「メトロンブログは終わった」と言われて テサが語る、見下された悔しさを原動力にした再起の宣言

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概要

登録者77万人のチャンネルで、再生回数は1万回。「76万人くらいどこ行ったん?」という自嘲から、この動画は始まる。メトロンブログを運営するテサは、冒頭で「ラジオだと思って聞いてほしい」「今日はバカ真面目な話をする」と断る。テーマは、勢いを失ったチャンネルの現状をどう受け止め、なぜここからもう一度這い上がれると考えているのかである。テサは、その根拠を自身の性格と過去の経験に求めている。

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数字で見たメトロンブログの現状

テサはまず、自分の経歴を振り返る。ダンスでは世界大会で10回以上優勝し、無名から始めたメトロンブログは登録者70万人台まで伸びた。一度は80万人に達してから減ったことも、「誰も知らん事実」として明かしている。YouTubeチャンネルは4つ立ち上げてすべて当て、メインではないサブチャンネルでも130万人の登録者を得た。4つとも趣旨の違うチャンネルで成功させた点を「多分すごいんちゃう?」と語りつつ、すぐに「過去の栄光」と自分で落としている。本人の言い方では、頭がずば抜けて良いわけでも、何をやっても才能が突出しているタイプでもないのに、やったことはすべて成功させてきた。その理由を共有したいというのが、この動画の出発点である。

一方で、現在の数字は厳しい。視聴者からは「最近全然見られていない」「上げている動画がランダム」「過去の勢いはどこへ行ったのか」といった声があったはずだとテサは言い、「メトロンブログさん、終わったんですね」という言葉も受け取ったという。ナレーションを作りながら最後に10万回再生を超えた動画を調べたところ、1年半前だったと明かす。その間も頑張って動画を作っていなかったわけではなく、見られる動画を作るのが難しいだけだ、とテサは説明する。自虐に聞こえるかもしれないが事実だと認めたうえで、最近は少しずつ結果が出始めているとも付け加えている。

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勢いを失った経緯

チャンネルが失速した理由を、テサは自分の関心の変化として説明する。メトロンブログを始める前の20年間、テサは現役のBボーイとして世界を飛び回っていた。世界の様々な街で声をかけられるほど名前が知られたことは名誉だと語る。そのうえで2016年、ドバイに住んでいた頃に、あえて自分の名前を伏せてこのチャンネルを始めた。知名度を使わず、何者でもない状態からゼロで成り上がろうとしたのだという。「この頃から成り上がるのが好きやった」と本人は笑う。

チャンネルは順調に伸びたが、コロナ前あたりから、テサ自身が筋トレ中心のコンテンツから少しずつ離れていった。本来やりたいことが他にあるのではないか、もっと何かできるのではないかと考えるようになり、別のチャンネルを立ち上げたり事業を始めたりした。その結果、メトロンブログとしての活動がおろそかになり、勢いが落ち、それが数字に表れた、とテサは振り返る。

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見下されることへの強い反発

「終わった」と言われたとき、テサの中で昔から起きる感情がある。テサは、人から見下されたり舐められたりするのが「本当にめっちゃ嫌い」だと言う。少し肩書きを持っていたり結果を出したりしただけで、急に「お前より俺の方が優れている」という態度を取る人を数多く見てきた。そうした扱いは何年経っても、相手の顔や言われた言葉、扱われ方まで鮮明に覚えている。テサはこれを「学校で習ったことはすぐ忘れるのに、舐められた記憶だけは4K画質で永久保存。しかも容量無限」と表現する。そこにプライドの高さが加わり、「くそ、お前ら見とけよ」という気持ちになるのだという。

最近も、明らかに見下されていると感じる態度を取られたことがあった。相手の名前は出さないが、視聴者の多くが知っている人物だという。まさか自分がそんな扱いを受けるとは思っていなかった。それでもテサは、これを「チャンス」だと受け止めた。腹は立つが、自分では押せないやる気のスイッチを押してくれた、むしろ少し感謝している、と語る。相手に直接何かを言うつもりはない。そのうえで、自分のプラットフォームであるこの場で「YouTuberとしてまた這い上がったる」と宣言している。

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一度落ちたチャンネルを戻す難しさ

テサが目指すのは、落ちぶれたチャンネルを再び見られるチャンネルに戻すことだ。テサの見方では、これは新しいビジネスを成功させるより難しいかもしれない。YouTubeでは一度知名度がついてから見られなくなると、たいていそのまま消えていく。新しいチャンネルを作った方がやりやすいくらいだという。

人気があった頃は周囲から持ち上げられたのに、見られなくなった途端に「誰ですか?」という扱いになる。テサはこの落差を「面白い世界」と言い、見向きもされなくなった今の状況から這い上がれたら面白いと考えている。期待されず過去の人になった今がいちばんしんどい時期だが、だからこそ頑張りがいがある、というのがテサの受け止め方である。

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人の力を借りずに這い上がるという決め事

この再起について、テサは一つのルールを決めている。人の力を借りずに這い上がることだ。YouTubeでは誰かの力を借りて伸びることもできる。しかし最初から人の力を借りると、人がいなければできなくなってしまう。逆に、一人でできるようになってから誰かの力を借りられれば「最強」だとテサは言う。

テサは、他者の力を借りることを最終手段として残している。マリオでいえば、スーパーキノコを背中に隠し持っているような状態だという。例として、ブレイキングダウンのようなチャンネルに出て知名度を上げる方法は取れるが、それだけは一番したくないと語る。理由は自信の付き方にある。誰かの力を借りて成功したときの自信と、一人で成り上がったときの自信は、表現できないほど違う。これまで自力で這い上がってきたからこそ、ここで再び這い上がれれば人生が加速すると分かっている、というのが本人の説明である。

後半では、自力にこだわる理由をもう少し補足している。一人にこだわっているわけではないが、誰かに頼ったり期待したりすると、裏切られることもあるし損も生まれる。それなら自分でやった方が早い。自分でやって失敗し、そこから立ち上がる経験を重ねると「人間力」がつく。テサは「砂漠に放り投げられても生きていけるんじゃないか」と感じているという。その根拠を問われれば、自分で成り上がってきた経験が多いことだけであり、一種の経験則だと本人も認めている。

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言葉ではなく行動で見せたいこと

ただし、テサが目指すのは数字の回復だけではない。このチャンネルを通して「人間はやればできる」ということを、言葉ではなく行動で見せたいという。これまで夜の動画で色々語ってきたが、熱い言葉は心に届いてもやがて消えていく、とテサは考えている。言ったことを実行していく姿を見せることで誰かに勇気を与えられれば、自分が生きている価値を感じられるという。

テサは、これまで受け取った反響にも触れている。チャンネルを見て独立し人生が豊かになった人、筋トレを始めた人、体に自信がなかったが体が変わって彼女ができ結婚までした人、こういう世界があると知って海外に出始めた人。そうした声が「めちゃくちゃ嬉しい」と語る。

この話は、日本社会への見方にもつながる。いろいろな国に住み、世界中に友人がいるテサから見ると、日本は特殊な国で、みんな早めに人生を終わらせてしまう。20代後半あたりから年齢を言い訳にし、人生を諦めているような人が多いと感じているという。それに対して「いやいや、俺を見てよ。まだこれから始めようとしてるし」と返したいのだ、と語っている。

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YouTubeを始めた頃に受けた嘲笑

見下されたときほど「なにくそ」と思い、それが体のすべてを動かす原動力になる。テサによれば、これは最近始まったことではない。10年前にYouTubeを始めた頃、YouTubeは今ほど一般的ではなく、テサの言葉では「メントスコーラの時代」だった。YouTubeをやっている人は変なやつだという偏見が強かった。最初に名前を伏せたのは、身分を隠した方がやりやすかったという理由もあったと明かしている。

チャンネルが大きくなるにつれて、テサがYouTubeをやっていることが周囲に知られ始めた。最初にバカにしてきたのは、テサを知る多くのダンサーだった。中でも特に小バカにしてきたのが、実はチームメイトだったという。今は気にしておらず、根にも持っていない。昔話として笑えるくらいだとテサは言う。それでも当時は、言葉にならないほど悔しくて体が震えたことを覚えている。だからこそ当時は、誰よりもYouTubeを猛烈に勉強し、誰よりも本気でやったという自信がある。

ビジネスでも同じことがあった。稼ぎの額や稼ぎ方について、また「自分は○○会社の社長だ」と言わんばかりの売上規模や肩書きによって、何度も見下されてきた。しかし言葉で言い返しても、負け犬の遠吠えになるだけだ。だから結果で返そうと考え、ビジネスにも本気で取り組んだ。舐めてかかってくる人間が多いほど、相手が頭が上がらないくらいすごい人間になってやるという悔しさを原動力にしてきた、とテサは語る。

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引きこもりから立ち直った日

テサは、心ない言葉にこれほど敏感な理由を、過去のつらい経験に結びつけて考えている。若い頃、親友に裏切られ、同じグループからいじめの対象にされた。人に裏切られたショックは言葉にできないもので、「心に傷を負う」という言葉どおりだったという。さらに暴力も振るわれた。この経験から対人恐怖になり、家から一歩も出られなくなった。本人の表現では、鬱などを通り越して「ただ呼吸をしているだけの生き物」になり、家に存在すること以外何もできなかった。

転機は、特に理由もなく、頑張って近所のコンビニに行った日に訪れた。久しぶりに外に出て家の前の道を歩いていたとき、ふと疑問が浮かんだという。なぜ自分はこんなに人を怖がっているのか。なぜ自分がいじめられなければならないのか。自分はそもそも弱いのか。空手もずっとやってきたのに、なぜこんなに弱くなっているのか。テサはその光景を今でも絵に描けるほど鮮明に覚えている。この日から、裏切られて人を怖がっていることがばからしく思えてきて、人生が180度変わった。

テサは、引きこもりの経験があったからこそダンスに出会い、ダンスで世界を飛び回って自信をつけられたと振り返る。臭いことを言うつもりはないと断りつつ、あの経験がなければ今の自分はなかったと思う、と語る。そして話を戻し、今また自分を舐めてくる人間がいるから、相手が頭が上がらないくらいの存在になろうという気持ちがふつふつと湧いている、それがこの動画を撮った理由だと説明している。

17:30

手術後に決めた、9年ぶりのフィジーク出場

動画の終盤で、テサは翌週に9年ぶりのフィジーク大会に出場することを明かす。本人もまさか出るとは思っていなかったという。前年の11月に前十字靭帯の再建手術を受け、体を動かせなくなった。ゆっくり休むこともできたが、体を動かせなければ人間として腐ってしまう、ゆっくりするのは死ぬ前でいい、とテサは考えた。いちばん動けない時期だからこそ、あえて大会への挑戦を決めたのだという。

2か月筋トレをしなかったことで、体は自分ではないと感じるほど細くなった。それが今は「自分史上最強の体」になっているとテサは語る。10年以上筋トレをしてきて、初めてこれほど良い自分の体を見たという。昔からの視聴者も驚くだろうが、一番驚いているのは自分だ、とも話している。ただし大会で結果が出るかどうかは分からない。それでも「やる」と言い切り、応援を求めている。

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30代・40代へのメッセージと、これからの宣言

最後にテサは、視聴者、とくに30代・40代に向けて語りかける。自分の人生はもう終わったと諦めている人もいるかもしれないが、人生はむしろこれからだという。年齢や環境を理由に「もうできない」と思い込んでいる人は多い。世の中の風潮に従えば人生が落ち着く時期だと感じるかもしれないが、それは大きな勘違いだ、とテサは言う。諦めきれない夢、やりたかったこと、もっとこういう人間になれるのではという思いを捨ててはいけない。捨てる理由も諦める理由も本当はどこにもなく、そう思わされる環境にいるだけだ、というのがテサの主張である。

テサは「やったもん勝ち。やらへんかったら終わり」といつも言っているという。ゆっくりしたいなら人生が終わるときにいくらでもできるから、生きている間にもがいてみよう、と呼びかける。必ずしももがく必要はないが、頭の隅にある手に入れたいものがあるなら一度もがこう、と言い直している。過去の栄光にとらわれている人には、一緒に頑張ってまた輝こうと誘いかけている。

テサは自身を「遅咲き」だと言う。ダンサー時代やYouTubeで知った人は「あの人は輝いていた」と思うかもしれないが、本人は輝いてきたとは全く思っていない。これまではウォームアップで、自分が輝くのはここからだという。遅咲きが一番人生を楽しめると語り、これからのメトロンブログを楽しみにしていてほしいと締めくくっている。チャンネルが実際に再浮上できるのか、大会で結果が出るのかは、動画の時点ではまだ分からない。