無職のままモーリタニアの砂漠へ:前野ウルド浩太郎が語るサバクトビバッタ研究と野営生活
ReHacQ−リハック−【公式】ReHacQの番組「リベラルアーツ」に、昆虫学者の前野ウルド浩太郎が出演し、聞き手の高橋弘樹と話した。前野は著書『バッタを倒しにアフリカへ』で知られ、本人によれば同書は累計37万部に達している。番組の中心にある問いは、昆虫学者が日本人のほとんど行かない西アフリカのモーリタニアへ渡り、砂漠で何をしていたのかである。前野は、研究者としての就職難と、野外の「素顔の」バッタを見たいという思いを理由に挙げる。そのうえで、砂漠での野営生活と調査の具体的な手順を細かく語った。
民族衣装「ダラー」を正装として着る
前野はモーリタニアの民族衣装「ダラー」を着て収録に臨んだ。ダラーは1枚布でできており、頭からかぶって着る。前野によれば非常に涼しい衣装だという。サハラ砂漠の国では日差しも砂嵐も厳しいため、現地の人はふだんターバンを巻き、ターバンを忘れたときはダラーを頭からかぶって直射日光を避ける。前野はこれを現地の気候に適応した衣装だと説明した。
ただし丈が長いため、歩くときは後ろの布を手で持ち上げなければならず、機動力はかなり低い。バイクに乗るとタイヤに布が絡まってしまう。前野が世話になっている職場のバッタ防除センターでは、平日はダラーを着てこないようにというお触れが出ているという。一方で、今回着ているような高級品は、結婚式や大きな会議などの式典で皆が着るものだ。そのため前野は、日本ではこれを自分なりの正装として着ている。スーツのようなものだと考えてよい。
なぜモーリタニアだったのか:就職難と「誰も行っていない場所」
前野がモーリタニアに渡ったのは31歳の春である。日本学術振興会の海外特別研究員制度を使った。若手研究者が2年間自由に研究できる制度だ。現地で大発生するサバクトビバッタの研究が目的だったが、制度の支援は2年で切れ、その先の保証はなかった。
前野は、昆虫学者は世の中でそれほど求められておらず、研究職の椅子の取り合いが激しいと話す。自分の実力と強みを照らし合わせた結果、日本人があまりやっていない分野に挑戦したほうが就職の可能性が開けると考えた。モーリタニアでサバクトビバッタを研究した日本人は、それまで「ゼロ」だったという。受け入れ先は現地のバッタ防除センターで、受け入れの確約を取ったうえで振興会に申請し、採択された。
もう一つの理由は研究上の動機である。前野は渡航前の8年間、日本でサバクトビバッタを研究していた。海外からバッタを輸入している研究機関で、正式な手続きを踏み、植物防疫所の特別な許可を得て飼育していたという。ところが、小さな飼育ケージに閉じ込めたバッタが本当の姿なのかという疑問をずっと抱えていた。アフリカに行けば、自然の中で自由に飛び回るバッタが見られる。子どもの頃に『ファーブル昆虫記』を読んで昆虫学者になると決めていた前野は、この先どうなるか分からないが行ってしまおうと決めた。
日本の飼育室での8年間:相変異という現象
日本での研究テーマは「相変異」だった。前野の説明はこうだ。サバクトビバッタは1匹で飼うと緑や茶色のおとなしい幼虫になる(孤独相)。一つのケージに多数を押し込めて集団で飼うと、体が黒と黄色のまだら模様になり、集団で移動するようになる(群生相)。お互いがぶつかり合う刺激、つまり密度に応じて変身する能力である。前野はこの変化がどんな仕組みで起きるのかを主に調べてきた。
繁殖への影響も具体的に語られた。卵を作る資源は限られている。孤独相が現れる野外は緑が多く、餌も豊富で好ましい環境なので、小さな卵をたくさん産む。群生相になる頃には餌が枯れて環境が厳しくなるため、数を犠牲にしてでも大きくたくましい子を産む。生まれてくる子の大きさは2倍近く違うという。
脱皮回数も異なる。群生相は脱皮を1回少なくし、厳しい環境から早く脱出しようとする。孤独相は1回多く脱皮して体が大きくなり、より多くの卵を産む能力を得る。前野はこれを、それぞれの環境に応じた適応能力だと説明する。
研究は地道な作業の積み重ねだった。湿らせた砂をアイスクリームのようなカップに入れておくと、バッタがそこに卵を産む。前野はそれを掘り起こして水洗いし、1個ずつばらして数と大きさを測り続けた。本人は、日本だけでなく人類史上でもっとも多くサバクトビバッタの卵の長さを測り、数を数えた男だと思う、と笑う。
密度が「最も信頼できる合図」になる理由
なぜ密度が変身の引き金になるのか。前野は砂漠の気候から説明した。モーリタニアの雨季は8〜9月で、強烈な雨が短期間だけ降る。地中に溜まった水分で植物が生えるが、追加の雨がないため、長くても2か月ほどで枯れてしまう。その間に孵化した幼虫が成虫になれなければ、餌がなくなって死ぬ。
しかも砂漠の環境は予測できない形で不規則に変わる。昆虫には日の長さに反応して冬眠するものもいるが、雨が降るかどうかは年によって違うので、日長を基準に相を切り替えても当てにならない。そこでバッタがもっとも信頼している刺激が、互いのぶつかり合い、つまり密度だと前野は言う。高橋が「広い緑地なら散らばるが、狭い範囲にしか緑がなければ餌を取り合って密度が高くなる」と言い換えると、前野は同意した。
群生相の幼虫がなぜ黒と黄色の目立つ色をしているのかは、科学的に確実には証明されていないという。仮説の一つは、天敵に「まずい」と学習させる警告色だという説である。砂漠には毒性成分を含む植物があり、それを食べた目立つ幼虫をトカゲが食べると、まずいと学習する、という研究がある。しかし毒のある植物がない場所でも群生相の幼虫は目立つ色をしているため、完全には分かっていないと前野は留保した。
二冊の本:学術寄りの本と、柔らかい本
日本での8年間の研究成果は、別の著書『孤独なバッタが群れるとき』にまとめられている。前野によれば、『呪術廻戦』の芥見下々がこの本を読み、単行本10巻のおまけページで参考にしたと書いた。帯の推薦文もそこから実現したという。
ただ、グラフの多い学術寄りのこの本は、友人や両親から「難しくて分からなかった」と言われた。遠い土地で日本人に馴染みのないことをしているのだから、どうせなら多くの人に知ってもらいたい。そう考えて、柔らかい文章で書いたのが『バッタを倒しにアフリカへ』だと前野は説明する。バッタや砂漠の生活に興味がない人にも分かるよう、優しいタッチを心がけたという。
大学を転々としながら研究所で研究した日々
前野は学部を弘前大学、修士を茨城大学、博士を神戸大学で過ごし、在籍しながらつくばの研究所で8年間バッタを研究した。以前は外部の研究機関での成果が学位の成果として認められなかったが、ちょうど前野の頃から認められるようになり、博士号を取得できたという。
前野はこれを研究面では良かったと振り返る。若手に囲まれた大学ではなく、すでに世界トップレベルの研究をしているプロの中に一人で飛び込めたからだ。一方で同世代と触れ合う機会が少なく、青春時代は少し楽しめなかったかもしれないとも話した。つくばには昆虫の研究所がいくつもあり、道を歩けば知り合いの研究者に会うような環境だという。
博士号取得後もすぐには就職できず、日本学術振興会のポスドク制度で3年間研究した。その先がつながらなかったため、海外特別研究員として外国へ出ることにした。
31歳で渡航、33歳で無収入に:バッタが消えた
前野は、モーリタニアで大きな成果を上げれば日本でポストを得られると考えていた。しかし結局、33歳で無収入になった。日本で日本の昆虫を研究していれば、もっと効率よく成果を出せたはずだと本人は言う。
誤算はバッタそのものだった。到着直後は少しバッタがいて、1日の観察だけで論文が書けるほどだった。新発見を連発できると期待していた矢先、60年ぶりの大干ばつでバッタがいなくなってしまったという。「人生をかけて何をしにアフリカへ来たのか」という切ない状況で、自然にも見放されたと前野は振り返る。バッタで論文が書けなくなり、仕方なく別の虫を研究して何とかしのいだが、やはり厳しかったと語った。
モーリタニアという国と、渡航のきっかけ
前野の説明では、モーリタニアは西アフリカの海沿いの国で、面積は日本の約3倍、国土の9割が砂漠である。緑はほとんどないが海産物に恵まれ、日本で食べられているタコの約3割はモーリタニア産だという。産業はそれほど活発でなく、舗装されていない道路も多い。高橋は、現地に住む日本人は13人ほどだったと本の内容に触れた。
渡航の直接のきっかけは、バッタ防除センターの所長が世界中の研究者に送ったメールだった。今年モーリタニアでバッタが発生しているから見に来ないか、という呼びかけで、前野が当時世話になっていた人がそれを知らせてくれた。二人で視察に行き、生活は大変そうだがバッタは見られるし、やり応えがありそうだと判断した。前野は来客用のノートに必ず戻ってくると書き込み、その1年後に実際に戻ってきた。
実験設備のない研究拠点と、フィールドワーカーへの転身
拠点は首都のバッタ防除センターである。コンクリートの建物はあるが、実験施設はほとんどない。毎日停電するため、室内で温度や湿度を一定に保つ昆虫飼育はできない。そこで前野は、野外でバッタを観察してデータを取る完全なフィールドワーカーに転身した。
調査に出るのは1回あたり1週間から10日ほどだ。もっとも遠い場所は800km離れていて、通常はバッタが発生しやすい300〜400km先のエリアに行く。防除センターには約100人のスタッフがいる。車2台を1チームとして全国にパトロール部隊を送り、どこにどれだけバッタがいるかを把握している。前野はそのGPS情報をもらい、ピンポイントで現地に乗り付ける。車を2台にするのは、砂漠の真ん中で1台が止まったら命に関わるからで、機材やキャンプ道具を運ぶ意味もある。
砂漠のどこにバッタが来るのか
砂漠と聞くと日本人はサラサラの砂丘を思い浮かべるが、その脇には踏み固められたような硬い土地がある、と前野は説明する。そこに雨が降ると植物が生え、バッタが飛んできて繁殖し、数が増える。ガソリン代も馬鹿にならないため、雨が降っていないときにパトロールを無駄に送り込むことはしない。
雨が降ってどれくらいで草が生えるのか、前野は厳密に滞在して確かめたわけではない。ただ、2週間ほどでかなり緑になっているのは見たことがあるという。成虫はふだん、オアシスや、かつて川だった涸れ川の脇など、地下に比較的水がある場所で細々と生き延びていると言われている。そうした場所の脇には植物があり、サバクトビバッタは500種類以上の植物を食べられるからだ。とはいえ、オアシス周辺にはそれほど草が生えていないらしく、成虫が普段何を食べているかを前野が見たことはない。論文として厳密に報告されているわけでもない、と前野は断った。現地の人々は駆除に集中しているので、じっくり観察して研究するところまでは手が回らないという。
雨が降ると成虫が集まってきて卵を産む。卵は約2週間で孵化し、幼虫は草を食べて育ち、1か月ちょっとで成虫になる。成虫は次の場所へ飛んでいくか、そのまま留まる。
農業国でもないのに、なぜ真剣に防除するのか
高橋は「砂漠ならバッタが来ても放っておけばいいのではないか」と疑問をぶつけた。前野はその疑問を認めたうえで、サバクトビバッタがほかの害虫と決定的に違う点を挙げる。ほかの害虫は農家レベルで防除するが、サバクトビバッタは国単位で防除する。モーリタニアで増えたバッタは近隣諸国へ飛んでいき、たとえば北の農業国モロッコで被害を出す。だから自国だけを守るのではなく、国々が連携して強力な国際協力のもとで防除を運営している。前野はそこがユニークな点だと言う。
モーリタニア自身も無関係ではない。普段は決定的に困るわけではないが、遊牧民のラクダやヤギが食べる緑をバッタが食い尽くすと、難民をどう支援するかという経済的な問題が生じる。社会的に大きな問題なので、防除センターには年間約1億円の運営費が支援され、人を雇い、駆除を行っている。大発生してから対処すると莫大なお金がかかるため、発生前に早め早めに手を打つ「予防的防除」が推奨されている。一定のレベルで常に管理し、増えそうならすかさず駆除するという。
前野は2019〜2020年の東アフリカでの大発生にも触れた。当時、あの地域では長くバッタ被害が出ておらず、かつて培った防除の仕組みがすっかり廃れていた。どうすればいいか助言できる人がいなかったため、西アフリカで防除をしている人々が派遣されて助言した。国際的な支援金で車や殺虫剤散布の道具をそろえた。前野は、この経験から防除には人間がいちばん大切だという教訓が得られたと語った。
4人のパーティーで砂漠に入る
調査は車2台、ドライバー2人、雑用係1人、前野の4人で行う。砂漠には、ドラマ『VIVANT』に出てくるような巨大な砂丘もある。そこにタイヤが埋まると抜け出せなくなるため、谷のような抜け道のルートを通って一気に渡る。
道中には検問がある。前野によれば、昔はテロリストがいたこともあったが、現在は基本的に大丈夫で、山賊もあまり聞かない。舗装された大きな直線道路には定期的に「デザートポリス」がいて、どこから来たのかを問われる。防除センターが「オルドル・ド・ミッション」という、誰が何のために行くかを記した通行手形のような書面を発行している。これを大量にコピーしておき、検問ごとに1枚ずつ渡して通過する。GPS地点が近づくと、舗装道路を外れて砂漠へ入っていく。
現地に着くと、前野がバッタの状況を見て、十分にデータが取れそうかを判断する。前野は研究者なのでバッタを駆除してはいけない。自然の状態で観察するのが目的だ。数の少ないバッタからデータを取るのは時間がかかるため、歩いて行ける範囲にさまざまな行動パターンが見られる場所を選ぶ。場所が決まると、前野は温度や湿度を測る機材を設置し、ほかの3人がテントを張って料理の準備をする。
サソリと寝相:テントでの夜
水とガソリンはドラム缶に入れて積み、発電機も持っていく。テントは一つだが、収録スタジオほどの大きさがあり、4人でも窮屈ではない。地面に杭を打つのが大変なうえ、翌日移動する可能性もあるため、2台の車を横付けし、真ん中に大黒柱を立て、テントの裾を車にくくり付ける簡易な張り方をする。
砂漠にはサソリが多い。地べたで寝るのは危ないので、全員がパイプベッドを使う。パイプはつるつるしていてサソリが登れないので安心だという。ただ、明け方は冷え込むので毛布をかぶって寝るが、寝相が悪くて毛布が地面に垂れると、そこを伝ってサソリが登ってくる。前野は、寝相は絶対に良くなければいけないと強調した。「浩太郎、枕の下にサソリがいるぞ」と言われたこともあり、砂漠のおかげで寝相がずいぶん良くなったと笑った。
砂漠に暮らす遊牧民
人のいない砂漠にも、ときどき遊牧民がいる。前野によれば、ヤギやラクダを草の生えている場所へ連れていき、成長させる仕事をアルバイトとして請け負っている人もいる。彼らは半年ほど砂漠の真ん中にいても大丈夫だという。水はないが、ヤギやラクダの乳を飲めば水分もミネラルも十分で、ときどきヤギをさばいて肉を食べる。日焼け止めもサングラスも使わず、パンツの上にダラーを羽織るだけで暮らしている。高橋は「そんな生活をしている人が地球にいるのか」と驚いた。
バッタのGPS地点で遊牧民に会うと、前野はドライバーのティジャニに通訳してもらい、最近のバッタの様子を尋ねる。その際、料理用の油がないから分けてくれないか、と頼まれることがある。そのため調査には自分たちの分以外にも、お茶などを余分に持っていき、情報のお礼として渡す。遊牧民はとても喜ぶという。現地では、ウーロン茶のような濃いお茶に砂糖をたっぷり入れ、小さなショットグラスで3回に分けて飲む習慣がある。前野は、猛烈に暑いときに熱く甘いお茶を飲むと不思議と元気になると話した。
食事:ツナ缶ソースと、ヤギのご馳走
食事は缶詰生活を想像していたが、実際はまったく違ったという。ツナ缶を大量に持っていき、冷蔵庫はないもののキャベツ、ナス、トマト、ニンニク、ニンジンなどの野菜も積む。ドライバーたちが野菜を細かく刻み、圧力鍋でトマト味やコンソメ味のソースを作る。それを米やスパゲッティ、マカロニにかけて食べる。前野は、レストランを開けるのではないかというほどおいしいと絶賛した。昼はご飯にトマトソース、夜はスパゲッティにあっさりしたコンソメソースというのが定番で、毎日食べても不思議と飽きないという。
調査が1週間から10日に及ぶと、前野は調査で忙しいが、ほかの3人はやることがなくなる。そんなときは彼らの一番のご馳走であるヤギを手に入れる。遊牧民などから買う大人のヤギ1匹は約1万円だという。イスラム教徒の彼らは祈りの言葉を唱えながら手際よくさばき、皮をはいで内臓を取り出す。傷みやすい内臓から先に、玉ねぎを敷き詰めたダッチオーブンに入れ、岩塩をかけて煮込む。焚き火の煙がバッタに影響すると困るので、基本はガスで調理する。食べきれない部分は日陰に干して翌日もも肉などを食べるほか、近くにいる防除センターの別チームに連絡して三等分する。車で30分から1時間ほどで彼らが取りに来て、「浩太郎、メルシー」と感謝されるという。前野は、不便をかける砂漠の中で彼らが食の楽しみを味わっている間に自分は調査をする、と説明した。
トイレ、水、においの問題
トイレはもちろんない。前野はテントから200〜300m、歩いて5分ほど離れた、人目につかない大きめの植物の陰まで行く。見られたくない、見せないというマナーが強くあるという。虫好きの前野にとっては、朝に用を足すとフンコロガシが飛んでくるので、その観察もデータとして取っている。いつかフンコロガシの研究もしたいと話した。テントのそばで用を足すとフンコロガシが糞を運んできてしまい、誰のだという「事件」が起きるので、なるべく離れるのだという。
前野はトイレットペーパーを使うが、現地の人々はペットボトルの水と左手で処理する。その手で料理をすることになるが、石鹸や洗剤で手を洗うので、前野は気にしないことにした。気にしていたらやっていけないことが多いという。皿洗いも貴重な水を節約するため、たらいを2つ用意し、片方で大きな汚れを落としてもう片方ですすいで終わりにする。
風呂もない。前野は夕方6時過ぎにひと息入れ、ギャツビーのフェイシャルシートで顔や体を拭く。日焼け止めが付いているので、1枚が真っ茶色になるという。さらに500mlの水をシャワー代わりに使うと、まったく違うそうだ。湿度が10%ほどと低いため、風呂に入っていない大人4人が帰りの車に乗ってもそれほど臭わない。ところが一度、夜中に大雨が降り、全員がずぶ濡れで車に避難したときは、眠っていた臭いが一気に目を覚ましたという。湿気の多い日本の夏のほうが正直大変だ、と前野は言う。
朝日と星空、そして1日のスケジュール
砂漠では広大な大地から太陽が昇る。前野はそれを見ながら今日も頑張ろうと思うそうだ。夜は360度見渡しても人工の光がなく、微弱な光の星までくっきり見える満天の星空になる。流れ星を5個見るまで寝ないと決めることもあるという。
幼虫を追っている時期の1日はこうだ。日の出は6時45分頃で、それより前に薄明かりで見えてしまうため、前野は真っ暗な6時前に起きる。バッタの朝の日向ぼっこのデータを取るため、テントから100mほど離れた場所に三脚とカメラを設置する。人間が近くにいると自然な行動を邪魔してデータがぶれてしまうからだ。バナナを食べ、入れてもらったコーヒーを飲みながら、バッタが温まっていく様子を見る。7時半から8時の間に朝食をとり、日焼け止めを塗りたくって、白い長袖と長ズボンで「戦闘スタイル」を整える。
調査の中身:マーチング、体温、解剖
群生相の幼虫は「マーチング」と呼ばれる行動をとる。あちこちに散らばらず、皆がそろって同じ方向に歩いていく。前野によれば、その行動原理はまだ詳しく分かっていない。
調べ方は複数ある。離れた位置から気温とともに行動パターンを記録することもあれば、前野自身が天敵役になって近づき、どう反応してどう逃げるかを記録することもある。現地にはサーモグラフィーカメラを持ち込み、体温の研究もしている。定期的にバッタを捕まえて解剖し、何を食べているか、腹の膨れ具合はどうかも調べる。たとえば1時間おきにメス10匹、オス10匹を捕まえて解剖し、それを数日分重ねると、どの時間帯にどんな草を食べているかというパターンが見えてくる。1回20分ほどでデータを取ってテントに戻り、休憩中も解剖をするので、結局休んでいないと前野は笑う。1日のうちに複数の研究テーマを並行して進めているという。
野外に出て初めて知ったこともある。夕方になると幼虫が大きな植物に登り、翌朝降りてきて日向ぼっこをして歩き出す。前野は、バッタの幼虫が木に登ることすら知らず、驚いたと話した。
日本の研究室では、照明が消えた後の飼育室には入らないのが暗黙のルールだった。光を一瞬でも感じるとリズムが狂う敏感な昆虫もいると言われていたからだ。そのため、暗い時間にバッタが何をしているのかはまったく分かっていなかった。ところが砂漠では、日中は猛烈に暑いが夜は気温が下がるので、ヘッドランプを付けて調査するのは非常に効率がいいと前野は気づいた。夜の研究報告もほとんどなかった。夜にどの植物にどれだけバッタがたむろしているかを調べるときは、夕食後の9時から11時頃まで仮眠を取り、その後は朝5時近くまで起きて調査する。
徹夜をすると一発で体がやられて10日間の野宿が持たないので、強制的に休むようにしている。今はApple Watchで歩いた距離を確認し、歩きすぎた日は後でセーブする。体力と残りの食料を見比べて、あと2〜3日いられるかを判断しながら滞在を延ばしているという。
夕暮れのコカ・コーラ・ゼロ
前野にとってのささやかな楽しみもある。クーラーボックスに凍らせたペットボトルを敷き詰めていくと、4日目の朝までは冷たい水が飲める。その中にコカ・コーラ・ゼロを仕込んでおき、1日の作業を終えた夕方6時半頃、夕日を見ながら飲む。それが一番の至福の時間だという。本当はビールを飲みたいが、酔ってデータに支障が出たり何かをやらかしたりしてはいけないので、調査中は絶対に飲まないようにしている。
そもそもなぜサバクトビバッタだったのか
番組の終盤、高橋は、日本に関係のないサバクトビバッタをなぜ選んだのかと尋ねた。前野の答えによると、同じ弘前大学の卒業生がトノサマバッタをずっと研究しており、ある企画のためにサバクトビバッタを輸入してきた。しかし誰も研究していなかったので、「前野君、やってみたらどうですか」と声をかけられたのが始まりだったという。字幕はこの回答の途中、若い研究者たちが今も一生懸命取り組んでいる、という話に移りかけたところで終わっている。
日本にいながらにしてサバクトビバッタを8年間研究しておりまして。
サバクトビバッタがいる砂漠の方に行くわけじゃないですか。1週間ぐらいかけて砂漠の真ん中に着いて、どんな生活するんですか?
簡易のテントを張り、サソリが結構いますので。サソリいるんすか? 地べたに寝るのが大変なので、パイプベッド。高く上げて。それ、サソリは来れないんですか? ツルツルしてるとサソリは登ってこれないので、それは安心なんですけど、寝相が悪くて毛布が地面についてしまうと、そこを登ってくるので、絶対寝相は良くなきゃダメですと。
もともと日本で修士課程から、バッタを輸入してきてる研究機関で研究してたので、日本にいながらにしてサバクトビバッタを8年間研究しておりまして。
モーリタニアってどこかっていったら、アフリカの西ですよね。遊牧民とかたまにいるんですか? たまにいますね。いるんですか? 砂漠で何やってんですか? 遊牧民はヤギであったりラクダを草が生えてるところに連れていって、発育を促す。その人たちも6か月くらいは砂漠の真ん中にいて大丈夫だって言ってまして、当然、水なんかもないんですけども。
どういうことですか、大丈夫だって。そんな生活してる人が地球にいるんですか? 砂漠ならバッタもほっときゃいいじゃないですか。農業やってるわけじゃないんで。なんでそんな真剣にパトロール?
本当におっしゃる通りなんですけども、このバッタが他の害虫と決定的に違うのは、サバクトビバッタは国単位で防除をするっていう形になってまして、モーリタニアで増えたバッタが近隣諸国に飛んでいきまして、例えば。
ReHacQリベラルアーツ。この番組はビジネスパーソンに真に役立つ教養を楽しく学んでいこうという番組なんですけども、今日は昆虫学者の知られざる世界ということで。こちらですね。超売れましたよね。もう今23刷りぐらいですか? 『バッタを倒しにアフリカへ』の著者でいらっしゃいまして、昆虫学者でいらっしゃいます前野浩太郎さんにお越しいただきました。よろしくお願いします。よろしくお願いします。
こちらね、モーリタニアで、砂漠地帯でバッタと戦った本。これ今どんくらい売れてるんです? 何十万部ぐらい売れてるんですか? 今、累計で37万部。37万部。物好きな人が多いおかげで、たくさん売れて嬉しい限りです。
写真もね、中も全部カラーだし。全部じゃないですね、一部カラーで。これ文章がね、やっぱめちゃくちゃ面白い。SF風ですよね。新書だから勉強かと思ったら。そうですね。やっぱり皆さん、バッタのことであったり砂漠の生活なんかもあまり興味ないと思うので、なるべく人々に分かってもらいやすいように、優しいタッチを心がけて書きました。
ありがとうございます。今日はちょっと飲みながらざっくばらんに。この本にもね、いきなり空港で酒を没収されたんですけど、今日はノンアルですけど雰囲気だけ。いただきます。これ、8位ですからね。お疲れ様です。お疲れ様です。いただきます。ありがとうございます。
じゃあ、まずはその衣装は何なんですか? こちらはモーリタニアの民族衣装で、ダラーと言いまして。ダラーっていう名前で、1枚布になっておりまして、頭の上から羽織る感じでして、こんな感じでいるんですけども、非常に涼しい形になってまして。サハラ砂漠の国になっておりまして、非常に日差しも厳しいですし、砂嵐、風なんかも非常に厳しいので、現地の人たちは大体このターバンを巻きつつ、これを着るっていう形で。ターバンを忘れちゃったら、これを頭の上からかぶって、直射日光を浴びないようにっていうので、現地の気候に適応した衣装になっております。
勇者ですよね。なんかドラクエの。みたいな形に。肩口がドラゴンボールのサイヤ人の戦闘服っぽくて大好きなんですけども。ただ、ちょっとカメラに映るかあれなんですけど、だいぶ。FFいけますか? フルフィギュア。いいですか? だいぶ丈が長いので歩きづらいので、歩く時は後ろで手で持って、こうやって歩いていかなきゃいけないので、機動力はだいぶ低い。
これ、こうやって持って歩かないといけないんですか? そうですね。なので結構こうやって歩かないと足がかかったりとか。これを着てバイクに乗ると、バイクのタイヤに民族衣装が絡まって。今日これで来たんですか? これ、着替えて? これはさすがに会場の前で着替えてたわけなんですけども。確かにこれはバイクとか乗ったら危なそうですね。危ないですね。
なので、私も現地でお世話になってる人たちの職場、バッタ防除センターっていうところがあるんですけども、そこも平日はこのダラーは着てこないようにっていうふうなお触れが出回っておりますので。そうなんすか。休日に出てくる人たちは、このダラーは本当に普段着ですし、これは特に高級な特上品ですので、セレモニー、現地でも結婚式であったり大きい会議なんかの時は、皆さんこれを着て参加しておりますので。私も日本では正装として、これを着て。
今日、スーツみたいな感じですね。そうですね。ありがとうございます、スーツで来ていただいて。かっこいい。自分なりの正装でやってきております。ありがとうございます。
そっか。じゃあ、そのモーリタニアは、今まで海外でのご研究はモーリタニアがやっぱメイン? はい、そうですね。もうほぼほぼ初めて、私が31歳の春に現地に、日本学術振興会という特別研究員っていう制度を使って、2年間だけ若い研究者に自由に研究してもいいよっていうふうな制度を使って、モーリタニアに渡っていったんですけども。
じゃあ、そのお話。昆虫学者さん、いろんな研究やってる方いらっしゃいますけれども、その中でも前野さんがどんな研究してきたのか。昆虫学者って楽しそうですけれども、モーリタニアに何しに行ったんでしたっけ?
もともと現地で大発生するサバクトビバッタの研究をしに現地に渡ったんですけども、ただその時の支援制度も2年間で切れてしまうので、その先が続かない。そもそもそんなに昆虫学者は世の中で求められてないので、就職するのが結構大変。椅子の取り合いが激しくなっておりますので、自分の実力であったり強みを照らし合わせましたところ、あまり日本人がやってないところにチャレンジした方が、自分でも何かしら就職するチャンスができるのではないかっていうので、誰も行ってないモーリタニアに行ったっていうのも1つ理由になってます。
あんまり行ってない。日本人はそれまで行ってなかったんですか? もうゼロですね。ゼロですね。この本の初めの方にも博士たちの就職の大変さみたいなことが書いてありましたけど、モーリタニアの研究の募集ってどこで知るんですか?
私の方で、そこの現地にはバッタをやっつける専門のサバクトビバッタ防除センターっていうところがありまして、そこが受け入れ先になってくれるよっていうふうな確約を取り付けて。それで日本学術振興会の方に申請書を。選ばれるんですね。そこで選ばれましたので、その支援金をいただいて現地に行くっていうふうな流れで行きました。
なんでそこを知ったんですか? どっか日本人が行ってなくて、バッタが困ってるところがあるかな、みたいな、ググってたってことですか? はい。それもありますし、もともと日本で修士課程からバッタを輸入してきてる研究機関で研究してたので、日本にいながらにしてサバクトビバッタを8年間研究しておりまして。ただ、野外でどういうふうな行動をしてるかっていうのを全然分からず、人工的な環境だけで研究していた。
入ってきてるんですか、日本に。正式な手続きを取って輸入して、特別な許可を植物防疫所からゲットしまして、それで飼育してたんですけども。結局、昆虫学者で、やっぱり自然の状態でどういうふうな振る舞いをしてるかっていうのを見たかったんですけども、日本でその小さい飼育ケージに閉じ込めた中で研究してても、果たしてこれが本当の彼らの真の姿なのかっていうのを、ずっと疑問に、わだかまりを抱えていまして。やっぱりアフリカに行くと自然の生の素顔のバッタがいるっていうので、そっちに行ってぜひともやりたい。自由に飛びまくっているバッタを見たいっていうのと、自分の就職もかけて。
かつ、もともと自分は昆虫学者になりたいなっていうので、子供の頃に『ファーブル昆虫記』を読んで、将来は昆虫学者になろうと決めていたので。いろいろもろもろ計算して、自分の得意技、バッタの研究をしてきたっていう経験もありますし、アフリカに行ったらこの先どうなるかは分からないけども、行ってしまおうっていうので行きました。
その8年間、人工の中でサバクトビバッタを飼って、どんな研究してたんですか? 例えば、バッタが1匹で飼うと緑や茶色で、おとなしい幼虫になるんですけども、1つのケージにたくさんバッタを押し込めて集団で飼育しますと、体の色が黒や黄色のまだら模様になって、集団で移動するようになりまして。その密度、お互いの刺激し合う刺激によって変化する能力を「相変異」っていうふうな。相変異っていうんですか? はい。専門用語がありまして、低密度で飼ってるのが孤独相、高密度で飼ってるものが群生相って言いまして、密度に応じて変身する能力を持ってるっていうのが面白いっていうので。
そこを一番、自分がメインで、どういうふうなメカニズムでその相の変化が起きてるのかとか、例えば孤独相と群生相とで繁殖能力がどれくらい変わるかって。どう変わるんですか? 例えば、卵を作る資源、リソースは制限されてるんですけども、孤独相がいる環境は、野外ですと緑がたくさんあって、非常に彼らにとっては好ましい環境ですので。餌がいっぱいあるってことですか? 餌がいっぱいある時は、小さい卵をたくさん産む。群生相になりますと、どんどん餌が枯れていって厳しい環境になるので、よりたくましい子供を産まなければいけないっていうことで、数を犠牲にして卵の大きさを大きくしてやるっていうふうな、全然違う。
生まれてきた子供の大きさも違うんですか? もう全然違うんですね。2倍近く違ってまして。成虫も違うんですか? 成虫になりますと話がややこしくて。あと、脱皮する回数が変わってまして、群生相は脱皮する回数を1回少なくすることによって、早く厳しい環境から脱出しようっていうふうな戦略を取り、孤独相の方は脱皮回数が群生相よりも1回多いので、大きい体サイズになり、大きい体サイズの方がより多く卵を産む能力がゲットできるので。それぞれ住む環境に応じた適応能力を持ってまして、それがどういうふうな能力で変わってるかっていうところをずっと調べてきまして。
それこそ飼育容器の中に、湿らせた砂をアイスクリームのようなカップに入れて置くと、そこにバッタがやってきて卵を産むわけなんですね。それを自分が掘り起こして水洗いして、1個ずつばらして、何個産んでるか、どれくらいの大きさかっていうのをひたすら測定してるので、まず間違いなく自分が日本だけじゃなくて、人類史上最も卵の長さであったり卵の数をカウントした男だと思います。サバクトビバッタの。
すげえ。面白いですね。その緑の時は餌がいっぱいあるから点在してるわけですよね。茶色の時はどういう時ですか? 枯れちゃって乾季とかってことですか? 砂漠ですと、例えば8月、9月が雨季になるんですけども、強烈な大雨が本当に短い期間にパッと降りまして。その水分が地中にたまってるところで植物が生えてきて、追加の雨がないので、その植物もそんなに長くは持たず、せいぜい2か月ほどで枯れてしまうんですけども。その間に、孵化してきた幼虫が成虫になってしまわなければ死んでしまうんですね。餌がなくなってしまって。
しかも砂漠という環境が、なかなか予測ができない形で不規則に変化してしまうので。例えば昆虫の中ですと、日の長さに反応して冬は休眠しようっていうふうな戦略を取るものもいるんですけども、そんな日に応じて、例えば孤独相になろうか群生相になろうかっていう戦略を取ったとしても、毎年雨が降るか降らないかっていうのもあるので、彼らが一番、最も信頼している刺激というのがお互いのぶつかり合い。密度。
つまり狭い面積のところの餌を取り合いに来てたら、密度が高いわけですからね。そうですね。そっか。1ヘクタール緑があった時はばらけてたけど、6畳半ぐらいしか緑がなかったら群れてるから。集まってきて刺激し合うっていうので。それだからこの黄色い方、このまだら模様で、その時は緑の部分が少なくて、本当はもう砂漠で茶色いから茶色になるわけですか? 擬態というか。
そうですね。それも1つ謎でして。その後で多分ここに群生相の幼虫の写真をお見せすると思うんですけども、まだその群生相の幼虫の色も、なぜそういう黒と黄色の目立つ色になってるかっていうのが、科学的に確実に証明されてるわけではなくてですね。
仮説は何なんですか? 仮説は1つあるのが、自分たちがまずいよっていうのを天敵に学習させるっていうのが1つありまして。砂漠の中には毒性成分を含んでる植物がありまして、それをその目立つ体色のバッタの幼虫が食べて、それをトカゲが食べると「こいつらまずい」っていうので学習する。そういった群生相の目立つ体色は天敵に対する警告色だっていうふうな研究がされてるものの、ただ毒物がないところもたくさんあって、そこでも目立つ体色をしてるので、なんでその目立つ体色をしてるんだろうなっていうのはまだ。完璧には分かってないんですか? 分かっていないところですね。
すごい。8年間ですもんね。それをいろいろ、卵の長さを測定したりであったり、脱皮の回数がどうやって変わっているんだっていうふうな研究をしたり、交尾行動を観察したりという、非常に地道な。そちらの今お手持ちの方ではなくて、また恐縮なんですけど、こちらまた別の本がありまして。『孤独なバッタが群れるとき』にそれが書いてあるわけですね。そうです。こちらにそういった細かい、私が8年間日本でやってた研究の方をやってまして。
それこそ『呪術廻戦』の芥見先生がこちらを読んでくださって、『呪術廻戦』の10巻のおまけページに、私のこちらの本を読んで参考にしたっていうので。それでこの帯に。くれたんだ。芥見先生が奮発してくださりまして、これで使わせてもらってるっていうので。最初は私の方は学術に近いです。こっちは非常にグラフがたくさんあるんですけども。
ただこれを書いたところ、友人であったり両親に「難しくて分かんなかった」っていうのを言われてしまって。やっぱり特別遠いところに行ってますし、日本人と馴染みのないことをしてるので、それをどうせだったら日本の方々に知ってもらいたいなっていう思いが募り、それでそっちの柔らかい文章の方を書いて。『バッタを倒しにアフリカへ』ですね。そうです。
なるほど。昆虫学者ってやっぱ面白そうっすね。8年ぐらい虫をずっと観察できるんですもんね。そうですね。やっぱり楽しいですし。楽しい。どこでやってたんですか、それは? 大学に籍を置いて。それも博士号を取得した後は、ベストはその後に大学であったり研究所に就職できたらいいんですけども、まだ就職できなかったので、いわゆるポスドク、ポストドクターっていうので。それも日本学術振興会から3年間の研究費と支援金をいただいて、3年間は自由に研究できたんですけども、またその先がつながらないので、そこで「よし、じゃあ外国に行ってしまおう」っていうので、海外特別研究員っていう制度を使って渡っていって。
大学はどこでやってたんですか? 大学が私、3つ、弘前大学、茨城大学、神戸大学って、それぞれとしてたんですけど。学部、修士、博士で全部点々として。研究所で8年間バッタの研究をしてまして、その後にアフリカに渡ったっていうふうな流れです。
そんなことができるんですね。大学は神戸とかでも、研究所をつくばに構えておいていいよ、論文出せば、みたいな。なっておりますので。それこそ日本のいろいろな研究所も、昔はそれは認められていなかったんですけども、ちょうど私の時から外部の研究機関でやった研究成果も成果として見なすっていうので、それで博士号を取得できるっていうふうな流れになりましたので。
本来であれば大学にいながら、周りに若い人たちがたくさんいる環境でやれるところを、私の場合はプロフェッショナルの中に1人飛び込んでいって、もうすでに世界トップレベルでやってる人たちの中に入っていけたんだけども。それは研究的には良かったものの、同世代の人と触れ合う機会が少なくなったので、それは青春時代をちょっと楽しめなかったかなとは思います。
そのつくばの研究所って、砂村君がいるところですか? とはまた別の。違うところか。俺の生物部の後輩の砂村君。そうなんですか。僕が生物部の、2年からずっと6年まで、1個下だったんですよ。ずっと一緒に毎週土曜日、砂村君と。なんと、そういうつながり。彼もつくばでやってましたよね。おそらく。研究してる。
大体、昆虫学者は固まってるんですか? 結構おりますね。やっぱり昆虫の研究所も何個かありますので、結構道を歩いてると「あ、久しぶり」っていう形で。つくばはもう石を投げたら博士に当たるくらいの。いい環境ですよね。博士たちだらけで。
そんな中、博士課程まで、博士も取って、その後3年間そのお金でやって、まだ就職できてない状況なんですね。何歳なんですか、その時。その時が31歳で、アフリカに渡っていきまして。そこで何か大きい成果を上げられたら、日本でどっかポストを得られるかなと思ってたらダメでして、結局33歳で無収入になってしまいまして。
ちょっと待ってね。31までだから、ほぼ無職でアフリカに行かれた。これですよね。行かれた。こんな面白いこと、この後聞きますけど、結構面白いことをやったけど、33歳でなお無職。無職です。いや、やっぱ研究職、厳しすぎじゃないですか、ちょっと。
ただ自分の場合は、日本で日本の昆虫を研究するんであったら、まだより効率よく研究成果を出せたと思うんですけども。それこそ私がモーリタニアに行ったらバッタがたくさんいるっていう定評があるから行ったところ、60年ぶりの大干ばつでバッタがいなくなってしまって。「自分は人生かけて何しにアフリカに来たんだろう」っていう切ない状況。自然にも見放されてしまったっていう切ない状況もあったりしたんですけども。
31で一念発起して「よし、モーリタニアで研究成果を上げて、次こそ教授の職を得るぞ、研究職を得るぞ」と思って行ったら、大干ばつでバッタいねえな、みたいな。じゃあ、そのモーリタニアの話を聞いていきましょうか。研究を頑張るために行ったわけですね。サバクトビバッタを砂漠の中で調べるために、モーリタニアにね。行って、いなかった。
出だしはちょっとだけいまして。それこそ自然の姿のバッタを研究できて、本当に1日の観察だけで論文を出すことができたので、これはもう新発見できまくりで論文を出せそうだって期待していったら、「あれ、バッタがいなくなっちゃった」っていうので。全然論文をバッタで書けなくなったので、仕方ないから別の虫を研究してとかっていうので、なんとかごまかしながらやっていったんですけども、やはり厳しいっていうので。
何やってたんですか? じゃあ、その虫がなかった。まずモーリタニアってどこかっていったら、アフリカの西ですよね。はい、そうです。西アフリカ、本当に海沿いの国でして、日本の国土の約3倍の広さを誇っていて、国土の9割が砂漠。9割。9割砂漠。もう本当に緑もほとんどないような環境なんですけども、ただ海に面しておりまして、豊かな魚介類に恵まれておりますので、日本で食べてるタコの約3割はモーリタニアから来ております。
タコね。確かに地理でタコって習いますね、モーリタニアは。そのイメージしかないですわ。赤道直下ぐらいですか? 赤道よりちょっと。まだ全然上ではあるんですけども。ただ、産業なんかもそこまで活発ではないので、まだまだ舗装されてない道路であったり、裸で歩いてる方がいらっしゃったりっていうふうな状況ではあるんですけども、とりあえずバッタが一番見れそうだっていうので行きましたし。
先ほど質問いただいたんですけど、そのバッタの防除センターの所長さん、ババ所長さんが「今年モーリタニアでバッタが発生してるから見に来ないか」っていうのを世界中の研究者にメールで流して。「興味ある人は見に来る?」っていうアナウンスをしてくださって、そこで当時お世話になってた方とまずは行ってみて。一度視察をした上で、これは生活は大変そうだけども、バッタは見れるので、これはやり応えがありそうだっていうので。そこで「絶対戻ってくるぜ」っていうので、お客さんが来たらコメントを書くような。その1年後にちゃんと戻ってこれたっていうので。
でも楽しそう。未知の国ですから。13人でしたっけ、住んでた日本人が。13人しか住んでないようなところですから、ちょっと楽しそうではあります。過酷そうではありますよ。楽しそうではあると。行って、期待に胸を膨らませて。どんなところで研究するんですか? まず建物とかは。
一応コンクリート造りの建物はあるものの、実験施設的なものがほとんどないんですね。それこそ毎日停電しますので、昆虫の飼育ですと温度を一定に保つとか、湿度をコントロールするっていうのが室内だとできないので。だったら野外に行ってバッタを観察して、それでデータを取ろうっていうので、完全にフィールドワーカーに自分は変えまして。例えば野宿するんですけども、大体1週間から10日ほど。
ちょっと待って、どこにいるんですか? 首都にいるんですか? 首都のバッタ防除センター。バッタ防除センターにいると。じゃあ出張で何週間とか行くわけですか? せいぜい1週間、10日くらい。遠くに行くんですもんね。そうですね。どれくらい遠くに行くんですか? 一番遠くで800キロ離れてるエリアに。800キロは相当ですね。だいぶ遠いところがあるんですけども、そちらに行ったり。基本は大体300、400キロ離れたエリアが、たくさんバッタが発生しやすいところがあるので。砂漠で。
そこに車で。先にバッタ防除センターが全国各地にパトロール部隊を派遣していて、どこにどれだけバッタがいるよっていうのを把握していて、そのGPS情報をいただいて、そこにピンポイントで乗り付けて、そこでステイ。
国土の9割が砂漠で、道もほとんどないようなところですよね。はい。だけど防除センターは結構人を派遣して、バッタを観測しに行ってるんですか? そうです。スタッフが約100名おりまして、それで車、大体2台を1チームとして全国各地に。止まったら死んじゃうから。そうですね。1台で真ん中で止まったら死んじゃいますもんね。切ないことになってしまうので、2台で何かあった時用のバックアップと、実際に機材であったり、彼らもキャンプ道具なんかも持っていくので、それを持っていって。それであちこちで点在してやるっていう形でやってます。
ちょっといろいろ疑問があり、面白そうではあります。砂漠なんですよね。砂漠でバッタはなんでそこに来るのか、何を食いに来るのかっていうのと、砂漠ならバッタが来てもほっときゃいいじゃないですか。別に作物があるわけじゃないと思ったんですけど、その2つ、どういう?
ありがとうございます。日本人は砂漠っていうと、砂丘、サラサラした砂を一番先に思い浮かべるんですけども、その脇に結構硬い土があるんですね。踏みしめられてるような。そういうところに雨が降ると植物が生えてくるんですね。バッタが、雨が降って緑が増えてるところに、緑が多いところに飛んできて、そこで繁殖すると数がどんどん増えてしまうっていうので。やっぱりガソリン代もばかにならないので、雨が降ってない時はそういうパトロール部隊を無駄には送り込まずに。
雨が降って何日後ぐらいに草が生えるんですか? それも自分、厳密に滞在して見てはないんですけども、まず2週間するとだいぶ緑になってるっていう。2週間でわーって。わーって、だいぶ緑の草原的になってるっていうのは見たことはあるんですけども。
そういうところに、普段は成虫が細々と、オアシス、地下にあって、そこで緑が比較的あるところで鳴りを潜めているとは言われていて。それで、そこら辺のところに雨が降って緑が増えてくると、そこにやってきて草を食べ始めると、急に繁殖し始める。卵を産み始めて、そこで産んだ子が約2週間で孵化してきて、その草を食べながらどんどん発育していって、1か月ちょいでもう成虫になって、また次のところに飛んでいくか、そのままいるかっていうふうな流れになってるようです。
オアシスで繁殖すればいいじゃないですか。なんでオアシスじゃダメなんですか? あまり草が生えていないみたいでして。オアシスってあんま生えてないんですか? 生えてないみたいですね。特にそのオアシスっていうのも、ワジって言いまして、昔、川があった枯れ川みたいなところは、地下に比較的水がたまってるので、そういうところの脇にはナツメヤシが結構生えていて。サバクトビバッタは500種類以上、植物を食べることができるので、おそらくそういった細々とした草を食べて生き延びているであろうと言われて。
オアシスの脇にあるちょっと木のあたりで、なんか食って細々して。そんな草ないんですか? 何を食べてるか、そこまで見たことはないですし、それも厳密に研究の論文として報告されてるわけではなくて、ざっくり、そうなってるだろうっていうので。やっぱり現地の人たちもバッタをやっつける方に集中しているので、じっくり観察して研究するっていうところまでは、なかなか手が届かない状況もあります。
面白い。雨が降って、雨後のたけのこじゃないですけど、ガーッと草が、そこに一気に来ると。でも思うんですけど、ほっときゃいいんじゃないですかって。別に農作物をやってるわけじゃないじゃないですか。農業をやってるわけじゃないんで。イナゴは困りますよ。だけど、ほっときゃいいんじゃないですか。なんでそんな真剣に研究、このパトロール?
本当におっしゃる通りなんですけども、このバッタが他の害虫と決定的に違うのは、他の害虫は結構、農家さんレベルで自分たちで防除するんですけども、このサバクトビバッタは国単位で防除をするっていう形になってまして。それこそモーリタニアは、おっしゃられたように農業国ではないんですけど、モーリタニアで増えたバッタが近隣諸国に飛んでいきまして。例えば上の方にあるモロッコなんかは、すごい農作物を作っておりまして。モロッコはなんかね、きれいな、すごい緑が豊富なところなんですけど、そこに飛んでいって悪さをするっていうので。
もう国々が連携を取って、お互いに手を取り合って、自分の国だけ守るんじゃなくて、他の国のことも考えて、強烈な国際協力のもとに運営されてるっていうところが、ユニークな点だと思います。そっか、モロッコとかが困っちゃうのか。他の国が特に困る。モーリタニアは困ってないんですか、正直。
モーリタニアは一部困ることはあるんですけども、普段はそこまで決定的には困らないっていうのもあるんですけども。ただ、例えば遊牧民がまだいるんですけども、そのラクダであったりヤギが食べる緑がバッタに食い尽くされてしまう。そこまで、難民をどうやって支援するかっていうふうな経済的な問題も引き起こされるっていうので。一応、社会的な大きい問題ですので、バッタの防除センターなんかも年間の運営費は約1億円支援されて、それで人を雇ったり、バッタをやっつけたりっていうので。
特にこのバッタは、大発生、とんでもない量が発生してからやっつけようとすると、ものすごいお金がかかって。なるべく発生する前に、常に早め早めの対応をしようっていうので、予防的防除っていうふうなものが推奨されているので、常にある一定のレベルで管理。発生しそうだぞって言ったら駆除。すぐすかさずやるっていうのプラス、あと大体2019年、20年にかけて東アフリカでサバクトビバッタが大発生した時は、世界的に大々的に報道されたんですけど。
なんかすごかったですよね。人が死ぬレベルみたいな。相当わーっと、すさまじい数の写真、動画、私も拝見したんですけども。当時もちょうどあの辺りがバッタの被害がしばらく出ていなかったので、昔培っていた防除システムなんかも全て廃れてしまっていて。そういうところにこのバッタが来て悪さをし始めたので、どうしたらいいかっていうのをアドバイスしてくれる人がいなくて。それで西アフリカでバッタの防除をやってる人たちが派遣されていって、そこでアドバイスして。
国際的に支援金をいただいて、車を買ったり、殺虫剤をまく道具を買ったりっていうふうな形でやったので、その人間が一番大切だよねっていう教訓を得たきっかけでした。なるほど。そっか。そういう目的があって、周辺諸国も困るし、大量発生したら農業被害もあるし、遊牧民さんも困って、困ったら治安が悪くなっちゃいますからね。それは確かに適切に管理しなきゃいけない。
1週間ぐらいかけて現地に行かれるわけじゃないですか、砂漠の方に。そのサバクトビバッタがいるところに行くと、どんな生活するんですか? 家とかあるんですか? 家とかないですので、大体朝方出発すると夕方くらいには、例えば砂漠の真ん中にたどり着いて。硬いところですね。そうです。
その硬いところに行く間は、柔らかい砂丘をやるんですか? これ、『VIVANT』みたいな。あれも本当にああいう砂漠がありますので。ただ、『VIVANT』に出てくるような、すさまじい砂丘レベルではなくても、でかいやつもあるので、そういうところは車のタイヤが砂に埋まってしまってスタックして、出られなくなってしまうので。ちゃんと谷的なところに秘密のルートがありまして、そこを一気に渡っていくっていうふうなところで。
私は今は大体車2台で行きまして、ドライバー2人と雑用係1人の4人でパーティーを組んで現地に行きまして。まずは私がこのバッタがどういう状況かっていうのを見て、「ここだったら十分データが取れそうだな」っていうのを決めたら、「よし、じゃあここでやるぞ」って言ったら、自分は早速、環境、温度、湿度を測定するような機材をセットしつつ、彼らはテントを張ったり、準備をしてくれる。
夕方ぐらいに砂漠の真ん中に着いて、ここら辺バッタが出そうだなと、ちょっと雨が降った痕跡があるぞと。でも先生は駆除しに行くわけじゃなくて、研究しに行くんですもんね。自分はやっつけてはいけないので、まず自然の状態で観察したいっていうので。実際に自分の目でバッタを見て、これだけ数がいると。やっぱり自分もデータを取らなきゃいけないので、数少ないバッタからデータを取るのはすごく時間がかかってしまうので、効率よくデータを取りたいので。「こっちもいる、こっちもバッタがいる」って、歩いていける範囲で、ここに行ったらいろいろな行動パターンを知れるぞっていうので、データを取るんですけども。
なので私以外の3人はモーリタニアの方たちで、料理を作ってくれたり。夕方に着いて、まずキャンプ、テントを張る。砂漠の中、何もないところにテントですよね。電気ない、水ないんですよね。そうですね。やばいですよね。全部積んでるんですよね。全部積んで。発電機と。発電機も持っていかず、水とガソリンをドラム缶に入れて積んで。
テントを張って。テントは何個張るんですか? テントは1つ。ただ、大きい、四方くらいあるので。相当でかいですね、この部屋ぐらい。こっち側から、この、そこの壁ぐらい。じゃあ4人で全然苦しくないですね。全然いけますね。そういうテントを張る。楽しそう。
ただ、地面にフックをかけたりするのが大変なので、大体は車2台を横付けして、真ん中に大黒柱を立てて、両端、いわゆるスカートの部分を車にくくりつけて。すぐ翌日移動する可能性もあるので、そういう形で簡易のテントを張り、あとはサソリが結構いますので。サソリいるんすか? 地べたに寝るのが大変なので、パイプベッドを敷いて、それぞれみんなに。ちょっと高く上げて。そうですね。
それ、サソリが来れないんですか? ツルツルしてるとサソリは登ってこれないので、それは安心なんですけど、ただ夜、結構朝方寒くなるので、毛布をかぶって寝るんですけど。その寝相が悪くて毛布が地面についてしまうと、そこを登ってくるので、もう絶対寝相は良くなきゃダメです。こう巻きつけて。巻きつけたりっていうので。それ、油断すると「おい、浩太郎、枕の下にサソリいるぞ」っていうのを言われたことがあるから。砂漠のおかげで自分は寝相が相当良くなりました。
うえっつって。楽しそう。ちょっと待ってくださいね。まず、夕方に着くとおっしゃいましたけど、夕方に着くまでに、砂漠とか山賊とかいないんですか? 昔、テロリストさんが。テロリストさんが。いたっていうのはあるんですけど、山賊はあまり聞かないので大丈夫ですし。今も大丈夫? 今も基本的には大丈夫なんですけども。
一応モーリタニアには大きい道路、舗装されてる道路が、そんなに数はないんですけど、もうザ・ストレートの道路がありまして。そこに定期的にデザートポリス、いわゆる検問をしてる人たちがいて、そこではどこから来たのとかっていうのを全部聞かれるので。防除センターの方で、オルドル・ド・ミッションって言いまして、誰それと誰それが何のために行くよっていうふうな、通行手形みたいな書面をいっぱいコピーしておいて、1枚ずつ渡して、それで突破していき。そのGPSの近いところに行ったら、舗装された道路から外れて、砂漠の方へ行く形ですね。
そこも人はいないわけですか? 遊牧民とかたまにいるんですか? たまにいますね。いるんですか? 砂漠で何やってるんですか、遊牧民は。彼らはバイトをしてる人もいまして、ヤギであったりラクダを草が生えてるところに連れていって、それで発育を促すであったり、成長させるっていう。バイトを主に雇ってるみたいなんですけど、その人たちも6か月くらいは砂漠の真ん中にいて大丈夫だって言ってまして、当然、水なんかもないんですけども。
どういうことですか、大丈夫だって。ヤギとラクダのミルクを飲んでると、水分はそれで十分だし、そこにミネラルも十分あるから大丈夫だって言って。たまにヤギをさばいて肉を食べるっていうふうな。そんな生活してる人が地球にいるんですか? どうやってるのって。我々であれば、日中暑い時も日焼け止めクリームを塗ったりとか、サングラスをつけたりっていうのをするんですけども。
それこそ遊牧民は、私が着ているダラーを、パンツは履いてるんですけども、上は裸で羽織って、それで生活してるっていう。水に、ヤギとラクダの乳を飲んで、肉をさばいてたまに食べるっていう。そうか、それ以外はミルクが栄養になって。はい。何それ、すごい。そういう人たちが歩いて、ドライブというか、車を走らせるといるわけですか? そうです。すごいな。
たまに我々もバッタのGPSで、ここにバッタがいるよっていうところに行くと、遊牧民がいるので、「最近バッタどうですか?」っていうのを、私のドライバーのティジャニが訳して聞いてくれて。その時に「今、料理するオイルがないからちょっとくれないか」とかって言われるので、我々も調査に行く時は自分たちの分の食料以外にも、情報をくれた人に、お茶であったりいろいろなものを持っていって、「ありがとう」って渡していくっていうふうな感じ。
喜ぶんじゃないですか? めっちゃ喜んでくれますし。めっちゃ喜ぶ。砂漠で久々に油で炒められるわってなるわけですよね。ありがたい。お茶来たって。お茶がすごい彼らの大好物になってますので。現地は小さいショットグラスに、濃いウーロン茶みたいなやつに砂糖をいっぱい入れて、それを3回に分けて飲むっていう風習があるんですけども。ただ不思議なことに、クソ暑い時にその熱い、甘いお茶を飲むと元気になります。
へえ。それは彼らの大好物だ。砂漠では普段手に入らないですもんね。そうです。すげえ。そんなところを通り抜けていって、着いて、夕方にテントを張って、飯は何を食ってるんですか?
飯は基本はシーチキン、ツナ缶をアホほど持っていって。そのプラス、あと野菜も。冷蔵庫を使えないんですけど、気にせずにキャベツ、ナス、トマト、ニンニク、ニンジンみたいなものを持っていって。彼らが細かく切り刻んでくれて、それを圧力鍋に入れて、コンソメで味を整えて、トマト味であったりコンソメ味で。プラス、こっちに米であったりスパゲティ、マカロニを準備して。
そのソースをぶっかけて食べるっていうふうなご飯なので。
美味しいですか?
めちゃ美味しいです。
食べてみたい。コンソメとかトマト味で、それをパスタとかご飯にもかけたりするんですか? 美味しそう。
美味しいと思います。もうそれでレストラン開いててもいいんじゃないのっていうくらい美味しいですので。缶詰生活を想定してたら全然そんなことはなくて、結構料理してくれますし。ただ、例えばバッタがたくさんいると、1週間、10日くらい野宿したくなると、自分はバッタの調査でウハウハしてるんですけど、彼らはたまにやることがなくなってしまって、暇をぶっこいてしまいますので。そういう時は、彼らの一番のご馳走であるヤギを持ってきます。
ヤギ持ってくるってどういうことですか? 都会から持ってくるってことですか?
都会であったり、そこら辺で遊牧民が連れてるので。大体大人のヤギ1匹1万円くらい。
大人のヤギ1匹1万円。
日本で多分買うともっと高いと思うんですけども、まずそのヤギを1匹買ってきて。
じゃあ、たまたま通りかかった遊牧民からですか?
であったり、探してもらって。
そこら辺にちょっと車で探してきてっつって。
って言って買ってきてもらうと、彼らはすごいヤギさばくのも上手なんですね。呪文を唱えながら、彼らイスラム教の人たちなので、呪文を唱えながら喉をかき切り、皮を剥ぎ、内臓を出して。内臓が一番傷みやすいので、まずはこのごついダッチオーブンの鍋に玉ねぎを敷き詰め、内臓を入れ、岩塩をかけ、網脂をして。ガス台も持ってるんですけども、焚き火しながらやるっていうふうなこともあるんですけども。基本ガスで、あまり木でやると煙が出て、その煙がバッタに影響してしまうと切ないので、ガスでテントの中でグツグツやってもらって、それを後でみんなで内臓つまむ。
内臓つまむって。ヤギ1匹、その日には食えないじゃないですか。保存できるんですか、ヤギ。
はい。食べれない部分は日陰に干しておいて、翌日また今度ももの部分を食べるとか。自分たち以外にもバッタ防除センターのチームがあるので、大体3等分くらいしておいて。近くのチームに車で行ってきて、「おい、ヤギ締めたぞ」っつって、「取りに来て」って言うと彼らが来て。
だって2時間ぐらいかかってくるんですよね。
大体、比較的近いので1時間くらいで、場合によっては30分とか近いところにもおりますので。彼らが来てくれると、全員が「浩太郎、メルシー」っつって、こう握手して。そうやってヤギを食べ、彼らのすごいご馳走ですので、砂漠の中で不便かけるけども、そういう食の楽しみを楽しんでる間に自分は調査をする。
ヤギのもも肉とか焼いて食う。
焼いて食うって形。
楽しそう。そんな経験2年もしたら人生楽しそう。それトイレとかもちろんないから、野糞みたいな。
そうですね。
そりゃそうっすよね。
ただ、それも一応マナーがあるので、テント、我々がいるエリアから軽く人目につかないところまで歩いていって。
どんくらいですか、それ?
結構大きめの植物生えてるところなんかですと楽ですし。
隠れる。
隠れる。だから自分も大体歩いて5分ちょっとくらいのところに行って。
そんなに離れるんすか?
結構離れますね。
離れりゃいいじゃないですか。別に踏むわけじゃないし。
ただ、気分的に見られたくない、見せないっていうふうなエチケット、マナーが非常に強いですし。それこそ自分の場合は虫が好きなので、大体朝、用を足すとフンコロガシが飛んでくるんですね。フンコロガシが飛んでくるのも観察して、データを取って、いつかフンコロガシのやつもやりたいな。それこそテントのそばで用を足すと、フンコロガシが糞を持ってきてしまうので。
コロコロコロね。
「誰のうんこだよ」っていうふうな事件が起きてしまうので。そういうものもあるので、なるべくちょっと離れたところでっていうところでやってます。
5分も離れて。へえ、面白え。
自分の場合はトイレットペーパー使うんですけども、彼らは左手で。
イスラム教の方。
なので、大体大きいペットボトルに水入れていって。
左手で拭いて、これで料理しようかってことですよね。
そうですね。
だからそれすごいですよね。
そこはもう見なかったことにして。
都会だったら水道で洗いますけど、ペットボトルで洗ってるだけでもう1回料理してんですよね。
そうですね。石鹸、洗剤で手洗うので、そこはもう自分はノーカンにして。
まあね、気にしてたらやってられないですね。
もう全然やってられないことが多いので。お皿とかもそれこそ食事した後は洗剤で洗って、その貴重な水で、たらい2つ準備して、こっちでちょっと大きい汚れやったら、こっちですすいで終了みたいな。
ちょっとついてますよね。
若干ついてるものの、そういうものも見なかったことにして。
そうするしかないっすよね。
動かしていくので、本当、砂漠でキャンプしたい人にとっては絶好のシチュエーションで調査できてると思います。
風呂とかないんですよね。
お風呂もないので、自分の場合は夕方くらいになりますと、6時過ぎますと一息入れて、ギャツビーのフェイシャルタオルで。一度、日焼け止めとかもべったり塗ってるので、それで1枚が真っ茶色になるくらい拭いていったら、500mlでリフレッシュ。
500mlは使う。シャワー代わりで。
シャワー代わりにやると全然違います。
やるのとやんないとでは。
汚いままだと。ただ、それこそ大の大人4人、浴びなくても、帰りの車の中もそこまで臭くないんですね。
臭くなりそうなもんですけどね。
そうなんですよ。ただ向こうは非常に湿度が低くて、10%くらいになってると全然臭くないんですけど。ただ一度、夜中に大嵐が来て全員濡れて、車に避難した時は、その眠ってた匂いが目を覚まし、めちゃくちゃっていうのがあったので。
閉じ込められてるだけなんですね、匂いが。
そう。なので夏は日本の方が正直大変だと。
そんなカラッとしてて。砂漠での生活、虫取るとこ以外から聞いちゃって申し訳ないですけど。
全然。
絶景なんですか? 朝とか夜とかっていうのは。
やっぱり朝、広大な大地から悠々と太陽が昇ってきて、それを見ながら「今日も頑張るか」っていうのもありますし。それこそ夜の星空はすさまじいですね。結構砂で隠れてる時もあるんですけども、満天中の満天の星空が見えるので。「これが」っていう、本当くっきりして。周りに本当、見渡す限りライトがないんですね。
360度。
そうですね。なので、より微弱な光を放ってる星もすごくくっきり見えるので。夜は正直、自分は「今日は流れ星5個見るまで寝ないぞ」みたいな余裕をかましてやってます。
1日の流れ聞きたいです。到着して、朝何時ぐらいに起きるんですか? 日の出とともに起きる感じですか?
調査の内容にもよるんですけども、幼虫を追ってる時は、大体、日が昇ってくるのが6時45分になるともう薄明かりでだいぶ見えちゃうので、6時前に起きて。朝の日向ぼっこ、バッタがするんですけど、それをデータ取りたいので暗いうちにもう。
6時、どんくらいですか? 真っ暗?
真っ暗。
真っ暗。まだ全然明るくなる前に。夜ですよね。未明か。未明に起きて、6時ぐらいに起きて。
起きて、三脚立ててカメラをセットして。バッタが朝、日向ぼっこしてるのを遠くに見つつ、ご飯。自分は大体バナナ持っていって、コーヒー入れてもらって、バナナ食べつつコーヒー飲みつつ、「バッタたち温まってるわ」っていうのを。
それテントから離れたとこですよね。バッタの生息地ですもんね。
そうですね。大体100mぐらい離れたとこに行って、カメラをセットして、テント戻ってきて。ただ、観察してる以外のバッタもそこら辺いるので、そいつらを見ながら。
テント前にもいるんですか?
近くにもいるので。ただ我々人間が近くにいると自然の行動を邪魔してしまってるので、そういうデータ取ってしまうとぶれてしまうので、本当に自然な。
離れるんですね。
ナチュラルなところを観察したいっていうのがあるので、離れて。朝それでやったら。
バナナとコーヒーが6時45分ぐらいですか?
大体7時過ぎ、大体7時半から8時の間に朝ご飯食べます。
日の出が終わった後。日の出見て。
ああっつって、その時に日焼け止めクリームを塗りたくり、白い服、長袖で長ズボン着て戦闘スタイルを整え。それで何を調べてるかにもよるんですけども、この群生相の幼虫を研究していますと、彼らがマーチングと言いまして、みんな同じ方向に一斉に歩いていくっていうふうなこと。カタカタって歩いてきまして、それもあっちこっち行くんじゃなくて、みんながお揃いで同じ方向に歩いていくっていう行動を示すんですけども、その行動原理もまだまだ詳しくわかっていないんですね。なので、それを自分は特に。
それって近づいちゃいけないんですか? 近づいて見るんですか?
いろんなパターンがあるんですけど、離れて、今この温度、こういうパターンでこうなってるなっていうデータを取る場合もあれば、それこそ自分が天敵代わりになって彼らにアプローチをしていって、どういうふうな反応をして逃げるかっていうふうなものを取ったり。あとはサーモグラフィーカメラを向こうに持っていっておりまして、それで近づいて、今この温度はどうなってるかっていうので体温の研究をしたり。バッタを1日の定期的に捕まえてきて、どういう餌を食べてるか、解剖してお腹の膨れ具合がどうなってるかっていうふうなデータを取ったりっていうのを、定期的に1時間おきに。20分くらいずつデータ取ったら、テント戻ってきて休息してっていうのを。
20分ぐらいデータ取って、またこっちで何分ぐらい休憩するんですか?
その間に休息しながら解剖して、結局自分は休んでないんですけども、何かしらを。解剖してデータ取って、また1時間おきにあっち行ったりこっち行ったりっていうデータを何日も。
それ今日は解剖で、みたいなことなんですか?
そうですね。
解剖の日、ずっと解剖してんですか?
解剖なので1時間おきに解剖。
することに意味があるんですか? 何時ぐらいに飯食ってるかとかって。
そうですね。
1時間おきに捕まえて解剖。何匹ぐらい?
行ったら取ってきて、行ったら取ってきてって。例えばメス10匹、オス10匹で決めて。それで何日か分ドッキングすると、もうそれでパターンが見えてくるっていうふうな形でデータ取ってます。
こういう草食べてるなとか、朝食べてるなとかいうの、何日か重ねると傾向が。その時に、これだよね。網持って、おりゃっつって。
網持って、おらって。
運の悪い10匹が捕まって、腹かっさかれて。犠牲になってしまい、申し訳ないんですけども。
犠牲になって。なるほどな。解剖でもあれば、サーモグラフィーで体温。体温でって決めたら1日観測してとか、1週間やってとかってわけですよね。
そうです。結構1日のうちに研究テーマ何個も並列してやってる形なので。
そっか。じゃあサーモもやるし、捕まえて解剖で、また1時間後サーモ行って、解剖、解剖。それ1日中やる。あと何時ぐらいですか? 8時ぐらいからですよね、今言ってる感じだと。8時ぐらいから何時ぐらいまでですか?
日暮れまで、まずその行動を見たら、夜は夜でまたずっと。あとバッタが夕方くらいになりますと、大きい植物に幼虫が登ってくるんですね。降りてきて、また日向ぼっこして歩いていく。なので、「バッタの幼虫、木に登るんだ」って、そんなことも知らなかったので結構びっくりしました。
そっか。研究室でいる時はそういう習性わかんないですね。日向ぼっこ行って。おもろい。
全くわからないですし、それこそラボの中ですと、電源がオフになったら人は入っちゃいけないっていうのが暗黙のルールであったので、暗い時何をしてるかっていうのが全くわかってなかったんですけども。基本的には、光を一瞬でも感じてしまうと彼らのリズムが狂っちゃうかっていうものもずっと言われてるので、非常に敏感な昆虫もいますので。基本、暗い時は入っちゃいけないっていうのが暗黙のルールで、自分も信じ込んでいたんですけども。むしろ日中はクソ暑いですけど、夜になると気温も下がってきて、ヘッドランプをつけて調査しに行くっていうのが非常に効率いいぞっていうので。かつ夜に研究してる報告っていうのがほとんどなかったので、そういうパターンで、そのバッタが例えばどういう植物にたむろしてるかっていうのを。
夜そういう調査する時は、何時くらいに、朝の。
そういう時は1回9時から11時くらいまで、2時間くらい仮眠して、その後ずっと朝の5時近くまでは起きて。
一旦、夕方ご飯食べて帰ってきて、なんか風呂一緒にやったりして、ふうってやって、9時から10時寝る。
1回寝て、またその後起きて。そういう大きい植物のサイズと、バッタがどこにどれだけいるかっていうふうなパターンを知りたい時は夜起きて。徹夜すると一発でやられるので、強制的に休ませていかないと10日の野宿が持たない。
体力的にやっぱ徹夜は死ぬ。
なので、自分の体力と、いくら歩くと自分がくたびれるかっていうのも、今ですとApple Watchで何キロ歩いたっていうので、「今日ちょっともう歩きすぎだからこの後セーブしよう」とか計算して。自分の体力と食料があとどれくらい残ってるかっていうのを相談しながら、「あともう2日、3日行けそうだから残ろう」っていうので、滞在してやるっていうふうなことを。
エネルギーと食料の。すげえ面白そうだな、それ。
やっております。
1日朝8時からずっと日暮れまで研究して、6時ぐらいまで研究するのか。5、6時か。いいなあ。その昼飯は食うんですか?
昼飯も、それこそうちのドライバーたちが野菜とツナをたっぷり入れたソースを作ってくれて、大体お昼はご飯。
ご飯、さっき言ったやつですね。ご飯ぶっかけ。
ご飯ぶっかけで、お昼がトマトソースが多い。夜はスパゲッティにコンソメの、少しさっぱりしてる、あっさりしてるやつをかけて食べるっていうのがあるんですけど、毎日食べても全然飽きないんですよ。
毎日大体そのパターンですか?
そうです。
昼と夜は変わるけど、大体同じなんですか、パターンとして。
大体同じなんですけど。
それは飽きない?
飽きない。
そんなうまいんだ。食べてみたいですね。
不思議と飽きないですね。
食事も楽しみの一つですもんね。余暇みたいな時間あるんですか? 流れ星探すって言ってましたけど。例えば仕事終わり、夕方から夜にかけて他に何かやったりすることあるんですか?
あとやってるのが、クーラーボックスに凍らせたペットボトルを敷き詰めていって、それで砂漠行くと4日目の朝までは冷たい水が飲めるんですね。それでクールダウンするんですけど、その間にコカ・コーラ ゼロを仕込んでいき、夕方、それこそ6時半、全部やった後に夕日を見ながらコカ・コーラ ゼロを飲むっていうのが。
うまそうだな。
本当はビール行きたいところなんですけども、やるとやっぱ酔っ払ってデータに支障をきたすとか、何かやらかしてしまったらあれなので、調査中は絶対飲まないようにはして。
うまそうです。砂漠で、4日目までしか味わえないけど、キンキンのコカ・コーラうまそうっすね。
うまいですね。「今日も1日歩いたわ、やったわ」っていうので、雄大な日暮れ見ながらっていうのが一番至福と言いますか、ゆっくりできてる時でもありますし。ただ面白いのが。
私また来年、「恋愛病院」っていう恋愛やりますから。出てくれませんか?
何ですか、恋愛病院って。
恋愛する上で何かしらの恋愛の病を抱えてる人を集めて、200日するっていう。
楽しそう。
面白いですよ。
楽しそうです。
スケジュール結構融通利きます?
アフリカ行ってない時であれば全然。
オッケーってことですよね。
そもそもなんでバッタの中でもサバクトビバッタっていう、日本に関係ないバッタに行っちゃったんですか?
同じ弘前大学の卒業生がトノサマバッタをずっと研究していたんですけども、比較のためにサバクトビバッタを輸入してきて。「誰も研究してないので、前野君やってみたらどうですか」っていう。それから今、おそらく若い研究者たちは一生懸命やって、もう。
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