東大気象学者・渡部雅浩教授に聞く:熱帯太平洋の「予測と逆の異変」と、CO2排出ピークへの期待

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概要

ReHacQの高橋弘樹が、東京大学大気海洋研究所教授の渡部雅浩氏に気候変動について聞くシリーズの第3回である。今回は、一般の人が気候変動を理解するうえでつまずきやすい点から始まり、渡部氏自身の研究である気候シミュレーション、熱帯太平洋で観測と予測が食い違っている問題、雲と気候感度、AIの導入、そして世界のCO2排出が頭打ちになる可能性までを扱った。渡部氏の立場は一貫している。将来を語る前に、まず過去数十年に起きたことをモデルできちんと説明できなければ科学にならない、というものである。

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2:25

ヨーロッパはなぜ脱炭素に熱心なのか

本題に入る前に、高橋は、EUの人々はなぜあれほど脱炭素に前向きで「意識が高い」のかと尋ねた。日本は中国やアメリカとEUの中間あたりにいる気がする、というのが高橋の感覚である。

渡部氏の答えは「僕も答えを知りたい」だった。昨年も研究で1カ月ほどパリに滞在したが、今では一般の人々の間にまで意識が浸透していると強く感じたという。高橋は、学校で習ったドイツなどの環境被害の経験が関係しているのではないかと推測した。渡部氏は、気候変動への国際的な取り組みが始まってから30数年がたっており、それ以前にヨーロッパの意識がとりわけ高かったとは思わないので、この30年で変わってきたのかもしれないと述べるにとどめた。理由ははっきりしない、というのが結論である。

3:49

誤解の第一の原因:時間軸の取り違え

高橋が最初に聞いたのは、一般の人が気候変動を理解しようとするとき特に誤解しやすい点だった。渡部氏はいくつか挙げたうえで、1つ目を「時間軸を取り違えないこと」とした。

温暖化懐疑論の中には、地球は次の氷期に向かって寒冷化している途中なのだから温暖化を心配する必要はない、という主張がある。渡部氏はこれを誤りだと言う。次の氷期に向かうまでにかかる時間は数千年から数万年の単位であり、いま問題になっている温暖化は100年という時間軸の話だからである。この2つを混同すると、何を問題にすべきかが見えなくなる。

2つ目も時間軸に関わる。去年の夏が暑かったと聞いて「温暖化のせいだ」と納得する人は多いが、渡部氏は、専門家は温暖化がすべての原因だとは一度も言っていないと強調した。地球の気候は毎年暖かくなったり寒くなったりと揺らいでおり、だからこそ異常気象も起きる。実際に起きることは、人間が原因でゆっくり進む温暖化と、毎年程度の時間で変動する自然の揺らぎとの重ね合わせだ、というのが専門家の理解である。数十年から100年の長さで見れば温暖化が進んでいることは間違いない。しかし去年や来年といった時間では、エルニーニョなど温暖化以外の要因の影響も大きい。そのため、ある年に起きたことだけで温暖化がどれだけ進んだかを判断することはできない。

高橋は、空間的にもミクロとマクロを取り違えると誤った結論に至りそうだと付け加えた。日本だけを見れば問題がないように見えても、地球規模では問題だということもありうる。渡部氏は、時間であれ空間であれ結局は視点の違いの問題で、小さく見すぎても、ぼんやり全体を引いて見すぎても勘違いが生じると応じた。ここで高橋は、番組名ReHacQのルーツの1つが李白であり、李白の詩がミクロとマクロを対比させて詠む点に惹かれて名付けたという由来を明かしている。

9:11

気候変動を理解するには何を学べばよいか

次の質問は、専門家ではない人が気候変動を理解するためにまず押さえるべき物理や科学の基本は何か、というものだった。渡部氏は、自身が新著でもきちんと説明しなければならないと考えている点だとしたうえで、気候変動の問題は基本的に物理学だと答えた。高校までは地学の範囲として扱われることが多いが、地震にしろ気候変動にしろ、大学以降はすべて物理学として扱われる。とりわけ熱の分野が大きい。ただし素粒子や宇宙論とは違い、所詮は高校までの物理で理解できる範疇だという。

ここで高橋は、高校で物理を選択する人がどれくらいいるのかを調べた。東京大学の横山教授のインタビューによれば、高校で物理を選択する率は男子が16%、女子が4%だという。高橋は、物理を学んでいない男子84%、女子96%の人たちにも納得できる説明をする努力が科学者に求められるのではないかと述べ、渡部氏もこの数字を聞いてできるだけ分かりやすく説明することがとにかく必要だと感じたと応じた。

もっとも渡部氏は、物理を履修しなかったから理解できないとは考えていない。基本的な考え方はシンプルだからである。地球の気候がどう決まるかは、基本的には熱、つまりエネルギーの出入りで決まる。これは中学レベルの算数で分かる話だという。ハードルが高いのは物理学的な考え方のほうで、そこをうまく説明できれば必要な数学は初歩の初歩でよい、統計も使える、と渡部氏は述べた。高橋が、大人向けの物理解説書としてReHacQがマガジンハウスから出した本を挙げると、渡部氏はそういうものがよいと賛同し、気候変動についても同様の本があるとよいという話になった。

15:12

渡部氏の研究:将来より先に「過去」を説明する

続いて話題は渡部氏の研究に移った。渡部氏の専門は気候シミュレーションである。コンピューターの中に仮想的な地球をプログラムで組み上げ、たとえばCO2を出し続けたらその中の気候がどう変わるかを計算する。これが研究の柱だ。

そのうえで、いま最も力を入れているのは、過去を説明することだという。過去といっても遠い昔ではなく、ここ50〜60年ほどの期間である。温暖化が進んだと言われる世界でデータもかなり蓄積されてきた。そこにどんな気候変動のシグナルがあり、それが本当に温暖化によるものなのか、それ以外の理由によるのかをきちんと説明しようとしている。

渡部氏によれば、皆が最も知りたがるのは将来どうなるかだが、あえて過去に力点を置いている。理由はこうだ。温暖化はすでに1度を超えたと言われており、1.5度や2度もそれほど先の話ではない。過去に起きたことをきちんと説明できれば、この先1.5度や2度に達するあたりまではかなり自信をもって語れるはずである。逆に、過去をうまく説明できていないシミュレーションで「将来2度の温暖化でこういうことが起こる」と言っても説得力がない。シミュレーションが正しいかを示さずにそうした主張をするのは「あまり科学じゃない」と渡部氏は言う。

気候は非常に複雑なので、モデルは完全ではまったくなく、あちこちに誤差がある。不完全にしか作れないものを使って、どうやって正しい理解や確かな説明を得るか。それが自分にとってのチャレンジだと渡部氏は語った。

18:10

800万の格子と「数十の要因」

高橋は、気候には太陽活動、人口、戦争など無数の変数がありそうだが、東大のモデルは全体の何割くらいを取り込めているのかと尋ねた。渡部氏はまず、変数の数は地球をどれくらい細かく区切るかで決まると説明した。現在のモデルはおそらく地球を800万個ほどに区切っている。地球を水平方向にメッシュで、高さ方向に層で区切り、1つ1つの箱に気温が何度、風速が何メートルといった数字がある。それが箱の数だけ存在し、空気や海水の動きとともに時々刻々と変わっていく様子を計算するのがシミュレーションである。

一方で渡部氏は、実際の気候はそんなに複雑な要因で決まっているわけではなく、おそらく数十くらいの要因で決まっているという理解が専門家の間でおおむね共有されていると述べた。ここで持ち出したのが統計学の「自由度」という考え方である。変数が100個あれば本来100通りの答えが出るが、実際には影響の大きな10通りほどの組み合わせでおおむね説明できてしまうことがある。ある地点の気温は周囲と無関係ではないので、パターンや構造が存在するからである。

分かりやすい例として渡部氏はエルニーニョを挙げた。エルニーニョが起きたとき、どこが暖かくなりどこが寒くなるかというパターンはおおむね決まっている。そのため、エルニーニョという1つの変数で多くのことが説明できる。これは過去の統計データを分析すれば言えることだ。ただしモデルのほうは、そうした集約した少数の変数で計算するわけではなく、元の何百万という変数を使って計算せざるを得ない。

23:08

天気予報との違い、そして「仮想実験室」

天気予報では、現在ここでこう風が吹いているという観測データを最初に与え、そこから先を予報する。気候モデルも計算の手順自体は同じ繰り返しである。違いは、気候モデルが今の気候を模したものであり、与えるのはCO2がどこからどれだけ出るか、太陽活動がどう変わったかといった外的な条件だという点にある。温暖化の研究では天気予報よりずっと長い時間を扱う必要があり、過去から将来まで150年、200年とモデルを動かし続ける。

渡部氏は、これを気候モデリングあるいは気候シミュレーションの分野とし、自身の専門である「気候力学」とは区別した。気候力学は、シミュレーション結果や実際の観測データを分析し、気候変動がどう起きているかを物理で説明する分野である。モデルがなくてもできるが、あったほうがよい。地球そのものは変えようがないので、条件を変えたら結果がどう変わるかを試せる場があると大きいからだ。だから自分たちは実験室をほとんど使わず、極端に言えばパソコン1台あればできるという。

高橋が冗談めかしてバックアップの心配をすると、渡部氏は、何十人もが同じモデルを使っており、それぞれが手元にコードを持っているので大丈夫だと答えた。こうした気候モデルは世界に何十個もあり、研究所や大学が長年作ってきたもので、中には公開されているものもある。例として、アメリカの国立大気研究センター(NCAR)が作る気候シミュレーションモデルは誰でも使えるようにウェブサイトで公開されている。スマホアプリのように簡単ではないが、使おうと思えば使える。渡部氏らの日本のモデルは、使いたいという人に相応の理由があれば渡す、という扱いにしているという。

27:19

気候は大気だけでは決まらない

渡部氏の研究が大気だけでなく海を重視する理由について、渡部氏は、気候とは大気、海、北極の海氷、陸といった地球表面の自然環境をすべてひっくるめたものであり、気候モデルはそれを丸ごと模していると説明した。大気はその一部でしかない。

面白い現象は大気と海洋がセットになることで初めて出てくる、と渡部氏は言う。その典型がエルニーニョである。エルニーニョは大気のモデルだけでも、海のモデルだけでも再現されず、2つをつなげて初めて現れる。海の水温が変わることで雲が変わり、風が変わり、もう一度海が変わる。大気と海洋が常にやり取りしながら連動して変化しているのである。

日本やアメリカのような中緯度の国にとって、熱帯の海の水温がどうなっているかは非常に重要で、台風の経路をはじめ世界各地の異常気象の要因になる。特に太平洋は最も大きな海であり、熱帯太平洋の海面水温のどこが暖かくどこが冷たいかは、世界の気候変動にとっていわばエンジンのような役割を担っている、と渡部氏は説明した。

29:33

熱帯太平洋で起きている「予測と逆」の現象

ここからが番組タイトルにもなった話題である。気候モデルのシミュレーションを見ると、将来の熱帯太平洋は全体が暖まるだけでなく、ペルーに近い東側がより暖かくなるという結果になっている。言わばエルニーニョに少し近いパターンで、研究者たちはこの結果を受け入れて使ってきた。

ところが最近、観測データをきちんと見ると、過去40〜50年ほどの熱帯の海面水温のパターンは逆になっていた。ペルー沖は水温が下がっていたのである。温暖化すればこうなると言われてきたパターンと逆なのに、温暖化自体は進んでいる。そうなると、実際に見えている水温低下は温暖化とは別の理由で起きているのかもしれないし、モデルが間違っているのかもしれない。これは将来の気候予測に直結するため、なぜ現実のペルー沖が冷えているのかを突き止めることが大問題になっている、と渡部氏は語った。

高橋が「モデルが間違っているのか、モデルは正しいが組み込まれていない別の理由があるのか、どちらなのか」と問うと、渡部氏は、こうした問題は白黒はっきり言えるものではないとしたうえで、研究が増えてきて、どちらも少しずつ効いているらしいという状況だと答えた。

1つは、モデルが完全に間違っているわけではないが少しずれているらしいという点である。そのずれを修正すると、より現実に近い振る舞いになる。ペルー沖の水温はしばらく少し下がるが、放っておくとだんだん上がっていく、という結果になることが分かってきたという。

もう1つは、過去については温暖化以外の要因がかなり重要だったのではないかという点で、具体的にはエアロゾル(大気中のチリ)である。地球にとって特に重要なのは硫酸系のエアロゾルで、これは工業活動から出る。環境規制や設備のクリーン化が進んで排出は減ってきており、将来はほとんど気候に影響しなくなるというのが大方のシナリオだ。しかし過去はそうではなかった。1980年ごろまでは欧米も工業活動で大量に排出しており、その後は中国からも多く出ている。重要なのは、エアロゾルが一定量出続けていたのではなく、ある時期まで増えてから減るといった変化をしてきたことで、それが過去40年ほどの気候にも影響として現れてしまう、と渡部氏は説明した。

高橋が「規制でエアロゾルが減ったから予想ほど暖まっていないということか」とまとめようとすると、渡部氏はそこまで単純ではないかもしれず、まだ分かっていないことも大きいとしつつ、その影響があることはかなり言えるようになってきたと述べた。もしそうなら、過去と将来でパターンが違っても矛盾はしない。将来はエアロゾルが減ると想定されているからである。いずれにしても、温暖化のパターンは過去から将来までずっと同じとは限らず、変わりうる。まだ実証には至っていないが、だいぶそこに近づきつつある、というのが渡部氏の現状認識である。

34:09

モデルの精度はなぜ急に上がらないのか

予想外の現象が見つかれば、その要因をモデルに組み込んだり、ずれている箇所を調べ直して手直ししたりすることを繰り返す。モデルの精度は上がっているのかと聞かれると、渡部氏は少しずつ上がっていると答え、「びっくりするほど上がっていないのが問題」だとも付け加えた。

最大の理由はコストで、ここで言うコストとはスーパーコンピューターのことである。スーパーコンピューターが急激に大きくならない限り、気候モデルが突然良くなることはあまり起こらない。量子コンピューターについては、研究はされているが実用レベルがいつになるかは分からないという。それに代わるものとして渡部氏が挙げたのがAIである。これまでのシミュレーションは物理学に即してプログラムを作ってきたが、そこにAIを組み込むことで、高速化や高解像度化など、これまでできなかったことができるのではないかと研究者たちは期待している。

35:39

AI気候モデルは「暴走」する

AIが最初に入ってきたのは気候ではなく天気予報の分野だった。GoogleやMicrosoftのように大きなデータセンターを持つ企業がAIで予報モデルを作り、すでに広く出回っている。従来の天気予報モデルより良い成績を出せるという。AIは統計であり、物理法則は直接使っていない。AIは膨大なデータがあるほど活用でき、気象は観測データが大量にある分野なので向いているというのが渡部氏の説明である。

次のステップは同じことを気候変動の予測にできるかどうかで、これはまだ「できた」という報告はないが、確実にその方向に進んでいるという。高橋が、変数をすべて理解できない以上、物理をいったん無視して統計だけでやったほうが将来的に正確になる可能性もあるのかと問うと、渡部氏は、現時点ではAIで気候モデルを作ると途中で暴走することが分かっていると答えた。ありえない気圧配置になったりするのである。

その理由について渡部氏は、気候はエネルギーの保存といった物理的な制約のもとで落ち着いた状態が成り立っているが、AIはそれを教えられていないので勝手に破っていくからだと説明した。統計データを与えるだけでなく、そうした物理の基本も合わせて教える必要があるのではないか。それができれば何千年でも動くAIの気候モデルができるのではないか、と渡部氏は見通しを語った。

38:11

雲はなぜ重要で、なぜ計算できないのか

渡部氏の研究では雲も重要なテーマである。雲は白く日射を反射するので、地球の気候をもともと少し冷やす役割を持っている。重要なのは、温暖化したときに雲がどう変化するかによって、温暖化が抑制される場合も促進される場合もありうる点だ。

ところが気候モデルの中では雲をまともに計算できない。雲を拡大していくと、水滴や氷の粒が見えてくる。それが雲の実体で、放っておけば水滴が大きくなり雨として落ちて雲が消える。雲粒はミクロン単位だが、地球の気候を決める雲は、地球の何%を雲が覆っているかで効いてくるので数千キロに及ぶ。ミクロンから数千キロという幅のスケールをまともに計算することはできない。モデルの箱は今でも数キロから数十キロの大きさで、雲粒とはまったくオーダーが違う。雲粒から地球の気候を計算することは将来にわたってもおそらくできないだろうと渡部氏は言う。雲ができる基本的な物理法則は分かっているので、あとはそれをコンピューターの中でどう表現するかの問題であり、モデルそのままの結果は確かではないため、別の方法で将来の雲を推定せざるを得ない。

では将来の雲はどうなりそうか。渡部氏は、自身が執筆に加わったIPCC第6次評価報告書の章で評価した内容として、現時点で最も起こりやすいのは雲が減ることだと説明した。世界地図で雲が最も多いのは海の上で、その海上の雲が減ると日射がより多く入るようになる。つまり、温暖化で雲が減り、日射が増え、さらに温暖化するという方向に働く。

高橋が、海面水温が上がれば蒸発が増えて雲も増えそうなものだと疑問を呈すると、渡部氏はここから先は非常に難しいと前置きしつつ、雲にはさまざまな高さと種類があると説明した。減ると言われているのは、あまり雨を降らせない、低い高さでぼんやり広がる層雲や層積雲であり、太陽の熱を遮ってくれていた雲が減っていく、ということである。

43:04

気候感度:自然科学の数字が排出削減のコストを左右する

IPCCで渡部氏が関わった章では、雲の効果だけでなく「気候感度」の推定も扱った。気候感度の定義ははっきりしている。大気中のCO2濃度を倍にしてその状態を保ち、気候が暖かい状態で落ち着いたとき、世界平均の地表気温が何度上がるか、という量である。

これは現実には起こらない状況設定だが、気候学では最も基本的な量として扱われている。この値が、CO2排出が増えたり減ったりする現実的な状況で何度温暖化するかに比例することが分かっているからである。状況設定がシンプルなので、エアロゾルなど面倒な要素を抜きにして、気候の基本的な物理法則を理解すれば何度になるかが分かるはずだと考えられている。

なぜ重要なのか。現在の気候感度の推定値の中央は3度で、CO2濃度が倍になれば地球は3度温暖化するという意味である。温暖化を2度で止めるためにこれだけCO2を削減しなければならない、という推定は、たとえば気候感度3度を前提に作られる。もし気候感度がもっと高ければ、同じ排出量でも地球はより温暖化するので、2度に抑えるには削減量をもっと増やさなければならない。逆に気候がもっと鈍感なら、削減は緩やかでよいことになる。気候感度は技術とは無関係な自然科学の量なのに、その数字次第で脱炭素にかかるコストが変わってくる。だから大事なのだと渡部氏は説明した。

高橋が、それなら意図的にいじれば随分変わりそうだし、何十兆円という規模に関わるのではないかと言うと、渡部氏は、いじることはできても信用されないと応じ、社会的に重要な量であることは十分承知しているが、自分たちはそこを気にして研究しているわけではないと述べた。渡部氏によれば、半世紀ほど推定が続けられてきたが、中央値は大きくは変わっておらず、おおむね3度前後である。問題は不確実性の幅がずっと大きかったことだ。幅が大きいほど多くのリスクを考えなければならなくなる。幅を狭められれば、脱炭素の効果の見積もりなどがやりやすくなる。この幅をできるだけ狭め、物理学としてより確かなことを言うのが自分たちの仕事だという。日常生活ではあまり意識されないだろうが、政策決定者にとっては非常に重要な量だと渡部氏は述べた。

気候モデルは地球の代わりの実験室

自身のモデルで初めて見えてきたものは何かという問いに対して、渡部氏は再び「仮想実験室」の意義を語った。たとえば実際の地球にエアロゾルのチリを大量にまき散らすことはできないが、まいたらどこにどれくらいの効果があるかを知りたくなることはある。こうしたことは気候モデルがなければ調べようがない。現実の地球は作れないが、スーパーコンピューターの中にある仮想的な実験室で、気候変動がどう起きているのかという仮説を1つ1つテストできる。それが非常に大きいという。

49:44

今後10年でCO2排出は頭打ちになるか

今後の気候変動・極端気象研究で最も重要な課題について、渡部氏は、社会がおそらく変わりつつある状況なので、これから10年、20年のスパンで社会が変わったときに気候がどうなるか、温暖化を抑制できるのか、極端な気象がどれくらい増えるのか(減りはしないだろうという)を、より確かに見通していくことだと答えた。自分たちが生きているスパンの中で起こりうることである。

その理由として渡部氏が挙げたのが、世界のCO2排出量の見通しだった。これまでの回で、世界の排出量は減っていないという「残念なグラフ」を示したが、もしかすると今後10年で頭打ちになる可能性がある。一時的な増減はともかく、CO2排出は長期的には歴史上ずっと増え続けてきた。いったん減り始めれば、ペースはともかくその傾向は続くのではないかと渡部氏は見ている。本当に頭打ちになれば、パリ協定などで取り組んできたことがようやくデータとして見え始める。そこが希望を持てる点であり、それがいつ来るかには自分の研究を超えて強い関心を持っている、と語った。

科学者の役割については、問題が大きいので分業せざるを得ず、緩和や適応にはそれぞれ専門家がおり、自分も協力しているとしたうえで、自分の研究はその一番ベースの部分だと位置づけた。いま気候がどう変わっているのか、それはなぜか、10年先、20年先にどう変わるのか。これをできるだけ確かな情報にすることである。

52:21

30年で分かったこと、残り10年で知りたいこと

高橋が「気が遠くなる作業だ」と言うと、渡部氏はそうは思わないと答えた。研究者にもライフスパンがあり、自分はあと10年ほどしか研究できないが、それまでに知りたいことには何らかの答えが出ると思っている。熱帯太平洋の水温がどうなるかという問題も、10年以内に答えが出ると考えているという。

研究生活約30年で何が分かったのかと問われると、渡部氏は、自分1人で分かったことはわずかだとしつつ、世界の研究コミュニティとしては多くのことが分かったと答えた。たとえばエルニーニョはこの30年でほぼ解明された。また、温暖化をデータがきちんと示し始めたことで、異常気象がどう変わってきたのかもきちんと示せるようになった。30年前は手探りだったというより、現実のデータがそこまで急激な温暖化を示していなかった。データが温暖化を示すようになったことで、それをもとにシミュレーションを行えば温暖化の影響がよりはっきり見えるようになった、と渡部氏は説明した。

55:04

「ピークが来るなら経済活動を続けてよいのか」

終盤、高橋は、ピークが来るなら斎藤幸平氏の言うように脱成長を徹底しなくても大丈夫なのではないかと冗談交じりに投げかけた。渡部氏は、ピークは「数年後」とは言っていない、この先10年くらいで来るかもしれないが10年後かどうかも分からない、と訂正した。そして「じゃあバンバン経済活動しよう」という高橋に対し、問題は経済活動を何で行うかであり、化石燃料を燃やし続けて経済活動をしている限り、10年たってもピークアウトはしないと答えた。

では個人は何をすればよいのか。渡部氏は、産業や運輸、発電など、大きな部分は個人では変えられないとし、個人の行動で直接変えられるのは家庭部門、つまり前回示した排出全体の14%の部分だと述べた。ただし、それ以上のことができないかどうかは分からないとし、前向きに捉えれば、脱炭素を進めている企業を知って応援する、株を買うといったこともありうると話した。高橋が水素エネルギーは現実的なのかと尋ねると、渡部氏は分からない、日本は水素やアンモニアなどさまざまなものに並行して取り組んでいるが、それは自分も勉強しなければならないところだと答えた。

陰謀論の役割と、残された課題

シリーズを通じて陰謀論者の役を演じてきた高橋は、途中からあまり陰謀論者でなくなったと振り返りつつ、陰謀論にも意味がないとは思わないと述べた。研究者ではない一般の人が何をなぜ不安に思うのかを常に考えることは、研究者と政策決定者の責務だと思う、物理を学ぶのは男子でも16%なのだから一般の人には分からないのだ、というのが高橋の主張である。渡部氏は、不安を完全に解消するのは難しいとしながらも、こうして時々話をすることが、見た人にとって分かりやすい説明になっているのではないかと思ってやっていると応じた。

最後に視聴者へのメッセージを求められた渡部氏は、世の中にはさまざまな問題があり、気候変動だけを気にしていればよい時代ではないが、生活のレベルでも、専門家を目指す人にとっても、気候変動は避けて通れない現在の問題の1つであることは間違いないので、ぜひ関心を持ってほしいと語った。熱帯太平洋で観測と予測が食い違う理由、雲の変化、気候感度の不確実性の幅、そして世界の排出がいつ頭打ちになるか。いずれも渡部氏が今後10年ほどで答えが見えてくることを期待している問いである。