「呪われた家」での最後の撮影 どん底を求めていた理由と、アメリカで起きた偶然

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概要

ダンサー出身のYouTuberである話者は、引っ越した家で災難が続いた経緯をシリーズとして動画にしてきた。その家で撮る最後の動画で語ったのは、5年ほど続いた停滞感と、心身がぼろぼろになる出来事を自分は求めていたのではないかという気づきである。後半では、一度は諦めたアメリカ行きが実現した経緯と、旅先で起きた偶然の出来事を「ご褒美」として紹介している。

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帰国報告とこの動画の位置づけ

冒頭で話者は、ハワイに行ったあと、行かないと決めていたアメリカにも行き、無事に帰ってきたと報告する。アメリカで不思議な体験をしたが、この動画の主題はそれではないという。主題はその前段にある、自分の内面の話である。

話者は今もシリーズの発端となった家に住んでいる。この家に越してから、人生で一度か二度しか起きないようなことが立て続けに起き、体にも影響が出たと語る。初めて見る人には、シリーズの最初の動画から見てほしいと呼びかけている。

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筋トレの人として有名になったことへの違和感

話者は自分を、好きなことには惜しまず努力できるが、興味のないことはまったくできない性格だと説明する。ダンスは20年続け、ダンス界で知らない人がいないほどの知名度を得て、チームとして世界大会で10回以上優勝したという。

YouTubeはその知名度を伏せ、9年ほど前にゼロから始めた。時期も良かったのかチャンネルは大きくなり、今ではYouTuberとして知っている人の方が多いだろうと話者は言う。ただ、ここ5年ほどは「しっくり来ていない」。有名になったのは「筋トレを教えてくれるお兄さん」としてであり、自分がやりたかったスタイルではなかったからだ。

本来作りたかったのは、当時住んでいたドバイでの暮らしを見せる、シネマティックなVlogだった。ところが趣味として見せた筋トレがバズった。話者は、人前で裸になることはあまり好きではないとYouTubeで初めて明かす。体はタトゥーと同じで、見せるために作ったものではないという。それでも求められたからやるしかなかった。知名度は上がり続けたが、気持ちは下がっていき、その噛み合わなさが何年もモヤモヤとして残ったと語る。

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熱くなれるものを失った5年間

話者によれば、これまでの人生では気持ちが伴っているときに大きな力が出て、結果もついてきた。今はその逆で、気持ちが伴わないまま活動してきたため、知名度も含めて全体が落ちてきている。原因は単純に「愛がない」ことだと本人は言い切る。

では、また熱くなれるものがあるのか。ここが一番難しいという。ダンスをしていた頃はダンスしかなく、ほかに心が動くこともなかった。今はYouTubeにも熱くなりきれず、試行錯誤しても心に響くものがない。それなりの生活ができてしまっている状態が何年も続いていた。

そのため話者はこの5年ほど、無一文になるほどのどん底に落ちるか、大怪我や病気のような出来事で一度落とされないと自分は動けないと考えていたという。怪我を望んでいたわけではないと断ったうえで、心が大きく動く出来事がなければ自分にはブーストがかからないのではないか、という思いが頭の片隅にずっとあったと語っている。

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ハワイで気づいた「求めていたどん底」

その考えと現状が結びついたのは、ハワイにいるときだったという。前十字靭帯の断裂、お金の問題、病気、さらに何をやってもうまくいかない出来事が毎日のように続いていた。話者はこれを、自分がよく口にする引き寄せの法則が働いた結果ではないかと受け止めた。まだ渦中にあるため話せていない出来事もいくつかあり、落ち着いたら明かすつもりだという。また、これは厄年のせいではなく、すべてこの家に来てから始まったことだと強調している。

自分に起きたことを別の人が経験すれば、6割ほどはうつになっていると思う、と話者は言う。それでも自分がそうならなかったのは、むしろこうした出来事を求めていたからだという。中途半端にうまくいっている自分が不安で、ダンスに打ち込んでいた頃やYouTubeを始めた頃のような「120%」のやる気を取り戻したかった。ハワイでそれに気づいたとき、普通なら笑えない状況で「来た」と笑っていたと振り返る。モヤモヤは怒りの力に変わり、「よっしゃやったろう」という気持ちになったと語っている。

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無一文の日本縦断企画も同じ動機だった

話者は3年ほど前に、お金を持たずに北海道から沖縄まで縦断する企画を行っている。財布を空にしてカードもすべて置いていき、人とのつながりだけを頼りに約1か月で縦断した。

あの企画の本当の動機も、無一文の状態を疑似的に作ることだったと話者は明かす。お金を持っている以上、本当に無一文になるのは難しい。この企画では、お金では得られない出会いと経験があり、今でも感謝しているという。それでも、自分を変えるほどのインパクトにはならなかった。

話者の考えでは、人が変わるのは、心境とタイミングが奇跡的に重なったときに何かが起きる場合だ。そして自分のように、貶められて「くそっ」と思って頑張れる反骨心のある人間は、相当なところまで落とされないとそこまで行けない。今回の家での出来事は、ちょうどその水準に達したと受け止めている。

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止められていたアメリカ行きが実現した経緯

帰国後、状況があまりに良くないため人に相談して回るうちに、霊視ができる人と縁ができたという。

もともと話者はアメリカ行きを諦めていた。九星気学のプロに見てもらったところ、2025年は東の方角が良くないと言われたからだ。住まいから見るとロサンゼルスはちょうど東にあたり、悪い方角に行くと最悪の場合は命を落としたり事故に巻き込まれたりすると説明されたという。すでに費用も払っていたが、災難が続く中でそう言われた以上、行くのはやめようと考えていた。

霊視ができる人にこの話をすると、「確かにいい気はしない」「行かない方がいいけど」という答えだった。話者はこの「けど」に可能性を感じて食い下がった。普段アメリカに行くときは数か月滞在するが、期間が長いほど良くないと聞き、2週間ならどうかと交渉したという。すると「行ってみてもいいかもしれない」と言われ、行くことにした。ハワイでの経験とこの人との会話を経て、運気も気持ちも上向いていたと話者は感じている。この人に会わなければアメリカには行っていなかったという。

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家を選んだのは自分だったという思い

話者は、この家は誰かに勧められたのではなく、自分で選んだと強調する。不可解な出来事が続くうちに怒りが募り、帰宅すると見えない力に話しかけるように「ただいま」と言うこともあった。一方で、自分で選んで来た以上、もし自分が来たことで何かに迷惑をかけているなら申し訳ないという気持ちもあったと語る。

そのうえで視聴者には、家探しは慎重にしてほしいと呼びかける。話者自身は内見に2回行ったが、内見をせずに家を決めるのはかなりリスクがあるという。そして今回の出来事は心身ともにずたぼろになるほどのものだったが、そのおかげで人生について考え直し、物事の考え方や視点が変わり、これまで見えなかった「ライフワード」のようなキーワードも見えてきたと話している。

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霊視で聞いた「魂」と自分の霊感

霊視ができる人から聞いて印象に残ったのが「魂」の話だった。体はあくまで器で、魂は死んでも残り、受け継がれていく。来たことがないのに見覚えがあると感じるデジャブは、魂が知っているからだという。霊感のある人は魂を客観的に見られるため、過去や未来のことまでわかる、という説明だった。

話者自身も、霊感があると言われたという。幽霊が見えるような強いタイプではないが、未来がなんとなくわかることが時々ある。例として話者は、アメリカにいたとき東京のビジョンが見え、「アメリカにいる場合じゃない」と思って東京に移り住んだことを挙げる。東京には2年ちょっと住んでいた。

人の心を読むのも得意だという。3分も話せば相手の性格や雰囲気がわかる。日本縦断の企画では、相談を受けて少額の相談料をもらいながら進んだため、自殺を経験した人から何をやってもうまくいく人まで、100人ほどの悩みを聞いた。その中で、相手のことが手に取るようにわかる感覚が鍛えられたと話者は語る。自分の思い込みかとも考えていたが、霊感があると言われて腑に落ちたという。親にも霊感があり、自分にも心霊体験が何度かあったことも含めて「全部リンクした」と表現している。

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「凡人では終われない」という自己認識

話者は昔から、自分は凡人では終われないと思ってきたという。周りから見れば昔はただのダンサーで、今はただのYouTuberかもしれない。しかし自分の中では、もっと先にこうなるという姿がある。そこに行くには相当な努力が必要で、特別な家系に生まれたわけでもない一般人の自分には大きな試練がいる。今回の出来事はそれにあたったのではないか、と話者は考えている。

話者は視聴者に、この動画を「人が変われる瞬間」を見ていると思ってほしいと語る。それが本当かどうかはこの先の自分が証明するもので、何者にもなれなければただの勘違いだったことになる、とも認めている。もし将来どこかで自分を見かけることがあれば、この動画を見返してほしいという。人生は一度きりなので、悔いを残さず、できることはすべてやって生き切ると締めくくっている。

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コーチェラでXGを見る

後半は「おまけ話」として、アメリカでの出来事が語られる。話者が訪れたのは3日間開催のフェス、コーチェラだった。出演者として、ミッシー・エリオット、ポスト・マローン、レディー・ガガ、BLACKPINKのLISAやJENNIE、そしてXGの名前を挙げている。

話者がXGを知ったきっかけは、最年少で丸刈りのメンバーのラップが世界でバズっているショート動画だった。流暢な英語で韻を踏むラップに、ラップ文化を持つ黒人の人たちが唸る様子を見て「すげえ」と思ったという。最初は韓国のグループだと思っていたが、日本人だと知ってそのギャップに惹かれ、一時期よく曲を聴いていた。

XGは最終日のトリで、ポスト・マローンと同じ時間帯だった。ステージは端と端に離れていたが、話者はポスト・マローンを最初だけ見たあと、膝が悪い中を歩いてXGのステージへ向かった。話者は昔アクターズスクールで歌とダンスを学んでおり、歌いながら踊るつらさを知っている。だからこそ、休憩なしに何曲も完璧な踊りと歌を披露し、終始笑顔を忘れないステージに感動したという。特に目を奪われたのはメンバーのJURINで、ずっと目で追ってしまうほどかっこよかったと話す。話者の記憶では、JURINは幼い頃からスノーボードをしていて、英語も堪能だという。10代後半から20代前半という若さであれほどのステージをこなすことに、ダンサーとしてリスペクトを感じたと語っている。

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スターバックスでの遭遇

フェスの後、話者はロサンゼルスまで5時間近い道のりを車で帰った。1、2時間走ったところでトイレとコーヒーのためにスターバックスに立ち寄った。店を出るとき、入ってくる人のためにドアを開けて待っていると、前髪ぱっつんの赤髪の女性が笑顔で会釈して通っていった。話者も笑顔で応じた。

車に乗ってから、どこかで見た顔だと気づく。それはJURINだった。会場のパームデザートから1時間以上離れたスターバックスで、グループの中で一番かっこいいと思った人だけが目の前に現れた。話者は車の中で頭を抱えたという。有名人に声をかけるのは好きではなく、ストーカーのようにも思われたくない。それでも確かめようと店に戻ったが、もう誰もいなかった。

外を見ると、大きな黒いトラックがあった。乗り込む人の足元が少し見え、話者はなぜかそれがJURINだとわかったという。自分の霊感が出たのかはわからない、とも付け加えている。

一度は諦めたものの、体が勝手に動いて車を追いかけていた。その車は話者が乗る予定だった高速道路に入った。残りは3〜4時間の一人運転だったため、XGかもしれない車と少しでも一緒に走れたら楽しいと考え、同じ道を進んだ。何度か抜きつ抜かれつするうちに、バックミラー越しにフロントガラスの右脇の表示を確認した。アーティストの送迎車はたいていこうした表示を置いているという。そこには「X」と、「G」の上の丸い部分が見えた。話者はXGの車だと確信した。

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「ご褒美」として受け止めた出来事

話者がこの出来事から感じたのは、JURINのプロ意識だった。あれほど過酷なパフォーマンスの翌日には移動している。若くても確実に疲れているはずで、日本人同士なら相手が日本人だとすぐにわかる。プライベートの時間に嫌な顔をする芸能人も多い中で、ドアを開けた見知らぬ相手に自然な笑顔で応じた。話者はその笑顔が忘れられないと言い、そこまでできることにリスペクトしたと語る。

死にそうになるほどどん底に落とされ、東の方角に行けば死ぬとまで言われたアメリカで、フェスの最終日に自分が一番かっこいいと思ったアーティストが2メートルの距離に現れた。話者はこれを「ご褒美」と表現する。その後の運転は楽しかったという。

動画の最後で話者は、この「呪われた家」での撮影はこれが最後だと告げ、次回は「メトロンブログ第2章」で会おうと結んでいる。