Figmaを閉じてClaude Codeでデザインする:Gammaのデザイナー、アン・チェミン氏が語るAI時代のデザイナーの仕事

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概要

AIプレゼンテーションプラットフォームのGammaで、AIとイノベーションを担当する最初のプロダクトデザイナーであるアン・チェミン氏は、この1年で自分の働き方そのものが変わったと語る。以前は1日の大半をFigmaで過ごしていたが、今ではデザインプロセス全体にFigmaが登場しない。よく「AIはまだこれができない、まだ人間のほうが上だ」と言われるが、アン氏はその意見にあまり同意していない。むしろ、何がより美しく見えるか、より機能的かについて、誰もが自分の意見をもっと声に出して言える時代が来つつあると見ている。この動画でアン氏は、ドイツ、韓国、アメリカを経た自身のキャリア、Gammaの働き方、そしてAIがデザイナーの仕事をどう変えたのかについて語る。

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曖昧になる役割の境界

アン氏は昨年と最近の日常を比べ、最も大きな変化として役割間の境界を挙げる。以前はエンジニア、PM、デザイナーの境界が非常に明確だったが、今では誰でもデザインができ、その境界が薄れつつあるというのだ。アン氏が興味深く見ているのは、伝統的にそれぞれの役割を担ってきた人たちが自分の役割をどのように広げていくのか、そして他の人たちとどのように新しい形で協業していくのかという点だ。

ドイツから韓国、そしてアメリカへ

アン氏は、両親が大学院課程に在籍していたドイツで生まれ、約9年間暮らした。その後、両親とともに韓国に戻り、小中高と大学を終え、兵役も韓国で務めた。大学院進学の際にはヨーロッパの学校もいくつか検討したが、結局出願はしなかった。大学時代から「アメリカに行ってスタートアップをやろう」という漠然とした一文が頭の中にあったからだ。毎日使うツールやプロダクトのほとんどがシリコンバレーで作られているのだから、スタートアップを大きくやるつもりならそこへ行くべきだという思いが一番大きかったという。

こうしてシカゴのデザインスクールであるIIT Institute of Designで約2年を過ごした後、ニューヨークでデザイナーとしての人生をスタートさせた。

BCGデジタルベンチャーズ、モネタ・ヘルス、そしてスキッパー

ニューヨークで最初に加わったのはBCGデジタルベンチャーズだった。アン氏の説明によれば、この会社はBCGのクライアントを投資家とし、そのクライアントのためにスタートアップを作る会社だ。アン氏はここで2年余りの間に3つほどのスタートアップの立ち上げに携わって経験を積み、最後に手がけたスタートアップであるモネタ・ヘルスにファウンディングデザイナーとして参加した。

モネタ・ヘルスにはCEOと少数のリーダーシップしかおらず、アン氏はデザインリードとして加わった。ここでは従来のグラフィカルユーザーインターフェースだけでなく音声(ボイス)までデザインし、さまざまな分野のデザインを経験した。そんな中、コロナが起こり、会社はやむを得ずプロダクトをピボットする選択をし、アン氏はこのまま残るか、別のことに挑戦するか悩むことになった。1年ほど悩んだ末、アン氏はスキッパーというAI生産性アプリにコファウンダーとして参加した。

「成功の形はひとつではない」

モネタ、BCG、スキッパーを経た3〜4年の間、アン氏はデザインを続けるべきかどうか真剣に悩んだ。モネタでピボットを経て去る過程も、BCGでの時間も、決して楽ではなかったという。自分自身に「これを続けるのか?」と問いかける時期で、気持ちは次第に「やめる」ほうへ傾いていた。

その頃、年に1〜2回韓国の実家を訪れていたが、顔に悩みがそのまま出ていたようだ。普段そうしたことをあまり口にしない父親がアン氏を呼び、こう言ったという。世の中に成功の形はひとつに決まっておらず、人それぞれに自分なりの多様な形があり、自ら方向を定めてその形を作っていかなければならない、と。アン氏はこの助言が父親自身のキャリアや挑戦から出た言葉だったのだろうと推測し、その言葉が胸に深く響いて、もう一度デザインにしがみつくきっかけになったと振り返る。

会社を選ぶ2つの基準、そしてGamma

それ以降、アン氏は2つの基準で次の行き先を決めることにした。第一に、チームのミッションが胸に深く響くこと。第二に、その人たちと本当に楽しく働けること。一日中お互いに議論し、ぶつかり合ったとしても、楽しく働き、楽しくビルドできる人たちがいいと考えた。結果的に、そのリストの一番上に残った会社がGammaだった。

アン氏はGammaを、AIを使ってより簡単かつ素早く高品質なプレゼンテーションを作れるサービスで、現在世界で7,000万人以上が使うAIベースのプレゼンテーションツールだと紹介する。昨年6月に入社したアン氏が受けた第一印象は「退屈じゃない人たち」だった。会社のさまざまなバリューの中でアン氏が一番好きなのは「Don't be boring」だ。第一に退屈な人間になるな、第二に退屈なプロダクト体験も作るな、という意味だ。

この印象は、面接の最終段階であるオンサイト面接ですでに始まっていた。サンフランシスコの本社で十数人を超える人たちと会い、6〜7時間かけて一緒にランチを食べ、話をし、プレゼンテーションとデザイン課題に取り組んだ。普通こうしたプロセスが終わると疲れ果ててしまうものだが、最後にブラントがアン氏を外まで見送りながら話したとき、むしろワクワクして力が湧いてくる感覚があったという。その理由は、人々がとても面白く、ミッションそのものが興味深かったからだ。以前、プレゼンテーションを本当にたくさん作る会社にいたアン氏にとって、このミッションは特別なものに感じられた。そして空港に着いたとき、一緒に働こうという連絡を受けた。

決定権を持つデザイナー、初期スタートアップより速い組織

入社後、アン氏がまず感じたのは「だからうまくいったのか」ということだった。プロジェクトを進める人に非常に大きな自由度が与えられていたからだ。アン氏の説明によれば、Gammaはデザイナーが多くPMが少ない会社で、少なくとも昨年までは、デザイナーがある領域を担当すると、それについてかなりの決定権を持っていた。そのためデザイナーが素早く決定を下すことができ、良いアイデアが共有されると翌週や翌々週にはプロジェクトとして進められることもあった。

とはいえ、すべてが完璧に確立されているわけではないとアン氏は付け加える。プロジェクトひとつひとつを覗いてみると非常に混沌としていて、互いに同意できない部分も多い。それでも素早く動ける原動力は、「アイデアを持つ人たちが特定の目標を達成できるよう手助けする」というミッションに対する共通認識と理解だとアン氏は見ている。それをもとに、自分が同意しない方向にプロジェクトが進んだとしても、仮説を実証したり消していったりしながら、その方向に完全にコミットする。このプロセスが非常に速く起こることがアン氏にとっては衝撃だった。以前在籍していた2〜3人規模の初期スタートアップよりも速く動いていたからだ。

もうひとつの特徴は、メンバーの能動的な学習文化だ。アン氏は、まもなく80人規模になる会社のほぼ全員がAIに強い好奇心を持ち、今の仕事をどうすればより速く、効率的にうまくこなせるかを絶えず研究し、スキルを共有していると語る。アン氏は、Gammaが数年前にAIへ完全にピボットしたことで指数関数的な成長を経験し、自身が入社した時点ですでに大規模なグローバルユーザー層が形成されていたと説明する。

ハックウィークで訪れた転機

Gamma以前にもアン氏はAI関連のプロダクトやスタートアップで多く働いてきたが、当時は限界がはっきりと決まっている感覚があったという。その認識が変わった瞬間を、アン氏は正確に覚えている。昨年のクリスマスの頃だった。

Gammaは毎年1月の第1週にハックウィーク(Hack Week)を開催する。会社の全員が普段の仕事を置いて、日頃試してみたかったアイデアをエンジニア1人と一緒に実装し、金曜日に全社の前で順番に発表するイベントだ。その頃アン氏はOpusの進化についての話を聞き、今回はエンジニアなしで一人でやってみることにした。

それ以前にもバイブコーディングツールを本当にたくさん使ってきたが、いつも行き詰まるポイントがあった。エンジニアではないため、バグが出てもなぜ起きるのかが分からず、その段階から先へ作業を進められなかった。ところが今回は、まったく行き詰まることなく作業がどんどん進んだ。詰まる部分が出てくると、AIが能動的に問題を見つけて解決するレベルになっているのを見て大きな衝撃を受け、アン氏はこのとき「本当にバイブコーディングの時代が来たんだ」と感じたと語る。

Figma 80%から、動くプロトタイプへ

アン氏の以前の日常は、Figmaで80%以上の時間を過ごすものだった。今ではClaude CodeとClaudeを使って、デザインプロセスのほぼすべてを最初から最後まで進められるようになったという。

アン氏が挙げる最も決定的な違いは、実際に動くプロトタイプを自分で作ってテストできる点だ。それが実際に実装されたときに人々がどう反応するかという答えをすぐに得られ、エンジニアに頼ることなくデザイナーとしてその答えを直接受け取れるということ。アン氏はこれが最も大きな変化だと語る。

ジュニアへ:大企業とファウンディングデザイナーは別のゲーム

ジュニアデザイナーに向けて、アン氏は、従う必要はないが一度検討してみてほしいという助言を送る。今は韓国だけでなくアメリカでも、アン氏がこれまで見たことのない厳しい就職市場だ。キャリアの多くを小さなスタートアップで過ごしてきた立場から、アン氏は大企業へ進む道とファウンディングデザイナーとして進む道は上下関係ではなく、まったく別のゲームだと語る。

大きな組織では、よく定義された問題の一部を深く掘り下げる方法と、そのシステムをうまく管理する方法を学ぶ。一方、初期のチームでは、何も定義されていない状態から全体を作ってみる機会がある。アン氏は、AIのおかげで今、初期チームが歴史上最も多くなっており、スタートアップが雨後の筍のように生まれ、1,000万ドルは小さな投資額になってしまったと見ている。ツールが平等になったこの時代に、一人の人間が何かを最後まで作り上げる経験を積めば、判断力を養う機会が増えるというのがアン氏の考えだ。だからこそ、最初から自分で作ってみられる場所を探してみるのも良い経験になり得ると勧める。人によっては聞きたくない話かもしれないが、本当にデザインをしたいのであれば、最も現実的に一度は検討すべき選択肢だというのだ。

デザインはコモンセンス、そしてコミュニケーション

アン氏は、デザインとは結局コモンセンスを満たす役割だと考えている。最も大きな問いのひとつは、自分が正しいと思うものを他人に見せたとき、その人たちがそれを使えるかどうかだ。自分が作ったものや仮説をどのように検証し、発展させていくかにデザインに対する姿勢が表れるとアン氏は語る。

だからこそアン氏は、自分の考えをどれだけ筋道立てて他人に理解させられるかが、ある意味でデザインスキルの延長線上にあると強調する。コミュニケーション能力によって、自分が考える方向の機能がリリースされるまで導かなければならず、その過程では議論も、防御も、攻撃もできなければならない。アン氏は、こうしたコミュニケーションスキルを今から磨いておくことを強く勧めている。

海外を夢見る韓国のデザイナーへ

韓国から海外に出てデザインをしたい人は、参入障壁が漠然と高いと感じるかもしれないが、アン氏は決して不可能なことではないと語る。海外から見ていると、韓国のデザイナーは本当にデザインが上手なのに自己肯定感が低いケースを多く目にするという。アン氏は、自信が過剰なくらいの人になれば人生で損をすることが少なくなるとして、少し「妄想的(delusional)」な人になり、今韓国にいたとしてもAnthropicのような場所にすぐ応募してみる挑戦を続けてみるよう勧めている。

まだ押し寄せているAIの波

アン氏は、AIの波は一度押し寄せて過ぎ去ったのではなく、今もなお押し寄せている最中だと見ている。プロダクトがどう動くべきか、どのような体験を意図して設計すべきか、どのような見た目であるべきかが、まだすべて初期段階だというのだ。Gammaでそうした仕事を始めたアン氏は、「これはもっとできるのに、これはもっと良くなれるのに」と思えるポイントが、Gammaだけでなく自分が使うすべてのツールで少しずつ見えると語る。そして、可能であればその最前線で形を作っていく人の一人になりたいという思いをのぞかせ、話を締めくくる。