元HFTクオンツが語る、市場が投資家に不利な理由と、QFEXを立ち上げるために辞めたわけ
EO Korea翻訳元 English
アナナイ・カピラ氏は、数年間にわたり高頻度取引(HFT)企業でクオンツとして働き、担当する戦略は1日あたり100億〜1,000億ドルを取引していた。1日100億ドルはフランスのGDPにほぼ匹敵する、と同氏は指摘する。報酬は十分だったが、次第に「人生を無駄にしている」と感じるようになったという。このインタビューでカピラ氏は、高頻度取引がどのように利益を上げているのか、そしてその利益の多くが市場設計の欠陥から生まれていると考える理由を説明する。また、QFEXを共同創業するために会社を辞めた理由についても語っている。同氏はQFEXを、「取引に革命を起こす」ことを目指す、24時間365日稼働のグローバルな株式取引所だと説明している。
ケンブリッジからクオンツトレーディングへ
カピラ氏はインドで生まれた。両親はのちに英国へ移住し、「インドで多くのものを手放して、いわばゼロからやり直した」と同氏は話す。家族はそれほど裕福ではなかったという。ケンブリッジ大学で数学を学び、卒業が近づくと進路を決める必要に迫られた。博士課程に進む道もあり、それも社会的に意義のある選択だっただろうと同氏は言う。しかしクオンツトレーディングは「とにかく給料が高かった」。断るにはあまりにも条件が良すぎた。
2020年にケンブリッジを出たあと、オランダの高頻度取引会社Flow Tradersで約1年働いた。その後、米国企業のTower Research Capitalに引き抜かれ、3年近く在籍した。
クオンツの一日と、利益の源泉
同氏によれば、仕事はすべてデータに基づいて進む。出社する前から、業務用のノートパソコンでチームがいくら稼いだかを確認していた。クオンツトレーダーは人と話しながら取引するわけではない。データを見て、そのデータをもとに取引する。
身近なたとえを求められると、カピラ氏は自動車ディーラーの経営にたとえる。ディーラーは車の在庫を抱え、少し安く仕入れて少し高く売る。1台ごとの利ざやは小さい。クオンツファイナンスがこれほど稼げるのは、市場を流れる取引量が非常に大きいからだと同氏は言う。例として挙げるのがCMEのS&P 500先物だ。この1つの商品だけで1日約5,000億ドルが取引されており、これはどの国のGDPよりも大きいという。
設計上の欠陥から利益を得る
カピラ氏の主な批判は、高頻度取引は「市場の非効率性を突くことがすべて」であり、その非効率性の多くが構造的なものだという点にある。同氏が例に挙げるのは先物の限月(満期)だ。同氏によると、S&P先物が3カ月ごとに満期を迎えるのは、米中西部の特定の作物の収穫時期に合わせたスケジュールだからであり、株価指数先物にそもそも満期は必要ないと主張する。満期のたびに、保有者は満期を迎える限月を売って次の限月を買わなければならない。取引のたびに取引コストを払うため保有者は損をし、高頻度トレーダーは「その反対側でお金を稼ぐ」。
業界の動機について、同氏の言葉は率直だ。「クオンツトレーディングの世界で、朝起きて『さあ、今日はどうやって市場をもっと効率的にしようか。どうやって今日消費者のコストを下げようか』なんて考える人は誰もいません」。同氏の見方では、トレーダーは大きなボーナスを得るためにお金を稼ぎたいのだという。また、クオンツの間には「認知的不協和」があるとも言う。高給を得ているからこそ、自分は世の中のために良いことをしているはずだと自らを納得させている、というのだ。同じ給料を受け取っていた以上、自分もその一人だったと同氏は認めている。
黄金の手錠と、罪悪感の正体
カピラ氏によれば、Towerには非常に質の高い人材が集まっていた。同僚の多くは国際数学オリンピックのメダリストで、インド工科大学(IIT)の入試でインド全国のおよそ上位50位以内に入った人も多かった。同氏は、彼らも同じ「黄金の手錠」にとらわれていたと考えている。つまり、辞めたいと思えないほど高い報酬を受け取っていたということだ。
同氏は、クオンツファイナンスは「非常に優秀な人材の多くを、世の中に基本的に何の価値も付加しない業界に囲い込んでしまった」と主張し、それこそが自分の罪悪感の本当の源だったと語る。さらに、自身の会話から得た観察も付け加える。話した相手のほとんどは、5年後もこの仕事を続けているとは思っていなかった。2、3年いたら次に移ると言う人も多かった。それでも彼らはいまだにそこにいる。同氏は、彼らが残ったのはそうしたかったからなのか、それとも「見直すことを怠った」からなのか、と問いかける。
FTXとアイデアの起源
Towerでの在籍期間の終わりごろ、人生におけるいくつかの出来事が重なり、同氏は起業へと背中を押された。そのひとつがFTXだった。同氏は、サム・バンクマン=フリードを擁護しているわけではないと慎重に断る。SBFのしたことは明らかに間違っており、刑務所に入るのが当然で、目的が手段を正当化するという考えは受け入れないという。ただしイノベーションの面では、FTXは非常に成功した企業だったと考えている。収益を上げ、セコイアの出資を受け、非常に高い評価額がつき、「本当に良い」プロダクトを数多く生み出したという。また、FTXが米国でのライセンス取得と規制対応を目指し、米国の取引所を買収したことも興味深いと感じている。
カピラ氏によれば、のちにQFEXとなるアイデアはその約6カ月前にはすでに持っていた。同氏はそれを「市場を改善したいという燃えるような思い」と表現し、それは市場の反対側で働いてきた経験から生まれたものだという。同氏の考えはこうだ。本当の目標が効率的な市場であるなら、市場の設計そのものを改善すべきだ。そうすれば、高頻度取引会社が「投資家からただ吸い上げている」お金を得られなくなり、結果として市場はより公正になる。
共同創業者を誘い、会社を辞める
2024年末から2025年初めごろ、カピラ氏は18歳ごろからの付き合いで親友の一人であるジョシュ氏に、このアイデアを持ちかけた。ジョシュ氏はシタデルでエンジニアリング側の仕事をしており、取引所については何も知らなかった。カピラ氏は、「ちょっとクレイジーなアイデアがあるんだ」と電話したことを覚えている。これは明らかに優れた市場設計なので、5年か10年以内には必ず存在するはずだ、既存のプレーヤーが本腰を入れるか、自分たち2人がやるかのどちらかだ、と同氏は説いた。ジョシュ氏は同意し、シタデルを辞めた。カピラ氏はシタデルを世界トップクラスのヘッジファンドの一つだと評している。
タイミングにはお金の問題も関わっていた。カピラ氏によれば、自身の仕事は順調で、経済的なプレッシャーを受けずに済むだけの貯金もできていた。その問題が片付き、「銀行にそれなりのお金」がある状態になったことで、ライフワークにしたいと思えることに取り組む準備ができたと感じたという。同氏は2025年2月に会社を辞めた。2年から5年をこれに費やしてうまくいかなかったとしても、実際にはそれほど悪いことは起こりえない、というのが同氏の考えだった。
Y Combinatorに採択されるまで
2人はY Combinatorに応募した。ジョシュ氏から面接が決まったと電話があったとき、カピラ氏はオーストリアでオペラを観ていた。同氏はその日のうちにロンドンへ飛んで戻った。面接では、問題がどこにあるのかを細部まで理解しているか、そして「なぜ今なのか」、つまりなぜ今がこのアイデアを形にする適切なタイミングなのかを試されたという。
同氏は、ポール・グレアム氏がYCの考え方を説明していたことを覚えている。YCは、アイデアが成功する確率を見積もろうとはしない。確率がゼロより大きいかどうかだけを知りたいのだ。たとえ1%でも、アイデアが巨大でチームが優秀なら、YCは出資する。カピラ氏は、これはQFEXに当てはまると言う。取引所は「ARR1,000万ドルのビジネスとは違います。ARR1,000万ドルのビジネスになることは決してない。ゼロか、巨大かのどちらかです」。同氏によれば、重要だった問いは、それが巨大なアイデアかどうか、そして自分たちがそれを作るのにふさわしい人間かどうかだった。翌日、採択の通知が届いた。
取引所が「吹き飛んだ」夜
カピラ氏は、フィンテックの構築が難しいのは、壊れるものをリリースしてから顧客に謝るということができないからだと強調する。同氏はそれを「重大な信頼の裏切り」と呼ぶ。最もつらかった日は、YC期間中に訪れた。担当パートナーは、そうしなければユーザーのフィードバックは決して得られないと主張し、YC参加者だけを対象に社内的に早期リリースするよう2人に強く求めた。
時差ぼけのまま午前3時に作業していたとき、共同創業者から取引所が「吹き飛んだ」と告げられた。口座の突き合わせをしようとしたところ、残高が合わなかった。全員に約100ドルしか渡していなかったにもかかわらず、一部のユーザーには本来ありえないプラスやマイナスの金額が表示されていた。2人は丸一日かけて何が起きたのかを再構築し、誰がいくら負っているのかを割り出し、一部の人には払い戻しをした。会社として初めて損失を出した瞬間だった。場合によっては、ユーザーに「システム上はマイナス100ドルになっていますが、それは正しくないと思うので、100ドルお渡しします」といった対応をした。
規模が小さかったため、金銭的な損失はわずかだった。同氏の心に残ったのは、すべてを正確に記録し続ける、24時間365日完全稼働のシステムを作ることがいかに難しいかということだった。24時間稼働するということは、いつ何が起きてもおかしくないということだ。「落雷もありうるし、データセンターの火災もありうる、何でもありです」。本番の取引所でこれが起きたら「私たちはゲームオーバーだ」とわかっていたので、何日もまともに眠れなかったという。振り返ってみると、パートナーが早期リリースをさせたのは、自分たちを成長させ、作っているものの重大さを理解させるためでもあったのだろうと同氏は考えている。同氏はその時期を、人生で最高の日々であり最悪の日々でもあったと表現する。週に約100時間働き、非常に集中し、「非常に慌ただしい」日々だった。
収益ゼロで評価額9,500万ドルの資金調達
カピラ氏は、シリコンバレーでの資金調達のスピードについて、人々は誤解していると言う。同氏によれば、約50万ドル未満の出資なら、たいていは30分のミーティング1回で、その場かその直後に決まる。より大きな出資では、1回目のミーティングと2回目の対面ミーティングがあり、それぞれ30分ほどだった。初日にエンジェル資金を調達し、その後はエンジェルの受け入れをやめて大規模ファンドに集中した。ラウンドは2つの大手ファンドが主導した。General Catalystと、収録内で「Nextus Venture Partners」と呼ばれているもう1社だ。QFEXがまだ収益を上げていない段階で、評価額9,500万ドルでクローズした。
同氏は、ベンチャー資金の調達が意味を持つのは、会社が「本当に巨大」になりうる場合だけだと主張する。その場合、VCがノーと言うのは非常に難しい、と同氏は言う。
サンフランシスコとロンドン、ニューヨーク
カピラ氏は長年ロンドンで暮らしたあと、サンフランシスコに約4カ月住み、現在はニューヨークに住んでいる。同氏によれば、ロンドンやニューヨークでは人々はお金を非常に気にする。誰がいくら持っていて、いくら稼ぎ、銀行にいくら預けていて、この先いくら稼ぐのか。「すべてがお金なんです」。一方サンフランシスコでは、同氏の経験上、人々はお金についてあまり話したり考えたりせず、インパクトをより重視しているという。
同氏はこれを、自身が身を置いていたHFTの考え方と対比させる。HFTでは、戦略はそもそもお金を失ってはいけないものだと同氏は言う。損失を出した日には、上司から何があったのかを問うメールが届く。同氏が説明するシリコンバレーのやり方は、5年で10億ドルを稼げるかもしれないものを作ろうとし、その間のお金のことはあまり考えないというものだ。同氏にとってそれは新しく、歓迎すべき考え方だった。
QFEXが変えようとしているもの
掲げている目標は、誰もが「同じ公平な土俵で」取引できるようにすることだ。カピラ氏はテスラ株の購入を例に挙げる。株式はナスダック取引所で取引され、顧客はロビンフッドをインターフェースとして使い、リスク管理と決済は別の清算機関が担う。同氏は、1つの取引に3つの別々の会社が関わるのは仲介であり、本来は1社が可能な限り効率的に担うべきだと主張し、それこそがQFEXの提供するものだと言う。
同氏によれば、QFEXの価格体系は完全に透明だ。「利益分配契約」で収益を得ることはなく、手数料だけで収益を上げる。その手数料は可能な限り低く抑えられており、その大部分はたとえば紹介制度などを通じてユーザーに還元されるという。同氏は同社をStripeになぞらえる。Stripeが決済における摩擦を減らしたように、QFEXは取引における摩擦を減らすことを目指している。金融市場ではこれほど多くのお金が動いているため、わずかな改善でも「下流に甚大な影響」を及ぼすと同氏は主張する。
お金、レガシー、そして高給の仕事に就く人へのアドバイス
カピラ氏は、最高の創業者は自分の会社をライフワークであり、レガシーであり、お金以上の何かだと考えていると信じている。同氏は、もはやお金のことだけを考える段階ではなくなっていたと言う。QFEXに取り組む動機の一部が今もお金であることは認めつつ、ほかにそれを実現できる立場にある人がほとんどいないと考える変化を通じて、「世界に望む変化に自らなる」という目標もあると語る。同氏の判断基準は、自分が人生を何に費やしたのかを、子どもたちにどう語りたいかだ。
高収入の仕事に就いている若者へのアドバイスとして、同氏は、なぜその仕事をしているのかをよく考えること、5年から7年後もその仕事をしていたいかを正直に自問すること、そしてその頃にその仕事がそもそも存在しているかどうかを考えることを挙げる。若いうちは、「今いくら稼いでいるかではなく、学びと成長を最大化すべきだ」と同氏は語る。
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