HANAのJISOO、地元・仁川ソンドで振り返る「音楽で生きる」と決めるまで

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概要

HANAのJISOOは、自身の誕生日である9月8日に「LEE JISOO」としてソロデビューした。VOGUE JAPANの「My 5 Favorites」で、JISOOは高校時代から暮らした韓国・仁川のソンドを案内する。公園、市場、ブックカフェ、家族、思い出の公園の5つを巡りながら、音楽の道を選んだ経緯と、ソロとしての思いを語った。

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冒頭でJISOOは、理由は自分でも分からないとしたうえで、高校2年生のときに急に「音楽をやりたい。音楽をやらないと幸せになれないかも」と思ったと振り返る。ソンドは、その決断をした場所でもある。JISOOはこの土地を、人生のターニングポイントが多かった場所と表現する。

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セントラルパーク:悩みながら歩き続けた場所

最初に紹介したのは、ソンドの住民がよく散歩に訪れるセントラルパークだ。JISOOは日が沈んでから、夕食後にこの公園をぐるぐる歩くのが好きだったという。

悩んでいた時期には、毎日のようにここを歩き回った。歩きすぎて足首に水が溜まり、病院に行ったこともあるという。それでもJISOOは、そのとき色々悩んだおかげで今があると考えており、「その時の自分へ感謝」と語った。

一周にかかる時間は測ったことがないそうだ。ただ、自分はかなり歩くのが速いと話す。地図アプリで15分と出る道を10分で着いてしまうこともあり、一般の人が1時間かかるなら自分は45分くらいだろうと見積もる。撮影中は「すごく頑張ってゆっくり歩いている」と笑っていた。

地元について、JISOOは仁川全体を自分の地元と言えるとしたうえで、海が好きだと話す。海が近く、自分にぴったりの優しい環境だったという。「地元は海のように大事な存在」だと表現した。

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モレネ市場:トッポッキ、キムチ、クァベギ

2つ目は、近隣の住民が果物や夕飯の材料を買いに来るモレネ市場だ。JISOOは昔から、1人でも、友達や家族とも、ほぼ毎日のように来ていたという。

市場でまず食べたのはトッポッキだった。餅には小麦で作る「ミルトク」と米で作る「サルトク」の2種類があり、JISOOは「絶対ミルトク派」だと言う。辛いがとても美味しく、懐かしい味がするそうだ。JISOOは、自分にとって韓国料理は「力」だと話した。

いちばん恋しくなる韓国料理はキムチだという。実家では年に1回、冬に家族が集まってキムチを漬ける。最近はそのキムチを持ってきてもらっているという。この店のマンドゥ(餃子)もよく持ち帰りしていた。市場には、日本に戻るときにメンバーへのお土産としてよく買っていたお菓子の店もあった。

最後は、ねじった形のドーナツ「クァベギ」の店に立ち寄った。JISOOによれば、韓国人なら誰もが昔から食べてきたごく普通のおやつだという。JISOOはプレーンとチーズ入りが好きだ。食べると口の周りに砂糖が付くので、クァベギを食べたことが「バレる」と笑い、揚げたてを食べてほしいと勧めた。

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ブックカフェ「CAFE COMMA」:読書と創作の場

3つ目は、よく通っていたブックカフェ「CAFE COMMA」のソンド店だ。1階には新刊や「こういうときにはこの本」といったテーマで選ばれた本が並ぶ。スタッフの手書きメモが貼られた本もあり、JISOOはそれを読みながら本を選んでいたという。この店に通うようになってから、ある作家の作品にはまり、毎日その作家の違う小説を読んでいた時期もあった。

JISOOのお気に入りは、店のチャバタだ。ただ人気のため、この日は普通のチャバタが売り切れていた。代わりに「よもぎダブルチョコチャバタ」を選んだ。1つしか残っていないと絶対に買いたくなるのだという。いつもは飲み物とパンを頼んで小説を読み、パンを食べ終えたら別の種類を買い足して、長い時間を過ごしていた。友達と来ると結局おしゃべりになり、読書は途中で止まってしまったそうだ。

このカフェは、読書のためだけの場所ではなかった。JISOOはここで大学の課題に取り組み、オーディション番組「No No Girls」の際には、ファイナルの内容を考えるパワーポイントもここで作っていた。歌詞を考えたり、ファイナルの内容を決めたりもしていたという。JISOOは、本を読むこと自体も創作につながるとして、ここを「クリエイティブな場所」と呼んだ。

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家族:「選択は自由に、責任は自分で」

4つ目に挙げたのは家族だ。JISOOは一人っ子で、幼い頃から両親と仲が良く、いちばん近い友達のような存在だったという。韓国に戻っても、家族とは「本当に何もしない」で過ごしている。撮影では家族と、韓国の伝統的な遊び「ユンノリ」を大きなサイズで楽しむ場面もあった。

字幕は不明瞭だが、かつて家庭は礼儀などに厳しかったという趣旨が語られている。そのうえで、外でずっと緊張して笑顔を保っている姿を見ていると、家では厳しくできなくなった、という話が続く。

家族の教えは、幼い頃から一貫していたという。選択は自分で自由にしていいが、その責任はすべて自分で取る、というものだ。両親はずっと応援してくれたが、一人娘なので心配もずっとあったのではないか、とJISOOは振り返る。練習生時代には、家から事務所までかなり遠かったが、練習が終わると必ず迎えに来てくれたという。家族の支えがあったから諦めずに続けられたと、JISOOは話した。

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親が語るJISOO

映像には、JISOOの親が韓国語で話す場面もある。親は、祖母や叔母、JISOOの父と一緒にファイナルの会場へ行ったという。周りの人たちはみんな泣いていたが、自分は最後までずっと緊張していた。すべてが終わってからようやく安心したと振り返る。JISOOだけでなく他の参加者たちもとても格好良く、ファンとして見ていた、とも話した。

親は、JISOOを幼い頃から心配をかけない娘だったと言う。高校2年生の頃、勉強のよくできていた子が音楽をやると言ったときに心配しなかったのか、と周りから聞かれるそうだ。親の答えは、実はそれほど大きく心配はしなかった、というものだった。やりたいと言ったことを一つずつ実現して見せてくれていることに感謝している、とも語った。

最近、親がJISOOの努力を褒めると、JISOOは良い事務所の人たちのおかげだと答えたという。親はそれを聞いて納得したそうだ。親が考えるJISOOの長所は、自分も懸命に努力しながら、周囲への感謝を忘れないところだという。

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「シベンゴン」:ちゃんみなの音楽と出会った公園

最後に訪れたのは、ランドマークシティ18号近隣公園だ。JISOOたちはずっと「シベンゴン」と呼んでいたという。JISOOはこの公園の話の前に、「音楽は光でもあり闇でもある」と語った。幸せなことも辛いことも音楽のおかげであり、音楽のせいでもあったという意味だ。

この公園ができてから、JISOOはずっと通っていた。食後にお腹がいっぱいのときによく散歩し、波の音も心地よい。意外と人が少ないことが多く、考えごとをするのにちょうどいい場所だったという。

特に思い出深いのは、JISOOがひどく落ち込んでいた時期の出来事だ。友達が初めてちゃんみなの音楽を勧めてくれた。それが「TOKYO 4AM」で、2人でブランコの椅子に座って聴き、「めっちゃいい」と盛り上がったという。そこからJISOOはちゃんみなの音楽にはまり、1か月ほどちゃんみなの曲ばかり聴いていた。その1か月後に「No No Girls」のことを知り、受けることになった。

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妥協しなかったことと、ソロデビューへの思い

昔の自分が今の自分を見たら、JISOOは「自分がやりたい音楽をやり続けたいという気持ちを妥協しなくて良かった」と思うだろうと話す。最初から自分のやりたいことをやるのは本当に難しく、それができることがどれだけありがたいかを分かっている、とも言う。それが可能だったのはちゃんみなのおかげであり、支えてくれる多くのスタッフと、応援してくれるファン「HONEYs」のおかげだという。だからこそ、初めてのソロデビューでもやりたい音楽ができた、とJISOOは感謝を重ねた。

今回のソロ曲は、特に韓国語の歌詞になっている。JISOOにとって韓国語は母国語なので、伝えたいことを伝えやすかったという。JISOOは、これまで思ってきたことのすべてを表現できた歌詞であり、ソロとしてのLEE JISOOにとってそこが大事なポイントだと考えている。

10年後、20年後もきっと音楽をやっているだろう、とJISOOは言う。多くの人の心に長く残り、ずっと共感してもらえる歌詞や曲をつくりたい。そのためにいろいろな経験をしていきたい、と語って、5つのお気に入りの紹介を締めくくった。