遺伝子組み換え作物は30年たってもなぜ不安視されるのか:推進側と「左翼代表」が話し合った日本の農業の選択肢

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概要

遺伝子組み換え(GM)作物の流通が始まってから30年になる。この節目に開かれた討論会「遺伝子組み換え とことんディスカッション」に、元毎日新聞記者で食品安全情報ネットワーク共同代表の小島正美、鳥取県の米農家で日本バイオ作物ネットワーク理事長の徳本修一、東京大学の斎藤幸平が登壇した。司会はジャーナリストの須賀川拓が務めた。ReHacQの高橋弘樹も出演する予定だったが、直前に目を痛めて欠席している。

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斎藤は冒頭で、自分がなぜ呼ばれたのか分からないと言い、「左翼代表」として出ると冗談めかした。そのうえで、自分は専門外の素人であり、エビデンスは分からないが怖いと感じる消費者の立場から話すと述べた。議論の軸は、不安がなぜ30年消えないのか、そして人口減少が進む日本の農業でバイオテクノロジーをどう扱うかである。対立を演出する番組構成ではあったが、実際には、斎藤が条件付きで議論の必要を認め、推進側も「推進派ではない」と繰り返す展開になった。

登壇者の立場

小島は毎日新聞に約45年勤め、東京に移ってからの30年余り、遺伝子組み換え作物をはじめ食の安全、医療、健康、環境問題を取材してきた。2008年からは、メディア内部で誤った記事を見て「これではメディアが滅ぶ」と感じ、現役記者のまま訂正を求める活動を続けてきたという。自社である毎日新聞の記事に訂正を求めたこともあり、嫌がられたこともあったと振り返る。

徳本は鳥取で米を作る農業法人の経営者である。日本バイオ作物ネットワークでは、海外の農場経営者も含めて農家同士が情報を発信する活動をしている。海外のGM作物農場にも何度も足を運んでおり、バイテク農業が日本で理解されて本当の意味で社会に実装されるには、農家自身が主導しなければ難しいと考えている。

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遺伝子組み換えとゲノム編集の違い

須賀川はまず、GM作物とゲノム編集食品が別物であることを小島に説明させた。小島によれば、遺伝子組み換えは外部の生物から遺伝子を取り出して植物の細胞に組み込み、その形質を移す技術である。これに対してゲノム編集は、ノーベル賞の対象となったCRISPR-Cas9などを使い、生物が自分で持っている遺伝子を狙って壊す。壊れた遺伝子が修復される過程で新しい性質が生まれる。外部から遺伝子を入れるかどうかが最大の違いだと小島は整理した。例として、食欲を抑える遺伝子を働かなくして成長を早めたタイやフグを挙げた。

斎藤はゲノム編集食品を食べたことがなく、すでに売られていることも知らなかった。小島によると、血圧上昇の抑制、睡眠の改善、肌への効果、ストレス耐性をうたうGABA高含有のゲノム編集トマトは、3年間で約500店舗に広がっている。販売の中心は中小のスーパーで、イオンのような大手は扱えるほどの生産量がないため置いていないという。小島自身も、ここまで伸びるとは思っていなかったと話した。

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ゲノム編集食品はなぜ静かに広がったのか

須賀川は、GM作物は長く不安視されてきたのに、ゲノム編集食品はすっと入ってきたように見えると問いかけた。徳本は、GABAトマトも炎上した記憶があると留保した。そのうえで、日本は遺伝子組み換えで一度失敗しているので、政策立案者が炎上を避けながら慎重に浸透させようとしている印象があると述べた。小島はアンケート結果を挙げ、ゲノム編集の認知度はまだ10〜20%ほどで、ほとんどの人は知らないと指摘した。

小島はメディアの姿勢にも触れた。商品が出る前は、安全性や表示の問題を取り上げる記事があった。しかし実際に店頭に並んでからは、危ないと書けば営業妨害になるので書きにくいのではないかと推測する。須賀川は1年前までTBSで夕方の番組の編集長を務めており、ゲノム編集のタイを特集したときも、不安の声は伝えつつ、番組全体の論調は肯定的だったと振り返った。

斎藤は、自分の周りには左翼が多く、遺伝子組み換えはよくないという声や、ラウンドアップが外国で禁止され始めているのに日本ではどこでも買えるといった声をよく耳にすると話した。小島は、左翼の人たちは今もゲノム編集に反対していると応じた。自分もかつては彼らの仲間だったという。ただ、反対派が店舗経営者に手紙を送り、店に出向いて販売をやめるよう求めるやり方は、一般メディアから見ても行き過ぎに映り、それが報道の温度差につながっているのかもしれないと小島は見ている。記者に確かめたわけではないと断ったうえでの推測である。

ラウンドアップと不耕起栽培

徳本はまず、自分は推進派ではないと明言した。遺伝子組み換えは品種改良の手段の一つであり、農業経営の選択肢として議論すべきだというのが基本的な考えだという。そのうえで、除草剤グリホサート(商品名ラウンドアップ)への誤解を取り上げた。徳本によれば、グリホサートは150か国以上で認可されている。一部の国で特定の製品が使えない例はあるものの、基本的には世界中で使われている。アミノ酸系の除草剤で、より毒性の強い除草剤もある中では扱いやすい部類だという。除草剤を作物にかけることへの生理的な嫌悪感が、消費者の抵抗の一因ではないかと徳本は見ている。

徳本が強調したのは、除草剤耐性GM作物が不耕起栽培を広げたという点である。徳本によれば、1980〜90年代の米国では農地を反転させる耕起(プラウイング)が一般的で、土がやせ、雨で流れ、砂嵐も起きていた。除草剤耐性作物が登場したことで、耕さずに雑草を管理する不耕起栽培が再現しやすくなった。これが農家の強い動機となり、南米やカナダにも広がった。気候変動の中で環境保全型農業として効果を発揮していると徳本は述べる。

斎藤は、不耕起栽培そのものには共感すると答えた。周囲の有機農家は除草剤を使わず、多種の草を混植して雑草を抑える方法で不耕起栽培をしているという。一方で、米国やブラジル、アルゼンチンの農業は全体として環境に優しいとは言えないのではないかと疑問を示した。ブラジルではセラードの破壊が進み、米国ではヘリコプターで除草剤をまいている印象がある。斎藤は「私のイメージなので間違っていたら訂正してほしい」と前置きしたうえで、この疑問を投げかけた。

19:20

ブラジルの大規模農業をどう見るか

徳本は、セラードやアマゾンが開墾されてきた歴史は事実だと認めた。そのうえで、人類の食料安全保障のために限られた土地でタンパク質の生産を増やす必要があるという文脈を示した。徳本が何度も訪れたマットグロッソ州では、GMのトウモロコシと大豆を輪作しながら不耕起栽培を続けている。残渣が畑に積み重なるため炭素が一気に放出されず、有機物が蓄積してカバークロップも使いやすくなるという。

徳本は、6万ヘクタールを経営する友人の例も紹介した。この農場のトラクターはすべて、自社農場のサトウキビから作ったバイオディーゼルで動いている。理由を尋ねると、1970年代のオイルショックの際、中東から燃料を調達している限り自立した農業はできないと考えたからだという答えが返ってきた。徳本は、現地の声を聞くと、日本で伝わる情報とはまったく違う事実が見えてくると述べた。

小島は土地生産性の観点から補足した。有機農業で世界の食料をまかなえるなら反対しないが、実際にはできない。生産性が低ければ森林破壊に向かう。今ある農地でどれだけ生産性を上げるかが最も大事であり、過去90年でトウモロコシの生産は7倍に増えたが土地は増えていない、と小島は説明した。

須賀川は、別の不安を取り上げた。散布された農薬が不可逆的な影響を残すのではないか、遺伝子がほかの生物に移って生態系が壊れるのではないかという漠然とした不安である。須賀川は、日本人が里山や棚田を大事にする感覚とこの不安がつながっているのではないかと述べ、環境破壊がまったくないというエビデンスを示すだけでは危ういと指摘した。小島の答えはこうである。GM大豆の面積が増えたので除草剤の総量は増えたが、面積あたりでは減っており、殺虫剤は確実に減った。農薬は分解されるので毎年まかなければならず、ずっと残るわけではない。

25:09

大規模化は持続可能な農業の姿なのか

斎藤は、GMかどうかは究極的には本質ではないと述べた。人口増加と経済発展に伴う肉食の拡大で、需要は伸び続けている。そのうえで斎藤が問題にしたのは、6万ヘクタールを耕すような資本集中型のアグリビジネスが、持続可能な農業の本来の姿なのかという点である。化石燃料や除草剤を大量に使い、単一作物を大量に作って海外に飼料として売るモデルには、違和感を持つ人が一定数いる。斎藤は、国連の「家族農業の10年」がもうすぐ終わる時期だとも触れた。そして、自分は農業をしていないので望ましい姿を語る資格はあまりないと断りつつ、このモデルは日本の農業の手本にはならないと述べた。

徳本は「適地適作」という言葉で応じた。自分は南米のような農業をしたいわけではない。南米の経営は広大な土地だから成り立っている。各国の農業経営者は競争の中で、窒素の投入を減らすなど少ない資源で生産を上げる工夫をしており、環境負荷を高めれば自分の首を絞めることになる。種を安定した深さでまける播種機や、少量で雑草に効率よくかかる散布機の改良によって、農薬の使用量はかつてより大きく減ったと徳本は話した。

徳本はそこから日本の現実に話を移した。徳本が農業をしている鳥取の中山間地では、高齢化で担い手が次々と辞めている。米価の低迷も離農に拍車をかけ、業界では「大離農時代」が来ると言われている。家族経営や地域コミュニティの発想だけでは、日本の農業は現実的に維持できないと徳本は述べた。コンパニオンプランツや有機的な不耕起栽培も知っているが、産業として供給を支え、農家に十分な手取りを残すには経営的な視点が必要であり、品種改良ももっとフラットに議論すべきだという。

30:01

斎藤の「暗黒社会主義」と条件

須賀川が、GM作物で持続可能性を保てるなら左翼的にもよいのではないかと尋ねると、斎藤は自著の「暗黒社会主義」の考え方を持ち出した。右肩上がりの成長が期待できず、高齢化で農家がどんどんつぶれ、これまでの農業の形を維持できないのであれば、左翼が好まなかったGMのようなものも含めて、食料をどう安定的に確保するかを議論しなければならないという立場である。

ただし斎藤は、あわせて整えるべき条件も挙げた。GMを避けたい消費者のための表示を義務づけて選べるようにすること。小規模や家族経営を望む農家が、GMを使うかどうかを自分で選べる状態を確保すること。種子や除草剤の権利をめぐって外国企業が入り込み、日本の農業が外国企業の「草刈り場」にならないようにすることである。須賀川に「結構サポート派ですね」と言われると、斎藤は、支持しているわけではないが、徳本の話を聞くと従来のやり方を守るだけでは収入の面でも持続しないと感じると答えた。

徳本は、消費者だけでなく農家も栽培手段を選べるべきだと応じた。実は徳本はもともと露地の有機農家で、日本でも最大規模でやっていたという。世界の有機農場、慣行農場、施設園芸を回るうちに、有機農業は素晴らしいが手段の一つだと考えるようになった。さらに中山間地では、シカやイノシシによる獣害、用水路の溝さらいといった共同作業の担い手も減っている。徳本は、食料供給の底が抜けるという危機感を語った。

34:12

漠然とした不安にどう向き合うか

須賀川は、自然志向の知人に聞いた話を紹介した。その人は子どものお菓子を買うとき、着色料やアミノ酸などの表示を必ず確認して避けている。GM原料と着色料のどちらが嫌かと聞くと、着色料だと答えた。しかし、ほかの条件が同じで非GMのほうが高いなら、多少高くても非GMを買うという。理由は「将来何があるか分からないから」だった。須賀川は、エビデンスのないこの漠然とした不安が、多くの人に共通しているのではないかと推測した。

小島の答えは、漠然とした不安は取り除けないというものだった。40〜50年前から食品添加物が危ないという話はずっと続いている。不安を持つ人がいるのはやむを得ず、そういう人は避ければよい。自分が望むのは、徳本のように栽培したい人が栽培できる環境を作ることだけだと小島は語った。小島はさらに、病気に強い国産GM作物の開発計画もあったが、反対運動ですべてつぶれたと指摘し、海外依存を嫌う左翼がなぜ自国の技術をつぶしたのかと斎藤に問い返した。斎藤は、当時の運動には関わっていないと断ったうえで、当時は不安が特に強かったのだろうと答えた。また、飼料を大量輸入して工業的畜産を続けるやり方にはリスクがあり、国産技術で国産化を進めるべきだという議論が出てくること自体は頭ごなしに否定しないと述べた。

反対運動の歴史と自治体の条例

小島によれば、反対運動の中核は30〜40人ほどだった。生協などのネットワークを通じて全国で議員に働きかけ、GM作物の栽培を制限する条例を作らせた。研究開発をしていた北陸の研究センターに対しては訴訟も起こした。著名人の反対もニュースになった。小島は、反対派はどこを押さえれば止まるかをよく知っており、行政は反対に弱いと話した。

須賀川は、国が認めていても、自治体が住民全員の同意や花粉対策を求めるため事実上栽培できない状況について尋ねた。小島によると、条例ができてから15、6年がたっているが、条例は今も残っており、条例のある地域での栽培は難しい。ただ、条例のない地域であれば、科学的な知見が蓄積され、SNSで反論もできる今なら栽培できるのではないかと小島は見ている。

小島は、かつて約700人の生産者によるバイオ作物懇談会が3年間GM作物を試験栽培した経緯も語った。反対派がトラクターやブルドーザーで畑をつぶし、警察も動かず、刑事事件にもならなかった。会の中心人物はそれを機にやめてしまったが、「国産のGM大豆があれば戦えた」と話していたのが印象に残っているという。海外企業の種子ではなく国産品種なら、はっきり言い返せたという意味である。

これに対して須賀川は、事件記者だった経験から、器物損壊事件として警察は捜査していたはずで、起訴に至らないことや在宅起訴になることもあるので、警察がまったく取り締まらなかったとまで言うのは飛躍があると指摘した。そのうえで、作物をつぶすのはひどい話だと述べた。徳本は、今なら逆に来てほしい、自分のYouTubeチャンネルで全部撮影して社会に訴える、と応じた。

49:18

日本でGM栽培が進まなかった本当の理由

徳本は現在、日本でGM作物を栽培していない。栽培していきたいとは考えているが、これまでは現場がそれほど困っていなかったと説明する。除草剤耐性大豆を使えば生産性は一気に上がるが、日本の収量も上がり、選択性除草剤の性能も上がってきた。この程度の規模なら、炎上を覚悟してまで導入する必要はないという判断があったという。しかし2030年以降に農業人口が大きく減る中で、少ない人手で効率を上げる必要が出てくる。徳本は、高市政権が掲げる食料自給率100%という目標にも触れ、その鍵は輸入濃厚飼料の自給率だと述べた。現在は、遺伝子組み換えではなくゲノム編集を使った品種の試験栽培を、来年以降に計画的に進める段階にあるという。

小島は、なぜGM栽培が進まなかったのかをずっと考えていたが、結局はやる気のある人がいるかどうかであり、そこに徳本が現れたのだと語った。斎藤は別の見方を示した。日本は雨が多く、雑草の生命力も強いが、土地も豊かである。わざわざリスクを取り、反対運動を越えてまでGMを大規模に導入する必然性がなかった、というだけの話ではないかという。小島もこれに同意し、須賀川は「左翼が押してきている」と場を和ませた。

38:21

飼料米とエネルギー作物という提案

徳本が日本向けの具体案として挙げたのが、GMの飼料米である。徳本によれば、日本は飼料用トウモロコシの9割以上を輸入に頼っている。除草剤耐性をつけ、脂質やタンパク質を高めてトウモロコシの代わりになる飼料米を国内で作れないかという構想だ。日本は国土が狭く高温多湿だが、水田は多い。現在、生産調整の一環として飼料米に毎年2000億円の税金が使われている。GM飼料米で単価を半分にしても経営が成り立つという試算があり、税金を1000億円削りながら飼料自給率に貢献できると徳本は述べた。かつて農林水産省が進めた「水田を油田に」という構想にならい、多収で分解が早く糖質の高いバイオエタノール用品種も考えられるという。直接口に入らない飼料やエネルギーから始めれば議論しやすく、斎藤にも協力してもらえるのではないかと徳本は投げかけた。

徳本はさらに、日本市場は小さすぎて海外の種子メーカーはビジネスとして関心がなく、グローバル企業の草刈り場になることはあり得ないと述べた。斎藤は、だからこそ導入の必要がないとも言えると返した。そのうえで、反対する側が責任を持つなら、若い人が就農する政策や、もうかる米作りなど別の道を示すべきだとも語った。同じ金額を別の方法に投資して同程度の効果があるなら、わざわざGMにかじを切る必要があるのかという議論はあり得る。ただし斎藤は、その別の道が具体的に何かはここでは言えず、妄想になってしまうと認めた。徳本は、海外メーカーが1品種を世に出すのに150億〜200億円程度かかると説明し、数千億円の投資が必要なわけではないと応じた。毎年3000億円や2000億円の税金を投じても自給率や水田を守れていない現状を考えれば、日本に合わせた品種改良は投資回収できる可能性があるという。

54:41

スーパー雑草とトレードオフ

須賀川は、同じ除草剤を使い続けると耐性を持つ「スーパー雑草」が生まれるという懸念を取り上げた。徳本は、海外でもグリホサートだけを使い続けることはないと説明した。複数の除草剤耐性と害虫抵抗性を重ねた「スタック」品種を使い、グリホサートと同じアミノ酸系で微生物が分解するグルホシネートなどと除草剤をローテーションし、カバークロップを挟むのが現場では当たり前だという。日本でも、ラウンドアップを使い続けた畦ではスギナだけが残るが、グルホシネートを使えばすぐに枯れる。耐性雑草が出るのはプロなら知っている当然のことで、現場ではほぼ問題になっていないと徳本は述べた。

小島は、米国の農家ポール氏の不耕起栽培を例に挙げた。この農家のGM作物にはグリホサート、グルホシネート、2,4-Dの3つに耐性を持つ遺伝子が入っており、一つが効かなくても別の除草剤で対処できる。また小島によれば、除草剤耐性雑草はGM作物の登場以前からあり、世界で約200種類が確認されている。斎藤が、GMだと特定の除草剤とのセットになりがちではないかと尋ねると、小島はそうではないと答えた。

須賀川が、3種類すべてに耐性を持つ雑草が出たらどうするのかと問うと、徳本は、別の除草剤に耐性を持つ品種に替えるのが一つの選択肢であり、3つの手段をローテーションしていれば耐性雑草が出る確率は極めて低いと答えた。徳本は、GM作物によって不耕起栽培が何億ヘクタールにも広がったことを挙げた。小島の講演資料によれば、それにより抑えられたCO2は車1500万台分に相当するという。有機農業にも自然農業にもGMにも何らかのリスクはあり、ゼロリスクを求めればきりがない。スーパー雑草のリスクは、環境と食料安全保障への貢献に比べればわずかな問題だと徳本は述べた。

1:01:17

小規模農家への効果とインドの「自殺」言説

SDGsの観点からの利点を問われた徳本は、アルゼンチンの不耕起生産者協会が大豆で日本の平均収量の3倍以上を取っていると紹介した。単位面積あたりの収量が上がれば農地を広げずに済む。約30年不耕起を続ける友人の農場では、棒が1メートルほどすっと入り、ミミズが生息して土がスポンジ状になっている。大雨でも土砂が流れず、干ばつ時には水分を保つという。

斎藤が、それでも破壊的な開発が最も行われているのはそうした国々だと皮肉を込めて指摘すると、徳本は小規模農家への効果を挙げた。フィリピンではBtコーンが60万ヘクタールに急拡大した。以前はアワノメイガの食害を防ぐため、農村の子どもたちが何度も殺虫剤をまいて肌を荒らしていた。Btコーンで殺虫剤が減り、米の裏作でも簡易な耕起で栽培できるようになった。その結果、農家の手取りが増え、子どもをようやく学校に通わせられるようになったと、徳本は現地の知人の話として伝えた。

インドのBtコットンについて、徳本は、日本の一部のオーガニックショップが「GMの種で借金を背負った農家が自殺している」という話を宣伝に使っているが、それは真逆だと述べた。害虫被害で経営が成り立たずに自殺していたのは非GM品種の農家であり、Btコットンの導入で殺虫剤が激減し、手取りが増えた。インド政府が規制しようとした際には、農家の組合が反対し、規制緩和を求めたという。小島は、この自殺説は反対派が言い続けてきたもので、約10年前に学術論文で否定されたと補足した。須賀川がAIで調べた結果として、伝統的な綿の品種が急速に追いやられたことや、外国企業による種子市場の独占への懸念から批判が高まった経緯も紹介された。

斎藤はこれを、技術の良し悪しだけでなく社会経済的な仕組みの問題として捉えた。調べたところ、バングラデシュで広まったBtナスは公的な農業研究機関が開発し、国内農家に安く種子を供給したという。大規模経営を優先するのではなく、困っている小規模農家が使えるように公的に支援するといったビジョンと組み合わせた議論が必要だと斎藤は述べた。徳本は、GM種子メーカーはバイエル(旧モンサント)だけではなく、主要なものだけで5、6社あると応じた。地域ごとに強い会社が違い、農家は形質や成熟度をカタログから選ぶ。需要に合わない種子を出すメーカーは撤退し、スタートアップも増えている。市場原理がかなり働く「レッドオーシャン」だと徳本は見ている。

1:12:15

ゴールデンライスをめぐる対立

徳本がとりわけ斎藤の意見を聞きたいとしたのがゴールデンライスである。フィリピンの国際稲研究所が管理するこの米は、遺伝子組み換えでベータカロテンを含ませ、米を食べながらビタミンAを摂取できるようにしたもので、約20年前には技術ができていたという。徳本によれば、ビタミンA欠乏症で失明する貧困層の子どもは毎年50万〜60万人にのぼり、多くの子どもが亡くなっている。グリーンピースは長年これに反対してきた。フィリピンは4年前に世界で初めて商業栽培に踏み切ったが、裁判で止まっている。ノーベル賞受賞者107人がグリーンピースに抗議の書簡を出したことにも徳本は触れた。

斎藤はグリーンピースの考えを推測して代弁した。本来は野菜などを十分に摂取できる社会環境を整えるべきなのに、「貧困層には米を食べさせておけばいい」となり、貧困の構造が固定化されることへの懸念だろうという。斎藤によれば、アジアではWTOなどが米の増産と輸出を後押しし、野菜より米を作る方向に偏りすぎた歴史がある。その構造を変えずに、米でビタミンAも取ればいいとすることに違和感が生じるのだという。ただし、今まさに子どもが亡くなっている以上、緊急措置が必要だという主張を即座に否定するつもりはないとも述べた。

須賀川は、2024年4月にフィリピンの控訴裁判所が栽培を止めた理由を調べ、科学的見解が対立して不確実性が残ること、独立したリスク評価やモニタリングが不十分であることが挙げられていたと紹介した。安全でないと判断したわけではなく、分からないからやめておくという判断で、消費者の感覚をそのまま代弁したようだと須賀川は評した。徳本は、国際稲研究所の食堂では週に1回ほどゴールデンライスが出ると話した。黄色いが、味は普通だという。GMのタンパク質を摂取して問題が起きた事例は30年たっても出ていないとし、インフルエンザワクチンを例に、副作用のリスクはあってもそれを上回る便益があるというトレードオフの考え方を示した。

紛争地を取材してきた須賀川は、難民キャンプでは小麦粉ばかりが届き、タンパク質やビタミンが不足する現実を見てきたと語った。導入には前向きだが、不可逆的な影響を恐れる気持ちも分かるとし、モニタリングを徹底し、消費者と生産者の選択の自由を確保することが落としどころではないかと述べた。斎藤は、頭ごなしに批判するのはおかしいという点は直感的に腹落ちしたと語った。小島は、ビタミンAはほかの野菜からも取れるという反論は確かに成り立つので、国家的なプロジェクトとして具体的にどう救えるかというビジョンを示す必要があると述べた。

スギ花粉症緩和米と、ゲノム編集への転換

小島によれば、日本の国がGM作物の研究開発をほぼ止めた中で唯一残っているのが、スギ花粉症を緩和する米である。食べ続けると少しずつスギ花粉に慣れていくもので、試験栽培も行われ、実用化の一歩手前まで来ていた。しかし、農林水産省が機能性表示食品として流通させようとしたところ、厚生労働省に医薬品だとされた。医薬品となれば製薬会社が多額の費用をかけて臨床試験をしなければならず、事実上できなくなったという。小島は、過去の臨床試験で効果が確認されていると研究者から聞いていると述べ、省庁が事前に話を詰め、国が一体となって進めなければ成功しないと語った。会場で花粉症の人を尋ねると、ほとんどの人が手を挙げた。

斎藤は意外なことに、自分はむしろゲノム編集のほうが嫌だと述べた。自分の遺伝子をいじる感じがして、「神の領域」に入るように感じるという。徳本は、政治家がこの問題に触りたがらないことを指摘した。国会でGMが必要だと言う議員はいない一方で、反対すれば注目を集められ、ある新興政党や、自然志向の農業に乗る有名人、インフルエンサーも目立つ。飼料や油、エネルギーのように社会インフラに近い分野こそ議論すべきなのに、影響力のある人も政策立案者も避けていると徳本は述べた。

小島は、日本の国はGMを断念し、ゲノム編集に切り替えたと見ている。内閣府が補助金を出して大学発ベンチャーを支援し、成功したのがゲノム編集トマトである。巨大企業ではなく国内の研究者が開発し、各地に施設を作り、海外への輸出も目指している。外貨獲得にもつながるので反対する理由が乏しいと小島は語った。一方で、今も違和感を持つ人は3〜4割いるとも述べた。

会場からの質問

会場からは、GM作物を広めるにはまず保守的な農家に訴えるべきではないかという質問が出た。徳本は同意し、農家のネットワークで海外農家との研修会を開いていると答えた。世界70か国の農家と直接つながり、少人数のウェビナーで技術や政策を話し合っている。農業はかつて狭いコミュニティの地域産業だったが、今は地方の農家も情報にフラットにアクセスでき、技術に対する価値観も更新されつつあると述べた。

別の参加者は、有機農業の推進者は健康効果をうたわなくなり、生物多様性や心の原風景を理由に挙げるようになったと指摘した。オランダの施設園芸のような技術にも同じ理由で反対しているという。この参加者は、日本は国土の15%しか農地がなく、その3割が荒れているのに政治家が腑抜けだと訴え、GMを諦めない情熱をどう保つのかと尋ねた。徳本は、情熱はなくさないと答えた。そのうえで、有機農業にも役割があり、地域や時代ごとに最適解を探す中でバイテクが必要だという順番で語るべきだと述べた。バイテクも有機も目的化すれば分断を生むので、農家自身が発信の仕方に気をつけなければならないという。

ネットからは、食料需給がひっ迫してGM反対のブランド戦略が成り立たなくなれば反対派はいなくなるのか、という質問が寄せられた。斎藤は、いなくはならないと答えた。慣行農業が危機に陥れば、GMを進めたい人にも新しい有機農業を目指す人にも刺激になる。一つの方向に収束するのではなく、確かなのは今まで通りを続けられなくなることだけだと斎藤は述べた。

1:29:02

対話を続けるという結論

最後の発言で、小島は斎藤について、昔の「東大を解体すべきだ」と言うような左翼と比べて話の分かる人だったと述べ、よく説明すれば互いに接点を見つけられると語った。徳本は、日本バイオ作物ネットワークには自分より若い100人以上の農業経営者が参加していると明かし、次の世代の農家がフラットな情報に触れて新しい動きを作ることへの期待を語った。斎藤は、この放送を見た左翼仲間からまた「すぐなびく」と怒られるだろうと笑いつつ、専門外だからこそ話を聞いて学び、周りの異なる意見もぶつけながら考えを更新していきたいと述べた。

須賀川は、賛成か反対か、危ないか危なくないかという0か1で語れる問題ではなく、ネット空間も含めて議論を続けることが大事だと締めくくった。収録後のコメントで高橋は、スギ花粉症緩和米のように、科学的なエビデンスに基づく議論が表に出る場がこれまで少なかったことを挙げ、政治家が触りたがらない空気があるならなおさら、賛否の前にまず議論する場を設けていきたいと述べた。