虫が消えたら人類も危うい:虫プロデューサー・片田陽依が芸能界で虫を語る理由

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概要

タレントの井上咲楽が、「虫プロデューサー」を名乗る片田陽依に話を聞く対談の後編である。前編では虫が苦手なスタッフに虫の魅力を伝えたが、後編では対談形式で、片田がなぜ研究者ではなく芸能界を選んだのか、人間は虫からどんな恩恵を受けているのか、そして虫とどう共生していくべきかが語られた。片田の立場ははっきりしている。昆虫の減少は深刻な問題であり、自分のすべての活動はその解決のためにある、というものだ。

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中学に上がって虫好きを隠すようになった

井上は最初に、虫好きは大人になるほど少数派になる、苦労はなかったかと尋ねた。片田によると、小学生のころは周りの男の子たちも虫好きだったので問題はなかった。ところが中学生になると、周囲の女の子たちが虫に強い拒否反応を示すようになった。渡り廊下に毛虫が出てくると甲高い悲鳴が上がる。その中で「私はすごく好き」と言って毛虫を触りに行くことはできなかったという。

仲良くなった友人にさりげなく虫好きだと話したところ、嫌な反応をされたこともあった。片田はそれを「仕方ないか」と受け止め、以後は虫の話題が出ても相槌で済ませるようにした。隠した理由として片田は二つ挙げている。自分が虫の話をして相手を不快にさせたくなかったこと。そして「変な子」と思われたり、「変な子だと思われたい子」、つまり虫好きを使って目立とうとしていると見られたりするのが嫌だったことだ。井上が後者の意味を確かめると、片田は思春期にはそういうコミュニケーションがよくあると答えている。

当時は友人と虫を捕りに行くこともまったくなく、「虫が好きな女の子は地球上に自分だけなのでは」という気持ちになっていたという。研究者がいることは知っていても、身近な学校というコミュニティの中には同じ趣味の人がいなかった。井上は、今ならSNSで趣味の仲間とつながれるが、学校の中では難しいだろうと応じた。片田は今いろいろな子どもと関わる機会があり、虫好きの女の子が学校で肩身の狭い思いをしているという話をよく聞くという。そうした子のためにも、虫好きへの偏見がなくなってほしいと話した。

井上は、好きなものを否定されるのはつらいことだと共感した。片田は、自分が「気持ち悪い」と言われるよりも、好きなものをけなされるほうが悲しくなると答えている。

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井上咲楽の昆虫食との違い

話題は井上自身の経験にも移った。井上が昆虫食を始めたのは18歳ごろだという。長野県のアンテナショップで昆虫の佃煮を食べて美味しいと感じ、その後コオロギで出汁を取ったラーメンを食べて感動した。そのラーメンの作り手と親しくなったことが、虫が食べ物として美味しいことへの関心につながったと説明した。

井上は昆虫食のことを周囲に普通に話していた。大学に進学せず、学生時代が高校で終わったので、その後は自分の好きなものを好きな人たちと過ごすことが多かったという。大人になればコミュニティを自分で選べるが、学生時代はそうはいかないので大変だっただろうと、井上は片田の話を受け止めた。

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車庫での飼育と中学受験での「全部逃がされた」経験

片田は現在一人暮らしで、多くの虫を飼育している。実家にいたころは飼育をずっと止められていたという。両親はどちらも虫好きではなく、特に母親は虫に苦手意識があったため「家の中では飼わないで」と言われ、車庫で飼っていた。井上が、両親が反対していたのは意外だと言うと、片田は自然豊かな環境で育ち、その環境に育ててもらったのであって、親の影響ではないと説明した。

中学受験の際には、飼育をやめるよう言われた。毎日の世話や山での虫探しに追われ、勉強に集中できないほどだったからだ。当時は10〜20種類ほどを飼っていたが、すべて逃がされたという。現在も20数種類を飼っているので、ずっとそういう生活が続いていると片田は話す。

受験が終わってから再び集めたのかと井上が尋ねると、片田は中学に入ってからは周囲の目が気になったと答えた。中学生になっても虫を飼っていると知られるのが怖かった。近所の人の目もあり、「いつまでそんなことをやっているのか」と思われるだろうと感じていた。今は気にならないが、思春期には気にしていたという。

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「女の子なのに」という偏見と、都会の子どもたち

片田は小学生のころから「変わった子だね」と言われていた。その前には「女の子なのに」という枕詞がついていたという。田舎ならではの偏見もあったと思う、と片田は振り返る。大人から「女の子なんだから折り紙でもしていなさい」といったことを言われることもあった。虫探しはやんちゃな遊びと見られていたからだ。

井上は、男の子にも虫嫌いはいるし女の子にも虫好きはいるが、世間のイメージとして「男の子のほうが虫好き」という見方があり、それでつらい思いをしたのだろうと述べた。片田は、自分はもういいと言いつつ、今の子どもたちを心配している。社会全体で虫への苦手意識が強まっているので、偏見も増えているのではないかという。自分は自然豊かな場所で育ったため、極端に虫が苦手な人はまだ少なかった。都会で虫好きの子はもっと大変なのではないかと片田は考えている。井上も、マンションでは飼育が難しい子も多いだろうと応じた。

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研究者ではなく芸能界を選んだ理由

井上が一番不思議に思っていたのは、なぜ昆虫学者ではなく芸能界に入り、演技の仕事をしているのかという点だった。

片田は、将来的には研究者にもなりたいと前置きしたうえで、理由を説明した。昆虫は今世界中で減少しており、その原因のほとんどは人間のさまざまな活動だと片田は言う。しかし多くの人はその現状を知らない。虫への苦手意識が強いために、知る手前で止まってしまうことが多い。そこで、芸能界という目立つ場所から親しみやすい形で虫の魅力を発信すれば、人々の意識が変わるのではないかと考えた。若いうちから動きたいという思いもあり、14歳ごろからオーディションを受け始めたという。

片田はもともと人前に出るのが得意ではなく、学校では手を挙げないタイプだった。それでも「虫のためなら頑張りたい」と考え、カメラを向けられることにも慣れたという。井上は、自分は純粋に芸能界に入りたい、テレビに出たいという動機で始めたので、入り口がまったく違うと驚いた。演技については、片田は苦手意識があったが、レッスンをこなしてなんとかやってきたと話している。オーディションのときも虫のことしか考えていなかったという。

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口止めされ、匿名アカウントでカイコの動画がバズった

井上は、事務所や周囲から「イメージ的に虫を出すのはちょっと」と言われなかったかと尋ねた。片田の答えは「もうそればっかり」だった。

片田は最初から「虫の魅力を伝える人になりたい」と言ってオーディションを受けた。しかし最初からタレントにするのは難しいということで、俳優業から始めることになった。俳優には役や作品のイメージがあり、虫好きは世間に受け入れられにくいという理由で、周囲から止められた。片田は虫について何も言えない状態になったという。

それが悔しすぎて、片田は匿名で虫のアカウントを作り、発信を続けた。虫の写真や動画を毎日投稿していたところ、そのアカウントが世界中で話題になった。きっかけは飼育していたカイコの動画で、あまりに可愛いと評判になったという。片田によると、1本の動画で約1000万回再生され、カイコの動画全体では2000万〜3000万回ほどになっているはずだという。本人のアカウントより注目を集めてしまったと笑い、井上は事務所の人も悔しかっただろうと冗談を返した。

寄せられたコメントは好意的なものばかりだった。そのため周囲も「いいんじゃない」と認めるようになり、片田は虫について話せるようになった。

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「虫プロデューサー」という肩書き

片田は、カイコは蛾の仲間で、蛾は嫌われがちな昆虫だと説明する。その可愛さをプロデュースできたような気持ちになり、「虫プロデューサー」を名乗ろうと決めたという。事務所には以前から虫について発信したいと伝えており、今回の反響を受けて発信自体は了承された。ただ「虫プロデューサー」という肩書きは、事務所の許可なく勝手に言い始めたものだという。

井上は、最初は「虫プロデューサーとは何か」と思ったが、話を聞いて納得したと述べた。一匹一匹の可愛さをきちんと観察し、良いところを見つけて伝えるという意味で、まさにプロデューサーだという評価だった。

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人間の誤解:ほとんどの昆虫に毒はない

後半は虫そのものの話に移った。人間側の虫への誤解は何かと問われ、片田はたくさんあるとしたうえで、まず「ほとんどの昆虫には毒がない」ことを挙げた。危険なものはごくわずかだという。

例として片田は毛虫を取り上げた。毛虫は触ってはいけないと言われがちだが、片田によると、毛虫の9割ほどには毒がない。ただし、これは見分けられるかどうかにかかっており、多くの人は見分けられないので、一概に「安全」とするものではないと片田自身が留保をつけている。そのうえで、人に危害を加えるものはごくわずかであり、「みんながみんな悪いやつではない」ことを伝えたいと述べた。井上は、わからない人は触る前に警戒したほうがいいが、意外に危害を与えないものが多いと整理した。

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受粉と分解:人間が虫から受けている恩恵

人間が虫から受けている恩恵について、片田は「これはたくさんある」と答えた。

一つ目は受粉である。ミツバチやハナアブの仲間は花粉を運ぶ。片田によれば、人が食べている農作物の8〜9割ほどは、昆虫が花粉を媒介することで実をつけたり育ったりしている。この虫たちがいなくなれば食料危機になると片田は言う。

井上は、地元のいちご農家が受粉の時期にハチを放して受粉させている話を見聞きしたことがあると応じた。片田は、いちごではマルハナバチというふわふわした可愛いハチが働いていると説明した。これがいなくなると人が筆で一つずつ受粉させなければならず、人の手で行うといちごの形が悪くなることもあるという。井上は機械でやればいいのではと思っていたが、虫がいるからこそ形が良く美味しいいちごができるのだと受け止めた。

二つ目は分解である。森の中の動物の死骸は勝手に分解されるわけではなく、昆虫が食べて分解している。糞も放置すれば腐敗していくだけだが、昆虫が食べて分解し、土に返している。井上が微生物がやっているのだと思っていたと言うと、片田は微生物も担っているが、昆虫が大部分を占めていると説明した。昆虫がそれをしなくなると森や水が汚染され、人間の生活も大変なことになるという。

こうした役割から、片田は「昆虫が絶滅したら人類も数年で絶滅すると言われている」と紹介した。これは片田が「言われている」として紹介した説である。

21:18

益虫と害虫は人間の基準でしかない

井上は、人間が使う「益虫」「害虫」という言葉の分け方について尋ねた。片田によると、農作物に被害を与えるものを害虫と呼ぶ。家に入ってきて何も悪さはしないが、人が嫌だと感じるものは「不快害虫」と呼ばれる。つまり実際に害を与えていなくても、人が嫌だと思えば害虫と呼ばれる。そして、その害虫を食べたり寄生したりするものが益虫とされる。

例としては、ゴキブリが不快害虫・衛生害虫とされる一方、それを食べるアシダカグモは益虫とされる。すべては人間の基準であり、人間目線の分類だと片田は説明した。

22:30

ゴキブリが嫌われ、カブトムシが好かれるのはなぜか

井上は続けて、虫にもルッキズムのようなものがあるのではないかと問いかけた。カブトムシはかっこいい、ゴキブリは怖い、というイメージの差はどこから来るのか。

片田は、家に入ってくる虫は人のテリトリーに侵入してくるため、怖いという感情を抱かれやすいのだろうと述べた。そのうえで、自分はどの虫も対等にみんな可愛いと思っているので、その感覚がよくわからないと率直に話した。片田が大きいと考えるのは「刷り込み」だ。大人がゴキブリに恐怖を示すと、子どもはそれを見て怖いものだと認識してしまう。

国によっても苦手な虫は違うと片田は言う。たとえばカブトムシを苦手とする国も意外と多いという。日本ではカブトムシはかっこいいとされ、高値で取引されることもあるが、それは国のイメージによるところが大きいと片田は話した。井上は、ゴキブリは気づいたときには怖い・気持ち悪いという共通認識になっていると応じた。片田はそれを悔しいと感じている。何も悪さをしていないのに気持ち悪がられている虫がいる。元から苦手な人がいるのは仕方がないが、苦手に思われがちな虫の可愛いところも伝えたいという。

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共生は避けられない:物価と生態系の連鎖

では人間は虫とどう共生していけばいいのか。片田は「これはもう大きな課題」で、人生をかけて考えていきたいと述べた。昆虫だけのおかげではないが、昆虫が生態系の中で大事な役割を担っているから人間は生きられている。そのことを少しでも考えてほしいという。昆虫は世界中で減少しており、本当に絶滅すれば人間も生きられないので、共生は必ずしなければならないものだと片田は言う。生活圏を分けでもしない限り避けられないことだとも付け加えた。

井上は、「共生しなければ人間がいなくなる」という言い方なら、ある意味で納得する人もいるのではないかと述べた。片田は、人類の絶滅はまだ想像しにくいかもしれないとしつつ、より身近な例を挙げた。今ハチがとても減っており、このまま減っていくと、さまざまな野菜の価格がどんどん高くなっていくと思う、という見通しだ。物価にも影響するということだ。片田によれば、昆虫の働きを経済効果に換算すると世界的に何億、何兆という規模になる。それを人力や機械で置き換えれば莫大な費用がかかる。今いる虫たちを残しておけばそうはならないのに、と片田は話した。

さらに片田は、「1種類くらいいなくなってもいい」という考えに注意を促した。ある種がいなくなると、それを食べていた昆虫もいなくなり、さらにそれを食べていたものもいなくなる、という連鎖が起き、崩壊が進んでいく。片田はよく使われるたとえとして、生態系を1機の飛行機にたとえた。部品が1個外れても飛行機は普通に飛ぶが、たくさん外れていくといつ墜落するかわからない。今はそういう状況になっていると片田は言う。

井上が「昆虫は人間が思うより繊細なのかもしれない」と言うと、片田は同意した。人間は雑食で、食べられなくなったものがあっても代替品を作ることができる。しかし虫の中には特定のものしか食べられない種もいる。特定の草原や特定の島にしか生息していない種もおり、その場所が何らかの理由で失われれば、すぐに絶滅してしまうという。

28:36

目線を下げて、身近な虫を観察する

身近な虫に思いを馳せるにはどうすればいいかと井上が尋ねると、片田は「目線を下げて観察してみる」ことを勧めた。大人の目線では、遠くでちょろちょろ動くシルエットしか見えない。しゃがみ込んで見てみると、たとえばテントウムシが何をしているのかがわかるという。

片田によれば、テントウムシは毎日アブラムシを100匹ほど食べる。その様子を観察できるし、テントウムシがアブラムシを食べようとするとアリがやってきてアブラムシを守ることもある。アブラムシとアリは共生関係にあるからだ。こうした関係を見ていくと、自然は面白いと感じてもらえるだろうと片田は話した。ただしこれは、観察できる程度に虫に抵抗がない人に向けた提案だとしている。井上は、子どものころは虫を触れたという人も多いはずなので、しゃがんで子どものころのように見てみるのもいいと応じた。片田は「大人になっても好奇心を捨てずにいてほしい」と述べた。

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すべての活動は昆虫の減少を止めるため

最後に井上は、音楽、女優、虫プロデューサーと幅広く活動する片田に、目指す先を尋ねた。片田は、昆虫の減少は本当に深刻な問題であり、これを解決するためだけにすべての活動をしていると答えた。

片田の考えでは、さまざまな活動はそれぞれが入り口になる。最初から虫の話だけをしていれば、見てくれるのは虫好きの人に限られる。しかし虫と関係のない活動もしていれば、そこで片田を知った人にも虫の魅力を伝えられる。虫の魅力や重要性が伝われば一人ひとりの意識や行動が変わり、昆虫の減少をどうにか止められるのではないか、というのが片田の思いだ。最初は虫のタレントとして活動したかったのに俳優になった、という経緯もそこにはあると片田は認めている。それでも、あらゆる方面から取り組んだほうがより多くの人に届くと考えているという。

井上は対談を振り返り、自分は虫に触れてきたほうで昆虫食にも興味があったが、片田の口から虫の話を聞くと見え方がまったく違ったと述べた。また、虫について今回聞いた「こういうイメージがあるけれど実際はどうか」という考え方は、虫以外のことにも通じる部分があると感じたという。そして、人間は虫に支えられており、共生は避けられないとわかった以上、感謝しながらそれぞれが自分なりの共生の仕方を考えていければいいと締めくくった。