三菱商事とマッキンゼーを経てサンフランシスコで起業した松岡裕大氏が語る、水産卸の「データ入力」を変える事業

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概要

三菱商事の水産部門に勤め、ブリ漁師を経てマッキンゼーに転職した松岡裕大氏は、現在サンフランシスコでAsakanaを共同創業している。聞き手は須賀川拓氏。本記事は前後編の後編で、主に次の4点が語られた。なぜ水産業界を変えたいと考えるようになったのか。アメリカで手がける事業はどのようなもので、どこに難しさがあるのか。商社とコンサルの経験は今どう生きているのか。挑戦をためらう日本の若い世代に何を伝えたいのか。最後に番組恒例の「なぜ会社を辞めたのか」と問われ、松岡氏は「食品水産業をよりよくするため」と答えている。

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商社を離れた理由と、事業の概要

松岡氏は三菱商事の水産部に入社し、主にマグロなどを扱っていた。退職の理由について、松岡氏には水産業界を変えたいという思いが以前からあった。しかし三菱商事の中でそれを実現するには、偉くなるまで時間がかかるという感覚があった。それなら自分で新しい会社を起こすという選択肢が浮かんだ、と説明している。

現在の事業内容を問われると、松岡氏は「簡単に言うと」データ入力を代替するものだと答えた。対象はアメリカの食品卸、特に水産卸である。発注などをめぐる人と人とのやり取りから生じる入力作業を置き換える仕組みだ。

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魚へのこだわりの原点:5歳の記憶と20歳の留学

なぜそこまで魚が好きなのか、という質問に対し、松岡氏は5歳の頃の出来事を挙げた。ある日、魚が釣れすぎたため、バケツの中で死んで浮いていた魚を投げ捨てて遊んでいた。それを見た祖父がひどく怒った。こうした幼少期の経験があったという。

創業により直接つながっているのは、大学時代に約1年間アメリカへ交換留学した経験だという。松岡氏はそこで二つのことに気づいた。

一つ目は、20歳で初めてアメリカに住み、日本が想像以上に遅れていると感じたことだ。松岡氏は、日本は自動車も半導体も強いというイメージを持っていた。ところが自分の周りには「日本が強くなるために自分も頑張る」と口にする人はいなかった。一方、留学先で親しくなった各国の留学生は、自分が国を背負っているような感覚で勉強していると話していた。松岡氏はそれに驚いたという。日本は経済が落ち込んでいたので、そう考える人が少ないのは仕方がない。アジアの国々では競争が激しく、そこから出てきた優秀な人が自国をさらに豊かにすることを使命としている。そうした社会構造は理解できた。それでも当時の自分は「こんなんじゃダメな気がする」と強く思った、と振り返る。日本を大事にする感覚は今も続いているという。

二つ目は「アメリカの魚は全然うまくない」という気づきだった。アメリカの近海を泳ぐ魚がまずいわけではない。松岡氏の答えは、日本人の魚の取り扱いがうまいからだ、というものだった。日本人一般が持つ「魚の取り扱いリテラシー」が高すぎるのだという。それが知識の差であるなら、人に広めることができる。その役目を担うのは、日本とアメリカなど海外双方の文脈を理解した日本人であるべきだと考えた。魚が好きで、日米の関係も意識していた自分にとって、これが人生のミッションのように感じられた。それが出発点だったと語っている。

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日米の魚の扱いの違い

須賀川氏は、日本では専門の業者に限らず一般家庭でも魚の扱いのリテラシーが突出していると応じた。松岡氏は具体例として、アメリカでは魚を冷やしておく、氷を当てるといった鮮度を守る感覚すら持たない人が多いと話す。冷蔵庫を開けっ放しにしている卸業者もいるという。温度管理がどれほど大切で、それを怠るとどれだけコストになるかを日本の業者は理解している。そこにも違いを感じるという。

須賀川氏は調理の段階の違いにも触れた。海外の動画では「どうせ後で皮をはぐなら鱗を取らなくていい」という考え方を見たが、鱗が残るとまな板に匂いがつく。そう感じるのはおそらく日本人だけだろう、と須賀川氏は言う。松岡氏はこの点について、日本には生で食べる文化があり、それを基準にしてきたので生臭さに敏感になったと説明した。生食が当たり前ではない海外にその感覚を持ち込むのは難しく、段階を踏む必要がある。それでも、良い品質のものを多様な魚種で安く食べられる日本のような社会は、多くの人が望んでいるはずだ。その実現に貢献したい、と松岡氏は話した。

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アメリカの寿司市場と「新子」の体験

一方で須賀川氏は、北米をはじめ欧米で寿司文化が広がっていると指摘した。お金を払えば銀座や新橋並みの寿司がアメリカで食べられるとも聞くという。松岡氏も、寿司はもはや一時的なブームではなく文化として浸透していると感じている。寿司は高級なプレミアム商品として認識されており、客がしっかりお金を払う。そのため、豊洲などから空輸で直接届く魚が増えているという。

その例として松岡氏が挙げたのが、ロサンゼルスの寿司店で新子(コハダの幼魚)を出されたことだ。新子は非常に小さく、3〜4枚を合わせて1貫にする。須賀川氏によれば、東京の寿司店でも新子は赤字覚悟で仕入れるもので、キロ6万円ほど、大トロより高い値段になることもあるという。それがLAで食べられたことに二人とも驚いていた。松岡氏は、アメリカ人にとって寿司はプレミアム商品なので、より高い対価を払う市場に流れるのは理にかなっていると受け止めている。

ただ、同席したアメリカ人の共同創業者は寿司文化に特に触れてこなかった人で、新子のすごさを説明しても反応は薄かったという。須賀川氏はここから、どれほど品質が高くても文化圏が変われば価値は大きく変わると論点を広げた。日米の卸の違いについて松岡氏は、アメリカの方が鮮度へのこだわりは薄いというのが正直な個人的感覚だと述べた。ただし、話してみると気にしている人もいるので一概には言えないと留保している。最近は日本の市場の映像がYouTubeなどで出回り、活け締めを知っている人も現れ始めているという。活け締めの有無のような品質の違いについては、システム上でも品質区分のカテゴリーを分けて扱っていると説明した。

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市場規模の見積もりと「食品ディストリビューターのインテリジェンス」

市場規模を問われると、松岡氏は、まだ存在しない市場なので明確な数字を出すのは難しいと前置きした。そのうえで参考として、アメリカの食品卸が扱う食品の市場が約4000億ドル、須賀川氏の換算で約60兆円と言われていると挙げた。自社をシステム屋と捉えるか、人件費を削減するソリューション企業と捉えるかで計算は変わる。システム屋として見る場合は、企業が売上のおよそ5%をシステムに使っていることが多いので、その程度を見積もるべきかもしれないと話しているという。

須賀川氏は、時間やスタッフを30〜40%削減できるのなら、単なるシステムではなく業界を再編しかねないものではないかと問いかけた。松岡氏は、データ入力屋で終わるつもりはないと答えた。最終的に目指すのは「食品ディストリビューターのインテリジェンス」だという。コミュニケーションが発生する現場で最適な意思決定をできる知能を、各社の中に持ち込みたいと構想を語った。

須賀川氏は、「食品」を別の言葉に置き換えれば他の業界にも通じる話だと直感を述べた。松岡氏もその認識はあると認め、例として医薬品の流通を挙げた。医薬品の流通は非常に大変だと言われているという。小さな雑貨店が細かく発注してくる雑貨流通も例に出した。小売店があり、物理的な商品を扱う業界であれば、基本的に同じようなソリューションで課題を解決できると考えているという。

それでも水産から始めたのはなぜか。松岡氏は、初めは魚が好きだったからだと認めた。ただ、それは後付けではなく、ここが一番苦しんでいそうだと思ったからだという。魚は個体差があり、季節や漁場や獲り方で品質が変わる。しかもスピードが求められる。難しい課題を短時間で解かなければならない業界で成功すれば、他の業界にも信じてもらえるはずだと松岡氏は考えている。

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泥臭い営業と、対面の重要性

システムはすでに稼働しており、導入先もある。今は拡大期で、食品関連のさまざまな企業に毎日コールドメールやコールドコールを繰り返している。返信率を見ながら、どうすれば英語の文面を改善できるかを議論しているという。翌週には業界のカンファレンスにブースを出し、スピーカーとして登壇する予定だとも話した。

手応えを聞かれた松岡氏は、現時点の気づきとして、コールドメールやコールドコールはあまり効果がないと答えた。コールドメールは、相手のメールアドレスを探し出し、最適化した文面で面談を申し込むものだ。コールドコールは、Googleマップで卸業者を見つけて電話をかけるものだ。それよりも、実際に現地へ行って会うことが非常に重要だと改めて実感しているという。知らない相手に自社のデータを見せたくないのはもっともだからだ。

松岡氏によれば、卸は透明性を嫌う業界でもある。透明化すれば価格が明らかになり、他社より高く売っていることが知られてしまうかもしれない。皆それで生計を立てているのだから当然だ、と松岡氏は言う。須賀川氏は、同じ海域で獲れたマグロでも卸の名前で付加価値がつくことがあると応じた。松岡氏は、それこそ営業担当の腕の見せどころだと答えた。だから「チャットボットで売ればいい」という発想は絶対に無理だという。いきなりデータを求めることはありえず、人として信頼してもらうことが必要になる。そのために、メールより現地に行って自分のパッションを伝えるようにしていると語った。

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トライアルの成果と、大企業の壁

導入はトライアルから始め、成果が出たら本契約を提案する流れだという。トライアルから導入に進んだ割合を問われると、松岡氏は、今のところ全員が導入していると答えた。品質には自信があるという。

課題は、やはり信頼だと松岡氏は言う。スタートアップに貴重なデータを渡すことに慎重な経営判断は、大きな会社ほど強い。漏洩が起きない仕組みは設計しているが、口頭や資料で説明しても、最後は人間同士の関係になる。大企業の攻略は課題だと率直に認めた。須賀川氏が、複数の卸の情報が集まるシステムなら警戒されるのも理解できると言うと、松岡氏も、その気持ちは完全に理解できると答えた。自分たちはそれを絶対にしないし、できない構造にしてある。それを説明して信頼してもらうしかない、という立場だ。

そのため営業では、あえて「AI」と言わないようにしているという。大企業はAIに敏感で関心もあるが、中小規模の企業には怪しく映る。アメリカでは毎日のように新しいAI企業が生まれているからだ。須賀川氏も、性能以前にデータ管理やセキュリティ、サーバーの所在を気にするだろうと理解を示した。

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商社で学んだ「ATT」とマッキンゼーでの活用

話は経歴に戻る。須賀川氏は、前編で語られたマッキンゼーでの経験に触れたうえで、商社時代に学んだことで今生きているものはあるかと尋ねた。松岡氏が挙げたのは、三菱商事の先輩に繰り返し言われた「相手の立場に立て」という教えだ。その先輩は「ATT、この仕事は相手の立場に立つ」と言っていたという。ただしこの略語は、おそらくその先輩しか使っていないだろうとのことだ。メール1通ごとに「この言い方で本当にお客さんはハッピーなのか」と毎日指摘を受け、それが積み重なった。今も完璧ではないが、育ててもらったと感じていると話した。

須賀川氏は、相手の立場に立とうとするほどスピードとのトレードオフが生じる点を挙げ、マッキンゼーはスピード勝負だったのではないかと問うた。松岡氏は、プロジェクトによると答えた。戦略系のプロジェクトでは人と会うことは少なく、リサーチしてパワーポイントを作り、プレゼンするのが中心だった。一方、企業変革のような導入系のプロジェクトでは、クライアント企業の社員と対面で話す機会が多い。その場合は、相手に新しい考え方を持ってもらい、企業の成長に向けて動いてもらえるかが重要になる。そこで商社で学んだスキルが生きたという。20代の若手が「マッキンゼー」の看板で「これをやった方がいい」と言えば、相手は腹が立つだろう、と松岡氏は自分の立場を振り返っている。

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アメリカの卸業界に見る「日本っぽさ」

アメリカの卸業界で日本っぽいと感じることはあるか、という質問に、松岡氏は難しい質問だと考え込んだ。そのうえで、人と人との関係性を非常に重視する点を挙げた。お互いを裏切らないのは当然で、相手へのリスペクトがある。そこが日本の礼儀の文化に似ていると感じるという。失礼なことをしない、という趣旨の言葉もよく耳にするそうだ。松岡氏自身も、体育会系の環境で礼儀を教わってきたので、その点は意識していると語った。

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起業をためらう人へ:恵まれた立場は社会に還元すべき

日本企業に勤めながら起業を考え、踏み切れずにいる人への助言を求められると、松岡氏は「言いたいことがあった」と応じた。起業を検討している人は、すでにある程度恵まれていると松岡氏は見ている。多少の余裕があり、能力にも自信があり、大企業やプロフェッショナルファームで働いている人が多いだろう。ただ、それは本人の頭が良かったからだけではなく、家族や先生、先輩や後輩が応援して道を切り開いてくれたからだと松岡氏は考える。

周囲がそうしてくれたのは、その人に活躍してほしいからであって、今の立場に安住してほしいからではない。だから、比較的良い立場で「甘い蜜」を吸っている場合ではない、と松岡氏は言う。自分がなぜ今の立場にいるのかを考え、社会に還元すべきだ。その一つの方法が起業だと考えているという。それだけの能力があるなら、躊躇しなくても生きていけるはずだ、というのが松岡氏のメッセージだった。

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失敗を「学び」と捉える癖と、マッキンゼーでの危機

失敗談を求められた松岡氏は、少し考えさせてほしいと時間を取った。そのうえで、自分には失敗を失敗と捉えず学びと捉える癖があるので、失敗を覚えていないと答えた。代わりに挙げたのが、マッキンゼー時代に全くパフォーマンスを出せなかったプロジェクトだ。これが次のプロジェクトでも続けば、昇進に響いて悪循環に入り、退職の危機になりかねないと感じた。即座に解雇されるほどではないが、本当にまずいと思って死ぬほど頑張った。愚直に頑張り続けることが自分の強みだと思っていたので、それをやり続けたことで評価を少し持ち直せたのではないか、と振り返っている。

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共同創業者との出会い:Y Combinatorのマッチングと「50の質問」

アメリカ人の共同創業者とは、Y Combinatorが提供する「Co-Founder Matching」というオンラインのプラットフォームで出会ったという。経歴やアイデアを書いて登録し、互いに連絡を取り合う仕組みで、松岡氏は「創業者同士のマッチングアプリ」のようなものだと説明する。須賀川氏はY Combinatorのバッチに通過したことと結びつけて、採用率の低い選抜を経たものと受け取った。松岡氏はこれを訂正し、このマッチングは誰でも登録できる単なるプラットフォームだと説明した。

相手は、GoogleでGeminiなどの開発に携わっていた優秀なAIエンジニアで、向こうから松岡氏を見つけて連絡してきた。彼も食品業界に情熱を持っていた。食品業界はあまり正当に評価されていない、つまり十分に感謝されていない業界だという問題意識を持ち、自分のAI技術で業界を良くできるのではないかと考えていた。松岡氏も同じ問題意識を持っていたので、一緒にやろうという話になった。一度話して好感触を得て、もう一度Zoomで話し、1週間試しに一緒に働いてみた。うまくいったので徐々に関わる度合いを上げていったという。

松岡氏は、共同創業者探しは結婚かそれ以上のものだと言う。毎日、それこそ一生一緒にいるからだ。初デートで子どもは何人欲しいか、将来どこに住むかを聞くようなもので、初期の段階で誰がCEOをやるか、株式を何%持つかを合意しておかないと、後で必ず揉めるという。誰かが多くの株式を持つなら、本当にそれだけの能力があるのか、どれだけコミットするのか、毎日何時から何時まで働くのかまで確認し合う。松岡氏たちは出会って2週間目ほどで、共同創業者になる前に答えるべき50の質問に取り組んだ。事前に共有すると相手の答えに引きずられるので、それぞれ別々に紙に書き、当日交換して1問ずつ議論した。これに約7時間をかけ、1日でやり切ったという。

奇跡的な巡り合わせだという須賀川氏に対し、松岡氏は、彼に出会うまでに約100人と面談していると明かした。価値観はさまざまで、「何世代にも残る富を築きたい」と言う相手には、考えは尊重するが自分とは合わないと伝えて断ったこともある。アメリカは資本主義の国なので、そういう人は珍しくないし、それを否定する気持ちはないとも付け加えた。

前の共同創業者についても語られた。コロンビア大学時代の同級生と組んでいたが、問題があったわけではない。二人とも技術者ではなかったこと、相手がビザの問題を気にしていたこと、婚約者がいたことなどが理由で、最終的に別の道を選んだという。家族の事情を差し置いてスタートアップに集中しろとは言えない、相手の人生は尊重すべきだと考えたと松岡氏は話す。サービスの性質からも技術系の共同創業者を求めていたことを確認したうえで、須賀川氏は、Geminiの開発経験者なら最高のパートナーだと応じた。オフィスはサンフランシスコにある。釣りに誘われることもあるが、今は仕事が大変で行けないという。

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「ペイン」があればソリューションは提供されるべき

須賀川氏は、AIを含めてもうブルーオーシャンなどないと感じている人も多いのではないかと問いかけた。松岡氏はそうではないと答えた。世の中に「ペイン」があれば、ソリューションは提供されるべきだという。自社にとってのペインは入力作業の大変さであり、同じような課題は世界中で起きているはずだ。Y Combinatorなどでも、そのペインは本当に深いのか、お金を払うほどのペインなのかを繰り返し問われるという。課題を見つけ、その解決策に自分が情熱を持てれば最高だという点で、二人の意見は一致した。

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「チャレンジしても死なない」

締めくくりに須賀川氏は、日本に漂う閉塞感、海外に出るのをためらう若者、円の弱さに触れ、日本の若い世代に一言を求めた。松岡氏の答えは、別に死なないのだからチャレンジすればいい、というものだった。誰かに迷惑をかけてはいけないが、日本には最悪の場合でも生活保護がある。これほど恵まれた国は世界にほとんどない。その環境に感謝すれば、自然と頑張らなければという気持ちになると自分は信じているし、自分も感謝しているつもりだ、と語った。

これを聞いた須賀川氏は、自分もコメントを求められると同じことを言っていると明かした。紛争地の取材経験を引き合いに、日本では弾道ミサイルが落ちてくることも、隣の車が爆発することもない。全てを失っても生活を支えるセーフティネットがあるのだから、挑戦しない理由はない。それが自分の持論だという。同じ考えを持つ若い人が海外で挑戦していることが嬉しいと語った。

番組の最後に改めて「なぜ会社を辞めたのか」と問われ、松岡氏は「食品水産業をよりよくするためです」と答えた。