Corgiの創業者たちが、軌道に乗っていたスタートアップを畳んで保険会社になった理由
EO Korea翻訳元 English
Corgiは自社を、テクノロジー系スタートアップ向けのAI保険会社と位置づけている。このインタビューでは、CEOのニコ・ラクア氏と、共同創業者でCOOのエミリー・ユアン氏が、Y Combinator在籍中に有望だった保険ブローカー事業を手放し、何年もの歳月と数千万ドルを費やして規制下の保険会社(キャリア)になった理由を語っている。ラクア氏によれば、同社は今年を「数億ドルのARR」で終える見込みで、世界で最も急成長しているB2B企業の一つだという。創業者たちの主張の核心は、困難で資本集約的な道を選んだ価値はあったということだ。二人の考えでは、他社の商品を再販するだけならCorgiは「かなり退屈な会社」になっていた。一方、基盤となるインフラを作り直すことで、競合が容易には越えられない堀(モート)を築けるという。
二人の創業者、二つの気質
ラクア氏はサンディエゴで育った。高校時代に就いた仕事はどれももどかしく、上司には時間を無駄にさせられたと振り返る。そしてある時点で、自分の人生で何か「大きくて重要なこと」をしたいと決めたという。そのための最善の方法に思えたのが起業だった。COVID以前には、スタートアップやハッカーのコミュニティに入り浸ってアプリを作っていた。その一つが大学のサークル向けアプリで、今では、プログラミングはできるがスタートアップのことはよく知らない19歳が典型的に思いつくようなアイデアだったと話す。
ユアン氏と出会ったのは、そのアプリがきっかけだった。ユアン氏はスタンフォード大学の起業サークルの一つを運営しており、ラクア氏はアプリのテストを頼んだ。ほとんどの人からは手応えのないフィードバックしか返ってこなかったが、ユアン氏は約100件のコメントを書き込んだFigmaのページを返してきたという。ユアン氏によれば、ラクア氏はスタンフォード全体でアプリを広めるための協力を求めており、自分は次第に深く関わるようになった。その取り組みはPicnicという会社になり、のちにゲーム会社のBasketへと姿を変えた。
二人は互いの強みを補い合う関係だと説明する。ユアン氏いわく、ラクア氏は良い機会を見極めるのが非常に得意で、自分の強みは複雑な物事をどう実現するかを考え抜くことだという。「すごく複雑なものを投げてもらえれば、どうやって片付けるかを自分で考えて、やり遂げる」。その原点は高校時代にさかのぼる。友人たちとPaper Bridgesという非営利団体を立ち上げたのだ。最初は世界中の孤児や里子に手紙を送る活動から始まり、規模が大きくなるにつれて、米国内の拠点を通じて医療物資やマスクを寄付するようになった。その経験から、資金もリソースもあまりない学生でも大きなインパクトを生み出せる、自分に何かができるなら人を集めて挑戦すべきだ、という考えを得たという。
もっと大きなものを求めてBasketを離れる
ラクア氏は、Basketは「本当に素晴らしいゲームをたくさん」作り、4年以上かけて会社を自分の望む地点まで持っていけたと話す。しかし、インパクトがあるとは感じられなかった。ユアン氏は、それは二人がこの先10年をかけて築きたい会社とはまったく違う種類の会社だったと言う。ユアン氏は自分の時間を「最もレバレッジの効く形で」使いたいと考えており、二人は「可能な限り最も大きく、最も野心的なこと」を追求したかった。
野心的で困難なアイデアを選ぶべき理由
ラクア氏は、スタートアップでよく言われるアドバイスに異を唱える。自分自身が使うプロダクトを作るのは通常は良いアドバイスだが、若い創業者は本来取り組めるはずの問題よりずっと小さな問題を解くことになりがちだという。多くの人は、大きなアイデアを小さく縮めれば成功の可能性が高まると考えている。ラクア氏の主張はその逆で、最も野心的なバージョンを追求すべきだというものだ。理由は実利的である。野心的なミッションには参加したいと考える優秀な人材が集まり、投資家も資金を出しやすく、成功すれば世界を面白い形で変えられる。
もっとも、物事は予想外の形でうまくいくこともあるので、どんなアイデアでも事前に良し悪しを判断するのは難しいとラクア氏は認める。それでも全体的な見方としては、良いアイデアは困難である傾向があり、困難なことに取り組むほうがうまくいくのは、一つには会社を模倣されにくくするからだという。「キャンパスの大学生向けアプリの50番目」や「金融街の500軒目のレストラン」になるのは良いビジネスではない、なぜならそれは他のみんなと同じになるということだからだ、とラクア氏は言う。良いビジネスは独自のことを行い、そのカテゴリーにおける「あの会社」になる。カテゴリーを定義する会社は、シンプルで簡単で資本が少なくて済むものではありえない、とラクア氏は主張する。そのアイデアの「最もクレイジーで、最もインパクトが大きく、最もレバレッジの効く」バージョンでなければならないのだ。
6万ドルの保険と、壊れた購入体験
創業者たちが保険に行き着いたのは、自分たち自身の苦い経験からだった。ラクア氏は、前の会社で資金がほとんどない時期に保険を買わなければならなかった。保険料は6万ドルで、当時の自分の収入は月1,000〜2,000ドル程度だった。加入するにはブローカーに電話をかけ、保険証券が届くまで数週間待ち、メールには何週間も返信がなかった。「そしてもちろん、一銭も支払われなかった」と付け加える。
ユアン氏が衝撃を受けたのは、こちらがお金を払おうとしているにもかかわらず、手続きがあまりにも遅いことだった。誰もが返答にとてつもなく時間がかかり、そもそも自分たちが何を買っているのかもわかりにくかった。業界の仕組みを調べてみて、これほど大きな産業がこんなふうに運営されているのは驚くべきことだと思ったのを覚えているという。
ラクア氏は「こんなものは詐欺だ」という結論に至ったと話す。保険はGDPの約12%を占め、市場カテゴリーとしてはソフトウェアのおよそ2倍の規模だと同氏は言う。同氏の説明によれば、厳しい規制と高い参入障壁に加え、大手保険会社の大半が40年以上前に創業していることから、既存企業は慢心して現状に甘んじ、商品の質は悪化し続けてきたという。
部外者であることの強み
ユアン氏は、業界に20年いる人々は貴重な経験を持つ一方で、物事はこうあるべきだという「凝り固まった考え方」も持っていると指摘する。彼らがテクノロジーを導入する場合、既存のインフラに組み込む形になりがちだ。白紙の状態から入ることで、Corgiはなぜそのやり方をしているのか、もっと良い方法はないのかを問い直し、AIとテクノロジーを前提に一から作る際には不要な手順を省くことができる。他の業界は真剣には検討しなかったという。保険こそが適切なタイミングで適切な場所に思えたし、それを実現するチームを作れると信じていた。
軌道に乗っていたブローカー事業と、それを畳んだ理由
CorgiがY Combinatorに参加した時点で、すでに保険ブローカーとしてのライセンスを取得していた。計画は、契約管理サービスを提供する企業のプロダクトに保険を組み込むというもので、ラクア氏はこれを、ただのブローカーとして「普通のことをする」ことだったと表現する。そしてそれはうまくいっていた。数万ドル分の保険料を販売し、売上の伸びも順調だった。
ユアン氏によれば、当初二人は保険のスタックのどこに問題があるのかを見誤っていた。保険会社のマーケティングが単に積極性に欠けているだけだと考えていたのだ。ところが実際には、ブローカーは古い伝統的な保険会社に依存しており、そのせいで良い商品を提供するのが非常に難しかった。ラクア氏は日々の実態をこう語る。保険契約を1件扱うたびに保険会社に電話をかけ、書類をやりとりするためにファックス機まで買わなければならなかった。そうした保険会社を調べてみると、時価1,000億ドルや2,000億ドルの企業なのに、いまだにファックスと電話で業務を回していた。もっと良い保険会社があるはずだと考え、チームはすべての保険会社を確認した。しかし、より良いところは一つもなかったという。
そこから二人は、問題はウェブサイトやテクノロジーではなく、根底にある商品、つまり保険契約そのものにあると結論づけた。その商品をコントロールするには、保険会社になるしか現実的な選択肢はなかったとユアン氏は言う。
こうして二人は、うまくいっていたブローカー事業を畳んだ。ラクア氏は、それは決して自明な判断ではなく、かなり物議を醸すものだったと強調する。もし続けていれば、同じバッチの中でトップとは言わないまでも、上位の企業の一つになれていたかもしれないと考えている。二人が掲げたビジョンは、既存の保険会社の上に何かを築くことでも、近代化することでも、修正することでもなく、「新しいタイプの金融機関」を作ることになった。つまり、厳しく規制された金融機関となり、それをAIでゼロから作り直すということだ。ユアン氏はここでも部外者というテーマを繰り返す。既存のパラダイムから自分を切り離すのは非常に難しく、業界に新しく入ってきたからこそ、いわば「じゃあ、そのAI版を作ればいい」と言えたのだという。
何年も続いた「デフォルト・デッド」
ラクア氏はそのコストについて率直に語る。保険会社は簡単に立ち上げられるものではない。Corgiは、バッチの中で非常に好調な会社から、不調な会社へと転落した。Demo Dayには登壇せず、バッチの中で「注目企業の一つではなかった」。プロセスには数年を要し、会社は「何度も何度も」終わりかけ、しばしば「デフォルト・デッド」(このままでは倒産する状態)だったという。合計で数千万ドルがかかった。ラクア氏は、ほぼ売上が立つ前の段階で約8,000万ドルを調達しなければならなかったと話す。インタビューの別の箇所では、実現のために1億ドル以上を調達する必要があったとも語っている。
ラクア氏によれば、この資金はピッチ資料を一度も作らず、市場に打って出ることも、競争的な資金調達を行うこともなく集めたという。その理由として、自分たちを「賭けないのが難しい会社」にしたからだと説明する。Y Combinator時代からの投資家がオフィスを訪れると、平日も週末も毎日オフィスが人で埋まっているのを目にした。社内の誰と話しても、チームがこの問題を深く気にかけ、勝ちたいと思っており、最終的な目標が世界をより良くすると信じていることが伝わった。それらを総合すると、人々が自分たちに賭けやすくなったのだという。
オフィスで暮らす
ユアン氏は、保険ほど巨大で複雑な業界には膨大な時間が必要だと主張する。ユアン氏はオフィスのすぐ近くに住んでいる。ラクア氏はオフィスに住んでおり、多くのチームメンバーも近くに住んでいる。「110%の努力」がなければ、きちんとやり遂げることはできないとユアン氏は言う。
ラクア氏はこれを、若い創業者ならではの強みと捉えている。若い創業者には時間とエネルギーがたっぷりあり、その代わりにお金はあまりない。それがつらいことは経験から認めている。それでもラクア氏の考えでは、その時間とエネルギーには大きな価値があり、困難な問題に注ぎ込める時間の量は、他者がなかなか太刀打ちできないものだという。
規制:難しいが、謎めいたものではない
二人の創業者は規制について少し異なる表現をする。昔から法的文書を読み解くのが得意だったというユアン氏は、規制は「何か謎めいたものではない」と言う。規制当局は何をしてよく、何をしてはいけないかを教えてくれる。指示に従い、ガイドラインの範囲内にとどまっていれば、「すべて実現可能」だとユアン氏は話す。
一方ラクア氏は、その難しさを強調する。1億ドル以上を調達したのも、2年かかったのも「楽しいからではなかった」。最初の商品を発売するまでに、規制上のライセンス取得に「ほぼ2年」かかったとも語っている。それでも、最初のライセンス一式を取得すると売上は急速に伸び始め、会社ははるかに健全に見えるようになり、転換点を迎えたという。
堀が崩れない理由
ラクア氏の成長に関する主張はシンプルだ。人は手に入る中で最も簡単で便利な商品を選ぶものであり、自分たちがその商品であれば、特別なマーケティングをしなくても人は集まってくる。Corgiは代替手段よりも根本的に優れた商品であり、誰かがスタートアップ向けにまったく新しい保険会社を作らない限り、他に選択肢はあまりないとラクア氏は言う。
規制産業で事業を営むのは非常に難しく、資本集約的であることはラクア氏も認める。しかし、いったん中核となるインフラが整えば、その上に多くのものを構築できる。そこに到達するまでのコストこそが堀だと同氏は考えている。インフラに要した時間と資金の大きさを考えれば、誰かが「Corgi 2.0」を作るのは難しく、ほとんどの企業にはそれができない。困難な部分をやり遂げて片付けてしまったことは、Corgiにとって大きな強みだという。
最後にラクア氏は、なぜブローカーのままでいなかったのかという話に立ち返る。他社の商品を再販するだけだったら、Corgiは退屈で重要性のない会社になっていただろうと同氏は考えている。「他人の商品を再販しているだけで世界を変えられるとは思わない」。だからこそ二人は、自らがインフラになることを決めた。ラクア氏自身の説明によれば、それは予想よりはるかに長い時間と多くの費用がかかったが、最終的にはうまくいったと考えているという。
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