自動運転はなぜ日本で進まないのか 交通心理学者・志堂寺和則氏と須賀川拓氏の対話
ReHacQ−リハック−【公式】生活道路の法定速度を一律30km/hとする道路交通法の改正をきっかけに、ReHacQの番組で九州大学大学院教授の志堂寺和則氏と須賀川拓氏が対談した。志堂寺氏は九州大学で交通心理学を研究しており、交通心理学を心理学の一領域と説明している。動画の後半にあたる本編では、自動運転の導入がなぜ日本で遅れているのか、運転マナーはどこから生まれるのか、高齢ドライバーと免許返納にどう向き合うのかが議論された。須賀川氏は日本が自動運転で取り残されていると感じている。志堂寺氏は自動運転を今後欠かせない技術と認めつつ、徐々に浸透させる必要があるという立場をとった。
日本で自動運転が広がらない理由
須賀川氏は冒頭、「日本は自動運転の世界に完全に取り残されちゃった」という感覚を口にした。志堂寺氏はこれに同意し、中国やアメリカが積極的に導入を進めていると述べたうえで、日本の事情を二つ挙げた。
一つ目は道路環境である。日本には道幅の狭い道路が多く、自動運転を有効に使えるかどうかをしっかり確認する必要がある。東京で実証的な取り組みが行われていると聞いているとしながらも、技術的に走りづらい環境にあることは間違いないと志堂寺氏は述べた。
二つ目は国民性、メンタリティである。自動運転の車が死亡事故を起こすと、途端に「自動運転は危ない」という世論が起こり、そこで開発がぱたりと止まってしまう。そのため慎重に進めざるを得ないと志堂寺氏は説明した。須賀川氏も、メディアにいる人間として、日本で導入直後に死亡事故が起きれば大ニュースになることは感覚的に理解できると応じた。
人間の事故との比較と、責任の所在
須賀川氏はここで、人間が運転する車による死亡事故も毎日のように起きているという点を指摘した。比較として適切かどうか分からないと断りつつ、外国人の犯罪が大きく報じられる一方で日本人も多くの犯罪を起こしているという構図に似ていると述べた。さらに、自動運転はカメラによる視覚と人間より圧倒的に速い反応速度を持っているのではないか、と問いかけた。
志堂寺氏が挙げたのは心情面よりも責任の問題だった。事故が起きたとき、自動車メーカーの責任なのか、乗っていた人の責任なのかという問題が出てくる。須賀川氏はさらに、ソフトウェアの責任なのか、カメラのレンズなのかという話にもなるだろうと付け加えた。
須賀川氏は海外で見た映像も紹介した。本人の記憶ではテスラの車で、後続車のドライブレコーダーに映っていたものだという。歩道を歩いていた人が倒れ、車はその人を避けて対向車と正面衝突した。どちらが命を守れるかを瞬時に計算したように見え、須賀川氏はそれを「人間っぽい」と感じたという。
運転の技量は人によってばらばらで、誰もが自分は事故を起こさないと思いながら運転している。それなら自動運転のほうが安全ではないかという須賀川氏の問いに、志堂寺氏は客観的なデータを手元に持っていないと前置きしたうえで、印象としては、事故を起こしがちなドライバーよりは安全な気がすると答えた。須賀川氏が、自動運転は急いでいるからといってオービスのない区間でスピードを出すようなことをせず、必ず法律を守ると付け加えると、志堂寺氏も同意した。
ハンドルを握ると変わる運転マナー:車社会の歴史という仮説
話題は、ハンドルを握ると性格が変わる人の話に移った。須賀川氏はイギリスでの経験を紹介した。イギリスでは古い住宅に車庫がなく、生活道路では路上駐車が多い。対向車が来ると、駐車車両の間に入って道を譲り合わなければすれ違えないため、譲り合いの精神が根付いており、大きな道路でもよく譲ってくれたという。ところが日本に戻ると、ウインカーを出してもなかなか入れてもらえず、むしろ車間を詰められることもあった。イギリスのほうが優れていると言いたいわけではないと断りつつ、普段は譲り合いを重んじる人たちが車に乗った途端に怖くなる、と感じたという。
志堂寺氏は「私の勝手な考え」と断ったうえで、原因の一つとして車社会の歴史の長さを挙げた。車が増え始めた時期には、ドライバーは無茶な運転をしがちである。日本でも昭和40年代から50年代の高度経済成長期は「交通戦争」と呼ばれ、今考えると非常に怖い運転が横行し、事故も多かった。志堂寺氏によれば、これはどの国にも見られる傾向で、車が走り出した国はそうした状況になりやすい。その状態がしばらく続くと、ある種の学習によって運転がおとなしくなり、譲り合いのような運転に変わっていく。欧米は車社会になるのが早かったため運転文化の変化も早く、日本は昔に比べて良くなっており、今はその後を追っている段階なのかもしれない、というのが志堂寺氏の見立てである。
一方で、欧米にも煽り運転は多い。須賀川氏は、日本の煽り運転の話を海外の友人にしたら、アメリカならすぐ銃が出てくる、生き死にの問題だと言われ、日本はなんて民度が高いのかと笑われたというエピソードを披露した。志堂寺氏も、日本の悪質な煽り運転は極端な事例がニュースになっているだけで、それほど頻繁に起きているとは思わないと述べた。
日本独自の「ドライバーの知恵」と自動運転
須賀川氏は、日本で独自に育まれた運転習慣として、お礼のハザードランプを挙げた。海外でやると故障車だと思われるだろうという。志堂寺氏は、日本独自のもの、さらには地域独自のものもあると応じ、高速道路で大型トラックが追い越して車線に入ってくるとき、ライトをパッと点けて「入っていいよ」と合図する例を挙げた。こうした習慣は、ドライバーたちが「こうするといい」と積み重ねてきた知恵として形成されてきたものだと志堂寺氏は説明した。
では自動運転にそれを覚えさせられるのか。AIで蓄積すればよいのではという須賀川氏の問いに対して、志堂寺氏は、自動運転は基本的に法律どおりにしか動かないので、そうしたやり方をさせてよいのかという問題があると指摘した。
志堂寺氏の研究:外部HMIによる自動運転車と人のコミュニケーション
この論点は志堂寺氏自身の研究テーマにつながっている。志堂寺氏は、自動運転車ならではのコミュニケーションツールがあってよいと考えており、現在は自動運転車と普通の人間のドライバーとの間のコミュニケーションを研究している。
方法は、簡単に言えば表示パネルによるシグナルである。志堂寺氏が身近な例として挙げたのは、バスの前面上部にある行き先表示だ。あのようなパネルに「お先にどうぞ」や「私が先に行きます」といった表示を出せば、ドライバーは見て反応できるはずだという。
こうした仕組みは「外部HMI(エクスターナルHMI)」と呼ばれる。HMIはヒューマン・マシン・インターフェースの略で、自動車業界ではハンドルやメーターなど、ドライバーと車をつなぐ部分を指して使う言葉だと志堂寺氏は説明した。それを車の外部に向けて情報を知らせるのが外部HMIである。車同士が通信できればよいが、すべての車に通信手段があるわけではないため、外から見える表示が意味を持つ。歩行者がその表示を見て道路を渡るといった研究も、今はたくさん行われているという。
須賀川氏は「ちょっと未来っぽい」と面白がる一方で、かっこ悪いから嫌だという人もいそうだ、大きく表示しないと読めない、と懸念も示した。志堂寺氏はそこはデザイナーに頑張ってもらうところだと答えた。
効果について志堂寺氏は、円滑さが増すだろうと述べた。ただし、法に触れる行為を促すわけではない。右折禁止の場所で対向車に「どうぞ」と言われても右折はできない。志堂寺氏が想定するのは、法律を守りながら、たとえば左側優先のように優先順位が決まっている場面で、優先順位の低い側が先に行ったほうがスムーズに切り抜けられるような状況である。須賀川氏は、そうした場面は絶対にあると同意しつつ、法律で決められたラインと融通を利かせることのバランスは非常に難しいと述べた。人間に「行っていいよ」と言われても、AIが「あちらが優先だから」と通していく場面も想像できる。須賀川氏が、これはAIの時代だからこそ可能になることかもしれないと言うと、志堂寺氏も「そうかもしれない」と応じた。
高齢ドライバーに寄り添う車のインターフェース
須賀川氏は、自動運転は高齢ドライバー問題を解決する大きな技術の一つになるだろうとしたうえで、それ以外の手法を尋ねた。志堂寺氏は、メーカーも高齢ドライバーが運転しやすい車づくりを進めているだろうとしつつ、ドライバーにさらに寄り添ったインターフェースは、もう一段階向上させられるのではないかと考えていると述べた。
具体例として志堂寺氏が挙げたのは、高齢者向けのスマートフォンである。画面が大きく、ボタンも大きく作られていて操作が簡単だ。車には意外とそういうものがない。須賀川氏も、テスラはタッチパネルだけでシンプルに見えるが、開くとさまざまなメニューが出てきて、デジタルネイティブでないと操作は無理だろうと応じた。
須賀川氏は、高齢ドライバーが増えれば市場も大きくなり、メーカーが開発に乗り出すかもしれないと述べる一方、懸念も口にした。高齢者向けのスマホや簡単な電話は正直あまりかっこよくない。自分の両親はiPhoneを使い続けているし、高齢者だから使えないわけではない。簡単にしたからどうぞと差し出されると、馬鹿にされているように感じて、かえって使いづらいのではないか。これに対して志堂寺氏は、それは売り方の問題だと答えた。本当に使いやすいものができて、実際に運転してみて非常に良いとなれば売れるはずだ、ただしそういうものができればの話だと付け加えた。
車の使い方:都市部と地方で異なる選択
志堂寺氏はもう一つの方向として、車の利用の仕方を挙げた。交通の便がよい地域に住んでいるなら、無理に運転する必要はない。免許を返納しても十分に生活できるなら、車を手放したほうが経済的に得になることも多いし、歩くことで健康増進にもつながりうる。
一方で、地方には車がないと暮らせない状況が当然ある。その場合は運転を続けることになるが、そのときに事故を起こさないための対策を、自分で、あるいは周囲と相談しながら立てていくことが大事だと志堂寺氏は述べた。
免許返納には「準備」が要る
須賀川氏は自身の父親の話をした。75歳を超えて後期高齢者になったが運転が大好きで、須賀川氏から見ても反応速度が落ちているようには見えず、とても元気だという。それでも免許返納はいつか来る。返納した途端に行動範囲が一気に狭まり、ぼけてしまうのではないかと心配しており、同じ心配をしている人は多いのではないかと述べた。楽しみにしていたことができなくなり、交友関係が変わり、地方なら買い出しにも行けなくなる。運転を続けるリスクと、返納によって生活が不便になるリスクのトレードオフにどう向き合えばよいのか、と須賀川氏は問いかけた。
志堂寺氏の答えは「準備が大事」というものだった。返納した途端に生活が不便になって家から出られなくなると、気分も落ち込み、認知症っぽくなるなど良くない変化が起こりがちである。だから、まだまだ運転できるうちから、返納後のことを考えて少しずつ色々なことを試しておくのがよいという。
たとえば、多くの地域では不便かもしれないが、走っているバスを時々使ってみることから始めてもよい。車ばかり乗っている人の中には、そもそもバスの乗り方がよく分からない人もいると志堂寺氏は述べた。須賀川氏も、地方で整理券を取り、番号ごとに運賃が上部の表示に出る方式に触れ、確かに慣れていないと分かりにくいと応じた。ネットスーパーも同様で、使えば重い物を持って出歩かずに済むが、慣れていないと使えない。慣れるには早く始めたほうがよい。まだ全然大丈夫という時期から時々利用して、運転をやめたときにどう生活を守るかを少しずつ取り入れておく。志堂寺氏はこれを含めて「準備が大事」と話しているという。
経済面についても、車は維持費がかかり、年齢が上がると保険料も上がる。手放してみたら意外と得だったという話も時々聞くと志堂寺氏は述べた。
返納できない人をどうするか:答えの出ない問い
須賀川氏は続けて、徐々に準備できる人ばかりではなく、免許を手放したら生活できなくなる局面にある人が全国にすでにたくさんいるはずだと問うた。これに対して志堂寺氏は、そこは本当に難しく、こうすればよいという答えは自分にもまだないと率直に認めた。
そのうえで志堂寺氏は、「これ言っていいのかどうかよくわからない」と前置きして、一つの見方を示した。そうした人の多くは地方に住んでおり、交通事故の確率は、ある意味で低いといえば低い。繁華街や車がたくさん走り人も多い場所では、ちょっとした運転ミスが大きな事故になる。しかし山奥のように他に誰も走っていない状況なら、多少無理があっても運転を続けて大きな事故にならない可能性はある。志堂寺氏自身、これは非常に言いにくいところだと述べている。
須賀川氏は、自分の妻は免許を持っているがほとんど運転したがらず、その一番の理由は、人を巻き込んだらもう生きていけないという不安だと紹介した。そのうえで、山間部に住み、免許を取り上げられたら生きていけないという人の場合、仮に単独事故のリスクであれば、自分が大けがを負うリスクと、移動手段を失って生活がままならなくなるリスクを慎重に比べる必要があると述べた。危ないからと免許を取り上げ、その人が余生を楽しく過ごせなくなるなら、それも幸せではない。杓子定規に切り捨てるのではなく、グラデーションを見ながら判断すべきだという須賀川氏に、志堂寺氏も、法律で一律に何かを決めるのは難しいと同意した。自動運転が解決策になるのではという話にも、志堂寺氏は、すぐに使える状況にはしばらくならないと答えた。
道路交通法の改正スピード
須賀川氏は、日本の自動運転を阻んでいるのは法律と気持ちの持ちようではないかと述べ、日本の道路交通法の改正は海外と比べて早いのか遅いのかを尋ねた。志堂寺氏によれば、道交法の改正スピードはかなり早く、数年に一度、おそらく2〜3年に1回くらいは変わっている。ただし、車はどの国でも走っており、新しい技術や環境の変化に応じて他国も改正を重ねているので、日本だけが特別に早いわけではないという。法律面については、専門の担当部署が検討を進めているはずだと志堂寺氏は述べた。須賀川氏は、生活の中で改正を実感することはなく、そこまで頻繁に変わっているとは知らなかったと驚いていた。
Uberの経験から考える「根拠のない不安」
心理面の例として、須賀川氏はUberの体験を語った。日本では様々な事情が重なってUberはほぼ導入されていない。須賀川氏が初めてUberのある国に住み、アプリで車を呼んだときは、日本のプロのタクシー運転手に慣れていたこともあって、普通の若者がやってきて名前を確認するやり取りに、根拠のない不安を覚えたという。しかし慣れてくると、料金は事前に決まり、ルートもすべて表示され、白タクのように変な道を通られる心配もなく、クレジットカード決済で楽だった。4年ほど使ううちにすっかり慣れ、帰国してからはなぜ日本で導入しないのかと思うようになった。逆に、その4年間がなければ、よく分からないけれど怖いという偏見が残っていたはずだと振り返った。自動運転にも同じような心の壁があるのではないか、というのが須賀川氏の問題提起である。
志堂寺氏は、須賀川氏は海外経験が豊富で、新しいものを取り入れることに日常的に慣れているが、みんながみんなそうではないと指摘した。須賀川氏も、知らないものは怖いのは当然で、自分の妻が一人でUberを使ったときも最初は不安だったと認めた。不安を持つなと言うのはむしろ暴力的な発言であり、心理的なハードルは無視してはいけないが、乗り越えなければ取り残されてしまう、と須賀川氏はまとめた。
どうすれば解決できるかという問いに、志堂寺氏は、そこはあまり考えたことがないと断ったうえで、自動運転はこれからの車に欠かせない技術であり、積極的に進めなければどうしようもないところまで来ていると述べた。ただ、いきなりは難しいので、どう徐々に浸透させていくかをみんなで考える必要があるという。須賀川氏は、自動運転によって大いに助かる人もいるのだから、そのトレードオフをファクトベースで冷静に考えられるようになれば導入も早まるのではないかと語った。
生活道路30km/hへの評価
最後に須賀川氏は、道交法のどこか一つを変えられるとしたらどこかと尋ねた。電動スクーターのヘルメット着用を義務にすべきではないか、あるいは制限速度を上げてほしいといった例を須賀川氏が冗談交じりに挙げたが、志堂寺氏は、そこは本当に考えたことがなく、今すぐには思いつかないと答えた。
番組の出発点だった生活道路の法定速度30km/hについては、志堂寺氏は方向性としては合っているように思うと評価した。最初のうちは小さなトラブルが出てくるので、運用を工夫したり微修正を加えたりしながら進めていくことになるだろう。それでも、速度を落とすことは事故、特に大きな事故を防ぐうえで最も大事なことの一つであり、それを生活道路と呼ばれるエリアにしっかり根付かせることが大事だ、というのが志堂寺氏の結論だった。
日本、自動運転の世界に完全に取り残されちゃったなって気はしてるんですよね。
日本の場合、非常に道幅が狭い道路が多くて、技術的な側面で走りづらい環境にある。あとやはり国民性の問題があって、自動運転の車が死亡事故でも起こすと、自動運転危ないっていうような、そこでパタッと開発が難しくなるんですよね。だから。
なるほど。
スピードを落とすっていうのは事故を防止する、大きな事故を防ぐという意味では、一番やっぱ大事なことの一つですので、生活道路と言われているエリアでしっかりと根付かせる。自動運転車ならではのコミュニケーションツールみたいなのがあっていいんじゃないかなと思ってですね。
面白い。どういうことですか?
今やってるのは車と普通の人間ドライバーとの間のコミュニケーションと。
どうやってやるんですか? それ、相手は機械ですもんね。
バスの頭んとこに行き先とか書いてありますよね。ああいうパネルで「お先にどうぞ」、あるいは「私、先行きます」とか、そういうようなコミュニケーションっていうのは、ドライバーさんが見て反応できると思うんですよ。
ちょっと未来っぽいですね。そうするとどういった効果が生まれるんですかね?
やはり。なるほど、なるほど。
免許返納っていうのはいつか来るんですけど、行動範囲が減ればね、楽しみにしていたことができなくなったりとか、それこそ田舎に住んでる方であれば、買い出しにも行けなくなったりとか、色々な生活にも支障が出てきてしまう。これってどうやってったらいいんですか?
免許返納については準備が大事ですよっていうことを言わせてもらってるんですよね。まだまだ運転できるというところから、少しずつ免許返納した時のことを考えて、いろんなことをやってみると。
徐々に導入していくことができる人もいれば、できない人たちも今いる。そういう人たち、どうしたらいいんですか? これから。
これ言っていいのかどうか、よくわかんないんですけれども。
いや、すっげえ難しいですね、それ。確かに。
今回のテーマはですね、知らないと一発免停になりますよ。生活道路の法定速度が30kmに、法改正、道交法が変わりましたということで、九州大学大学院システム情報科学研究院の情報学部門、教授の志堂寺和則さんにお越しいただきました。
私、九州大学で交通心理学等を研究しております志堂寺和則と申します。名前の通り、交通に関する心理学ですので、心理学のうちの一つの領域ということになります。
標識が新たに立つわけでも何でもなくってですね、生活道路というところはもう全部一律、基本的に30kmですよと。ベースライン的なものとして30kmですよっていう風になったっていうのは、これやっぱ非常に大きな変革だと思いますね。
日本、自動運転の世界に完全に取り残されちゃったなって気はしてるんですよね。感覚的でもあるんですけど。先生、いかがですか?
そこら辺はおっしゃる通りですね。やはり中国とかアメリカっていうのは、非常に積極的に導入していると。日本の場合、これまたおっしゃったようにですね、まずやっぱり非常に道幅が狭い道路が多くてですね。なかなか自動運転が有効に活かせるかどうかっていうのは、しっかりと確認しないといけないということがありますよね。
確か今、東京の方で少しそういう実験的なことをされているという風には伺ってますけれども、そういうような技術的な側面で走りづらい環境にあるっていうのが日本であるのは間違いないですし。
なるほど。
あとやはりですね、日本の場合、非常に国民性、メンタリティの問題があって、自動運転の車が何か死亡事故でも起こすとですね、途端にとんでもない世論っていうか、自動運転危ないっていうような。そうすると、もうそこでパタッと技術が止まっちゃう、開発が難しくなるんですよね。だから、ある意味で慎重に進めていかないといけないという、そこが。
導入しようとしてる人たちの中でも、いきなりそれで何かあったら、もう全部、世論的に進められなくなっちゃうってことですよね。
そうです。そうです。
でもこれって、確かに先生のおっしゃる通りに、日本で自動運転導入しましたって言って死亡事故が起きたら、大ニュースになるだろうなってのは、自分もすごい感覚として、メディアにいる人間としてわかるんですけど。ファクトのデータとして見れば、毎日のように起きてる死亡事故があるわけじゃないですか。人間が運転してる。
だからこれ、ちょっと比較の対象として正しいかどうか、適切かどうかわかんないんですけれども、外国人の犯罪がっていうのとちょっと似てるなと思ってて。日本人も犯罪いっぱい起こしてるけど、外国人が犯罪とか事故起こすと、一気にガッとニュースになると。だけどこれ、母数で考えたら、実は日本人もいっぱい起こしてると同じでね。
人が運転してる死亡事故もかなりの数起きている中で、自動運転が導入されて、絶対数は僕、下がる。人間よりも圧倒的に早い反応速度と視覚を持ってるわけじゃないですか? カメラで。それを情報処理してるので。どうなんでしょうね。そこ、でもさすがに心情的にやっぱり難しいってことですよね、今先生がおっしゃったのは。
心情的になるのかな。そうですね。ただ、例えば事故を起こした時に、やっぱ責任問題ですよね。それ、自動車メーカーの責任になるのか、その乗ってた人の責任になるか。もしくはソフトウェアの責任なのか。
カメラのレンズなのかみたいな。多分そういうとこに出てきますよね、本当に。
こないだもう一つ面白い映像を見て。海外で、多分これテスラだったと思うんですけれども、道路を走ってて、後ろの車のドラレコに映ってるんですけど。走ってて、歩道を歩いてた人が倒れたんですね。それ、右側通行だったので。ご覧になりました?
多分見てます。
倒れて、倒れた人を避けて対向車と正面衝突して。要はその瞬間に多分バッと計算して、どっちの方が命を守れるかっていうことですよね。これもものすごい人間っぽいというか。ここまでなんだなっていう。
だからこれ、もうどう考えてもね、運転してる人の技量ってそれぞれで、僕も自分は決してうまいと思わないですし。みんなでもね、それなりの技術を自信を持って、みんな運転してるわけじゃないですか。自分は事故ることはないなんて思いながら。
そうです。
でもその技量ってバラバラで、自動運転っていうのが絶対安全なんじゃないかなって思っちゃうんですけど、どうなんでしょう?
ちょっと私もそこら辺の客観的な、証というか、ないのがあれなんですけど。ただ、印象としては、結構今、自動運転進んでますんで、事故を起こしがちなドライバーさんよりは安全な気はしますよね。
そうですよ。あと絶対に法律守るじゃないですか。
そうですね。
絶対に、ちょっと急ぎたいから、ここカメラない、オービス区間じゃないからちょっとスピード出そう、みたいなことにならないですもんね。
ならないですね。
ならない。これね、やっぱり人間ね、さっき先生は交通心理学とおっしゃいましたけど、やっぱ運転してる人の心理学ってすごい大事だなって思うんですよね。あとちょっと、今回60km、30kmっていう話から入りましたけど、ちょっと変わっちゃいますけど。ハンドル握ったら性格変わる人って結構多いじゃないですか?
よく言いますよね。
すごく僕も感じるんですよね。これも本当に海外の比較で恐縮なんですけれども、イギリスって路上駐車というか、オフストリートパーキングっていうのはすごく多い国で。なので、その生活道路は大体みんな車庫がないですよね。家が昔の家なので、もう100年前の家ですみたいなのがずっと続いてるので、車庫が作れないと。だからみんな道路に駐車するので。
対向車来た時に、もう確実に譲り合わないと抜けらんないんですよね。止まってる車の間に自分が入って、「入っていいよ」みたいな。なので、すごい譲り合いの精神があって。ちょっと大きな道路とかでもすごい譲ってくれるんですよ。こっちも譲るし。
なんですけど、日本に来たら全然みんな譲ってくれなくて、ウインカー出してんのに、むしろウインカー出したら詰めてくるみたいな。これ別にイギリスもありますけど、別にイギリスの方がみんな良いとかっていうわけじゃないんですけど、なんとなく感覚として。普段はすごい譲り合いとか言ってるのに、車乗った瞬間にみんな怖って、ちょっと思っちゃったんですよね。これどうなんですかね。なんでこういう現象って起きちゃうんでしょう?
そこら辺も、私が勝手な考えしかないんですけど。
先生、ご専門ですから。
基本的にはですね、例えば考えて、原因の一つが車社会の歴史の長さかなっていうところはあると思うんですけど。
なるほど。考えたことはなかった、そんな視点。
車が走り出すとですね、特に車がどんどん増えている状態、そういったところっていうのは、結構やっぱりドライバーさんみんな無茶な走り方するんですよね。これは日本のちょうど昭和の40年代とか50年代とか、そこら辺の高度経済成長期で、交通戦争って昔言われたことがあるんですけれども。その時代なんかは、今考えると非常に怖い運転をバンバンやってたし、それで事故多かったですね。
それが、多分大体どこの国もそうなんですね。国に車が走り出すと、大体そういう状況になりがち。それがしばらく続いてくると、だんだん車の運転がおとなしくなってくるというか。ある意味、一つ学習していくんだと思うんですけれども、だんだん、先ほど例を挙げられたような譲り合いとか、そういった運転に変わってくるところが感じられるんですね。
だからヨーロッパとかアメリカっていうのは、割とそういったところが車社会になるのが早かったんでですね。そういう風に車の利用の、車の文化というか、そういうのは変わってきていて。日本もどんどん昔に比べて良くなってますんで、今そういう風に後を追っているっていう状況なのかもしれません。
なるほど。
でもアメリカとかヨーロッパでもですね、例えば煽り運転みたいなのはいっぱいあるんでですね。
ありますね。逆に煽り運転に関しては、ヨーロッパはまだあれですけど、アメリカはあまりにもドラスティックすぎて、すぐ銃が出てきたりとか。逆に日本の煽り運転の話を海外の友達にした時に、「君たちはなんて民度の高い国なんだ。俺たちだったらもうすぐ銃が出てくるから、本当に生き死にの問題なんだぞ」みたいなこと言われて笑ったんですけれど。
確かにこのロードレイジとか煽り運転になってくると、またちょっとね。日本も非常に悪質な煽り運転もよくニュースになりますけれど、あれは極めてひどい事例がニュースになるだけで、そんなに起きてるっていう風には私も思わないので。確かにアメリカのロードレイジ、ひどい。
やばいですよね、あれ。本当にあれも極端な例が出てくるんでしょうけど。凄まじいというか。なるほど。今の交通の歴史っていうのは非常に興味深くて。これって、日本の交通の歴史を考えた時に、日本独特に育まれたものってあったりするんですか?
日本独特ですか?
例えば、ハザードを焚くとかっていうのは。
そういったやり方ですね。
あれって、気遣いじゃないですけど。あれ海外でやると、「この車壊れた」って多分思われちゃうんですよね。
そうですね。その辺りはある意味で非常に、確かにおっしゃるように、日本独自の、さらには地域独自っていうのもありますよね。
そうですね。
その地域ではどういう風にやるかとかですね。あるいは、例えば今やってるかどうか知らないですけど、高速道路とかで大きなトラックとかが追い越して入ってくる時に、「入っていいよ」っていうことで、パッシングしたりとか。
そうです。パパッと焚いて、「入っていいよ」って言って。
そういうようなところが、ある意味でこれもうみんなドライバーの知恵というか。「そうするといいよね」っていうようなのが、ずっと形成されてきたっていうのはあると思うんですよね。
なるほど。自動運転にそれを覚えてもらうのは結構大変かもしんないですね。どうなんでしょう? でもそれはAIでちゃんと蓄積していけば。
やっぱでも自動運転は基本的に法律通りにしかやらないので。そういうようなやり方っていうのをさせていいのかみたいな。
そうか。
ただ、それでですね、実は私研究しているのが、そこら辺のところに絡んでるところで。
面白い。
そういったような自動運転車ならではのコミュニケーションツールみたいなのがあっていいんじゃないかなと思ってですね。
なるほど。車同士がってことですよね。
車同士もそうですし、今やってるのは車と普通の人間ドライバーとの間のコミュニケーションと。
どうやってやるんですか? それ、相手は機械ですね。
一応ですね、簡単に言うとシグナルみたいなもの、表示パネルみたいな形でやると。例えば近いところで言うと、バスの頭んとこに行き先とか書いてありますよね。あんな感じのものでいいと思うんですよね。ああいうパネルで「お先にどうぞ」、あるいは「私、先行きます」とか、そういうようなコミュニケーションっていうのは、普通、ドライバーさんが見て反応できると思うんですよ。
なるほど。
そういったのって、エクスターナルHMIっていうものなんですけれども。エクスターナルは外部の、外部に。HMIってのはヒューマンマシンインターフェース。
ヒューマンマシンインターフェース。
車の業界ではですね、ハンドルとかメーターとか、そういったドライバーさんと車とのインターフェースの部分を、HMI、ヒューマンマシンインターフェースでよく使うんですよ。
なるほど。初めて聞きました。
これが外部にっていうことで。
外につけるってことですかね、要するに。外部に知らせるってこと?
外部に知らせるっていう。車と車でもちろんやれればいいんですけど、全部の車にそういうコミュニケーションツール、通信手段があるわけじゃないんで。外界にやると、例えば歩行者ですね。歩行者がそういう情報を見て道路を渡るとか、そういう研究もいっぱい今されてますね。
なるほど。要するにこの車のフロントスクリーンの上に、ちょっと。
そうです。そうです。
電光掲示板じゃないですけど、サイネージが出るってことですよね。
そうですね。
ちょっと未来っぽいですね。
そうですね。ただ。
ちょっと未来っぽいですけど、「かっこ悪いからやだ」とか言って拒否する人もいそうですよ。
いそうですよね。
結構でかく表示しないと読めないですもんね。
そこはちょっとデザイナーさんが頑張って。
デザイナーさんに頑張ってもらって。なるほど。自動運転の車と人間のドライバーがコミュニケーションを取るっていうの、ちょっと考えたことなかったですね、それ。
そうですか。
そうすると、どういった効果が生まれるんですかね?
やはり円滑さは増すんじゃないですかね。どうしても自動運転ってのは法律通りにしか走らないんでですね。
そこ難しいですよ。その法律通り走ってるところで、例えば相手側の対向車が「いいですよ」ってやったのが、法に触れることはないにしても、例えば右折禁止のところを対向車が「どうぞ」って言ったら、それもう右折できないんですけど。それは、法律上。でもそっか、法律は守りながら。
守りながら、例えば優先順位。どうしても、例えば左側が優先とかいうのありますよね。
あります。あります。
自分が行った方が、優先順位低いんだけれども、スムーズにその場面は切り抜けられるっていう場面あります。
あります。絶対ありますよ、そういう時。
そういったようなところなんかで、うまく使えるようなものっていうのが、それぞれの車についていたりとかするといいのかなという。
すごい。でもそれ、めちゃめちゃ便利だなと思いながら、この優先度とか、それも法律で決められたある程度のボーダーラインをちょっと超えて融通利かせるみたいな、そのバランスってめちゃくちゃ難しいですね。
難しいとは思います。
「もう行っていいよ」って言ったのに、でもAIは「いやいや、これあっち優先だからダメですよ」、こう通してやってくっていう。これはだから逆に、AIの時代だからこそ可能になっていくことなんですかね、もしかしたら。
そうかもしれないですね。
なるほど。面白いですね。ちなみに、自動運転も含めて、高齢ドライバーの問題っていうのをこれから解決する一つの、自動運転っていうのはもう一つの大きな技術になると思うんですけど。それ以外で何か心理学的な要素も含めて、高齢ドライバーの事故であったり、この課題を解決するツールであるとか、手法みたいなものっていうのは何かあるんですか? これから。
そうですね。多分今、車のメーカーさんとかも色々頑張って、より高齢ドライバーさんが運転しやすいような車とかいうのも作られていらっしゃるんだと思うんですけれども。そういうような、ドライバーにもうちょっとさらに寄り添ったような、それこそインターフェース、マンマシンインターフェースですね。そういったようなものっていうのは、もう一段ぐらいはアップできるんじゃないかなという風に、ちょっと考えてますね。
ドライバーに寄り添ったっていうのは、具体的にどういうことですか?
例えばですね、今思ってるのが、スマホありますよね。スマホで高齢者が使うようなスマホってありますよね。
ちょっと操作が簡単なやつ。
画面が大きいとか、ボタンがちょっとでっかく作ってあるとかですね。車って意外とそういうのないですよね。
確かにそうですね。オールマイティーな人が乗れるように作ってあるんですよね。
そうですね。確かに。
テスラとかは本当にタッチパネルしかないからめちゃくちゃシンプルですけど、それでもタッチパネル開くといろんなメニューが出てきて。あれ、デジタルネイティブの人じゃないと多分操作無理だろうなって思いますよね。
確かに。だからそこら辺、もうちょっと頑張って色々検討していくと、もうちょっと高齢者向きの車ができてくれないかなと、ちょっと期待はしてるんですよね。
そうか。ハード的に高齢者向けにデザインされてるものってことですよね。エンジニアリングされたもの。確かにこれから高齢ドライバーが増えていくにあたって、今まではマーケット小さかったかもしれないですけど、もしかしたら大きなマーケットになれば、メーカーが開発してもいいかなみたいに思い始めるというか。なるほど。
でもあれですね、こう言っちゃあれなんですけれども、やっぱり高齢者向けの、例えばスマホとか簡単に使える電話とかって、正直あんまりかっこよくないじゃないですか。そのかっこ悪いものを「簡単だから使ってくださいね」っていうの、僕ちょっと気が引けちゃうんですよ、やっぱり。
高齢者だからって使えないって言ったら決してそうではなくて、僕の両親とかiPhoneとかずっと使ってますけど、使える人、使えない人は分かれてくるかなと思うんですけれども。「すごい操作簡単にしたからどうぞ」っていうの、高齢者の立場からしたら馬鹿にされてるような気分になって、それも使いづらいんじゃないかなってちょっと思っちゃうんですけど、そんなことないですかね。
それは売り方というか。
売り方ですね。確かに。
じゃないかなと。実際にですね、もし本当にそういう高齢者が使いやすいものができて、実際運転してみると非常にいいってなれば、やっぱりそれ売れると思うんですよね。
そうか。そうですね、売り方。
ただ、そういうのができればの話なんですけどね。
売り方と作り方ですね。なるほどな。
これはですね、一つの方向だと思うし、もう一つはやっぱり車の利用の仕方だと思うんですよ。おっしゃったように、割と交通の便のいいようなところにお住まいの方であれば、無理して運転する必要がなくって。それこそ免許返納のような形で、生活っていうのは十分できるというようなところであれば、むしろ車を手放した方が経済的にもお得になることも多いですし。あるいは、より歩くとか、そういったことで健康増進にもなりうるんですね。
ところが、地方の方でどうしても車がないとっていう、そういった時も当然今はあるんでですね。そういった方の場合は、どうしても車の運転を続けていくと。ただその時に、いかに事故にならないようなことを自分で、あるいは周りと相談しながら対策を立てていくかっていう、そういう仕方ですね。
なるほどな。究極的には免許返納っていうことになってくると思うんですけど。僕、自分の父が75超えて、後期高齢者に入って、でも運転大好きなんですよね。僕から見てても別にそんなに反応速度が下がってるとも見えないし、めちゃくちゃ元気なので、それはそれでありがたいんですけど。一方でだんだん人間、生き物なんで衰えてくるじゃないですか。
どっかで、免許返納っていうのはいつか来るんですけど。免許返納した瞬間に、もう行動範囲がギュッと狭まって、一瞬でボケちゃうんじゃないかなって思うんですよ。やっぱそれを心配になさってる方も結構多いんじゃないかな。
そうですね。
と思っていて。行動範囲が減ればね、当然楽しみにしていたことができなくなったりとか、交友関係が狭まったりとか色々なことが起きるし。それこそ田舎に住んでる方であれば、そもそも買い出しにも行けなくなったりとか、色々な生活にも支障が出てきてしまう。これ免許返納ってすごい大きな課題だと思うんですけど。
トレードオフですよね。運転し続けることによって自分に降りかかるリスクと、返納することによって自分の生活が不便になったりとか、いろんな面のリスク。これってどうやってったらいいんですか? これからすごい大きな。
そうですね。返納について、私も言ってるのは、やっぱり準備が大事ですよっていうことを言わせてもらってるんですよね。
準備。
つまりですね、免許返納しますっていうことになったら、やっぱりその途端に生活が不便になって、家から出られなくなって。だんだん気分も落ちてくるし、認知症っぽくなったりとか、そういうちょっとあんまり良くない変化になりがちになってしまう可能性があるんですね。
ですので、それよりもずっとまだまだ運転できるというところから、少しずつ免許返納した時のことを考えて、いろんなことをやってみると。例えば、多くの地域では不便かもしれないけれども、バスが走っていたりとか、時々はバスを利用してみるというようなことから始めていいと思うんですね。車ばっかり乗ってる人だと、そもそもバスの乗り方よくわかんないっていう方もいらっしゃるんですよね。
そうか。いますかね? いるか。
いますよ。
車ばっかり乗ってると。
バスも料金を先に入れたりとか、もう今、タッチで。
ほとんどタッチですけど、確かにたまに田舎に行くと整理券取って。この整理券によって値段が違う表示が上に出てきて、ありますよね。「何番だったらいくら払う」みたいな、ありますよね。
とにかく、そういう風な利用の仕方がよくわかんないとかいう人もいらっしゃると思いますし。あと最近だと、例えばネットスーパーみたいなものを利用すると、だいぶ生活楽で、重い物を持って歩いたりとかしなくて済むんですけれども。そういったもの、やっぱ慣れないと利用ができなくなるんですね。
そういうのに慣れるっていうのは、やっぱり早いうちに始めた方が良くって。だからまだ全然大丈夫っていう時も、時々そういうものも利用して、もし自分が運転やめた時どう生活を守るかというところを、ちょこちょこ取り入れていくというような、そういったことはやっておいた方がいいんじゃないかなという風には思いますね。それ含めて私、よく準備が大事ですよっていう形で話をさせてもらってます。
なるほど。あとは経済的なメリットとかも結構あるかもしんないですよね、もしかしたら。
そうですね。聞くと結構車って維持費、年齢上がってくると保険料も上がってくるとかいうのがあってですね。手放した方が場合によっては意外とお得だったっていう、そういう話も時々聞きますね。
なるほど。ちょっと自分事にしてもらわないとなかなか難しいですよね。逆に、免許を手放したくないと。考えられるのが、「俺が免許手放したら、私が免許手放したら、もう生活できなくなるし、どうなるんだ」って、こういう風な局面にいる人も今いるわけじゃないですか。
これから徐々に導入していくことができる人もいれば、できない人たちも今いるんです。そういう人たちどうしたらいいんですか? これから。もうすでに全国たくさんいると思うんですけど。
そうですね。そこは本当に今、難しいところなんですよね。特にこうしたらいいっていうようなのが、今のところまだやっぱり私もなくてですね。何かないかなとは思うんですけれども。
ただ、やっぱりですね、これ言っていいのかどうかよくわかんないんですけれども、大体そういうところの方っていうのは、割と地方のところなんで。交通事故の確率って、ある意味で低いといえば低いですよね。繁華街とか車がバンバン走ってる、人がいっぱいいるっていったところは、ちょっとした運転ミスっていうのが事故になって。
そうか。重大な怪我とか死亡に。
非常に山の奥の方とかであれば、他に誰も走ってないとかですね、いう状況なので。ちょっと無理な状況でも、運転を続けても大きな事故にならない可能性は。
そうか。
これちょっと非常に言いにくいところなんですよね。
確かに僕も運転してて、私の妻も免許は持ってるんですけど、やっぱりほとんど運転したがらないんですよね。その一番の理由が、自分が事故を起こすっていうことで、自分が怪我をするとかはもちろん、同乗してる人ももちろんそうなんですけど、人を巻き込んだ時にもう多分生きていけないと。
そうですね。
多分結構それを心配される方多いじゃないですか。そういう意味で、本当に確かに今先生の、なかなか発言としては難しいバランスだと思うんですけど。確かに山間部に住んでて、すごい田舎に住んでいて、それ取られたら生きていくにはどうしたらいいんだっていう方がもしいた時に、仮に事故が単独事故であるんだったらっていうことですよね。
だったらそれも究極のトレードオフですけど、それによってご自身が大怪我をしてしまうようなリスクと、その移動手段を取り上げたことによって生活がままならなくなるリスクを考えた時に、どっちの方かっていうのは。ある種慎重に判断しないと、危ないからって免許取り上げて、その人が余生を楽しくなく過ごしちゃうんだったら、それはそれで幸せじゃないですよね。
そうなんですよね。
すっげえ難しいですね、それ。確かに。
難しいです。難しいです。
なるほどな。でもそこも杓子定規的に切り捨てるんじゃなくて、グラデーションを見ながらやってく必要はありますよね。やっぱ人の生活ですし。
そういう意味で、例えば法律で一律に何かするっていうのは難しい。
そうですよね。それによってやっぱ人生ガラッと変わっちゃって。それこそ、もう生きる気力を失っちゃう人も出てくるかもしれないですもんね。
そうですね。特に。
やっぱ自動運転じゃないですか? そうすると。
そりゃそうなんですけど、ただすぐにそういう自動運転車が使えるって状況には、しばらくはならないんでですね。
そうですよね。これさっき先生もおっしゃった、日本の交通事情の特殊性というか、道路が狭かったりとかっていうのはもちろんあるんですけど。でも今の動画とか制御装置とか見てると、行けるんじゃないかなって。これを阻んでるのはやっぱり法律と、あとは気持ちの持ちようなのかなって、心理学的な面で言うと。
そうですね。法律とかについては、まだどんどん今、例えば専門の監督がどうしようかっていうのを検討してらっしゃると思うんですよね。
先生ご自身の観点から見て、あと海外の事例とかもたくさんご覧になってると思うんですけど。日本の道交法とか、法律全般っていう、道路に関することに関して言えば、この改正のスピード、もしくは技術によって改正、日本は早いですか? 遅いですか?
結構道交法っていうのは改正スピード早いですね。
そうなんですね。
ただ、外国もやっぱ、要するに車ってどこの国でも走れるんでですね。それぞれやっぱ新しい技術ができました、環境変わりましたとか、いろんなことに応じてどんどん他の国も変えてるんでですね。日本だけ特別に早いってわけではないんですけれども。でもそれでも道交法とかの場合だと、本当に数年に一度ぐらいでどんどん変わってますよね。
そうなんですね。そうか。そこは逆に私が勉強不足というか、あんまり生活してて実感するところではなかったかも。今回の60から30っていうのはすごい大きな。そうか、結構変わってるもんなんですね。
多分2、3年に1回ぐらい変わってると思いますね。
なるほど。そうか。そのペースでどんどんスピードをもっと早めてってもらえれば、自動運転導入できるようになると思うんですけどね。あと心理的な面で言うと、これは例えばUberなんですけど。
日本は色々な利権であったりだとか法律とか、多分色々なことが重なって、結局導入は未だにほぼできてないに等しいですけど。僕、初めてUberを導入してる国に行った時に、そこで住むってなった時に、アプリ入れて呼んだ時に、最初、日本のタクシーに慣れてるじゃないですか。プロの運転手さんが来て、ちゃんとメーターもあってっていう中で。
Uberのアプリで呼んだ時に、本当に普通のあんちゃんが来て、「こっちだよ」みたいな。名前聞かれて、「そうそう」って言って、やっぱ最初ちょっと不安なんですよね。根拠のない不安があるというか。
慣れてくると、結局料金も先に決まってるし、ルートも全部出てるから、白タクみたいに変なルート通られることもないし、そもそもお金決まってるし、クレジットカード決済だし、めちゃくちゃ楽だし。「これ便利だな」と思って、すっごい慣れたんですよ、その4年ぐらいで。
逆に帰ってきて、日本でUberがなくて、「これなんで導入しない」と思ったんですけど。でもその4年間の海外での生活、Uberを使う生活がなかったら、多分Uberに対するある種の偏見っていうか、「よくわかんないけど怖い」みたいなのって、多分残ったと思うんですよね。だからその心理的な壁ってすごいあるなって思っていて、自動運転に関しても多分そうなのかな。
そうですね。
根拠のない不安。
須賀川さんの場合は、すごくいろんな海外経験とか、そういったのでいろんな体験されていて。かつ多分、そういう新しいものにチャレンジするというか、取り入れるっていうのが、日常生活の中で慣れてらっしゃるんですよ。ところが、みんながみんなそういうわけじゃないんで。
そうですよね。しかもやっぱ知らないものは怖いっていうのは、その通りだと思うんですよ。僕もだから最初、「変なとこ連れてかれちゃうんじゃないか」みたいな。でもこんなおっさん連れてく必要もないから大丈夫なんですけど。じゃあ妻が一人で使った時どうなる、やっぱ最初不安だったんですよ。
だから、不安を「心配するな」っていうのは、それこそ結構暴力的な発言だし、それできないんですけど。日本に自動運転を根付かせるためには、やっぱ心理的なハードルっていうのはすごい大事だし、無視しちゃいけないし。でも乗り越えなきゃいけない大きな課題じゃないですか。じゃないとどんどん取り残されてっちゃうし。この交通心理学的な観点から考えて、これってどうやったら早く解決できるもんなんですか?
どうなんでしょうね。ちょっとそこら辺、私も考えたことはないですけれども、おっしゃるように、やっぱり自動運転っていうのはこれからの車では欠かせない技術で、やっぱりそれ積極的に進めていかないと、もうどうしようもないっていうところには来てると思うんですよね。ただ、それをいきなりは難しいので、どうやって徐々に浸透させていくかといったところ、そこをみんなで考える必要があるかなとは思うんですよね。
自動運転怖いけど、それによってめちゃくちゃ助かる人も出てくるので、そこのトレードオフをファクトベースで冷静に考えられるようになれば、早く導入もなるのかなという風に思うんですけれども。ありがとうございます。色々と勉強になりました。最後に先生に伺いたいんですけど、もし今先生が道交法どっか手をつけられるとしたら、どこ手をつけたいですか? いきなりの質問なんですけど。
そうですね。
先生が普段疑問に思ってて、「これはこうだろう」っていうところあるんじゃないかなと思って。
そうですね。あんまりそこら辺のところ、本当考えたことはないんですよね。
そうですか。なんか変わるかな。例えば新しいモビリティの電動スクーターとか、あれもう絶対ヘルメット着用義務にしなきゃダメだろうとか、僕ちょっと思っちゃったりしてるんですけど。
でも新しいものはそうですけど。
そう、一刻も早く制限速度上げろよとか思ったりとか。
そうですね。すいません、私、今すぐには追いつかないですけど。
ありがとうございます。じゃあ今日のテーマの一番、その導入だったんですけれども、この生活道路30km時代に入ってくるわけなんですけども。これはやっぱり今の社会に対して、この法律っていうのは適正と言いますか、合ってるという風にお考え、それとももうちょっと別の道があるんじゃないかっていうのは、その辺いかがでしょう、先生。
方向的には合ってるような気がしますね。ただ、どうしても最初のうちは色々小さなトラブルというか、ものは出てくるので、運用をちょっと考えたり、あるいは微修正入れたりとかいう形で進めていくことにはなると思うんですけれども。やっぱりスピードを落とすっていうのは事故を防止する、大きな事故を防ぐという意味では、一番大事なことの一つですので。そういったのを生活道路と言われているエリア、そういったところでしっかりと根付かせるっていうのは大事だと思いますね。
わかりました。ありがとうございます。では、そろそろ時間なんですけれども、先生、最後にこの番組のご感想も含めて、いかがでしょうか? 今日は。
今日は、こういう長い討論の番組って初めて出るんで、非常に。最初はドキドキで。
ありがとうございます。
ReHacQは全然、もうざっくばらんな番組でございますので、自由に発言いただいて全然大丈夫なので。
はい。ありがとうございます。なんとか持ったようで良かったです。
ありがとうございました。これから多分この道交法っていうので、僕も知らなかったんですけど、そんなに改正がいろんなとこで行われてるっていうのも、どんどん多分時代に向けて変わってってるんだと思いますし、これから多分また、この変革のスピードって加速度的に上がってくるんじゃないかなっていうふうに思うので、多分先生の研究分野でも色々と多分変化が生じるんじゃないかなというふうにも思っております。
はい。
ありがとうございました。今回はですね、九州大学大学院の志堂寺和則さんにお越しいただいて、今の道交法と、生活道路の大きな変革、60kmから30kmにということを皮切りに、色々とお話しいただきました。本当に今日はありがとうございました。
こちらこそ。どうもありがとうございました。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
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