ハードの性能を引き出すソフト最適化:フィックスターズ浅原氏が語る経歴と新製品「Fixstars Vega」

YouTubeで開く ↗
概要

ものづくり太郎が、ソフトウェア最適化を専門とするフィックスターズのCMO、浅原氏に話を聞いた対談である。撮影はアメリカで行われた。ものづくり太郎は前日にTenstorrentのジム・ケラー氏と対談しており、その流れでフィックスターズからの動画依頼も同じ渡米中に撮ることになったという。

15分で読めます

ものづくり太郎は冒頭で、同社について「マーケティングは下手だが技術は最強」と評する。ソフトウェアを高速化できれば処理の負荷が下がり、サーバー費用が半分になるようなことが現実に起こる、というのが彼の紹介である。対談では、宇宙物理学の研究者だった浅原氏がなぜ組み込みソフトの最適化に行き着いたのか、フィックスターズが何を得意としてきたのか、そしてAI時代に向けて開発中の製品「Fixstars Vega」が何を狙うのかが語られた。

パフォーマンスエンジニアリングとは何か

浅原氏によれば、フィックスターズは組み込み向けソフトウェアの最適化を行う会社で、社内ではこれを「パフォーマンスエンジニアリング」と呼んでいる。日本では耳慣れない言葉だが、アメリカでは比較的一般的だと浅原氏は言う。中身はソフトウェアのチューニングで、処理を速くしたり消費電力を抑えたりすることを指す。

チューニングされていない世の中のソフトウェアはもっと速くなるのかと問われると、浅原氏は「少なくとも倍」と答え、それを目指して頑張るという言い方をした。ChatGPTやGeminiのような大規模モデルの推論でも、利用者は待たされることが多い。そこを速くする能力を持っているのが同社の強みだと浅原氏は説明する。こうしたことができる会社は日本では他にあまり知らない、とも付け加えた。

浅原氏自身は現在CMO(チーフマーケティングオフィサー)だが、キャリアはずっとエンジニアである。ものづくり太郎が「こんなに良いソリューションを持っているのに誰も知らないのはマーケティングが悪い」と冗談めかして言うと、浅原氏は「CMOが悪いです」と笑って応じた。

出発点は宇宙物理学と望遠鏡の検出器

浅原氏はもともと宇宙物理学の研究者で、コンピューターサイエンスの出身ではない。研究テーマは天文学の観測装置を作ることだった。ハワイのマウナケア山頂にあるすばる望遠鏡では、鏡で光を反射させた先に観測対象に応じた検出器を置く。浅原氏が携わっていた当時は検出器が7種類あり、そのうち1つは浅原氏が作ったものだという。

専門は高エネルギー宇宙物理学で、研究対象はかに星雲、つまり中性子星のパルサーと超新星残骸だった。超新星爆発の後に広がり続けるガスから、ガンマ線やX線が大量に届く。浅原氏の検出器は、ガンマ線が生むチェレンコフ光をすばるの鏡で集めて検出器で観測する方式で、光の量が元のガンマ線のエネルギーに比例するためエネルギーを測ることができ、到来方向もある程度分かる。浅原氏自身は「かなり特殊で、かに星雲しか見られない」と笑う。

この研究が後のキャリアにつながる。天文学の装置には市販のソフトがないため、すべて自分で作らなければならない。画像処理も、検出器自体の制御もそうだ。そもそも装置の仕様を決める段階でシミュレーションが必要になり、そのシミュレーション用ソフトも自分で書くことになる。浅原氏によれば、物理、特に装置を扱う天文の研究者にはソフトを書ける人が多く、先輩に聞きながら学んで書いていったという。学部と修士は別の大学で過ごし、博士課程から京都大学に移った。

日本企業は全滅、拾ったのはIBMだった

京都大学の博士課程は卒業の基準が高く、浅原氏の場合は一定の評価のあるジャーナルに論文が掲載されなければ学位が出なかった。データ処理やレフェリーとのやり取りに時間がかかり、このままでは卒業できないと分かったため、バックアッププランとして就職活動を始めた。

ところが、受けた日本企業にはほぼ全部落ちた。浅原氏の説明では、日本の就職活動は学部生と修士生がエントリーシートを書く仕組みになっており、博士の学生がそこに入ろうとすると「博士は枠が違う」と言われる。別ルートを尋ねると研究論文を送るよう求められるが、送る論文はかに星雲についてのものである。唯一拾ってくれたのが外資系のIBMだった。ものづくり太郎はここで、決められたルートから外れた人材の能力を見極められない点が日本の弱さだとコメントしている。

IBMでCellと出会う

IBMでの最初の仕事は、液晶パネル工場のパラメーターチューニングや生産ラインの最適化だった。浅原氏によれば、液晶ディスプレイがまだ珍しかった頃にAppleが出した綺麗なディスプレイは、実はIBMのものだったという。その事業が閉じられることになり、新人に近かった浅原氏は当時大和にあった研究所に配属が変わる。そこで出会ったのが、Cell Broadband Engineという「かなりマニアックなチップ」だった。

CellはPlayStation 3のメインプロセッサーとして知られる。ものづくり太郎は、PS3に高性能なCellを載せて世界中にばらまき、それらをつないで演算する構想があったこと、その結果PS3が6万円ほどと高価になり、2万〜3万円で出たWiiに押されてソニーが大赤字を出したことを振り返る。一方で浅原氏は、Cellはソニー、東芝、IBMの3社で開発したプロセッサーで、ソニーはPS3、東芝はレグザの画像処理、IBMはスーパーコンピューターや医療画像機器に使うという棲み分けがあったと補足した。

米国防総省がPS3を大量に購入した話にものづくり太郎が触れると、浅原氏は、2200台を買ったその案件はフィックスターズの米国法人が受注したものだと明かした。

Cellの特徴について、浅原氏は2004年の時点で10コアを持ち、しかも同じコアが並ぶホモジニアスではなく、性質の異なるコアを組み合わせたヘテロジニアス構成だった点を挙げる。汎用演算用のコアが2つと、画像処理などに特化した、今でいえばGPUやDSPに近いコアが8つ。これを使いこなすのはソフトウェア的に相当難しく、書ける人がほとんどいなかった。浅原氏によれば、PS3の初期タイトルは8つのコアを誰も使えなかったため汎用の2コアだけで動いており、グラフィックもそれほど良くなかった。後期になって使いこなしが分かり、綺麗なグラフィックが出るようになったという。

「10倍速くする」会社への合流

このCellのソフトに特化していたのがフィックスターズだった。Web全盛で組み込みが主流ではなかった2000年代に、Cellのソフトしか書かない会社があったわけで、浅原氏は当時から「尖っていた」と言う。

フィックスターズはIBMの医療画像処理ボードに関心を持ち、そのソフトウェアを作って提供したいと申し出た。IBMはこれを受けてコラボレーションが始まり、浅原氏はIBMのエンジニアとしてフィックスターズに出向き、一緒に開発をするようになる。対象はMRIやCTといった機器の画像処理部分で、チップ上でどう処理させるかという周辺ソフトだった。

浅原氏によれば、普通の人が書くと1フレームの処理に何十秒もかかって売り物にならないものを、フィックスターズのエンジニアが書くと平気で10倍速くし、1秒で終わるようにしてしまう。浅原氏はそこに惹かれてサポートしているうちに「取り込まれた」形になり、2008年ごろフィックスターズに入社した。

CUDAの普及とジェンスン・フアンの即断

Cellの仕事を続けていた2008〜2009年ごろ、NVIDIAがCUDAを出した。浅原氏の説明では、それまでGPUはゲーム用のグラフィックスチップにすぎず、画像処理やシミュレーションなど汎用の計算に使う場合は特殊なグラフィックス用言語を無理やり使っていた。CUDAはこれをC++に近い言語で書けるようにして一般に公開したものである。ものづくり太郎はこれを今のAI時代の発端だと位置づけた。

CUDAがまだ広まっていなかった最初期、浅原氏は毎月NVIDIAの日本法人に出向き、エバンジェリストのような立場でCUDAセミナーを開いていた。日本でのCUDA普及にはだいぶ貢献したと思う、と浅原氏は振り返る。フィックスターズ自身もCUDAを使い、Cell以外の画像処理などのアプリケーション開発を重ねて事例を発信していた。

その事例がNVIDIAのCEO、ジェンスン・フアン氏の目に留まり、同氏がフィックスターズを2回訪ねてきたという。フィックスターズがCUDAのデモをすると、最後にフアン氏は、NVIDIAとしてサポートできることはないかと尋ねた。当時のCUDAはまだバージョン1.2の頃で機能に制約があり、浅原氏は「こういう顧客がこういうことをやりたいが、この機能がないと使いづらい」という話をいくつか伝えた。

浅原氏が今でもよく覚えているのはその後の出来事だ。まだiPhoneがない時代で、フアン氏はその場でBlackBerryを取り出して何かを打ち込んだ。見送った後に自分のパソコンを開くと、NVIDIAの幹部から大量のメールが届いており、フアン氏からフィックスターズをサポートするよう指示が来たと書かれていた。浅原氏は「すごいなと思いました」と語り、ものづくり太郎は、技術を理解しているエンジニア出身の経営者だからこその即断即決だと評した。

難しいプロセッサーほど歓迎する理由

Cell、GPUの後も、フィックスターズはFPGAやDSPなどに取り組んできた。浅原氏によれば、同社にとっては難しいプロセッサーが出てきてくれた方が嬉しい。使いこなしが難しい特殊なプロセッサーが登場するたびに採用し、その上で動くソフトを書いてきた。量子コンピューターもその一つで、2017年にはD-Waveと契約している。日本企業では一番早かったと思うが、富士通の方が早かったかもしれない、と浅原氏は留保をつけた。

なぜハードウェアの能力を最大限に引き出せるのか。浅原氏の答えは、ハードウェアのアーキテクチャーを深く知っているから、というものだ。同社のエンジニアには、たとえばインテルから新しいプロセッサーが出ると、その仕様書を読み込むのが好きな人が多い。命令セットのレベルで理解し、「新しい命令が追加されたから、この処理はこちらを使えば速くなるのでは」と常に考えている。かつてはアセンブラレベルでチューニングすることもあり、さすがに最近は減ってきたという。

浅原氏は行列の掛け算を例に挙げる。同じ行列の掛け算にもいろいろな書き方があり、アーキテクチャーによって速い書き方が異なる。逆に言えば、あるプロセッサーで速い行列演算のコードが、別のプロセッサーでは遅い可能性がある。

さらに浅原氏は、高速化はコスト削減と表裏一体だと強調した。10倍速くできるということは、同じ速度でよければプロセッサーの能力を10分の1にできるということだ。組み込みではこれが製造原価に直結し、より安いチップで同じことができれば大幅にコストが下がる。エネルギーコスト、つまりランニングコストも下がる。

顧客事例:キオクシアと車載

上場企業として公開している情報として、浅原氏は最大の顧客がキオクシアだと明かした。メモリー会社とソフト最適化は関係なさそうに見えるが、浅原氏によれば、フラッシュメモリーそのものの品質と同じくらい、それを制御するコントローラーの性能が重要だという。どんなに良いNANDを作っても、制御側が遅ければ最大性能は出ず、非常に遅いSSDになってしまう。フィックスターズはこのコントローラーのソフトウェアを担っている。

もう一つの領域が車載で、ADAS(先進運転支援システム)のようなレーンキープやブレーキ支援も、限られた計算能力と電力の中で画像処理をこなさなければならない。ものづくり太郎はここで、自動車は人命を預かるため、最先端プロセッサーのBGA実装ではなく、ヒートサイクルでも壊れにくいQFPのような旧来のパッケージを使う思想があり、そのために処理能力が「プア」になりがちだと解説した。浅原氏は、そのプアなプロセッサーの中で、安全要件のスペックを満たすソフトを書く手伝いをしていると応じた。

AIの登場で「ニッチ」ではなくなった

浅原氏によれば、これまでの同社の仕事はある意味でニッチだった。遅いものが速くなれば誰でも嬉しいが、普通の処理は十分速いので「これで良い」とされることが多く、医療画像機器や車のような特殊な分野での仕事が中心だった。

そこにAIが来た。AIの推論は膨大な処理を必要とし、たとえば処理が10%速くなれば電力を10%削減できるのと同じことになる。NVIDIAのチップは高価で、同じ処理にH200が16枚必要だったものを8枚で済ませられる、という効果も出る。浅原氏は、最近はAIをなんとか速くしたいという相談が本当に増えていると語った。

Fixstars Vega:組み込みエンジニア向けのローカルLLM環境

こうした流れで開発しているのが「Fixstars Vega」である。ちなみにフィックスターズという社名は「恒星(fixed stars)」、常に光り輝く星に由来し、製品名のベガもそこから来ている。浅原氏の天文学の経歴とのつながりは「たまたま」だという。

浅原氏の説明では、Vegaは組み込みエンジニア向けのローカルLLM環境だ。組み込みエンジニアはAIの利用が制限されていることが多い。ChatGPTやClaude Codeのようなサービスはネットワークの先に情報を送るため、機密情報やチップの詳細情報を外に出すことになる。特に製造業ではこれに抵抗のある顧客が多く、社員にはAIを使うなという話になりがちだ。ものづくり太郎は、リスクがあるから使うなと判断する日本企業の姿勢を強く批判し、オンプレミスで動くソリューションがあるはずだと考えるのが普通のエンジニアだと述べた。

Vegaはこのニーズに応えるアプライアンスで、ローカル環境でセキュアにAIを使えるようにする。提供形態は顧客次第で、ワークステーション、ハイパフォーマンスPC、ラックマウントサーバーのいずれでも届けられ、同時に使うエンジニアの数で構成がほぼ決まる。料金はハードウェア込みのサブスクリプションである。

特徴は、フィックスターズの最適化ノウハウが「スキル」として組み込まれている点だ。特定の半導体向けに最適な組み込みコードを書いてほしいと依頼すれば、それに応えるスキルを内蔵しているという。浅原氏は「もちろん完全に全部ではない」と留保しつつ、フィックスターズのエンジニアを呼び出すイメージだと表現した。前日にジム・ケラー氏が話していたような、CUDAで動いているコードをTenstorrentで動かしたいといった移植にも使えるという。前述の行列演算の例のとおり、ある環境で速いコードが別の環境で速いとは限らないため、そこでの最適化が効いてくる。

「半年で1行もコードを書いていない」という社内の衝撃

Vegaの背景として、浅原氏は社内で起きた出来事を紹介した。フィックスターズではエンジニアとビジネス側のキャリアラダーが別になっており、エンジニア側の最上位にエグゼクティブエンジニアという職位がある。その最高峰のエンジニアの一人、仮にUさんと呼ぶ人物が、2か月に1回ほど開かれている社内勉強会「エージェンティックナイト」で、ここ半年は1行もコードを書いていないと話した。

フィックスターズはバリバリとコードを書く文化の会社なので、社内には大きな衝撃が走り、自分もやらなければという空気になったという。Uさんは当時まだVegaがなかったためClaudeを使っていたが、今はVegaも使っている。やり方はバイブコーディングというより、AIへの指示と使いこなしであり、最後は人が確認する必要があると浅原氏は言う。

浅原氏は、ソフトをあまり分かっていない人がAIを使ってもうまく使いこなせない面はあると認める。そのうえで、Vegaを使えばUさんが培った最適化ノウハウがスキルとして入っているので、それを利用できるという位置づけだ。Uさんは今もスキルを育てており、翌月にはまた別のスキルが加わる見込みだという。

リリース時期と今後の課題

撮影時点でVegaはまだ正式リリースされておらず、7月のリリースを予定していた。現状は限られた顧客に使ってもらい、フィードバックを得ている段階である。つまり、この製品として大手企業に使われた実績があるわけではない。浅原氏の整理では、これまでフィックスターズのエンジニアがキオクシアや東芝などにサービスとして提供してきたことをAIにしたもの、という位置づけになる。

普及の見通しについて、浅原氏は楽観一辺倒ではない。AIに取り組む企業にとっては、社内の最適化エンジニアとの比較になり、「自分たちでやる」と判断する会社の方が多いだろうと見ている。ただし最適化はAI研究の本質ではないので、そこはフィックスターズに任せて上流の研究に集中する、という会社が出てきてもおかしくない。そう考えてもらえると嬉しい、というのが浅原氏の立場だ。

フィジカルAIにも効く「高速化以外」の最適化

対談の終盤、ものづくり太郎がファクトリーオートメーションやフィジカルAIに話を向けると、浅原氏はVegaがそこでも使えると答えた。フィジカルAIは消費電力などの制約が厳しく、最適化はその制約を下げる方向にも使える。浅原氏は、目的は必ずしも高速化だけではなく、消費電力を下げたい、チップのグレードを下げてハードのコストを下げたいといった要求にも応えられると強調した。組み込みはまさにそういう世界であり、特にフィジカルAIでは、より性能の低いチップで同じことができればそれだけ安くなる、というのが浅原氏の締めくくりだった。