AIという「黒船」に歴史学者はどう向き合うか 呉座勇一が語る幕末のリスキリングと「問いを立てる力」
ReHacQ−リハック−【公式】ReHacQの高橋弘樹は、歴史学者の呉座勇一(国際日本文化研究センター准教授)と、幕末のリスキリングについて話した。本動画はその後編にあたる。呉座の著書『令和に生かす日本史』の内容を手がかりに、議論は福沢諭吉の語学の切り替え、清と日本の対応の違い、適塾の実力主義へと進む。後半では、AIの普及で歴史学者の仕事がどう変わるかという問いに行き着く。呉座はこの問いへの答えをまだ持っていないと率直に認め、そのうえで「問いを立てる力」が重要になるという見方を示した。
福沢諭吉が経験した二度のリスキリング
呉座によれば、江戸から明治への移行期は、日本史上でもまれなほどリスキリングを求められた時代だった。しかも変化の波は一度では終わらなかった。そのことを示す例として呉座が挙げたのが福沢諭吉である。
江戸時代の武士は、まず漢学・儒学を学ぶのが普通だった。福沢も地元では漢学の塾で学んでいる。その後、長崎と大阪の適塾でオランダ語を身につけた。当時の日本はオランダと貿易しており、長崎にはオランダ人が来ていた。西洋の学問はオランダ語を通じて学ぶものだった。呉座はこれを、漢学から蘭学への「第一のリスキリング」と位置づける。
ところが福沢がオランダ語を習得して横浜の外国人居留地に行くと、店の看板などはすべて英語で書かれていて読めなかった。オランダ語は誰も使っていないと気づいた福沢は、これからは英語を学ばなければだめだと考えた。蘭学から英語による洋学への切り替え、つまり「第二のリスキリング」である。
「またやり直しか」という葛藤と、断った蘭学者たち
福沢は蘭学者の友人たちに、英語の時代が来るから一緒に勉強しようと声をかけた。しかしかなり断られたという。断った側の言い分を、呉座は次のように紹介した。オランダ語はもう身につけた。オランダ語ができれば西洋の学問は学べる。わざわざ英語を一からやらなくても、オランダ語の本を読んでいればいいではないか。
福沢自身にも葛藤はあった。死ぬ気でオランダ語を勉強してようやく物になったと思ったら英語で、また一からやり直しか、あの苦労をもう一回やるのか、と悩んだらしい。それでも英語ができなければ話にならないと判断し、何とか仲間を見つけて学び始めた。呉座は、この見極めの早さが福沢のすごさだと評価する。
高橋はこの話を自分に重ねた。テレビ局を飛び出してネット動画の世界に移り、YouTubeでは初めは失敗ばかりだった。ようやくWeb動画の作り方を覚えたと思ったら今度はAIが来た。「もういいよってなりますよ。俺45だよ」と笑う。呉座も、二度目となると腰が重くなるものだと応じた。
話は少し脇道にそれる。早稲田大学出身の高橋は、慶應大学を好きではなかったと冗談めかして語った。しかし最近、目の手術を慶應の病院で受け、福沢への見方が変わったという。病院には医学部創設の経緯が掲示されている。初代医学部長は北里柴三郎で、日本に感染症の研究所が必要だというのに政府の動きが遅かったとき、福沢が資金を出したと書かれていた。高橋はこれを読んで「金は力なり」と思ったと話した。
日本はなぜ西洋に適応しようとしたのか
高橋は前編で魯迅に触れていた。魯迅は、辛亥革命が起きても中国人の精神は変わらず、旧態依然のままだという問題意識を持っていた。高橋はそれを踏まえ、国家全体で見れば日本は比較的うまく変わった方ではないか、そうだとすればなぜか、と問いかけた。
呉座はまず、日本人が変化に適応できる優れた民族だから、という説明を退けた。民族的な優劣はないというのが呉座の立場である。違いを生んだのは制度のあり方だという。
江戸幕府は武家政権、つまり軍事政権だった。徳川家が日本でいちばん強いからみんなが頭を下げる。軍事力そのものが正統性になっている国家体制である。だから黒船、つまり海防の問題は、幕府にとって致命的になった。西洋列強にまったく歯が立たないとわかると、幕府の威信は大きく失われ、体制がもたなくなった。支配階級の武士は、長い平和の中にいたとはいえ本質は軍人である。だからこそ、西洋の優れた軍事技術を取り入れなければという意識が非常に強かった、と呉座は説明する。
「野蛮な者に恵みを与える」という中華の論理
これに対して中国は官僚の国であり、文治主義だった、と呉座は言う。軍事力で脅され侵略を受けても、「だから自分たちはダメだ」という発想にはならない。
呉座の説明では、中華帝国は大昔から北方の異民族に攻め込まれ、そのたびに金品を与えて手なずけることを繰り返してきた。野蛮な相手に戦で負けても、それは必ずしも恥ではない。阿片戦争も、中国側の主観ではまた野蛮な連中が暴れているという受け止めだった。まともに付き合っても仕方ないから、金をやって黙らせようという発想である。軍事的に劣っているとは考えない。高橋が「孔子も読んでいないのかと」と合いの手を入れると、呉座はうなずいた。徳のない乱暴者に恩を与えてやれば、我々の徳に感謝するだろう、という感覚だという。
貿易についても同じだと呉座は言う。中国には必要なものがすべて揃っていて、特に欲しいものはない。それでも周辺諸国と貿易するのは施しを与えているという発想からだ。高橋が朝貢貿易もむしろ属国の側が儲かる仕組みだと言うと、呉座は同意した。ヨーロッパとの貿易も、中国側の主観ではこの延長にあった。一方、日本の軍事政権にとって軍事的な敗北は恥以外の何ものでもない。正統性を失うので、何としても追いつかなければならなかった。
高橋は、民族の優劣ではなく、学問の体系や統治システムの違いが意識の差を生んだという整理を受け入れた。そのうえで、これは中国という国や中国人がどうこうという話ではなく、教訓として受け取れる点があると付け加えた。
新興勢力を見下すと足元をすくわれる
高橋が引き出した教訓は、脅威が現れたときに見下してはいけない、というものだった。YouTubeは2000年代に登場したが、コロナ前の2020年ごろまで、テレビ業界はWeb動画を基本的に見下していたと高橋は振り返る。映像のいろはもコンプライアンスもわからない連中が何かやっている、放っておこう、という空気だった。たまにテレビで作った動画をYouTubeに出してみても、数字は回らなかった。今はNetflixに惨敗しており、テレビ局の人がどんどん転職している。高橋はNetflixの給料は多分数千万円だと話した。
高橋は、これはテレビに限らず、金融でも、日本企業同士でも同じかもしれないと言う。新興勢力をただの成り上がりと見なし、こちらには伝統があると構える態度である。呉座も、幕末に新しい勢力を見下していた人は失敗したり苦労したりしたかもしれないと応じた。高橋は、武士でも、率先して農業を手伝わせてくださいと言った人が勝つのだろうと付け加えた。
適塾の「会読」と完全実力主義
著書のリスキリングの章にほかに何が書かれているかと問われ、呉座は当時の学び方を紹介した。中心にあったのは「会読」と呼ばれる討論形式の学習で、今の大学のゼミに近い。テキストのページを参加者に割り振り、担当者が翻訳して発表する。ほかの人が質問し、発表者が答える。最後に先生が「これはこういうことだよね」とまとめる。この方式は、藩校のような公的な学校ではなく、私的に作られた私塾で江戸時代にすでに普及していた。
特に大々的に行ったのが、福沢諭吉が学んだ適塾である。呉座によれば、適塾は完全な実力主義で、クラス分けが厳格だった。クラスで一番の成績になると一つ上のクラスに上がる。長くいる人を年数で進級させる塾もあったらしいが、適塾では実力がなければいつまでたっても上に行けなかった。
呉座はこの競争の仕組みを私塾の良さとして評価する。江戸時代は身分制で、いくら頑張っても上に行けないことに不満を持つ武士が多かった。そこへ、頑張れば頑張るほど上に行ける仕組みを作ったことで、皆が必死に勉強し、寝る間も惜しんで徹夜するような人も出てきた。呉座は、これが明治維新につながっていくと述べた。
競争とまったり、どちらが幸せか
高橋は、競争すれば能力は上がるが疲れる、と疑問を投げかけた。江戸時代の身分制は絶望といえば絶望だが、役職が先祖代々決まっていて頑張る必要もない。どちらが幸せなのか。
呉座は、これは好き嫌いだけの問題ではないと答えた。今の日本は、競争で上に行こうというアニマルスピリッツが薄れ、Z世代もあまりガツガツしていないという話もあり、江戸時代的なまったりした状態になっているように感じるという。そのうえで、AIという黒船が来ているのに大丈夫だろうか、と懸念を示した。
AIが古文書を読めるようになったら、歴史学者は何をするのか
「どうしたらいいんですか」と高橋に問われ、呉座は、AIが普及したら歴史学がどんな形になるのか自分でもなかなか想像できないと認めた。学会でAIと歴史学がホットな論題になっているかと聞かれると、まだ全然そんな状況ではないという。
現状では、古文書を読むAIのソフトやアプリはあり、呉座も試したことがある。しかしまだ全然読めない。高橋は、崩し字は書き手によって違うからと補った。呉座はただ、今は使えないとしても、YouTubeが出てきたときに「なんだありゃ」と言われていたのと同じ構図だと考えている。馬鹿にしていると急に足元をすくわれる。技術のことはわからないと断りつつ、10年もたてばAIが普通にすらすら古文書を読むようになるのではないかという見通しを語った。
そうなると何が起きるか。呉座は半分冗談めかして、今の歴史学者には「こっちは史料が読めるんだ」とマウントを取れる面があると言う。偉そうなことを言っても、神社から古文書が出てきたら読めないだろう、これだから素人は、と言える。AIがすべて読めるようになれば、その優位性はなくなる。実証主義の歴史学者は歴史観を作るタイプではないだけに、次に何をやるのかという問いは重い。
高橋は、考古学者のように古文書を探す仕事が残るのではないかと提案した。探すことは人間にしかできない。呉座も、所蔵者と関係を結んで見せてもらう、公開させてもらう、貸してもらうといったことはAIにはなかなかできないので、必要なスキルになるかもしれないと応じた。学者の中には、日本全国を回って新しい文書を見つけてくるのが得意な人もいるという。高橋は、空き家を壊すたびに古い文書がごっそり清掃業者に捨てられているのはもったいないと話し、呉座も同意した。
歴史系YouTuberの領域にもAIが来ている
ほかに歴史学者に期待されることは何かという話の中で、呉座は「歴史系YouTuberになるしかない」と冗談を言った。しかしそれもAIがやってしまいそうだと続ける。
ここで高橋が、最近はまっているAI制作の歴史動画チャンネル「歴パロ」を紹介した。登録者はまだそれほど多くないという。博物館という設定で、展示スペースの大きな窓から過去を生中継で見せる形式になっている。高橋が例に挙げたのは中先代の乱を扱った回で、京都での出来事をドラマのような実写風の映像で見せ、次の展示スペースに移ると今度は鎌倉の様子が映る。それをすべてAIで作っているという。動画の一部を流しながら、高橋は「歴史系YouTuberももうダメですわ」と言い、呉座も分かりやすいと感心していた。
ただし高橋は、内容の詳細さは学者ほどではないだろうと見ている。だからこの制作者を仲間に入れ、三人で何かやろうと呼びかけた。この人のAIを使う技術と、学者としての歴史考証への忠実さ、そして高橋のプロデューサーとしての技術を掛け算していかないときつそうだ、というのが高橋の考えだ。呉座も、福沢が人より早く英語を学んだように、少し先にAIを学ぶことが必要だと応じた。
歴史学者として何がいちばん楽しいかと聞かれると、呉座は史料を読むことだと答えた。だからこそ、AIが全部読むようになったらどうしようという気持ちになるという。
学界はAIについて真剣に議論していない
研究者同士で今後どうするかという話をするのか、と高橋が尋ねた。呉座は、本当は皆考えた方がいいが、あまり話題にならないと答えた。大学や研究所は文部科学省から中長期計画を求められ、今後こういうことをやると書く。しかし、どうしても今までの延長線上で考えてしまうという。
呉座の考えでは、AIが大きく発達すれば学問や研究のあり方は根本から変わるはずだ。それなのに、発達したAIをどう取り込み、どう利用するかという議論はあまりできていない。よく聞くのは、AIは間違った答えを出すから人文知はAI時代にますます必要になる、というふわっとした話である。呉座は、それは今のレベルのAIを前提にした話のように感じると言う。AIの性能が一気に上がった場合に自分たちは何をするのかは、真剣に議論されていない。その意味では幕末の武士と同じで、目を背けているのかもしれないと述べた。高橋も、このままでは江戸時代の側に取り残されると応じた。
「問いを立てる力」と、気持ちのいい話に流されないこと
高校生や大学生、社会人が歴史を学ぶときに何が変わるかと聞かれ、呉座は「問いの立て方」がますます重要になると答えた。AIを使う場面では、どういうプロンプトを出すかが問題になるからだ。これまで学校では出された問題を解く形で勉強してきた。しかしAIが答えを出してくれる時代には、どういう問いを立てるか、つまり出題する側になることが大事になる。歴史に限らないかもしれない、とも付け加えた。
問いを立てる力はどうすれば身につくのか。呉座は、人文学にとって本当にいちばん大切なのは問いを立てることだとしたうえで、自分の考えとして「常識を疑うこと」を挙げた。なんとなくそうだと思っていることが、ただの固定観念や思い込みではないかと立ち止まってみる姿勢である。歴史はまさにそうで、よく知られた話は後から作られたものであることが多い。例として、一般にそう言われている秀吉の逸話を挙げ、それは本当なのか、後世の創作ではないのかと疑ってみる構えが大事だと話した。
では、その姿勢はどうすれば身につくのか。人間はどうしても「するっと」受け入れてしまう、と高橋が言うと、呉座は「気持ちよくなることに流されないこと」だと答えた。気持ちのいい話はたいてい作り話で、本当の話は耳が痛いことが多い。「良薬は口に苦し」である。呉座はAIの話に引きつけ、AIが人間の仕事を全部取るなんてことはない、という話の方が気持ちいいが、それに流されるのは危ないと述べた。高橋は、踏みとどまった人たちがリスキリングに成功したのか、と受け止めた。
斗南藩と伊藤博文 運命を分けたもの
高橋は、幕末は自分たちの曽祖父の上くらいの世代にあたると言い、当時の人々がどんな気持ちで時代の変化を迎えたのかと問うた。随分前に中公新書の『斗南藩』を読んだという。戊辰戦争に敗れた会津藩は、数十万石から青森の2万石ほどの土地に移され、歩いて向かう途中で多くの人が亡くなった。その中で頑張った人々の話は悲惨だったと高橋は振り返る。
一方で、大出世した人もいる。何が運命を分けたのかと問われ、呉座は著書で扱った伊藤博文を例に挙げた。伊藤は長州藩の足軽のような、武士の中でもいちばん下のランクの出身だった。江戸時代のど真ん中なら名もなき人で終わったはずだが、英語を学び西洋の学問を身につけたことで「こいつは使える」と見なされ、明治政府の官僚として引き立てられた。
高橋が榎本武揚も語学ができたのかと尋ねると、呉座は榎本はオランダ語ではないかと答えた。翻訳がない時代なので、西洋の学問を学ぶにはまず語学ができなければ話にならなかった、というのが呉座の説明である。
では今、それに相当するものは何か。語学は今も重要だろうかと高橋がつぶやくと、呉座は、AIの翻訳能力も非常に上がっていると指摘した。昔のGoogle翻訳ではめちゃくちゃな訳になっていたが、今はAIに翻訳させるとかなりレベルが高い。高橋は、語学も意味がなくなるのかと難しさを口にした。
「坂本龍馬コース」という道
高橋は半ば冗談で、競争したくなくなってきた、時代の潮流からうまく一抜けして楽しく暮らした人物はいないのかと尋ねた。呉座が挙げたのは坂本龍馬である。
呉座によれば、龍馬には誰も思いつかない大胆な発想をするアイデアマンというイメージがある。しかし大政奉還は龍馬が思いついた話ではなく、船中八策のような新国家のビジョンも龍馬が一から考えたものではない。似たようなことをすでに言っていた人がいるので、アイデアとしてはそれほど斬新ではない。また龍馬は基本的に耳学問の人で、西洋の学問をきっちり勉強したタイプでもない。
では龍馬は何がすごかったのか。呉座の答えは「人たらし」である。どんな人も龍馬に会うとその魅力に参ってしまう。どこへ行っても好かれ、人と人をつなげる能力がずば抜けていた。呉座は今で言えば箕輪厚介さんのようなタイプだとたとえ、高橋も、自分の妻も箕輪さんを素敵だと言うと笑った。
呉座はここで二つのコースを整理した。新しい学問や知識、スキルを猛烈に身につけて成功するのは、勝海舟、福沢諭吉、伊藤博文のコースである。それがきついなら、人たらしとして生きる坂本龍馬コースしかない。どうすればそこに行けるのかと高橋に聞かれると、呉座は「それは箕輪さんに聞いた方が」と返し、高橋は1時間半話した落ちがそれかと笑った。
気づいていた人は多く、動いた人は限られていた
最後に高橋は、幕末の同時代にもリスキリングできない人がいた、180年ほどたった今それを学んでも、いざ行動に移すのは難しいのが人間だと感想を述べた。呉座は、幕末でも気づいていた人はたくさんいた、9割は気づいていたと思うが、実際に行動した人は限られていたと応じた。英語を勉強するのは面倒だ、となってしまうのである。
収録の感想を問われた呉座は、自分も偉そうに語っていたが、いざ自分に跳ね返ってくると危ういと語った。他人事のように言っている場合ではないと反省し、AIという黒船の危機をきちんと認識しなければいけないと思った、という。高橋も、歴史は学んで分かった気になっても、いざ自分のこととなると学びを生かすのが難しいジャンルだと締めくくった。どうすれば先を見て動ける人材になれるのかは、今後も考えていきたいテーマとして残された。
幕末っちゃ、2回目のリスキリングをやってるんですよね。オランダ語を死ぬ気で勉強してようやく物になったと思ったら、オランダ語じゃなくて英語みたいな感じになって、またやり直しかよ、1から、みたいな感じで。だからまさにテレビ局を飛び出してネット動画の世界に行って、今度AIだからとか言われて。
それ、それ、それ俺だよ。ようやくWebの動画の作り方を覚えたと思ったら、AIだって来たら、もういいよってなりますよ。俺45だよって。2回目の腰、わかんないよ。
そう、そう。諭吉も葛藤があったらしくて。当時の日本っていうのは武家政権ですよね。軍事力そのものが正当性という国家体制なわけですね。なので黒船、開国問題っていうのは、極めて致命的な問題になっちゃったわけですよ。
何が一番楽しいですか、歴史学者やって。
史料読むのが楽しいですけど。AIが全部読むようになっちゃったら、一体どうしようみたいな。AIに古文書を読むソフトというかアプリみたいなのありますけど、まだ全然読めないですよね。
それこそYouTubeが最初に出てきた時、なんだありゃみたいな、一緒の世界だと思うんで、馬鹿にしてると急に足元をすくわれるっていうことがあるから。AIという黒船が来てる状況で、大丈夫かしらみたいなところありますよね。
どうしたらいい? どうしたらいいんですか? どうしたらいい?
時代の潮流とかからうまく一抜けして、楽しそうに暮らした歴史上の人物っていないですか?
坂本龍馬的な人間じゃないですか。一般的にはすごい大胆な発想力のアイデアマンみたいなイメージがありますけど、アイデアとしてはそんなに斬新なものではなく、しかもいわゆる耳学問で、学問をきっちり勉強したっていうタイプの人間ではない。じゃあ坂本龍馬は何がすごかったかと。結局。
はい。結局。
江戸から明治になる時って、日本史上まれに見るリスキリングが求められた時だと。
はい。面白いのが、この本でも書いたんですけど、波が来るんですよ。つまり海舟とか福沢諭吉とか、まず蘭学。当時はオランダと貿易してましたから、日本は。オランダ人が長崎には来てるっていう形なんで、オランダと付き合いがあるから、基本的にオランダ語をみんな勉強して、オランダ語で西洋の学問を学んだわけですよね。
ところが福沢諭吉は、オランダ語をマスターして意気揚々と横浜の外国人の居留地に行ったら、店とか全部英語で書いてあった。英語じゃねえか、あれ、みたいな感じになって。全然あれ読めない、みたいな感じになって、オランダ語なんか誰も使ってねえじゃん、みたいな感じになって。
それで、多分あれは英語だと。これからは英語を勉強しなきゃ駄目だというふうに思って、オランダの学問を勉強してる学者の友達とかに、これから英語の時代だから、英語勉強しようぜ、一緒に勉強しようぜっていうふうに声をかけるんですけど。
いや、もうオランダ語でよくない、みたいな。もうやっちゃったし。また英語って、ちょっとつらくない、みたいな。
そうだよな。
だから英語嫌だって。多分、英語はできなくても、オランダ語さえできれば西洋の学問も学べないわけじゃないんだから、みたいな。だからわざわざ英語をこれから1からやらなくてもいいんじゃない、オランダ語の本だけ読んでればいいんじゃない、みたいな感じで結構断られたりして。
その中でもなんとか仲間を見つけて、英語を勉強し始めて。だからそういう意味では早かったんですよね。その辺の見極めがやっぱり早いのがすごいところで。諭吉も最初は葛藤があったらしくて、オランダ語を死ぬ気で勉強してようやく物になったと思ったら、あれ、オランダ語じゃなくて英語、みたいな感じになって。またやり直しかよ、1から、みたいな感じで。
いや、それきついなと。あの苦労をもう1回やるのか、みたいな感じになって悩んだんだけど、でもこれから英語の時代だから、英語ができなきゃ話にならんということで、英語を勉強した。だけどオランダ語をやった学者の中には、いや、これからもう1回英語ってのはな、みたいな。
そうなるよな。
オランダ語でよくない、みたいな。オランダ語でだって西洋の学問は勉強できるんだ、みたいな。
そうだよな。1回オランダ語だってマスターするの大変ですからね。
そうそう。だからそれこそ、まさにテレビ局を飛び出して、ネット動画の世界に行って。今度AIだからとか言われて。
それ、それ、それ俺だよ。テレビ飛び出して大変でしたよ。ネット動画のYouTubeも本当、初め失敗ばっかりで頑張って、ABEMAも頑張って。ようやくWebの動画の作り方を覚えたと思ったら、AIだって来たら、もういいよってなりますよ、俺。45だよって。
それなりますよね。なかなか。
2回目の腰。
そう、そう。だから諭吉は2回目のリスキリングをやってるんですよね。オランダ語をやった後、次に2回目で。最初は儒学をやってたわけですね。普通、もともと江戸時代の武士っていうのは漢学を勉強するわけですね。だから福沢諭吉も地元では漢学の塾にいたんですよね。
それで長崎、それから大阪の適塾でオランダ語を勉強して。これが第1のリスキリング。儒学から蘭学へ。そこから第2のリスキリングですね。だからオランダ語じゃなくて英語。蘭学ではなくて洋学というふうに言いますけど、もう1回リスキリングやったというね。これはそういう意味では、福沢諭吉はすごい人であるってことでしょうね。
そうだね。俺、今まで早稲田大学だったんで、慶應大学嫌いだったんですよ。だけど私、今回その網膜手術、慶應大学でしましたんで、もう福沢諭吉には感謝。だって福沢諭吉いなかったら俺の目、失明してますからね。
早稲田、医学部ないからな。
ないんです、早稲田医学部。その、すごいですよ。医学部に通うたびに、病院にね、慶應病院行くたびに、ここに書いてあるんですよ。医学部創設の、北里柴三郎さんでしたっけ、みたいな方が初代医学部長らしいんですけど、感染病の研究所を日本で作んなきゃってやったけど、政府が動き遅いと。そこにポンと金出したのが福沢諭吉って書いてあって、やっぱり金は力なりと思いましたよ。
金は力なり。
すごい、もう福沢諭吉尊敬してますよ。そういう福沢諭吉先生は立派であると。でもちょっとやっぱり聞きたいのは、さっき魯迅の話したと思うんですけど、これはそこら辺、中国と日本の比較も含め聞きたくて。
日本人の中にも、うちの売れない画家みたいに、やっぱり動きが遅くて取り残された人いると思うんですよ。だけど国家全体で見た時には、日本って適応していった方で、お隣中国は、魯迅が『孔乙己』もそうだし、『阿Q正伝』とかもそうだと思うんですけど、書いたのは結局、中国も、これ俺が言ってるわけじゃないですよ。
魯迅の多分問題意識としては、中国が辛亥革命とか起こっても、精神的に変わらず堕落して、旧態依然のままで変わらないところに、魯迅はずっと問題意識持ってたじゃないですか。だから多分、当時の中国とか、やっぱりアヘンの影響だけじゃなくて精神が変わんなかったと思うんですよね。
だから日本人っていうのは比較的、どうなんだろう、うまく変われていった方なのか。変われていった方なんだとしたら、それはなぜなのかって、ちょっと気になる。
これは、日本人が変化に適応できる優れた民族だからとか、そういうことでは多分なくて、民族的な優劣はないと思うんですよね。むしろ制度としてのあり方だと思うんですよね。
つまり当時の日本っていうのは、江戸幕府という制度。だから武家政権ですよね。武家政権で、圧倒的な軍事力を持って日本全国を支配してると。軍事力そのものが正当性という国家体制なわけですね。なので、そういう意味では黒船、開国問題っていうのは、実は江戸幕府という体制にとって極めて致命的な問題になっちゃったわけですよ。
つまり徳川家というのが日本で一番強いから、だからみんなが頭を下げるという体制で、その腕力、武力、軍事力によってみんなを黙らせてきたんですけど、それが黒船、西洋列強には全然歯が立たないということになって、幕府の威信がやっぱり大きく失墜しちゃって、体制がもう持たなくなっちゃったわけですね。
だから体制をひっくり返すしかないってことで。支配階級はみんな武士なので、武士たちはいくら平和ボケしてた奴らでも、本質はやっぱり武士なので、軍人なのでね。だから軍事技術をともかく、西洋の優れた軍事技術を取り入れなきゃ駄目だっていう気持ちがすごく強いんですよね、武士たちの中で。
だけど中国はそもそも官僚なので、文治主義なんですね。だから軍事力で脅されて、侵略を受けたから、俺たちは駄目だ、にはならないわけですよね。
なるほど。
中国っていうのは大昔から異民族ですよね、北方異民族とかが攻めてきて。それで適当にお金をあげて手なずけて、みたいなことを繰り返してきてるので、中国、中華帝国っていうのは、野蛮な奴らに戦で仮に負けることがあっても、それは必ずしも恥ではないんですよ。あいつら野蛮な奴らだから、しょうがないな、ちょっと金やって手なずけてやろう、みたいな感じです。
だからアヘン戦争も、中国の人たちからすると、また野蛮な奴らが来たと。野蛮な奴らが暴れてると。あんな奴らとまともに付き合っててもしょうがないから、ちょっと金をやって黙らせよう、みたいな。
そういう発想なんですか?
そういう発想なんです。だから俺たちはあいつらに劣ってるっていう発想にはならないんですよ。
軍事的に劣ってるじゃなくて、また徳のない奴らが。
そうそう。また徳のない奴らが暴れてると。
孔子も読んでないのかと。
そう、そう。孝の字も分かってねえなって。しょうがないから、その徳のない野蛮な暴れん坊をちょっと手なずけてやろうと。恩を与えてやろうと。そうすれば我々の徳に、恩義に感謝するであろう、みたいな感じなんですよ。
儒学って、だから危険なんですか? でもすごいいいことばっかり書いてあるじゃないですか、論語も。書いてあるから、精神的にはいいんでしょうけど。そういう意味で言うと、でもなんか危なそうですね。
そうですね。基本的に貿易とかっていうのも、中国っていうのは別に必要なものはないわけですよね。全部自分の国にそろってて、欲しいものは特にない。じゃあなんで中国が周辺諸国と貿易をするかっていうと、それは周辺諸国に施してやってるっていう発想なんですね。
そうか。お恵みを与えて。
お恵みを与えてる、そうです。だからアヘン戦争とかも、野蛮な奴らが暴れてきたから、ちょっと恵んでやって手なずけたろう、みたいな感じになるわけですね。
朝貢貿易も、だってどっちかっていうと属国の方が儲かるんですもんね。
そうです、そうです。
ありがとうございます、みたいな。
だからその発想とあんまり変わんないんですよ、ヨーロッパとの貿易もね。中国側の主観としては。
主観としてはね。そこ結構でっかい差だったかもしんないですね。
そう。でも日本の場合は武家政権、軍事政権なので、軍事政権が軍事的に負けてたら、これは恥の何物でもないので、正当性が何もないので。それはなんとか軍事的に追いつかなければいけない、キャッチアップしなきゃいけないという形になったわけですよね。
でも民族的に劣ってる、優秀っていうのはないけれども、そこにあった学問の体系とか、国家の統治システム。
国家体制の問題があると。
そこでそういう意識の差があるんだとすると、そういうふうに変化出るでしょうね。でも今の中から、中国の国家とか中国人の方がどうかじゃなくて、ちょっと教訓として受け取れるなと思ったのは、脅威の時に見下しちゃ駄目ですよね。
これテレビも映像の業界も、やっぱり2000年にYouTubeできたんですけど、2010、20年のコロナ前ぐらいまでは、今でもそういう人いるかもしれないですけど、基本的にWebの動画を見下してましたからね。
なるほど。
映像のいろはも分かんないし、コンプライアンスも分かんない奴らがなんかやってんな、ほっとくか、みたいな。たまに、ちょっとじゃあテレビで作った動画YouTube出してみっか、みたいな感じをね。うまく回んないんですけど、数字。確かに見下してると足元すくわれますよね。
そうですよね。
もう今Netflixに惨敗ですからね。
テレビ局の人とか、どんどん転職したりしてるっていう。
Netflixだって給料いいですよ。多分数千万ですから。
そりゃみんな行くよね。
行きますよ、そりゃそう。テレビだけじゃなく、多分金融でもそうかもしれない。外に対する向き合いとか、何でもそうかもしんない。あるいは日本企業同士でも、他の業界を見渡した時に、やっぱり新興勢力とか新しい会社を見下すじゃないですか。
あんなのはただの成り上がり者であるという感じでね。俺らには伝統があるから、みたいな。
そういった人は幕末、失敗しちゃったかもしんないし、大変だったかもしんないな。何、こいつらどうしようもねえだろう、みたいな、見下してたら武士もね。率先して、これからやっぱりちょっと農業手伝わせてくださいって言った人、勝ちますよね。
多分そうなるわけですよね。いや、大変だ。あと他にどんなことが書いてあるんですか、リスキリングのところで。
他に、そうですね。どうやって勉強したかみたいな話で言うと、やっぱり会読っていうね。別にこれ普通なんですけどね。会うに読むで会読というふうに言うんですけど、結局みんなで討論をするっていうやり方ですね。つまりゼミ方式でやっていくっていうのを。
特に適塾、福沢諭吉が学んだ適塾はすごく有名ですけど、いわゆる私塾、私の塾ですね。藩校みたいな公的な、オフィシャルなものではなくて、プライベートに作られた私塾とかでは、この会読という討論方式が。
今でも大学のゼミとかってそうですよね。大学のゼミでテキストを読むと。それで何ページは誰さん、何ページは誰さん、みたいな感じで割り振って、翻訳させて。
やる、やる。
他の人が質問して、発表者が答えて、みたいな。最後先生が、これこういうことだよねっていうふうに答えを言う、みたいな。こういうやり方が、もう江戸時代の私塾で普及していた。
特にこれを大々的にやったのが適塾で、適塾はもう完全実力主義で。クラス分けも厳格にクラス分けしてて、そのクラスで一番の成績になると、次のクラス、一つ上のクラスに上がるみたいな形の完全実力主義でやっていく。
塾とかによっては、あの人ずっと長くいるから、みたいな感じで進級させるみたいなことがあったらしいんですけど、適塾は完全実力主義で、実力がなければいつまでたっても上に行けないみたいなシステムになってて、もう完全実力主義。
すごく競争させるっていうところが、適塾とかの私塾のいいところで。江戸時代は身分制なので、いくら頑張っても上に行けないっていうところに不満を持ってる人たちが、武士たちにもすごく多かったわけね。そこでそういう完全実力主義で、競争をどんどんしろっていうふうなやり方でやったことによって、みんながすごく必死になって勉強する。
それこそ適塾なんか、寝る間も惜しんで、徹夜とかで勉強したりするみたいな人たちが出てきたわけですね。頑張れば頑張るだけ上に行けるっていうシステムを作って、それが明治時代に、明治維新につながっていくわけですよね。
どっちがいいんですかね。どっちが幸せなんですかね。競争したらそれは個々に能力上がりますけど、疲れますからね。江戸時代は絶望っちゃ絶望ですけど、頑張る必要もないわけですもんね。だって役職決まってるんですから。
そうですね。
そうですよね。もう一生18位だな、ここの役職だな、それは先祖代々覚えよう、みたいな感じの。どっちがいいんだろうな。どっちが好きですか、好き嫌いですか。
これは好き嫌いだけじゃない。結局、今の日本がちょっと江戸時代的な感じで、いわゆるアニマルスピリッツというか、競争でどんどん上に行こう的な。Z世代はあんまりガツガツしてないみたいな話とかもありますけど、割と日本、江戸時代的な、まったりのんびり的な感じにちょっとなってるのかなという気はしてるけど。
でもAIという黒船が来てる状況で、大丈夫かしらみたいなところありますよね。
どうしたらいいんですか、じゃあ。どうしたらいいんですか? どうしたらいい、先生?
どうしたらいい。私も、AI普及したら歴史学ってどんな形になるのかなって、自分でもなかなか想像できないところがあるんですけど。
学会とかでAIと歴史学みたいな論題っていうのは、もうホットだったりするんですか? それまだあんまり?
いや、まだまだ全然そんな感じ。結局まだ現状、例えば今でもAIに古文書を読ませるみたいな、ソフトというかアプリみたいなのありますけど、私も試したことあるけど、まだ全然読めないんですよね。
全然読めない。だって人によって違うんですもんね。
そう、そう。全然読めない。現状だと使えねえなって感じなんだけど、でもそれはそれこそYouTubeが最初に出てきた時、なんだありゃみたいな、一緒の世界だと思うんで。馬鹿にしてると急に、っていうことがあるから。
私はそういうところの技術分かんないけど、やっぱり10年とかたったら、普通にすらすらAIが読むようになるんじゃないかって気がして。じゃあその時代の歴史学って一体どうなるんだろう、みたいなこと。
その歴史学者って何なんですか? 実証主義的な歴史学者の皆さんって、次やること何になるんですかね?
何になるんでしょうね。どうなっちゃうんだろう、何をやればいいんだろうって感じになりますよね。
実証主義の方、史観は作らないじゃないですか。史観を作る人たちはいるけど、違う流派ですもんね、あれはね。
そうですね。
ってなると何やるんだ。そしたらどうするんだろう、みたいなね。
だから少なくとも、現状は歴史学者っていうのは、こっちは史料が読めるんだ、みたいなことでマウントを取るみたいなところがあるわけね。
読めないだろうって。なんか偉そうなこと言ってるけど、読めないだろって。神社から出てきても読めないだろう、みたいな。
読めないだろう、みたいな話で、これだから素人は、みたいな感じで言えるわけだから。しかしAIが全部読めるようになっちゃったら、優位性がなくなっちゃうので。
そうですよ。
じゃあそしたらどうするんだろう、みたいなことは、私もちょっと思うところありますよね。
でもそしたら、考古学者みたいに古文書探し始めるんじゃないですか。探すのは人間にしかできないですよね。
確かにね。探すだけじゃなくて、所蔵者と関係を結んで、見せてください、公開させてください、貸してください、みたいなことができないといけないから、確かにそういうのが必要なスキルになっていくかもしれませんね。
そういうの得意な人いますよ。古文書見つけてくるの得意な人とかって。
やっぱり学者さんの中にも?
学者さんの中にも、ともかく日本全国行って、新しい文書を見つけてくる人とかっていますよ。やっぱりそういうスキルが、それはなかなかAIには代替できないから、そういう方向になるかもしれませんね。
そういうのは、いいことですけど、やっとかないと結構地方の文書は失われてますよね、もうね。
そう。
空き家壊すたびに、多分いろんな旧商家の、結構ごっそり捨てるじゃないですか、みんな。
そう、そう。みんなごっそり捨てる。
もう清掃業者に、ペイ、みたいな。結構明治とか江戸時代の残ってるじゃないですか、古い家だと。全部消えていくんだなと思うともったいないですよね。
確かにね。
こういうのは収集する人が1種類、1カテゴリーというか。あとはどんなことが歴史学者に期待されるんですかね。
そうですね。何ですかね。あと何ですか。
歴史系YouTuberになるしかないです。面白おかしく語るか。
でもそれもAIがやっちゃいそうな気もしますよね。VTuberみたいな感じで。
それ、今AIの歴史動画見てます?
いや、見てないけど。
めちゃくちゃ面白いですよ。俺最近はまってるんですけど、今度ちょっと1人、その人仲間に入れて、3人で商売しません? すごい人いて、俺大好きなんですけど。レキピーチャンネルって知ってます?
いや、知らない。
そんなにまだチャンネル登録者多くないんですけど。博物館っていう設定なんですよ。博物館にでっかい窓があって、全部生中継って。例えば中先代の乱、マニアックなことやって。中先代の乱の、足利尊氏が京都から攻めますよね。まず、この京都でこんなことがありましたって、ドラマみたいに実写で映すんですよ。
次の展示スペース行くと、また大きい窓があって、そこで次、ここら辺鎌倉です、みたいな。こんなの全部、そんなこと、しかもAIで作ってるんですよ、それ。
へえ。
どうしましょう、これもう歴史系YouTuberももう駄目ですわ。
もう全部AIに取られちゃいますね。
これ、これ。今度3人でちょっとヒアリングして。ただ詳細は多分学者さんほどじゃないと思うんで、仲間に入れましょう。これ、ほら。
なるほどね。
ご覧いただいているのは、鎌倉、京都の拠点だ。
すごくないですか、これ。これやられたらもう、もともとこの、全部こうしてほしいわ。
あこ府に敵である。なるほどね。
分かりやすいですよね。
その日を皮切りに、鎌倉府は。
歴パロチャンネルだ。
なるほどね。
この方と、じゃあ今度対談しましょうか。
そうですね。
対談しつつ、エンタメもみんなやっちゃうか、やがて。
でもね。
じゃあ古文書収集だけです。
古文書収集。
何が一番楽しいんですか、歴史学者やってて。
史料読むのが楽しいですけどね、やっぱりね。でもAIが全部読むようになっちゃったら、一体どうしようみたいな感じです。
今日のテーマこそ、こんな幕末のリスキリング成功者と失敗者、中国の事例まで出して考えながら、自分たちが一切何も動かなかったら馬鹿者ですよ、俺らも。
確かに歴史に学んでないんで。
歴史に全然学んでねえな、お前らって言われてますよね。真剣に現在を考えた方がいいですね、これはね。
確かに。でもそれはちょっとAIの人と会ってね。
一緒に開発でしょうね。
これからやっぱり一歩先んじるみたいなね。福沢諭吉みたいに、みんなよりちょっと早く英語を勉強するみたいな感じで、ちょっと先にAIのことを勉強するみたいな。
これ、ありますよ。この方のAIを使う技術と、例えば学者としての歴史考証に対する忠実性があるじゃないですか、すごい。
なるほど、なるほどね。
俺、プロデューサーとして取りますから。する技術だけはあるんだよ。そういうふうに多分、掛け算していかないときつそうですよね。
そうですね。
どう思います? 今日の幕末、リスキリングから始まりましたけど。歴史界の今どうなんですか。何時代が人気あるんですか。今、戦国ですか、やっぱり。
戦国は人気ありますよね、やっぱり。
そこで金も、そうな。でもやっぱりそれ歴史学者じゃねえんだよな、それな。みんな学者さんとどういう話するんですか、今後どうするみたいな。
今後どうするみたいなこと、本当はみんな考えた方がいいと思うんですけど、あんまり今後どうする的な話って話題にならなくて。職場とかでも、今どこでも大学とか研究所とか、中長期計画みたいなのを立てないといけないですよね。文部科学省とかにいろいろ言われるんで、中長期計画でこういうことやっていきます、みたいなこと言うんだけど。
でも割と、どうしても今までの延長線上で考えちゃって。だからそれこそ、これからAIがめちゃめちゃ発達しちゃったら、根本的に学問のあり方とか研究のあり方とか変わっちゃうはずだと思うんですけど。それに対してどう対処していくかというか、発達したAIをうまく取り込んでいくか、利用していくかみたいな、そういう話ってあんまり実はちゃんとやれてないというか。
AIもね、うまく使っていこうねぐらいの感じになって。AI時代だからこそ、人文知の知見が大事になるんだ、みたいな。特に今現状だとAIに聞くと間違った答えとかが出てきちゃったりするから、そういったこともあるから、人文知はAI時代にますます必要になるんだ、みたいなふわっとした話はするんですけど。
でもそれは今のレベルのAIの話をしてるような感じがしてて。ここからAIがガーンって上がっちゃった場合に、じゃあ我々は一体何をするのかっていうところが、あんまり真剣に議論されてない。みんなあんまり。だからそういう意味では、幕末の武士と一緒で。
そうですね。売れない画家になりますよ。
そうそう。目を背けてるのかもしれない。いや、ちょっとね、黒船、でも黒船っていっても4隻、みたいな。
そうですよ。絶対我々、江戸時代、このままだと。
このままだとね。だからAIのこともっとちゃんと見ないとね。勉強しないとなと思いましたね。
逆に勉強する側、高校生とか大学生とか中学生かな、側は、AI時代に歴史学というか日本史とか、あるいは社会人になって歴史学学ぶ時に、何が変わりますかね。
AIを利用するっていう点で言うと、結局どういうプロンプトって話になると思うので、やっぱり問いの立て方みたいなことがますます重要になってくるかなって感じがしますよね。
なるほど。歴史勉強する上で。
歴史を勉強する上でね。歴史に限らないかもしんないけど。やっぱり今まで我々は、出された問題を解くみたいな形で、小中高と勉強してきたわけですけど。しかし自分でやらなくてもAIが答えを出してくれるって時代になると、むしろ大事なのはどういう問いを立てるかってこと。
出題する方だ。
出題する側にならないといけない。
AIの得意ですからね。
そう、そう。そういう形で変わっていくんじゃないかなと思いますけどね。
問い立てる能力ってどうやったら身につくんですか?
問い立てる能力。そうですね。ある意味、学問って、そもそも人文学っていうのは問いを立てる。理系もそうなのかもしんないけど、人文学っていうのは、ある意味、問いを立てるってところが一番、本当は大切なことで。
私の場合は、やっぱり基本的に大事だなと思うのは、常識を疑うってことじゃないかなと。なんとなくこうだというふうに勝手に思ってるけど、それはもしかしてただの固定観念、先入観、思い込みなんじゃないかと。本当にそうなのかっていうふうに立ち止まって、振り返って、疑ってみるみたいな。そういう姿勢が大事なんじゃないかなと私は思ってますね。
歴史なんていうのはまさにそうだと思うんですよ。ReHacQでは何度もお話ししてるように、大体我々がよく知ってる話っていうのは、後から作られた話であったりすることが多いので。一般にはそう言われている、例えば秀吉が増めたとか、そういう一般にはそう言われてるけど、果たしてそれは本当のことなのかと。
実は後から作られた話なんじゃないかみたいな、そういった形で、一般に言われていて自分もなんとなくそうだと信じていることを、本当にそうなのかと疑ってみるっていう構え、姿勢が大事なのかなとは思いますね。
そういう姿勢ってどうやったら身につくんですか、それは。
どうですかね。
するっといっちゃいそうじゃないですか。
人間どうしてもするっといっちゃいますよね。するっと行く前に、やっぱり立ち止まるというか。そういう意味では、気持ちよくなるっていうことに対して流されないようにするっていうことなのかな。
いいです。気持ちよくなることに流されない。
そう、そう。大体気持ちいい話って、作り話とか。要するに良薬は口に苦しみたいな話で、本当の話っていうのはやっぱり耳が痛い話であることが多いわけで。だからそれこそさっきのAIの話じゃないけど、いやいや、AIが人間の仕事を全部取っちゃうなんて、そんなことないよ、みたいな。
気持ちいいですね。
そういう方が気持ちいいじゃないですか。でもそれに流されちゃうと危ないので、気持ちいい話に対して流されないで踏みとどまるっていうのが、必要なのかなって感じしますけど。
なるほどな。踏みとどまった人たちがリスキリングうまくいったのか。
そう、そう。
みんな、俺らの幕末っていうと、僕ら40ぐらいじゃないですか、45ぐらいじゃないですか。どのくらいの世代なんだ。じいちゃんのじいちゃんの、じいちゃんぐらいですか。
そうじゃないですかね。
ひいじいちゃんの上か、ぐらいかな。ひいじいちゃん、ひいばあちゃんの父母。どんなテンションで幕末迎えたんですかね。
中公新書かな、斗南藩っていう本読んだんですよ、随分前に。会津がめっちゃ責められて。
そう、そう。
すごいですよね。すごいひどい極寒の地みたいなところに飛ばされたんですよね。
会津、数十万石の大藩だったんですよね。戊辰戦争に敗れて。
2万石ぐらいですか。青森の2万石のところ行ってこい、みたいな。数十万石が2万石だから、歩いて行ってらっしゃい、みたいな。もちろんですけど、行って途中でバンバン死ぬわ。給料、1/1とですもんね。行かないから、みんななんかどんどん死ぬ中で頑張った人たちの話を読みましたけど、やっぱり悲惨だったのかな、幕末。それは賊軍だったか官軍だったかにもよるんですかね。
それは全然違うでしょうね。実際、大出世した奴らもいるわけですからね。
そうだな。何が運命を分けちゃったんですか。その斗南藩回りと、大出世回りと。
大出世、その辺、この本の中では伊藤博文の話とかは書きましたけど、やっぱり伊藤博文とかは英語ができたみたいなので。
英語か。
だから結局、西洋の学問ができたんで。それで伊藤博文って長州の足軽みたいな、武士の中でも一番下のランクの出身なんで、普通の江戸時代ど真ん中だったら、一生名もなき人で終わったんですけど。でも英語を勉強して西洋の勉強をしたことで、こいつ使えるってことで、明治政府の官僚としてどんどん出世していくわけですよね。
英語か。みんな英語ですね。
そうです。
福沢も英語だし、ひょっとして榎本武揚も英語できたんですか。幕府方にいながら、その後出世しましたよね。
榎本はオランダ語じゃないかと思いますけどね。
来た。やっぱり語学ができたんだ。
翻訳がないですからね。
翻訳ないですね。
翻訳がないから、西洋の学問を勉強するには、まず語学ができないことには話にならないもんね。
やっぱりオランダに留学してるんですね。開陽丸。だからやっぱり語学だな。今で言う語学は何なんだ。語学は今も重要か。
ただこれ、AIの翻訳能力もすごく上がってますよね。
そう。すごい、本当にすごいですね。
昔はGoogle翻訳みたいなやつだと、めちゃめちゃな翻訳になってたんだけど、今AIに翻訳させるとかなりレベルが高いですよね。
かなり優秀ですね。その語学も意味ないからな。もう難しいな、もう諦め。そういう時代に、時代の潮流とかからうまく一抜けして、楽しそうに暮らした歴史上の人物っていないですか。なんか競争したくなくなってきたもん。
それこそ坂本龍馬的な人間じゃないですか。
坂本龍馬さんか。
坂本龍馬って、これには書いてないかな。坂本龍馬っていうのは、一般的にはすごい大胆な発想力みたいなイメージがね。誰も思いつかないようなすごい発想力、アイデアマンみたいなイメージがありますけど。実際、大政奉還だって、別に坂本龍馬が思いついた話でもないし。
坂本龍馬は、いろいろ新国家のビジョンみたいなのとかも語ったりしてますけど、あれも坂本が1から考えたわけじゃなくて、似たようなことをすでに言ってる人が、横井小楠とか、すでに言ってる人がいるので、アイデアとしてはそんなに斬新でもないし。
船中八策ですか?
船中八策的なやつとかも、アイデアとしてはそんなに斬新なものではなく。しかも龍馬っていうのは基本的にはいわゆる耳学問で、あまりちゃんと西洋の学問をきっちり勉強したっていうタイプの人間ではない。
じゃあ坂本龍馬は何がすごかったかっていうと、結局人たらしというか。
人たらしだ。
人たらし。人と人をつなげるのがすごい。どんな人も坂本龍馬に会うと、みんな坂本龍馬の魅力に参ってしまうという。人間と人間をうまくつなげる能力がすごい。どんなところに行っても好かれる。この能力ですよね。だから今で言うと箕輪さんみたいなタイプ。
箕輪さん。そうですね。箕輪さんは好かれますね。結婚してる女性以外からは好かれる、みたいなところあるんですけど、でもやっぱり好かれます。それでも会ったらやっぱり好かれます。だってうちの妻も、箕輪さんやっぱり素敵って言いますから。だから箕輪さんだ。
そう。
もう時代は箕輪さんだよ。
新しい知識、新しいスキルで成功するっていうのは、勝海舟とか福沢諭吉とか伊藤博文コースですよ。新しいスキルで猛烈に頑張って成功するのはきついってなったら、もう人たらししかなくて、これ坂本龍馬コース。
坂本龍馬コースか。坂本龍馬コースな。それいいな。どうしたらそこに行けるんですかね。
いや、それは箕輪さんに聞いた方が。
聞いてみるか、箕輪さんに今度。なんかすごいオチだな。この1時間半しゃべって、オチが箕輪厚介に学ぶとね。箕輪厚介に学んでみますか。
でも面白かったな。結局幕末の同時代で見ても、同時代で見てもリスキリングできない人いたんだなっていうことを。180。
年ぐらいたら、今学びながらも、いざ行動には移しにくいっていうのが人間なんですよね。
そうですね。だから、構造、やっぱむずい。
いや、だからやっぱ気づいてた。幕末だって気づいてた人はいっぱいいたが、9割気づいたと思うんですよ。
9割気づいた。気づいたけど、実際に行動した人、やっぱり限られちゃうわけですよね。
そう。限られちゃうわけ。いやあ、ちょっと英語勉強すんのめんどいな、みたいになっちゃう。
そうだよな。どうしたらそういう先進的な人材なのか、ちょっとまた色々考えていきたいですね。
はい。
ダメだ。勉強しないとダメだ。
AI、頑張りましょう。
AIだけじゃないですけどね。
ありがとうございます。
今日、いかがでしたか? この収録、リスキリング。
はい。ちょっとね、偉そうに語ってる。私も偉そうに語ってたけど、いざ自分に跳ね返ってきたら、やばいみたいなね。いや、俺、人ごとのように言ってる場合じゃないなっていうふうに、ちょっと反省しましたね。ちゃんと自分も、AIという黒船をね、ちゃんと、その危機をきちっと認識しなきゃいかんなと思いました。
そうですね。歴史って学んで分かった気になっても、いざ自分がってなると、いろんな学びを活かせないジャンルではありますよね。
うん。頑張ろう。ありがとうございます。
ありがとうございます。
というわけで、今日は呉座勇一先生と幕末のリスキリングについて、この『令和に生かす日本史』ね。『令和に生かす日本史』。
ありがとうございます。
買ってください、皆さんね。
よろしくお願いします。
お願いします。から教えていただきました。ありがとうございました。
ありがとうございました。
記事公開 · 更新
