「らしさ」を疑い、客の心から逆算する——水野和敏が語るFMプラットフォーム、GT-R、そして最強チームのつくり方
MAKE IT NEXT日産でFMプラットフォームとR35 GT-Rの開発を率いた水野和敏(プロジェクト・カーズ合同会社代表)に、Sean Kawakamiが話を聞いた回である。中心にある問いは、なぜ一つの土台からスポーツカーもSUVも生まれ、半額以下のスーパーカーが18年間売れ続けたのか、そして社内の大半が反対するなかで、どうやってそれを実現する組織を動かしたのか、だ。水野の答えは一貫している。車を「もの」としてではなく、乗る人の心から見ること。答えは客の側にある、という立場である。
リバースエンジニアリングと「新しいものを作るための技術」
冒頭でKawakamiは、日本の家電メーカーの盛衰や、のちにアジア諸国から出てきたリバースエンジニアリングに触れ、本来のエンジニアリングとは何かを問われる間に日本が追い抜かれた時代を感じた、と振り返る。これに対し水野は、新しいものを作るときには、その製品に向けた新しい技術を開発しなければならないと述べる。「できない」と諦める人たちは昔の結論と昔の結果に対してものを言っている、というのが水野の見方である。
水野はNISMO時代にグループCレースの監督兼チーフエンジニアとして実績を残し、日産に戻ってから「フロントミッドシップ(FM)」のプラットフォームを社内で提案した。Kawakamiはこれを、エンジンをどこに置くかという技術的な異端として紹介しようとするが、水野は「あまりそこに入らない方がいい」と止める。重要なのはエンジン配置ではなく、発想の出発点だというのである。
「もの」で見れば専用設計が優秀に見える
水野によれば、1990年以前の自動車づくりは、スポーツカーにはスポーツカー用のエンジンとサスペンション、プラットフォームがあり、乗用車には乗用車用の、オフローダーにはフレーム構造とオフローダー用エンジンがある、という前提で成り立っていた。三者は違って当たり前だと思い込まれていた。作る側からすれば土台が共通になれば効率的だとは分かっていても、そこまでは進まなかった。
評論の側もそれを後押ししていたと水野は語る。オフローダーとしてさらに専用化した、スポーツカーとしてさらにチューニングした、と違えば優秀と書かれ、共通化すれば「共用して安物にした」と書かれる。そういう記事ばかりだったという。
水野はその理由を、車を「もの」として見ているからだと説明する。ものとして見れば、オフローダーらしい、乗用車らしい、スポーツカーらしい方が優れているように思える。ところが乗る人の心で見ると、答えは逆で、求めているものは共通だというのが水野の主張である。
アメリカの富豪と、後部座席で酔う子供
その根拠として水野は、アメリカ駐在時の経験を挙げる。富裕層は車を2〜3台持ち、ビジネスにはセダン、プライベートの遊びにはスポーツカー、休日に家族と国立公園のコテージへ行くときはオフローダーを使う。そこで一番困ったのは、高級オフローダーで国立公園に向かう途中、後ろからスポーツカーに煽られてスピードを出すと子供が車酔いしてしまうことだった。オフローダーでも乗り心地や運動性能を何とかしてほしい、という声が根底にあった。
セダンも同じで、ネバダやユタの山道では週末にスポーツカーが後ろから次々と追い抜いていく。セダンの客も、乗り心地がよくて運動性能のいい車を求めていた。一方のスポーツカーは専用化が進みすぎて開発費が高く、台数が売れないために次々と消えていった。三つのカテゴリーはそれぞれ別の問題を抱えていた、と水野は整理する。
人の心に戻ると、乗り心地がよく、走りがよく、デザインのバランスがいい車というのは、車を「生活のパートナー」として見ればどの車種にも共通する項目になる。水野はそこから逆算した。エンジンはできるだけコンパクトに、室内とトランクは広く、乗り心地と操縦安定性のために前後輪の荷重を均等にする。そのためにコンパクトなエンジンをフロントミッドに載せた結果がFMプラットフォームだった、という説明である。
Kawakamiがこれを「新しい設計思想」と言い換えると、水野は「思想ではなく、これが本来のエンジニアリングだ」と返す。学校で「V8は高級車」「この方式は高級で滑らか」といった「ものの記憶」を覚え、その記憶でものを作るから違うものが生まれる。答えは客にある、すべては客のために作り、そのために必要な技術を作る。冒頭の「新しい技術」の話はこういう意味だと水野は語り、「覚えた技術は捨てろ」というのが自分の発想だとも述べた。
FXの中身はフェアレディZ
FMプラットフォームからはスカイライン、フェアレディZ、FXなど複数の車種が生まれた。水野が例に挙げるのは、日産リバイバルプランの時期にFMプラットフォームで出したFXである。日本では販売されなかったが、アメリカでヒットしたSUVで、見た目はSUVでも下回りはフェアレディZのユニットをそのまま使っている。Zのプラットフォームを、編集するように設計を組み替えられる構造にしていたから可能だったという。その結果、FXのオーナーから「ロサンゼルスからフェニックスまで何時間で行った」という声が何通も届いたと水野は話す。
かっこいいとは、異性に憧れられること
水野は、スポーツカーが消えた理由をあらためて「マニアックになりすぎて、一部の車オタクの商品になり、ファンがいなくなったから」とまとめる。ではスポーツカーに必要なものは何か。水野の答えは「かっこいいこと」であり、かっこいいとは「異性に憧れられること」だという。人がスポーツカーに乗りたいのは、街行く人や女性にかっこいいと思われたいからだ、と水野は言う。
そのためZ33のデザインはサンディエゴの女性デザイナーに任せた。男性がやると、汗をかくような5%の層に向けたスポーツカーを作ってしまう、というのが水野の理由である。Z33には「何とも言えない優しさがある」と水野は語る。
ポルシェの本当の強さ
Kawakamiが「世界の名だたるメーカーにも優秀な人はいるはずなのに、なぜ水野さんのような発想をする人がいなかったのか」と問うと、水野は「いる。ポルシェだ」と答える。Kawakamiは値段の面で汎用性があるとは言いにくいのでは、と返すが、水野は、911からボクスターまでインストルメントパネル、ドア、サスペンションのほとんどを共用しているとして、ポルシェの共通化の度合いを強調する。
さらに水野が最も重要だとするのは、特にアメリカで、ポルシェの保有者の30%以上が女性だという点である。ポルシェというと上位のGTシリーズばかりが注目されるが、女性が憧れて気軽に乗れるスポーツカーであること、30%以上の女性オーナーがいることこそが基盤の強さだという。水野はこれをポルシェから学び、Z33のデザインに反映させたと話している。
GT-R——「誰でも、どこでも、いつでもスーパーカーライフを」
話はGT-Rに移る。Kawakamiは、ニュルブルクリンクでポルシェやブガッティなど名門を上回る記録を出したこと、雑誌の記事によれば第一世代だけで18年間に約4万8000台を売ったこと、それを「iPhoneが初代から18年間モデルチェンジせずに最先端であり続けたのと同じ」と表現した記事があったことを紹介する。価格はフェラーリ、ランボルギーニ、ポルシェの半額以下で、当時の北米価格は6万9850ドル。映画『ワイルド・スピード』で登場し、アメリカの少年たちはプレイステーションの中で初めてGT-Rに乗って憧れを持った、とKawakamiは語る。Kawakamiは自身が同映画のトレーラーのナレーションを担当したとも明かしている。
水野の説明は簡潔だ。R35 GT-Rの発表時に掲げたのは、「誰でも、どこでも、いつでもスーパーカーライフを楽しめる」というコンセプトだった。「誰でも」とは、障害のある人も健常者も、走らせれば同じタイムが出るという意味だと水野ははっきり言う。「どこでも」は、中東の王族が砂嵐の砂漠を300km/hで走るような環境でも、真冬でもSUVより安定して走れること。そしてニュルブルクリンクを走ればポルシェより速いこと、である。
記録はマーケティング、プレミアムは絶対値
ポルシェやブガッティを上回る記録は本当に必要だったのか、とKawakamiが尋ねると、水野は必要だったと答える。「誰でも、どこでも、いつでも楽しめるスーパーカーライフ」の定義は、世界一速い車に乗れることであり、それが客の心だからだ。メーカーが「速い」と言うだけでは誰も楽しくない。「ポルシェを追い抜いた車が自分のパートナーだ」と思えれば、客の心の持ち方は変わる、と水野は言う。Kawakamiが「つまり世界一の記録はエンジニアリングではなくマーケティングなのか」と確かめると、水野は肯定した。
水野はさらに、フェラーリやポルシェに対抗するスーパーカーを作れと言われると、多くの人は似たデザインの車を作り、ベンチマークと比べて良し悪しを論じると指摘する。商品なら比較で買うのは当然で、「バリュー」とは比較の中でのベストを指す。しかしブランドとしての「プレミアム」は比較ではなく絶対値であり、両者はまったく違う世界だというのが水野の考えである。広告費を使わないという水野の方針について、Kawakamiは「何秒速い」という記録そのものがブランドになるということか、とまとめている。
ニュルブルクリンクで記録が出た瞬間に水野がうつむいて涙を流す姿をテレビで見た、とKawakamiが言うと、水野は涙もろいのだと答え、FMプラットフォームを発表したときも泣いたと明かした。何かが終わると、だいたい泣くか失敗するかだ、と笑っている。
18年間同じモデルで走り続けられた理由について、水野は「簡単だ」と言う。世界唯一の商品にすれば競合がいない。世界唯一の商品は、比べる相手がいないので何年経っても古くならない、というのが水野の説明である。
99%が反対するのは当たり前
Kawakamiは、水野のやってきたことはすべて異端的で、社内からの反発も相当あったのではないかと問う。水野は、人間とはそういうものだと答える。大企業ほど、社員は毎年給料をもらえ、30年のローンを組んでも払えなくなるとは思っていない。その中で「今の仕事のやり方は違う、人も減らし効率化して、あなた方の半分の開発期間で世界のトップと争う商品を作る」と言えば、反対が起きるのは当然であり、「ほらを吹くな」「俺たちの仕事を否定するのか」と言われる。99%の人は反対する、と水野は言う。
では何が大組織を動かしたのか。Kawakamiは、積み上げた実績があったからこそ「やらせてくれ」と言えたのではないかと推測するが、水野は「やらせてくれとは口先でも言っていない、やりたくないと言った」と訂正する。実は2001年頃から東京モーターショーにプロトタイプを出していた先行開発チームがあり、水野は人がやっているものだから自分の仕事ではないと思い込んでいた。そのチームは何度も提案していたという。
当時のCEOは、水野と非常に波長が合う人物だったと水野は語る。CEOは「ポルシェやフェラーリの真似をした車、今ある車の真似のような車を出してもだめだ。水野、お前の好きな車を作ってくれ」と言った。FMプラットフォームやレースでの仕事ぶりから、水野がまったく違うアプローチで違うものを作る人間だと知っていたのだろう、と水野は見ている。そして「その代わり全部渡す」と告げた。
水野自身は「権限はいらない、責任をくれ」と考えている。責任があるからこそ権限を実行できる、という理屈である。CEOは、水野が好きなようにやれば社内で大反対が起き、役員が会議で水野を潰しにかかるだろうと見越し、「私の命令で、あなたが全権限を持ってやってください」と社内に示した。水野はこれを、日産という組織から自分を守るためだったと受け止めている。
社内の協力は当てにしない——中途人材80%のチーム
しかし全権限を与えられた結果、起きたのは孤立だったと水野は語る。CEOがやっていることは自分たちに関係ない、と開発部門の人は出てこず、部品メーカーの8割から「仕事はお断りします」と断られた。日産なのに人も出してもらえなかったが、水野は「しょうがない」と言う。世の中は綺麗事を並べたような会社ばかりではない、と。
背景には開発能力の限界があった。水野によれば、当時カルロス・ゴーンは、開発部門も部品も含めて年間16車種しか開発できる能力がないのに、リバイバルプランが一段落して次の段階として23車種の開発を指示していた。開発部門も部品メーカーもキャパシティを超えていたところに、高いレベルを要求するGT-Rが入ってくれば、人も出さず仕事も断るのは当然だ、と水野は言う。協力してもらえると思うのは間違いで、当てにすれば失敗する。みんなの状況も考えてあげなければいけない、というのが水野の立場である。
そこで水野が目を向けたのが、当時トラック事業の再編で2000人規模の早期退職を実施していたいすゞ自動車だった。いすゞでエンジニアをしていた人たちに来てもらい、開発チームの80%が元いすゞの人材になったという。水野は「それでいい」と言う。新しい仕事をし新しい技術を作るのに、これまでの技術でエリートになった人は欲しくない。過去のエリート技術を鼻にかけ、新しいことにけちをつけるメンバーは要らない、というのがその理由である。
2週間で全計画図——「言われた仕事で成功したためしはない」
チームをまとめる上での最初の要点を問われ、水野は「最初だ」と答える。12月23日にゴーンからGT-Rの開発を頼まれ、冬休みを挟んで1月15日には、車両計画図、投資計画、販売計画、収益計画、性能目標、販売価格をすべてまとめてゴーンのところへ持って行った。約2週間である。ゴーンは驚き、「あと3か月の猶予を与えるから、修正があれば遠慮なく修正してくれ」と言ったという。コンサルティングの立場から2週間はかなりタイトだとKawakamiが言うと、水野は、その計画はすべてぴったり当たった、外れる計画は出さない、それが自分の信用だと述べた。
水野はここで「言われた仕事で成功したためしはない」という持論を語る。今も頭の中には、軽自動車を作るならこうする、EVならこう、スーパーサルーンならこう、スーパーカーならこう、という具合に10車種ほどの計画をプロとして持っている。だから「やれ」と言われれば1か月以内に全部の計画を出せる。一方、会社に時期が来たからと言われてやる仕事は、ベンチマークと比べて5%良いからこの商品は良い、という程度の結果しか持ってこない。水野はそういう仕事で人生を終わらせたくないと言い、自分の仕事は客の夢や未来を作ることで、会社はそれを実現するための手段にすぎないと語る。すべての答えは客にあり、客の未来と喜びのために車を作ると考えれば何も怖くない、というのが水野の結論である。
計画図と三つの夢がチームをまとめる
棟梁・匠・職人による小さな最強チームをどう束ねたのか、とKawakamiが問うと、水野は「2週間でゴーンに全部提案したこと」こそがチームをまとめる上で一番大事だったと答える。計画を説明して承認を得たその場で部署に戻り、全員を集めて車両計画図を見せ、「CEOから全面的にバックアップすると承認をもらっている、自信を持ってやろう」と伝えた。計画図ができているということは、できなかったときは自分が面倒を見るという意味だ、とも。
そのうえで水野は、チームに三つの夢を示した。一つは、誰でも、どこでも、いつでもスーパーカーライフを楽しめること。ポルシェにもフェラーリにもできなかったことを世界で初めて実現する。二つめは、アウトバーンを片手運転で300km/hで走りながら隣の人と会話を楽しめる車を作り、ドイツ人を驚かせること。三つめは、誰もが不可能だと思っているニュルブルクリンクでポルシェより速いタイムを出すこと。この三つの夢は発表・発売後に客へ届けるものそのものだ、と水野は語った。
仕事の進め方も変えた。それまでの自動車会社は、エンジン、車体、シャシーといった部署ごとに設計・実験をしていた。水野は「車両総合計測システム」を積んだ1台をマスターカーとし、その1台のデータで全部署が仕事をする方式にした。だから部署という区切りも、実験部と設計の境目もない。知識がなくてもいいから一緒に新しい技術を作る気持ちになってくれ、今まで知っていたか、優秀だったかはどうでもいい、とチームに伝えたという。
抜き打ちインタビューという評価尺度
水野がもう一つチームに課したのは、発表・発売後に国内外のジャーナリストから受けるインタビューに、打ち合わせなしの抜き打ちで答えることだった。一人ひとりがそれだけの自信を持てる仕事を、これからの3年間で作ろうというのである。取材が入る日には「聞かれたら答えてくれ」とだけ言い、それ以上は一切言わない。全員が自分の口で答えた結果が、水野のマネジメントの結果でもあり、メディアの取材までを自分のマネジメントの評価尺度に使っていると水野は語る。Kawakamiはこれを、関わった一人ひとりが水野から受け取ったエネルギーや自分がかけた時間を自分の言葉で語れば、その総体が水野の求める言葉になるのだからコントロールは要らない、と受け止めた。水野は、どんなインタビューも抜き打ちであることが大事だと重ねている。
対談の終盤では、マーケティング会社に属性データの調査をさせて数字から車を考えるよりも、ロデオドライブのシャネルの前に車を置き、何人が覗き込み、何人がデポジットを払うかというデータを取るやり方が話題になった。宣伝費は要らないのではというKawakamiの言葉に、水野は「宣伝費はゼロだ」と応じ、「自分が育てた商品」という意識をどうやって客に持たせるかが、ブランディングの本当の究極の姿だと思うと語っている。最後に水野は、手術の手順通りに進める普通の医師と、人の体はそれぞれ違うとして起こりうるあらゆる可能性をメモにしておく医師とを対比し、後者が自分のやり方だと述べて話を締めくくった。
世界の名だたるメーカーも気づくんでしょ。なんで水野さんだけこれに気づける?
反骨っていうかね、戦うんじゃなくて、できないってみんなが諦めるのは、昔の結論と昔の結果に対してものを言ってるわけですよ。今があるっていうのは、実はその事前の準備があった。この事前の準備のレベルで、逆に本番に来たらみんな差がつくよね。新しいものを作るというのは、技術もそのものに向けた新しい技術開発しなきゃいけない。
日本の家電メーカーの淘汰、それから後に新興アジア諸国から出てくるリバースエンジニアリングって世界。進むエンジニアリングじゃなくて戻っていくエンジニアリング。戻るということではないんですけども、原点回帰する、本来エンジニアリングってどうあるべきかっていうところで、あっという間に日本が席巻された時代をちょっと感じてしまいましたね。
これ、NISMOの時代にグループCレースの監督兼チーフエンジニアとして実績を残されて、また日産に戻られますよね。日産に戻られて、これからフロントミッドシップっていうものをまた社内の中で提案されるわけですね。車がわかんないって方もいらっしゃると思うので、フロントミッドシップとは何者であって、どのぐらい異端だったのかっていうのをちょっと聞きたいんですけど。
あんまり難しく考えずね。90年以前っていうのは、スポーツカーっていうのはスポーツカーのエンジンがあって、スポーツカーのサスペンションやプラットフォームがあって車ができてるんだろう。乗用車っていうのは乗用車のエンジンがあって、乗用車のプラットフォームがあって作ってるよね。SUVとかオフローダーっていうのはフレームみたいなプラットフォームがあって、しかもオフローダー用のエンジンがあって作ってて、オフローダーと乗用車とスポーツカーは違うのが当たり前って、こう思い込んで作ってたわけ。
そうですよね。作る側からすると、それぞれ作るプラットフォームは別々ですから、基盤は別々ですから、できれば一緒になるといいよねっていうのは、効率的に考えればそうだけど、なかなかそこにはいかなかった。
例えばね、ジャーナリストの人だって、オフローダーとしてさらにこれは専用化した、スポーツカーとしてもっとチューニングアップ。自動車評論家だって、違えば優秀、同じだったら共用して安物にしたって、こんな記事ばっかりやったわけですよ。世の中そんなもんだったの。
それは簡単で、ものとして考えるからそう考える。ものとして考えるから。自動車というものを見るから、オフローダー、オフローダーらしいよね、エンジンもプラットフォームもサスペンションも。乗用車、乗用車らしいよね、エンジンも。スポーツカー、スポーツカーとして見ると、らしい方がいいんですよ。
これ、フロントミッドシップっていう考え方って、スポーツカーであれば、どんどんエンジンは後ろの方についてるわけですよね。フロントミッドシップっていうのは、エンジンが前……。
あんまりね、それ考えなくていい。そこに入らない方がいいね。僕がさっき言ったのは、ものとして見たら違った方が確かに優秀でいいものだと思えちゃうんですよ。ところが、人というものの心で見たら実は逆で、共通だろってこう思うわけ。ここから入るっていうのはね。
じゃあオフローダーに乗ったから、例えば僕がアメリカに行った時、こういうことが起こった。お金持ちってご存じのように、2、3台ぐらいみんな持ってますよね。休みの日は家族と一緒に国立公園に、コテージやバンガローに行って週末過ごすよ。ビジネスはセダンでやって、プライベートはスポーツカーで遊びに行っちゃうよっていう。
一番だったのは、オフローダーで高級車を買っても、国立公園に行って後ろからスポーツカーに煽られると、飛ばすと子供がゲロを吐いちゃうと。なんとかこの乗り心地だとか運動性能はなんとかならないの、オフローダーだから。要するに人の心っていうのは、実はもっと違う心を持ってるんですよね。評論家の評価や自動車会社の商品プレゼンよりも、オフローダーでも乗り心地が良くて操安性のいい車が欲しいよっていうのは、実は根底にあると。
そこから発想されてるんですね。
セダンでもそうです。アメリカに行くとね、ネバダ、ユタの山の中に行きゃ、スポーツカーがバンバン週末に後ろから追って抜いていくわけです。セダンだってやっぱり乗り心地が良くて運動性能のいいセダンが欲しいんだよ。スポーツカーは当時、あまりにも専用化して数が少なかった。要するに開発が高くて台数売れないもんだから、どんどん消滅してなくなっていっちゃったよ。実は3つそれぞれ問題を持ってたわけですね。
その問題に対して人の心に戻るとね、乗り心地が良くて、走りが良くて、デザインのバランスがいい車って、実はものとして車を見るんじゃなくて、車という生活のパートナーとして見たら、どの車に乗っても共通項目なんです。じゃあこれを満たすためにどういう車がいいんだって、逆算するわけですよね。
そっか。だから私がフロントミッドシッププラットフォームって言ったのがいけないね。これ、多分乗用車でありながらスポーツカーの味付けとかいうことを両方楽しめたら楽しいでしょ。オフロードでありながら乗り心地も良くて、スポーツカーみたいな走りができたらいいよね。いいでしょっていう発想の結果、こうなったと。
その言葉を、エンジンはできるだけコンパクトがいいよね。じゃあ車のキャビンができるだけ、室内が広くて、トランクが広くて、エンジンはコンパクトにして。だけど乗り心地と操縦安定性を良くするためには、前と後ろのタイヤが均等の荷重を持つように設計すればいいよね。コンパクトエンジンをフロントミッドに載っけて、広い室内と広い荷室ができた、フロントミッドシップができたっていうのは、後の結果として来るものがエンジニアリングなんです。
大変失礼いたしました。これも新しい車の設計に対する新しい思想なんですね。
思想じゃなくて、これが本来。ところがね、みんな学校で覚えて、V8エンジンは高級車だとか、直6が高級で滑らかなんだとか、ものばっかりの、ものの記憶力でものを作っちゃうから、違うものを作り出すんです。あくまで、何度も僕は言います。答えはお客にあるよって。ユーザーのために全てのものは作るんだよ。だから、その商品に対して必要な技術は作るんだよって、僕が最初に言ったのはこういうことです。
フロントミッドシッププラットフォーム時代っていうことを言った時に、水野さんがちょっとしかめっ面してたんだな、よくわかりました。これ、本当にスポーツカーの民主化というか、乗用車であれオフローダーでも、スポーツカーのような味わいを味わいたいじゃないですか。きっと楽しいですよね、お客さんにとっては。しかもスポーツカーであれば荷物も載らないし、人も乗らないし、いわばちょっとうるさいし狭いし。でも、その両方のいいとこ取りをしたらっていう思想、発想だ。
そこを押さえて、結果としてフロントミッドシップのプラットフォームができて、結果そこからスカイラインやフェアレディZ、FX35とか、いろんな車種ができていったということが、一つ大きなステージにはなりましたよね。
やっぱり全てのことはお客様なんです。お客様のために何を作ろうかって発想からで、新しいものを作ろうとしたら技術も常に新しくなきゃいけない。覚えた技術は捨てろというのは僕の発想ですから。例えば、ちょうどこのリバイバルプランのFMプラットフォームで出した時のFXって、日本じゃ売ってないんですけど、アメリカで大ヒットしたSUVがあるんですけど、これ見かけはSUVなんですが、プラットフォームは実はZのプラットフォームを持ってきた。フェアレディZ、スポーツカー。だから編集設計ができるようにしたから。
見てくれはSUVなんだけど、下回りはフェアレディZのユニットをそのままやった。だからSUVでありながら、「水野さん、ロスからフェニックスまで俺、何時間で行ったよ」って、ユーザーからこういう言葉が何本も来るわけ。
なるほどね。
だから逆に言うと、スポーツカーってなんで消えちゃったかっていったら、あまりにもマニアックになりすぎたんですよ。ファンがいなくなっちゃったの。一部の車オタクの商品になっちゃったわけ。スポーツカーっていったら、やっぱりかっこいいことなんです。かっこいいって何ですかっていったら、異性に憧れられることなんですよ。ですからフェアレディZ33のデザインは、サンディエゴの女性のデザイナーにやってもらったんです。
それ、水野さんがそうしたんですか?
もちろん。男がやっちゃダメなんですよ。男は汗かいた、汗かいた5%のマニアのためのスポーツカーを作っちゃうんです。
なんで水野さんはそんなことを発想できるんですか?
だってスポーツカーはさ、なんでみんなスポーツカーに乗りたいかっていったら、街行く人や女の人にかっこいいって思われたいからでしょ。
世界の名だたるメーカー、ものすごい数のものすごい優秀な方もいらっしゃるでしょ。そんな中で、水野さんのような発想をする人がやっぱりいなかったってことですよね。
いや、いるんですよ。ポルシェ。
いるはいる。そうですよね。ただ、ポルシェはポルシェですよね。やっぱり値段からしてもそうだし、汎用性っていうことで言うとなかなか。
いや、ポルシェの汎用性ってすごいですよ。
みんなの手に届くという意味において。
911からボクスターまで、インストからドアからサスペンション、ほとんど共用してますからね。もう一つ、ポルシェの一番大事なのは、アメリカは特にポルシェの保有者のうちの30%以上が女性なんですよ。女性が憧れて簡単に乗れるスポーツカーっていうのがポルシェの、実は。みんなポルシェっていうと上の方のGTシリーズとか、あんなのばっかり見てるけど、要するに基盤の強さって、30%以上の女性オーナーがポルシェに乗ってるっていう、実はここに基盤の強さがあるんですよね。
僕はこれをポルシェから学んで、Z33はサンディエゴの女性のチーフデザイナーの人にデザインしてもらった。だから何とも言えない優しさがあるんですよ。
これで結果がついてくるっていうのがすごいことで、日産の先ほどおっしゃったリバイバルプランも1年前倒しで達成されて、いよいよっていう時代に入ってくるんですけど。これ、GT-RはGT-Rと言っていいんですかね。GT-Rの時代っていうのが。GT-Rのすごさって、わざわざ私ごときが言うまでもないと思うんですけども、いろんなところで本当に象徴的に語られる、日本を代表するスポーツカー。
ニュルブルクリンクでの記録もそう。かつてのポルシェもそう、ブガッティ、そういった世界の名門の車の圧倒的先に行った数字が、とてつもない記録を残した。それからこれ、面白かったですね。私が見た中で、ある雑誌、ホットカーズですかね、言っていたんですけども、18年間で約4万8000台。第一世代だけでここまで売り切った。考えてみてください、皆さん。iPhoneが初代から18年間モデルチェンジをしないで、ずっと最先端でい続けたってことと同じですよっていう。なるほどなと思ったんですよ。
あと価格が、フェラーリやランボルギーニやポルシェと比べて半額以下。これ当時、北米価格で6万9850ドル。当時ですから、1000万以下はもちろんですけれども、その値段で乗れたということで、どんどん世界がこのGT-Rに注目する。皆さんご存じ『ワイルド・スピード』、ポール・ウォーカー演じるブライアン、そしてヴィン・ディーゼルが演じるドミニク、乗ってましたね。
実は『ワイルド・スピード』の映画のトレーラーの声、私なんですよ。「ワイルド・スピード」って言ったの、私なんですよ。なので、もう異常な思い入れがあるんですけども。アメリカの少年たちは、初めてGT-Rに乗ったのはPlayStationの中。ここから憧れが始まって、GT-Rという車が本当に車の中で神聖視されていく。これを作り上げたっていう水野さんなわけですけど。
私、ばーっと言っちゃいましたけども、あそこが抜けてる、ここが抜けてるって怒られそうですけども、どうですか、GT-Rを作ったっていうもの。これも先ほどの話で言うと結果なんですかね。GT-Rっていうのはやっぱり何かをしたかった、その結果としてGT-Rになったっていうことなんでしょうね、水野さんの中で言うと。
いや、それもすごい簡単で。僕、R35 GT-Rが出た時に、「Anyone、anywhere、anytime、enjoyスーパーカーライフ」。要するに、世界の誰でもがどこでもいつでもスーパーカーライフが楽しめる。その誰でもっていうのは、はっきり言います。ハンディキャップの方も健常者の方も、サーキットを走ったら同じタイムが出ますよ。
どこでも、砂漠の砂嵐の砂漠の中、王室はね、あの違い方険ですから、砂漠の中300kmは走りますからね。それから真冬の中でもSUVよりももっと安定して走れるよ。けど、ニュルブルクリンクで走ったらポルシェより速いよ。
そこはでも、その速さはやっぱり、ポルシェ、ブガッティよりも記録を出す必要があったんですかね。
いや、それだってそうですよ。
そこへのこだわりっていうのは。
誰でもどこでもいつでもスーパーカーライフを楽しめる。サーキット行こうが雪の上だろうが砂漠だろうが。その時に楽しめるスーパーカーライフの定義って何ですか? 世界一速い車に乗れてるんですよ。これ、お客様の心でしょ。
なるほど。
速い速いってメーカーが言ったからね、俺は速い車に乗ってる、誰も楽しくない。でもポルシェを追い抜いてるんだよ。そんな車が俺の今のパートナーだよ。お客様の心の持ち方は全然変わるもん。
これはエンジニアリングの世界における世界一ではなくて、マーケティングなんですね。世界一の記録を出すっていうのは。
そう。よく皆さん、フェラーリやポルシェに対抗したスーパーカーを作ってみろって言うと、すぐ同じようなデザインで同じ車を作って、ベンチマークを持ってきてね、いいの悪いのってこうやるわけですよね。僕は申し訳ないけど、ブランドってそんなの、もちろん見れるもんじゃない。商品であれば比較でものを買うっていうのは当たり前ですよね。バリューっていうのは比較でベストなものですから。でも僕らが作ってるのは、やっぱりブランドとしてプレミアムな。プレミアムって実は比較じゃなくて絶対値なんです。バリューとプレミアムって全く違う世界なんです。
広告費を使わないっていうのも一つ、水野さんはいつもおっしゃってることですけども、この記録を出す。あの車よりも12秒速い、あの車よりも7分何秒速い? これ自体が何よりのブランドになってくるっていうことなんですね。だから私、ニュルブルクリンクで水野さんが泣いてる姿をテレビで見たんですよね。記録が出た瞬間に下をうつむいて、あの時の涙と言いましょうか、あれ、どういう心境だった? 覚えてらっしゃいますか?
ちょっと涙もろいんでね。FMプラットフォーム、ショーで発表した時も実は泣いちゃったし。僕はね、どっちかというと、終わるとね、大体泣くかね、失敗するかなんかやるんですよ。
泣くか失敗する。そうですか。それから、まさにこれが世界から注目されて、先ほども申し上げたように4万8000台売れていくわけじゃない。それ以上売れてると思うんですけども、今日現在ではね。普通のスーパーカーだったら、モデルチェンジをどんどんしていくわけじゃないですか。これ18年間ですよ。同じモデルでずっと走り続けられたっていう、この車を作ったっていうのがとんでもないことじゃないですか。
いや、でもね、簡単なんですよね。
簡単じゃないです。
世界唯一の商品にすれば競合車がいない。世界唯一の商品っていうのは何年経ったって古くならない。比較じゃないんだから。すごい簡単なんです。
簡単とおっしゃいますけども、要するに水野さんがやってきたことって全部異端的な動きじゃないですか。社内からも相当な突き上げもあったでしょうし、反対もあったでしょうし。これ、私が申し上げるのも非常に失礼に当たるかもしれませんが、社内では相当嫌なことを言われたっていう記述もありましたね。
いや、嫌ななんて、それは人間ってそういうもんなんですよ。だって大企業であればあるほどね、みんなお給料は毎年もらえるね、30年のローンを組んだって払えなくなるとは思ってない。そういう会社の中にあって、今の仕事じゃ違うんだと。もっとこういうやり方で人も減らして、やり方も効率的にして、世界のトップと争うような商品を、あなた方がやってる仕事の半分の開発期間で僕はやりますよって言ったら、社内で反対が起こるのは当たり前。
もしないことをほら吹いてんじゃねえ。俺たちの今やってることをお前は否定してるのか。これ当たり前ですよ。99%の人は反対しますよ。
そこですよ。これを見て聞いてらっしゃる方々、会社にいらっしゃる、会社の大中小、規模あるでしょう。少なくとも、自分がやりたいことと会社がやらせてくれることがなかなか合わないよねっていう人、たくさんいると思うんですよ。その中で、水野さんが大組織を動かして変えてきたっていうご本人から、その何が変えた、あるいは動かした、巨象が踊ったんでしょうかね。
何でしょうね。僕はあんまりやる気なかったんでね、最初。
いやいや、それはやっぱり実績なんでしょうね。一つ一つのデータ。一つ一つが、「いや、それ難しいでしょ」って言ってきたことを、水野さんが全部一つ一つ作ってきてらっしゃるじゃないですか。これだけの実績を並べられた方がGT-Rっていう車を企画する、やらせてくれ。
ごめん。俺、やらせてくれって口の先でも言ってないの。俺、やりたくないって言った。
そうですか。なんでやりたくない?
だから本当は、言っていいかどうかわかんないけど、僕以前に先行検討っていって、2001年、2001年以降かな、東京モーターショーにクレイモデルかなんか出してたんだけど、あれをフォローしてる先行開発チームがいたんですよ。僕はもう人がやってるから、僕のものじゃないって思い込んでたわけ。
なるほど。じゃあ、やってくれって判断だったんですね。
それで、何回もそこが提案してたんだけど、当時のCEOがね、正直言って彼と僕とはすごく波長が合うんですね。こんなポルシェを真似したり、フェラーリを真似したり、今ある車を真似したような車を出してもダメだと。「水野、お前がお前の好きな車を作ってくれ」と。「お前はきっとすごい」。要するに、その前から彼は知ってるわけですよ。FMプラットフォームにしても、僕のレースのやり方にしても。普通の人と全く違うアプローチで違うものを作るっていうのが水野流だって、彼は知ってたと思うんでね。
「水野、やれ」と。「お前にその代わり全部渡す」。なぜ全部渡すかっていうと、責任と、僕は権限はいらない、責任をくれと。責任があるから権限は実行できるんでね。
ただ彼はこう言ったんです。おそらくこのプロジェクトをお前が好きなようにやると社内で大反対が起こるし、会議なんかで言うと、みんな、役員がああじゃない、そうじゃないってお前を潰しにかかると。だから「私の命令で、あなたが全権限を持ってやってください」って、こういうふうに社内に。日産から僕を守るためだったんです。
なるほどね。それはチームも作っていかなければいけないし、チームをまとめていかなきゃいけないし、いわゆる組織の長になっていくわけじゃないですか。よく棟梁と匠と職人みたいな、小さな最強チームを作るって話をしてらっしゃいますけども、社内の中で反発やいろんな思想の違い、考え方の違い、専門分野の違い、この人たちを一本に取りまとめて一つの方向に持っていく時に、水野さんがこれだけはって思ってらっしゃることっていうのは。
僕はこのプロジェクトをやる時、チーム員ね。そういう全権限を渡すっていうことは何が起こるかっていうと、「CEOがやってることは俺たち関係ねえから」って開発の人は出てこない。部品メーカーからは仕事を断られる。今度、村八分に遭うわけですよ。部品メーカーの8割に、「仕事はお断りします。持ってってください」。人も出してくれない。ちょうど当時……。
日産なのに。
いや、しゃあないって。そんなきれいごとを並べたような会社ばっかりじゃないですよ、世の中。
そうですか。
だって人いないんだ。だって当時、カルロス・ゴーンはね、開発部門も部品も含めて、年間16車種しか開発するキャパシティがないのに、リバイバルプランを一息して次のチャレンジに行ってるんで、「23車種の開発をやりなさい」。そうすると開発も部品メーカーもキャパシティオーバーしてるわけ。もうその余地ないんだ。
それで水野に権限を与えた、GT-Rなんていったら、みんな人も出さねえ、仕事は断る。これ当たり前ですよ。それでやってもらえるっていう考え方は間違いですよ。
じゃあ、もうほぼ社内の協力は。
ないよ。ない。当てにしたら失敗します。みんなの状況だって僕はわかんなきゃいけない。16車種しかキャパシティがないところに今23車種入ってるね。しかもその中にこういうレベルの高いものを持っていこうとしたら、みんなの立場っていうのはやっぱり考えてあげなきゃいかんわけですよ。
だから僕は、いすゞ自動車がちょうど当時、トラックだけで2000人早期退職をやったんで、いすゞ自動車のエンジニアだった方にみんな来ていただいてね。
開発チームの80%は元いすゞの方だって。
そう。それでいいんです。なぜかって、僕は新しい仕事をやる、新しい技術を作るのに、今までの技術でエリートになった人は欲しくないから。逆に今までのエリート技術を鼻にかけて、新しいことに難癖つけるメンバーはいらないんです。
だけど、新しい人たちも含めて、その人たちにご自身のお考えなりをインストールし、引っ張っていかなきゃいけないじゃないですか。この人たちの中でも、斜に構えてるというか、「水野さん、そんなことできるのかな」なんていう人もいたんじゃないですか。
いや、いるでしょ。
これ、まとめ上げて、まとまったわけじゃないですか。結果、GT-Rという結晶になって。相当なポイント、ポイントがあったと思うんですけど。
いやいや、もう最初ですよ。
どうですか、人ですか、もの、金ですか、あるいは全部。
23年の12月、12月23日にカルロス・ゴーンにGT-Rをやってくれって言われて、それで冬休みがあって、僕は1月15日にゴーンのところに、もう車両計画図から投資計画から販売計画、収益計画、全部まとめて2週間でばーんとゴーンのところに持っていった。「お前、本当にこれ、いつ作ったの?」
どうやって作ったんですか、そんな2週間。
2週間でね、そんな車両の全部の計画図と、性能目標値と、全部販売価格と収益計画と投資計画を持っていく人なんか、世の中にいないと思うから。持っていけばいいんですよ。
いや、持っていけないと思うんですけど。2週間って、我々コンサルティング会社でも、2週間である計画を出せっていったら、まあまあタイトなスケジュールですけど。
でも、それみんなぴったり当たってますよ。僕は外れる計画を出しませんから。それが自分の信用ですから。彼がびっくりしちゃってね。「お前、わかった」と。「じゃああと3か月猶予を与えるから、もう一回修正するんだったら遠慮なく修正してくれ」と。
そういうふうでしょうね。早すぎますもんね。
でもね、僕はいつも言うんです。言われた仕事で成功したためしはない。例えば今も、僕の頭の中に、僕が軽自動車を作るとしたらこうやるよな、僕がEVを作ったらこういうふうにするよな、僕がスーパーサルーンを作るとしたらこうやるよな、僕がスーパーカーを作るとしたら。頭の中に10車種ぐらいの車を作れる計画は、正直あります。頭の中にインプットを持ってます。プロとしてのインプットを持ってます。だから、やれって言われたら1か月以内に全部の計画が出せる。
だから言われた仕事、会社が時間が来たからやってください、そんな言われたからやりましたって仕事はね、大体ベンチマークを比べて、5%いいからこの商品はいいって、こういう点しか持っていかないんだよね。僕はそういう仕事で人生を終わらせたくないから。何度も言うように、お客の夢やお客の未来を作るのが僕の仕事だから。会社というのはあくまでそれを実現するための手段であって、本当にものづくりっていうのは僕自身の中にいなきゃいけないって思うのが僕だから。
なるほど。そこは本当に水野さんは、今までのどの時代を抜けてきても変わらない立脚点なんですね。
そうだと思いますよ。
どうしても仕事の中に、あるいは自分の専門分野に入っていったりすると忘れてしまうじゃないですか。ましてやエンジニアリングという、一種職人気質の方々っていうのは、なかなかその辺りは難しかったりしますよね。
いや、でもね、全ての答えは、何回も言います、お客様です。お客様の未来やお客様の喜びのために、僕は車っていうものを作ってるんで。それを考えたら何の怖さもないんですよ。
これ、組織論、組織学的な話になるかもしれませんけど、この少ないチームなりをまとめ上げていく時に、棟梁、匠、職人っていうのをうまくコーディネーションしていくって話をされてらっしゃいますけど、この辺りどういうことですか?
僕は今、言われて2週間でカルロス・ゴーンに全部提案しましたよと。これがチームをまとめる上で一番大事なことなんです。これができるからチーム員がまとまるんです。
どういうことですか?
要するに車両計画をゴーンに説明して、ゴーンにこれでやりますよって言いましたよね。もうその場ですぐに部署に帰って全員集めて、車両計画図を見せて、「今から俺たちはこれ作るぜ。もう全バックアップするからやってくれって承認もらってるから、自信持ってやろうぜ」って。「だけどできねえだろ。できなきゃ、もうこれ計画図ができてるってことは、俺がお前らの面倒を見るってことだよ」。
投資なんかもあるでしょ。とにかくお前らと俺が実現したい夢は、誰でもどこでもいつでもスーパーカーライフを楽しめる。ポルシェにもフェラーリにもできなかったことを俺たちが世界で初めて実現できるって、楽しくねえ? もう一つね、アウトバーンで片手でハンドル、300kmで隣の人と会話が楽しめる。そんなこと言ってドイツ人が腰抜かす車を作るの、みんな楽しくない?
ニュルでタイム計測したらね、みんな不可能だと思ってる、絶対できやしねえよっていうね。ポルシェより速かったら、みんな愉快だと思わない? この3つの夢をみんなで実現しようよ。この3つの夢は、発表発売した後もお客さんに届けるそのものだよって。
やりますって言いたくなりますよね。今お話を伺ってても、このお部屋に結構人いますけども、みんなうんうんって言ってますけども、今の水野さんのお話の中で、当時だったらそうだってなりますね。
そうですよ。仕事のやり方、今から全く新しい車両総合計測システムっていう。今まで自動車会社は部署ごとに、やれエンジンだ、やれ車体だ、やれシャシーだって部署ごとに分かれ、部署ごとに設計して実験してたものを、1台の車両総合計測機を積んだ車をマスターカーにして、この1台の車のデータで全部署が仕事をするんだよ。だから部署っていうのはないんだよ。実験部と設計の境目もないんだよ。
俺は今からこういう新しい仕事のやり方をするから、知識なくてもいいから、自分たちで新しい技術を一緒に作っていくって気持ちになってくれ。今まで知ってたとか知らねえとか、優秀だとか優秀じゃなかったとか、もうどうでもいいと。それだけの話なんです。
やっぱりこの言葉の力、意思の力、方向性、ビジョン、これが本当に明確に見えて、じゃあ水野さんのために、あるいは水野さんが今語った夢のために、一肌でも二肌でも、人たちが出てきた瞬間だったんでしょうかね。
僕はその時もう一つ、発表発売したらジャーナリストがいろいろインタビューするよな。「お前ら、みんなインタビューに答えろよ。その代わり打ち合わせ一切なしに、抜き打ちで答えろよ。一人一人がそのぐらい自信持って仕事をやった結果を、今から3年間で作ろうよ」。
僕、GT-Rのフィルムっていろいろ流れてますけど、「今日取材が入るから、聞かれたら答えてくれ」って言うけど、それ以上絶対言わない。っていうのは、みんながみんなの口で答えた結果が僕のマネジメントの結果でもあるから。そういうメディアの取材までを、自分のマネジメントの結果の評価尺度に使ってるんで。
なるほど。いかがでしょう、これを聞いてらっしゃる広報、あるいはプロモーションの皆さん。そこに関わった一人一人が持っている、水野さんからもらったエネルギーや、自分がかけてきた時間やエネルギーそのものを、彼、彼女の言葉で語ればいいと。その総体が、結果、水野さんが求めていた言葉であるってことになるわけだから、コントロールは必要ないと。
そう。抜き打ちでやるってことがすごい大事です。どんなインタビューも全部抜き打ちです。
これが、いろんなマーケティング会社に、調査会社に調査をさせて、デモグラフィックで属性は大体何歳ぐらいの男性はこうでこうで、数字で見たところで、さてそこからどんな車が見えてくるのかって。それよりもロデオドライブのシャネルの前に置いといて、何人の人がのぞき込んで、何人の人がデポジットを払うかっていうデータを取るって、これ宣伝費いらないっちゃいらないですね、これね。
だから宣伝費ゼロです。「俺が育てた商品」って意識をどうやってお客様に持たせるかっていうのが、実はブランディングの本当の究極の姿だと思う。普通のお医者さんはね、この手術はこういうもので、こういうやり方でこうやればいいって。大門の違いは、でも人間の体は違うんだと、ありとあらゆることが起こる可能性があるって、このあらゆる起こる可能性を大門メモにしてみんな書いてあって、これはね、正直言います、僕のやり方なんですよ。
Make it next。Make it next。Make it next。
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