膝の手術から10ヶ月、9年ぶりのフィジーク大会で味わった悔しさと「伸びしろ」

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概要

2025年11月に膝の大手術を受けた話者が、リハビリと減量を経て9年ぶりに大会のステージへ戻る。動画は、復帰を決めた経緯と大会までの心境、当日の会場の様子、そしてファーストコールに呼ばれなかった結果を受けた振り返りで構成されている。話者は結果を悔やむよりも、足りなかった点がはっきりしたことを「伸びしろ」として受け止めている。

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前十字靭帯の再建手術と、何もできなかった期間

話者は2025年11月、膝の前十字靭帯の再建手術を受けた。手術で、半月板と軟骨の損傷がかなり激しいことが分かった。ハムストリングから腱を採取する手術は無事に成功したが、この損傷はその後も影響が続いているという。

術後2ヶ月間はトレーニングが一切できず、体は「目を塞ぎたくなるような状態」になった。それまでのように激しくダンスを踊ることはできなくなり、ジョギングができるようになるまでに術後5ヶ月かかったと話者は語る。

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最悪のコンディションで挑戦を決めた理由

筋トレができない期間に、リハビリを経て体を戻せば今年の大会に挑戦できるかもしれないと話者は考えた。体のコンディションは最悪だった。それでも、ここで挑戦できることはむしろ最高だと捉えたという。健康なときには何かを頑張る理由がない、ゆっくりするのは人生の最後でいい、あえてここで挑戦するから人生は面白くなる、というのが話者の考えである。そうして、9年ぶりの大会復帰をこの瞬間に決めた。

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6つの事業とボディメイクの両立

長いリハビリ期間を経たあと、話者はトレーニングと食事にこれまで以上に力を入れた。6つの事業を回しながら、気の抜けないボディメイクを妥協せずに続け、10ヶ月以上両立させてきたと振り返る。人生で最も過密なスケジュールの中で、会社全体の売上は前年比137%まで伸びたと話者は報告している。

短期間でコンテスト向けの体を作れたのは、さまざまなプロや友人の助言があったからだという。その結果、人生で間違いなく最高の体を作り上げることができたと話者は語る。自分にうぬぼれていると言われればその通りだと笑いつつも、本気になれば圧倒的に成長できると信じてきた、体作りもビジネスも言っていた以上の結果を出した、という自分の内なる声があったと述べている。

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ステージに立つ前に得たもの

話者は、変わったのは体だけではなく、メンタルもかなり強くなったという。まだステージに立っていない段階でこの動画を作りながら、舞台に立つ前の時間がかけがえのないものになっていると感じている。得たものは言葉にできないほど多く、日常のワクワクや自分への期待がここまで高まるとは、始めた頃には想像もしていなかったと語る。

大人になってから、話者はダンスをやっていた頃のような強い目標をずっと欲していた。しかし年齢を重ねるほど、強い目標を持つことは難しくなり、その期間が長かった。それでも、明確な目標があれば人間はとてつもなく成長できると知っていたという。目標を見つけて動き出した瞬間から人生がここまで変わったことで、何歳になっても成長できると、今の体とこの数ヶ月の経験が教えてくれていると話者は述べている。

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大会当日の空気と「楽しむこと」

当日の会場について話者は、イベント当日特有の少しピリついた空気があり、ダンスイベントに来たような気分になったと語る。本番が近づく感覚が久々に戻ってきたという。

この日のためにやってきた以上、ここで楽しめなければ悔しいと思う、緊張でいっぱいいっぱいになれば何のためにやってきたのか分からなくなりかねない、だから楽しむことが大事だ、と話者は自分に言い聞かせる。会場にはジムで見かけた顔ぶれも多く、この機会に界隈の人たちと話してみたいとも話す。今回は怪我からの復帰1戦目を、ダンスではなくフィジークで迎える形である。ステージという広い意味では自分ほど場数を踏んでいる人はいないだろうと話者は述べ、ブランクはあっても過去の経験は消えないとして、いいものを見せたいと意気込む。

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減量の終盤で「覚醒」した感覚

絞り切った状態では精神的にしんどくなる人が多いと思うが、自分は逆で、気分が大きく上がったと話者は語る。体は疲れているものの、その状態がまるで瞑想のようで、連日すごい能力が発揮されている感覚があったという。その体験をもう一度したいので、大会に出るかどうかに関係なく減量をしたいと思うほどだったと話す。ただ、普通には減量を頑張れないので、やはり大会出場という目的が必要だとも付け加える。結果次第で悔しさも嬉しさもあるだろうが、自分に勝てたらいいと述べている。

肌の色については、日焼けはせずスプレーで対応した。前日、最も濃い色を選んだところ顔まで真っ黒になり、人前に出られない状態になったため、洗って落として調整したという。話者はこれで必要な「パーツ」は揃ったとドラゴンボールに例え、まだ揃っていないのは金色のメダルだけ、それを揃えて帰りたいと語った。当日は朝5時過ぎに会場入りし、直近に大会を経験した仲間がサポーターとして駆けつけ、そのノウハウを教わりながら臨んだ。

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結果――ファーストコールに呼ばれなかった

ステージを終えた話者は、正直ファーストコールには呼ばれると思っていたと明かす。しかし呼ばれなかった時点で、ノービスというカテゴリーにおける今の自分のレベルが言い渡されたと受け止めた。まだまだそのレベルなのだと感じると同時に、真っ先に感じたのは「伸びしろしかない」ということだったという。想像通りファーストコールに入っていればこうは思わなかったはずで、呼ばれなかったからこそ、これがフィジークという舞台なのだと痛感したと話者は語る。

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差はどこにあったのか

話者が強く感じたのは、フィジークの舞台に向けてずっと取り組んできた人たちに対し、自分はまだ1年も経っていないという点である。筋量だけ見ればファーストコールに呼ばれてもおかしくないと話者は見ている。一度出場した経験があるといっても9年前で、ほとんど記憶にもない。差は筋肉の大きさというより、大会に向けてずっとトレーニングしてきた人と、ただ筋トレをしてきた人との違いだと話者は考えている。

その中で唯一差を埋められたのは、フィジークの体のプロポーションを作るトレーニングに取り組み、それに近づけたことだという。話者はこれを今回最も自分を褒められる成長だとし、短期間で伸ばせる部分はかなり伸ばせたと感じている。

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プロの一言で変わったポージング

決定的な課題はポージングだった。フィジークで顔の知られた「直野さん」(字幕の表記による)から、舞台後に「正直言わせてもらっていいですか」と前置きされ、ポージングだと率直に指摘されたという。簡単なポージングを教わっただけで見栄えが一瞬で変わり、プロなら一瞬で見抜けるポイントだったと話者は振り返る。相手からすれば、行けるのにそこだけが惜しい、という伝え方だったといい、話者自身もそう感じた。

自分なりに練習してきたポージングはあったが、やり方の肝心な部分が抜けていたことが今回分かった。ポージングしてなんぼの世界で、自分の良さが出るポージングを知らずに舞台に立ってしまったことが、悔やむとすれば唯一の点だと話者は語る。それ以外に悔やむところはなく、やれることは全部やったので、泣くほど悔しいということはまったくないという。負けたことでむしろ、まだまだ成長できると自分に期待しかないと述べている。

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2週間後、地元大阪でのリベンジへ

話者は再来週の24日、同じ大会団体による地元大阪の「大阪ナチュラル」に出場すると発表した。今回は「オープン」という形で出たが、大阪ではリベンジに臨むという。筋量については短期間でどうにかなるか分からないが、ポージングは今からでも穴埋めが可能だと考え、そこを強化して再び舞台に上がるつもりだと語る。ほかにも学んだことは多いが話すと長くなるとして、応援への感謝を述べ、今年もう1戦あるのでできることをやっていくと締めくくった。