トヨタはなぜアスリートを支えるのか――「人材育成」と「恩送り」から見るスポーツ支援
TBS CROSS DIG with Bloomberg企業がスポーツを支援する理由として、よく挙げられるのはブランドイメージの向上である。この番組では、アジア大会・アジアパラ大会の拠点となっている名古屋の瑞穂競技場内「トヨタスポーツハウス」を舞台に、トヨタ自動車を例にして企業がどのような考えでアスリートと向き合っているのかを掘り下げた。MCの古谷有美氏が示したテーマは3つある。挑戦する人をどう支えるのか、支える側は何を得るのか、そして支援をどう次につなげていくのか、である。
ゲストは2人だ。1人は、トヨタ自動車に所属し「トヨタイムズスポーツ」のキャスターとしてトヨタのアスリートの声を伝えている森田京之介氏。もう1人は、リオパラリンピック銅メダリストで、現在はトヨタのスポーツ推進部で働く佐藤圭太氏である。2人が一貫して強調したのは、トヨタのスポーツ支援の中心には「人材育成」があるという見方だった。
ブランド向上より「人材育成」――森田氏の見立て
森田氏によれば、トヨタが支援する競技は幅広い。今回のアジア大会・アジアパラ大会に出場している選手だけでなく、自動車会社として大きな軸であるモータースポーツがあり、メディアの光が当たりにくい競技も支えている。そしてパラスポーツについては、モータースポーツと並ぶ「二本柱」と言ってよいほど力を入れていると話した。健常者のスポーツではないからこそ見えてくるものがあり、それを伝えているのだという。
古谷氏は、企業はどうしても有名な競技や知名度のある選手に光を当て、スポンサー契約を結びたがるものではないかと問いかけた。これに対して森田氏は、トヨタでスポーツに関わる仕事をしていて「ブランドイメージ向上を図っています」という空気を感じたことは正直ない、と答えた。
森田氏が挙げた理由は次のようなものだ。誰かのために頑張る、絶対に諦めずにまた挑戦する――アスリートのそうした姿勢は、トヨタが企業として大事にしている価値観にとても近い。そして、そういう人たちを見て社内の人材が育っていく。だから人材育成という面が、トヨタのスポーツ支援の真ん中にあるように思う、と森田氏は語った。トヨタイムズスポーツでアスリートの声や頑張る姿を伝えているのも、アスリートの声を届けることがトヨタの価値観を伝えることと近いと考えているからだという。
「人生終わった」から再び走り出すまで
続いて登場した佐藤氏は、現役時代に使っていた競技用義足、いわゆる「ブレード」を手にしていた。これを装着して100mを11秒台で走っていたという。
古谷氏が、初めて義足をつけて走ったときの感覚を尋ねると、佐藤氏は「覚えています」と答えた。医師からは義足を履けば走れるようになる、運動できるようになると言われていたので、そういうものなのだろうと思っていた。ところが、まず日常用の義足をつけてみると、走れるイメージがまったく湧かなかった。痛いし重いし、自分の足とはまるで違う。佐藤氏はこのとき「これはちょっと人生終わったな」と感じ、絶望に近いほど「こんなのはもう絶対無理だ」と思ったと振り返った。
転機は入院先の関係者がつくった。佐藤氏がこれから長い人生を送るうえで、運動することがきっと必要になると考え、競技用の義足をモニターという形で使わせてくれたのである。それを着けると、すぐに「走るというより駆け抜ける」ことができた。佐藤氏はこれを「これならまた生きていける、昔みたいに生きていける」と感じた瞬間だったと語っている。
その後、佐藤氏は義足をつけて2年後に200mで日本記録を樹立し、21歳でロンドンパラリンピックに出場、アジアパラ競技大会では3つの金メダルを獲得した。
頑張り続けられた理由と、変わらなかった職場の応援
なぜそこまで頑張り続けられたのかという問いに、佐藤氏は、自分では頑張っているつもりはなく、好きだから自然とやってしまうという感覚が強かったと答えた。とくに始めたばかりの頃は、先週はジョギング程度しかできなかったのに少し速くなった、というように成長を強く実感でき、それがとても嬉しかった。それで走ることにどっぷりはまっていったという。
古谷氏は「意地悪な質問」として、成績が振るわない時期に企業側の空気が変わったり、熱い声援が減ったように感じたりしたことはなかったかと尋ねた。佐藤氏の答えは、少なくとも自分の職場に限ってはまったく感じなかった、というものだった。良いときも悪いときも常に応援してくれたという。
番組内では職場の応援を伝える映像も流れた。その中で佐藤氏は、職場の社員がわざわざ東京から応援に駆けつけてくれたことがあり、その際に日本記録が出たこともあったと話し、応援の力は大きいと語っていた。また、今年7月に中国であった世界選手権などで2週間ほど不在にしたときも、職場が快く「応援しているから行ってきなさい」と送り出してくれたことを心強く、手厚いと感じたという。佐藤氏は職場を「家族の次に支えてくれている存在」だと表現した。
豊田章男会長の「勝ってこい」に含まれるもの
古谷氏は、結果がものを言う世界でありながら、トヨタはそこに至る過程にこそ熱量を注いでいるように見えると森田氏に話を振った。
森田氏はまず豊田章男会長の経歴に触れた。会長自身がもともとフィールドホッケーの選手で、アジアの大会にも出たアスリートだったため、アスリートの気持ちがよくわかるのだという。その会長がアスリートにかける言葉は、まず「勝ってこい」。スポーツは勝負事なのだから勝ってこい、というシンプルなものだ。
ただし森田氏は、これは「勝たなければ価値がない」という意味ではないと解釈している。勝つためにした努力や挑戦にしっかり目を向けることも含まれた言葉だと思う、と話した。
これを受けて佐藤氏は、自分の挑戦を職場の人たちがまるで自分のことのように喜び、悔しがり、自分の人生に投影してくれたことが、シンプルなことだけれど本当に嬉しかったと語った。
「ギソクの図書館」と恩送り
佐藤氏は現在、スポーツ推進部で個人アスリートのサポートの裏方や、パラスポーツの普及に関わる業務を担っている。その傍ら、現役時代から仲間と続けている活動がある。競技用義足をレンタルできる「ギソクの図書館」だ。本のように借りられることから、この名前がついている。
始めた理由について佐藤氏は、競技用義足が非常に高価であることを挙げた。ブレード部分だけでも何十万円もするもので、足を切断した直後の自分には、それを購入して走るという選択肢はまったくなかったという。それでも周りの大人たちが自分を走らせるために色々と動いてくれたから走ることができ、今ここにいられる。その恩を何かにつなげたいと昔から強く思っていたところ、同じ思いを持つ仲間がたくさんいて、この活動を始めることになったと説明した。
利用者には未就学児も多い。佐藤氏によれば、子どもたちは直接言葉をかけてくるというより、義足を履くと思わず走り出してしまい、何往復もする。その姿を見ているのがとても嬉しいという。
ビジネスパーソンが学べることは何かと問われると、佐藤氏はこう答えた。してもらったことはとてもありがたく、当時の人たちへの恩は忘れない。ただ大切なのは、手を差し伸べてくれた人にありがとうと言うだけではなく、今度は自分が手を差し出せる番になったということだ。今度は自分が手を差し出して誰かを救っていけたら、という思いがあり、その立場になれたことが今とても嬉しい――。そして、人から聞いた「恩送り」という言葉を紹介した。恩返しはしてもらったことをその人に返すことだが、恩送りはしてもらったことを別の誰かにつなげていくことを指す。佐藤氏はこれをとても良い言葉だと感じ、それ以来大切にして活動を続けているという。
車いすテニスのシート開発――顧客が目の前にいる開発
支える側が得るものの例として森田氏が紹介したのが、車いすテニスの三木選手の車いすの座面を、トヨタが共同開発している事例である。座面はカーボン製で、軽くて丈夫という特性がある。もともとスポーツカーの製造にカーボンが必要になったことから、元町工場にカーボンを扱う部署があり、そこで製作している。カーボンは薄いシートを何枚も重ねて焼き固めて成形するもので、番組ではその工程も紹介された。
三木選手は障害の影響で臀部の形が左右対称ではなく、右利きで打つため体の使い方も左右均等ではない。そのなかで、どういう形がちょうどよく、どうすれば心地よいのかを、シートを作るエンジニアと三木選手が徹底的にやり取りする。関わるエンジニアは、それまで普通に車を作っていた人たちで、こうしたシートを手がけた経験はなかった。
森田氏は、これはトヨタが将来車いすテニスの車いすを事業にしたいという話ではなく、ここにも人材育成の側面が大きいと説明した。車づくりのエンジニアは、たとえば部品を1つ作っても、車を買って使った顧客から直接フィードバックをもらう機会は実はない。ところがこのシート開発では、顧客である三木選手が目の前にいる。作ると「ここをもっとこうしてほしい」という要望がすぐに返ってくる。
さらに森田氏が重視するのは、そのやり取りの質である。普通、人は遠慮する。本当はここが痛いけれど前にも言ったし言うのはやめておこう、となりがちだ。しかし勝つためにやっている世界では妥協が許されないので、本音のコミュニケーションが生まれる。三木選手は痛い、疲れると「めちゃくちゃわがままを言う」。そこを直すと、今度は出力が出ない、パフォーマンスが上がらないと言う。それにエンジニアがどんどん応えていく。森田氏によれば、この本音のやり取りを通じてエンジニアは技術の面でも考え方の面でも成長し、車づくりの現場に戻ったときに周りの仲間にそれを伝えていくのだという。
アスリートの言葉も研ぎ澄まされる
実は佐藤氏は現在、この用具開発を担当している。佐藤氏が聞いたところでは、三木選手も最初は「こういう感覚がいい」といった抽象的でぼんやりした言葉で伝えていたが、技術者と何度も話を重ねるうちに、使う言葉が変わってきたという。
佐藤氏は、自分自身とちゃんと向き合い「ここだ」とわかっていなければ言葉にできないので、アスリートにとっても見えてくるものが増え、プラスになっているのではないかと話した。古谷氏は、これまで感覚でやっていた部分を言語化することで競技がシャープになっていくということだとまとめた。
森田氏はこれを一方通行ではないコミュニケーションと表現し、勝つという同じ目的を共有しているからこそ遠慮なく言い合えるのだと述べた。そのうえでビジネスとの共通点にも触れた。会議で上司と部下が遠慮し合って本音を言えず、結果として顧客のためにならないものができてしまっては仕方がない。社内でわがままを言い合ってとにかく良くしていく世界が、スポーツの現場にはわかりやすくあるのではないか、というのが森田氏の見方である。
佐藤氏の義足でも続いた探り合い
佐藤氏自身も、現役時代に社内で用具を作ってもらった経験がある。手元のブレードを示しながら、角度などを調整する部分のセッティングが肝になること、足を入れるソケット部分は自分の足に合わせて作っていることを説明し、こうした部分をトヨタの技術で改善できないか、用具開発として色々対応してもらったと語った。
古谷氏が、ネジの締め具合ひとつでパフォーマンスが変わるのかと尋ねると、佐藤氏は「変わります」と答えた。半回転しただけで角度が大きく変わり、感覚も大きく変わるという。それほど繊細なものと向き合うノウハウを、車づくりをしていた技術者たちが最初から持っていたわけではなく、義足など見たこともない人たちだったと佐藤氏は振り返った。
セカンドキャリアは「本人がどうしたいか」から
話題は、支援をどう次につなげるかに移った。現役引退後のセカンドキャリアについて、トヨタならではの支え方はあるのかという問いに、森田氏はまず本人の思いが大事にされていると答えた。「あなたはこうしなさい」ではなく「どうしたいのか」を大切にしているのではないかという。
例として森田氏が挙げたのが、フィギュアスケートの宇野昌磨選手である。宇野選手が引退するとなったとき、豊田会長は、アスリートは旬なときだけサポートするのではだめで、セカンドキャリアにもしっかり寄り添うようにと言ったという。そこでトヨタとしては「こうやっていきます」と示すのではなく、宇野選手にどうしたいのかを尋ね、スケートに注いできたエネルギーを注げる先を一緒に見つけていこうと伝えた。森田氏の話では、宇野選手はフィギュアスケートのショーを続けるなかでアイスダンスを見つけ、2年後にアイスダンスの選手として現役に復帰するという。森田氏は、セカンドキャリアをサポートするとはこういうことかと感じ、本人の意思を大事にする会社だと思うと話した。
佐藤氏は、自分の上司ももともと運動部出身で、おそらく現役時代に周囲から色々してもらった経験があり、そうしたものが上から順に降りてきているような状態だと思うと語った。そうした継承があるからこそ今の形ができているのではないか、そして今度は自分がその立場になったので、次に何ができるかを今まさに考えているという。
「一律ではない」支え方
古谷氏は、スポーツ支援を社内全体に同じ濃さで浸透させるのは難しいのではないかと問いかけた。森田氏は、今とても大事にしているのは「一律ではない」ことだと答えた。
かつての車づくりは大量生産が中心で、同じ品質のものを大量に作るため、みんなが同じ作業をして同じレベルの品質のものが出てくることが重視されていた。しかし今は、世界の地域ごとに特性が大きく異なるなかで車を作っており、働く環境でも、子育てをしている母親もいれば様々な立場の人がいる。一律のルールで縛ることはナンセンスではないかという雰囲気が社内にあり、大変かもしれないが、その人が今何を考えているのかにできるだけ寄り添う姿勢が大事になっている、と森田氏は説明した。古谷氏はこれを相対評価ではなく、1人ひとりと向き合う姿勢だと受け止めた。森田氏はスタジオ背後に掲げられた言葉を指し、「あなた目がけて」という意味で、トヨタの中で1つの大きなテーマになっていると紹介した。
チームジャパンパートナーシップと「日本のために」
番組では、先月18日にトヨタが発表した、日本オリンピック委員会・日本パラリンピック委員会とのチームジャパンパートナーシップ契約にも触れた。森田氏によれば、トヨタはこれまで自社のアスリートを応援してきたが、豊田会長には、もっと広く世界に挑戦する日本のアスリートを支援したいという思いがある。世界に挑むには練習の場所や環境が必要であり、世界で戦う人たちの背中をしっかり押したいという思いが今回の契約につながったという。
何が変わるのかという問いに、森田氏は、会長の発言を日々見ていると「トヨタのためにではなく日本のために」という意識がかなり強く、「ジャパンプライド」という言葉も出てくると話した。日本の企業として、世界で戦う日本人を応援するというマインドが強い。世界で戦う日本人は増えているが、その道をもっと広げ、裾野を広げたいという思いが強いのだろう、というのが森田氏の見方である。
「頑張ってよかったと思える世界」を
最後に、トヨタの一員としてこれから何を支えたいかを問われた佐藤氏は、まずアジア大会・アジアパラ大会で選手がしっかり活躍でき、応援する人たちが熱狂できるよう支えたいと述べた。そのうえで、自分の力ではどうにもできないことに向き合っている人たちに言及した。佐藤氏の場合、障害は自分の努力ではどうにもできないものだった。それでも向き合って突き進んでいる人はたくさんいるはずで、そういう人たちがちゃんと頑張れて、頑張ってよかったと思える世界を作りたいと語った。
森田氏は、パラスポーツについて佐藤氏から多くを学び、知識で「頭でっかち」になった状態で佐藤氏の競技を見に行ったときの体験を話した。そのとき思ったのは「うわ、かっけえ」という一言で、学んだことは全部忘れてしまったという。知ることは大事だが、現地に行くとそういうことを全部忘れさせてくれる、と森田氏は言う。
森田氏は、豊田会長が「スーパーヒューマン」という言葉を使っていることにも触れた。人と道具が融合して戦うスーパーヒューマンのパフォーマンスを見て驚け、という意味だと森田氏は受け止めている。パラスポーツには健常者より記録が出てしまう競技もある。「パラスポーツを見る」つもりで来てもらっていいが、帰るときにはその感覚がなくなっているのではないか――森田氏はそう話し、ぜひ現地で見てほしいと呼びかけた。
これはちょっと人生終わったなって結構感じたんですね。でも、その義足を使わせていただいて初めて走ることができたんですけど、これならまた生きていけるなって、昔みたいに生きていけるなってことを感じた。
今度僕は手を差し出して、誰か救っていけたらなって思い。これ、恩送りっていう言葉。
恩送り。
会長の発言を日々見ていると、トヨタのためにじゃなくて日本のためにって結構強いんですよ。
人材育成という面が、スポーツ支援の真ん中にある気がしています。
CROSS DIGをご覧の皆様、こんにちは。古谷有美です。さて今回は、スポーツとビジネスをテーマにお話を進めていこうと思います。
日本にも世界にもスポーツにビジネスを取り込んでいる企業、数多くあるかと思います。チームのスポンサー、従業員で構成される実業団、本当に多岐にわたっていますよね。ではなぜ企業がスポーツを支援するのか。その思いであるとか、具体的な支え方、ご存じないのではないでしょうか。
現在、アジア大会、アジアパラ大会が盛り上がりを見せる中、今日は皆さんもよくご存じ、トヨタという企業を例にスポーツのリアルな中身を探ろうと思います。さて、ゲストをご紹介しましょう。トヨタ自動車に所属し、現在はトヨタイムズのキャスターとしてご活躍されています、森田京之介さんです。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
このような形でお会いする日が来るとは。今、実際にどういったことをされてるんですか?
トヨタのアスリートの声を届けることというのが、トヨタが大事にしている価値観を伝えることと結構近いんじゃないかということで、このトヨタイムズスポーツでは、トヨタアスリートの声とか頑張る姿みたいなものをお届けしてます。
そして今日、皆さん、ここは一体どこなんだろう? ちょっと気になると思うんですけれども。この素敵な会場は何ですか、森田さん。
これはトヨタスポーツハウスと言いまして、アジア大会、アジアパラ大会の拠点となっている、この瑞穂競技場の中にある、トヨタのスポーツを応援するための場所。
見てください。トラックがもう下に出来上がっちゃって。
そう、もう競技場みたいになってて、走りたくなるような場所ではありますし、トヨタがスポーツに関わる展示がされていたりとかしてます。
今日はそんな特別な場所をお借りして、企業はどんな思いでアスリートと向き合っているのかを、3つのテーマで見ていこうと思っています。まず1つ目、挑戦する人をどう支えるのか。2つ目、支える側が得られるものとは。3つ目、支援をどう次につなげていくのか、というお話を伺っていきます。
さて、アジア大会、アジアパラ大会、まさに名古屋のこの地で開催されているんですけれども、今まさに出場している選手だけでなくて、トヨタとしては他にもいろいろな競技選手の支援をされているんですよね。
そうですね。もちろんこのアジア大会、アジアパラに出ているアスリートもそうなんですが、それ以外にも、まずトヨタは車の会社なので、モータースポーツというのは1つ大きな軸。
そうですね。
メディアで、スポーツは光が当たりづらいと言われるスポーツもしますし、あとはパラスポーツ。これはもうモータースポーツとパラスポーツ、これが二本柱と言ってもいいぐらいパラスポーツに力を入れて、我々お伝えしていますし、やっぱり健常者のスポーツじゃないからこそ見える部分っていうのがあるので、そういうことをお伝えしています。
そうですね。やっぱり企業としては、どうしてもメインな有名なスポーツであったり、もうすでにネームバリューのある選手であったりというところに光を当てたい、スポンサーシップ契約をしたいのがメジャーなのかなと思うんですけれども。
よく企業のスポーツとブランドの向上とかっていうことが言われることが多いと思うんですけれども、あんまりトヨタの中でスポーツに関わる仕事をしていて、ブランドイメージ向上を図ってますっていう空気は感じたことが正直なくて。誰かのために頑張るとか、絶対に諦めずにまた挑戦していく姿勢とか、そういうものっていうのは、トヨタという会社が企業として大事にしている価値観とすごく近いんですね。
かつ、そういう人たちを見て人材が育っていく。人材育成という面が、結構このトヨタのスポーツ支援の真ん中にある気がしています。
人材育成なんですね。では実際にここからは、支えられる側と支える側、両方の立場からお話しいただけるようにゲストをお招きしています。リオパラリンピック銅メダリストの佐藤圭太さんです。どうぞこちらへ。
何かが肩に乗せられてますが、ちょっと一旦おかけいただいて、見せていただこうと思います。佐藤さん、こちらはまさに。
そうですね。僕が使ってた競技用の義足、いわゆるブレードと呼ばれるものですね。
こちらを装着して、100メートル11秒台とかで走り抜けられると。
はい。めちゃくちゃかっこいいですよ。
すごい。ちなみになんですけども、初めてつけて走った時の感覚だとか感触、覚えてますか?
覚えてます。覚えてます。お医者さんから、義足を履けば走れるように、運動できるようになるよっていうふうに言われてたんですけど、自分、そういうもんなんだなと思って。いざ今履いてる日常用の義足をつけたら、やっぱり全然走れるイメージがつかなくて。痛いし、重いし、自分の足と全然違うしで。
これはちょっと人生終わったなって結構感じたんですね。結構もう絶望に近いぐらい。こんなんもう絶対無理だよって思っちゃうぐらいだったんですね。
でも、入院先の関係者の方が、佐藤がこれから長い人生を送っていく上で、きっと運動していくことが彼の人生にとって必要になっていくんじゃないかってことをすごい考えてくれて。その義足をモニターっていう形で使わせていただいて、初めて走ることができたんですけど、結構すぐ走るというより、駆け抜けることはできたんですね。
この時には、これならまた生きていけるなって、昔みたいに生きていけるなってことを感じた瞬間でしたね。
そしてその義足をつけて、もう2年後に200メートルで日本記録を樹立されて。そこに至るまでは相当の努力があったとは思うんですけれども、そしてさらにロンドンパラリンピックには21歳の頃出場。その後パラリンピック2大会ですね。そしてアジアパラ競技では3つの金メダルを獲得されると。どうしてそんなに頑張り続けられるのか。
自分では頑張ってるよりも、好きだから自然とやってしまうっていう感じがすごい強かったですね。やっぱり走っていくと、先週はジョギングぐらいしかできなかったけど、ちょっと速くなったなみたいな成長を、初期段階ではすごい感じて。それがすごい嬉しくて、どっぷり走ることにはまった感じですね。
ちょっと意地悪な質問してもいいですか?
はい。意地悪。
アスリートの皆さんは、ずっと成績が安定するわけではないですよね。いい時もあれば、なかなか思うようにいかない時もある。企業としてそういった時に、ちょっと空気が今変わってしまったなとか、ちょっと寂しい感じだな、あれ、あの熱い声援が、なんて感じることはなかったんですか?
やっぱり自職場に限っては、そういうことは全く感じなかったですね。もう常に応援してくれましたね。本当にいい時も悪い時も。そういう意味では、本当変わらぬ思いをずっと持ってくれてましたね。
結果がものを言う世界ではあるとは思うんですけれども、過程に、どうそこに向かっていくかというところに、すごくトヨタは何か熱量を注いでいるような気がするんですが、どうですか、森田さん。
豊田章男会長が、元々自身もフィールドホッケーの選手だった。アジアにも出たアスリートだったということで、アスリートの気持ちがよく分かるんですよね。会長がかけるアスリートに対する言葉っていうのは、まずは「勝ってこい」なんですよ。シンプルに。
シンプルに。
それはもうスポーツの世界、勝負事なんだから、勝ってこい。
頑張れとか、勝ってこい。
勝ってこい。なんですけど、勝たなきゃ価値がない、そういうことではなくて、やっぱりその勝つためにした努力、挑戦、こういうところにしっかり目を向けるっていうことも含まれた言葉だと思うんですよね。
その僕の挑戦を、職場の人たちが自分のことのように喜んで、悔しがって、自分の人生に投影してくれたことは、本当にシンプルな言葉なんですけど、本当に嬉しかったですね。
じゃあ、一通りは。はい。撮影中です。
もしかしたら表情の変化。
自分の職場の社員の方も来ていただいて、わざわざ東京から足を運んでいただいて、応援に駆けつけていただいたので。日本記録も出たみたいで、っていうのもあったりすると、応援の力っていうのはやっぱり大きいなと思いますね。
今年の7月とかも世界選手権が中国であったりだとか、2週間ぐらい不在にしてたんですけれども、そういうところも快く、応援してるから行ってきなさいっていうふうに言ってくれるのが、すごい心強いというか、手厚いなと思うところであります。
家族の次に支えてくれてる存在なんじゃないかなと思っています。
そして現在、トヨタのスポーツ推進部でパラスポーツの普及、そして個人アスリートの支援などにも取り組んでいらっしゃるということなんですが、具体的にはどんな活動をされてるんですか?
個人アスリートのサポートの裏方でしたり、パラスポーツの普及に関わる部分を、主の業務として携わってますね。
その傍らで、現役時代から続けてらっしゃるものもあるんですよね。
ギソクの図書館という、競技用義足がレンタルできるようなサービスを、仲間たちと一緒にやってます。
ライブラリーの図書館です。
ライブラリー。ギソクの図書館。
何なんだって感じがしますね。
これはどういった活動なんですか?
そうですね。やっぱり競技用義足がすごい高くて、なかなかいきなり買って走るってことが、競技用って結構ハードルが高くてですね。そういったところを解決したいなと思って、競技用義足、ブレードをレンタルできるようなところを、現役の時から仲間たちと一緒にやってます。
レンタルできるから図書館って名前なんですね。本のように借りて。佐藤さんはどうしてまたこちらを始めようと。
そうですね。やっぱり僕自身、競技を始めた時っていうのが、本当に競技用はすごい高いんですね。本当ここだけで何十万とかするもので、すごい高価なもので。足を切った直後、やっぱりそれを購入して走るっていう選択肢は、自分の中では全く持てなくて。
でも周りの大人たちが、僕を走らせるためにすごいいろいろ動いてくれて、走ることができて、今ここにいることができている。やっぱりその恩を何かつなげていきたいなっていう思いを、昔からすごい思ってて。そういった思いを持ってくれてる仲間たちもたくさんいて、こういったギソクの図書館をやっていこうというふうになりました。
実際に親御さんであるとか、参加されたお子さんたちから、どんな言葉をかけられました?
そうですね。やっぱり僕たちがやってる活動は、未就学児の子どもも結構多くてですね。その子たちが何か直接言葉をかけてきてくれるというよりは、もう思わず走っちゃうんですよね。もうすぐに何往復も何往復もするんですけど、やっぱりその姿を見ててすごい嬉しいですね。
我々一般的なビジネスパーソンとして学べること、何か思うことありますか?
そうですね。僕自身もやってもらったことはすごいありがたいですし、その当時の人たちには本当にその恩は忘れないんですけども。ただ大切なことって、手を差し伸べてくれた人にただありがとうっていうわけではなくて、今度はその手を僕が出せる番になったので。
今度僕は手を差し出して、誰かを救っていけたらなっていう思いが。その立場になることは今すごい嬉しいですし、この言葉は他の人から聞いたんですけど、恩送りっていう言葉。
恩送り。
恩返しだとしてもらったものをその人に返すことなんですけど、そのしてもらったことを誰かにつなげていくっていう言葉を知って、すごいいい言葉だなと思って。それからこの言葉は大切に、活動を続けてますね。
トヨタの支援の他のお話でいくと、車いすテニスの三木選手の車いすの座面の部分をトヨタが共同開発しているという、こちらですよね。これはどこの、本当に座ってらっしゃる部分?
黒い部分ですね。シートの部分ですね。これ、写真で見えるか分かんないですけど、シートの部分、実はカーボンになっていて。
丈夫で軽い。
軽くて丈夫。軽くて丈夫という特性があるんですけど、元々スポーツカーを作る時にこのカーボンが必要になって、元町工場にカーボン課という場所があって。そこでカーボンって本当にシートを何枚も重ねていって、焼いて固めるんですけど、そういう場所があるので、そこを使って、この三木選手の車いすテニス用のシート。まさにこうですね。こうやって成形していくんですよ。
シートをね、ペラペラのシートを貼って、固めて焼くと、あのシートができるんです。やっぱり三木選手は下肢に障害があって、お尻の形とか、決して左右対称じゃなかったりするわけですし。右利きで打つから体の使い方も左右均等ではない中で、どういう形がちょうどいいのかとか、どうだと心地いいのかっていうことを、このシートを作るエンジニアと三木選手がめちゃくちゃやり取りするわけですよ。
でも、もちろんエンジニアさんたちも今までそんなシートを手がけたことなんてなかった人たちが、三木選手のような方がいるから、そういったものをやるようになるんですよね。
まさにそうです。普通に車作りをしてた人。
そうですよね。
車作りしてたら、三木選手がいて、こういうことあるからどうだと言って、この世界に放り込まれるんですけど。でもこれは、別に将来トヨタが車いすテニスの車いすを作っていきたいではなくて、ここもやっぱり人材育成っていう面がすごくあって。車作りをしているエンジニアっていうのは、例えば1部品を作ったりとかしても、車を売って、それを使ったお客さんから直接フィードバックをもらえる機会って実はないんですよ。
そうですね。
その点、この車いすシート開発っていうのは、お客さんが三木さんなので目の前にいるんですよ。作ると、「これもっとこうしてほしいです」「もっとああしたい、こうしたい」っていう要望が出てきて、フィードバックがすぐ返ってくる。
フィードバックがないところもありますもんね。
ないところもあるんですよ。その時に、結構人と人って遠慮するじゃないですか。本当はここ痛いんだけど、ちょっと前も言ったし、言うのはやめようかなって普通だとなるんですけど、この世界は勝つためにやってるので、そういう妥協は許されないので、本音のコミュニケーションがお互い生まれるんですよね。三木さんはめちゃくちゃわがままを言うわけですよ。
痛いし、疲れる。そこを直してもらったら、今度は出力が出ない、パフォーマンスが上がらない。でもそれにどんどんエンジニアが応えていくわけです。その本音のやり取りで、エンジニアとしてどんどん成長していくんですよ。
なるほど。技術者の腕も上がっていく。
上がっていくし、考え方としても上がっていく。それを車作りの現場に戻った時に、周りの仲間に伝えていく。
実は僕、今この用具開発を担当してて。
そうか。
そうなんですか。
僕自身も車いすを作ってくれたことがあったので、僕も今担当させてもらってるんですけど。三木さんも結構最初は抽象的な言葉、アスリートの、こういう感覚がいいとかいうふうなところっていう、ちょっとぼんやりとした言葉だったらしいんですけど。やっぱりこういった技術者の方がいると、何回も何回も話を重ねていくと、三木さんの言う言葉も変わってきたなっていうふうに。
アスリート側も成長すると。
そうですね。
本当に、すごく精度がより研ぎ澄まされていきそうですね、お互い。それはだから、アスリートのパフォーマンスとしてもプラスにつながるっていうことです。
そうですね。やっぱりちゃんと自分自身で向き合って、ここだよなっていうところは言えないと、言葉にできないので。そういう意味ではアスリート自身も、見えてくることが見えてきて、いいプラスになってるんじゃないかなと思いますね。
選手にとっても、言語化をする。自分の競技を今までは感覚であったりでやっていた部分が、ちゃんとシャープになっていくっていうことですよね。
そうですね。だから本当に一方通行じゃないコミュニケーション。お互いに本気の本音のコミュニケーションがあることで、お互いがレベルアップし、それは勝つという同じ目的を共有してるからこその。
そうですよね。だからスポーツというものがちゃんと絡んでるから。
そうなんです。
それを目指せる。遠慮なく言い合える。ちょっとこれ言い過ぎたかなっていうところはなしにっていうことですね。
そう。わがままをどれだけ言えるか。
そうか。スポーツとビジネスって、そういう意味だとすごく相性がいいものな気が。
本来、ミーティングで上司と部下が遠慮し合ってて本音を言えなくて、結果お客さんのためにならないものができちゃったらしょうがないわけじゃないですか。だからもう社内の中ではとにかくわがままを言い合って、何とかよくしていくっていう世界が、ここは分かりやすくあるのかなっていう気がしますね。
僕の場合はここの部分、この部分ですね。この部分が角度だったりを結構調整する、すごい重要なところで。ここのセッティングは結構肝になってきて、こういったところでしたり、あと僕の足を入れるこの部分は、まさに僕の特徴、僕の足に合わせて作っているので。こういったところを何かトヨタの技術を使って改善できないかっていうところで、用具開発というところでいろいろ対応していただきましたね。
そこはだから本当に、それをやってくださる方も多分探り探り、佐藤さんと会話する中で。だってこれ確か、ネジの締め具合1つでパフォーマンスががらっと変わってくるんですか?
変わります。本当、半回転したら角度が変わるので、これでやっぱり感覚が大きく変わってきますね。
それだけ繊細なものと向き合うノウハウを、元々持ってるわけないですもんね。
そうですね。皆さん車作り。義足なんて見たことないっていうのでしたので。
じゃあ佐藤さんが来たことによって、本当に皆さんのそういったスキルというか、元々職人さんでいらした方たちの、また新たな扉も開かれた面がありそうですよね。
本当にパス・ザ・バトン、バトンを次に、次にっていう。でも現役時代で、多分いろんな方が渡してくださってたと思うんですけれども、じゃあ次にどう渡していこうか、今セカンドキャリアの中で、皆さんどうやって筋道を立てていかれるんですか? それをトヨタの中ではこうしていこうよ、なんていう支援というか、手助け、トヨタならではの何かっていうのはあるんでしょうか?
結構でも、まずやっぱり本人の思いがすごく大事ですよね。あなたはこうしなさいっていうよりかは、どうしたいのかっていう部分を大事にしてあげてるんじゃないかなっていうのは、すごく思うところで。これ、章男会長が宇野昌磨選手が引退しますってなった時に、「アスリートは旬な時だけサポートするんじゃ駄目だ」と。「セカンドキャリアについてもしっかりと寄り添っていきなさい」というふうに言われて。
そうなった時に、じゃあトヨタとして宇野さん、こうやってやっていきますよじゃなくて、「宇野さん、どうしたいんですか」と。「スケートに注いでたエネルギーを注げる先を見つけていきましょう」と。実際、宇野選手はフィギュアスケートのショーをやっていく中で、アイスダンスというのを見つけて、2年後にアイスダンスの選手として現役に復帰すると。
そうですね。
こういうことかと。セカンドキャリアをサポートするっていうのは、そういう意味でやっぱり本人たちの意思を大事にしてくれる、そういう会社だなというのはすごく思います。
すごく一緒に走ってくれている感じが、今のエピソードからもあるんですけども。佐藤さん、その辺りはどうですか?
そうですね。やっぱり僕の上司も元々運動部出身の方でして、上司も多分現役の時にいろいろしていただいたことがあって。おそらく、もしかしたらその上司も何かしら運動だったり関わってきて、多分どんどん上から降りてきてるような状態だと思うんですよね。
そういった続くものがあるからこそ、今の形ができてるんじゃないのかなっていうのはすごい感じますし。じゃあ今度僕の立場になったので、次にどういうことができるのかなっていうのは、すごい今考えてますね。
スポーツ支援をやろうと思っても、全員に同じ度合いで、同じだけの濃さでそれが浸透するってすごく難しいんじゃないかなと思っているんですけど、トヨタに関してはその辺りはどうですか?
そうですね。すごく今大事にしてることは、一律ではないっていうのが。
一律ではない。
やっぱり昔から車作りっていうのは大量生産、同じ品質のものを大量に作るっていうことが重要視されていた時代っていうのは、一律にみんなで同じ作業ができて、同じレベルの品質のものが出てくることがすごく重要だって言われてた時代から。やっぱり世界で地域によって特性がこんだけ違って、そこに車を作っていくっていうことと、働く環境においていろんな環境、いろんな立場の人がいる。子育てをしてるお母さんも、働く男性もいるというので、一律のルールで縛ることっていうのが、ちょっとナンセンスなのかなっていうのが雰囲気としてある中で。
会社として一律ではなくて、大変かもしれないけれども、さっき言ったように、その人が今考えてることは何なんだろうってことに、できるだけ寄り添っていく姿勢みたいなのは、すごく今大事になってきている。
すごく相対的な評価ではなくて、本当に絶対的評価というか、一人一人向き合ってもらってるって。
まさにこの後ろに「To」ってあるんですけど、あなた目がけてって意味なんですけど、トヨタの中では1つ大きなテーマですね。
ちなみになんですが、先月18日にトヨタから発表されました、日本オリンピック委員会、日本パラリンピック委員会とTEAM JAPANパートナーシップ契約を今回結ぶことになったんですよね。
そうなんです。本当にまさにホットな話題なんですけど、トヨタのアスリートを応援するっていうことは、今日話したように結構やってきました。でももっと広く、世界に挑戦する日本のアスリートを支援したいっていう思いが、豊田章男会長の中にはやっぱりあって。しっかりその環境があること、世界に挑むためには場所がないといけなかったり、なきゃいけなかったり。世界で戦う人たちをしっかり背中を押してあげる、サポートしたいという思いが強くあるので、今回そういうパートナーシップ契約を結んだんですけれども。
今まではもちろん手厚くトヨタのアスリートの皆さんにということでしたが、今回、その包括的に日本のアスリート、頑張る皆さんに向けて、何が大きく変わっていくんでしょうか?
やっぱり会長の発言を日々見ていると、トヨタのためにじゃなくて、日本のためにって結構強いんですよ。
据えてるところが。
ジャパンプライドっていう言葉が出てきたりとか。やはり日本の企業として、日本人とかが世界で戦う人を応援するっていうマインドが、すごく強いのがあるので。スポーツの世界、本当に世界で戦ってる日本人が増えてますけど、やっぱりその道をもっと広げていく、裾野を広げていく、こういう思いが多分強いなと思います。
佐藤さんとしては、これからトヨタの一員として何をどう支えていきたいのか、思いを教えてください。
やっぱりまずはアジア大会、アジアパラ大会で、ちゃんと選手が活躍できるように、そして選手を応援してくれる人たちが、ちゃんと熱狂できるようなところを支えていきたいなと思いますし。いろんなことにチャレンジしていく人たち、特に自分の力ではどうしようもできないことってすごいあると思うんですよね。僕の場合だったら障害というところは、自分の努力ではどうしようもできないところだったんですけども。
ちゃんとそういうのと向き合って突き進んでいる人たち、たくさんいると思うので、そういう人たちがちゃんと頑張れて、それを頑張ってよかったなって思える世界を作りたい。
世界を作る。すごくいい言葉ですよね。
今日、パラスポーツってこんな面もあるよ、あんな面もあるよっていっぱい話したんですけど。いろいろ私も佐藤さんに聞いて、パラスポーツってこうなんだって言って、いろいろ勉強して頭でっかちになって、佐藤さんの競技を見に行った時に、何を思ったかって言ったら、「うわ、かっけえ」って思ったんです。
かっけえ。
もういろいろそういうの忘れたんですよ。
そうですか。
いろいろ知ることは大事だし、知っていくことは大事なんだけど、多分行くとそういうことを全部忘れさせてくれるんです。
豊田会長もスーパーヒューマンというワードをお使いになってると思うんですけども、人と道具が融合して戦うスーパーヒューマン。そのスーパーヒューマンのパフォーマンスを見て驚けということだと思うんですけど、もう本当に人と道具が融合して戦うわけですよね。だからパラスポーツの中には、健常者よりも記録が出てしまう競技だってあったりとかするんですよね。
そうですね。
本当にパラスポーツっていうつもりで来てもらっていいんですけど、多分帰る時にはその感覚がなく帰るんじゃないかな。ぜひ現地で見てほしいなと。
今日は本当に貴重なお話を、お二人ともありがとうございました。
ありがとうございました。
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