政治記者と経済記者は高市内閣をどう見るか 今野忍と後藤達也の初対談

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概要

元朝日新聞政治部記者の今野忍氏と、元日本経済新聞で日銀キャップなどを務めた後藤達也氏が、ReHacQの番組で初めて二人だけで対談した。後藤氏が担当する「あつまれ!経済の森」の番外編として、急きょ「集まれ新聞社の森」と題して収録されたものである。

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後藤氏は対談の狙いをこう説明する。20〜30年前と比べると、政治家が市場を気にする度合いは大きくなった。高市政権の経済政策や為替介入、内閣改造の行方が市場を大きく動かしている。政治と市場の結びつきが強まっているのだから、政治取材の長い記者と市場取材をしてきた記者が互いに聞き手と話し手を入れ替えながら話せば面白いはずだ、というのである。

前半は、二人が新聞社を辞めた経緯、新聞社の内部事情、独立後の取材の変化について話した。後半は、高市内閣の改造人事と市場の受け止めに話が移った。

2:07

ReHacQとの関わり方と「卒業」

冒頭、今野氏が最近後藤氏がReHacQにあまり出ていないことに触れると、後藤氏は関わり始めた経緯を説明した。2023年春ごろ、高橋弘樹氏がテレビ東京を辞めて新しい媒体を立ち上げると聞いた。立ち上げ直後はブッキングもMCの確保も難しいかもしれない。そこで後藤氏は、軌道に乗るまでノーギャラで手伝うと申し出た。

後藤氏によると、ReHacQから報酬を受け取ったことは今に至るまで1円もない。ロケの食事やタクシー代は出してもらっているが、ReHacQの旅企画では飛行機代も自分で払ったという。運営会社は後藤氏の口座名すら把握していないそうだ。

軌道に乗れば離れるというのが当初からの約束だった。後藤氏は2年ほど前から「今年卒業する」と言い続けてきたが、そのたびに引き留められてきた。今年度はいよいよ卒業に向けて出演頻度を減らしていた。ところが高橋氏が休業し、番組の基盤が揺らいだため、今回は出演しているという。今野氏は、無料でいいと言った人を本当に無料で使い倒すところが高橋氏のすごさだと笑った。

5:12

退社のタイミングと有給休暇

今野氏が朝日新聞を辞めたのは今年1月末である。本来は3月末に辞める予定だった。しかし昨年12月ごろ、3月まで待つと良くないことになりそうな予感がして、退社を早めてもらったという。

今野氏自身は、高市首相は予算成立後、3月以降から4月初めに衆院を解散すると予想していた。ところが1月9日に解散報道が出た。退社を早める話を会社と詰めたのは年明けの1月5日から8日ごろで、報道のわずか2日ほど前だった。後藤氏は、2月から自由に動けたことで今野氏の存在が広がったと見る。高市政権が一巡して話題の熱が冷めた4月に出てきていたら、今のような存在感はなかったかもしれないという。今野氏も、2月はほとんど記憶がないほど忙しく、会社員のままだったら急な出演依頼には応えられなかったと振り返った。

後藤氏は2022年3月上旬に社内で退職を申し出て、同月末に辞めた。引き継ぎもあるので6月ごろまで働くと思っていたが、仕事を止められる部分も出てきた。用もないのに残って給料をもらうのも居心地が悪かった。有給休暇は消化せず、すべて捨てたという。

今野氏によると、朝日では有給消化中の社外活動は認められないと言われた。活動するならその日を出勤扱いに変える手続きが要るという。後藤氏も、有給消化中は形式的には社員のままなので、4月1日からYouTubeやTwitterで自由に発信するには問題になりうると考えた。裁判で争えば認められるのかもしれない。しかし去っていく会社に嫌な雰囲気を残したくなかった。二人とも、すぐに独立後の活動を始められたのは良かったと振り返る。

今野氏は、後藤氏は辞めた古巣を悪く言わない人だが、自分は聞かれるとつい答えてしまって怒られると話した。後藤氏は、面倒なことは色々あったが、辞めてからはあまり気にならないという。

10:13

若手・中堅記者の離職が続く

今野氏が朝日について語る背景には、後輩への思いがあるという。最近は30代の記者から「辞めたい」と相談の連絡が来る。今野氏が深刻だと受け止めている例がある。会社の費用で米国に留学して帰ってきた記者が、外から新聞業界を見て、もう新聞社にはいたくないと考えて辞めようとしているケースだ。

今野氏の説明では、会社負担の留学から5年以内に辞めると費用を全額返還しなければならない。それでも辞めたいというのは、返還不要になるまでの時間すら惜しいと考えていることを意味する。10年ほど経験を積んだ30代は、本人にとっても仕事が一番楽しく、会社にとっても一番貢献してもらえる時期だ。今野氏はそうした層が離れていくことを、組織の持続性の問題として捉えている。だから上の世代には、どうせ変わらないのだから早く若い人に任せろと言ってしまうという。

今野氏によると、辞める人は「めちゃくちゃ多い」。離職にはいくつかの段階があったと見ている。最初は外でも食べていける人や、早期退職に応じた上の世代が辞めていった。今起きているのは、20代や30代で入社した人が10年先、20年先が見えなくなって辞めていく流れだという。転職先はジャーナリズム以外が多く、特にコンサルティング会社が目立つそうだ。

後藤氏もコンサル業界の人から、新聞記者出身者は戦力になると聞いている。話を聞いて解決策を出す流れは、取材して記事を書く流れと似ている。今野氏は加えて、首相や官房長官に若いころから話を聞いているので、大企業の会長に会っても気後れしないと話した。後藤氏はさらに、記者は締め切りに追われて数時間で原稿を仕上げることを繰り返している点を挙げた。20点の状態から大急ぎで65点まで引き上げるような瞬発力が鍛えられている、という見方である。

14:22

政治部と経済部は「縦割り」

後藤氏は日経に2004年に入社し、約18年在籍した。日銀取材のほか、金融市場や企業も取材し、ニューヨークにも駐在した。政治部の経験はない。そのため日経の政治部については語れるほど詳しくないという。同じ会社でも政治部と経済部の記者は、両方を経験した人を除けばほとんど交流がない。政治部は政治家との関係でさまざまな情報を抱えているため、ほかの部の記者とはあまり気軽に話さない雰囲気があったという。後藤氏によると、財務省や経済産業省は経済部が担当するが、大臣を含め政治家は基本的に政治部が見る建前になっている。

今野氏も朝日の事情は同じだと話す。政治部は人数が少なく、「お高くとまっている」と他部から嫌われがちだという。官邸クラブだけは例外で、官邸キャップと各省庁のキャップが週1回集まり、政権の方針を共有する場がある。しかし自民党を担当する平河クラブになると、ほとんど交流がない。税制の議論が本格化する季節に、財務省の主税担当記者が来て一緒に取材する程度だという。

今野氏は、元日銀キャップと元自民党・官邸担当がこうして話す場は「ありそうでない」と言う。現役同士がYouTubeでやれば面白いだろうが、社内調整を考えると実現は難しいだろうと二人は話した。

19:55

後藤氏の一日と仕事の選び方

後藤氏は現在、毎週月曜と火曜の夜10時から11時まで、テレビ東京の「ワールドビジネスサテライト(WBS)」にレギュラー出演している。それ以外の日は、会食がなければ夜9時過ぎに寝る。早いときは午前3時に起きる。米国市場を見るためでもあるが、それが必須というより、朝は頭が休まっていて雑念がなく、仕事がはかどるからだという。

朝7時ごろまでに、その日やるべきことの大部分を終えておく。そうすれば、あとは何もしなくても罪悪感がない。気軽に取り組みたい仕事も積み上がっていく。逆に仕事が進まない日が続くと、やる気が出ずにさらに手がつかなくなる悪循環に陥ることがある。朝型のルーティンはそれを減らす工夫だと後藤氏は説明した。この1年、土日を含めて朝8時以降まで寝ていた日はおそらくないという。会食やWBS後の打ち上げで午前2〜3時に寝ても、6時ごろには目が覚めるそうだ。

発信の柱であるnoteの購読者は現在約2万人で、一時は3万人に達したという。ただ後藤氏が最も時間を割いているのは取材だ。インプットが大事であり、何より人と話すのが面白いからだという。

アウトプットはむやみに増やさない。後藤氏が特に線を引いているのが、講演と対談の違いである。対談やモデレーターの仕事は、それ自体が取材になり、人脈づくりのきっかけにもなる。一方、一人で話す講演は、聴衆へのリーチが広がる以外に得るものがほとんどない。そのため、ギャラが高くても予定が空いていても、単独講演はほぼ断っている。依頼が来たときに対談やモデレーターの形式なら受けると返すこともあり、この1年は単独講演をほとんどしていないという。ギャラは、ほかの条件が同じなら多少気にするが、ほかの条件が合わなければギャラだけでは受けない。

例外は金融教育である。後藤氏は中学、高校、大学を回る授業など、公益性の高い活動には今後も力を入れるという。政府とも関係する金融経済教育の支援組織J-FLECとも関わっている。金融系の発信にはYouTubeを含めて危うい内容も多い。後藤氏の見るところ、政府系の発信は正確性や安全性を重視するあまり、人の関心を引くのが苦手だ。その点を一緒に探っているという。

ReHacQのライブ出演は、アウトプットであると同時に、インプットでもあり、ネットワーキングでもある。後藤氏はこれを時間当たりの効率が高い仕事と位置づけている。今野氏は、自分が漠然とやってきたことが言語化されたと応じた。最近は取材していないようで情報が集まっていると感じていたが、その理由が分かったという。朝日の与党担当キャップだったら野党議員とは話さないが、今は立場に縛られない。前日も中道系の落選議員の合宿に顔を出し、その人たちの思いがよく分かったという。

24:15

メディアに出ることの「取材力」

後藤氏は、メディアの力があるから会える人がいると話す。今野氏個人のブランドもあるだろう。それでも政治家にとっては、オフの飲み会で今野氏と話すより、何万人、何十万人が見る番組で対談する方が会う理由になる。昔からの知り合いなら個人的な会食もできるが、初対面の相手と会う機会としてはメディアの存在がありがたいという。

今野氏はこれを具体例で裏づけた。今野氏は静岡のローカル番組に出演しており、ネットでよく話題になる。この番組に大阪の吉村氏が出演した。収録前の楽屋での打ち合わせでも、内閣改造をめぐる人事の話がにおわされた。放送後には静岡の寿司を食べに行き、カメラの回らない場で、絶対に表に出せない話も含めて深い話を聞けた。改造の1週間ほど前のことで、その背景知識があるおかげで各所の解説で間違えずに済んだという。こうした誘いのきっかけは「プライスレス」だと今野氏は語った。

29:54

独立後、取材先との距離は変わったか

後藤氏は今野氏に、大手紙の看板を失って取材は大変にならなかったかと尋ねた。今野氏は、自分の場合はむしろ変わらないと答えた。永田町は閉じた世界で、長い付き合いの議員が多いからだ。沖縄に行った際、菅元首相も来ていると聞いて電話をかけ、会いに行ったこともあるという。ただ、菅氏は引退し、岸田氏も首相を退いた。今後は新しい取材先を開拓しなければならないとも話した。

後藤氏も、日銀や市場関係者とはチャットなどで日常的に連絡が取れるので、大きくは変わっていないという。むしろ会える人は広がったと感じている。日経時代は、偉い政治家に会おうとすれば政治部に話を通す必要があった。企業経営者についても、その企業の担当記者がいる以上、日銀担当が勝手に大企業の社長に取材するのは大変だった。今は相手の都合さえつけば会える。ReHacQで片山財務大臣と話せたのもその例で、日経にいたら社内調整が大変だっただろうという。

今野氏は退社直後に、あるベテランジャーナリストのラジオに出演した。そこで、大手マスコミの名刺を失えば会ってもらえなくなるのではないかと問われた。今野氏は「時代が変わったのだと思います」と答えたという。退社後に初めて書いたネット記事がYahoo!の総合ランキングで1位になった。今野氏の推測では、1位なら100万から数百万の閲覧がありうる。朝日の発行部数は300万部ほどで、自身のXの投稿が数百万インプレッションになることもある。そう考えると、媒体を失えば終わりという時代ではない、という主張である。もっとも今野氏は、ちょうど解散で注目されていた時期だっただけかもしれないとも付け加えた。

後藤氏はこれに同意しつつ、取材先の属性で温度差があると指摘した。政治家は最もネット寄りだという。新聞に文字で載るより、YouTubeで30分や数時間話す方が支持者や中間層に届きやすい。だから個人のジャーナリストでもアクセスしやすい。一方、従業員が何万人もいて経営企画や広報が固い大企業では、打ち合わせなしの雑談で会社の課題をライブ配信するのは株価にも関わり、ほぼ不可能だ。そうした企業には伝統的な新聞やテレビの方がアクセスしやすく、後藤氏自身もWBSとして取材することがあるという。逆に、創業者で自らXで発信するような経営者は、自分の責任でライブでも話してくれる。

その例として後藤氏が挙げたのが、旧LINEヤフーの川邊氏である。会長を退いた後、AIを駆使してほぼ一人で全国を回っている。今野氏によると、ReHacQの収録で一緒になった際、川邊氏はこの後経営者たちと会食があるからと言って、自分で車を呼んで帰っていったという。後藤氏は、実績も資産も十分にある人がもう一度一人で挑戦していることに感心し、一人で細かい仕事まで見ていれば時代の激変にも適応できると評した。

後藤氏自身も秘書はおらず、すべて自分でやっているという。ユニクロの柳井氏に会ったことはないが、会ってみたいと話した。日銀、市場、財務省は日経時代から取材してきたが、企業取材はそれほど多くなかった。後藤氏はこれを自分の弱点と認め、企業経営者と政治家への取材をどう広げるかを、独立後もここ1〜2年も考えてきたという。

39:09

城内大臣を番組に呼ぶなら

今野氏が今注目している政治家を尋ねると、後藤氏は城内大臣の名前を挙げた。今回の内閣改造で続投するかどうか見方が割れた人物であり、高市政権の経済政策のリフレ的な部分で大きな役割を果たしているとされるからだ。首相自身がどう考えているのかも聞いてみたいという。今野氏はLINEでやり取りする仲だといい、首相から直接「これをやっておいて」と指示が来る立場だと聞いていると話した。

今野氏によると、城内大臣は過去にReHacQに出演したことがあり、今野氏と二人で選挙特番に出たこともある。そのとき城内大臣は、自分は強いリフレ派なのに、妻は家計については緊縮派で「嫁は財務省と一緒なんです」とこぼしていたという。

41:03

城内大臣の続投は「メッセージ」だった

ここから話は本題に入る。今野氏はフリーになってから市場関係者と話す機会が増え、改造前には人事の見通しをよく聞かれたという。市場が織り込んでいたのは片山財務大臣の留任だった。今野氏によると、ベッセント氏とやり取りを重ねてきたことや、消費減税の課題を抱えていることから、ここで替えられないという見方である。

注目されたのは城内大臣の去就だった。今野氏の説明では、城内大臣を替えれば、高市政権が積極財政やリフレから距離を置くというメッセージになる。その城内大臣を替えなかった。今野氏が後藤氏にどう見るかを尋ねた。

後藤氏は、市場では替わるという見方の方が多かったと答えた。積極財政の看板は下ろさないにしても、財政拡張が行き過ぎれば長期金利が上がるリスクがある。後藤氏によると、昨年は積極財政を前面に出していたが、年明けに金利が上がり始めてからは「責任ある積極財政」の「責任ある」の方を強調するようになった。政府は従来と言っていることは変わらないという立場だが、重心は「責任ある」の方に移ってきている感じがあるという。

円安についても、為替介入をしてでも止めようとしている。後藤氏は、高市首相は従来思われていたほど円安容認ではなくなり、リフレ的な度合いはトーンダウンしているというのが市場の見方だったと説明する。その中で城内大臣との距離感についても憶測があり、交代説が多かったという。それでも続投させたのは、政策の大元は変わらないと市場に示したかったからだろう、というのが後藤氏の見方である。

今野氏も同意した。今回は「骨格を変えない」というメッセージを出しており、城内大臣を替えなかったことは、城内大臣もその骨格の一部だという意味になる。「責任ある」と「積極財政」のどちらを濃くするかのグラデーションはあっても、外すことはない。大きな転換をしないというメッセージが込められた人事だったと今野氏は読む。

44:09

15日から金曜日までの1週間

今野氏は、収録日の24日から見て前の週の日程が「よくできていた」と解説した。15日にまず消費税をめぐる方針を党として決めた。16日に党役員人事、17日に内閣改造を行い、その週の金曜日に日銀が利上げを決めた。

今野氏によると、消費税の方針決定をあえて15日に置いたのは、翌日以降の人事の前だからだ。反対する者は人事で処遇しない、という圧力になる。そうすればみんなおとなしくなる、と今野氏は見る。今野氏は、どの議員がどんな発言をしたかが顔写真付きでまとめられ、官邸に上げられていると話した。今野氏自身、その資料を一度見たことがあるという。ある議員が高市氏の経済政策に賛成した、苦言を呈した、といった内容が記されていたそうだ。こうした動きは、大臣だけでなく副大臣や政務官の人事にも影響しうる。

市場に対しては、城内大臣を残した後に利上げが決まった。政治経済の大きな出来事が詰まった1週間だった、と今野氏は整理した。

45:52

誰が副大臣・政務官を決めるのか

後藤氏が、首相は一般に党幹部や副大臣、政務官の人事にどこまで口を出すものかと尋ねた。今野氏は、政権によって異なると答えた。

第2次安倍政権では、副大臣と政務官の人事はすべて菅官房長官が担当していた。今野氏が菅氏に食事に呼ばれた際、副大臣・政務官人事の大きな一覧表を出して「全部俺が任されているんだ」と話していたという。菅氏に近い議員がそこで優遇された。一方で今野氏によると、安倍政権は閣僚人事で派閥の推薦を受け付けない「新しい政治」を表向き掲げていた。しかしその一段下の副大臣・政務官では、菅氏が実は派閥に配慮し、安倍派から何人、麻生派から何人と配分していた。派閥を完全に無視すると反発を招くからだという。幹事長や派閥が強い政権では、派閥から推薦リストが上がってくることもある。

高市政権では、首相自身がかなりの部分を決めているとされる。今野氏によると、政調会長は通常首相が決めるが、政調副会長あたりまで首相が細かく選んでいるという説もある。後藤氏が、過去の首相と比べて最もマイクロマネジメント的かと問うと、今野氏は「僕の知る限りそうですね」と答えた。

48:39

「エントリーシート内閣」の評価

今野氏は高市内閣を「エントリーシート内閣」と呼んでいる。議員へのアンケートを読み、志望動機が良かった人を選んでいるからだ。しかもその理由を本人に伝えているという。

例として今野氏が挙げたのが細野豪志氏である。細野氏は阪神大震災のボランティアをきっかけに政治家を志し、民主党時代には東日本大震災の復興や原発の規制・再稼働に関わった。アンケートに防災や復興をやりたいと書いたところ、高市首相から「あなたのエントリーシートを読んで」と言われ、復興大臣に就いたという。

後藤氏がこの仕組みをどう評価するかと聞くと、今野氏は「評価がまだできない」と答えた。前例がないからだという。派閥の推薦を受けずアンケートで決めたこと自体は、自民党において革命的な人事だと認める。ただし懸念もある。今野氏によると、今回の閣僚には省庁出身の元官僚が多い。元官僚はエントリーシートを書くのがうまく、志望動機を丁寧に書く。書類選考に頼れば、会社の採用と同じく、入ってみたら思っていた人物と違ったということが起こりうる。書類では人間力のようなものは測れない、というのが今野氏の指摘である。

50:31

詳しいことは強みか、しがらみか

後藤氏は、出身省庁の経験は武器になるが、大臣として必ずしも必要かどうかはやってみないと分からないと述べた。今野氏はさらに踏み込んだ。素人だと発言して批判された元防衛大臣の例を挙げつつ、素人であることが必ずしも悪いとは思わないという。

今野氏が引いた例が農林水産大臣である。農水省出身の鈴木前大臣は優秀だったが、今回は再任されなかった。今野氏は、農水行政の事情に詳しい分、思い切った改革にはならなかったと見ている。前任の小泉氏は備蓄米の放出などで、需要と関係なく市場に任せる方向を打ち出した。これに対し鈴木氏は「需要に応じた生産」の立場だった。今野氏が取材で聞いた話では、物価高で国民が苦しんでいるのに、米価が下がっているからと備蓄米の買い入れを官邸に提案し、高市首相の不興を買ったという。

業界に詳しく人脈もある人ほど、業界の側を向いた政治をしかねない。外部の人が入って既存の仕組みを壊すような改革は起きにくくなる。今野氏はそう懸念する。後藤氏も、環境が激変している分野でリーダーシップを発揮して変えるには、詳しさがむしろ足かせになることもあるかもしれないと応じた。今野氏は維新から入閣した大臣にも触れた。落ち着いた人物だったが、もっと武闘派が入ってライドシェアなどの規制を壊した方が日本のためになるのでは、とも話した。

52:40

片山財務大臣の「バランス」

後藤氏は、出身省庁を知る大臣という点では片山財務大臣も同じだと話を向けた。市場が見極めかねているのは、片山大臣がサナエノミクス的・リフレ的なものと、伝統的な財務省的なものの、どちらにどこまで近いのかだという。後藤氏の見立てでは、財務大臣である以上、伝統的な財務省の考え方を無視するのは難しい。その絶妙なバランスを時間をかけて探っているのではないかという。

今野氏も同じ見方で、象徴的だったのは昨年の補正予算だと話した。今野氏の記憶では、当初14兆円規模で持っていったところ、高市首相が足りないと言い、片山大臣は一切抵抗せずに約4兆円上積みして18兆円規模にした。高市首相にとっては初めて作る予算で、自分の色を出したかった。今野氏は、そこで抵抗していたら片山大臣は今回残っていなかっただろうと見ている。自分で固めた数字でも、首相の反応を見てすぐに増額へ舵を切る対応力がある。財務省にいた経験もあり、財務省の理屈を分かったうえでバランスを取っている、というのが今野氏の評価である。

後藤氏は、最後に決めるのは首相であり、反旗を翻せばすぐに切られるだけだと述べた。高市首相のやりたいことを、財務省の実務上の事情を踏まえてどう実装するかを設計している、非常に難しい作業だという見方である。今野氏は、片山大臣は首相にかなり気を使っていると話した。財務省関係者から聞いた話として、就任当初は「早苗さん」と呼ぶことがあったが、今はきちんと「総理」と呼ぶようになったという。

二人の関係について今野氏は、もともと長い付き合いではないと説明した。片山大臣は元は二階派だったが、二階氏が幹事長を退いた後、素早く安倍派に移ったという。今野氏によると、この移籍には二階氏や二階派はかなり怒った。ところがその後、安倍派で政治資金収支報告書の不記載事件が起きた。字幕はここで途切れており、話の続きは記録されていない。