対話型AIの次に来る危機と日本の戦略:安野貴博が語るサイバー防衛、三正面作戦、AI失業への備え

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概要

TBS CROSS DIGの番組「AI QUEST」は、AI研究者の今井翔太とAIの未来を考える番組で、今回初めてゲストを迎えた。迎えたのはチームみらい党首で参議院議員の安野貴博である。二人はともに東京大学・松尾研究室の出身で、安野は2011年から2014年ごろに在籍し、ディープラーニングが始まった時期を経験した。今井はChatGPTが登場した時期に在籍しており、二人の在籍時期はちょうど10年ずれている。収録は2026年10月6日で、9月後半から相次いだサイバー攻撃が話題になっていた時期にあたる。

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番組の問いは、米中が競争を続けるAI時代に日本はどう生きるべきかである。安野は「AIが人類を滅ぼす」という議論の可能性は認めつつ、足元で優先すべきなのは悪用リスクへの対策だという立場をとる。そのうえで、日本の戦略として半導体・国産モデル・中堅国連携の「三正面作戦」を提案し、AI失業には早期検知と生活保障で備えるべきだと論じた。

3:45

「5カ月でやってきた」——オープンウェイトモデルの攻撃能力

冒頭の話題は、収録直前に安野がXに投稿したサイバー攻撃の件だった。安野によれば、4月にClaude Mythos Previewが発表された時点で、クローズドモデルとオープンウェイトモデルの性能差は半年程度だと考えていた。そのため、同じクラスの「脆弱性を大量に発見できる」オープンウェイトモデルが広まるまで、早ければ3カ月、遅くとも1年以内だと予想し、今のうちに守りを固めるべきだと4月から訴えていたという。実際には約5カ月で現実になった、と安野は振り返る。根拠として挙げたのは、Anthropicが最近公表したレポートである。そこではGLM-5.3というモデルのサイバー攻撃能力が、ほぼMythos Preview級だとされていた。

ただし安野は、9月から10月初めに公表された事案の多くは数カ月前に起きたもので、社内での議論を経てから公表されたものだと見ている。つまり、現時点で表に出ている被害の多くは、Mythos級より前のAIによるものだろうという推測である。そうであれば、今年末から来年初めにかけてGLM-5.3級のモデルが実際の攻撃に使われ、状況がさらに悪化してもおかしくない。安野はこれを「待ったなし」の状況だと述べ、国会でも取り上げるつもりだと語った。今井も3日ほど前にセキュリティの専門家と話し、「AIと無関係ではないだろう」という結論になったと明かした。ただし、実際にAIが使われたのか、どのモデルなのかまでは把握できていないという。

今井は、多くの国民はAIが自分の日常に関係あるとは感じてこなかったが、今回のサイバー攻撃で自分事として捉え始めたと見ている。そのタイミングで技術に詳しい安野が政治の側にいることは貴重だと評価した。安野は夏の閉会中に高市総理の「家庭教師」を務めたことにも触れた。企業でも国でも、トップがAIをどれだけ体感しているかが舵取りを大きく左右する、というのが安野の考えだ。そこで総理には音声入力でAIに指示を出してもらい、バイブコーディングを体験してもらった。できたものに「ここをもうちょっとこうして」と頼むと実際に修正される様子を見て、総理は「本当にそうなるんだ」と話していたという。

8:48

AIリスクを三つに分け、足元の悪用対策を優先する

「AIが人類を滅亡させる」という議論について、安野は可能性はあるとしたうえで、リスクは緊急度と確率で分けて考えるべきだと主張した。安野が挙げたのは次の三つである。

  1. AI自身が人間に反乱を起こすという、よくあるSF的なシナリオ
  2. AIを使い倒した大国同士、具体的には米中が正面衝突するシナリオ
  3. テロリスト、ならず者国家、反社会的集団がAIを悪用して破滅的な事態を起こすシナリオ

安野の見立てでは、1はありうるものの、2の方が現実的で破滅的な結果につながりやすい。そして3が「今すぐ対処しなければならない」リスクであり、足元ではこれを潰すことに集中すべきだという。

AIの反乱にまだ時間があると考える理由として、安野は「AIは人間に依存している」点を挙げた。データセンターの保守、電力の供給、それを支えるサプライチェーンの維持には人間が欠かせない。今AIが人類を滅ぼそうとすれば、自殺行為に近いということだ。真剣に議論すべきなのは、フィジカルAIなどによってほとんどの工程が自動化された後だと安野は考えている。それまでの間は、アラインメントに取り組みつつ、人間とAIが互いのキルスイッチを持ち合う「相互確証破壊」的な関係で方向性を揃えるのが一つのアプローチだと述べた。

今井はこの見方に補足を加えた。昔からあるAI破滅論では、フィジカルAIが前提になっていないことが多いという。今井は自身の体験として、Claude CodeやCodexを使う中で、以前は人間が承認していた工程がどんどん省かれ、Enterキーを押すことすら減っていると話した。企業は生産性を上げたいし、競争に負けたくないので、AIに任せる範囲を広げる。それがデータセンターやエネルギーなどのインフラにまで広がり、気づいたときには手遅れになっている、というシナリオも昔から論じられていた。フィジカルAIの普及とソフトウェア面での浸透のどちらが早いかは分からないとしつつ、今井も自律的なAIによる人類滅亡を議論するのはまだ早いという点では安野に同意した。ただし、Hugging Faceの事件はAIが自律的に動いて起きたものであり、それをきっかけに議論が難しくなっているのも事実だと付け加えた。

司会の中川雅博は、Anthropicを辞めた人物の退職ツイートが拡散してパニックになった件を取り上げた。安野は、安全性への懸念を表明して研究者が辞めることはGoogleの時代から何度も起きていると指摘した。例として、ChatGPT以前の2019〜2020年ごろ、LaMDAに意識が宿ったと主張したGoogleのエンジニアの件を挙げた。こうした話は報道されやすく広まりやすい。確率はゼロではないが、より差し迫った安全性リスクから対処すべきだというのが安野のスタンスである。

14:22

バイオセキュリティ——「できるのにやっていない」対策

悪用リスクの具体例として、安野は生物兵器を取り上げた。対策は可能なのに実行されていないものが多いという。チームみらいは6月の国会で、AIが危険なRNAやDNAの配列を生成する能力を持ち始めていると指摘した。さらに、合成生物学のサプライチェーンも各国で発達しており、配列データをオンラインで送ると合成されたRNA・DNAが試料として届くサービスがすでにあるという。安野は、こうした仕組みには規制を入れていくべきだと述べた。コストはゼロではないが実現可能で、バイオセキュリティをかなり確保できる施策がいくつもあるので、それは「マジでやった方がいい」と強調した。

今井は、DNA・ゲノム生成モデルのEvoを例に挙げた。自然界に存在しないウイルスを比較的安定して作れることが実験で確認されているという。モデルが公開されているかを問われると、今井は「公開されているんじゃないかな」と答えた。また、合成業者がスクリーニングせずに出荷すると危ないとして、AI企業のトップたちが連名で声明を出した件にも触れた。今井によれば、アモデイらが唱える「ペーシング」、つまりAI開発の減速・調整の議論は、こうした社会の穴を塞ぐ時間を確保すべきだという話だ。AI企業は借金をして性能競争をしており、負ければ終わりのレースにいる。自社だけ止まっても相手が止まる保証はないので、米国政府など第三者が介入して競争を軟着陸させてほしい、という構図だと今井は説明した。

米中は止まれるのか——ペーシングと検証の難しさ

中川は「アメリカは中国がいる限り止まれないのではないか」と問いかけた。安野は、アメリカ国内で反AI感情が高まっていることもあり、AI企業がペーシングを口にするインセンティブは複数あると見る。そう表明すること自体はプラスだとしつつも、米中競争の中で実現は難しく、現に習近平とトランプの両者がペーシングに後ろ向きな点で一致していると指摘した。安野はシリコンバレーと上海でAI研究者やエンジニアと話してきたが、ペーシングを現実的だと考える人はほとんどいなかったという。彼らの反応は、そういうボタンがあれば押すと思うが、そんなボタンはない、というものだった。

今井は別の可能性を示した。1〜2年以内に、Hugging Faceの件とは比べものにならない深刻な自律AIエージェントの事件が起きると今井は考えている。トランプも習近平も人間社会の仕組みに支えられて権力を持っているので、AIがその仕組みを壊せば自分たちも危うい。そうなれば規制に傾くのではないか、という問いである。安野はその可能性を認めた。Hugging Faceの件程度では「何の損があるんだ」という受け止めで終わるだろうが、オーストラリア政府の健康保険サイトへの攻撃とされる件は外交問題になってもおかしくなく、一段階ギアが上がったと見ている。インフラ企業で障害が起きたり、機密が漏れたりすれば一気にトーンが変わることは、中国でもアメリカでも起きうると安野は述べた。

一方で安野は、仮に減速で合意できても、その次には「疑心暗鬼の時代」が来ると予想する。減速すると言いながら実は加速しているのではないかという疑いが互いに広がり、囚人のジレンマの世界になるというのだ。検証手段として今井が挙げたのは、データセンターの規模が大きいので衛星でヒートシグネチャーを監視できるのではないかという説である。これに対し安野は、地下にデータセンターを作ることもできるし、別の計算に使っていると見せかけて発熱パターンを偽装することもできると反論した。建物単位では見えても、ラックの中身や何の計算をしているかまでは分からない、という。

今井は、中国が最先端AIを作るためにNVIDIAのチップを特殊なルートで大量に集めるしかない状況なら、どこかで発覚すると見ている。しかし中国が半導体をほぼ自前で作れるようになれば分からなくなる。安野はHuaweiのAscendがあと数年で広がると見る。今井は2025年春の時点では「5年以上かかる」、つまり2030年ごろまでは安泰と考えていたという。ただし問題はチップの設計よりも、TSMCに相当する製造能力を中国が持てるかどうかだと両者は整理した。

22:41

「研究者としての賞味期限はあと1年」

安野がシリコンバレー訪問について書いたnoteで特に反響を呼んだのが、あるAI研究者の言葉だった。AIがAIを賢くする再帰的自己改善(RSI)が進み、人間が開発のループから外れていくことは、安野も理屈としては知っていた。しかし、あるフロンティアラボの「本当にスタープレイヤー」と呼べる実績のある人物が、「自分はあと1年だ」と言い、それが終わったら世界を旅するつもりだと語ったことで、それが現実なのだと実感したという。本人は悲しそうではなく、けろっとしていたそうだ。

今井は、自分も研究の自動化に取り組んでいる、言い換えれば研究者を失業させる研究をしていると話した。そうした研究に携わる人ほど、論理的に考えれば自分たちは失業すると受け止めている空気があるという。安野は、AI業界の研究者はすでに十分稼いでいるので、他の業界とは事情が違うかもしれないと付け加えた。

24:19

数学界の「アポカリプス」

安野が注目したのは数学界の反応である。安野によれば、テレンス・タオは数学の問題にAIを使うことにかなり前向きだった。しかしナビエ・ストークス方程式が解かれた後は急に態度が変わり、AIに否定的とも取れる発言をするようになったという。安野は、自分が追い越されるまでは楽観的でも、追い越された瞬間に大きな衝撃を受けることがあるのではないかと推測した。今井はタオの変化を意外だとしつつ、自分が抜かれたことよりも、数学コミュニティに対して責任のある立場だからではないかと見ている。

安野はフランス滞在中にナビエ・ストークス方程式の解決を知り、フィールズ賞受賞者で元国会議員のセドリック・ヴィラニと急きょ朝食をともにする機会を得た。その日はちょうどヴィラニが「今の数学とAIはミスアラインしている」とする公開書簡を出す日の朝で、ヴィラニは数学の世界にとってこれは「アポカリプスだ」と語ったという。

安野が聞いたヴィラニの懸念は二つある。一つは研究の最前線についてだ。OpenAIの解き方は「パワープレイ」で、88時間ほどかけ、推定10億円ほどのトークンを使ってナビエ・ストークス方程式を解いたとされる。こうしたことはアカデミアでは不可能なので、最前線にいたければOpenAIやAnthropicと契約して中に入るしかなく、アカデミアが付加価値を出せる場面がなくなっている。もう一つは人材育成である。10〜20年かけて数学者を育てることは数学コミュニティの重要な機能だった。しかし、以前なら博士課程で数年かけて解いていた問題を、今はGPTのAstraが3時間で解いてしまう。博士課程の学生に渡せる問題がなく、将来も保証できないため、博士学生の受け入れをやめた著名な数学者が出てきているという。中川はこれを「リアルAI失業」と表現した。

今井は、ヴィラニが当初は数学がこうなるとは思っていなかったと書いていた点に驚いたという。今井自身は今年春の雑誌『現代化学』への寄稿で、危うい分野として数学をはっきり挙げていた。数学はゲームAIと同じ性質を持つと考えていたからで、安野はソフトウェアエンジニアリングも同じだと付け加えた。安野によれば、ヴィラニはデータが大量にある領域ではAIが強いが、論理的な領域はそうではないと考えていたという。今井は、検証可能な報酬を与えられる強化学習の考え方からすれば、DeepSeekMathやDeepSeek-R1が出たあたりで気づけたはずだと述べた。安野は、数学者たちはデータを大量に集めて帰納的に考えるという、一つ前のパラダイムのイメージを持っていたのだろうと解釈した。

29:47

「半沢直樹状態」——計算資源の奪い合い

10億円規模の計算資源の話から、話題は計算資源の奪い合いに移った。安野がフロンティアラボで聞いた話で面白かったのは、日本人ではない人物が「我々の会社は今、半沢直樹状態にある」と言ったことだという。どれだけ資源が大量にあっても有限なので、社内のチーム同士で奪い合いになる。そこから派閥と社内政治が生まれ、同じ社内でも相手チームにデータを隠すようなことが起きているという。今井は、Googleで夏ごろに辞める人が相次いだのもそのせいだという話があると述べた(ジョン・ジャンパーについても、そうだったのではと推測した)。

中川は、データセンター建設の遅れなど物理的な制約が、結果的にペーシングの役割を果たす可能性もあるのではと指摘した。安野と今井はそれを認めつつ、各社はそれでもアクセルを最大限に踏んでいると述べた。

31:42

日本の「三正面作戦」

米中AI競争の中で日本がとるべき道として、安野は三つの方向を同時に進める「三正面作戦」を提案した。

一つ目は、欧米のエコシステムの中で半導体を通じて交渉力を持つことである。TSMCの熊本進出や、北海道で建設中のラピダス(安野は「うまくいってほしい」と述べた)を挙げ、ここは交渉力を持ちうるポイントだという。日本は基盤モデルのレイヤーではフロンティアに立てないかもしれないが、エコシステム全体で見れば一定の交渉力を発揮できる、というのが安野の考えだ。

二つ目は、フロンティアとの時差を保ち続けることだ。たとえば中国が4カ月遅れなら、日本はさらに3カ月遅れの位置を維持する。自前のモデルを持つこと自体に意味があるうえ、今後もパラダイムが変わる瞬間が何度かあると安野は見ている。たとえば量子コンピューターが実用化されたときに既存プレイヤーの順位が逆転する可能性があり、そのときに追い越せる位置にいることが重要だという。

三つ目は「ミドルパワー連合」である。これはフランスの関係者が強く主張していたことだという。米中ほどの投資資金はないが一定の力を持つ中堅国、たとえば日本、カナダ、オーストラリア、フランス、ドイツ、韓国が共同で投資してものを作る。フランス側は、論理的にはこれしかないと言っていたそうだ。実現できるのかと問うと、フランスの政策立案者は「CERNを見てみろ」と答えた。大型ハドロン衝突型加速器はスイスの1カ所にしかないが、日本やフランスなど多くの国が出資し、その成果を各国で分け合っている。安野はこのモデルには実現可能性があると認めつつ、かなり険しい道だとも述べた。

35:43

フランスはなぜDeepSeekを使うのか

フランス訪問で安野が最も驚いたのは、フランス政府のAIとの付き合い方だった。フランスの状況は日本に似ている。Mistralはあるが、現時点でフロンティアとは言いにくい。それでも主権(ソブリニティ)を重視するフランスが出した答えは、オープンウェイトモデルを徹底的に使うことだった。ChatGPT、Claude、Geminiはフランス政府では一切使わないという。安野が「割り切りがすごい」と評したこの方針の背景には、Fable 5がホワイトハウスの輸出管理によって止まった例がある。いつ止まるか分からないし、米欧の間には一定の緊張関係もある。だからオープンウェイトモデルを自国のクラウドや政府保有のラックでホスティングして使う。最も使われているモデルを尋ねると、答えはMistralではなくDeepSeekだったという。

安野は、日本の政府や企業には中国製のオープンウェイトモデルへのアレルギー反応のようなものを感じるという。一方で、アメリカのスタートアップには中国製モデルをファインチューニングして使う会社が少なくなく、今井もOpenRouterの統計で中国製モデルがアメリカで多く使われていることに触れた。安野は今後「トークン赤字」の問題が表面化すると見ている。フロンティアモデルは高価だが、すべての用途でフロンティアの性能が必要なわけではない。要約、翻訳、メール返信の下書きのような簡単なエージェント的タスクは、すでに性能が「サチって(頭打ちになって)」いる。そうした部分はオープンウェイトモデルに置き換え、トークンあたりのROIを意識して効率を最大化すべきだというのが安野の主張だ。今井は、性能が頭打ちの分野はオープンモデルでよく、セキュリティ分野はそうではない、と政策担当者が理解している点を評価した。安野によれば、フランスは当初クローズドモデルを一律に締め出したが、セキュリティ分野の事情からポリシーを見直すかもしれないという話も出ていたという。

フランス社会はテクノロジーそのものに懐疑的だと安野は言う。驚いたのは、5Gの導入時に「これ以上回線が速くなって何の意味があるのか」という議論が真剣に交わされたことだった。ただ安野は、懐疑的だからこそ自分たちがコントロールできる度合いを最大限に高めようとしており、その結果として今使えるオープンウェイトモデルのDeepSeekを選んだのだと見る。主権を担保するという点で一貫している、という評価である。

データセンターについては、フランスは懐疑的な雰囲気の中でも前向きだという。原子力発電所が多く電力事情が良いことと、土地の面でもヨーロッパで大規模データセンターを作るならフランスだと見られていることが理由だ。安野はまた、フランスが世界第2位の武器輸出国で、AIへのデュアルユース投資がしやすい国である点にも触れ、この点は日本と温度感が違うと述べた。

42:46

日本政府への三つの提案:安全性評価、モデルの使い分け、継続的防御

日本のモデル政策について、安野は三つを挙げた。一つ目は、安全性を評価できる機関、つまりAISIを育てることだ。フランスには「フランス版AISI」にあたるINESIAがあり、オープンウェイトモデルが不審な挙動をしないかを常にチェックしている。チェック体制があるからこそ、政府のサーバーで使ってよいと判断できる。DeepSeekを使うかどうかは別として、この体制を整えればオープンウェイトモデルを使う道が開けると安野は述べた。

二つ目は、性能が頭打ちのタスクを小型で安価なモデルに置き換えることだ。そうしないと予算が足りず、AIを配ってもトークン上限にぶつかって実務で使えない、ということが起きかねない。

三つ目はサイバーセキュリティである。従来は定期的に脆弱性診断を受ければよいという考え方だった。しかし安野は、これからは自分たちのシステムを継続的に攻撃し続けるようにして穴を探し続けないと安全を担保できないと見ており、GLM-5.3のような攻撃能力の高いモデルも使って演習を続ける必要があると述べた。

45:09

政府に「AI費用1000億円」を提案する理由

安野は高市総理に、政府予算に1000億円のAI費用を計上すべきだと提案した。企業は今年からエージェント的な使い方の広がりによる「トークン費用の爆発」に直面している。政府は企業より1年ほど遅れていて、今は質問に答えるタイプの使い方が中心だが、デジタル庁は今年の秋から冬にはエージェント的な使い方ができるようにするだろうと安野は見ている。約16万人の政府職員がAIを使い倒すには予算が必要だが、各省庁の概算要求には非線形なトークン費用の増加が織り込まれていない。今計上しなければ、実際に使い始められるのが翌年、あるいは翌々年にずれ込むという。

計上の仕方について、安野はAI費用をシステム費用として扱うと難しいとし、システム費用と人件費の中間の性質を持つと考えている。参考にしたのはUberの例で、人件費の約5%をトークン予算として確保し、その枠内で使わせているという。政府はそこまで使い倒さなくても3%程度は使うべきだとして、ざっくり1000億円という数字を出した。

その意義として安野は、官僚の仕事が過去の答弁や大量の資料を突き合わせる「ヘビーな情報処理」であることを挙げた。安野自身は官僚経験がないので聞いた話だと断っている。今井は省庁の有識者会議に出席する立場から、官僚は本当に時間が足りておらず、明らかに作りかけの資料が出てくることもあると補足した。霞が関の「ポンチ絵」(曼荼羅のような図)の話題も出たが、今井はあれは各ステークホルダーへの配慮の結果だと説明した。安野は国会議員になってみて、国会も官僚も情報処理能力が律速になっていると感じたという。AIを活用すれば立法と行政の質が上がるので、そのための予算は計上すべきだというのが安野の結論である。

49:48

国産AIに必要な「決める力」

国産の基盤モデルを作る国のプロジェクトについて、安野は計算資源の配分をめぐる「半沢直樹問題」が起きうると指摘した。国のプロジェクトでは多くの会社が関わり、意思決定に時間がかかって物事が決まりにくくなる。しかし安野がシリコンバレーで聞いた話では、フロンティアラボの競争力の源泉は組織文化と「計算資源配分のアート」だという。だから決める力を一定の人に集めるべきだというのが安野の提案だ。誰にリーダーシップを与えるべきかと聞かれると、安野は「現場の研究者」と答えた。国が計算資源を正しく配分できるはずがない、という理由である。

今井は、日本にもERATOのように研究者の名前を冠し、強いリーダーシップで大きな資金を動かすプロジェクトはあると説明した。しかしその規模は12億円程度で、今のLLM開発と比べれば「お話にならない」。LLM開発並みの資金を個人のリーダーシップに任せた経験は、日本にはおそらくないという。安野が参考にすべきだとしたのはDARPAのモデルである。プログラムマネージャーが大きな予算をかなり個人の権限で動かせる仕組みで、協議会形式の合議で決めるほど尖った研究が採用されなくなる、というのが過去の事例から言えることだという。日本でもグローバル・スタートアップ・キャンパス構想の中で日本版DARPAの導入が進んでいると安野は紹介した。今井は、松尾研究室がスクラッチで基盤モデルを作った2024年ごろの感覚なら、フロンティアとまでは言えなくても形は整えられたが、今は技術が進みすぎて現在の国の予算規模で最前線を狙うのは難しいとの見方を示した。

54:08

AI失業は新卒から、そして「いきなり」来る

最後のテーマはAI失業である。チームみらいは、仕事の変化やAI失業を感じたことがあるかをAIがインタビューする調査を行っている(「仕事を奪いそうなAIに聞くのか」と司会が突っ込み、笑いが起きた)。安野は、日本のAI失業は新卒採用が絞られるところから始まると予測する。根拠として挙げたのはスタンフォード大学の「炭鉱のカナリア」論文で、2023〜2025年ごろの期間に、コールセンター、ソフトウェアエンジニア、コンサルティングなどでジュニア層の仕事が15%ほど減っていたという(安野は細かい数字は違うかもしれないと断っている)。

アメリカの反AIの動きについて、安野はサンフランシスコでのデモの告知を見つけたが、時間が合わず見られなかったという。代わりに訪れたのが、Andon Labs(ベンディング・ベンチマークで知られる、自販機をAIに経営させる実験を行ってきた会社)が始めた、AIが経営する雑貨店「Andon Market」である。閑静な住宅街にある店には人間のスタッフがいた。そのスタッフはIndeedで応募し、AIに面接されて採用されたという。時給は当初22ドルだったが、AIとのやりとりで24ドルになったそうだ。ところが本人は反AIで、「データセンターは良くないと思う」と話していた。安野は、あなたの上司はそのデータセンターで計算されているのに、と不思議に感じたという。

この店の経営はうまくいっていない。ベンチマークの一環として銀行残高が公開されており、今井が番組中に確認すると、元々10万ドルだった残高は4万2981ドルまで減っていた。そのうち3万ドルがトークン代だという。安野によれば、現在はFable 5.1を使っているそうで、AIが経営するにはまだ早かったということだ。それでも運営側は、AIが人間のボスになるべきかといった倫理的な問題を考えるためにも、自分たちでやってみる必要があると話していたという。

失業がどう起きるかについて、安野は徐々にではなく「いきなり」ニーズが消えると見ている。数学コミュニティがなければ発展しなかった数学が、今年からはトークンで進むようになったのと同じことが起きる、という見方だ。そこで安野は三つの備えを挙げた。一つ目は早期検知である。今の労働統計ではシグナルがまったく出ないので、わずかな兆候でも捉えて手を打てる体制が必要だという。二つ目は、リスキリング・アップスキリングの機動性である。現在の職業訓練は、カリキュラムを申請して承認されてからようやく人を集めるモデルだ。しかし最近は、転職に成功した人が出たら訓練機関に補助金が入る成果ベースのモデルも出てきている。安野は、今回はアジリティ勝負なので、こうした仕組みを今のうちに入れておくべきだと述べた。三つ目は、それでも間に合わない人への生活保障である。AI失業の範囲は広く、AIが職を奪う速度が十分に速ければ失業が恒久的になりかねない。そうなればベーシックインカムのような仕組みも先回りして議論すべきだという。安野は、現在議論が進む給付付き税額控除はパラメーターを変えればベーシックインカムに近い形にもなるので、大量失業への準備にもなると評価した。

1:02:42

「役に立つ仕事」ほど影響を受け、育成の階段が消える

今井は、安野ほど政策の解像度は高くないと前置きしたうえで、自分の見通しを語った。最初に影響を受けるのは「役に立つ仕事」だという。今井はこれを「無人島で役に立つ仕事」と表現する。無人島で役に立つ仕事とは生きるのに必要な仕事で、生産性が厳密に管理され、高いほどよい。役に立ちすぎるので、人々はそれを人間がやったかAIがやったかを気にしない。だからAIが一定の性能に達すれば置き換わる。一方で、小説や漫画、ゲーム制作のような生存に必須でない仕事や、陸上・野球・将棋のような競技は事情が違う。藤井聡太でさえ将棋ソフトには勝てないし、ウサイン・ボルトより車の方が速いが、そうした営みは純粋な生産性から切り離されているので、すでにAIに上回られていても奪われていない。

もう一つ今井が強調したのは、若手の入り口が絞られる問題である。スタンフォードの論文ではシニア層の仕事はむしろ増えていた。だから「エキスパートになれば大丈夫」とよく言われるが、エキスパートになるための階段そのものがなくなってしまう。これまでは新人の育成と戦力化が一体になっていて、育成コストがかかっても新人はそれなりに戦力になったので、企業には採用する理由があった。しかしこれからは戦力としてはAIの方が強いので、育成と戦力化が分離し、企業がOJTで育てる動機が薄れる。そこで今井は、大学院のように資本主義の競争圧力から切り離され、一定のレベルまで成長できる場を作る必要があると述べた。中川は、OJTなら給料をもらいながら育成されたが、大学院では学費を払う側になり、アメリカでは学費が非常に高いと指摘した。OJTを受けられた自分たちの世代は幸運だった、という点で三人の意見は一致した。

1:07:12

人手不足とAI失業が併存する日本

安野は、日本には特殊な事情があると指摘した。日本は全産業で人手不足の状態から始まるので、しばらくは「マイナスをプラスにする」ところから取り組める。ある職種では大きなAI失業が起きている一方で、隣の職種ではひどく人が足りない、というモザイク状の状況になると安野は見ている。労働移動がうまくいけば、仕事がまったくないという状態はしばらく来ないのではないかという。

今井は、労働移動を阻む要因として、給料や人手不足とは別の「SNS文化」を挙げた。ある職業がみんなから尊敬されるかどうかという別の評価軸があり、それが人手不足の解消や東京一極集中にも関係していると今井は考えている。安野は、どんな職業が憧れの対象になるかは時代によって変わりうるし、需給が変われば給料にも反映されるので、給料の高い方向に人が動いてくれればいいと応じた。ただし、何十年も続けてきた仕事からいきなり転職しろと言われても難しい。だから転職できなかった人への生活保障も考えなければならない。安野はそう述べて、議論を締めくくった。