更地にし、使用権を返す。
  7. 新しい納骨先に遺骨を納め、読経してもらう。これで改葬が終わる。

かかる日数については、時間に余裕を持ったほうがよいとだけ述べた。特に相談の段階を飛ばすと揉めることになるため、親族の合意と、お寺や霊園との合意をしっかり得ることが大事だという。

お寺にお墓がある場合は「檀家付き合い」がある。年に一度の供養や法事の依頼といった関係が、墓じまいによってなくなる。そのため、住職や僧侶に「墓じまいをしてもいいか」と相談し、合意を得る必要があると泰丘氏は話した。

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離檀料と費用の目安

ここで話題になったのが、ニュースで報じられた「離檀料700万円を請求された」という事例だ。泰丘氏はこの金額について、個人としては逸脱していると感じると述べた。一方で、お寺にはお墓を守ってきた歴史があり、それにはお金もかかる。そのため、離檀料というよりは、これまでの感謝を込めて「お布施」として包むことはよくあるという。泰丘氏の感覚では、法要と同程度の3万〜5万円、多く見積もっても20万円くらいだ。なお、泰丘氏の寺では離檀料は取っておらず、お墓をきれいにする費用と閉眼供養のお布施のみだという。いずれにしても、しっかり相談してほしいとのことだった。

墓石の撤去費用は、1平方メートルあたり10万〜20万円が相場だと泰丘氏は見ている。全体の費用は、調査によれば50万円以内に収まるケースが4割ほどだという。これに新しい納骨先の費用と閉眼供養のお布施が加わる、というイメージを持っておくとよいとのことだった。

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樹木葬・納骨堂・散骨・合祀墓、そして「永代供養」

改葬先の種類も増えている。泰丘氏が挙げたのは次の四つである。

  • 樹木葬:墓石の代わりに木や草花を墓標とする形で、木が多い。大きな木の周りに納骨スペースがあり、土に還っていくイメージ。
  • 納骨堂:屋内のロッカーのようなスペースに遺骨を納める施設で、「お骨のマンション」のようなもの。
  • 散骨:海や山に遺骨をまく。
  • 合祀・合同墓:個別ではなく、他の人たちと一緒に一つの場所に納める形。

泰丘氏が区別すべきだと強調したのが「永代供養」である。これは墓の形式の一つではない。継ぐ人がいなくても、お寺や霊園が責任を持って管理・供養し続けるという約束、あるいは仕組みのことだ。そのため「永代供養付きの樹木葬」「永代供養付きの合祀墓」「永代供養付きの納骨堂」のように組み合わせて考える必要があるという。子どもがいない人や独身の人が、自分の分の永代供養料を事前に納めて任せるケースが増えている。永代供養を付けない樹木葬や納骨堂もあるが、多くは永代供養付きだという。

最も選ばれているのは永代供養付きの樹木葬ではないか、と泰丘氏は話す。新しくお墓を求める人のおよそ半分弱が樹木葬を選んでいるとも言われているという。理由として泰丘氏は三つを挙げた。継ぐ人がいなくてもよいこと、費用が手頃なこと、そして自然に還るというイメージが安心感につながることである。

費用は地域や場所によるとしたうえで、泰丘氏は平均的な目安を示した。一般的な墓石のお墓を建てるには150万円ほど、樹木葬は70万円弱、納骨堂は80万円ほど、合祀・合同墓は数万円から十数万円に収まることが多いという。ただし見落としやすいのが維持管理費だ。一般のお墓では毎年管理費がかかり続ける。永代供養では最初にまとめて納める形のため、管理費がかからないタイプが多い。初期費用の安さだけでなく、その後払い続ける必要があるか、きちんと管理してもらえるかまで含めて比べてほしいと泰丘氏は話した。

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墓じまいは親不孝か、「子どもに迷惑をかけたくない」への答え

墓じまいを親不孝だと感じる人もいる。泰丘氏はこれをはっきり否定した。親がどこに入りたいかを考えるのは、親のことを考えている行為である。考えないほうがむしろ不幸だという。

さらに泰丘氏は、仏教の「諸行無常」を持ち出した。常なるものはないという教えはお墓にも当てはまり、お墓の歴史は移り変わりの歴史だった。今はその変革期にあり、形が変わっていく時代である。それをしっかり考えることが、むしろ親孝行になると泰丘氏は述べた。

泰丘氏がよく受ける相談に、親世代からの「子どもに迷惑をかけたくない」というものがある。これに対して泰丘氏は、人は誰にも迷惑をかけずに生きることはできず、亡くなるときには必ず誰かの世話になる、とまず前提を示す。そのうえで、親が亡くなったときに迷惑だと思う子どもはいないと思う、と語った。命というもっとも大事なものを、無償で親からもらっているからだ。負担をかけたくないなら、永代供養料などを残しておき、「何かあったらこれを頼むね」と伝える。それが親心だという。子どもの側は、育ててもらった期間くらいは面倒を見ようと思うものだ。泰丘氏自身も、学生時代まで20数年育ててもらったので、親が亡くなったら20数年はお墓の面倒を見ようと思う、と話した。親世代は子どもを信じ、子ども世代は親を信じて、お互いが「おかげさま」の心を持てばうまくいく、というのが泰丘氏の考えである。

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家族のトラブルは「感情を事実で整理する」

家族間で起きやすいトラブルとして、泰丘氏はまず、相談なしに一人で進めてしまうことを挙げた。家族が遠方に住んでいると起きやすい。良かれと思って手続きを進めた人が、後から兄弟に「なぜ勝手に決めたのか」「聞いていない」と責められる。ほかに多いのは、費用を誰が負担するかの押し付け合いと、「ご先祖様に申し訳ない」といった感情のぶつかり合いだという。

意見が分かれたときにどう決めるか。泰丘氏の答えは「感情を事実で整理すること」だった。「かわいそう」という気持ちは大事にしつつ、維持費はいくらか、誰が管理できるのか、継ぐ人はいるのか、といった事実を紙に書き出し、現実的な相談に変えていく。この順番を間違えると、「現実的な話ばかりするのはかわいそうだと思っていないからだ」という感情の衝突になり、ゴールが見えなくなるという。正解がないことだからこそ、誰が正しいかではなく、皆が納得できる形を探すことが大事だと泰丘氏は述べた。

お寺との関係についても同じことが言えるという。長く付き合ってきたお寺と別れるのは人と人が別れる話であり、片方の意見だけで進めてはいけない。全員で情報を共有し、双方が納得する必要がある。

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決める前に、お寺に相談してほしい

泰丘氏が繰り返し求めたのは、早い段階での僧侶への相談だった。兄弟だけで話すと感情的にぶつかり、まとまる話もまとまらないことがある。そこに第三者として僧侶が入れば、緩衝材になってうまく話が進む場合もあるという。

お寺側にとって一番寂しいのは、すでに決めた状態で来られることだと泰丘氏は言う。これまでの付き合いがあったのに、なぜ勝手に決めてしまったのかと感じてしまうからだ。愛沢が「家族で決めたことを伝えに行くものだと思っていた」と話すと、泰丘氏はその手前の段階で来てほしいと答えた。若い世代から相談を受けると、ちゃんと考えてくれていると感じてうれしいという。自身も40代であり、同世代や20代・30代からの相談なら喜んで時間を作ると話した。こうした話をすれば、親は子どもが考えてくれていると感じ、子どもは親のことを知れて、絆も深まるという。

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今日からできること:お墓と菩提寺を知る

最後に、20〜40代の視聴者が親の元気なうちにすべきことを尋ねられた。泰丘氏は、自分の家のお墓がどこにあるのか、先祖がどのお寺(菩提寺)の世話になっているのかを親に聞いて知っておいてほしいと答えた。そこから、自分はどうお墓を守れるか、親や祖父母をどこで供養できるかを考えてほしいという。それが自分のルーツを考えるきっかけになり、今を生きる活力や安らかな心にもつながると泰丘氏は話した。

ルーツをたどること自体も面白いと泰丘氏は言う。親や祖父母がどこで生まれ、どんな地域で暮らしてきたのかを知ると、自分の好みとの共通点が見つかることもある。最終的にはそれが墓じまいやお墓を考えるきっかけにもなる。

菩提寺を知る意味として、泰丘氏は宗派の違いも挙げた。仏教には宗派ごとに違う教えがある。泰丘氏はこれを登山にたとえた。安らかな心を実現するという頂上は同じだが、ルートが違う。ロッククライミングのように崖でも最短で登りたい人もいれば、バードウォッチングをしながら草花を見てゆっくり登りたい人もいる。泰丘氏の宗派では坐禅を行うという。違いを知ることで、どう親を見送りたいかという気持ちにもつながるという。

菩提寺や宗派が知られていない理由について、泰丘氏は時代の変化を挙げた。故郷を離れて都市部に出る人が増え、核家族化して親と一緒に住まなくなった。その結果、お寺の行事に参加する機会も、僧侶に会う機会も減った。良い悪いではなく仕方のないことであり、だからこそお寺の側からもっと働きかけたいと泰丘氏は話した。また、年を重ねると外ばかりに向いていた関心が自分自身や歩んできた道に向かうため、40代はそうしたことを考え始める時期かもしれないとも述べた。

「布教不足」と、生きるための仏教

収録の終わりに愛沢が、先祖を考える機会の必要性を改めて感じたと話すと、泰丘氏は「これは我々の布教不足でもある」と応じた。お寺から人々へのアプローチが圧倒的に足りず、教えが届いていない。今は葬式や法事のときだけ世話になるのが仏教になってしまっているが、本来は生きるための教えであり、どうすれば心安らかに、現代風に言えばストレスフリーに生きられるかを説くものだという。

泰丘氏は、仏教を始めたお釈迦様も約2500年前のインドに生まれた生身の人間だった点を、仏教の良さとして挙げた。神が人間や世界を創ったとする宗教とは異なり、一人の人間が「この世界とは何なのか」を突き詰めていった。その意味で、法則性を見つけていく科学と同じことをしている、と泰丘氏は語る。坐禅はヨガとルーツが共通する部分もあり、ヨガから坐禅に入る女性もいるという。

雑談では、Appleのスティーブ・ジョブズをはじめ世界の経営者が禅やマインドフルネスに傾倒し、iPhoneには禅の考え方が詰まっていると泰丘氏は話した。それを日本企業ではなくアメリカの企業が出したことが「悔しくてしょうがない」という。日本の文化や歴史、技術、精進料理や禅に通じる懐石料理など、日本人はすごいものを持っているのに、その価値を十分に生かせていない。そうした思いを語って、対談は締めくくられた。