中国経済はデフレを脱したのか 李智雄氏が語る「強い外需・弱い内需」と米中の「管理された安定」

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概要

中国経済は長く「デフレ」と語られてきた。今も停滞が続いているのか。モルガン・スタンレーMUFG証券の李智雄氏は、少なくとも現時点で中国はデフレを脱却していると答える。そのうえで、今の中国経済を、AI関連の外需が強く、住宅と消費を中心とする内需が弱い「二極化経済」と説明した。本稿では、李氏の成長率予測、米中関係の見通し、内需が伸びにくい理由を、話された順に沿って整理する。

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「デフレ」という言葉は何を指しているのか

李氏はまず、デフレという言葉の使われ方に注意を向ける。本来は物価が下がる状態を指すが、日本では経済に明るい見通しを持てない漠然とした停滞感を表すために使われているように見える、という指摘である。

では中国の成長は停滞しているのか。李氏によれば、中国の成長率は昨年が5%で、同社の予測では今年も4.6%程度になる。日本やアメリカの潜在成長率を尋ねられれば、アメリカでさえ2%程度である。過去10年間の世界の平均成長率が3.1%であることと比べても、悲観するほどの数字ではない、というのが李氏の見方だ。10%に届かないから低い、減速感が続いているから弱い、といった評価があることは認めつつ、判断は人によって異なるとしている。

李氏は、停滞感という意味でも、物価という意味でも、中国はデフレを脱却していると述べる。PPI(生産者物価指数)、CPI(消費者物価指数)、経済全体の物価を示すGDPデフレーターはいずれも長くマイナス圏にあったが、直近では上昇している。

問題は、日本でもよく議論された「良いデフレ脱却」か「悪いデフレ脱却」かである。李氏は、直近の物価上昇はコモディティ価格、特にエネルギー価格の上昇によるものだとみる。そのため、経済がとても強いから物価が上がっているとは言いにくい。ここから二極化経済の話につながる。

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強い外需:AIサプライチェーンの中核としての中国

二極化経済とは、強い部分と弱い部分がはっきり分かれている状態を指す。強いのは輸出である。李氏は、アメリカを中心に世界のAI需要が強く、AIに使われる物資の調達が必要になっていると説明する。その供給網で中核を担う国の一つが中国であり、輸出入のデータは突出して強い。

聞き手は、関税や米中摩擦で中国の輸出が減るという懸念もあったが、EVは売れ、最近は欧州でエアコンも売れていると述べ、輸出産業は好調なのかと尋ねた。李氏は、アメリカ向けの輸出が減っていることは認める。アメリカ側から見た中国からの輸入も、中国側から見たアメリカ向け輸出も、ともに落ちている。米中間の貿易が減っていることは間違いない。

それでも、中国の輸出全体が減っているとはいえない、と李氏は言う。アジアのグローバル・サプライチェーンでは、中国が主にコアな部品を作る。中国の1人当たりGDPは1万4000ドル近くになっており、時点によってはもう少し高い。そこから、より安い国に部品を移して組み立てや付加価値付けを行い、その国からアメリカへ輸出する構造が強く残っている。このため李氏は、対米貿易は減っていても、グローバル・サプライチェーンにおける中国の位置付けは落ちていないと判断している。最大の需要者は今もアメリカだが、欧州向けなども含め、中国の輸出競争力はしっかりしているという。

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弱い内需:住宅投資と消費

弱いのは国内需要である。李氏が特に挙げたのは固定資産投資(FAI)で、これを大きく押し下げているのが住宅関連投資だという。日本でも中国のゴーストタウンなどが話題になったが、これは要するに過剰投資である。

中国政府がこの過剰設備の解消に積極的に動いているかというと、李氏はそうではないとみる。下手にてこ入れをすると再びバブルになり、その後遺症としての過剰設備がさらに膨らむおそれがあるからだ。政府は、在庫が自然にはけ、持続的に回復していくことを求めているように見える。その間は、設備投資に関わる部分で減速感が続くことになる。

消費も緩やかに弱い。李氏によれば、足元の物価上昇はエネルギー価格によるものなので、モノの値段が上がって購買力が下がってしまう。強い外需と弱い内需を合わせると、成長率はおおむね4.6%程度になる。サプライチェーンの一員としての強さと、以前からあった中国経済の弱さがそのまま並んでいるため、マクロ全体で大きな変化が起きているとは言いがたい、というのが李氏の整理である。

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半導体をめぐる相互依存:AI半導体自給率は40%から70%へ

三つ目の論点が半導体である。アメリカの輸入に占める中国の割合は2割程度から半分以下に減った。このことから、米中関係は脆弱なのではないかという質問をよく受けると李氏は話す。

李氏は、長期的には何らかの競合関係が続くだろうとしたうえで、現状を示すデータとして、同社が計算した中国のAI半導体自給率を挙げた。直近ではまだ40%程度にとどまる。中国は2015年に産業政策「中国製造2025」を打ち出したが、当時の目標から見ると高いとはいえない水準だという。同社は2030年までにこれが70%まで上がると想定している。ただ、現時点ではまだ半分にも届いていない。そのため中国は、アメリカに代表されるコア技術をなお必要としており、アメリカの輸出管理規制が効いている。

一方、アメリカが一方的に優位なわけでもない。アメリカもレアアースに頼らざるをえない。李氏は、レアアースを代替できる技術ができればいずれ依存から抜け出せるが、現時点ではそうなっていないと述べる。中国側がレアアースをレバレッジとして使っているように見える状況は続いている。こうした相互依存があるため、対立を激化させることは両国にとって経済的に合理的ではない、と李氏は判断している。

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9月24日の米中首脳会談と11月10日の期限

こうした状況で迎えるのが、9月24日の米中首脳会談である。李氏は、会談前の交渉で互いに交渉力を見せる必要があるため、さまざまなノイズが出る可能性はあると述べる。関税率を引き上げる可能性や、レアアース規制が強化されるのではないかという話が出ることも否定できない。実際、2025年10月に向けた局面でもそうしたノイズが多く出た。それでも最終的には「管理された安定」に落ち着くのではないか、というのが李氏の見立てである。

これを考えるうえで李氏が重視する日付は11月10日だ。現在の米中間の規制は、関税を含めてすべてが有効なわけではない。一部の関税は引き下げられ、レアアース規制も停止されるなど、互いに緩和している部分がある。関税措置やレアアース規制に関わるこうした緩和措置は、何もしなければ11月10日に期限を迎える。李氏は、互いが互いを必要としている以上、関係を大きく悪化させることは合理性を持たない可能性が高いと考えている。そのため、期限に向けた話し合いで延長などの措置がとられるとみている。李氏にとって、今回の米中の最大のテーマは、この管理された安定が本当に維持されるかを確かめることにある。

聞き手は、中間選挙を控えたトランプ大統領が、政治的なアピールとしてより強硬に出る可能性はないのかと尋ねた。李氏は、タイミングが非常に難しいと答えた。11月10日の期限のちょうど1週間前が中間選挙だからだ。これを政治的にどう見せるかは判断が難しいとしたうえで、有権者の関心が米中関係、移民、インフレ、雇用のどこにあるかを見ながら、政権は判断していくのではないかと述べた。

管理された安定に持ち込めれば中国経済にとってプラスかという問いに、李氏は「少なくともマイナスではない」と答えた。その場合、AI半導体自給率70%というシナリオの実現可能性は高まるのかという問いには、予測は毎回見直す必要があると断ったうえで、中国国内の技術力は着実に改善していると判断していると述べた。アメリカやその他の国の規制次第ではあるが、その方向に進む可能性は高まるだろうという見方である。

12:10

デフレマインドと「厳しい消費者」

話は二極化経済の内需に戻る。国内の弱さは続くのか。李氏は、表現が正しければという前提で、デフレマインドを次のように定義した。今後、経済成長が加速することはなく、良くて横ばい、どちらかといえば緩やかに鈍化していく。そうした成長率を前提に、家計や企業の行動が決まってしまう状態である。給料がもう上がらないと思えば、弁当も安いものを選ぶ、という例を挙げた。この前提に立ち、中国の成長率の鈍化を前面に出して考えると、鈍化する経済に向けて投資を増やしたり、大きく消費したりすることはおそらくないという。

ただ、李氏が興味深いと指摘するのは、中国の消費者向けに商品を売る企業から「中国での販売が振るわない」という声があまり聞かれず、「意外と売れている」という話も耳にすることだ。マクロでは消費の伸びは鈍化しており、弱いと言わざるをえない。しかし消費がまったくないわけではない。李氏の解釈では、消費者はより厳しくなっている。お金はある程度あるが、安物買いの銭失いにはなりたくない。かといって、超高級品に高い値段を払いたいわけでもない。ほどほどの価格で満足度の高いもの、いわば高コスパ・高機能の商品なら買ってもよいと考えるようになっている。そうした厳しい消費者に向けた商品はちゃんと売れているが、全体としては消費が鈍化している、というのが李氏の見方だ。

14:17

内需主導になりにくい理由:社会保障の薄さ

聞き手は日本の経験と重ねて質問した。日本はバブル崩壊後、内需主導への転換を目指したが、結局は輸出産業で稼ぐ構図が続いた。内需が成熟し、外需で稼ぐという過去20〜30年の日本で起きたことが、中国でより大きな規模で起きるのか、という問いである。

李氏はこれを非常に重要な論点だとし、消費者が将来の成長加速を見込んで積極的に消費できない理由の一つとして、社会保障が十分に手厚くない可能性を挙げた。GDPに対する社会保障費の比率を国際比較すると、中国は先進国と比べてかなり低い。老後の生活への答えが年金や医療保険で十分に用意されていないなら、貯蓄率を上げざるをえない。貯蓄を増やせば消費はできない。これが需要全体を抑えている可能性がある、と同社は考えている。

解決の鍵は、中国政府が社会保障を手厚くして安心感を与え、それを消費につなげていくことにある。李氏はその可能性は残されているとみる。しかし現時点では、社会保障は緩やかに強化されているものの、政策の重点はサプライサイド、特に中国に足りない技術を強化することに置かれているように見えるという。消費よりも供給側の強化に焦点が当たっているため、同社の見通しも成長の加速ではなく、緩やかな減速が続くというものになっている。

16:03

中国をどう見るか:日本の「中国崩壊論」への距離

聞き手は、日本では中国崩壊論のようなネガティブな見方が強調されやすく、客観的に見なければ判断を誤ると述べた。李氏も同意した。その晩に発表されたスマートフォンも結局は中国で作られており、スタジオにあるものもほぼすべてが中国製だろうという。一方で、これまでの事件などから中国を懸念したりネガティブに報じたりする理由もある程度あり、日本が作ってきたものに対する競争相手としての強さから、中国を前向きに見にくいという声も聞くと話す。それでも客観的に見れば、ハードウェア関連の製造の多くは、自動車も含めて中国で行われている。だから両面を見る必要がある、というのが李氏の立場である。

17:10

世界経済は「強気」:アメリカの意外な強さ

総括として、アメリカは堅調で、中国も言われるほど悪くないなら、世界経済は好調とみてよいのかと聞き手は尋ねた。李氏は、正直に言えば驚きながらだと前置きした。本来なら、金利がこれほど高く物価も高いアメリカ経済は減速するはずだと同社も考えていたが、まったく減速しない。その理由として李氏は、前編でも触れた、金利にほとんど反応しないAI投資と、資産効果をともなう消費の強さを挙げる。特にAI関連投資が強い状況では、これまで景気循環を説明してきた要素が当てはまらない。李氏は循環的な変化ではなく構造的な変化が起きていると述べ、今年と来年という同社の見通しの範囲では強気だとした。

17:58

アメリカのAI波及効果は中国でも起きるか

では、中国もAI半導体の自給率を高めてAI投資を増やせば、アメリカのような波及効果で国内経済が伸びるのか。李氏は、国内消費にどこまで効くかが問題だと答える。中国のAI関連投資は今も増えていると思われるが、最先端技術を導入する一方で、過去の過剰設備も多く残っている。そのため、アメリカほど加速しやすいとはいえない。さらに、それを受けて消費者が行動を大きく変え、需要が次々に刺激されていく兆しも、現時点では見えないという。補う要素があるとすれば社会保障の補強による需要の創出だが、それも同社が想定したほどには進んでいない。そのため、成長率が加速するストーリーは描けていないのが正直なところだと李氏は述べた。

資産効果による富裕層の消費拡大もアメリカほど強くないのかという問いに、李氏は現時点ではそうだと答えた。かつては不動産価格が上がると株価もつられて上がったが、今はそもそも不動産価格が上がっておらず、そこでリンクが一つ切れている。ただし、そのリンクが残っていればよいとも限らない。短期で終わるものなら当然反動が来るため、持続的で自律的な回復が最も望ましいという。

株式による資産効果についても、計算上はそれほど大きくないと李氏は言う。日本も同様である。エコノミストの間では、資産効果は実はあまり大きくないというのがこれまでの感覚だった。しかし住宅価格や現在の株価上昇による資産効果は、従来と計算が違ってきている可能性があり、データを見ながら判断する必要がある。李氏が強調したのは持続性である。今年資産効果が大きくても、来年も同じ効果を得るには同じ伸び率で資産価格が上がり続けなければならない。高い水準のまま横ばいになれば、前年比での効果はゼロになる。そのため資産効果だけに頼る見通しは立てにくいという。聞き手が「資産効果を過大評価しないほうがよい」とまとめると、李氏は人生もそうだと思うと応じた。

21:00

日本経済への見方

最後に、今年から来年にかけての日本経済に楽観的かを問われた李氏は、物価上昇による名目GDPの上昇にはさまざまなプラス面があると答えた。株価も名目値なので一緒に上がる構図になること、債務のGDP比が目減りしていくことなどを挙げ、その意味では非常に好調だと言えるとした。別の言い方をすれば、物価上昇やコモディティ価格上昇の圧力があるにもかかわらず、利上げができるほど日本経済は堅調だ、というのが李氏の締めくくりだった。