攻撃サーバーに置かれていた「AIエージェント」:JPCERT/CC佐々木勇人氏が語る、自動化された攻撃と社会全体での防御

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概要

2026年の夏から秋にかけて、国内企業の情報漏洩の公表が相次いでいる。番組冒頭でTBS記者の福田陽平氏が紹介した事例では、約40分の間に326のIPアドレスから1200件以上の攻撃が確認されたという。今回の一連の攻撃にはAIが使われていた形跡も見つかった。福田氏は、インシデント対応の専門機関であるJPCERTコーディネーションセンター(JPCERT/CC)の佐々木勇人氏に、AIの悪用で攻撃がどう変わるのか、流出した情報はどう使われるのか、企業や個人はどう備えるべきかを聞いた。佐々木氏の立場ははっきりしている。AIによって攻撃の速さと範囲は人間の限界を超えつつあり、防御側は押され気味である。ただし、攻撃者と防御者の能力差はまだ決定的には開いておらず、基本的な対策の点検、技術情報の共有、防御側でのAI活用によって対抗する余地は残っている。

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JPCERT/CCとはどんな組織か

JPCERTは「Japan Computer Emergency Response Team」の略で、日本語では「コンピューター緊急対応チーム」にあたる。佐々木氏によれば、同じ役割の組織は各国にある。日本のJPCERT/CCは一般社団法人という民間の中立的な形態をとり、予算は内閣官房や経済産業省などの省庁から受けている。海外では、米国のチームは国土安全保障省の下にあり、英国ではインテリジェンス機関の下に置かれている。国ごとに省庁や研究機関の傘下に設けられているのが一般的だという。

番組は3つのテーマで進んだ。AIの悪用で攻撃の何が変わるのか。流出した個人情報はどう使われるのか。被害企業の8割が原因を公表しない状況で、社会全体で守る仕組みをどう作るのか。

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被害公表件数の急増と「押され気味」の現状

最初に示されたのは、国内の侵害公表件数の推移をまとめたグラフである。セキュリティのアナリストが公開情報をもとに集めて分析したもので、2026年、特に8月、9月、10月に件数が大きく伸びている。

佐々木氏は、これは公表に至ったものだけの数字だと指摘する。まだ公表されていない被害や、攻撃を受けたが被害には至らなかったケースもある。それでもこれだけの数が表に出ていることは、一連の事案による増加をそのまま示す指標だと見ている。

増加の背景にAIがあるのかと問われ、佐々木氏は「間違いなく」AIによる自動化と計算パワーがあると答えた。AIを使った攻撃が爆発的な被害につながっており、現時点では防御側が押され気味だという認識を示した。

4:07

攻撃サーバーから見つかったもの

新たな証拠は、JPCERT/CCが外部のセキュリティ専門組織や専門家と共同で、攻撃に使われたサーバーを調べた結果である。調査結果はJPCERT/CCのブログ(レポート)で公開する予定だという。

サーバーには攻撃用の道具一式が置かれていた。脆弱性を探るスキャンツール、攻撃プログラムを送り込むツールなどである。佐々木氏によれば、これらは被害調査や先週の注意喚起で仮説として示した攻撃シナリオを裏付けるものだった。そのうえで注目されたのが、同じサーバー内にAIエージェントのプログラムがあったことだ。JPCERT/CCは、このサーバー内でAIエージェントが攻撃ツールを使い、攻撃の工程を自動で処理していたのではないかと推定している。

佐々木氏は、これまでとの違いをこう説明する。以前も攻撃者のサーバーに道具が置かれていることはあった。ただ、それを使うのは人間で、攻撃者が外部からサーバーに入って操作していた。今回は道具置き場に、道具を使うエージェント、つまりAIという「身代わり」まで置かれていた。場合によっては人間の攻撃者はほとんど操作せず、偵察から侵入、データ窃取までの工程をひとつのサイクルとして自動で回していたのではないか。佐々木氏はこれを外部の専門家と検討している仮説として示し、さらに調べる必要があると付け加えた。

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人間の攻撃サイクルとAIの攻撃サイクル

佐々木氏は従来型の攻撃とAIを使った攻撃の違いを図で説明した。

人間による攻撃は段階を踏む。まず標的のシステムを偵察し、どこに穴があるかを調べる。次に、脆弱性を突くプログラムを用意したりデータを送ったりして攻撃を試す(エクスプロイト)。成功すれば内部で不正な操作をし、保存されている個人情報などを抜き取る。ここまでで1組織分である。人間でも2〜3組織を同時に攻撃することはあるが、限界がある。基本的には1つ終われば次の標的へと順に進み、何日、何週間おきに次々と攻撃していく。JPCERT/CCはこうした一連の活動を「攻撃キャンペーン」と呼んでいる。

AIはこのサイクルをすべて自動で短時間に回す。どれだけ熟練したハッカーでも、偵察して穴を探すだけでかなりの時間がかかるが、AIは機械的な処理でこなすため1組織あたりのサイクルがはるかに短い。短時間に大量の試行ができ、同時並行処理の規模も違う。佐々木氏の見立てでは、人間は同時に2〜3、多くても数件が限界だが、AIは一度に数百単位を処理できる。佐々木氏はこれを「スケール化」と呼ぶ。テンポの速さとスケール化が重なると、人間なら1か月に10か所程度しか攻撃できないところを、AIは100、1000と攻撃できてしまうという。

AIは疲れないという点も大きい。人間のハッカーにも生活があり、休めば攻撃は止まる。福田氏が、中国やロシアなどの祝日や連休には攻撃が止むという話をよく聞くと振ると、佐々木氏もそれを認めた。特に金銭目的の犯罪者は通常の生活リズムで動いているので、攻撃者を推定する「アトリビューション」では、攻撃の稼働時間から攻撃者の地域を推測することがある。AIになるとこの手がかりは使えなくなり、攻撃の時間帯から所在地を推測することはできなくなると佐々木氏は述べた。

10:30

「攻撃キャンペーン」の波が見えない

攻撃のテンポの違いが実際にどう見えるのか。佐々木氏は時間軸に沿った発生パターンの図を示した。

平時の人間による攻撃では、ある脆弱性を使い、それが使える標的を次々に狙うキャンペーンがひとつ起きる。目的を達成すると一旦終わり、しばらくして別の脆弱性を使った次のキャンペーンが始まる。こうした波が繰り返される。佐々木氏は、「攻撃キャンペーン」という概念は、日本で法整備が進んだ能動的サイバー防御や新しいサイバーセキュリティ戦略でも新たに使われるようになったと説明した。

福田氏が、ある製品に穴が見つかると、修正される前にその製品を使う全組織を一気に狙うということかと確認すると、佐々木氏はそうだと答えた。攻撃は脆弱性の公表前後に集中する。互いに関係のない複数のグループが同じ脆弱性に殺到することもたびたび起きている。

今回の事案は、このパターンと大きく異なっていた。9月から10月初めの短期間に被害が集中している。当初は報道などでも原因がわからないと言われていたが、その理由は、侵入経路がさまざまで、ひとつの脆弱性を突いた攻撃ではなかったことにある。短期間に大量の攻撃を行い、しかも特定の製品に集中するという従来の傾向も見られなかった。

佐々木氏によれば、こうしたパターンがあったため、AI利用の証拠が出る前から、JPCERT/CCや連携する専門組織・専門家はAIの可能性が高いとの仮説を立てて追跡していた。福田氏が、さまざまな種類の爆弾やミサイルが短い間に一気に飛んでくるようなものかとたとえると、佐々木氏は、特定の脆弱性や手法に特化したキャンペーンが定番だったからこそ、そこから外れた今回の攻撃では多くの組織が初動対応に苦戦しているのではないかと述べた。

14:54

限定合理性から外れた攻撃者

佐々木氏が人間とAIの違いとして挙げたのが、経済学や行動経済学でいう「限定合理性」と、それにとらわれない「完全合理性」の対比である。

人間は理屈の上では多くのことを考えられるが、実際には自分の知識や経験の範囲でしか攻撃できない。重大な脆弱性が公表されれば注目がそこに集まり、それを悪用しようとする。その時点では別の手法のほうが成功しやすかったとしても、人間である攻撃者は話題の脆弱性や手段に偏る。標的も知っている範囲で絞り込む。クレジットカード情報が欲しければECサイト、暗号資産なら取引所、という具合である。

そのため、従来の攻撃では、狙われる側は2種類に分かれると佐々木氏は考えている。攻撃者の発想の範囲内で狙われやすい組織と、本当は狙えば欲しいデータが取れるのに、攻撃者の知識の外にあるため気づかれていないだけの組織である。

AIにはこの限界がなく、理屈の上で可能な攻撃をすべて試せる。今回の被害組織の中には、なぜこのシステムが見つかったのかと首をかしげるところがあったという。たとえばDXの一環で導入した従業員向けのポータルサイトやアプリである。佐々木氏は、AIには思い込みがないため、これまで狙われてこなかった層も確実に捕捉されたのではないかと見ている。

福田氏が、人間には得意な手口や流行りの手口があると補足すると、佐々木氏は犯罪者のコミュニティにも触れた。サイバー犯罪者は他の犯罪者から学び、情報交換もする。そのため犯罪グループ全体でも限定合理性の網から逃れにくいというのが、これまでの前提だった。今回に限らず、この1年ほどでAIの悪用が増え、その前提が崩れつつあると佐々木氏は考えている。福田氏が映画『ターミネーター』を引き合いに出すと、佐々木氏は、劇中のスカイネットのようなイメージは自分たちだけでなく多くのセキュリティ専門家やアナリストが抱いているのではないかと応じた。

19:44

盗まれた情報に統一感がない

2つ目のテーマは流出した情報の使われ方である。福田氏はセキュリティ会社がまとめた漏洩情報の一覧を示した。メールアドレスなどの漏洩のほか、ギフトコードが不正に交換された事例も含まれている。

佐々木氏はまず、これは公表情報ベースなので、一連の攻撃と無関係な平時の事案が混ざっている可能性があると断った。そのうえで、他の被害公表も含めて言えるのは、窃取された情報の種類がばらばらだということだという。

人間の攻撃キャンペーンには2つのパターンがある。ひとつは特定の脆弱性や手法に依存して標的を選ぶもので、手法は共通でも標的や被害はさまざまになる。もうひとつは特定の情報を狙うもので、クレジットカードが目的なら、カード情報が保管・通過するECサイトや加盟店、取引情報を持つ事業者に標的が限られ、漏洩する情報もカード情報とそれに付随する個人情報にほぼ限られる。

今回は違った。画像が漏洩した事例、普段はあまり狙われない従業員情報や人事の採用情報が盗まれた事例などがあり、統一感が見られない。佐々木氏は、どの情報が漏れるかわからないことが利用者の不安を急激に高めたのではないかと述べた。

福田氏は、人事情報は「公開されたくなければ金を払え」という脅迫に使われることはあるが、抜いただけで価値があるのかと疑問を投げた。佐々木氏の説明では、ランサムウェア攻撃では攻撃者自身は情報に価値を感じていない。価値を感じるのは盗まれた側で、その情報がないと困るから対価を払う。そういう犯罪の仕組みである。今回はただ抜き取っているように見える点も含め、9月の終わりごろから専門家の間で、特定の情報を狙う従来の人間の攻撃とはかなり違うという違和感が共有され始めたという。

目的の推定はまだ分析途上

金銭につながるクレジットカード情報などが犯罪者にとって最も価値が高いはずだという福田氏の指摘に、佐々木氏は同意した。ただし、今回盗まれた情報がどれだけ金銭に換えられるのかについては、正直なところまだ分析が進んでいないと認めた。

佐々木氏は、分析する側の思考の癖にも触れた。攻撃者の意図を推定するとき、何か目的があるはずだと考え、テストなのか本番なのか、スパイ目的なのか金銭目的なのか脅迫なのかと分類してしまう。しかし実際には、ある手法が使えるかを試す技術的なテストと、情報を盗んで換金するという目的の達成が混ざった攻撃活動もよく起きている。今回がどちらなのか、あるいはこの混合型なのかは予断を許さない。攻撃がすでに終わっている可能性もあるが、次の波に備えるために分析を進める必要がある。そのためにJPCERT/CCは調査結果をなるべく広く開示し、各国の専門家の知恵を借りたいと話した。

福田氏は泥棒にたとえた。金目当てなら普通はたんすを開けて通帳や現金を取るが、AIは引き出しを端から端まで全部持ち帰るようなものではないか。佐々木氏は、多くの人が当初からAI利用の可能性を指摘していたのはまさにその点だと答えた。人間には目的意識があり、侵入できる時間も限られるので、ばれないうちに必要最小限のものを盗むという効率化を考える。AIの「効率化」は人間のそれとは別物で、何も考えずに全部持っていっている可能性もあると佐々木氏は見ている。

26:28

運転免許証の画像が漏れたら

今回の漏洩には運転免許証の情報も含まれ、福田氏自身も漏洩の対象だった。どうすればいいのかという問いに、佐々木氏は、公安委員会が再発行についての発表を出したり、信用情報機関が対応を検討したりしているとしたうえで、もともと漏洩を想定していなかった情報に被害が出たため混乱が起きていると述べた。

それ以外の多くの事業者は、日々の小さな漏洩事故や同業他社の漏洩を経験してきたため、漏洩時の対応策を用意している。被害にあった顧客にはパスワード変更やIDの再発行などの案内がすでに届いているはずだという。一方、免許証番号は、佐々木氏の理解では(間違っていたら申し訳ないと断りつつ)これまで本人の都合で再発行できるものではなかった。

佐々木氏によれば、個人情報の漏洩は多くの人にとって年に何度も遭遇するものになっており、二要素認証やパスキーを使う、使い回していたパスワードを変える、メールアドレスを変えるといった自衛策をとる人は増えてきた。しかし免許証の画像のようなデータが漏れるのは初めての経験で、漏れたときに何をすればいいかわからない。これまでの攻撃者は盗むことを想定していなかった、まったく想定外の被害だったのではないかと佐々木氏は見ている。

福田氏は、住所は変えられず、再発行の効果も限定的だという話もあり、毎日のニュースで多くの人がパニックになりかけていると話した。サイバーセキュリティを取材する福田氏自身も不安になるほどだという。佐々木氏は、免許証の画像だけで、重要な契約や財産にかかわる手続きの重要事項が変更されてしまうかといえば、それは少し違うのではないかと述べた。画像だけで通るような重大な手続きはそう多くないはずだという。漏洩の悪用はセンセーショナルに伝わりがちだが、攻撃はまだ予断を許さない状況とはいえ、一般の利用者は一度落ち着いて考える時期ではないかと佐々木氏は話した。

30:36

被害企業の8割が原因を説明しない

3つ目のテーマは企業の対応である。福田氏はマクニカのデータを示した。一連の情報漏洩について侵入原因を整理したもので、パスワード攻撃や脆弱性の悪用といった説明もあるが、8割以上は原因の説明がない、あるいは調査中となっている。リリースを読んでもわからないのが現状だという。

佐々木氏は、JPCERT/CCと内閣官房、警察庁、総務省、経済産業省が連携して「サイバー攻撃被害に係る情報の共有・公表ガイダンス」を作成したことを紹介した。佐々木氏も執筆に加わっている。このガイダンスは、攻撃に対処するための情報共有と、被害の公表をセットで扱っている。かつては、攻撃原因を書くと模倣犯が出るから書いてはいけないという、もっともらしい話が出回っていた時期があり、今もそれを理由に原因を書かない組織は多いという。福田氏も、取材で侵入原因を尋ねると「セキュリティ上の理由で言えない」と返されることがほとんどで、教訓になりうる情報なのにわからないと応じた。

32:48

報告は行政に集まるが、技術情報は流れない

佐々木氏は被害組織が行政機関へ報告する流れを図で示した。現行の個人情報保護法では、漏洩またはそのおそれがある場合に、速報を含めて報告しなければならない(佐々木氏は72時間だったかと確認しながら述べた)。そのため情報漏洩案件はほぼすべて行政に集まる。さらに警察への通報、所管省庁やIPAへの届け出もあり、義務と任意を合わせて大量の報告ルートがある。各省庁も何かあれば報告するよう呼びかけているため、短時間に大規模な事案が起きると報告が一気に殺到する。

ところが、各省庁の注意喚起には技術的な話がほとんど書かれていない。佐々木氏は、役所なので技術的な部分まで踏み込めない事情もあるだろうとしたうえで、報告の中身に原因があると説明する。報告で集まるのは、どのIPアドレスからどんな種類のアクセスがあったかといった技術情報ではなく、いつ被害を認知し、顧客にどう対応しているかといった文脈的な情報である。ガイダンスではこれを「被害内容情報」と区分している。

しかし、攻撃手法を明らかにし、セキュリティサービスやこれから狙われるかもしれない企業が不正アクセスを遮断するには、攻撃の技術情報が必要になる。攻撃サーバーの情報、どんな種類のアクセスが来るのか、どんな手法が使われたのか。これらは社会全体で攻撃を跳ね返すのに必要な情報だが、現行の報告制度には入ってこない。佐々木氏はこれを構造的な問題と呼び、行政機関も懸命にやっているがうまく情報を吸い上げられていないと述べた。

被害組織の側も、こうした事案では複数の行政機関への報告で手一杯になり、専門企業に相談したり情報を流したりする余裕がない。そこでJPCERT/CCやセキュリティ企業が頼りにしているのが、被害に至らず攻撃を遮断できた組織である。時間的な余裕があるので、観測情報を多く提供してくれる。セキュリティ企業も自社サービスで遮断した事例を含めて観測情報を出している。いずれも同じ攻撃に関する情報なので、これを積極的に出して社会全体の検知率と防御率を上げようとしていると佐々木氏は話した。

36:39

「戸締まりに注意」では足りない:情報の粒度

福田氏は空き巣にたとえた。手口がわかっているなら、それを周囲に伝えれば次の被害を防げるはずなのに、今はそうなっていないのか。佐々木氏は、各省庁も似たことはしているが、問題は情報の粒度だと答えた。「物を取られないよう注意しましょう」「鍵をかけましょう」では当たり前すぎる。

佐々木氏が例に挙げたのは、連続強盗事件での警察の情報発信である。容疑者の見た目、何人組か、年齢や身長、現れる時間帯、さらに事前の下見の様子まで、かなり詳しい情報が出されていた。サイバーの世界ではこれにあたるのが「インディケーター」情報で、どのアクセス元から来ているのか、どんな特徴的なアクセスがあるのか、事前の偵察がどんなものかといった具体的な情報である。このくらいの粒度がないと、注意喚起を受けても「では何をすればいいのか」となってしまう。

福田氏が、空き巣の指紋がわかっているなら共有すれば「うちにも同じ指紋があった」と気づけるかもしれないと続けると、佐々木氏は、今回も当初は手法がわからないと言われていたが、情報が集まったことで、どんな手法の組み合わせだったのかがかなり絞り込めてきたと述べた。原因の公表も、遮断できた組織の観測情報も、社会全体にとって重要な情報だという。

39:25

注意喚起に何が書かれていたか

佐々木氏は、各機関の注意喚起に、攻撃の技術情報、つまり何を防げばいいのか、セキュリティ製品で遮断したり検知力を上げたりするのに必要な情報が書かれていたかを整理した表を示した。各省庁はそれ以外の対策を多く書いているので、その点は割り引いて見てほしいと断っている。

JPCERT/CCの注意喚起や、10月7日のマクニカネットワークスの分析レポート、その後のいくつかのセキュリティ専門企業のレポートでは、「不正アクセスに注意」ではなく、具体的にどの種類の不正アクセスかを書くようにしている。攻撃手法の解説はまだ暫定的で、一部の検体についてはNICTが詳細なレポートを出しており、今後さらに深めていくという。

もうひとつがIOC(Indicator of Compromise)、攻撃を見つけるための痕跡情報である。JPCERT/CCは攻撃サーバーの情報を積極的に展開している。これは、各国の専門家や専門機関が、まだ捕捉できていない攻撃サーバーを探すヒントにもなる。先回りして注意を呼びかけられれば、次の攻撃をけん制できる。経済産業省も注意喚起と合わせて情報提供を呼びかけるアナウンスを出しており、佐々木氏は、原因や攻撃手法に関する技術情報の共有を増やさなければ、攻撃のサイクルに対抗する防御のサイクルに必要な情報が足りないという問題意識の表れだと説明した。

公表できない場合の間接的な出し方

福田氏は、日本では「セキュリティ上お答えできない」が行き過ぎていて、本当は次の被害を減らせるのに互いに見せ合っていないと指摘した。佐々木氏は、書きすぎると模倣犯が出たり、捜査を妨げたり、企業の弱点をさらしたりするものもあるので、書く情報の粒度には注意が必要だと認め、その点もガイダンスで解説していると述べた。

そのうえで、専門機関を通じて情報を出す方法を示した。今回のJPCERT/CCの注意喚起でも、被害企業に加え、主に被害にあっていない企業から、被害が出ていないので公表はできない、名前は伏せてほしいという意向つきで情報を受け取っている。被害企業が自社の公表で手口に触れにくいなら、JPCERT/CCのような専門機関を通じて匿名化した形で出すという間接的な方法もある。福田氏は、1つの会社や1人の個人ではAIに対抗しにくいからこそ、共有によって社会全体のレジリエンスを高めるということだとまとめた。

43:44

「侵入前提」は諦めではなかった

最後に福田氏は、AIによる攻撃が当たり前になる時代に個人と企業はどうすべきかを尋ねた。

佐々木氏は、ここ2〜3年「ゼロトラスト」や「侵入前提の対策」というスローガンが語られてきたと振り返った。自身もそう言ってきた立場だが、企業にも個人にもあまりピンと来ていなかったと思うという。守ってくれるはずのセキュリティ側が侵入を前提にしろと言うのは放棄や諦めではないか、と受け取られていたのではないか。デジタル庁(と佐々木氏は記憶をたどりながら述べた)の会見で、個人情報を自分で守ってほしいというメッセージの部分だけが切り取られ、批判的な反応が出たのを見たが、それが世間の受け止め方なのだろうと佐々木氏は話した。守ってほしいのに、行政や専門家が漏洩を前提に話すと見放されたように感じる。

一方で佐々木氏は、AIの悪用はすでに一般化し始めており、情報漏洩はこれまで以上に頻繁に起きるのは間違いないと見ている。すべてを予防で防ぐのはもはや現実的ではなく、今回はその前提を実感させられる残念な機会になったという。

個人向けには、オンラインサービスやアプリの事業者がこの数年で漏洩時の二次被害・拡大防止策を導入してきたことを挙げた。パスワードリセットの方法、一部の情報が漏れても大丈夫なようにする二要素認証やパスキーの推奨、アラートメッセージなどである。久しぶりに設定画面を見ると、以前はなかったセキュリティオプションが増えていることも多い。パスキー導入を知らせるメールも届いているはずだ。これらはほとんど追加料金なしで使えるので、どんどん使うことが漏洩に備える最も基本的な対策だと佐々木氏は述べた。

46:33

企業は「見落とし」の点検から

企業、特に中小企業については、漏洩を前提にと言われても困るという反応が多かったはずで、今回それを実感した企業が多いだろうと佐々木氏は話す。そのうえで、不幸中の幸いとして、直近までの攻撃では未知の脆弱性は使われていなかった。API周りについても、各業界が推奨している対策で十分防げたものがある。つまり、まだ対策の打ちようがあったということだ。

今回の被害企業は基本的な対策を怠っていたのではないかという評価も一部にあるが、佐々木氏はそうは考えていない。攻撃に押し負けた面が強いと見ている。基本的な対策がとれている部分と手薄な部分がどの企業にもあり、今回は手薄なところが押し込まれた。他のシステムでは基本的な対策をしていても、たとえば従業員向けサイトはアクセスが少ないために優先度が低く、予算や担当者の割り当ても少なかった。そこが狙われたのだとすれば、企業全体として何もしていなかったわけではない。まず見落としていた部分を点検すること。やれることはまだあり、まったく歯が立たないわけではないと佐々木氏は述べた。

48:31

AIは誰も知らない脆弱性を見つけているのか

福田氏は、AIが誰も知らない脆弱性を見つけて一気に攻撃するというイメージがあるが、今のところそうした攻撃がほとんどというわけではないのかと尋ねた。佐々木氏は、今年5月ごろの「ミトス」をめぐる騒動の際には多くの人がそうしたシナリオを想像したが、まだそういう世界ではないと答えた。今回の一連の事案は、むしろ非常に現実的な悪用シナリオが最初に表面化したものだという。

佐々木氏はその前後に始まった「プロジェクト・グラスウィング」にも触れた。ベンダーや製品メーカーが連携し、自社製品をAIで積極的にテストして脆弱性を早く見つけようという取り組みである。今年は例年に比べて多くの脆弱性が公表されているが、そのかなりの割合は、機器メーカーなどがAIなどを使って自ら探し出した脆弱性の「在庫」を一気に吐き出しているものだという。一部には、メーカーが脆弱性を探すのと並行して攻撃者も同じ脆弱性を探していて、悪用されるぎりぎりのタイミングでパッチを出せた例もある。攻撃者側がAIを使っていたかどうかはわからない。

佐々木氏の見方では、一部のソフトウェアメーカーは、攻撃者が脆弱性を探す動きに追いつきつつあり、追い越せる可能性もある。今はその瀬戸際にある。製品メーカーも、システムを使う側も、AIをどんどん使えば、まだ攻撃者と競争できる可能性はある。その理由として佐々木氏が挙げたのは、攻撃者も防御側と同じAIサービスを使っているという点だ。だから能力でいきなり引き離されているわけではないだろう、というのが佐々木氏の見立てである。福田氏は、AI時代のサイバー防御では守る側もAIをフルに活用する必要があると締めくくった。