ロシアで日本人記者拘束、なぜ「スパイ容疑」がかけられるのか 元インテリジェンスオフィサー吉永ケンジ氏に聞く

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概要

北海道新聞の記者が、スパイ容疑でロシアの連邦保安局(FSB)に拘束されたと報じられた。防衛省などで30年以上、対スパイ活動や海外での情報収集に携わってきた安全保障ジャーナリストの吉永ケンジ氏が、この件について語った。テーマは、拘束の背景、海外に滞在するビジネスパーソンが疑いを避けるための注意点、解放交渉の見通し、そしてロシア側の意図である。収録は10月16日に行われた。

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現時点で分かっていること

吉永氏によると、FSBは10月13日、北海道新聞ユジノサハリンスク支局の男性記者を拘束した。FSBは保安機関であり、捜査権限も持つ。容疑はスパイ行為とされている。記者は出国直前に拘束され、現在はモスクワに移送されている。裁判所は2カ月の勾留を認めたため、まずは12月12日までのあいだに取り調べが行われる見通しだという。

ただし、拘束されたのが北海道新聞の記者であることや記者の氏名は、ロシア側の発表にとどまっている。吉永氏は、日本側ではまだ具体的な確認がとれていないと注意を促した。日本政府は人道上の配慮と情報提供を求めている。しかし今回の拘束はロシアの国内法に基づく主権国家の刑事手続きであるため、日本側は強く抗議できていない、というのが吉永氏の説明である。

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適用された条文と「その他の情報」

罪状はロシア刑法276条だという。吉永氏の説明では、この条文は国家機密の収集や提供だけでなく、外国の情報機関の指示による「その他の情報」の収集も対象にしている。吉永氏は、この「その他の情報」が今回の重要なポイントになると見ている。

拘束されたとされる記者は、北朝鮮によるロシアへの派兵の状況について、現地で話を聞いていたという。ユジノサハリンスクにはもともと朝鮮系の住民が多く、北朝鮮からの労働者も相当数来ている。吉永氏は、記者がそうした人々から北朝鮮に関する情報を聞いていたと考えられるとした。

吉永氏はさらに、記者はロシア側が報道ビザを発給し、記者として認めたうえで活動させている存在だと指摘する。そのため通常は逮捕されることはなかなかない。それでも拘束に踏み切ったのは、記者が日本の政府機関と何らかのつながりを持っていたと見るに足る証拠や見込みが、ロシア側にとって相当強かったからだろう、というのが吉永氏の見方である。

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ロシアに限らないリスク

こうした拘束はロシアに特有のものかと問われ、吉永氏は多くの国で起きていると答えた。例として中国の反スパイ法を挙げ、2013年から現在までに日本人17人が拘束され、今も中国で拘束されているか、すでに刑に服している人がいると述べた。

吉永氏が強調したのは、日本の常識と外国の状況はまったく違うという点だ。特にロシアはウクライナで戦争をしている国である。日本人の感覚では、このくらいなら聞いても問題ない、聞いた話を外に出しても問題ないと思うことでも、ロシアからは敵対的な情報収集と見られる場合がある。

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ビジネスパーソンが気をつけるべきこと

記者でなくても、中国などに駐在員を置く日本企業は多い。巻き込まれないための心得を聞かれ、吉永氏は日本人が誤って犯しやすい典型例を挙げた。

一つ目は、軍事関係の施設や物品の撮影である。フェンスや注意書きで軍の施設だとはっきり分かる場合はよい。しかし国によっては、敷地内のある建物が実は軍事施設で、小さな表示しかなく気づけないこともある。飛行場や港、工場の写真を撮ったら、そこが軍事施設に指定されていたという例もたくさんあるという。

二つ目は、そうした地域への立ち入りである。日本なら丸の内や大手町を歩いても何も起きない。だが外国では、軍隊がいなくても、研究所や政府機関、治安機関の周辺が軍事統制地域として立ち入り禁止になっているなど、さまざまな制限がある。外国人にはそれが分かりにくい。

三つ目は通信手段である。日本では主にLINEやメールを使うが、海外で秘匿性の高いSNSやメッセージアプリを使うと、それを利用していること自体が情報提供の手段ではないかと疑われる。吉永氏によれば、スパイ行為を裏付ける証拠として扱われる場合もあるので注意が必要だという。

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情報機関と接触がなくても疑われるのか

聞き手は、港や工場はビジネスパーソンも普通に訪れる場所だと指摘した。そのうえで、日本の情報機関関係者と接触がなくても疑われるのか、それとも拘束される人は大抵そうした接触歴があるのかと尋ねた。吉永氏は「両方あると思う」と答えた。

吉永氏によると、仮に日本の政府関係者とつながりがある人であれば、携帯電話のアドレス帳に入れない、連絡のメールを消すなどして痕跡を残さないようにしている場合もあるだろう。それでも注意が必要だという。ロシアのような国は、サイバー攻撃を担う機関や部隊を持ち、世界的に活動している。本人が端末の情報を消して安全策をとったつもりでも、連絡相手や第三者がサイバー攻撃を受けて情報を抜かれれば、相手側にはすでに証拠がそろっているかもしれない。しかも、日本人の感覚では問題のない取材やビジネスでも、相手国の法律や考え方によってはスパイ活動と認定されてしまう。吉永氏は、その危険性が非常に大きいと述べた。

さらに吉永氏は、親戚に警察官、自衛官、公安調査庁の職員がいる人については、自身の考えとして次のように述べた。現在の状況ではロシアや中国には渡航しない。会社もそうした人を派遣しない。こうした事前の安全策が必要だという。

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注意すべき国の条件

中国とロシア以外に慎重になるべき国はあるかという質問に対して、吉永氏は条件を示した。日本と敵対している国や緊張関係にある国、国連の制裁を受けている国、戦争をしている国である。例として、イランでNHKのテヘラン支局長が身柄を拘束された事案を挙げた。戦争中の国や、制裁を受けていて日本への印象がよくない国では、拘束リスクが非常に高まると吉永氏は見ている。

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解放交渉はなぜ難しいのか

「スパイ交換」という言葉も聞かれるが、日本政府が交渉で解放させることはできるのか。吉永氏は「残念ですが難しい」と答えた。

日本とロシアのあいだには領事条約があり、日本人がロシアで逮捕されれば、今回であればモスクワの領事が領事面会を行える。しかし面会で確認できるのは、ひどい取り扱いを受けていないか、健康状態に問題がないかといったことにとどまる。日本政府が釈放を求めても、ロシア側に応じる義務はまったくないという。

吉永氏によると、スパイ罪の刑期は10年から20年とされる。これまでの外国人の拘束事例から見て、16〜17年程度の刑になる可能性も十分考えられるという。一方で、外国人記者が拘束された場合は、かなりの割合で途中で恩赦を受けて帰国させられることもあるとした。

ただし吉永氏は、そうした交渉が成り立つ条件を挙げている。ロシアとアメリカのように冷戦時代からスパイ交換を行ってきた国どうしであるか、国力や軍事力が近い国どうしであることだ。日本は冷戦時代からスパイ交換をしておらず、現在も囚人交換という形をとっていない。加えて、日本政府の立場からすると、誰かが拘束されるたびに謝罪や譲歩をして取り返していれば、謝罪外交が繰り返され、結果的に国益全体が損なわれる。吉永氏は、日本は政治判断の面でも法制度の面でも難しい立場に置かれていると述べた。

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外交的な圧力の意図はあるのか

最後に聞き手は、吉永氏自身の見解として、今回の拘束は記者個人への疑いだけが理由なのか、日本に圧力をかける外交的意図もあるのかを尋ねた。

吉永氏はロシア側から見た推測だと前置きしたうえで、ロシアの視点に立てば8〜9割は、刑法違反の証拠を持って刑事手続きとして行ったと考えられると答えた。日本への圧力や抗議が目的なら、極東の一地方にいる新聞記者よりも、モスクワにいる大使館員やNHKなどの支局長といった、より影響の大きい人物を拘束するほうが効果は高い。この点から見ても、ロシアは記者が国内法に違反していたとする何らかの証拠を持っているのではないか、と吉永氏は見ている。

吉永氏はまた、FSBが記者の身柄を拘束してモスクワへ移送するまでの様子を、かなり詳細に動画で撮影して公開していることにも触れた。そのうえで、ロシアは今後の裁判で、日本の記者がロシアの国益を損なう活動をしていたとする具体的な証拠を提示してくる可能性が高い、との見方を示した。