練習場の思いつきから、宣言してD2Cへ ― 内柴有美子が語るHERG1の起業とリスクの考え方

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概要

ゴルフウェアブランド「HERG1(エルグワン)」の代表取締役兼デザイナーである内柴有美子に、ナビゲーターのSean Kawakamiが話を聞く対談の後編である。「ゴルフ場で着たい服がない」と感じる人は多いはずだが、実際に起業に踏み切るのは別次元の判断ではないか。Kawakamiのこの問いに対し、内柴は練習場で抱いた違和感、事業計画づくり、協力企業との2年間、D2Cの苦労、資金調達、そしてこれからのブランド像を順に語った。終盤では、Kawakamiが「リスク」と「不確実性」を区別する独自の見方を示し、内柴は「やらないで後悔するより、やって後悔したい」という言葉で踏み出せない人に応えている。

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「スーツなら格好いいのに」という違和感と、ボーダレス・タイムレス

話の入り口は、内柴がゴルフ場で感じていた違和感である。普段スーツを着ていれば格好いいはずの年配の男性が、ゴルフ場ではその人らしさが出ていない。Kawakamiはこれを「言葉を選ばずに言えば格好悪いということ」と言い換え、内柴も同意した。

HERG1が目指すのは、ジャケットを羽織ればオフィスにいてもおかしくない服である。内柴はこれを「ボーダレス」と「タイムレス」という言葉で表し、Kawakamiは「グリーンにいてもいいし、それ以外の場所にいてもいいということ」とまとめた。

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ひらめきは練習場で、反応は「共感7対否定3」

Kawakamiは、起業を思い立った瞬間をどこで迎えたのかを尋ねた。内柴の答えはゴルフの練習場だった。来ている人たちの服装を見ながら、もっといろいろな服があってもいいと、ドライバーを打ちながらずっと考えていたという。

思いついた後、内柴は「とにかく人に話しまくった」。こんなアイデアがある、こんなことを考えている、と周囲に伝えると、「甘くないよ」と否定する人もいたが、共感する人のほうが多かった。割合を問われると、共感と否定がおよそ7対3だったと答え、内柴自身はこれを「ラッキーだった」と振り返っている。Kawakamiはこの行動を、多くの人に会って意見を聞くフォーカスグループインタビューのようなものだと表現した。自分でも市場調査を行ったうえで、内柴は事業化に進む。

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勝ち筋より先に、まず事業計画を書いた

勝ち筋をどこに見ていたのかと聞かれ、内柴は「勝ち筋は分からない」と答えた。そのうえで、まず事業計画を書くことから始めたという。美術大学では事業計画の書き方は教わらないため、ネットで調べながら作成した。

内柴の説明では、事業計画とは、学校で学んだようにコンセプトから組み立て、それをどう枝分かれさせて展開していくかを数字に置き換えたものである。デザインの考え方と事業計画は地続きだ、という捉え方がここに表れている。計画上は採算が取れる数字になっていたことも確認された。

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協力企業との2年、ブランドの買い取り、専業化

起業には人・モノ・金・情報・時間といったリソースが要る。Kawakamiがその調達について尋ねると、内柴は「とにかくプレゼンをした」と答えた。最初はこういうブランドで、こういうラインナップでどうかと提案し、面白いと言って一緒にやってくれる会社が現れた。内柴はその瞬間を「嬉しかった」と語っている。

その会社と2年間一緒にブランドを運営した後、内柴がブランドを買い取る形になった。Kawakamiは、生活のために他の仕事と並行しながら徐々にHERG1に軸足を移していったのではないかと想定して質問したが、内柴はその時点で1年で切り替え、HERG1一本にしたと答えている。

一本化した理由として、内柴は自分がデザイナーでもあり、細かい仕事が大量にあることを挙げた。工場への指示も、販売もやらなければならない。これまでのように業務委託でデザインの一部を担うのではなく、自分のブランドとして分業せずほぼ全部を担う。Kawakamiはこれを、デザイナーの領域から「積極的にはみ出て」いかなければならない仕事だと表現した。

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D2Cを選んだ理由と、その現実

一番しんどかったのはどこかという問いに、内柴は「売る方」、つまり伝える方だと答えた。HERG1はちょうどコロナ禍の時期に始まったブランドで、最初からD2C(ダイレクト・トゥ・カスタマー)のビジネスモデルでやりたいと考えていた。企画・デザイン・製造を自分で手がけ、卸業者などの中間業者を入れずに直接販売する形である。

D2Cのメリットについて、内柴はデザイナーの言葉、たとえば商品の説明を顧客に直接届けられる点を挙げた。デメリットは、細かく動かなければならず、配送なども含めて自分でやる必要がある点だという。Kawakamiも、中間業者が抜ける分だけ計算上の利益は増えるが、その部分を自分で担わなければならない「結構な現実」が待っていると応じた。

内柴によれば、最初は分からないことばかりで、配送を間違えたり、違う商品を送ったりしたこともたくさんあった。そうした失敗を重ね、「この時はこうしなければいけない」と試行錯誤しながら覚えていったという。

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一番しんどいのは「知ってもらう活動」

途中で方向性を疑ったことはあるかと問われ、内柴は一度立ち止まり、「結構しんどいと思った」と答えた。何が一番かといえば、知ってもらう活動である。品質の良いものを作っていても、まず存在を知ってもらわなければならない。

当時はコロナ禍だったため、内柴はInstagramに力を入れた。Kawakamiは、コロナの中で声を上げたブランドだったことに触れ、当時は人と人が接触しないことを前提に発想しがちだったため、否定的な3割の人もいたかもしれないと述べている。内柴自身は、その時期の立ち上げは「たまたま」だったと話している。

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伊勢丹でのポップアップと、メールでは取れないアポ

マーケティングで手応えが変わったものとして、内柴はポップアップストアを挙げた。最初は伊勢丹羽田ストアで、旅行者やビジネスマンが多く通り、ゴルフをする人が多い場所だったことが理由だという。その後、伊勢丹丸の内でも開催した。

大手百貨店グループでのポップアップが簡単に実現するものなのかとKawakamiが問うと、内柴は「プレゼンです」と答えた。デジタルが発達した今でもメールでアポは取れるのかという問いには、はっきり「取れないです」と言い、とにかく知っている人を探すのだと説明した。

Kawakamiはこれを受けて、Claude CodeやCodexのような道具で自動化が進み、何でもうまくいくように見える世界でも、ブレイクするきっかけは「ちょっとお願いがあるんだけど」「あの人知らない?」といった人間関係で動く部分が大きいと語った。内柴はそれを「ご縁だと思っている」と表現している。

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リスナー質問①:派手なゴルフ服が苦手な大人の選び方

番組には視聴者からの質問も届いていた。会社経営の46歳の男性からは、取引先に誘われてゴルフを始めたが、ゴルフ場の派手な服が苦手で、かといって普段着では動きにくい、大人が気後れせずに着られる服を選ぶコツはないか、という質問が寄せられた。

内柴の答えは、普段着の延長線上で考えることである。ゴルフ以外でも着られそうなポロシャツ、たとえばロゴが小さいものや、紺や白を選んでおけば無難で間違いないという。内柴は、その「普段着の延長線」がまさにHERG1のことだとも付け加えた。

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リスナー質問②:最初の一歩は「宣言」すること

2つ目の質問は、大阪のアパレル企業に勤める32歳の女性からだった。アパレルで働きながらいつか自分のブランドを持ちたいが、市場も競合も大きく、何から始めればいいか分からない。「着たい服がない」という不満から起業した内柴は、最初の一歩をどう踏み出したのか、という内容である。

内柴が最初に「情熱ですよ」と答えると、Kawakamiは、情熱はみんな持っている、知りたいのは次の一手だと押し返した。そこで内柴が挙げたのが、まず人に話すことだった。人に話すことはマーケティングにもなり、それが本当に人が求めているものなのか、あるいは本当に自分が欲しいものなのかを、自問自答しながら確かめる作業になるという。

Kawakamiはこれを「宣言」と言い換え、「ゴルフウェアで起業する」と言ってしまうことが最高の最初の一歩なのだろうと述べた。内柴も同意し、言ってしまえばできなかった時が嫌なので、やるしかない、他に選択肢がない状態になると説明した。

Kawakamiは質問者に向けて、番組にメールを送ったこと自体がすでにある種の宣言であり、「思っています」ではなく「やります」と周囲に言ってみてはどうかと呼びかけた。周りからは「何を言っているの」「仕事しなさい」と言われるかもしれないが、それでも「やると決めた」と言うことが大事だという。ただし、言ったからには責任が生じる。やるべきことをリスト化してこなし、慣れない計算書と向き合う場面も出てくるとKawakamiが付け加えると、内柴は「やるしかないですよね」と笑った。

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39歳の資金調達と「デザインは全部数字」

資金調達についても話が及んだ。内柴は事業計画書を持って銀行に行ったほか、渋谷区にある起業支援の相談窓口も利用した。そこでは事業計画を整える手助けをしてもらえたという。当時の自分を思い出すと「必死だった」と振り返り、その時の年齢は39歳だった。慣れないことばかりで「大変でしたよ、本当に」とも語っている。

印象的なのは銀行とのやりとりである。「デザイナーさんは数字が不得意な方が多いと思うんですけど」と言われた内柴は、「何言ってるんですか、デザインも全部数字ですよ」と返したという。服は寸法によってすべて数字で指示するもので、肩幅やウエストなど各所に数字を埋めていく。

Kawakamiは、デザイナーが手早くデザイン画を描き、アシスタントやパタンナーに任せ、仕上がりを見て「ちょっと違うわね」と言う、という一般的なイメージを持ち出した。内柴はそういう面もあると認めつつ、自分のプロダクトである以上、結局はお金に返ってくるので、全部チェックしてから作らなければならず、全部知っておくべき知識なのだと説明した。

Kawakamiは、自分たちもデザイナーやクリエイターは数字に弱いと思っていたと認めたうえで、内柴は「デザインは数字だ」という考えで数字に強い自分を作ってきたから、銀行も信頼したのではないかと述べた。クリエイターもデザイナーもミュージシャンも数字に強いほうがいいのではないかという問いに、内柴は「絶対そうだと思います」と答えている。Kawakamiは、起業や自分の仕事を立ち上げようとする人ならなおさらだと加えた。

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3年後のHERG1:ゴルフが少し取れる「ユニバーサルブランド」へ

3年後のブランド像について、内柴は次のように語った。今はゴルフを通じて繋がるライフスタイルを送る人が多いが、逆に服からHERG1を知る人もいる。最近はゴルフをしない顧客も増えており、服をきっかけに「ゴルフを始めてみようかな」と思う人がもっと始めやすくなるようにしたい、そういう人を増やしたいという。

Kawakamiがこれを「ゴルフウェアから、ゴルフが少し取れるウェアになって、ユニバーサルブランドになっていく」と言い換えると、内柴は「それが理想です」と応じた。

内柴自身の3年後、10年後については、「ゴルフはもうちょっとうまくなりたい」という答えだった。現在のスコアはコースによるが85から90台前半だという。Kawakamiは日本的な謙遜からそれほどうまくないのだろうと想像していたが、想像を超える腕前だったと驚いている。そのうえで内柴は、ファッションとともに、ゴルフを楽しいと思ってくれる人を増やしたいと語った。

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「やらないで後悔するより、やって後悔したい」

最後にKawakamiは、起業家や自己啓発の本ばかり読んでも自分ごとにならず、何年経っても変われない「自己啓発難民」のような人が周りに多いと話し、そうした人へのアドバイスを求めた。内柴の答えは「やらないで後悔するより、やって後悔したい」という一言だった。Kawakamiは「その言葉にもフリルはいらない」と応じている。

続けてKawakamiは、内柴がイタリアにいた経験に触れ、日本ほど失敗してもインパクトの少ない国はないのではないかと問いかけた。ローマやミラノも裏路地に入れば大変で、フィレンツェも美しいところしか見えていないだけだという。内柴も、日本では命に関わることはないと同意した。

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リスクは「危険」ではない

ここからKawakamiは自身のリスク観を語った。日本語ではリスクが「危険」と訳されがちだが、本来は違うという。Kawakamiの説明では、リスクと不確実性は別のものである。不確実性は、調査をしたり、人に聞いたり、試してみたりして、トライ・アンド・エラーで潰していける。一方、リスクは不確実性と表裏一体で必ず残るもので、引き受けるしかない。不確実性が低ければリスクも低く、高ければリスクも高い。

Kawakamiによれば、日本では不確実性を受け入れたまま一か八かでやってしまうのに、リスクは引き受けない傾向があると言われる。これに対し欧米では、一括りにはできないと断りつつ、不確実性は受け入れず、徹底的に調査し、試し、人に聞き、最終的には契約も厳密に交わしたうえで、数字で見たリスクを引き受ける。Kawakamiはこれを「逆なんですよね」と表現した。

日本でも、不確実性を自分の中できちんと潰していけば、リスクがゼロになることはないにせよ、取り返しのつかない状態に追い込まれる国ではないとKawakamiは述べ、内柴も同意した。海外の状況を見るにつけ、日本はある意味で恵まれた国だと思うことがよくあるとKawakamiは語っている。対談は、Kawakamiが男女向けに展開するHERG1のウェアをさまざまな場所で目にすることを楽しみにしていると伝えて締めくくられた。