「バイネームで選ばれる」プロの条件:モルガン・スタンレーからスタートアップへ移った星直人氏のキャリア判断

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概要

一橋ビジネススクール特任教授の楠木建氏が、仕事で出会った「すごい人」を招いて話を聞くシリーズである。今回のゲストは財務戦略アドバイザーの星直人氏だ。星氏はモルガン・スタンレーの投資銀行部門でM&Aに12年間携わった後、保育施設向けのサービスを手がけるスタートアップ、ユニファのCFOに転じた。現在は独立した立場で、複数の企業を支援している。

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対談の中心にある問いは、スキルを持つ人がいくらでもいる中で、なぜ特定の人が名前で指名されるのかということだ。楠木氏はその答えを「センス」に求め、星氏のキャリア判断にその表れを見ようとする。

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スキルのデフレとセンスのインフレ

楠木氏は冒頭で、番組を続けている理由を2つ挙げた。

1つ目は「すごい」の定義である。楠木氏によれば、「あれができる」「これができる」と言っているうちはまだ素人だ。スキルを持つ人は世の中に掃いて捨てるほどいる。楠木氏がすごいと呼ぶのは、スキルを超えたセンスを持つ人のことだ。言動が一致している、「この人だからこうなんだ」と思わせるスタイルがある、そしてそれが仕事上の価値になっている。そういう状態を指すという。

2つ目は、いまそうした人を見る意味である。楠木氏は、技術の本質は人間がやっていたことを外部化することだと述べる。AIもその例外ではない。たとえば英語が堪能だというスキルは、10年前ならもう少し労働市場で価値があったかもしれない。だが今は、AIの同時通訳で誰もが母国語のままコミュニケーションできる時代が近づいている。楠木氏はこれを「スキルのデフレとセンスのインフレ」が起きている状態だと表現した。

楠木氏の言うセンスとは、判断と選択、そしてその背後にある基準の持ち方のことだ。スキルには教科書や学校、研修といった定型的な身につけ方がある。センスにはそれがなく、自分で磨くしかない。最も有効なのはセンスのある人を見ることだろう、というのが番組の趣旨である。

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4つの帽子

星氏は現在の仕事を「4つの帽子」と説明した。

  1. 上場企業の財務戦略アドバイザー
  2. 未上場企業のアドバイザー。PIVOTの社外取締役のほか、障害のある作家のアートをIP化して販売するヘラルボニー、会計・ファイナンス人材を増やす活動をするCPAエクセレントパートナーズ、松尾先生が最近立ち上げたというAIスタートアップのサードインテリジェンスなどを支援している
  3. 独立系の日本のプライベート・エクイティ・ファンドの経営アドバイザー
  4. あるNPOの代表理事

このうち1つ目と2つ目がメインだという。

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就職活動をせず、インドへ

モルガン・スタンレーでの星氏の仕事は、M&Aの実行(エグゼキューション)だった。クライアント企業の企業価値を最大化する戦略の1つとして、買収や売却を行う。ターゲットを決め、価値を分析し、交渉し、契約書に落とし込んで実行する。楠木氏は、M&Aはクライアントにとって日常業務ではなく専門知識が要るため、その一部を投資銀行に発注するのだと整理し、「現代資本主義の最も知的に高度な仕事」に見えると評した。

星氏は投資銀行業務を「天職だと思うぐらい好きだった」と振り返る。そう言える理由として挙げたのは、学生時代にキャリアを深く考えたことだ。星氏は大学院を出てから就職している。学部時代は就職活動をしなかった。周りが動き始めた頃、やりたいことがまだ見つかっていなかったからだという。

当時の花形は広告代理店や商社だった。周りの同調圧力に流され、「行けるから受ける」という選び方をするのは自分の人生として正しくないと星氏は考えた。そこで世界をバックパックで回り、最終的にインドにたどり着く。そこで、仕事は人生で最も時間を使うものだから、好きなことをやらなければ結果も出ないし苦しくなる、と考えて「好きなことをやる」と決めた。

帰国後、モルガン・スタンレーやゴールドマン・サックスのインターンシップに参加し、机上の空論ではなく実際にやってみて「これは面白い」と確かめてから就職した。そのため入社後のギャップはほとんどなかったという。大変ではあったが、苦しいと思ったことはないと語る。

大学院では会計やファイナンスを学んだ。ただ、本人いわく「あまり真面目な学生ではなかった」。授業よりも、投資ファンドのようなところで長くインターンをしていたという。

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M&Aは「ビジネスの総合格闘技」

M&Aの醍醐味として星氏が最も大きいと語ったのは、クライアント企業にとって数少ない重要な意思決定を一緒に支え、実行することだった。事業はもちろん、財務、法務、税務など、ビジネスに関わることを理解したうえで1件ずつ進める。星氏はこれを「ビジネスの総合格闘技」と呼び、知的好奇心が満たされる仕事だったと話す。

短期間で難しい案件をこなす大変さはある。だがクライアントから「君がいてくれてよかった」と感謝される。やりがいのあることをしながら感謝もされるので、「いいことしかない」と思いながら働いていたという。

楠木氏は、M&Aが工場への設備投資などと違い、短い時間に勝負が凝縮されることを指摘した。そのぶん会社側の緊張感も高くなる。

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12年目の転身:娘の誕生と、日本の社会課題

それほど好きだった仕事を、なぜ12年で辞めたのか。星氏はまず、モルガン・スタンレーに不満があって辞めたわけではないと前置きした。もう一度キャリアをやり直せるなら、またモルガン・スタンレーに入りたいほど今でも好きな会社だという。

きっかけは娘が生まれたことだった。投資銀行では、案件の規模も社会への影響も大きな仕事ができていた。それでも最終的に意思決定するのはクライアントであり、自分はあくまでサポーターにすぎない、と星氏は考えた。娘が生まれたとき、経済的な規模だけでなく、日本社会に本当に貢献する仕事を考えるべきではないかと思ったという。

娘が生まれたのは、ニューヨークに赴任していた時期だった。ニューヨークのオフィスでは上司が3人いて、3人とも女性だった。一方、当時の日本では保育所の待機児童問題が話題になっており、女性がキャリアを続けるうえでの負担が大きい時期だったと星氏は振り返る。

「フェアな社会を作りたいタイプ」だという星氏は、生まれた場所や性別で不公平な状況に置かれる社会を娘に残すべきではないと考えた。娘も含めて誰もがフェアでフラットな社会を作るために、日本の大きな社会課題の解決に少しでも貢献したい。星氏はこれを「エモい理由」と呼んだ。

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足し算ではなく掛け算のキャリア

星氏は、エモい理由だけでなく、キャリアとしての合理的な理由もあったと言う。12年勤めると、成長はしていても成長曲線は徐々に寝てくるし、新しい学びも減ってくる。

同じ会社で直線的に積み上げていく「足し算」のキャリアもある。だが、1つの業界でトップ10%に入るのは非常に難しい。そこからトップ1%に上がるのはさらに難しい。そこで星氏は、キャリアを掛け算で考えることにした。ある分野でトップ10%になり、別の分野でもトップ10%の成果を出せれば、10%×10%で1%になれる。もう1つ掛け算ができれば0.1%になる。楠木氏の専門である競争戦略の差別化を、キャリアにも当てはめた考え方だと星氏は説明した。

具体的には、軸足は財務に置いたまま、2つの軸で自分の位置を考えた。大企業かスタートアップか、プレイヤーかアドバイザーか、である。それまでは大企業のアドバイザーをやってきたので、次はその対極にあるスタートアップのプレイヤーをやってみる。振れ幅が大きいほど、2つの引き出しを持つことで経営がより立体的に見えるはずだと考えたという。

楠木氏はこれを「本当のピボット」だと評した。ピボットとは、軸足はそのままに、もう片方の足を別の場所に置くことだ。楠木氏が嫌うのは、軸足もないのに次々とジャンプしてふらふらしているだけの「ピボット」であり、星氏の場合は財務の能力がはっきり軸足になっている、と述べた。

17:20

「ふかふかのソファ」を捨てる

移った先がユニファだった。星氏の説明によれば、従来型の保育施設では書類業務が多く、保育者が本来やりたい「子どもを育てる」以外の負担が大きい。そのため子どもに向き合う時間が少なく、やりがいを保ちにくい。ユニファは、機械やDXに任せられるところは任せ、保育者が子どもと触れ合う時間を生み出せるよう、システムを含めて効率化するサービスを提供している。楠木氏は「スマート保育園」と表現した。

30代半ばで、上場大企業のクロスボーダーM&Aという「ギンギラギンの世界」からスマート保育園のスタートアップへ。周囲は驚いたのではないか、と楠木氏が尋ねると、星氏は社内だけでなくクライアントからも多くのコメントを受けたと答えた。特に印象に残っているのは、ある商社のクライアントの言葉だという。「星さん、なんでそんなふかふかのソファを捨てて、わざわざ名もなきスタートアップに行くんですか。考え直した方がいいですよ」と、本当に真顔で助言されたそうだ。

楠木氏は、スタートアップへの転職そのものが良いと言いたいわけではないと断ったうえで、星氏にはセンスの表れを感じると話した。それは、ずっと自己客観視をしていることだ。楠木氏の見るところ、うまくいって勢いのある人は途中で自己陶酔が入りやすい。それが進むと全能感になる。本当に全能な人など存在せず、本人がそう感じているだけだ。楠木氏は、そのあたりから仕事が弱くなっていく人を多く見てきたという。

学部卒業時に「ちょっと待てよ、インドに行こう」と立ち止まったのも、12年目の判断も、一度自分を客観視して考え直すという点で共通している。楠木氏はこれをキャリア上の大きな判断のセンスと捉え、「特殊だ」と評した。

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ユニファで直面した本当の挑戦

スタートアップのCFOの仕事は、資金調達が中心になる。星氏はユニファで約100億円の資金調達をけん引した(説明欄による)。ただ、投資銀行時代はM&A部門にいたため、資金調達を直接担当していたわけではない。投資銀行出身者がスタートアップのCFOになる例は多いので同じ仕事に見られがちだが、そもそも違う仕事をしていたと星氏は言う。さらに、キャッシュフローが安定した大企業のファイナンスと、未来に賭けるスタートアップのファイナンスはまったく別物であり、そこにも挑戦はあったと振り返る。

それでも、星氏にとって最も大変だったのは財務そのものではなかった。CFOとしてではなく経営者の1人として入ったつもりだったので、経営を事業・財務・組織に分けたとき、事業面で付加価値を出せないか、組織面で採用やリテンションに取り組めないかを考えた。財務は本質的に共通言語が同じだが、事業と組織をしっかりマネージすることが最もチャレンジングだったという。楠木氏は、それこそがユニファを選んだ理由でもあったはずだと応じた。

楠木氏はここで、センスは選択とその基準に表れると改めて述べた。どちらが世の中にすごいと思われるか、どちらの規模が大きいか。人はそうした自分の外にある基準に頼りがちで、そのほうが楽でもある。自分の頭と言葉で基準を作り、そのうえで選ぶことが大切だというのが楠木氏の見方である。

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独立と、これからの「絞り込み」

ユニファで事業が立ち上がり、資金調達もできたことで、自分の役割は一段落したと星氏は判断した。その後は独立に近い立場で幅広い企業を支援している。ただし、自分の立場を明確に言語化して決めすぎないようにしているという。

星氏は、キャリアを点ではなく線、つまり1つのストーリーとして考えることが大事だと話す。財務を深く掘った12年間があり、スタートアップを経営した6年間があり、今は大企業もスタートアップもNPOもファンドも見ている。その結果、企業経営がより立体的に見えるようになった。このまま続けるのも一案だが、経験を生かして再び絞り込む可能性もあるという。

独立して仕事を待つ立場に不安はなかったか、と楠木氏が尋ねると、星氏は「なかったと言えば嘘になる」と答えた。ただ、ある上場企業への支援はユニファ在籍中の数年目から継続していたので、仕事がまったくなくなるわけではなかったという。今後については、1つに絞るかどうかは分からないが、軸足をもう少し定めることを、この数年のうちに真剣に考えたいと話した。

楠木氏は、自分はむしろ1つの世界で足し算を続けるタイプだと明かした。成長曲線は必ず鈍化するが、積み重ねた資産があるので楽だという。今は「ぬるま湯だ」と開き直っているが、それも自分の基準で生きているつもりだと語った。

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名前で指名される理由:コミットメント、忖度しない、熱い

楠木氏から見ると、星氏は「星さん」という名前で頼られ、声がかかっている。財務のスキルを持つ人は大勢いるのに、なぜ星氏なのか。

星氏は、深く仕事をした人たちから受けたコメントとして3点を挙げた。1つ目はコミットメント。常にフルコミット、フルスイングで全力を尽くすこと。2つ目は、良い意味でまったく忖度しないこと。クライアントであれ目上の人であれ、自分の意見をはっきり言う。3つ目は、本人が恥ずかしがりながら挙げた「熱い」ということだ。見た目や経歴からはドライでクールに見えるが、中身は違うという評価を受けたという。

楠木氏はこれを受けて、自分にとってしっくりくる言葉で言えばセンスとは「芸風」だと述べた。専門的なスキルがどんどんAIに外部化され、AIを使いこなせればスキルを自分で持つ必要がなくなる。そうなると、最終的には名前で必要とされることがプロの最も重要な条件になる。「それはわかっているけれど、星さんにお願いします」と言われるのがプロの世界だ。だからこそ、やることは変わっても1つの芸風に殉じる覚悟が大切だと楠木氏は語った。

30:34

社会性と経済性の「アンド」

ヘラルボニーやNPOが支援先に入っていることについて、楠木氏は、ユニファを選んだときの「エモい」基準もはっきり入っていると指摘した。

星氏は、社会性と経済性の両立が口で言うほど簡単ではないことを前提にしつつ、一度しかない人生なら「アンド」を目指したいと語る。長期と短期、成長と還元といったトレードオフの構図は分かりやすい。だが自分はそこで両立を狙うことに力を注いでいるという。ヘラルボニーもPIVOTも社会的意義の強い事業だと考えており、社会的意義と経済性の両立を非常に重視しているそうだ。

楠木氏は、「オア」か「アンド」かは考え方の問題で、どちらが常に正しいわけではないとした。そのうえで、アンドを狙う場合にセンスを感じるのは、両方を同時に取りに行くのではなく、順序立ててつなげるやり方だという。きちんとお金が回る過程で社会的な貢献が生まれ、その貢献が理解されるとさらにお金が集まる。そうした好循環を作ることがセンスであり、ヘラルボニーは今のところその方向に進んでいる、と楠木氏は評した。

32:40

専門家ではなく「総合格闘家」

星氏は肩書に「財務」が付くことが多い。しかし本人は、経営において事業と財務は表裏一体だと考えており、財務だけをやることに本質的な価値はあまりないと話す。財務を起点にしつつ、どの企業でも事業側に関わっている。肩書は各社が決めたもので、財務にこだわっているわけではない。自分の仕事は企業価値の最大化を支援することなので、極端な話、採用の支援をすることも多いという。

楠木氏は、自分が考えるセンスのあるプロのイメージを「軸足(芸風)はあるが、専門家ではない」と表現した。専門へ専門へと進むと「スキルトラップ」にはまる。あくまで総合格闘家、MMA(総合格闘技)のような存在だという。

これに対して星氏は、投資銀行時代は本当の意味でMMAだったとは言えないと答えた。自分でビジネスをマネージしたことがなく、プロフェッショナルファームなので組織を本質的にマネージしたこともない。いわばボクシングでは強いが、実際のビジネスに出るといきなりキックされることもある。それも、新しい挑戦をした理由の1つだったという。

34:30

看板を下ろして確かめる:「リスクを取らないリスク」

星氏は、もう1つの動機も語った。投資銀行時代には良い案件に恵まれたが、それがフェアに自分の実力かと問われれば、そうとは言い切れないと感じていた。もちろん頑張ったし、ベストは尽くした。だが取締役会に出られるのはモルガン・スタンレーの看板があるからで、その看板が消えたときに同じ価値があるかはまったく別の問題だと考えた。

組織の時代から個人の時代へ移る中で、プロとして、ビジネスパーソンとして価値があるのは、会社の所属という枕詞ではなく、名前で仕事をもらえるかどうかだと星氏は言う。看板をうまくレバレッジすることにも良い面はあり、使えるものは使えばいい。それでも、自分はかなり下駄を履かせてもらっているのではないかと感じたため、30代半ばで一度看板を下ろし、自分がどこまでやれるか確かめようとした。

周囲には非合理に見えただろうと星氏は認める。しかし、短期の非合理は長期の合理につながる可能性があり、そこがアルファ(超過リターン)を生む勝負だと考えている。短期的には給料が下がり、未経験のことに汗と血と涙を流す必要がある。それでも、その努力は中長期的に実を結ぶかもしれない。星氏は、モルガン・スタンレーでの12年を終えた時点に戻ったとしても、たぶん同じように違うことに挑戦しただろうと話した。

そこで星氏が意識している言葉が「リスクを取らないリスク」である。日本人はリスクという言葉を嫌うし、リスクが好きな人はいない。だが、リスクを取らないことにもリスクはある。両方を天秤にかけたうえで、自分から能動的に動き、自分の頭で考え、自分で意思決定していかなければならないと思った、と星氏は語った。

楠木氏が、端からはリスクを背負い込んでいるように見えても本人はあまりリスクだと思っていないということか、と確認すると、星氏はそうだと答えた。さらに、リスクを減らすやり方もあると補足した。辞めるときには「12年頑張ったのだから、本当に向いていなければ戻ればいい。それなりの仕事は最低限できるはずだ」と考えたという。そう考えれば、それは本当のリスクとは言えない。むしろ、成長曲線が寝ていく中でその会社でしか生きられない人材になるよりも、好きな仕事を好きな人とできる状況を作るほうがいいと考えた、と星氏は説明した。

37:50

営業しない、ドライバーズシートに座る

楠木氏は、20年近く年の離れた星氏に、自分の年齢になる頃にどんな姿になっていたいかを尋ねた。

星氏は、職業を決めすぎないようにしていると答えた。外部環境がこれだけ変わり、人間も変わる。20代の頃は今のような個人のキャリアを1ミリも考えておらず、モルガン・スタンレーで行けるところまで行こうと思っていた。それでも今は、現在の状態のほうが心地よいという。

だから確定的な目標は置かない。そのかわり、自分が常にドライバーズシートに座り、自分でコントロールできる状態を保つことを重視している。そのときにスタートアップをやりたくなればやればいいし、疲れて引退したくなれば引退すればいい。仕事が自分にとってどういう位置づけで、何があれば人生の満足感が最も上がるかを逆算して考えていくはずだ、と星氏は話す。楠木氏はこれを、好きな道を自分で運転し、助手席には好きな人が座っている状態だとまとめた。

星氏は、今の立場の良いところは、一緒に仕事をする相手をある意味で選べることだとも語った。独立時の不安の話に関連して、星氏は自分からは営業を一切せず、「仕事が欲しい」とは決して言わないと明かした。普通に接してもらったり、間接的に仕事を一緒にしたりする中で、価値がある、あるいは「こいつとなら経営という難しいものを一緒にやっていい」と思ってもらえたら声をかけてもらえばいい。自分を作り込んで「僕の強みはこれです」と売り込むと、お互いに苦しくなる。だからなるべく自然体でいたいという。

楠木氏は、名前で受ける仕事は営業が効かない仕事だと応じた。営業熱心なゴルゴ13はいない。「ビッグベンの12時に13回鐘を鳴らせ、そうしたら行く」というのが理想だ、と冗談を交えて語った。

最後に楠木氏は、頭が良く、スキルがあり、やる気もあり、M&Aという華やかな世界にいた星氏のような人の歩みは、これからのプロの生き方を考える1つのモデルになるとして対談を締めくくった。