国連特別報告者キハラハント愛が語る、規範が揺らぐ時代の人道支援と「90点の妥協」

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概要

大国が国際法の基本原則を公然と疑い始めた今、人の命と権利をどう守ればよいのか。国連特別報告者で東京大学教授のキハラハント愛氏に、ジャーナリストの須賀川拓氏が問いかけた。キハラハント氏は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)でスリランカに赴任した経験や、国連平和維持活動に関する独立研究に携わった経験を持つ。自身を「結構リアリストなところもある」と語り、その立場から話を進める。話題は武装勢力が支配する地域での支援のジレンマ、ウクライナ停戦をめぐる葛藤、偽情報と分断、外国人をめぐる国内の議論、国連の予算削減にまで及んだ。

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「決め方の決まり」が揺らいでいる

須賀川氏はまず、ミャンマーなど世界各地で人道危機が拡大していると感じるが、今の状況をどう見ているかと尋ねた。キハラハント氏の見立てでは、問題は個々の紛争以上に、大国が価値観そのものを否定し始めたことにある。人権、法の支配、そして国際法の中でも最も基本的な「他国を占領しない」といった規範について、大国が「そういうものはない」「実は合意していない」という段階まで来ている、と述べた。

キハラハント氏は、合意できない点があっても「決まりに従って決めよう」という決まりがあれば、まだ何とかなると考える。多様な国と価値観が共存する国際社会では、何を信じるかと同じくらい、それをどう追求するかというシステムが大事だという。今は特に大国がその決まり自体を疑い始めており、キハラハント氏はこの状態を「本当に危険」だと語った。

ここでキハラハント氏は交渉への自分の姿勢を説明した。自分の利益を守るのは本能だとしたうえで、100%を求める場面で90%で妥協するか、それとも100%を求めて交渉を続けるかと問われれば、自分は「90%派」だという。とにかく前に進み、そこからまたやればいいという考え方だ。須賀川氏が、片方が60点でいいと言っても、もう片方がさらに要求を重ねればうまくいかない、と応じると、キハラハント氏も同意した。片方が20%妥協すれば相手も20%妥協するのが常識だ、というその常識が揺らげば交渉は成り立たない。だからこのシステムこそ守らなければならない、というのがキハラハント氏の主張である。

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大国に頼れない時代の「新しい連携」

では、どうすればよいのか。キハラハント氏は、大国が何でもやってくれる時代は終わったと認めることが出発点だとした。国家だけでなく国際機関も、これまでのやり方にとらわれずに自分たちの守り方を考えなければならない。日本についていえば、アメリカとの同盟は非常に重要だが、周辺には比較的新しく力をつけた国が数多くある。一国ずつの力は小さくても、数は力になる。キハラハント氏はアフリカを例に挙げ、一国は強くなくても国の数が多いので、国際社会で交渉しようとするとかなりの交渉力を持てると説明した。須賀川氏も、資源、人口、経済規模の面でアフリカの存在感は大きいと応じた。

その一例として話題に上ったのが、メルカトル図法の地図である。この図法ではアフリカが小さく、グリーンランドが大きく描かれる。キハラハント氏によれば、これが歴史的な不正義だという主張が国連で認められた。反対した国について、須賀川氏は「アメリカだけだったか」と尋ね、キハラハント氏も確かではないとしつつ、少なくともアメリカは反対していると述べた。二人は、ロシアがほとんど反応しなかったのは面白い、と話した。さらにキハラハント氏は、トランプ大統領がメルカトル図法の地図を見ていたから、グリーンランドがあれほど小さいと気づかなかったのではないか、という話をメディアで見たと紹介した。ただし冗談だったのかもしれない、と留保している。

キハラハント氏が特に注目しているのは、新しい連携の形である。戦後は、国連安全保障理事会の常任理事国が世界の警察官のように安全保障を見守るのが常識だった。しかしそれはもう機能していない。そう認めたうえで、これまで結びつきようがなかった国同士が、利害や個別の課題(イシュー)ごとに連携する動きが出ているという。例として、日本がベトナムやフィリピンなど新しい相手を探していること、ヨーロッパと中国の連携、アフリカの一国がヨーロッパと同盟関係を結ぶことを挙げた。1990年代には考えにくかった組み合わせだという。

国連自身も、アフリカ連合や準地域機関、さらには国際金融機関と組むなど、連携の形を広げている。キハラハント氏は、こうした連携がなければ、大国が規範に反する行動をとったときに対抗できないと述べた。

9:54

人権侵害国と組むことは黙認か――ミャンマーとシリア

須賀川氏は、イシューベースの連携が重要だと認めつつ、意地の悪い問いを投げかけた。たとえば中国と組む場合、中国の人権状況には「絶対にこれはダメだ」という部分がある。それでも手を組めば、是認とまではいかなくても黙認にあたるのではないか。キハラハント氏はその可能性を認め、「悩ましいところ」だと答えた。

キハラハント氏が挙げた日本の例はミャンマーである。国軍を支援することは人権の観点から問題だ。しかし国軍を支援しないとしても、人々に人道支援を届けたい場合、その地域には国軍を通らないルートが今はない。支援をやめれば苦しむのは人々だ。一方で支援しても、国軍が食料を受け取ってから人々に届くまでにほとんどを取ってしまうので、やはり人々は苦しむ。キハラハント氏は、短期的には支援したほうが少しでも食料が届くかもしれないと述べた。ただし長期的には、日本だけでなく他の国々と連携しなければならないという。日本が支援をやめても他国が続ければ意味がなくなるからだ。キハラハント氏の見方では、今の日本はヨーロッパが支援しないと言っているところで支援を続ける側に近い。人権状況を改善するには圧力が必要で、そのためには足並みをそろえる必要があるという。

須賀川氏はシリアの例を挙げた。アサド政権が倒れるまで、反政府側の人々に支援を届けるにもアサド政権と協力せざるを得なかった。国連機関は相当悩みながら活動しており、片方から見れば「アサドに与しているのか」と見られてしまう。キハラハント氏はこれにも同意した。

13:12

スリランカで未亡人たちが言った「来ないで」

こうした葛藤について、キハラハント氏は自身のスリランカでの経験を語った。1993〜94年ごろ、キハラハント氏は緒方貞子氏が率いていたUNHCRにいた。当時のスリランカは二分されており、北部はタミル・イーラム解放の虎(LTTE)が完全に支配していた。キハラハント氏によれば、難民だけでなく国内避難民(Internally Displaced Persons)もUNHCRの対象とすると決めたのは緒方氏である。内戦下の北部では人々が移動を強いられていたので、彼らは避難民としてUNHCRの支援対象になる。

しかし北部に入ってカウンターパートを探しても、LTTEしかいない。食料や教育を届けようとしても、LTTEを通さないわけにはいかなかった。国連の中でも意見が割れたという。

キハラハント氏たちは、未亡人に支援をなるべく直接届けるプロジェクトを進めており、話を聞きに行ったこともある。すると未亡人たちから「来ないで」と言われた。国連の人間と話しているところを見られただけで、その人が次に危険にさらされるからだ。その人たちの命と生活を守るには、LTTEが何らかの形で認めなければならない。承認なしに動けば、むしろ当事者のリスクを高めてしまう。須賀川氏が「やらない方がいいぐらい」かと確かめると、キハラハント氏はそうだと答え、引き揚げることもあったと述べた。今のミャンマーを見ていても難しいと思う、何が正しいのかは本当に難しい、と語った。

16:18

ウクライナ停戦と東ティモールの24年

須賀川氏は、ミクロで起きているこの葛藤を国家間に広げれば、イランやウクライナの状況にもつながると指摘した。国内には、人命を最優先するならまず現状のまま停戦し、ロシアと条件交渉を始めるのが最善だという意見がある。しかしそれはロシアの占領、つまり力による現状変更を認めることになり、その後どんな野心が出てくるか分からない。須賀川氏自身は、力による現状変更には一切妥協すべきでないという立場である。それでも毎日多くの人が命を落としている。人間の安全保障の観点から、どう決着を考えればいいのか、と尋ねた。

キハラハント氏は「難しいです」と繰り返した。即時停戦すべきだというのはその通りだが、停戦には「ロシアはここまででいい」といった条件がついてくる。国際法上、あれほど明白な違反、しかも常任理事国によるものはほとんどない。そこは譲れないと思う、とキハラハント氏は述べた。須賀川氏は、即時停戦論者と話した経験を紹介した。ロシアが領土を得てそこで終わるという保証がない以上、長い目で見れば命を守ることにつながらないのではないか、と問い返し、議論が堂々巡りになったという。

キハラハント氏の答えは、二つのことを言い続けるしかない、というものだった。一つは、国際法違反は違反だと言い続けること。言わなければ認めたことになってしまう。もう一つは、戦いが続くあいだに人命が失われていくのはいけない、と言い続けることだ。

キハラハント氏はここで東ティモールの例を挙げた。キハラハント氏によれば、インドネシアが1974年に東ティモールに入ったのは国際法違反で、国連はそれを認めず、24年間違法な占領状態が続いた。その間に人口の4分の1から3分の1が亡くなるなどして失われたという。東ティモールの人々は、すぐに戦いをやめればインドネシアの占領を認めることになるとして、戦い続けた。最終的に独立に至ったのは本当に幸運だった、とキハラハント氏は振り返る。インドネシアの大統領が交代し、新大統領が住民投票をしてみようと考えたこと、国連がちょうど「黄金期」にあり、やってみようと判断したことが重なった。ただしそれは、人々が言い続け、死に続けた結果でもあった。須賀川氏が「守られた」と言ってよいのかと問うと、キハラハント氏はそこが問題だと応じた。

キハラハント氏はウクライナとの違いにも触れた。インドネシアの場合は空軍がなく、地上戦が中心だったので規模がかなり違う。また当時はソーシャルメディアもなく、東ティモールで何が起きているのか世界からあまり見えていなかった。その意味で、国際社会が受けた衝撃も大きく違うという。

21:15

「国連は機能していない」という絶望とマリの偽情報

須賀川氏は、「国連が機能していない」とよく言われるが、本当は国連安保理が機能していないのだと言いたくなる、と述べた。キハラハント氏は、一般の人にとっては安保理も国連も同じだと認めた。そのうえで、以前は見えなかった安保理の機能不全が、今はソーシャルメディアを通じて見えるようになり、絶望感が広がっていると分析した。ニュースはうまくいかなかったことを伝えるもので、「国連がうまくやりました」と毎日報じられることはない。だから絶望ではない側のことも積極的に発信していかなければならない、とキハラハント氏は言う。須賀川氏は、治安を守って当たり前の警察が、少しの不祥事でニュースになるのと同じだとたとえた。

キハラハント氏が衝撃を受けたと語るのが、国連平和維持活動に関する独立研究で知ったマリの事例である。マリでは「国連はいらない」という排斥運動が起き、端的に言えば国連は追い出された。運動のもとになったのは、国連が資金を着服して人々のために使っていない、といった偽情報だった。ところがその発信源をたどると、ソーシャルメディア上の最初の投稿はわずか3件だったという。それがリポストされて拡散し、あたかも大規模な不正が行われているかのように受け取られ、ついには国の方針を動かした。キハラハント氏は逆に、「国連はこんなこともしている」という成功例が3つ出てくれば、多少は影響があるのではないかと述べた。

24:08

なぜネガティブな情報ばかりが広がるのか

メディアに身を置く須賀川氏は、言いたくはないが、ネガティブな情報のほうが見られると認めた。一方で、X上でも「こういうのが見たかった」と拡散されるよい話もあり、何かのきっかけ次第なのかもしれないとも言う。ネガティブな話ばかり伝えてきた自分の認知が歪んでいる可能性もある、とも付け加えた。キハラハント氏は、これだけ悲惨なニュースがあふれているなら、人が珍しいものを求める以上、よい話のほうが新しく感じられるようにならないのか、と疑問を口にした。ただし発信の仕方、内容、ターゲットによって違うのかもしれない、とも述べている。

須賀川氏は、ヘイトや憎悪を煽るものは拡散しやすいと指摘し、一つの情報が広がって状況が動くのを現地で感じたことはあるかと尋ねた。キハラハント氏が語ったのは、東ティモールでの出来事である。運転中に穴に落ち、車が3輪だけ引っかかって1輪が宙に浮いてしまった。すると誰もいないように見えた森から大勢の人が出てきて助けてくれた。さらに驚いたのは、そこから車で30分ほどの自宅に戻ると、村の人がもう知っていて「お前、助けられただろう」と笑われたことだ。携帯電話はおろか固定電話もないような場所で、人の口伝えが車より速かったという。キハラハント氏は、SNSがあってもなくても人の本質は変わらず、他人の失敗や怒り、誰かが良くないという話がみんな大好きなのだと述べた。須賀川氏も、ReHacQでも成功者の話より、成功しているように見える人の失敗談のほうが面白がられると応じた。

28:45

ルワンダから学ぶ教訓――情報、ラベル、教育

話はルワンダに移った。須賀川氏は、ラジオが対立民族を「ゴキブリ」と呼んで虐殺を煽り、隣人が隣人を殺すまでに至った事件を振り返り、日本からは遠い出来事に感じられがちだが、そこから学べることは多いはずだと問いかけた。

キハラハント氏が挙げた教訓の一つ目は、情報の重要性である。平和維持活動に関する独立研究でも、「情報を制する者が」という趣旨を盛り込んだという。誤情報や偽情報を軽く考えず、安全を破壊しうるものと認識する。そのうえで計画、資金、人員を投入し、予防するだけでなく、先回りして情報をうまく使い平和を作っていく。これが必要だとキハラハント氏は述べた。

二つ目は、ラベリングの問題である。キハラハント氏によれば、ルワンダのフツとツチ、スリランカ、ユーゴスラビアでも、民族の区分は植民地時代にラベルとして作られたもので、もともと人々は一緒に暮らしていた。ところがラベルをつけられ、それに沿って支配されると、人々は意外なほどラベルどおりに行動し、憎悪の構図に簡単に巻き込まれてしまう。だから事前にそれを見越して資源を投入しておく必要がある。長期的には教育が重要で、人を分けるとそうなると知っていれば、「あなたは日本人」「あなたは沖縄人」とラベルを貼られたときに「ちょっと待てよ」と立ち止まれる。キハラハント氏は情報リテラシーも挙げ、ある時代の人が一生かけて受け取った情報量を現代人は1日で受け取る、という話を聞いたことがあると紹介した。その処理の仕方を教育につなげるべきだという。

キハラハント氏はルワンダの現状にも触れた。ラベルをつけたことへの反省から、今は民族区分が禁止され、皆「ルワンダ人」と言わなければならない。それで本当に済むならよいが、自分を日本人と思う人、琉球人と思う人がいるように、アイデンティティを自分で選べることを確保しておかなければならない、とキハラハント氏は述べた。須賀川氏は、それも個人の尊厳であり安全保障だと応じた。

34:34

価値観が相容れなくても「解決の仕方」だけは合意する

キハラハント氏はさらに、人間は分裂するものだと考えていると述べた。自分たちで分裂することもあれば、ラベルによって分裂させられることもある。だから最も大事なのは、異なる価値観を持つ人々がどうやって問題を解決するかという基盤のシステムだという。どう相談するのか、決裂したらどうするのか。「私たちは違う」と認めたうえで、そこだけは合意しておく。これが法の支配の中で自分が一番大事だと思う部分だ、とキハラハント氏は語った。

キハラハント氏自身は、人権や人間の安全保障という、人間を守る価値観を非常に大事だと考えている。しかしそう思わない人もいるかもしれない。その人たちとも対話し、問題が起きたら解決するシステムについては別に合意しておく。そうすれば価値観が相容れなくても、「今日のところはどうしようか」と話し合えるのではないか、というのがキハラハント氏の考えだ。

36:00

「法を守らない外国人はいらない」をどう考えるか

須賀川氏は再び「意地悪な質問」として、日本国内の議論を持ち出した。「外国人を排斥しているのではない、法を守らない外国人がいらないだけだ」と言う人は多い。しかし過去の発言を見ると、結局は外国人が嫌いなだけではないかと思える場合がある。この主張が方便となって、排外的な考え方が広まるリスクがあるのではないか、と須賀川氏は懸念を示した。軽犯罪も含め、法を犯した者が国籍に関係なく裁かれるべきなのは当然で、言葉どおりなら同意できる、とも付け加えている。

キハラハント氏はまず、過去に虐殺をした人の入国を拒むことには賛成だとしたうえで、「法を守らない」とはどの法のことなのかを問うべきだと述べた。そして、こうした主張の背景にはデータを知らないことがあると指摘した。キハラハント氏によれば、データで見ても外国人の犯罪率が高いということはない。須賀川氏も、イギリスが崩壊していると言われるがナイフ犯罪は減り、殺人事件も過去最低になっていると述べた。そうしたエビデンスがないまま「ヨーロッパは地獄になっている、日本を同じにするな」という言説が広がっている、と須賀川氏は言う。

それでも須賀川氏は、そう思わざるを得ないほど危機感を持つ人々の声を排除するのは絶対にだめだと強調し、キハラハント氏も彼らの尊厳は守られるべきだと同意した。キハラハント氏は「話を聞いてみたい」と言い、ReHacQで対話の場を設けてはどうかという話になった。ただ、匿名で発言している人は来ないだろうし、匿名で番組をやれば混乱するだろう、とも話している。キハラハント氏は、移民・難民政策はアカデミアの中でも意見が大きく分かれるので、「ヨーロッパを見よ」という研究者と人権系の研究者の両方を呼べば、噛み合わなくても面白いかもしれないと提案した。

40:53

寛容のパラドックスとアルゴリズムの分断

須賀川氏は「寛容のパラドックス」を持ち出した。寛容な社会なら不寛容な考えも包摂すべきだ、という逆説である。相反する価値観を持つ人々をどう包摂するかは、これから日本でも大きな課題になるという。キハラハント氏は、ここでも答えは同じだと述べた。問題が起きたときの解決の仕方をまず合意し、互いになぜそう考えるのかを聞くことである。ただ須賀川氏は、寛容を自認する人も不寛容な人の話を聞きたがらず、その時点で寛容とは言えないのでは、という構図が起きていると指摘した。

キハラハント氏はここでソーシャルメディアの仕組みに触れた。ショート動画などは、以前見たものをもとに「これが見たいでしょう」と機械が勝手に表示する。そのため、多様な意見を聞いているつもりでも、実は同じような人たちの間でだんだん先鋭化していく。寛容な人も、不寛容な人に対して自分が不寛容になっていると気づかないまま固まっていく。こうして人々が分かれ、出会って対話する場が今はあまりない、とキハラハント氏は言う。だからこそ情報と教育の問題に戻ってくるのであり、そこにもっと時間とエネルギーを使うべきだと述べた。

一方でキハラハント氏は、移民排斥系のコメントを実際に見に行くことがあり、かなりひどく、正直この人たちとの対話は難しいと思うとも明かした。ただ、対面ならそこまでは言わないし、匿名で投稿している人たちも特別な人たちではないのかもしれない、とも付け加えた。そのうえで、難しいがやらないとだめだ、と述べている。

45:36

理想主義者ではなくリアリストになった理由

須賀川氏が、これからはリアリストであることが大事ではないかと言うと、キハラハント氏は自分の経歴を振り返った。アカデミックな世界だけにいたら、もっと理想主義的だったかもしれない。しかし多くの現場を見てきた。国連に入ったときは崇高な国際社会の番人のようなイメージを持っていたが、中にいたのは人間だった。縦割りで、それぞれに個性があり、至らないところもたくさん見た。それが今の現実的な姿勢につながっている、とキハラハント氏は言う。

須賀川氏が、今の国際情勢を見て多くの国民はリアリストなのではないかと述べると、キハラハント氏は重要な留保をつけた。リアリストであるためには、何が起きているのか、なぜ起きているのか、どんな道があるのかを知っていなければならない。自分はリアリストだと思っていて実はそうでない、というのが一番危ないパターンかもしれない、とキハラハント氏は述べた。

47:03

国連の予算削減と、議論を動かす「一握りの人たち」

キハラハント氏によれば、国連は今改革を進めており、特に予算が削られているのが人権と平和活動で、これはキハラハント氏の専門そのものだという。須賀川氏が、国連が最も重視すべき分野ではないかと驚くと、キハラハント氏は背景を説明した。第一の理由は資金不足で、最大の原因はアメリカである。2番目の拠出国である中国の支払いも一筋縄ではいかない。加えて、世界全体の流れとして、多国間主義の国連から地域連合や有志連合へと関心が移っており、資金が集まらないという。

キハラハント氏が関わった独立研究は、平和活動を今後どう発展させるのか、あるいは縮小するならどこに優先順位を置き資源を配分するのかを議論する材料になる。議論の場の一つが、平和維持活動に関する特別委員会C34である。キハラハント氏の説明では、名目上は34か国が対等に参加し、日本も加わっている。

ところが実際に議論を動かしているのは、ごく限られた国、その中でもごく限られた人たちだった、とキハラハント氏は語る。報告書は独立したもので、内容は自分たちが書く。しかしそれをもとに公の場で議論を動かす人も、裏で交渉する人も一握りだった。ある日話し合いをしても、翌日には別の案が出ていて、たどると大抵その一握りのところから出ている。安全保障は人権よりもスピードが速いので、この傾向はさらに強いと思う、とキハラハント氏は推測しつつも、国連の国際安全保障の場でこうなのかと驚いたという。

そこでキハラハント氏がリアリストとして考えたのは、報告書は全世界に公開されるとしても、本当に世界を変えたいならその人たちに向けて情報を発信し、影響を与えることだった。報告書の内容は独立だから影響を受けない。しかし使い方の段階では、非常に戦略的に考えなければならない。報告書は棚にいくらでも積まれているからだ。須賀川氏が、報告書を作ることが目的化していることもあるのではと尋ねると、キハラハント氏は、政治的に動かないことが最初から見えていて、とりあえずアウトプットだけ出す場合もあると認めた。

52:13

国連のお金の使い方と、職員への正当な報酬

須賀川氏は、国連を軽視する風潮の背景には予算の使い方への批判もあると指摘し、自身の体験を語った。アフガニスタンへ国連機で入る予定で、ドバイかドーハの空港を経由したときのことだ。到着後にタリバンに見せる書類の印刷を忘れ、印刷場所を尋ねた。すると国連の青いタグを見た係員に、ファーストクラスのラウンジへ案内され、何でも無料で頼んでよいと言われた。国連職員ではないので気まずく、プリンターを借りてカレーを食べたという。危険な場所で働く人にはむしろ良い待遇を受けてほしいと思う一方で、これを見て誤解する人も出てくるだろうと感じ、お金の使い方の改革は必要なのかもしれないと思った、と須賀川氏は話した。

キハラハント氏は、お金の使い方の改革と監査の改革の両方があると応じた。そうした批判を受けて国連内部の監査は非常に厳しくなっている。ところが監査のために本部から5人、10人といった職員が、ビジネスクラスなどで来ることもあり、その費用が馬鹿にならないという。監査は重要で必要だ、とキハラハント氏は付け加えている。

一方でキハラハント氏は、国連を優秀な職員が働き続けたい職場にしておく必要があると強調した。国連にも問題はあり、企業に行けば何倍もの給料を得られ、嫌な思いもしなくて済む優秀な人は離れていってしまう。人助けをしているのだからボランティアでやれ、という考えは持続可能性の点で良くない、とキハラハント氏は言う。須賀川氏も、日本ではNGOやNPOの人を「好きでやっている」と見る感覚が危うく、社会を良くした人がお金を得てもいいと述べた。キハラハント氏は、職員の子どもが学校に行くにもお金がかかると応じた。

キハラハント氏自身の特別報告者の仕事は完全な無報酬で、それは承知で引き受けたという。ただ、制約は厳しくなっている。キハラハント氏によれば、以前は国別訪問として年に2か国をそれぞれ2週間訪れていたが、今年は1か国だけ、しかも10日間になった。一か国だけで世界の人権状況を報告するのは難しく、特定の国の特定の問題にピンポイントで絞るしかない。特別報告者は国連の事務次長補級で、その報告書は重い意味を持つ。市民社会や政府代表から事前に情報を集めて臨むとはいえ、現場を10日以内でしか見られないのはかなり厳しい、とキハラハント氏は述べた。須賀川氏は、監査の人員を1人減らしてその分を1か国分に充ててほしいくらいだ、と応じた。

59:41

若い世代と、今の実態に合わせた法の使い方

最後に日本へのメッセージを求められたキハラハント氏は、若い世代について語った。学生とプロジェクトや研究をする機会が多いが、若者にやる気や希望がないと言われるのは実態と違い、さまざまなことに興味を持って真剣に取り組む若手がたくさんいる。その人たちを大事にすべきだという。

大事にする方法について、キハラハント氏は、自分たちの世代が国際人道法や人権法がうまく機能していた「黄金期」のイメージを押し付けてもうまくいかないと述べた。必要なのは世代間のコミュニケーションだという。例として挙げたのが、子どもへのオンライン上の性的暴力である。キハラハント氏の世代の専門家は、まず「ソーシャルメディアにアクセスしないようにすればいい」と考えがちだ。しかしそれは違う、とキハラハント氏は言う。自分たちはソーシャルメディアなしで生きてきたが、今の世代にとってそれがないことの影響はまったく違うからだ。

人権法、人道法、法の支配、人間の安全保障を、今の実態と今の人たちにどう当てはめるか。それは自分だけで考えるのではなく、意見交換しながら考えるべきだ、とキハラハント氏は述べた。あまり意見交換したくない相手とも、経験が浅いと思える若い人たちとも、相手の立場を理解しようとすること。専門知識を持つアカデミックな人たちも、今の実態を踏まえてそれを使っていけば、今の人間に合ったことができていくのではないか。そう語ったうえで、キハラハント氏は「日本もなかなか捨てたもんじゃない」と強く感じていると締めくくった。