AI、社会主義、宗教から読むアメリカ中間選挙 三牧聖子・加藤喜之が語る「A面」の裏側

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概要

TBS CROSS DIGの番組「BACKSTAGE AMERICA」は、ニュースでは見えにくいアメリカの思想的な「B面」を、本や映画、音楽といった「杖」を手がかりに読み解いている。今回のテーマは11月3日に投票が行われる中間選挙だ。下院の全議席と上院の3分の1が改選され、トランプ政権が維持されるのか、加速するのか、減速するのかが問われる。

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ゲストは番組初の出演となる同志社大学大学院教授の三牧聖子さん(アメリカ政治・外交)で、立教大学教授の加藤喜之さん(思想史・宗教学)と、TBS CROSS DIGの竹下隆一郎さんが進行役を務めた。3人は共和党の赤か民主党の青かという勝敗の予想にはとどまらず、「AIと物価高」「地下水脈に流れる社会主義」「キリスト教ナショナリズムと主流派教会」の3つを軸に、選挙の裏で何が動いているのかを論じた。

9:45

突然争点になったAIとデータセンター

竹下さんは、AIが中国との競争やアメリカ経済の次の原動力と位置づけられ、トランプ大統領が規制緩和を進めてきたと整理した。そのうえで、建設中を含めると全米にデータセンターが約4,800あり、各地で住民が困っているという問題を提起した。

加藤さんはまず数字の扱いに注意を促した。データセンターには携帯電話向けのものなど様々な種類があり、問題になっているのは数十メガワットから100メガワットを超える大型のAI用施設で、その数は「おそらく100いくつ」だという。4,700や5,000といった数字が出回り、アメリカ中にこうした施設が乱立しているように受け取られがちだが、実態はそうではない。ただし大型施設は、水の汚染、電力網の逼迫、既存インフラへの負荷によって、地域の共同体に相当な圧力をかけている。加藤さんの説明では、現在およそ100が稼働中、120が建設中、160が計画中である。「大きく美しい法案」でデータセンター建設に多額の資金が充てられることが決まっていたため、急な変化に人々が戸惑い、それが選挙で争点として使われている。これが加藤さんの見る構図で、少し距離を置いて見るべきだという。加藤さんはまた、AI競争にブレーキをかけるべきかどうかで、民主党と共和党の双方の内部が割れており、共和党の地域レベルでもデータセンターを止めようとする動きがあると指摘した。左右の対立には還元できない問題だという見方である。

三牧さんは、AIと物価高を並べたテーマ設定そのものに意味があると述べた。AIの発展を否定する人はほとんどいない。問題は、マイナス面を誰がどれだけ引き受けるのか、AI企業にもたらされる莫大な利益が本当に人々に還元されるのか、という点にある。三牧さんの見方では、共和党には規制を好まないAI業界から相当な資金が流れ込んでおり、業界がトランプ大統領を支援して規制を抑え込もうとする構図が、この中間選挙で見えてきている。

12:46

「米中競争」の論理と市民の生活

三牧さんは、米中競争をめぐる世論の変化にも触れた。アレックス・カープの『テクノロジカル・リパブリック』のように、AIを米中競争の最前線とみなして絶対に優位を保つべきだとする議論はある。しかし世論を見ると、中国がそれほど好きではないにしても、2000年代のように全分野で覇権を握るべきだという空気ではなくなっている。三牧さんによれば、覇権や米中競争の名のもとに莫大な資金がそちらへ流れ、人々の生活の底上げや社会保障は20数年にわたって後回しにされてきた。先日のトランプ大統領と習近平国家主席の首脳会談が宥和的だったことも、その空気を映しているという。

米中競争で「絶対に負けられない」と最も声高に主張しているのはAI・テック業界だ、と三牧さんは見る。市民も米中関係に関心がないわけではないが、競争のためにデータセンターが次々に建てば、水や騒音の被害を受け、電気料金も上がるかもしれない。そこで生活も大事にしてほしいという声と業界の論理がせめぎ合っている。三牧さんはさらに、データセンター反対の動きを中国による情報戦・認知戦の結果とみなす言説に注意を促した。中国がそうした工作を試みている可能性と、住民が抱く正当な懸念とは区別して扱う必要がある。反対しているのは環境意識の高いリベラル層に限らない。慣れ親しんだ景色が失われることを嫌う保守層も含め、超党派で反対が多数になっているという。

加藤さんは、トランプ大統領が集会で中国について語る内容を拾ってみると、大豆を売るといった生活に直結する話が多く、対立路線はあまり取っていないと述べた。習近平氏を「いい人」と評するような大衆受けする発言もある。一方で、AI規制の動きは中国の思惑によるものだという話がまことしやかに語られており、それはAI推進派が広めている言説かもしれない。加藤さんは、現実に起きていることと選挙向けに語られている言説とを区別すべきだとし、中間選挙後にもこの問題が議論され続けるかどうかは怪しいと述べた。

16:53

AIへの恐れと規制をめぐる攻防

竹下さんは、隣の土地にデータセンターができる恐怖とは別に、AIそのものへの恐れが選挙に影響していないかと問うた。三牧さんは、データセンター問題以前から雇用を奪うという懸念があったと答えた。技術発展を歓迎していそうな若者層ほど反対が強く、大学の卒業式でグーグルのピチャイ氏のようなテック業界の人物が登壇すると学生が退出して抗議する例もあるという。データセンター自体もあまり雇用を生まない。最近では、人間が制御できない「超知能」が生まれるのではないかという不安も広がっている。

業界内部からも自主規制を求める声は出ている。しかし三牧さんは、開発している当事者による規制では意味のある規制にならないという見方がアメリカにはあると説明した。バーニー・サンダース氏ら民主党左派は、実際に損害を受ける市民の声を規制に反映させるべきだと訴えており、企業が自ら規制を言い出すのは民主的な統制を避けるためではないかという疑念もある。市民の声をどこまで反映させられるかが、データセンター以外も含めた大きな争点になっていると三牧さんは見る。

18:54

「マスキズム」とフォーディズムの違い

加藤さんは、伝統的な製造業なら大工場を作って人を雇い、中間層を育てることができたと述べ、イーロン・マスク氏の事業と対比した。マスク氏のxAIがテネシー州メンフィスに置く大型データセンター「コロッサス」は、ほぼ自動化されていて人をほとんど雇わず、巨大な建物だけができて土壌が汚染されている。加藤さんによれば、それは今年7月のロイターの調査でも明らかになった。トランプ政権は関税で製造業を呼び戻し、表向きは労働者のためと言っているが、トランプ大統領と最も親しいマスク氏はその反対の方向へ進んでいる。この点はあまり知られておらず、もっと知られるべきだという。

ここで三牧さんが「杖」として紹介したのが、歴史家クィン・スロボディアンとテック批評家ベン・ターノフによる『マスキズム』である。三牧さんの紹介では、20世紀のフォーディズムは大量生産によって労働者を消費者としても豊かにし、それで社会の平穏を保つ体制だった。これに対しマスキズムは、労働者に十分な賃金を払い生活を安定させることを、そもそも目指さない。富は一部の業界に集中し、人々は不満を抱えたままになる。そこでマスク氏やトランプ氏は、生活が良くならないのは移民やマイノリティのせいだという「シンボル操作」を、Xのような巨大な影響力を持つプラットフォームを通じて行い、批判が自分たちに向かないようにする。三牧さんは、フォーディズムを理想化してはいけないと断ったうえで、格差を是正しようともしない富裕層がいる世界を描き、そこからどう抜け出すかを示唆する本だと評した。

加藤さんは、この本がマスク氏の評伝でもある点に注目した。幼少期に日本のアニメやメカに親しみ、インターネットにのめり込んだこと。環境問題を重視したオバマ政権期に電気自動車で補助金を得たこと。2020年ごろまでは比較的穏健でリベラルな面もあったこと。それがコロナ禍のカリフォルニアの規制やリベラル派からの攻撃を機に反動化し、トランプ氏を支援してツイッターを買収するに至ったこと。一人の人間がアメリカと世界をここまでかき乱す過程が時系列で分かるという。

三牧さんはマスク氏と国家の関係も強調した。社会保障を受ける人や移民を「国家に依存している」と非難する一方、マスク氏がトランプ政権に民間人として入り込んで最初に手がけたことの一つは人道支援の解体だった。しかし自身の事業は国家の補助金や契約に大きく依存しており、政府効率化省がNASAを削減して自社のスペースXを入れるといった、国家と企業の共生関係が肥大化した権力を生んでいる。リベラル政権下ではEVで、現政権下では別の形で、そのときの政権に寄り添っており、ある意味で一貫しているというのが三牧さんの見方だ。

加藤さんは、それでも単純には批判しきれない難しさがあると付け加えた。私たちはAIを使い、技術革新の恩恵も受けている。巻末の解説にも、その魅力を認める記述があるという。科学技術の発展を止めればよいわけではない。それでも、自己利益を追求する人物が巨大な力を持ち、共同体や人類を壊し始めたとき、国際刑事裁判所(ICC)も国連も止められないなら誰がどう止めるのか。加藤さんはこれを大きな課題として挙げた。竹下さんは、2010年のティーパーティーのように選挙は新しい潮流を生むとし、今回の中間選挙は「マスク的なもの」が今後どうなるかの試金石になると述べた。

26:28

民主党の三つの潮流と、社会主義への「アレルギー」の後退

2つ目のテーマに入るにあたり、竹下さんは雑誌『外交』に掲載された渡辺将人さん(慶應義塾大学)の分類を紹介した。民主党には、社会主義的・反大企業的な「新世代左派」、伝統的な「労働者派」、そしてエズラ・クラインらの『アバンダンス』に代表される、住宅や学校が建たない「不足」を問題にする潮流の3つがあるという整理である。

三牧さんは、アメリカがもともと「我々は豊かで機会に溢れているから、ヨーロッパのような社会主義は要らない国だ」と自己規定してきたと説明した。冷戦が始まると社会主義は敵の体制であり国家統制経済だというイメージが植え付けられ、長く忌避されてきた。しかし「社会主義は要らない」と言っている間に、アメリカは先進国でほぼ唯一、国民皆保険のない国になった。社会主義を拒む言説は、現状を変えたくない権力者の言説ではないか。その対抗概念として、ソ連型の統制経済ではない「民主社会主義」が出てきている、と三牧さんは見る。民主社会主義は経済成長を否定しておらず、経済だけの話でもないという。

その象徴として三牧さんが挙げたのが、ニューヨークのマムダニ市長だ。マムダニ氏がよく語るのは労働者の尊厳である。住んでいる地域の政治に自分たちの意見を反映してほしい、すべてを上層の豊かな人々の経済的利害で決められたくない、という訴えであり、労働者の発言権という意味では民主主義の主張でもある。三牧さんは、今のアメリカでこうした潮流が出てくるのは必然だったと述べた。

29:05

「経済か文化か」を超える新世代と、ガザの問題

加藤さんは、渡辺さんの論考が指摘する新世代左派の重要な点として、民主社会主義的な経済政策を掲げながら多様性も諦めていないことを挙げた。さらに、彼らが勢いを得た背景にはガザ以降のイスラエル問題があり、民主党がなかなか一致できない点だと述べた。アメリカ社会には白人至上主義や優生主義的な発想が底流にあり、日本人には見えにくい経済以外の要素が経済にも大きく影響している。エル=サイード氏らはそこにも切り込もうとしていると加藤さんは見る。

三牧さんは、トランプ大統領が関税の果てに戦争まで始めたことで反トランプ票が民主党に集まり、民主党は今勢いがあるものの、党自体はそれほど信頼されておらず支持率も高くないと指摘した。理由の一つは、民主党が文化面のリベラリズム、つまりCEOに女性を増やすといった見えやすく、既存の権力構造は変えない「見せかけの多様性」に力を入れてきたことにある。人々はそれに疲れ、経済なら共和党の方がやってくれると流れた。しかしその期待も裏切られた。三牧さんは番組の過去回での2人の議論を引き、実際には人種的・性的マイノリティが様々な差別によって生活面でもより苦しい状況にある以上、経済か文化かの二者択一ではなく、その組み合わせこそが重要だと述べた。新世代左派はその点を理解し、民主党を分断してきた二項対立を乗り越えつつあるという。

イスラエル問題について三牧さんは、2023年にハマスの攻撃をきっかけに始まった軍事行動で7万4,000人が亡くなり、ヨルダン川西岸では入植という名の暴力が加速していると述べた。若い世代は圧倒的にパレスチナ支持で、民主党支持者ではパレスチナへの共感がイスラエルへの共感を「トリプルスコア」ほど上回っているという。生活の底上げが必要なのに、イスラエル支援になると巨額の軍事援助が自動的に約束され、「アメリカ・ファースト」を掲げたトランプ大統領さえ軍事支援をして一緒に戦争まで始める。人道的な関心と、自国を立て直したいという関心の双方から、無条件の支援体制を見直すべきだという動きが若い世代を中心に広がっていると三牧さんは見る。

33:46

左派が台頭すると党はまとまらないのか

加藤さんは、民主党は派閥ごとに寄付者や利害関係者が異なると指摘した。エル=サイード氏が新世代左派の路線で州レベルでは勝てても、新世代に近いタラリコ氏、オハイオ州のシェロッド・ブラウン氏のような伝統的な労働者派、アバンダンス派や新自由主義的な人々は、全国で見ればばらばらだ。そこで加藤さんは、中間選挙で勝ったとしても2028年に向けてまとまれるのかと問うた。

三牧さんは、「左派が台頭すると本選で勝てない」という主流派の言説そのものを問い直すべきだと答えた。中道派は、イスラエルとの関係は重要だから軍事支援は続ける、国民皆保険は良いが財源がないと言う。しかしその結果、国民の少なくとも半数が、医療費の請求が怖くて本当は行きたい医療機関に行けない状況にある。国連総会で各国がイスラエルを批判する中で支援を続けることも、アメリカの外から見れば異常に映る。三牧さんの考えでは、「急進的」とレッテルを貼られる側の方がむしろ真っ当なことを言っており、「急進的すぎる」「理想主義的すぎる」というレトリックは、相手の正統性を奪うために使われている。世論調査では、民主党支持者の間で社会主義的な方向を望む声が強いことも分かっている。そのため変化を問われているのは主流派の側だ、というのが三牧さんの結論である。

その兆しとして三牧さんが挙げたのが、オバマ元大統領がエル=サイード氏の応援に入ることだ。エル=サイード氏はオバマ氏の医療改革を不十分だと批判してきた人物だが、オバマ氏はこの間の人々の求めるものの変化を見て、左派の主張に見るべきものがあると考えたのだろうと三牧さんは推測した。加藤さんも、オバマ氏がテキサスでタラリコ氏とタコス店を訪れたこと(竹下さんによればトルティーヤも焼いていた)に触れた。さらに、カンザス州で信徒2万4,000人ほどを抱える教会の牧師アダム・ハミルトン氏の陣営に、民主党側から500万ドルほどの資金が投じられようとしているとし、中道派も新しい候補を支えなければならないと考えている表れかもしれないと述べた。

39:13

剥がれ始めたMAGA支持と、文化戦争に頼る共和党

共和党側について竹下さんは、同じく『外交』で読売新聞アメリカ総局長が示した4分類を紹介した。トランプ氏への忠誠心が高い「MAGA派」、進歩的価値観に反発する「反ウォーク保守派」、伝統的で穏健な「主流派共和党員」、消去法でトランプ氏を選んだ「消極派」である。

三牧さんは、トランプ大統領は重大な裏切りをしたと述べた。ブッシュ政権もオバマ政権も中東の軍事介入から抜け出せず、国内がなおざりにされた。だからこそ「戦争をしない」ことがトランプ氏の最大の公約だったのに、地域大国イランと戦争を始め、ホルムズ海峡を開けられない状況になっている。労働者を救うと言いながらマスク氏やAI、暗号資産といった特定業界と結びつき、自身の資産もこの1〜2年で大きく増えた。三牧さんによれば、理念からトランプ氏を支持していた人は「トランプはMAGAを捨てた」「イスラエル・ファーストになった」と批判して離れつつある。何があっても支持する信仰崇拝的な層は残るものの、支持は「剥がれ始めている」という。

加藤さんは数字を挙げた。2026年8月の世論調査によると、共和党支持者のうちMAGA派を自認する人は、イラン戦争開始直後の3月には77%だったが、8月には68%に下がった。依然として高い数字ではあるが、岩盤とされてきた層も少しずつ離れ始めているという。加藤さんはまた、かつて共和党を支持していた時期もある穏健中道のハミルトン氏を、共和党系の議員が支持する例が出てきていると指摘した。

三牧さんは、ハミルトン氏のように文化的なイデオロギーを前面に出さず、物価と生活の問題を訴える候補なら共和党支持者も乗りやすいと述べた。一方、トランプ大統領は自ら始めた戦争でディーゼル燃料などの物価を悪化させており、共和党は物価高を訴えにくい。そのため今回は共和党の方が「あいつらはウォークだ」と文化戦争に頼り、民主党の方がウォーク色を消そうとしているという逆転が起きている。バンス副大統領が「キリスト教の白人の国であることを思い出すべきだ」という趣旨の発言をしているのも、それしか訴えられることがないからだと三牧さんは見る。

43:03

矛盾の結節点としてのバンス

三牧さんは、バンス副大統領は本心ではイラン戦争に反対だったと思うが、副大統領として止められなかったと述べた。著書『ヒルビリー・エレジー』では、自分はエリートに騙されて戦争に行かされたとまで書いている。さらに、ヘグセス国防長官が示した強硬な措置(トランプ大統領はまだ決定していないという)は、カトリックの教えが禁じるものだと三牧さんは指摘した。カトリック信仰を前面に出してきたバンス氏が、次の選挙に向けてこれらをどう語り修正するのか、あるいはできないのかが問われるという。

竹下さんはバンス氏を「矛盾の結節点」と表現した。貧困地域の出身でありながら今は政治エリートであり、パトリック・デニーンと近く伝統や共同体を理解する一方で、ピーター・ティールとも近くテックを知っている。トランプ氏の副大統領でありながら、トランプ氏から離れつつある共和党員の気持ちも分かる。

加藤さんは、マスク氏とティール氏の考えは同じではないと断ったうえで、科学技術を加速させて世界を良くしようとする世界観では両者は近いと述べた。これをデニーンの新著『リベラリズムからの体制転換』と並べて読むと、科学技術、経済、人間観、文明観のすべてで対極にある。バンス氏が自分の中でそれをどう折り合わせているのか、大統領になった場合にそれを包括的な世界観として市民に語れるのかは謎だという。カトリック信仰についても、バンス氏はレオ14世の平和路線と明確に対立している。レオ14世が教皇になる前のロバート・プレボスト時代には、移民問題をめぐってツイッター上で論争もしていた。新著『Communion』を読むと、19世紀末から20世紀初頭のカトリック社会思想の影響を受けた労働者目線は確かにある。ただ、それとも違う部分があり、どの資源をどう使って今後進むのかはまだ分からないと加藤さんは述べた。

三牧さんはAI規制にも触れた。レオ14世は明確に規制派で、企業に任せてはならないという立場だ。最近、アンソロピックとAIの意識をめぐる話が報じられた際も、教会側は、AIと人間は違うという立場を強調したという。規制を開発企業に委ねられないとするカトリックの立場と、米中競争の観点から規制に反対するトランプ政権との間で、バンス氏は自身の信仰も絡んで難しい立場に置かれる。三牧さんは、信仰と市民の視点からAI規制にもっと取り組んでほしいと述べた。

47:36

主流派教会とは何か

3つ目のテーマについて加藤さんは、まず「主流派教会(メインライン)」を説明した。どの町にもあるメインストリート沿いの大きな教会を指す呼び名である。1920年代、主流派教会がリベラル化したことに反発し、反近代的な原理主義を掲げて出ていった流れが、加藤さんが著書で扱う福音派の源流にあたる(福音派という名称自体は1940年代以降のもの)。主流派はその後も、慈善活動や共同体づくりを広く行い、移民にも比較的友好的な教会として続いてきた。

数で見ると、キリスト教ナショナリズムを支持しがちな白人福音派は全人口の約13%、白人主流派プロテスタントも約13%で、ほとんど変わらないと加藤さんは述べた。対談本の152ページで三牧さんが紹介した木村氏の論考「見えないリベラル派」が書くように、際立った存在の方が注目を集めやすいため、福音派やキリスト教ナショナリズムばかりが取り上げられてきた。三牧さんはこの点について、メディアもヘグセス氏の発言のような扇情的なニュースを追いがちで、貧困に向き合う宗教コミュニティの地道な取り組みが見えなくなっていたと振り返った。

加藤さんによれば、主流派教会は第2次トランプ政権が宗教的言説と政治権力を組み合わせることに当初から反対しており、2025年2月に信仰局が設置された際にも反対した。政教分離と個人の信教の自由を擁護する立場にある人々だという。

50:16

タラリコと「社会的福音」の系譜

主流派の流れから政治の表舞台に出てきた人物として、加藤さんが注目してきたのがテキサス州上院選に挑むジェームズ・タラリコ氏だ。竹下さんは、タラリコ氏の当選が実現すれば同州で約30年ぶりの民主党上院議員になる可能性があると紹介した。加藤さんが調べた範囲では、日本でタラリコ氏が語られたのは2025年1月ごろにテキサスでの論争が伝えられたのが最初で、その次が出馬表明を受けた同年9月の加藤さん自身のツイートだったという。その後11月ごろから新聞などが報じ始め、タラリコ氏は今年の上院予備選で勝利した。

タラリコ氏は主流派である長老派の牧師を志して神学校にも通った人物で、「社会的福音」の伝統に立つ。加藤さんの説明では、この伝統において隣人愛は個人間の問題にとどまらず、より平等で再分配の行われる社会構造を求めるものになる。カリスマを持ち、キリスト教の言葉でそれを語れる政治家は相当珍しいという。カンザス州のハミルトン氏、ルター派の影響を強く受けたアイオワ州知事選のロブ・サンド氏など、下院レベルでもこうした流れが出てきており、トランプ氏が利用してきたキリスト教ナショナリズムへの対抗軸になっていると加藤さんは見る。

社会的福音は、20世紀初頭にウォルター・ラウシェンブッシュらが唱えた流れだ。加藤さんの紹介では、ラウシェンブッシュは、旧約の預言者たちが寡婦や孤児など生活の苦しい人々を顧みず贅沢をする王たちを批判したことに注目した。1世紀の初期キリスト教も経済問題に働きかけていたし、加藤さんが「12世紀ごろ」と語ったフランシスコ会の動きも、始まりつつあった資本主義の歪みへの抵抗だったという。経済が宗教から切り離され個人の問題とされたのはごく近年のことで、福音派や原理主義は信仰を魂の問題に限定したがるが、それだけでは本質的にキリスト教ではない。タラリコ氏はそうした議論を進めている人物だと加藤さんは位置づけた。

共和党支持層に届くかについて、加藤さんは慎重だった。白人福音派やMAGAの岩盤層は、ジェンダー問題があるため彼を拒むだろう。バンス氏もテキサスの共和党大会で、タラリコ氏が複数のジェンダーの存在を認めていると攻撃し、距離を取らせようとした。それでも経済と分配の問題からタラリコ氏に共感するプロテスタントは確実にいて、とくにヒスパニックに多い。カトリックやプロテスタントのヒスパニックが、移民政策でやりすぎたトランプ氏への批判として彼を受け入れていると加藤さんは見る。

54:45

開かれた共同体と、文化戦争から逃げない新世代

竹下さんは、タラリコ氏のような宗教的な語り手と、オカシオ=コルテス氏やマムダニ市長ら新世代左派は連携していくのかと問うた。三牧さんは共通点の方が重要だと答えた。共同体というと保守のイメージがあるが、バンス氏は「オルド・アモーリス(愛の秩序)」というキリスト教の概念を用い、まず家族、そして同心円状に広がる共同体を優先するという排他的な共同体観を示した。これに対し前教皇フランシスコも現教皇レオ14世も異を唱えた。タラリコ氏もマムダニ氏も共同体を語るが、それは開かれた共同体であり、性的マイノリティや異なる信仰を持つ人も隣人として一緒にコミュニティを作るという考え方だ。オカシオ=コルテス氏もカトリックで、信仰を前面には出さないものの、この点で一致しているという。

三牧さんはさらに、新世代左派がジェンダー問題から逃げないことを特徴として挙げた。ハリス氏は約3か月の選挙戦で、攻撃を恐れてトランスジェンダーの問題をほとんど語らなかった。これに対しタラリコ氏は、共和党はトランスジェンダーやムスリムに敵意を向けさせようとするが、本当の問題は富の格差と富裕層との非対称な権力関係だと語る。ムスリムであるエル=サイード氏も、問われればトランスジェンダーの問題をしっかり語る。旧世代が文化戦争を恐れて避けてきた課題に向き合う、足腰の強い新しい左派だと三牧さんは評した。

加藤さんは、結果を見ないと分からないと留保した。そのうえで、多様性を語りつつ経済を重視し、それがキリスト教の教えに根ざしていると言えるタラリコ氏やハミルトン氏のような人物が出てくれば、「東西海岸のエリートの文化的問題」というイメージを崩せるかもしれないと述べた。ハミルトン氏は、自分は牛肉も食べるしカンザスが大好きだと語り、ハリス氏ら全国区の民主党政治家には来ないでほしいという趣旨のことまで言っているという。ただしアメリカでは世俗化の勢いが強く、とくに主流派教会の衰退は速い。その衰退とこうした新しい政治家の台頭がどう絡み合うかは、今後を見なければ分からないと加藤さんは述べた。

59:19

宗教保守と移民政策

竹下さんは、トランプ氏を手段として支持してきた宗教保守の思いが変わってきているかを尋ねた。加藤さんによれば、白人福音派の投票は2016年、2020年、2024年といずれも8割を超えてトランプ氏に向かったが、二択しかない中で仕方なく投票した人も含まれる。ピュー・リサーチ・センターが新たに示した指標では、信仰を最優先する「フェイス・ファースト」型の人が約12%おり、この層は強くトランプ氏を支持している。右派と宗教を結びつけた層は歴史が長く、簡単には離れない。一方、それ以外の保守的な信仰者については、民主党に移るというより投票に行かなくなる流れが生まれていると加藤さんは見る。だからこそ福音派系のロビー団体は、今回勝たなければ終わりだと危機を煽って投票を促している。

三牧さんは、ここまで話題に出ていなかった移民政策を挙げた。合法的な滞在資格のない移民をすべて強制送還するという公約は当初多数派に支持されていた。しかしこの2年間、移民当局ICEの取り締まりは暴力的に行われ、抗議する市民や対象者の死傷も相次いだ。2024年にトランプ氏の当選を助けたヒスパニックは、外見だけで合法か違法かを疑われ、不当に取り締まりの対象になることに怒っている。ペルーで移民や貧困者の救済に携わったレオ14世も移民の権利を強く主張しており、信仰に照らしても非人道的だという受け止めが広がっていると三牧さんは見る。移民政策は今では不支持が支持を大きく上回り、トランプ政権の主要政策はすべて不支持が上回っている状況だという。ヒスパニックの多いテキサスなどでは、この票が中間選挙を占う重要な要素になる。

1:02:29

日本にとっての意味 「アメリカはもう絶対的な存在ではない」

竹下さんは最後に、20世紀のアメリカ的な秩序が終わり、21世紀も4分の1が過ぎた今、この変化が日本にとって何を意味するのかを問うた。

三牧さんは、国際社会はイラン戦争をきっかけに多極化が進んでいると述べた。トランプ政権は昨年の国家安全保障戦略で、アメリカは巨人アトラスのように世界中へ出ていって同盟国を守る存在ではないと明言した。竹下さんが、オバマ氏も「世界の警察官ではない」と言ったのとどう違うのかと尋ねると、三牧さんは、当時は9.11の衝撃がまだ残り、国内の矛盾もここまで露呈していなかったと答えた。その後20数年のテロとの戦いでアメリカは疲弊した。イラン戦争では高額な兵器を大量に使い、元の態勢に戻すには数年かかる。失われたのは物質だけではない。いきなり戦争を始め、ホルムズ海峡が封鎖されても自分たちでは開けられない。アメリカは覇権を放棄しただけでなく、秩序をかき乱す存在にもなっていると三牧さんは見る。各国はアメリカとの関係を重視しつつも依存は危険だとして、中国との関係改善やカナダのEU準加盟など外交と経済の多元化を急いでいるが、日本の動きは鈍いのではないかという。

三牧さんが試金石として挙げたのは、収録の数日前にトランプ政権が国際刑事裁判所そのものに制裁をかけたことだ。日本はICCを長く支え、現在は日本人の赤根智子氏が所長を務めている。法の支配のために支える理由はいくつもあるのに、アメリカが相手になると及び腰になる。三牧さんは、トランプ政権を「A面」とすれば、国際法を大事にし、諸国と協調して生きていきたいアメリカという「B面」も現に存在すると強調した。ICCがネタニヤフ首相に出した逮捕状について、ニューヨークに来たならマムダニ市長が逮捕すべきだという世論が5割ほどあり、反対を上回っているという。三牧さんは、A面とB面が入れ替わりうる国であり、長期的には撤退していく国でもあるアメリカを見据え、日本も他国との関係を再構築する準備をすべきだと述べた。

加藤さんは、戦後81年、日本人は良いアメリカを見てきたと述べた。年配の人と話せば、アメリカのポップカルチャーや映画、音楽、ファッションは素晴らしいという話になり、それはその通りだ。しかし近年起きていることは本質的に違うと一人ひとりが理解し、そのうえで唯一の同盟国とどう付き合うかを地に足をつけて考えるべきだという。加藤さんが参照したのは、高市首相も師と仰ぐ安倍元首相の戦後70年談話だ。そこでは第2次世界大戦の背景として経済のブロック化が書かれている。各国がそれぞれ覇権を求めてブロック化が進めば、日本はアメリカにとって「使えるものは使う」対象になり、データの問題も含めてアメリカ主導の秩序が本当に日本の利益になるのかが問われる。右か左かとレッテルを貼り合っている場合ではなく、「オールジャパン」で、アメリカとも中国とも良き隣人として付き合う21世紀のあり方を考えなければならない、と加藤さんは訴えた。

1:08:14

3人が選んだ「杖」

番組の最後に、3人がそれぞれ議論の手がかりとなる「杖」を紹介した。

三牧さんの1冊目はジョージ・オーウェル『動物農場』(山形浩生訳)である。三牧さんによれば、オーウェル自身は民主社会主義者だった。原作では、人間を追い出して革命を起こした動物たちの中で豚が権力を握って新たな階層が生まれ、最後は人間と豚が宴会をする様子を他の動物たちが眺める場面で終わる。平等を求める革命が新たな権力関係を生んでしまうことを批判しつつ、経済的な平等は大切だという立場から、ではどうすればよいのかを問いかけた作品だった。しかしCIAが関与した映画版では人間は出てこず、動物たちが豚の指導者を倒すところで終わる。共産主義独裁を倒せという話に変えられ、資本主義の問題とオーウェルの問いが抜け落ちた。今のアメリカで問われているのは、新たな権力関係を生まない民主的な社会主義をどう実現するかであり、オーウェルが残した問いそのものだと三牧さんは述べた。

2冊目は先述の『マスキズム』だ。富裕層が情報も握って文化闘争を煽り、マスク氏のように移民やマイノリティに攻撃されているという被害者意識を前面に出す。被害者と加害者が転倒した現代社会の構図を問い直すための必読書だと三牧さんは位置づけた。3つ目はラッパーのマックルモアの曲「Hind's Hall」である。コロンビア大学の学生たちが、ベトナム反戦運動の拠点にもなったハミルトン・ホールを、車中で300発以上の銃弾を受けて亡くなった6歳のパレスチナの少女ヒンドにちなんで改名した出来事を歌った曲で、当時は称賛と「反ユダヤ主義だ」という批判の両方があった。三牧さんによれば、先日マックルモアがエド・シーラン氏のコンサートで「フリー・パレスチナ」と発言して会場の所有者にツアーから外された際、他のツアーメンバーも降板し、世界的に彼を支持する声が上がった。この2年でアメリカを含む国際世論が変わったことを実感したという。さらに三牧さんは、自身が解説を書いたバーニー・サンダース『寡頭制と闘え!』も紹介した。85歳で全米ツアーを続けるサンダース氏は、同性婚を早くから支持し、同性愛者の軍人を罵倒した議員を問い詰めたこともある性的マイノリティの擁護者でもある。マイノリティを守る運動と富の独占を変える課題がつながっていることが分かる本だという。加藤さんは、マスク氏一人の富が膨大であることや、世界に約3,000人いる10億ドル長者のうちアメリカに900人以上がいる一方、日本は40人ほどしかいないという本書の数字を挙げ、日本では実感しにくいアメリカの格差の文脈が分かると補足した。

加藤さんは、2022年に亡くなったアメリカ研究者・中山俊宏さんの『アメリカ知識人の共産党』を挙げた。社会主義や共産主義が反共リベラル知識人によってどう語られてきたかを描いた難しい本だが、なぜ今社会主義なのかという現代的な問いにもつながるという。2冊目は社会的福音を唱えたラウシェンブッシュの『キリスト教と社会の危機』(2013年、新教出版社)で、タラリコ氏やハミルトン氏につながるキリスト教左派の系譜が見えると加藤さんは述べた。3つ目は渡辺将人さんが民主党の諸潮流を論じた『世界』11月号の論考で、トランプ後の世界を考える手がかりになるという。

竹下さんは、ニューサム知事、オカシオ=コルテス氏、バンス副大統領、ルビオ氏が表紙を飾る『外交』Vol.99と、三牧さんの『戦争違法化運動の時代』を挙げた。戦争の違法化や平和運動は理想主義に見えるが、それを現実の法律に落とし込もうとする点ではリアリストの営みであり、市民運動と学問、法律、行政が結びつくダイナミズムが分かる本だという。竹下さんは、国際法が「A面」だった時代があったことが改めて分かる本だと語り、3冊目には加藤さんとの共著『日本人が知らないアメリカ』を挙げた。

3人の議論は、中間選挙の勝敗予想にはとどまらなかった。AI資本と国家の関係、民主社会主義の台頭、主流派キリスト教の再登場といった動きが選挙を通じてどこまで表に出てくるのか。そして「A面」と「B面」が入れ替わりうるアメリカと日本がどう付き合うのか。どちらの問いも、選挙結果を見るまでは答えが出ていない。