日本人は国産米を食べ続けられるのか:稲垣公雄氏が語る水田政策、輸出の限界、生産性改革

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概要

令和の米騒動を経て、日本の米政策はどこへ向かうべきか。三菱総合研究所研究理事の稲垣公雄氏は、著書『日本人は日本のコメを食べ続けられるか』の問いに対して「食べ続けられるようにしないと絶対にダメだ」という立場をとる。米は100%自給を守るべきだとし、そのために農地をどう維持するか、生産性をどう上げるかを論じた。本稿は対談の後編にあたる部分で、政府の水田政策の評価、米輸出の可能性と限界、農地面積の試算、単収を伸ばす技術、補助金と稼ぐ農業の関係を扱っている。

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令和9年度からの水田政策見直しは「チューニングレベル」

聞き手はまず、米騒動への政策対応をどう見ているかを尋ねた。備蓄米の放出のタイミングや量、生産量の調整などが論点になる。

稲垣氏が注目していたのは、政府が早い段階から打ち出していた「令和9年度からの水田政策の全面的な見直し」である。その方向性はすでに発表されたが、補助金の金額などの詳細はまだ明らかになっておらず、見通せない部分が残っているという。方向性の柱は生産性を高めることへの注力だ。

ただし稲垣氏によれば、米騒動に直接対応する政策は別にある。需要の変動を精査して明らかにする取り組みと、民間備蓄も含めて備蓄を積み増す方向の検討である。消費者が直面した価格の上下に直接効くのはこちら側だが、やったほうがいいのは間違いないとしても、価格変動をそれほど抑えられるかというとそうでもない、と稲垣氏は見ている。

一方の水田政策の見直しは、短期的に価格変動を抑えるものではない。中期的に生産者の基盤と自力を高め、一人ひとりの生産性を上げて、少ない担い手でもたくさん作れるようにする。その努力に補助金を出す形に変わっている。稲垣氏はこれを従来になかった視点として期待しつつも、構造的には政策が大きく変わっていないように見えると評した。

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主食用米に補助金を出さない構造

稲垣氏が指摘する構造的な問題はこうだ。政策が目指しているのは主食用米の生産量をこのくらいにしたほうがいいと示すことなのに、補助金は主食用米以外の作物に付けている。コントロールしたい対象とは別のところに補助金を出しているのである。加工用米には一部出るため、ほぼ主食用に近いものに出てはいるが、本当の主食用米には出ない。

なぜ主食用米に出せないのか。稲垣氏の説明では、主食用米は1kgあたり341円の関税という国境措置で価格を維持しており、そこにさらに補助金を付けて守るのは二重になる、という理屈が政策体系としてずっと続いてきた。令和9年度からの見直しは本当に抜本的なものになるかと思っていたが、ある意味でチューニングのレベルだった、と稲垣氏は語った。

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選択肢としての直接支払い

主食用米の生産者にも届く補助金の出し方として、稲垣氏は「直接支払い」に触れた。収録当日の朝の日本経済新聞「経済教室」でも論者が書いていた案だという。主食用米は基本的に自由に作ってもらい、価格は大きく下がっていく。60kgあたり一定の水準より下がった場合に、その差額を農家に直接支払う。こうした声はかなり多いという。

稲垣氏自身も、これは考えるべき選択肢の一つであり、政策として検討しなければならないと述べた。令和9年度からの政策で価格が安定し、さらに農地が維持され、農業者がきちんと生産できる状態が保たれればよい。しかし、価格は安定したものの生産量は減る一方で、輸入米が入ってきて均衡した、という事態になれば、米だけは100%自給を守るという目標がまったく守れなくなる。令和9年、10年の段階でその兆しが見えるようであれば、直接支払いのような抜本的な政策転換を考えるべき局面だろう、というのが稲垣氏の見方である。

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なぜ米の輸出は伸びないのか

聞き手は、作りすぎた分を輸出に回せば農家の収入になるのではないかと尋ねた。稲垣氏は、増やせるものなら増やせばいいとしたうえで、話はそれほど単純ではないと答えた。

現状では、かつて年間5万トン程度、1年半ほど前まで4.7万トンほど出ていた輸出が、足元ではほぼなくなりつつある。理由は国内で売ったほうが高く、海外に出す意味がないからだ。そもそも輸出していたときも補助金を多く付けていたから出せていた、と稲垣氏は説明する。

価格差も大きい。日本の米は安くなったとしても5kgあたり3,000円程度だが、カリフォルニア米は現地で1,500円ほどで買えると稲垣氏は聞いているという。カリフォルニア米と勝負するには半額にしなければならない。アジアでタイ米やベトナム米と勝負しようとすれば、5kgあたり700〜800円で売らなければならないと言われている。そこまで日本の米の生産コストを下げて勝負できるかと言えば、なかなか厳しいというのが稲垣氏の見立てだ。

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アジアで米を輸入に頼る国はない

稲垣氏はさらに、米の自給という観点からも輸出拡大論に疑問を示した。アフリカには例外があるとしても、アジアで中所得国以上の国で米を輸入に頼る国は一つもなく、基本的にすべての国が自給しているという。いつ海外から買えなくなるか分からないからであり、そのためにほぼすべての国が生産量への関与や補助金を行っている。行っていないのはベトナムくらいで、ベトナムは生産性が高く国際競争力が最もあるため、それをしなくても輸出できる、と稲垣氏は述べた。

そのうえで、日本が輸出を目指すべきなのはブランド米、付加価値米だという。「美味しいから5kg1万円で買って」と言えるような米であり、そうした米でも20年ほどで世界に50万トン程度輸出できる可能性はゼロではないと稲垣氏は考えている。ただし、普通の人が普通に食べる米を輸出するのは、日本の生産性からすると難しい。アメリカなどで5kg1,500円まで下げて50万〜100万トン売れる可能性もゼロではないが、そのときに補助金を付けていたら元も子もない。それならば国内の価格もすべてその水準まで下げられるのか、という問題になる。

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円安期のアメリカで見た「安い日本米」

聞き手は2021年から24年にかけてアメリカに駐在していた経験を語った。最後のころは円安が進み、スーパーでは日本のコシヒカリのようなブランド米とカリフォルニア米の価格差がそれほどなく、日本米を買ったことがあったという。それなら作りすぎた分を海外で売る道もあるのでは、と感じたそうだ。

稲垣氏は、アメリカで「東京で買うより日本の米が安いのはどうなっているのか」と実際によく聞かれたが、それは補助金が付いていたからだと答えた。WTOのルールで言えば、先進国が輸出補助金を付けて輸出するのはかなり怪しく、本気で問題視されれば耐えられないのではないか、というのが稲垣氏の見方である。継続的にやっていくのは現実的でも理想的でもないということになる。

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「いざとなったら止める米」を売る国になりたくない

もう一つの論点が、「1,000万トン作って300万〜400万トンを輸出し、いざとなったら輸出を止めて日本人が食べればよい」という議論だ。稲垣氏は、そのような米を日頃の主食として当てにする国があるだろうかと問う。米を主食とするのはアジアやアフリカの人々であり、いざというときにはなくなるかもしれない米を毎年買い続けてくれるとは考えにくい。

さらに稲垣氏は、そのような米を売る国にはなりたくないと語った。穀物を輸出する国には輸出責任がある。アメリカ、カナダ、オーストラリアは国内消費の2倍、3倍を作っており、その分は必ず輸出してくるし、WTOのルール上も止められないことになっている。そうでなければ先進国が穀物を輸出してはいけないのではないか、と稲垣氏は考えている。一方、寿司や高級日本食で提供するブランド米を高値で売るのは全く問題なく、むしろこれから市場も出てくるだろうから取り組みたい、と付け加えた。

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国民1人あたり3.5アールという農地の下限

では、日本人が日本の米を食べ続けるために何が必要か。稲垣氏は、米は100%自給が前提であり、小麦を100%自給するのは無理だとしても、いざとなれば国民の食料を供給できる体制は持っておくべきだと述べた。

稲垣氏によると、日本の農地は現在約420万ヘクタールで、国民1人あたり約3.5アールになる。この3.5アールは、芋などを組み合わせてようやく国民1人の熱量を賄える、ぎりぎりの面積だと言われているという。感覚的にもそう思えると稲垣氏は言う。2アールあれば米が100kgほど作れる。現在の米の消費は1人あたり50kgほどだが、小麦と合わせれば100kgほど食べている。残りで野菜を作る、というのがやれそうな面積感だという。

ところが農業生産が儲からないため、農地は減りつつある。稲垣氏らは2050年に270万ヘクタールまで減る可能性があると見ており、人口が1億人に減ったとしても1人あたり2.7アールとなり、足りなくなる。人口減少に合わせて3.5アールを維持すると350万ヘクタールが必要になる。多少減るのは仕方ないが、減らすにも限界があり、現在の食料安全保障の水準をぎりぎり維持するにはこの面積を守る必要がある、というのが稲垣氏の主張だ。

その場合、米を100%自給しても農地は余るため、小麦や大豆など輸入に頼っている作物をもう少し作ることになる。今のコスト構造のままでは補助金をどんどん積み増さないと農家が作れなくなる。そこで、補助金の積み増しも考えつつ、生産性を高めて少しでも安く作れるようにし、農家が損をしないようにする。その組み合わせで農地を維持し、農家もきちんと儲けられるようにすることが重要だと稲垣氏は述べた。

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機械による効率化と農地集約の難しさ

生産性向上について、稲垣氏は二つの方向を挙げた。一つは一般にスマート農業としてイメージされる、自動運転トラクターのような機械(メカニカル)の方向。もう一つは化学的・生物的な技術の方向で、両方に期待があるという。

機械の方向は、規模を大きくしないと効果が出にくい。稲垣氏によれば、日本のトラクターは田んぼを走っている時間より、田んぼと田んぼの間を移動している時間のほうが長いことがある。農地が分散している構造からすればそうなる。そのため農地の集約は非常に重要で、現在の農業政策でも「一丁目一番地」として地域計画の形で取り組まれている。しかしこれは農業政策を超えて国民の土地所有に関わる問題であり、非常に難しい。今後はむしろ所有者不明の土地が多く出てくると言われているという。それでも絶対にやらなければならないことだ、と稲垣氏は述べた。

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品種と直播:小さな農地でも生産性を上げる道

もう一方の技術革新には、稲垣氏は大きな可能性があると見ている。まず品種である。酷暑にも対応できる品種や、たくさん収穫できる品種を選ぶことだ。

次に、田植えをせずに種を直接まく「直播(じかまき)」が増えている。昔からある技術だが、労力が6分の1ほどになるという話がある。以前はあまりうまくいかないと言われていたが、やり方によってはうまくいくという結果が出てきており、ドローンで種をまく例も増えている。ドローンでまけるのであれば、小さな農地のままでも生産性があまり変わらない可能性がある。品種や栽培方法を変えることで生産性を上げることには非常に期待が高い、と稲垣氏は語った。

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50年間伸びていない単収

稲垣氏は、日本の米の生産性が高いというイメージに疑問を投げかけた。日本の単収は10アールあたり8〜9俵、約500kgである。50年前には世界トップレベルだったが、それ以来ほとんど変わっていない。稲垣氏によると、エジプトにも負けているらしく、セスナ機で種をまくアメリカでも700kgほど取れているという。ベトナムでは、稲垣氏らが関わる実証実験で1回あたりの収量が日本とほぼ変わらず、ベトナムは二期作・三期作をするため、実質的には日本の2倍、3倍の生産性になっている。

ただし稲垣氏は、これを日本の農業技術がだめだと受け取ってはいけないと強調した。日本は米が足りていたため、たくさん取れるようにする必要がなく、50年間おいしい米を作る方向の研究を続けてきた。単収を上げる方向に研究が向かなかっただけだという。本気で単収を取りに行けば、10年もかからずに700kg程度は普通に取れるようになると稲垣氏は見ている。条件のよいところでたくさん作り、条件の悪いところは農地の使い方を変えるなどして維持する。その組み合わせで農地を維持しやすくなるのではないか、と述べた。

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二毛作はなぜ減ったのか

聞き手が宮崎で米を年2回作っているという話を聞いたと紹介すると、稲垣氏は、二毛作はもともと日本中で行われていたが、減反しなければならなかったため2回作る必要がなくなった、と説明した。聞き手が気候変動で温暖化が進めば北のほうでも可能になるのではと問うと、稲垣氏はその可能性もあると応じた。

稲垣氏は最近訪れた兵庫県加西市の例を挙げた。加西市では米と小麦の二毛作がある程度ずっと続いており、農地の3割ほどで行われているという。一方、稲垣氏の出身地である滋賀県では、かつては小麦と米の二毛作をするところが多かったが、最近は減っている。この20年ほどは「今年はここで小麦、今年はここで米」という形になっているという。儲からず、やる必要もなかったからだろうと稲垣氏は推測する。

集落営農などは儲けるためではなく農地を維持するためにやっている側面が大きく、年1回使えばよいという話になりやすい。しかし稼ぐ農業を志す若い経営者が入れば、儲かったほうがいいので、小麦との二毛作で収益が出るならそれを作るようになる。本当は今でも作れるところはたくさんあるが、作っていないだけというところがあるのではないか、と稲垣氏は語った。

21:05

補助金なしの農業は可能か

補助金に頼らずに稼ぐ農業は可能かという問いに対し、稲垣氏は、少なくとも土地利用型の農業については現実的ではないと答えた。米は1kgあたり341円の関税で守られているが、これもある種の補助金であり、カリフォルニア米ですべて賄えば安く食べられるところを、国民が価格として支払っている。これを穀物全体でなくすのは現実的ではなく、米・麦・大豆、さらに飼料用トウモロコシまで含めて、アメリカやカナダと同じ価格で生産できるようにするのは無理だという。

したがって、大きな意味での補助金は必ず必要になる。稲垣氏の見積もりでは、関税による負担も含めた国民負担は試算によって異なるが年間3兆〜4兆円程度になるのではないかという。OECD加盟国と比べると、日本は突出して高くはないが安くもなく、国民1人あたりの負担はまあまあ高いほうで、韓国やスイスよりは少ないくらいの水準だと述べた。この程度の負担は食料安全保障のために必要だが、どんどん増やしてよいわけでもない。どこが最適かは政治的な意思決定の領域であり、防衛費や社会保障費と比べれば3兆〜5兆円は誤差のような規模なので、絶対に必要な食料にもう少し出してもいいのではという考えも分からなくはない、と稲垣氏は語った。

23:20

野菜の小規模経営と企業参入への期待

聞き手が懸念したのは、米作りで稼げないために担い手が他の作物や他の仕事に移ってしまうことだった。稲垣氏は、補助金を増やすべきかどうかは別として、今の政策体系のもとでも農業はやり方次第で十分儲けられるようになっており、実際に儲けている人も多いと答えた。

中小零細の農家がそのままで儲けるのは非常に難しい。穀物系では農地をある程度、規模にして20ヘクタールほど持つ必要があり、そこが最もハードルが高いため、土地利用型農業は難しい面がある。しかし野菜であれば、1〜2ヘクタールでも、市場が必要としている作物をうまく選べば収益を上げられる例が増えていると稲垣氏は言う。生産者が減っているため、需給のうえで供給不足になる局面がかなり増えており、農業は新しくビジネスを始める人の選択肢に十分なりうるという。

もう一つ稲垣氏が期待するのが企業の参入である。資材費が上がり、農業機械やハウスに多額の費用がかかるため、個人が新規参入して設備をそろえるのは難しくなっている。一方で、農産物を使う食品などの企業が、調達への懸念から農業に参入する例が増えている。すでに農業をしている人と組み、支援を受けながら事業を広げる動きであり、こうした動きが増えていくとよい、と稲垣氏は述べた。

最後に稲垣氏は、各地で農家に会っていると、元気を取り戻して頑張っている農家が増えていると感じていると語った。農業は魅力のある職業になりつつあり、そうしていきたいという思いもある、と締めくくった。