トヨタはなぜアスリートを支えるのか――「人材育成」と「恩送り」から見るスポーツ支援

YouTubeで開く ↗
概要

企業がスポーツを支援する理由として、よく挙げられるのはブランドイメージの向上である。この番組では、アジア大会・アジアパラ大会の拠点となっている名古屋の瑞穂競技場内「トヨタスポーツハウス」を舞台に、トヨタ自動車を例にして企業がどのような考えでアスリートと向き合っているのかを掘り下げた。MCの古谷有美氏が示したテーマは3つある。挑戦する人をどう支えるのか、支える側は何を得るのか、そして支援をどう次につなげていくのか、である。

14分で読めます

ゲストは2人だ。1人は、トヨタ自動車に所属し「トヨタイムズスポーツ」のキャスターとしてトヨタのアスリートの声を伝えている森田京之介氏。もう1人は、リオパラリンピック銅メダリストで、現在はトヨタのスポーツ推進部で働く佐藤圭太氏である。2人が一貫して強調したのは、トヨタのスポーツ支援の中心には「人材育成」があるという見方だった。

3:18

ブランド向上より「人材育成」――森田氏の見立て

森田氏によれば、トヨタが支援する競技は幅広い。今回のアジア大会・アジアパラ大会に出場している選手だけでなく、自動車会社として大きな軸であるモータースポーツがあり、メディアの光が当たりにくい競技も支えている。そしてパラスポーツについては、モータースポーツと並ぶ「二本柱」と言ってよいほど力を入れていると話した。健常者のスポーツではないからこそ見えてくるものがあり、それを伝えているのだという。

古谷氏は、企業はどうしても有名な競技や知名度のある選手に光を当て、スポンサー契約を結びたがるものではないかと問いかけた。これに対して森田氏は、トヨタでスポーツに関わる仕事をしていて「ブランドイメージ向上を図っています」という空気を感じたことは正直ない、と答えた。

森田氏が挙げた理由は次のようなものだ。誰かのために頑張る、絶対に諦めずにまた挑戦する――アスリートのそうした姿勢は、トヨタが企業として大事にしている価値観にとても近い。そして、そういう人たちを見て社内の人材が育っていく。だから人材育成という面が、トヨタのスポーツ支援の真ん中にあるように思う、と森田氏は語った。トヨタイムズスポーツでアスリートの声や頑張る姿を伝えているのも、アスリートの声を届けることがトヨタの価値観を伝えることと近いと考えているからだという。

5:20

「人生終わった」から再び走り出すまで

続いて登場した佐藤氏は、現役時代に使っていた競技用義足、いわゆる「ブレード」を手にしていた。これを装着して100mを11秒台で走っていたという。

古谷氏が、初めて義足をつけて走ったときの感覚を尋ねると、佐藤氏は「覚えています」と答えた。医師からは義足を履けば走れるようになる、運動できるようになると言われていたので、そういうものなのだろうと思っていた。ところが、まず日常用の義足をつけてみると、走れるイメージがまったく湧かなかった。痛いし重いし、自分の足とはまるで違う。佐藤氏はこのとき「これはちょっと人生終わったな」と感じ、絶望に近いほど「こんなのはもう絶対無理だ」と思ったと振り返った。

転機は入院先の関係者がつくった。佐藤氏がこれから長い人生を送るうえで、運動することがきっと必要になると考え、競技用の義足をモニターという形で使わせてくれたのである。それを着けると、すぐに「走るというより駆け抜ける」ことができた。佐藤氏はこれを「これならまた生きていける、昔みたいに生きていける」と感じた瞬間だったと語っている。

その後、佐藤氏は義足をつけて2年後に200mで日本記録を樹立し、21歳でロンドンパラリンピックに出場、アジアパラ競技大会では3つの金メダルを獲得した。

7:15

頑張り続けられた理由と、変わらなかった職場の応援

なぜそこまで頑張り続けられたのかという問いに、佐藤氏は、自分では頑張っているつもりはなく、好きだから自然とやってしまうという感覚が強かったと答えた。とくに始めたばかりの頃は、先週はジョギング程度しかできなかったのに少し速くなった、というように成長を強く実感でき、それがとても嬉しかった。それで走ることにどっぷりはまっていったという。

古谷氏は「意地悪な質問」として、成績が振るわない時期に企業側の空気が変わったり、熱い声援が減ったように感じたりしたことはなかったかと尋ねた。佐藤氏の答えは、少なくとも自分の職場に限ってはまったく感じなかった、というものだった。良いときも悪いときも常に応援してくれたという。

番組内では職場の応援を伝える映像も流れた。その中で佐藤氏は、職場の社員がわざわざ東京から応援に駆けつけてくれたことがあり、その際に日本記録が出たこともあったと話し、応援の力は大きいと語っていた。また、今年7月に中国であった世界選手権などで2週間ほど不在にしたときも、職場が快く「応援しているから行ってきなさい」と送り出してくれたことを心強く、手厚いと感じたという。佐藤氏は職場を「家族の次に支えてくれている存在」だと表現した。

8:28

豊田章男会長の「勝ってこい」に含まれるもの

古谷氏は、結果がものを言う世界でありながら、トヨタはそこに至る過程にこそ熱量を注いでいるように見えると森田氏に話を振った。

森田氏はまず豊田章男会長の経歴に触れた。会長自身がもともとフィールドホッケーの選手で、アジアの大会にも出たアスリートだったため、アスリートの気持ちがよくわかるのだという。その会長がアスリートにかける言葉は、まず「勝ってこい」。スポーツは勝負事なのだから勝ってこい、というシンプルなものだ。

ただし森田氏は、これは「勝たなければ価値がない」という意味ではないと解釈している。勝つためにした努力や挑戦にしっかり目を向けることも含まれた言葉だと思う、と話した。

これを受けて佐藤氏は、自分の挑戦を職場の人たちがまるで自分のことのように喜び、悔しがり、自分の人生に投影してくれたことが、シンプルなことだけれど本当に嬉しかったと語った。

11:02

「ギソクの図書館」と恩送り

佐藤氏は現在、スポーツ推進部で個人アスリートのサポートの裏方や、パラスポーツの普及に関わる業務を担っている。その傍ら、現役時代から仲間と続けている活動がある。競技用義足をレンタルできる「ギソクの図書館」だ。本のように借りられることから、この名前がついている。

始めた理由について佐藤氏は、競技用義足が非常に高価であることを挙げた。ブレード部分だけでも何十万円もするもので、足を切断した直後の自分には、それを購入して走るという選択肢はまったくなかったという。それでも周りの大人たちが自分を走らせるために色々と動いてくれたから走ることができ、今ここにいられる。その恩を何かにつなげたいと昔から強く思っていたところ、同じ思いを持つ仲間がたくさんいて、この活動を始めることになったと説明した。

利用者には未就学児も多い。佐藤氏によれば、子どもたちは直接言葉をかけてくるというより、義足を履くと思わず走り出してしまい、何往復もする。その姿を見ているのがとても嬉しいという。

ビジネスパーソンが学べることは何かと問われると、佐藤氏はこう答えた。してもらったことはとてもありがたく、当時の人たちへの恩は忘れない。ただ大切なのは、手を差し伸べてくれた人にありがとうと言うだけではなく、今度は自分が手を差し出せる番になったということだ。今度は自分が手を差し出して誰かを救っていけたら、という思いがあり、その立場になれたことが今とても嬉しい――。そして、人から聞いた「恩送り」という言葉を紹介した。恩返しはしてもらったことをその人に返すことだが、恩送りはしてもらったことを別の誰かにつなげていくことを指す。佐藤氏はこれをとても良い言葉だと感じ、それ以来大切にして活動を続けているという。

14:13

車いすテニスのシート開発――顧客が目の前にいる開発

支える側が得るものの例として森田氏が紹介したのが、車いすテニスの三木選手の車いすの座面を、トヨタが共同開発している事例である。座面はカーボン製で、軽くて丈夫という特性がある。もともとスポーツカーの製造にカーボンが必要になったことから、元町工場にカーボンを扱う部署があり、そこで製作している。カーボンは薄いシートを何枚も重ねて焼き固めて成形するもので、番組ではその工程も紹介された。

三木選手は障害の影響で臀部の形が左右対称ではなく、右利きで打つため体の使い方も左右均等ではない。そのなかで、どういう形がちょうどよく、どうすれば心地よいのかを、シートを作るエンジニアと三木選手が徹底的にやり取りする。関わるエンジニアは、それまで普通に車を作っていた人たちで、こうしたシートを手がけた経験はなかった。

森田氏は、これはトヨタが将来車いすテニスの車いすを事業にしたいという話ではなく、ここにも人材育成の側面が大きいと説明した。車づくりのエンジニアは、たとえば部品を1つ作っても、車を買って使った顧客から直接フィードバックをもらう機会は実はない。ところがこのシート開発では、顧客である三木選手が目の前にいる。作ると「ここをもっとこうしてほしい」という要望がすぐに返ってくる。

さらに森田氏が重視するのは、そのやり取りの質である。普通、人は遠慮する。本当はここが痛いけれど前にも言ったし言うのはやめておこう、となりがちだ。しかし勝つためにやっている世界では妥協が許されないので、本音のコミュニケーションが生まれる。三木選手は痛い、疲れると「めちゃくちゃわがままを言う」。そこを直すと、今度は出力が出ない、パフォーマンスが上がらないと言う。それにエンジニアがどんどん応えていく。森田氏によれば、この本音のやり取りを通じてエンジニアは技術の面でも考え方の面でも成長し、車づくりの現場に戻ったときに周りの仲間にそれを伝えていくのだという。

17:44

アスリートの言葉も研ぎ澄まされる

実は佐藤氏は現在、この用具開発を担当している。佐藤氏が聞いたところでは、三木選手も最初は「こういう感覚がいい」といった抽象的でぼんやりした言葉で伝えていたが、技術者と何度も話を重ねるうちに、使う言葉が変わってきたという。

佐藤氏は、自分自身とちゃんと向き合い「ここだ」とわかっていなければ言葉にできないので、アスリートにとっても見えてくるものが増え、プラスになっているのではないかと話した。古谷氏は、これまで感覚でやっていた部分を言語化することで競技がシャープになっていくということだとまとめた。

森田氏はこれを一方通行ではないコミュニケーションと表現し、勝つという同じ目的を共有しているからこそ遠慮なく言い合えるのだと述べた。そのうえでビジネスとの共通点にも触れた。会議で上司と部下が遠慮し合って本音を言えず、結果として顧客のためにならないものができてしまっては仕方がない。社内でわがままを言い合ってとにかく良くしていく世界が、スポーツの現場にはわかりやすくあるのではないか、というのが森田氏の見方である。

19:46

佐藤氏の義足でも続いた探り合い

佐藤氏自身も、現役時代に社内で用具を作ってもらった経験がある。手元のブレードを示しながら、角度などを調整する部分のセッティングが肝になること、足を入れるソケット部分は自分の足に合わせて作っていることを説明し、こうした部分をトヨタの技術で改善できないか、用具開発として色々対応してもらったと語った。

古谷氏が、ネジの締め具合ひとつでパフォーマンスが変わるのかと尋ねると、佐藤氏は「変わります」と答えた。半回転しただけで角度が大きく変わり、感覚も大きく変わるという。それほど繊細なものと向き合うノウハウを、車づくりをしていた技術者たちが最初から持っていたわけではなく、義足など見たこともない人たちだったと佐藤氏は振り返った。

21:12

セカンドキャリアは「本人がどうしたいか」から

話題は、支援をどう次につなげるかに移った。現役引退後のセカンドキャリアについて、トヨタならではの支え方はあるのかという問いに、森田氏はまず本人の思いが大事にされていると答えた。「あなたはこうしなさい」ではなく「どうしたいのか」を大切にしているのではないかという。

例として森田氏が挙げたのが、フィギュアスケートの宇野昌磨選手である。宇野選手が引退するとなったとき、豊田会長は、アスリートは旬なときだけサポートするのではだめで、セカンドキャリアにもしっかり寄り添うようにと言ったという。そこでトヨタとしては「こうやっていきます」と示すのではなく、宇野選手にどうしたいのかを尋ね、スケートに注いできたエネルギーを注げる先を一緒に見つけていこうと伝えた。森田氏の話では、宇野選手はフィギュアスケートのショーを続けるなかでアイスダンスを見つけ、2年後にアイスダンスの選手として現役に復帰するという。森田氏は、セカンドキャリアをサポートするとはこういうことかと感じ、本人の意思を大事にする会社だと思うと話した。

佐藤氏は、自分の上司ももともと運動部出身で、おそらく現役時代に周囲から色々してもらった経験があり、そうしたものが上から順に降りてきているような状態だと思うと語った。そうした継承があるからこそ今の形ができているのではないか、そして今度は自分がその立場になったので、次に何ができるかを今まさに考えているという。

23:33

「一律ではない」支え方

古谷氏は、スポーツ支援を社内全体に同じ濃さで浸透させるのは難しいのではないかと問いかけた。森田氏は、今とても大事にしているのは「一律ではない」ことだと答えた。

かつての車づくりは大量生産が中心で、同じ品質のものを大量に作るため、みんなが同じ作業をして同じレベルの品質のものが出てくることが重視されていた。しかし今は、世界の地域ごとに特性が大きく異なるなかで車を作っており、働く環境でも、子育てをしている母親もいれば様々な立場の人がいる。一律のルールで縛ることはナンセンスではないかという雰囲気が社内にあり、大変かもしれないが、その人が今何を考えているのかにできるだけ寄り添う姿勢が大事になっている、と森田氏は説明した。古谷氏はこれを相対評価ではなく、1人ひとりと向き合う姿勢だと受け止めた。森田氏はスタジオ背後に掲げられた言葉を指し、「あなた目がけて」という意味で、トヨタの中で1つの大きなテーマになっていると紹介した。

25:23

チームジャパンパートナーシップと「日本のために」

番組では、先月18日にトヨタが発表した、日本オリンピック委員会・日本パラリンピック委員会とのチームジャパンパートナーシップ契約にも触れた。森田氏によれば、トヨタはこれまで自社のアスリートを応援してきたが、豊田会長には、もっと広く世界に挑戦する日本のアスリートを支援したいという思いがある。世界に挑むには練習の場所や環境が必要であり、世界で戦う人たちの背中をしっかり押したいという思いが今回の契約につながったという。

何が変わるのかという問いに、森田氏は、会長の発言を日々見ていると「トヨタのためにではなく日本のために」という意識がかなり強く、「ジャパンプライド」という言葉も出てくると話した。日本の企業として、世界で戦う日本人を応援するというマインドが強い。世界で戦う日本人は増えているが、その道をもっと広げ、裾野を広げたいという思いが強いのだろう、というのが森田氏の見方である。

26:55

「頑張ってよかったと思える世界」を

最後に、トヨタの一員としてこれから何を支えたいかを問われた佐藤氏は、まずアジア大会・アジアパラ大会で選手がしっかり活躍でき、応援する人たちが熱狂できるよう支えたいと述べた。そのうえで、自分の力ではどうにもできないことに向き合っている人たちに言及した。佐藤氏の場合、障害は自分の努力ではどうにもできないものだった。それでも向き合って突き進んでいる人はたくさんいるはずで、そういう人たちがちゃんと頑張れて、頑張ってよかったと思える世界を作りたいと語った。

森田氏は、パラスポーツについて佐藤氏から多くを学び、知識で「頭でっかち」になった状態で佐藤氏の競技を見に行ったときの体験を話した。そのとき思ったのは「うわ、かっけえ」という一言で、学んだことは全部忘れてしまったという。知ることは大事だが、現地に行くとそういうことを全部忘れさせてくれる、と森田氏は言う。

森田氏は、豊田会長が「スーパーヒューマン」という言葉を使っていることにも触れた。人と道具が融合して戦うスーパーヒューマンのパフォーマンスを見て驚け、という意味だと森田氏は受け止めている。パラスポーツには健常者より記録が出てしまう競技もある。「パラスポーツを見る」つもりで来てもらっていいが、帰るときにはその感覚がなくなっているのではないか――森田氏はそう話し、ぜひ現地で見てほしいと呼びかけた。