Toss出身の起業家、カン・ヨンファ氏が語るAI時代のデザイナーの仕事

翻訳元 한국어

YouTubeで開く ↗
概要

ブックポッドキャスト「イオソジェ」が、『プロダクトデザイナーとして生き残る』の著者カン・ヨンファ氏と交わした対話だ。中心となる問いは、AIがデザインと開発の境界を崩しつつある時代に、デザイナーの役割はどう変わり、その中で何をつかんでおくべきかということだ。カン・ヨンファ氏は13年目のデザイナーであり、起業家でもある。Tossで働き、四柱推命アプリ「宇宙猫ボラ」を売却し、現在は英語教育アプリ「エルス」を運営している。その立場は明確だ。デザイナーという肩書きの境界にとらわれず、問題解決力とユーザーへの共感を中心に据えよ、というものだ。AIは危機であると同時に、デザイナーにとってのチャンスでもあると氏は見ている。

28分で読めます

静的なグラフィックデザインからプロダクトデザインへ

カン・ヨンファ氏は視覚デザインを専攻し、エディトリアルデザインやブランドデザインが得意で、好きでもあった。そのため最初の職場としてPRエージェンシーに入り、グラフィックデザイナーとしてキャリアをスタートさせた。しかし1年も経たないうちに、自分には合わないと感じた。仕事が「静的」だと感じたからだ。当時は2013〜2014年頃で、ペダルの民族(Baemin)のような会社が「スタートアップ」という名のもとに登場し始めた時期だった。氏は、そちらにもっと面白い仕事があるのではないかと考えた。

転身の過程は順調ではなかった。ポートフォリオもないまま知人の紹介でスタートアップにUXデザイナーとして入社したが、会社は6か月で畳まれてしまった。その後、続けていたアルバイトを増やそうとしていた矢先に、その会社で正社員採用の機会が生まれた。そうして入ったのが、約4年在籍したSpoqaだ。氏はSpoqaにUI/UXデザイナーとして入社し、職種名がプロダクトデザイナーに変わっていく過程を共に経験した。UI/UXだけでなく、必要ならブランディングもこなし、プロダクトで使うアセットも作るなど、さまざまな体験をデザインしているのだから名前を変えるべきだ、という声がチーム内のデザイナーたちから上がったという。ちょうど「プロダクトデザイナー」という職種名が再び注目を集めていた時期でもあった。

Tossで身につけた「ビジネスに貢献するデザイナー」の感覚

Tossには社員数が200人台後半のときに入社し、約4年間で2,000人規模へと成長していく過程を見届けた。氏が挙げるTossの特徴は、情報がすべてオープンになっていること、そしてデザイナーにもビジネスの観点での卓越性を求めたことだ。データを見て解釈し、データに基づいて考えてデザインし、ビジネスの成長に貢献するデザイナーを強く求めていたと氏は語る。

最初はとても苦しかったと打ち明けた。それまでの働き方とあまりにも違ったからだ。美しさを追求するよりもユーザビリティに集中しなければならず、自分の仕事がビジネスにどんなインパクトを与えるのかを考えなければ生き残れなかった。会社が非常に速いスピードで成長していたため、個人もそれだけ速く成長しなければついていけず、その過程でこうしたマインドセットが自然と身についたという。

マレーシアでのサバティカル中のリサーチから始まった起業

Tossに勤めている間、氏は多くのサイドプロジェクトに取り組み、起業もその延長線上にあった。きっかけは、Tossに3年勤続すると与えられる1か月のサバティカル休暇だった。マレーシアのペナンに住む弟妹の家に遊びに行った際、現地に「人生4カット」のようなフォトブースがないことに気づき、自分でやってみたらどうだろうと考えた。

普段Tossでユーザーリサーチやデータを扱ってきた習慣どおり、氏はまずリサーチから始めた。似たような都市にはきっとこうしたビジネスがあるはずだから、彼らはどうやっているのか、自分がやるならどうできるのかを想像しながら、いくつもの都市を回った。ペナンからチェンマイ、バンコク、シンガポール、クアラルンプールを経て再びペナンへ戻る行程を、約2週間でこなした。その過程で「やれそうだ」という思いが湧いた。ただ、きちんと、しかも安く作るには開発者が必要で、そうして現在の共同創業者と縁がつながった。氏はその日が2023年1月26日だったと、日付まで覚えている。それでいて、起業してから「ただの一つも」予想どおりに進んだことはなく、キャリアがそうだったように、さまざまな挑戦をしながら転がっていくうちに今に至ったと語った。

司会者は、2年前に本の話を初めてしていた頃、氏が複数のプロダクトを同時に試していて、自分も宇宙猫ボラのユーザビリティテストに参加したことを振り返った。当時と今の違いを尋ねると、カン・ヨンファ氏は考え方が大きく変わったと答えた。Toss以前のサイドプロジェクトは、単に面白いからやっていた。Tossに勤めながらは、実行できそうだという確信が少し生まれた。実際にやり遂げてからは、ほかのことも繰り返しやり遂げられるという自信に変わった。以前は「できるだろうか」だったのが、今は何かを始めるとき「できそうだ」という思いが先に浮かぶという。

宇宙猫ボラがうまくいった理由:占いではなく慰め

宇宙猫ボラがうまくいった理由について、氏は共同創業者と何度も振り返りをしたという。結論は「デザインが良かったから」だった。氏の言うデザインとは、画面の完成度だけではない。既存の四柱推命アプリは「この四柱推命はよく当たる」「運勢があなたの未来を示してくれる」といった言葉を使っていた。一方で彼らは、人が占いを見るのは寂しくて不安だからだと考え、慰めに焦点を当てた。ユーザーに慰めを込めた心の手紙を書き、その手紙に返信できる仕組みを作り、慰めとマインドフルネスをあわせて提供した。

氏は、これこそがデザインの領域だと説明した。ユーザーにどんな体験を与え、ユーザーにどんな体験をしてもらうかに焦点を当てたことが功を奏したという判断だ。さらに付け加えて、アプリが「すごくかわいい」ことも人々に好まれた理由だと笑いながら語った。

エルスと英語教育市場:ビタミンではなく鎮痛剤

一方、現在運営しているエルスは「本当に難しい」という。英語教育市場に参入すると言うと、周囲からはなぜこんなに難しい市場に入るのかという反応があり、実際にそのとおりだというのだ。氏はこの違いをビタミンと鎮痛剤にたとえた。四柱推命アプリは気分を良くするために飲むビタミンのようなプロダクトだが、英語学習は実際の痛みを解決しなければならない「ペインキラー」だ。そのためユーザビリティよりも有用性がはるかに重要で、ユーザーは気に入らない部分を大きく感じる。氏が試してきた他の種類のプロダクトは、ほどほどにまとめて出しても人々が楽しく使ってくれたが、英語アプリは一つひとつ丁寧に設計し、「ものすごく磨き込んで」ようやく反応が返ってくるという。

それでも英語教育には別の魅力があると氏は言う。人々が必要だから使い、このアプリのおかげで人生が変わったという話を聞けるという点だ。心のケアに価値がないという意味ではないが、人々の人生と未来により深く影響を与えるという点で、より価値があるように感じられるという。

画面の向こうの意思決定:PMF以前の段階での生存

デザインを画面だけで考えず、ほかの意思決定まで担うようになる理由を尋ねると、氏はビジネスが続いてこそデザインも存在すると答えた。そして会社のフェーズによって優先順位が大きく変わると説明した。氏は、エルスはまだPMF(プロダクト・マーケット・フィット)を探っている段階だと見ている。氏の説明するPMFとは、ユーザーに好かれるプロダクトになってリテンションが出て、ユーザーが継続的に繰り返しアプリを使う状態だ。その段階に至っていないため、デザインよりもプロダクトを使ってもらうための仕掛けを考えることになり、意思決定でも生存と収益化を優先せざるを得ないという。

起業家だからこそそうなのだと見ることもできるが、会社に勤めるデザイナーもビジネスの観点で考えれば、より良い意思決定ができることが多いというのが氏の主張だ。会社員だった頃も大きくは変わらなかったという。リーダーの役割を担う人たちは常にプロダクトを届けて成果を出すことに集中しており、スタートアップでは彼らの近くで働けたので、こうした感覚を自然に身につけたと氏は振り返った。小さなタスクであっても、それがどんなインパクトを生むのかを考えなければ「魂のないデザイン」「魂のない仕事」になってしまうと感じていたという。

会社員がビジネス感覚を保つ方法

具体的な方法として氏がまず勧めたのは、リーダーとたくさん話すことだ。タスクを実行する人は、その仕事がどんなインパクトを生むのかを知らないことがある。特にジュニアや、情報がうまく流れない組織にいる人ほどそうだ。だから、この仕事の意図と、うまくいったときのアウトカムをもっとよく説明してほしいとリーダーに「要求」せよというのだ。モチベーションのためにそうした説明が必要だと伝えれば、自分の考えが間違っている可能性も確認でき、自信とモチベーションもさらに湧くという。司会者も、ジュニアがそう尋ねてきたら頼もしく感じるだろうと共感した。

質問するのが苦手な人には、想像する方法を提案した。自分の仕事が会社にどんな影響を与え、会社がうまくいけば業界にどんな影響を与え、業界がうまくいけばどうなるのかを頭の中でシミュレーションしてみるのだ。会社のやり方や立ち位置を意識しながら働けば、自分の仕事が思ったより大きな影響を与えることもあれば、小さいこともあると感覚的につかめるという。司会者は、本に出てくる「逆企画」のように、自社製品であれ他社製品であれ分解してみるのも一つの方法だと付け加えた。就職活動中は市場分析や競合分析を熱心にやっていたのに、入社すると急にやめてしまう。その感覚を保ち続けるべきだという意味だという。カン・ヨンファ氏はこれに同意し、良いと思って入った会社でもうまくいかないことがあるので、自分の会社が客観的にどんな位置にいるのかを分析することは、特にスタートアップのメンバーにとって役に立ち、そうでない人にとっても意外と面白いと語った。

境界なく働く時代のチャンス:小さなチームとAIの異なる思考法

年次を重ねてジュニアを率いる立場になると、こうした感覚を引き出すのは簡単ではないという司会者の言葉に、氏は同意した。ただ、最近起業チームを運営しながら思うのは、チームが大きい必要はないということだという。既存の会社は規模があり、ジュニアがいるのでそのやり方を維持するが、起業チームは多くの人を必要とせず、優秀な人同士でチームを組むことになり、メンバーを置く必要がない場合もあるという。氏はこれが「ニューノーマル」になりつつあるように思うとし、本のタイトルに「生き残る」を入れた理由もある程度そこにあると明かした。

氏が挙げるチャンスは、以前と違ってさまざまな挑戦ができるという点だ。デザイナーやプランナーも開発ができるようになり、それが思ったより「ものすごく面白い」という。境界なく働くことで、考え方そのものも広がると感じている。また、AIのほうが自分よりうまくやることも多いという。人は常に自分のやり方で、自分の中にある情報を中心に判断するが、AIはまったく異なる思考法でデザインすることもある。特にランディングページやグラフィックデザインをするときに自分の思考が壊される体験を何度もしており、自分にはできない発想をAIが生み出すことで、プロダクトとデザインが一歩前進すると感じたという。そのため最近の氏は、後ろから指揮をとるように「こうしてみて、ああしてみて」と調整するやり方で働いているという。司会者はこれを、モーツァルトだけが生き残る時代ではなく、サリエリにもやるべきことがある時代のようだと表現した。

アイデンティティの混乱:バイオリニストに突然指揮棒を渡した状況

ビジネスもデータも見なければならず、依然としてユーザーも見なければならない状況で、「自分は本当にデザイナーなのか」という混乱やバーンアウトはなかったかと尋ねると、氏は起業家なのでそうした悩みはあまりなかったと答えた。起業家はどのみちデザイン、マーケティング、開発を入り混ぜてこなすからだ。その代わり、氏に相談を持ちかけてくる会社所属のデザイナーの多くが、この悩みを抱えているという。

氏はこの状況を、司会者のモーツァルトのたとえを引き継いで説明した。もともと指揮をしていなかった人、つまりバイオリンを弾いていた人に突然指揮を任せたのと同じだというのだ。演奏しかしたことがないのに、すべての音を聴いて調律し、方向性を決めなければならず、司会者の言葉のようにチケットや商品まで売れと言われる。そのうえこの職業がなくなるかもしれないとまで言われるのだから、もどかしく不安になるのは当然で、自分もとても共感すると語った。

そんなとき氏は「必ずしもデザイナーとして働かなくてもいい」と伝える。自分が何をしたいのか、自分の強みがどこから来て何につながりうるのかに集中し、むしろ肩書きという殻をまず脱ぎ捨てたほうがいいかもしれないというのだ。氏は、AI時代でなかった頃にも会社で評価されたのはこのやり方だったという。「デザイナーだからやらない」ではなく、必要なら開発もCSもやってみてインプットを増やし、そこから得た学びが大きかったという。AIがそれを最大化したことで、ジェネラリストのほうが生き残りやすい時代になったのではないかと考えているという。長く生きて長く働かなければならないのだから、今はさまざまな挑戦をするのに良い時期だというのだ。最近はAX(AIトランスフォーメーション)で会社を革新しようとするリーダーが多いので、社内でこうした挑戦をすればリーダーにとってもありがたいことだと付け加えた。

自分が何を望んでいるかわからないとき:プロジェクト、記録、過去の成功の分解

司会者は、本を編集しながら、結局「なぜ(Why)」と自分が望むものを深く掘り下げる話が繰り返されていると感じたとし、望むものがわからない人も多いと指摘した。カン・ヨンファ氏は、そうした人にはプロジェクトをたくさんやってみることを勧める。実務の先輩と話せるプロジェクトならなお良く、そうでなくても、プロジェクトを記録したり他の人に話したりできるコミュニティ活動をすると、思いがけないチャンスにつながることが多いという。

会社員には、すでにうまくやり遂げたプロジェクトを振り返るようアドバイスする。まあまあだったものやうまくいかなかったものではなく、うまくいかせた仕事において自分のどんな特徴が光ったのかを分解してみよというのだ。過去をのぞき込めば必ず答えがあり、それは必ずしも会社の仕事でなくてもいいという。家事をするときや友人と話すときに、なぜかうまくいく部分からも強みを見つけられるというのだ。また、3年以上働いてきた人なら、仕事を長く続けてきたこと自体が思っている以上に難しいことなので、それを当たり前と思わず、「自分はこうやってやり遂げた」という観点で見直す必要があると語った。

最後まで残る本質:問題解決力とユーザーへの共感

境界が曖昧になる時代に見失ってはならないものを一つ挙げるなら、氏は問題解決力を挙げた。サービス企画やプロダクト制作だけでなく、あらゆるプロセスで使われる能力であり、時代が大きく変わるほど「これをどうやって解けるだろうか」、つまりどんな情報やリソースがあり、どう解いていくかを考えざるを得ないというのだ。

氏はここにデザイナーのチャンスがあると見た。まだ、デザインを最初から最後まで、エンドツーエンドでこなすエージェントは存在しないというのだ。問題を定義し、どう解くかを決め、実際のアウトプットをデザインし、その後をフォローアップするプロセスは構造化されているが、この全体を遂行するエージェントはなく、作るのも非常に難しいだろうと氏は見通した。だからデザイナーはもう少し生き残るのではないかと考えているという。

特に氏は、デザイナーの強みをユーザーの問題に共感する力だと考えている。共感力があれば「これを不便に感じているんだな」ととても素早く察知でき、その差が大きいというのだ。これはデザイナーという肩書きに限られないという。不便を共感のやり方で解決する人なら、誰でもデザイナーになりうると氏は考えている。

現場でのAI活用:エージェントなしでは仕事が回らない時代

本の副題は「人工知能の時代、デザイナーの仕事」だ。現場がどう変わったかを尋ねると、氏は「本当に変わった」とし、今ではエージェントがなければ仕事が回らない状況になったと答えた。印象に残った事例として、カカオ系列会社で働くあるデザイナーを挙げた。地図が入る画面を作らなければならなかったそのデザイナーは、地図APIを接続してFigma Makeで使えるように実装した。さらにアプリの一部をエージェントと一緒に自ら開発してエッジケースに対応し、その成果物をHTMLファイルにしてチームとコミュニケーションをとったという。氏はこれが、デザイナーにできることが変わった一断面だと見た。また、「エンジニアにデザインを渡したが、エージェントのほうが自分の言うことをよく聞いてくれた」という投稿も興味深かったという。デザイナーが意図したインタラクションを、エージェントがそのまま実装してくれたという体験談だ。

それだけ「AIバーンアウト」も多いという。氏自身も経験した。Obsidianとうまく連携するHermes Agentのようなものを自作しようと徹夜したが、エージェントが言うことをなかなか聞かず、あまりにも大変で、しばらく見るのも嫌になるほど疲れ果てたという。誰もがAI関連の話にどっぷり浸かっていて、司会者の言うように、AIを使わないと自分だけが怠けているのではないかという負い目もついてくる。

AIをたくさん使う中で、氏はAIが万能ではないことも痛感した。自分がダサいことを考えれば、ダサい結果が出てくる。司会者が言及した「ガベージイン、ガベージアウト」だ。また、AIが作ったデザインはどれも似たり寄ったりで平均に収束する傾向があり、それを見てむしろ良いデザインと良い思考が大事だと考えるようになったという。バーンアウトのもう一つの原因として、コンテキストスイッチを挙げた。複数の仕事を任せて一つひとつうまく指示を出すうちに、認知的なエネルギーを使い果たしてしまうというのだ。人がAIのように働けないのなら、人らしく働くほうがいいという思いに至るという。

司会者はこれを、チームリーダー一人に大量のインターンがいる状況にたとえた。カン・ヨンファ氏は、誰もが仕事をうまく任せるマネージャーの役割に没頭するようになり、ジュニアデザイナーもディレクターにならなければならない状況だと語った。優秀なエージェントは愛おしいが、結果が悪いときはたいてい自分の任せ方が悪かったせいだ。だから今後はマネジメントの重要性がさらに増すだろうという。

AIを使いこなすには技術を知る必要がある:非決定性とタスクの分解

本の中で氏は、AIが技術的にどこまでできるのかを理解すべきだと強調した。理由は、使いこなすにはよく知る必要があるからだ。氏が挙げる核心は、LLMが決定的でない結果を出すという点、つまり何が出てくるかわからないという点だ。かつてのプロダクト開発ではAを入れればAが出てくるのが当然だったが、今はAを入れてもBやCが出てくることがある。この特性を理解してこそ、AIを活用するデザインであれ、AIのためのデザインであれ、それに合わせることができるという。

根拠として氏は、カーネギーメロン大学の実験を紹介した。氏の説明によれば、AIプロダクトを作る実験で、一方のグループはユーザーの問題とストーリーから出発し、もう一方のグループはAIに何ができるかから出発したところ、可能性から出発したグループのほうがはるかに良い結果を出したという。氏は、技術的な理解なしにデザインすると「迷走する」と表現した。

AIが得意なことと苦手なことについての経験も具体的に語ってくれた。得意とする条件は明確だ。具体的な要件定義書(PRD)がよく整理されていて、画面数が多すぎないことだ。エルスでワーキングホリデーの場面をロールプレイするシミュレーション機能を作る際、シナリオを非常に具体的に与えたところ、AIがさまざまな成果物を出してきた。氏は約6つを一画面に並べて実際に使ってみながら、「これはこうなるのか」「このコンポーネントはここにあるからいまいちだな」と比較することができた。明確なシナリオ、1〜2画面、具体的な指示がそろったときには、確かにうまくやったという。

苦手なことは「ほとんど」だと氏は笑いながら語った。最も重要な条件は、デザインする人の頭の中に、ユーザーがこれによってどんな利益を得るのかについての具体的なイメージがあることだ。そのイメージが少しでもぼやけると、デザイナーとエージェントが一緒に迷ってしまう。そこで氏は自分のワークフローをすべて整理したうえで一つひとつ分解し、AIが得意そうな仕事はAIに任せ、苦手そうな仕事は自分でやる。結局、自分がどう働いているかをきちんと整理することが、AIとうまく働くための核心だという。

氏は、目的なく「とにかくAIをうまく使おう」に流れる傾向を戒めた。個人も会社も同じだという。これを使うことで会社と自分にとって何が良いのか、自分は何が得意でAIは何がより得意なのかを見極めてこそ、効率的に働けるというのだ。Tossで社内の生産性を高める仕事をしてきた氏にとって、生産性は特に重要な価値であり、より意味のあることに時間を使うために、可能性と必要な仕事を書き出してみるプロセスが大切だという。

最初は途方に暮れなかったかという質問には、デザインが得意なツールがなかったので、ドラフト作業は主に自分でやっていたと答えた。Claude Designが出てからようやくそれなりに使えるようになったが、まだ道のりは遠いと評価した。その代わり、PRDを書いたり考えを明確にしたりすることには、エージェントの助けを大いに借りた。ツールごとに特性も違うという。あるツールはMCPをつなぐとうまくやるが、Figmaファイルをそのまま入れると急に頭が悪くなり、別のツールはその逆だ。だからツールの特性を把握し、さまざまな実験を経て必要なものだけを取り入れ、最適なワークフローを作っておく必要があり、それは個人だけでなくチームにとっても重要だという。

チームとしての事例も紹介した。エルスのチームは全員がエンジニアリングをこなせ、必要なツールは自分たちで作って使うのがチームのDNAだという。Slackには Hermes Agentベースのエージェントがいて、MCPなどでデータに接続されている。例えば、ワーキングホリデー機能の特定の指標を尋ねると答えてくれる。このエージェントの名前は「フンミン兄さん」で、「我らが代表のフンミン兄貴」などと言う口調がちょっとイラッとくると笑った。氏は、エージェントが簡単にアクセスでき、読みやすい環境を作ること自体が重要だと強調した。

デザインプロセスを身につける方法:伝統的な流れとリファレンスの再解釈

デザイナーでない人にとっても、デザインプロセスと構造化が一般的な能力になりつつあるが、最初は途方に暮れるのが当然だ。氏自身もエージェントと一緒に初めて開発をしたときは途方に暮れたという。特に、もともと自分の分野が得意だった人は、新しいことができない状態を大きなストレスに感じ、完璧主義まで重なるとやりたくなくなることもあるという。氏はそれが自然で当然のことであり、誰もが途方に暮れ、不安を感じていると語った。そのうえで、この時代をどうすればもっと楽しく過ごせるかを考える人たちが、面白いチャンスを手にするという。面白いことがありすぎて心配している暇がない、と考えるほうがメンタルヘルスにも良いというのだ。

ITプロダクトの観点で氏がまず勧めたのは、プロダクトが伝統的にどのように作られてきたのか、そのプロセスを身につけることだ。チームが解くべき問題を定義し、デザイナーとPO・PMが解決策と仮説を立て、ローファイプロトタイプでチーム内のコミュニケーションのための問いを投げかけ、ハイファイプロトタイプでプロダクトが顧客とどうコミュニケーションするかを検討したうえでリリースし、フィードバックを受けて再び最初に戻るというループだ。各段階にエンジニアとデザイナーがどう関わるかを知っていれば、エージェントが入ってきたときにどの段階をどう担うのかを理解した状態でデザインできるという。最初からすべてをうまくやろうとすると何があるのかすらわからないので、まず全体の流れを俯瞰し、足りないものをリストにしてから、小さく分けて学ぶほうが有利だというのだ。

「どのように(How)」の領域は経験が必要だと氏は認めた。どんなやり方で届ければユーザーがうまく使えるのかという経験が、プロダクトの質を左右する。その経験を得るには、優秀な人にたくさん会って意見を聞き、エージェントと対話しながら尋ね、実験したことを自分の言葉で整理して次の意思決定に反映し、振り返るプロセスが欠かせないという。氏は、ほとんどの問題にはすでに解決された方法があると見た。特にデジタルプロダクトにはリファレンスが非常に多いため、リファレンスをうまく読み、使う方法さえ身につければ、むしろ簡単になるというのだ。

司会者が本の中で印象的だったと挙げた事例が、まさにこのリファレンス活用だ。エルスでユーザーがAIセッションを開始する機能(現在はなくなった機能)を作る際、氏はすぐに始まる画面なら音楽アプリを参考にしようと考えた。Spotifyのように、再生すると画面下部に「再生中」コンポーネントが表示される方式を取り入れたのだ。カード型のコンポーネントが多く必要になったときは、デーティングアプリを参考にした。デーティングアプリは正確な情報をきれいに見せる必要があり、Tinderのようにスワイプで切り替える方式がよくできているからだ。英語アプリでありながら他分野のリファレンスを取り入れられたのは、その機能がどんな問題をどう解決しているのかを「一皮むいて」見たからだと氏は説明した。

ジュニアのための3つのこと:フレームワークと自分なりのやり方、記録、人

司会者は、かつてはジュニアが実務を経ながら少しずつ視野を広げていったが、AIがその道筋を根本から難しくしている面があると指摘した。カン・ヨンファ氏は、問題解決のやり方を練習し続けなければならないとして、3つのことを勧めた。

1つ目は、問題を分解するツールを身につけることだ。MECE、ICEフレームワーク、実務で使う実験設計の仕様書、5 Whysのような、他の人たちが作った構造があり、それをLLMと対話しながら能動的に学ぶことが役に立つという。同時に、自分のやり方を整理することも重要だと強調した。デザインをすることには人それぞれの方法があるので、どう分解して進め、結果がどうだったのかを論理的に整理し、自分だけのフレームワークを作ってみよというのだ。

2つ目は記録だ。氏は常に業務日誌と日記を書くよう勧めている。どんなことがあり、どんなリファレンスを見て、どんな意思決定を経てどんな結果が出たのかが記録されていてこそ、フィードバックを受けられるからだ。

3つ目は人とのつながりだ。特にジュニア同士でたくさん会うよう勧めている。アイデアが増幅され、自分の考えが間違っているときにそれに気づく目が養われるというのだ。氏は、AIの使い方は溢れているが、うまく使う方法やデザインをうまくやる方法は、結局人を通じて伝わると見た。実際に人の問題を解決した経験を共有すること自体が、デザインの本質だからだという説明だ。司会者は、本、講演、コーヒーチャットはいずれも、他の人の時間を凝縮して得られる近道だと応じた。

ジュニアにとってこうしたつながりが難しいことを知っているため、氏は自らジュニア同士を「お見合いのように」引き合わせてきた。そうしてできたグループが3〜4つあり、互いに頼り合い助け合うようになったと感謝する人たちもいれば、デザインコミュニティそのものを立ち上げた人たちもいるという。つながりさえできれば、その後はさまざまに展開していくというのが氏の経験だ。誰もがこの時代が難しいことをわかっているからこそ、より簡単につながれるようだと付け加えた。

シニアへ:尖り、自己信頼、1日20分の実験

シニアデザイナーの混乱については、それがエンジニアやプランナーを含む多くの人の悩みだという。役割が重なり、もともと知っていた時代とあまりにも変わってしまったため、起業すべきかとまで尋ねてくる人たちもいるという。同じ立場で悩んだ末の氏の結論は、結局は本当にやりたいことを探していくしかないということだ。自分が考えていることへの「尖り」、明瞭さ、まっすぐに立った軸が、この時代には必要だと見た。

そして氏は、シニアはすでにそれを持っていると考えている。長く働いてきた人には強みやノウハウ、自分なりの成功の方程式が蓄積されているので、もっと自分を信じてやってみていいというのだ。必要ならさまざまな実験に積極的に参加すれば、学ぶことが多いだろうという。その実験に膨大な時間が必要なわけでもない。1日20分程度やってみるだけでも、変化により柔軟に対応でき、難しいとばかり感じなくなるというのだ。役割が重なって混乱している人たちにも、今は誰もが混乱しているのだから、ただ楽しみながら「とりあえずやってみよう」という心構えのほうが必要だし、面白いはずだと語った。

起業を考えている人へ:大変だけれど良いこと、そしてAIが押し上げる創造性

「大起業時代」という言葉について、起業を考えている人へのアドバイスを求めると、氏は「起業しないでくださいとは言えない」と笑った。ただ、個人的には起業は本当に大変だったし、今も大変だと打ち明けた。楽しいだけの仕事はなく、問題を一つ解決すると、もっと難しい新たな問題が出てくる。起業後、これまでの人生で一度もやったことのないことを数え切れないほどやったが、買収の過程でLOIを書いた経験がその代表例だ。尋ねられる相手もほとんどおらず、氏にとってはすべてが初めてだった。

それでも氏は、この旅が好きで幸せだという。とても難しいと同時に楽しく、自分の道を自分で切り開いていくことから来る自由さが大きいというのだ。だから起業したい気持ちが湧く人は、やるべき人だと言う。ほとんどの人はそんなことすら考えないからだ。一度でも「ちょっと試して」みれば、たとえ失敗してもそれが大きな財産と経験になることは「本当に確信している」と語った。

氏は再び「自分に集中すること」に立ち返った。人工知能があるのだから、人工知能にできないこと、人がよりうまくできることや、より長く続けられることをやるべきだというのだ。氏は最近、人工知能のおかげで人の創造性が大きく引き上げられていると感じている。人工知能が起業家をとことん追い込み、人が他人とは違う道を進めるよう後押ししてくれるというのだ。そのためには情熱を注げる分野、自分が楽しいと思える分野に進む必要があり、そのためには自分をよく知る必要がある。起業するにせよしないにせよ、私たちはより長く働くことになるからだ。司会者が、以前はできなかったことができるようになったのだから、もう言い訳の余地はないと言うと、氏は同意し、最近の考えを付け加えた。チームの力量と起業家の価値観や考え方がにじみ出てチームとなり、プロダクトとなり、ビジネスとなり、人工知能がそのプロセスを加速させるというのだ。混乱しているけれど面白い時代だという点で、二人の意見は一致した。

エルスのチームと個人としての次の目標

最後に今後の計画を尋ねると、氏はチームがいまだに「死にかけている」と笑った。いつも苦労していて、目標は自力で生き残れる売上と構造を作ることだという。エルスでワーキングホリデーに出かける人たちのための機能を実験したところ、それをとても気に入っているユーザーが多いと紹介した。

個人的には、今年の上半期はとても大変だったと打ち明けた。バーンアウトに陥り、パニック発作も何度か経験した。そのため下半期は、自分をケアし、より幸せに暮らせる仕組みを整えておくつもりだという。そうしてこそ、この先20年、30年と働けそうだという理由からだ。本は人生で最もつらい時期に出たが、本を出してくれてありがとう、つらい時期に助けになりそうだという言葉を聞いて、むしろエネルギーをもらい、慰められたという。司会者は、氏がその時期をすべて経てきたからこそ本が慰めになるのであり、成功談だけだったら面白くなかっただろうと応えた。

対話を締めくくるにあたり、カン・ヨンファ氏は、本が自分をより多様に考えさせてくれ、出版後は読者からの質問を通じてインプットが増え、考えがより尖っていったと語った。このプロセス自体が面白く、これからももっと面白いことをたくさんできそうだという自信と確信が湧いているという。