AIという「黒船」に歴史学者はどう向き合うか 呉座勇一が語る幕末のリスキリングと「問いを立てる力」

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概要

ReHacQの高橋弘樹は、歴史学者の呉座勇一(国際日本文化研究センター准教授)と、幕末のリスキリングについて話した。本動画はその後編にあたる。呉座の著書『令和に生かす日本史』の内容を手がかりに、議論は福沢諭吉の語学の切り替え、清と日本の対応の違い、適塾の実力主義へと進む。後半では、AIの普及で歴史学者の仕事がどう変わるかという問いに行き着く。呉座はこの問いへの答えをまだ持っていないと率直に認め、そのうえで「問いを立てる力」が重要になるという見方を示した。

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福沢諭吉が経験した二度のリスキリング

呉座によれば、江戸から明治への移行期は、日本史上でもまれなほどリスキリングを求められた時代だった。しかも変化の波は一度では終わらなかった。そのことを示す例として呉座が挙げたのが福沢諭吉である。

江戸時代の武士は、まず漢学・儒学を学ぶのが普通だった。福沢も地元では漢学の塾で学んでいる。その後、長崎と大阪の適塾でオランダ語を身につけた。当時の日本はオランダと貿易しており、長崎にはオランダ人が来ていた。西洋の学問はオランダ語を通じて学ぶものだった。呉座はこれを、漢学から蘭学への「第一のリスキリング」と位置づける。

ところが福沢がオランダ語を習得して横浜の外国人居留地に行くと、店の看板などはすべて英語で書かれていて読めなかった。オランダ語は誰も使っていないと気づいた福沢は、これからは英語を学ばなければだめだと考えた。蘭学から英語による洋学への切り替え、つまり「第二のリスキリング」である。

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「またやり直しか」という葛藤と、断った蘭学者たち

福沢は蘭学者の友人たちに、英語の時代が来るから一緒に勉強しようと声をかけた。しかしかなり断られたという。断った側の言い分を、呉座は次のように紹介した。オランダ語はもう身につけた。オランダ語ができれば西洋の学問は学べる。わざわざ英語を一からやらなくても、オランダ語の本を読んでいればいいではないか。

福沢自身にも葛藤はあった。死ぬ気でオランダ語を勉強してようやく物になったと思ったら英語で、また一からやり直しか、あの苦労をもう一回やるのか、と悩んだらしい。それでも英語ができなければ話にならないと判断し、何とか仲間を見つけて学び始めた。呉座は、この見極めの早さが福沢のすごさだと評価する。

高橋はこの話を自分に重ねた。テレビ局を飛び出してネット動画の世界に移り、YouTubeでは初めは失敗ばかりだった。ようやくWeb動画の作り方を覚えたと思ったら今度はAIが来た。「もういいよってなりますよ。俺45だよ」と笑う。呉座も、二度目となると腰が重くなるものだと応じた。

話は少し脇道にそれる。早稲田大学出身の高橋は、慶應大学を好きではなかったと冗談めかして語った。しかし最近、目の手術を慶應の病院で受け、福沢への見方が変わったという。病院には医学部創設の経緯が掲示されている。初代医学部長は北里柴三郎で、日本に感染症の研究所が必要だというのに政府の動きが遅かったとき、福沢が資金を出したと書かれていた。高橋はこれを読んで「金は力なり」と思ったと話した。

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日本はなぜ西洋に適応しようとしたのか

高橋は前編で魯迅に触れていた。魯迅は、辛亥革命が起きても中国人の精神は変わらず、旧態依然のままだという問題意識を持っていた。高橋はそれを踏まえ、国家全体で見れば日本は比較的うまく変わった方ではないか、そうだとすればなぜか、と問いかけた。

呉座はまず、日本人が変化に適応できる優れた民族だから、という説明を退けた。民族的な優劣はないというのが呉座の立場である。違いを生んだのは制度のあり方だという。

江戸幕府は武家政権、つまり軍事政権だった。徳川家が日本でいちばん強いからみんなが頭を下げる。軍事力そのものが正統性になっている国家体制である。だから黒船、つまり海防の問題は、幕府にとって致命的になった。西洋列強にまったく歯が立たないとわかると、幕府の威信は大きく失われ、体制がもたなくなった。支配階級の武士は、長い平和の中にいたとはいえ本質は軍人である。だからこそ、西洋の優れた軍事技術を取り入れなければという意識が非常に強かった、と呉座は説明する。

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「野蛮な者に恵みを与える」という中華の論理

これに対して中国は官僚の国であり、文治主義だった、と呉座は言う。軍事力で脅され侵略を受けても、「だから自分たちはダメだ」という発想にはならない。

呉座の説明では、中華帝国は大昔から北方の異民族に攻め込まれ、そのたびに金品を与えて手なずけることを繰り返してきた。野蛮な相手に戦で負けても、それは必ずしも恥ではない。阿片戦争も、中国側の主観ではまた野蛮な連中が暴れているという受け止めだった。まともに付き合っても仕方ないから、金をやって黙らせようという発想である。軍事的に劣っているとは考えない。高橋が「孔子も読んでいないのかと」と合いの手を入れると、呉座はうなずいた。徳のない乱暴者に恩を与えてやれば、我々の徳に感謝するだろう、という感覚だという。

貿易についても同じだと呉座は言う。中国には必要なものがすべて揃っていて、特に欲しいものはない。それでも周辺諸国と貿易するのは施しを与えているという発想からだ。高橋が朝貢貿易もむしろ属国の側が儲かる仕組みだと言うと、呉座は同意した。ヨーロッパとの貿易も、中国側の主観ではこの延長にあった。一方、日本の軍事政権にとって軍事的な敗北は恥以外の何ものでもない。正統性を失うので、何としても追いつかなければならなかった。

高橋は、民族の優劣ではなく、学問の体系や統治システムの違いが意識の差を生んだという整理を受け入れた。そのうえで、これは中国という国や中国人がどうこうという話ではなく、教訓として受け取れる点があると付け加えた。

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新興勢力を見下すと足元をすくわれる

高橋が引き出した教訓は、脅威が現れたときに見下してはいけない、というものだった。YouTubeは2000年代に登場したが、コロナ前の2020年ごろまで、テレビ業界はWeb動画を基本的に見下していたと高橋は振り返る。映像のいろはもコンプライアンスもわからない連中が何かやっている、放っておこう、という空気だった。たまにテレビで作った動画をYouTubeに出してみても、数字は回らなかった。今はNetflixに惨敗しており、テレビ局の人がどんどん転職している。高橋はNetflixの給料は多分数千万円だと話した。

高橋は、これはテレビに限らず、金融でも、日本企業同士でも同じかもしれないと言う。新興勢力をただの成り上がりと見なし、こちらには伝統があると構える態度である。呉座も、幕末に新しい勢力を見下していた人は失敗したり苦労したりしたかもしれないと応じた。高橋は、武士でも、率先して農業を手伝わせてくださいと言った人が勝つのだろうと付け加えた。

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適塾の「会読」と完全実力主義

著書のリスキリングの章にほかに何が書かれているかと問われ、呉座は当時の学び方を紹介した。中心にあったのは「会読」と呼ばれる討論形式の学習で、今の大学のゼミに近い。テキストのページを参加者に割り振り、担当者が翻訳して発表する。ほかの人が質問し、発表者が答える。最後に先生が「これはこういうことだよね」とまとめる。この方式は、藩校のような公的な学校ではなく、私的に作られた私塾で江戸時代にすでに普及していた。

特に大々的に行ったのが、福沢諭吉が学んだ適塾である。呉座によれば、適塾は完全な実力主義で、クラス分けが厳格だった。クラスで一番の成績になると一つ上のクラスに上がる。長くいる人を年数で進級させる塾もあったらしいが、適塾では実力がなければいつまでたっても上に行けなかった。

呉座はこの競争の仕組みを私塾の良さとして評価する。江戸時代は身分制で、いくら頑張っても上に行けないことに不満を持つ武士が多かった。そこへ、頑張れば頑張るほど上に行ける仕組みを作ったことで、皆が必死に勉強し、寝る間も惜しんで徹夜するような人も出てきた。呉座は、これが明治維新につながっていくと述べた。

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競争とまったり、どちらが幸せか

高橋は、競争すれば能力は上がるが疲れる、と疑問を投げかけた。江戸時代の身分制は絶望といえば絶望だが、役職が先祖代々決まっていて頑張る必要もない。どちらが幸せなのか。

呉座は、これは好き嫌いだけの問題ではないと答えた。今の日本は、競争で上に行こうというアニマルスピリッツが薄れ、Z世代もあまりガツガツしていないという話もあり、江戸時代的なまったりした状態になっているように感じるという。そのうえで、AIという黒船が来ているのに大丈夫だろうか、と懸念を示した。

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AIが古文書を読めるようになったら、歴史学者は何をするのか

「どうしたらいいんですか」と高橋に問われ、呉座は、AIが普及したら歴史学がどんな形になるのか自分でもなかなか想像できないと認めた。学会でAIと歴史学がホットな論題になっているかと聞かれると、まだ全然そんな状況ではないという。

現状では、古文書を読むAIのソフトやアプリはあり、呉座も試したことがある。しかしまだ全然読めない。高橋は、崩し字は書き手によって違うからと補った。呉座はただ、今は使えないとしても、YouTubeが出てきたときに「なんだありゃ」と言われていたのと同じ構図だと考えている。馬鹿にしていると急に足元をすくわれる。技術のことはわからないと断りつつ、10年もたてばAIが普通にすらすら古文書を読むようになるのではないかという見通しを語った。

そうなると何が起きるか。呉座は半分冗談めかして、今の歴史学者には「こっちは史料が読めるんだ」とマウントを取れる面があると言う。偉そうなことを言っても、神社から古文書が出てきたら読めないだろう、これだから素人は、と言える。AIがすべて読めるようになれば、その優位性はなくなる。実証主義の歴史学者は歴史観を作るタイプではないだけに、次に何をやるのかという問いは重い。

高橋は、考古学者のように古文書を探す仕事が残るのではないかと提案した。探すことは人間にしかできない。呉座も、所蔵者と関係を結んで見せてもらう、公開させてもらう、貸してもらうといったことはAIにはなかなかできないので、必要なスキルになるかもしれないと応じた。学者の中には、日本全国を回って新しい文書を見つけてくるのが得意な人もいるという。高橋は、空き家を壊すたびに古い文書がごっそり清掃業者に捨てられているのはもったいないと話し、呉座も同意した。

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歴史系YouTuberの領域にもAIが来ている

ほかに歴史学者に期待されることは何かという話の中で、呉座は「歴史系YouTuberになるしかない」と冗談を言った。しかしそれもAIがやってしまいそうだと続ける。

ここで高橋が、最近はまっているAI制作の歴史動画チャンネル「歴パロ」を紹介した。登録者はまだそれほど多くないという。博物館という設定で、展示スペースの大きな窓から過去を生中継で見せる形式になっている。高橋が例に挙げたのは中先代の乱を扱った回で、京都での出来事をドラマのような実写風の映像で見せ、次の展示スペースに移ると今度は鎌倉の様子が映る。それをすべてAIで作っているという。動画の一部を流しながら、高橋は「歴史系YouTuberももうダメですわ」と言い、呉座も分かりやすいと感心していた。

ただし高橋は、内容の詳細さは学者ほどではないだろうと見ている。だからこの制作者を仲間に入れ、三人で何かやろうと呼びかけた。この人のAIを使う技術と、学者としての歴史考証への忠実さ、そして高橋のプロデューサーとしての技術を掛け算していかないときつそうだ、というのが高橋の考えだ。呉座も、福沢が人より早く英語を学んだように、少し先にAIを学ぶことが必要だと応じた。

歴史学者として何がいちばん楽しいかと聞かれると、呉座は史料を読むことだと答えた。だからこそ、AIが全部読むようになったらどうしようという気持ちになるという。

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学界はAIについて真剣に議論していない

研究者同士で今後どうするかという話をするのか、と高橋が尋ねた。呉座は、本当は皆考えた方がいいが、あまり話題にならないと答えた。大学や研究所は文部科学省から中長期計画を求められ、今後こういうことをやると書く。しかし、どうしても今までの延長線上で考えてしまうという。

呉座の考えでは、AIが大きく発達すれば学問や研究のあり方は根本から変わるはずだ。それなのに、発達したAIをどう取り込み、どう利用するかという議論はあまりできていない。よく聞くのは、AIは間違った答えを出すから人文知はAI時代にますます必要になる、というふわっとした話である。呉座は、それは今のレベルのAIを前提にした話のように感じると言う。AIの性能が一気に上がった場合に自分たちは何をするのかは、真剣に議論されていない。その意味では幕末の武士と同じで、目を背けているのかもしれないと述べた。高橋も、このままでは江戸時代の側に取り残されると応じた。

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「問いを立てる力」と、気持ちのいい話に流されないこと

高校生や大学生、社会人が歴史を学ぶときに何が変わるかと聞かれ、呉座は「問いの立て方」がますます重要になると答えた。AIを使う場面では、どういうプロンプトを出すかが問題になるからだ。これまで学校では出された問題を解く形で勉強してきた。しかしAIが答えを出してくれる時代には、どういう問いを立てるか、つまり出題する側になることが大事になる。歴史に限らないかもしれない、とも付け加えた。

問いを立てる力はどうすれば身につくのか。呉座は、人文学にとって本当にいちばん大切なのは問いを立てることだとしたうえで、自分の考えとして「常識を疑うこと」を挙げた。なんとなくそうだと思っていることが、ただの固定観念や思い込みではないかと立ち止まってみる姿勢である。歴史はまさにそうで、よく知られた話は後から作られたものであることが多い。例として、一般にそう言われている秀吉の逸話を挙げ、それは本当なのか、後世の創作ではないのかと疑ってみる構えが大事だと話した。

では、その姿勢はどうすれば身につくのか。人間はどうしても「するっと」受け入れてしまう、と高橋が言うと、呉座は「気持ちよくなることに流されないこと」だと答えた。気持ちのいい話はたいてい作り話で、本当の話は耳が痛いことが多い。「良薬は口に苦し」である。呉座はAIの話に引きつけ、AIが人間の仕事を全部取るなんてことはない、という話の方が気持ちいいが、それに流されるのは危ないと述べた。高橋は、踏みとどまった人たちがリスキリングに成功したのか、と受け止めた。

34:49

斗南藩と伊藤博文 運命を分けたもの

高橋は、幕末は自分たちの曽祖父の上くらいの世代にあたると言い、当時の人々がどんな気持ちで時代の変化を迎えたのかと問うた。随分前に中公新書の『斗南藩』を読んだという。戊辰戦争に敗れた会津藩は、数十万石から青森の2万石ほどの土地に移され、歩いて向かう途中で多くの人が亡くなった。その中で頑張った人々の話は悲惨だったと高橋は振り返る。

一方で、大出世した人もいる。何が運命を分けたのかと問われ、呉座は著書で扱った伊藤博文を例に挙げた。伊藤は長州藩の足軽のような、武士の中でもいちばん下のランクの出身だった。江戸時代のど真ん中なら名もなき人で終わったはずだが、英語を学び西洋の学問を身につけたことで「こいつは使える」と見なされ、明治政府の官僚として引き立てられた。

高橋が榎本武揚も語学ができたのかと尋ねると、呉座は榎本はオランダ語ではないかと答えた。翻訳がない時代なので、西洋の学問を学ぶにはまず語学ができなければ話にならなかった、というのが呉座の説明である。

では今、それに相当するものは何か。語学は今も重要だろうかと高橋がつぶやくと、呉座は、AIの翻訳能力も非常に上がっていると指摘した。昔のGoogle翻訳ではめちゃくちゃな訳になっていたが、今はAIに翻訳させるとかなりレベルが高い。高橋は、語学も意味がなくなるのかと難しさを口にした。

38:02

「坂本龍馬コース」という道

高橋は半ば冗談で、競争したくなくなってきた、時代の潮流からうまく一抜けして楽しく暮らした人物はいないのかと尋ねた。呉座が挙げたのは坂本龍馬である。

呉座によれば、龍馬には誰も思いつかない大胆な発想をするアイデアマンというイメージがある。しかし大政奉還は龍馬が思いついた話ではなく、船中八策のような新国家のビジョンも龍馬が一から考えたものではない。似たようなことをすでに言っていた人がいるので、アイデアとしてはそれほど斬新ではない。また龍馬は基本的に耳学問の人で、西洋の学問をきっちり勉強したタイプでもない。

では龍馬は何がすごかったのか。呉座の答えは「人たらし」である。どんな人も龍馬に会うとその魅力に参ってしまう。どこへ行っても好かれ、人と人をつなげる能力がずば抜けていた。呉座は今で言えば箕輪厚介さんのようなタイプだとたとえ、高橋も、自分の妻も箕輪さんを素敵だと言うと笑った。

呉座はここで二つのコースを整理した。新しい学問や知識、スキルを猛烈に身につけて成功するのは、勝海舟、福沢諭吉、伊藤博文のコースである。それがきついなら、人たらしとして生きる坂本龍馬コースしかない。どうすればそこに行けるのかと高橋に聞かれると、呉座は「それは箕輪さんに聞いた方が」と返し、高橋は1時間半話した落ちがそれかと笑った。

41:44

気づいていた人は多く、動いた人は限られていた

最後に高橋は、幕末の同時代にもリスキリングできない人がいた、180年ほどたった今それを学んでも、いざ行動に移すのは難しいのが人間だと感想を述べた。呉座は、幕末でも気づいていた人はたくさんいた、9割は気づいていたと思うが、実際に行動した人は限られていたと応じた。英語を勉強するのは面倒だ、となってしまうのである。

収録の感想を問われた呉座は、自分も偉そうに語っていたが、いざ自分に跳ね返ってくると危ういと語った。他人事のように言っている場合ではないと反省し、AIという黒船の危機をきちんと認識しなければいけないと思った、という。高橋も、歴史は学んで分かった気になっても、いざ自分のこととなると学びを生かすのが難しいジャンルだと締めくくった。どうすれば先を見て動ける人材になれるのかは、今後も考えていきたいテーマとして残された。