「データに飲み込まれる世界」で日本はどう外貨を稼ぐのか——元経産官僚・津田通隆が語るデジタル赤字とAI開発競争

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概要

経済産業省で30歳以下の若手官僚チームを率い、日本のデジタル赤字を分析したレポートをまとめた津田通隆氏は、2026年8月末で同省を退官し、起業した。本人によれば、もともと官僚より経営者としての期間のほうが長く、本業は起業家・エンジニアだという。楽待チャンネルのインタビューでは、日本のデジタル赤字はなぜ日本特有の問題なのか、AIによって赤字はどこまで膨らむのか、そして日本に勝ち筋はあるのかが語られた。津田氏の立場ははっきりしている。日本に足りないのはミドルウェアを担うプレイヤーであり、フロンティアであるサンフランシスコに背を向けず、そこに向き合い続けるべきだという。

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なぜ今、退官して起業するのか

津田氏が「デジタル経済レポート」を公表したのは2025年のゴールデンウィーク前だった。本人が最も言いたかったことは、その副題「データに飲み込まれる世界で 聖域なきデジタル市場の生存」に込めたという。

後半の「聖域なきデジタル市場」については、当時もある程度の実感があったと津田氏は見ている。テスラやBYDがソフトウェア定義型の製品を出し、イーロン・マスクがスターリンクを展開し、ジェンスン・フアンが「フィジカルAI」という言葉を使い始めていた。一方、前半の「データに飲み込まれる世界」は、1年前にはまだピンと来ない人が多かった。この1年でフロンティアラボが次々にモデルを出してきたことで、データとビジネス特有のコンテキストこそが企業価値の源泉だということを、多くの人が体感的に理解し始めたと津田氏は言う。レポートで掲げた「Data is eating the world」は、マーク・アンドリーセンが2011年に書いた「Software is eating the world」を踏まえた表現で、そこから約15年を経て、そのパラダイムが足元の市場に来ていると捉えている。

起業を選んだ理由として、津田氏は政策の限界を挙げた。国の中ではデータマネジメント基盤のチーフアーキテクトやオープンソースプロジェクトに携わってきたが、経済産業政策はプレイヤーがいて初めて機能する。とりわけブルーオーシャンの領域には、政策で打てる手が少ないのが現実だという。レポートには業界にとって耳の痛いこともあえて書いた。それを役所から言い続けるのではなく、自分で率先垂範する次世代のプレイヤーが必要だと判断し、自分のキャリアでもここに最大のレバレッジポイントがあると考えて起業したと説明した。

4:48

SDX——ハードウェアとソフトウェアの主従が逆転する

従来、デジタル赤字は、iPhoneを買い、Amazonで買い物をし、InstagramやYouTubeを使うたびにサブスク代や広告費が米国へ流れる、という形で説明されてきた。津田氏のレポートが強調するのは、その領域が製造業にまで広がっているという点である。

津田氏はこれを「SDX(ソフトウェア・デファインド・エブリシング)」と名付けた。ハードウェアとソフトウェアの主従が逆転し、ソフトウェアがハードウェアを含めて市場を定義していく状況を指す。例として挙げたのがテスラだ。テスラは車を売りたいのではなく、モビリティ・アズ・ア・サービスと呼ばれるサービスを売るために、車というデバイスを売っているにすぎない。そのため車載OSも自動運転支援(ADAS)も自社で作る。ソフトウェアのコンポーネントを疎結合にするため、従来の車よりソフトウェア的なE/Eアーキテクチャを採用し、スーパーチャージャーまで自前で設置する。津田氏によれば、これは日本の自動車メーカーからはあまり考えられないビジネスである。

サンフランシスコでは最近「ビッツからアトムズへ」という言い方がされるという。物理世界へ事業がシフトしても、そのアトムはソフトウェアによって定義され、拡張可能なビジネスにされていく。それを駆動しているのは明らかにAIのフロンティアモデルだと津田氏は述べ、レポートに書いたことが現実に起きていると受け止めている。

日本に欠けているのはミドルウェア

聞き手は、高市政権が2040年までに370兆円規模の産業投資を掲げるなかで、デジタル分野ではプレイヤー不足が起きているのかと尋ねた。津田氏はソフトウェアの三層構造から説明した。

ソフトウェアはアプリケーション、ミドルウェア、OSの三層からなる。歴史的には、まずWindowsのようなOSがあり、それを応用するアプリケーションが生まれた。アプリケーションがSaaSや周辺ツールを含めて膨らむと、共通部品が必要になり、最後にデータ基盤や認証基盤、オントロジー、さらにはAI基盤モデルといったミドルウェアが出てきた。日本でB2BのSaaS企業のIPOが増え始めたのは、津田氏がエストニアで暮らしていた2019〜2020年ごろで、米国で2000年代初頭に始まってから約19年遅れだった。アプリケーション層では日本でも少しずつ企業が育ってきたが、OSやミドルウェアを担う企業はいるのか、というのが津田氏の問題提起だ。

AIの登場で、アプリケーション層は揺らいでいる。津田氏によれば、従来のSaaSはGUI、SoR(システム・オブ・レコード、つまりデータ基盤)、ビジネスロジックの3要素でできていた。AI以前のソフトウェアは関数の塊であり、構造化された入力を受けて構造化された出力を返すものだった。だから人間がビジネス環境を観察して情報を構造化し、プルダウンなどのGUIを通じてデータベースに入れる必要があった。AIはテキストも画像もそのまま扱えるため、インターフェースはチャットウィンドウさえあればよくなりつつある。

2026年2月にClaudeがCoworkを出した際には「SaaSは死んだ」「SaaSポカリプス」とまで言われた。津田氏の見立てでは、その後に生き残っているのはデータ(SoR)を握る企業かビジネスロジックを握る企業であり、UIだけを握る企業は淘汰された。アプリケーション層がAIに崩され、価値が再結晶化していく先がミドルウェアと計算資源だという。

ところが、日本でその担い手を考えても、ほとんど思いつかないと津田氏は言う。Yコンビネーターで採択される企業では、ビジネスツールやデベロッパーツールを含むミドルウェアが花形だ。一方、日本はアプリケーションの上物や、SIerが人を労働力として客先に組み込むオペレーション型のビジネスに偏っている。ミドルウェアやマネージドサービスとしての製品が少ないところに自ら入り込むことが、自分の付加価値だと考えて起業を決めたという。

12:20

デジタル赤字は日本特有の問題

GAFAMのような企業がないのは日本だけではなく、米国以外のどの国にもない。それでもデジタル赤字は日本特有の問題なのか。津田氏の答えは「結論から言うと日本特有の問題」だった。

津田氏によると、デジタル赤字の状況が日本に最も近いのはドイツで、産業構造も似ている。違うのは、ドイツにはシーメンスやSAPのように外貨を稼ぐ企業があることだ(SAPは実質的に米国企業と言ってもよいと津田氏は付け加えた)。さらにドイツはユーロ圏の一員なので、自国単独の収支が悪くても他国と相殺される面がある。日本の場合、デジタル赤字は為替に直接跳ね返る。聞き手が言及した「構造的円安」の議論にもつながるファンダメンタルズの問題だという。

ただし津田氏は、赤字そのものが悪いわけではないとも注意を促した。デジタル赤字は国際収支統計のサービス収支のうち「デジタル関連収支」が支払い超過になっている状態を指す。赤字が大きいことは内需が外需を上回っていることの裏返しでもあり、経済政策・産業政策・財政金融政策の間にはトレードオフがある。レポートの立場は、デジタル赤字を日本のソフトウェア産業が抱える構造問題を映し出すものとして扱い、その構造に問題を見いだすことにある。

15:42

数字で見るデジタル関連収支の中身

津田氏はデジタル関連収支の内訳を説明した。示された資料は2023年の数字で、当時の経常収支は21.4兆円の黒字だった。デジタル関連収支は、経営コンサルティング、コンピューターサービス、著作権等使用料、情報、通信の5項目で構成され、前の3つで約97%を占める。

名前から誤解されやすいのが「経営コンサルティング」だ。外資系コンサルの使いすぎを連想しがちだが、実態はほぼすべてがデジタル関連の広告で、GoogleやMetaへの広告費が含まれる。聞き手が「今この動画で流れている広告も含まれるのか」と尋ねると、津田氏はそうだと答えた。「コンピューターサービス」はSaaSやPaaSの利用料で、B2BならセールスフォースやSAP、B2CならNetflixやSpotifyが入る。「著作権等使用料」は中身が分かりにくいが、WindowsやiOSなどOSのライセンス料がかなりの部分を占める。受け取りも支払いも伸びているが、海外企業への支払いが明らかに多いことが、デジタル赤字の直接の原因だという。

18:15

悲観シナリオで28兆円、隠れ赤字を含めて45.3兆円

今後について、津田氏はレポートの試算を紹介した。サービス収支のデジタル赤字は、ベースシナリオで2035年に18兆円、悲観シナリオで28兆円に膨らむ。この差の10兆円分は、AIによるディスラプションの影響と試算している。

ただし、これはサービス収支だけの話である。テスラやBYDの車に含まれるソフトウェアは、モノの付属品として貿易収支に計上されている。その額に加えて、ソフトウェア定義型の製品が売れることで既存のハードウェア中心の市場がどれだけ破壊されるかも考える必要がある。そこでレポートでは「隠れデジタル赤字」と「SDX赤字」という2つの概念を新たに作った。自動車産業、産業機械産業、通信産業を合わせると、悲観シナリオで合計45.3兆円程度の赤字が見込まれるという。

津田氏は、悲観シナリオの数字がサービス収支全体に与える影響も説明した。前年時点のデジタル赤字は6.85兆円で、それを含めたサービス収支の赤字は2.9兆円だった。サービス収支の受け取りを稼いでいるのはインバウンド観光と産業財産権(製造業の発明や特許のライセンス料)だが、発明が今から3倍になるとは考えにくく、訪日客や単価が3倍に伸びるにも限度がある。そうなると、デジタル赤字が6.85兆円から28兆円に増えた分の約22兆円がそのままサービス収支に乗り、サービス収支の赤字は22.9兆円程度になると津田氏は見積もる。貿易収支側でも赤字が増えていく。

日米金利差のような金融面の要因もあるが、ファンダメンタルズで見ると円安構造に最も響いているのはデジタル関連収支である可能性がある、と津田氏は述べた。日本で創造産業が育っていないのが担い手不在のためか、海外との競争に負けているためかはともかく、ここに手を入れなければならないというのが国の視点から見えてくることだという。

22:17

赤字が膨らむ業界構造——SIの人月ビジネス

AIによって何が削られるのか。津田氏の分析では、最も大きく削られるのは日本のSIの部分である。日本のデジタル赤字の構造問題は、大きく「事業モデルの問題」と「市場の問題」に分けられるという。

事業モデルについて、津田氏はメッコ図を示して説明した。日本の事業構造で最も面積が大きいのはSIで、人月単価で計算する労働型の産業である。成長率も粗利率も低いが、AIの受託開発と同じく足元で手堅くキャッシュを稼げる。ただ、顧客の要望に応え続ける必要があるため、プロダクトを作る時間がなくなる。これは小さなAIスタートアップでも大手SIベンダーでも同じだと津田氏は指摘する。

一方、海外企業が稼いでいるのは、アプリケーション、ミドルウェア、計算資源インフラ、広告といった資本集約型のビジネスだ。一度作ったソフトウェアをマネージドサービスとして運用して対価を得る、トランザクションごとに課金する、マーケットプレイスで手数料を取る、といった稼ぎ方である。人を増やさなければスケールしない線形のビジネスと、電気代を増やせばスケールしていく指数関数的なビジネス。その資本効率の差こそがデジタル赤字の構造的な根源だと津田氏は言う。しかもAIがSIの売上を削り、その分がミドルウェアや計算資源インフラへ移っていくので、デジタル赤字はさらに増えるという見立てである。

25:22

「FDE」の多くはマーケティング用語だ

聞き手は、最近日本でも「FDE(フォワード・デプロイド・エンジニア)をやっている」とアピールする企業が増えていると話を振った。津田氏は、日本のほとんどの会社が売っているFDEはマーケティング用語だと答えた。

本来のFDEはパランティアのものだ。パランティアはこれを「砂利道から道路へ」と説明しているという。前提として、パランティアにはオントロジーというミドルウェア製品がある。オントロジーとは、津田氏の説明では、AIが使うビジネスコンテキストを技術的にはグラフで表すための仕組みだ。FDEは客先のCTOのような立場で顧客企業に入り込み、そこで何が起きているかを観察して、その会社のデジタルツインを作り、AIが使えるようにする。多くの顧客を回るうちに共通部品が見つかってくるので、それをプロダクトにフィードバックする。この研究開発の機能こそが本来のFDEだと津田氏は強調した。

AnthropicやOpenAIが言うFDEも同じ構造だという。基盤モデルを持つ企業が顧客の中に入り、事前学習や事後学習でどうチューニングすべきかを知り、共通部分をプロダクトに還元する。プロダクトを持っているからこそFDEというオペレーションに意味が生まれる。SIerが言うFDEは、客先常駐の表面的な部分だけを切り出したものが多いと津田氏は見ている。

27:49

ミドルウェアが日本から生まれない理由——中途半端に大きい市場

なぜ日本はミドルウェアに進出してこなかったのか。津田氏は2つ目の要因として市場の問題を挙げた。

ソフトウェアのビジネスは、ミドルウェアを含めて勝者総取りである。最も大きな市場と資本を持つ者が規模の経済で全部を取る。ソフトウェアはもともと国境のないビジネスだが、近年はAIのおかげで言語の壁、商習慣の壁、制度のローカライズもトークン代を払えばほぼ克服できるようになった。米国で育ったサービスが、そのまま本家本元として日本に入ってくる。

それなのに、日本は伝統的に市場が「中途半端に大きい」ため、国内に過剰適応しがちだと津田氏は言う。上場すれば起業家にはそこそこの収入が入り、VCも海外に出なくても国内でヒットを打ち続ければLPに資金を返せる。かつては商習慣や法制度にも守られていた。その結果、日本のソフトウェアはガラパゴス化しやすい。日米ではICT支出に8.5倍の差があり、同じ機能のプロダクトでも、サンフランシスコの企業は信用、資金、顧客数のすべてで8.5倍の下駄を履いていることになるという。

ミドルウェアにはさらに固有の事情がある。ミドルウェアの顧客はアプリケーションであり、APIなどの連携機能をアプリケーション企業に提供する。津田氏はセールスフォースの例を挙げた。同社のイベントにはAnthropicのダリオ・アモデイも登壇していたが、セールスフォースの主張の根拠は、顧客管理システムの決定論的な関数がすでに定義されているなら、AIがAPIやMCP経由でツールとして呼び出せばよい、というものだという。ビジネスロジックとSoRを握る企業は代替されにくく、セールスフォースもアプリケーションからミドルウェアの領域へ少しずつ降りてきている。アプリケーション企業が最も多いのはサンフランシスコなので、ミドルウェアは最初から米国でやらなければ顧客も成長余地もない。技術的に最も難しい層なのでVCも目利きしにくく、それに特化したエコシステムがある米国に出ていかないことが、日本から、そしてサンフランシスコ以外のどの国からもミドルウェア企業が生まれにくい理由だと津田氏は説明した。

32:24

それでも日本に本社を置く理由——「ボーングローバル」の多様なやり方

聞き手は、日本での起業は圧倒的に不利に見えるのに、なぜあえて日本を選ぶのかと尋ねた。津田氏は、レポートを率先垂範するという意味合いもあるとしつつ、合理的な理由を挙げた。日本は金利が比較的低い。また、トップエンジニアの給与がサンフランシスコとはおそらく10倍以上違い、日本ではその価格で雇える。日米のアービトラージを取りにいくうえで、日本には優れた面があるという。

「日本に本社を置く」にもさまざまなやり方がある、と津田氏は強調した。韓国、北欧、イスラエル、英国は国内市場が小さいため、最初から国境なくグローバル市場を狙う「ボーングローバル」の考え方が起業家にも投資家にも浸透している。特に韓国から学べることが多いという。「韓国のAmazon」と呼ばれるクーパンは韓国に本社を持つが、登記は米デラウェア州で、ホールディングカンパニーの下に韓国の本社を置いている。投資を受ける窓口だけを米国に持ち、資金を韓国側に流してグローバル展開しているのだ。中国のアリババやバイトダンスも、中国特有の事情はあるものの、シンガポールや米国で資金調達して国内に還流させる形をとってきたという。

デジタル赤字を決めるのは、レポートに書いたように送金の比率だと津田氏は言う。日本の会社が米国で外貨を稼ぎ、IPを日本が持ち、資金調達はデラウェアで行う、というやり方も1つの選択肢であり、法人登記も本社も日本に置く純粋なやり方も1つの選択肢だ。ボーングローバルを狙う会社がさまざまなスキームを使っているという事実自体が日本ではあまり知られておらず、そこから学ぶべきだと述べた。

日本企業でこうしたやり方が少ないのは、米国での資金調達のハードルが非常に高いためだという。現地の投資家コミュニティに入り、英語で交渉しなければならない。さらに「なぜわざわざ日本から来るのか」と問われる。英国なら金融×フィンテック、北欧ならゲームと教育でゲームテックやエドテック、イスラエルなら軍事とサイバーセキュリティで防衛テック、と説明できる。日本は、今でこそキャディのような製造業×SaaSの企業が出てきたものの、そうした掛け算をする人が少なかった。中途半端に大きい国内市場があるのになぜ来るのか、という「Right to Win(なぜあなたは投資に値するのか)」の問いに答えられなかったことが大きかったと津田氏は振り返る。

36:39

新会社が狙う「コンテキストマネジメント」

津田氏の新会社が手がけるのは、「コンテキストマネジメント」と呼ばれる領域のミドルウェアである。

津田氏の説明によれば、LLMはインターネット上のテキストをクローリングして事前学習しており、最近はそれが足りなくなって古書店の本を大量に買い、断裁して学習させたという話もニュースになっている。いずれにせよ、学習のベースは世の中に公開されているものだ。次に問題になるのは、企業内部のドメイン特有の文脈、意味、ルール、データを学習させてよいのか、という点だという。

ソフトウェアがコモディティ化し、ハードウェアも重要ではあるもののコモディティである以上、企業にとって唯一の競争優位はデータとコンテキストだと津田氏は考えている。これを明け渡せば競争優位がなくなる。各社固有のドメインコンテキストに、ガバナンスをかけながら分散的に管理する市場が少しずつできてきているという。津田氏は、データ基盤企業のSnowflakeやDatabricksにも触れた。DatabricksはApache Sparkから始まり、UCバークレーのAMPLab時代から長くデータマネジメントに取り組んできた会社で、今ではヘクトコーン、津田氏の言葉で約15兆円規模の時価総額をつけている。データを管理し、ガードレールをつけ、コンテキストを管理する市場は大きくなっており、津田氏はそこを狙う。国で分散データマネジメントのチーフアーキテクトを務めた経験があり、パランティアのオントロジーのような領域も、技術的にはもっとスケーラブルにやる方法がたくさんあるという。

39:05

テックブロの発言は「半分はポジショントーク」として聞く

聞き手は、パランティアのアレックス・カープが、AnthropicやOpenAIのクローズドモデルを使うと知財を奪われ、事業をコピーされると警鐘を鳴らしていることについて意見を求めた。

津田氏はまず、サンフランシスコのいわゆる「テックブロ」の話は割り引いて聞くべきだと前置きした。最近フロンティアラボの人たちは、フロンティアが進みすぎていてみんなで止めなければならないと言い始めた。ダリオが言い出し、イーロンやOpenAIのサムが同調する場面もあった。ところがその後に何が起きたかと言えば、新しいOpus 5.5が普通に出された。表向きの発言にはポジショントークが含まれていると考えておく必要があるという。

オープンウェイトとプロプライエタリのモデルの対立軸にも、ポジションがよく表れていると津田氏は見る。ある事件をきっかけに設立された「オープン・セキュアAIアライアンス」(字幕上の名称)では、業界が二分された。AnthropicやOpenAI、Google DeepMindは参加せず、パランティア、Amazon、NVIDIA、Databricksは推進する側に回ったという。モデルの推論が回れば回るほどAWSやMicrosoftのデータセンターは儲かり、ジェンスン・フアンはGPUで儲かる。データマネジメントが増えればDatabricksが儲かり、ビジネス文脈のコンテキスト管理をしているパランティアにとってモデルはいくらでも切り替えられる。大義名分を掲げていても半分ぐらいはポジショントークだと思って聞くことが重要だと津田氏は述べた。

41:52

人類滅亡リスクはどれだけ真剣に語られているか

一方で、AnthropicのAI研究者が語るような「人類が滅亡するかもしれない」という懸念は、ビジネスとは別に実際に心配されているのではないか。聞き手のこの問いに、津田氏は、コアチームにいる人たちは実際にそう思っていると思う、と答えた。

津田氏はDeepMindなどフロンティアラボの人たちともよく話すという。サンフランシスコでは今や「AGI」「ASI」という言葉は使われず、口にすると鼻で笑われるほどだという。そのうえで、再帰的自己改善(RSI)のループはある程度回せるとみんなが思い始めている。津田氏はこれを「半分正しい」と評した。技術的には可能だとしても、タービン不足によるデータセンターの電力不足や、データ不足という問題があり、結論は出ていない。ただ、フロンティアが自分たち自身で危機感を感じるレベルで走っていることは皆が認識しているという。

津田氏はこの状況を、ゲーム理論の囚人のジレンマとして説明した。ジレンマは3つある。1つ目は投資家に対してで、VCの背後にいるLPも含め、今のバリュエーションを正当化するには全部の市場を破壊するぐらいのことをしてもらわないと困る、IPOできない、と本気で思っている。2つ目は競合に対してで、誰かがやめると言っても、相手はやめないだろうと思うから自分もやめられない。3つ目は米中の安全保障で、仮に米国内でやめられても中国が止まってくれるとは限らない。そのため、自分たちが破滅に向かっているのかどうか分からないまま、全速力で走り続けることを運命づけられていると認識しながら走っている、と津田氏は描写した。

その結果、コアチームは疲弊しており、最近は抜ける人も増え、危機感を持つ人も増えているという。津田氏は精神的な要因も挙げた。サンフランシスコは「不毛の土地」で何もない場所であり、そこに優秀な人材を合宿形式で缶詰にするような状態が1年、2年と続けば厳しくなる、と現地にいて感じるという。RSIが本当に来て全部終わるのかどうかは誰にも分からず、投資家もポートフォリオで分散しているくらいで、本人たちも分からないのだろうと津田氏は述べた。

電力という制約と、ガードレールの議論

電力が最後の制約になるなら土地的に中国が有利ではないか、という問いに対して、津田氏は電力の専門ではないと断ったうえで答えた。YCなどのVCが「ビッツからアトムズ」と言うように、最後は電力の動力源と、海底ケーブルを含む通信ファイバーを握っているところが強い、というのは皆が認識している問題だという。最近はガスタービンを回し始めたものの、タービンが売り切れで在庫がない状況で、日本の重工業系企業にとってはある意味うれしい状況でもある。

ただし津田氏は、もう少し引いて見る視点も示した。サイバーセキュリティの観点で、仮にAIがあらゆるファイアウォールを破れるのだとしたら、データセンターの電源ではなく、私たちが普段使っている機器の電力をハックして仮想化して使う、という考え方もできなくはない。これはガードレールの議論と表裏一体であり、どちらとも結論を言えるものではないと見ているという。

超知能が来ることを嬉しいと思うか怖いと思うか、と問われると、津田氏は超知能の定義がなく、ゴールポストが動き続けていると指摘した。そのうえで、どこかのタイミングで必ずシンギュラリティは来ると思うと述べた。人間がちゃんとキルスイッチを押せるのかを含めたガバナンスの議論が本当に大事であり、10年後の遠い未来ではなく明日来るかもしれないという心の備えを持って、今自分に何ができるかを考える。それ以上でもそれ以下でもない、というのが津田氏の答えだった。

48:02

「データ主権」ではなく、孤立しない技術主権を

データ主権について問われると、津田氏はまず訂正したいと前置きし、自分は「データ主権」という言葉をあまり使っていないと述べた。津田氏の専門は哲学・政治学・社会学の間の領域で、「主権」はもともと政治学の用語だという。

津田氏によれば、主権概念は16世紀のジャン・ボダンに端を発し、古典的な定義から最も重要な要素として含まれているのが「対外承認」である。主権というと、領土保全のように自国の枠内を守り、その中で権利を行使できる状態だけを考える人が多い。しかし主権は相対的に成立する概念で、アナーキーな国際社会の中で他国から独立を承認されていることが大きな部分を占める。外部から自国を守る意味での主権を「ウェストファリア的主権」と呼ぶが、デジタル主権の議論で抜けているのは、対外承認としての「国際法的主権」や、相互依存の中で制御できるという「相互依存的主権」だと津田氏は指摘した。

この話をする理由として、津田氏は技術が真空の中から生まれるわけではない点を挙げた。論文と同じく、技術は必ず先行研究の系譜の中で生まれる。自身のnoteにも「主権は孤立主義ではない」と書いたという。技術主権は、尊敬すべきフロンティアラボや、UCバークレーの先人の研究者たちが積み上げてきたものとの関係の中で相対的に存在する。だから「うちの技術だから海外のものは使わない」「車輪の再発明をする」という議論にすべきではない。デジタル赤字を論じる本人として海外サービスのオルタナティブを作る話はあるものの、ウェストファリア的な観点だけでデータ主権を守ろうとすれば孤立し、デカップリングされるだけだ。辛くてもフロンティア、つまりサンフランシスコに向き合い続けなければならない、と津田氏は語った。

明治維新ではなく遣唐使の時代に戻る

日本の改革を幕末・明治維新にたとえたり、近江商人の「三方よし」を持ち出したりする経営者が最近は多い。津田氏はそれも一方で正しいとしつつ、日本がもはやフロンティアではないことを考えれば、もっとさかのぼって遣唐使の時代の考え方に戻るべきだと主張した。

奈良時代や平安時代には、中国が漢字文化や律令、法律を含めて圧倒的なフロンティアを走っていた。日本はそこにひたすら人を送り込み、向こうからも人が来た。奈良時代には聖武天皇が、新興宗教だった仏教をもとに大仏を建立するという国家プロジェクトを行った。今のフロンティアは明らかにサンフランシスコにあるのだから、遣唐使ならぬ「遣サンフランシスコ使」として向こうへ行き、それを日本にフィードバックするという関係を途絶えさせてはならない、と津田氏は述べた。

日本のレバレッジと「技術報国」

日本が他国に対して優位を持てる「ジャパン・レバレッジ」はあるか。津田氏はいろいろあると答えた。1つはソフトパワーで、日本ほど社会資本が隅々まで積み上がった国は多くない。それを使ってフロンティアの人たちに日本へ来てもらうことができる。実際に海外企業が日本に拠点を置きたがっており、日本は「アジアのスイス」や「アジアのシンガポール」になるという話をする人も多い。

津田氏がサンフランシスコに行って感じるのは、日本人だと言えばまだ話を聞いてもらえるということだ。日本のハードウェア産業はどうなっているのか、電力需要はどうか、いいソフトウェアは出てきているのか、と必ず聞かれる。興味を持ってもらえるうちが花であり、まずそれをレバレッジにすべきだという。よく挙がるのはコンテンツ産業や製造業だが、津田氏が手がけるミドルウェアのような新しい市場もある。日本人がサンフランシスコに行き、noteにも書いた「技術で国に報いる」技術報国をしていくことが大事だと述べた。

そのための手段として、津田氏はエンジニアの相対価格を挙げた。米国では今や、フロンティアラボ級の人材は1人5000万円出しても雇えない。一方、日本では過小評価されているトップエンジニアに5000万円を出せば来てもらえる。日米のアービトラージポイントがどこにあるかを見定めて使うことが、まずは手堅いやり方だという。

55:15

50年後は想像できない——次世代としての責任

最後に、同世代へのメッセージを求められた津田氏は、自身の年齢から話を始めた。1997年生まれで、今年29歳になる。ここからおよそ50年生きるとして、1997年の50年前の1955年ごろは、商用コンピューターが初めて実装されたぐらいのタイミングだった。そこから、AIが自律的に動き、『攻殻機動隊』のような世界観になるとは誰も想像していなかった。これからの50年で起きることも誰にも想像できず、人間が想像しうることをやり尽くしたうえで、さらにその先の時代が必ず来る、と津田氏は言う。だからこそ、転換期にいる次世代として、日本という国と世界を責任を持って形づくり、デザインしていかなければならないと述べた。

「技術報国」という言葉について、津田氏はトヨタの「豊田綱領」に由来すると説明した。豊田佐吉の考えを、息子の喜一郎がまとめたものの中にある「産業報国」という言葉で、のちに国家と結びついて暗い歴史もあった。しかし津田氏によれば、本来の意味は次のようなストーリーの中にある。佐吉は、当時の産業革命の中心だった英国に認められるG型自動織機を作った。そこで得たライセンスを、ニューヨークで車という新しい技術を見た息子の喜一郎にハンドオーバーし、新たな自動車産業を作り上げていった。

津田氏は、産業だけでなく技術でも、自分が稼いで儲けるだけでなく次世代に何を残せるのかを考えるべきだと語った。これから生まれてくるAIネイティブの世代は、新卒の段階でAIに代替されて就職できないかもしれない。その子たちに何を残せるのかをこの年齢から考えなければ、日本にも世界にも未来はない、というのが津田氏の考えだ。会社は現在ファウンディングのフェーズで創業メンバーを募集していると触れたうえで、同じ世代として一緒にこの時代を楽しんでいきたい、と締めくくった。