Rapidusの短TAT生産とスピントロニクスMRAMは、AIエージェント時代の半導体需要に応えられるか

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概要

ものづくり太郎チャンネルが、Rapidus会長の東哲郎氏と東北大学の遠藤哲郎教授を招いた特別対談の前半である。AIの進化で半導体に求められる性能がどう変わるのか、そのなかでRapidusの2nm半導体と、遠藤教授が研究するスピントロニクス(MRAM)がどんな位置を占めるのかが話題になった。東氏と遠藤教授は、GPUと広帯域メモリー(HBM)だけに注目していると次の変化を見落とす、という立場で語っている。

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登壇者の経歴

東氏は1977年に東京エレクトロンに入社し、今年77歳になる。本人は「77」が自分がレジェンドと呼ばれる理由だろうと冗談めかして語った。司会のものづくり太郎氏は、東京エレクトロンが海外から装置を輸入する商社から装置メーカーへ転換した点に触れた。東氏によれば、転換を進めたのは前任者で、それを世界に広めたのが自分だという。現在はRapidusの会長として、日本が一度脱落した最先端ロジック半導体の復活に取り組んでいる。

遠藤教授は東北大学で主に3つのテーマを手がけている。1つ目はスピントロニクスを使った低電力・高速のメモリーであるMRAM、2つ目は窒化ガリウム(GaN)や炭化ケイ素(SiC)を使った電源エレクトロニクス、3つ目はこの2つを使ったAIプロセッサーやAIハードウェアのアプリケーション開発である。共通の目的は電力を下げることだと遠藤教授は説明した。司会者は、AIサーバーでは電力供給が追いつかないと言われている状況に触れ、MRAMがGoogleのFitbitに採用されていることも紹介した。なお、2人は下の名前が同じ「哲郎」で、遠藤教授は今回を「鉄コンビ」と呼んでいる。

「AIがAIを直す」段階に入ったという見方

司会者は、NVIDIAのGTCで1兆ドル(司会者の換算で161兆円)規模という話が出たこと、AIエージェントの登場でCPUの需要も見直されていることを挙げ、2人に現状の見方を尋ねた。

東氏は2週間ほど前に欧州と米国を回ったといい、どこでもAIエージェントやAIロボティクス、フィジカルAIが話題で、AI一色だったと報告した。東氏の見立てでは、AIがAIを生み、自分の弱点を修正しながら成長する時代に入った。人間が反省して次に生かすように、AIが自分のミスを踏まえて自らプログラムを直していく。この循環が無限ループに近づいており、危うさを指摘する声がある一方で、AIの進化のスピードを加速させているという。

日本のDRAMの教訓とGPUの変化

遠藤教授は、日本のDRAMが強かった時代を振り返った。当時もコンピューターの成長という大きな流れは同じだったが、市場が大型計算機からパソコンに移ると、ハードウェアに求められる条件が「高い信頼性」から「安く大量に作れること」に変わった。日本はこの変化についていけず失敗した、というのが遠藤教授の整理である。

これを踏まえ、遠藤教授はAI向け半導体の需要そのものは止まらないとしながらも、中身には注意が必要だと述べた。AIは機械学習の時代から生成AIの時代に移り、さらにエージェントAIという第3期を迎えている。細かく見ると、各段階で半導体への要求はかなり違うという。

遠藤教授の説明によれば、GPUはもともと画像処理用のプロセッサーで、隣り合う画素の情報を比べて輪郭を強調し、絵をきれいに見せるためのものだった。隣接するデータを比べて学習する機械学習とこの仕組みがうまく合ったことが、NVIDIAの成功につながった。ところが生成AIでは、隣接する要素だけでなく全体を総当たりで比較する必要がある。そのため、NVIDIAのGPUと呼ばれている製品でも、実際にGPUタイルが占めるのは半分ほどで、残りはニューラルネットワーク用の回路になっていると遠藤教授は述べた。ハードウェアの中身はすでに変わっている、という主張である。

エージェントAIと専用チップ、Rapidusの位置

エージェントAIでは推論(インファレンス)を速く処理することが重要になり、要求はまた変わる。さらに産業ごとにAIエージェントが必要になれば、領域ごとに違う能力が求められる。そうなると、用途に最適化した個別のASICが必要になり、それはRapidusの出番ではないか、と司会者と遠藤教授は話を進めた。東氏も「我々が狙っているところ」と応じた。

司会者は、Rapidusの立ち上げ当初は厳しい声が多かったと振り返った。自分は国がようやく資金をつけたのだから応援しようという立場だったが、ふたを開けてみると、個別に最適化したチップを短いサイクルで回す必要が出てきており、短TATを掲げるRapidusのポジショニングは巧みだったのではないか、と評価した。

東氏も同意しつつ当時を説明した。2nm世代のGAA(ゲート・オール・アラウンド)で始めると言った当時、日本の業界や顧客にあたる市場からは、そこまでの性能は要らないのではないかという反応だった。その後、AIの専用化が進み、エッジ側にも専用AIが必要になってきた。Rapidusが進める短TAT方式の生産が注目され、日本でも世界でも市場があるのではないかと見られるようになった、という。東氏は、米国がこうした市場が生まれると予測して動き始めたことも強く感じていると語った。加えて、AIそのものの技術革新が非常に速くなり、それに合わせた半導体も速く作る必要が出てきた。その競争が激しくなったことで、短TATの生産方式が改めて注目されているというのが東氏の見方である。

Rapidusの現在地と量産までの道筋

司会者は、昨年12月に社長がガッツポーズを見せたこと、試作で回路が機能したと報道されたことに触れ、進捗を尋ねた。

東氏によれば、Rapidusは今年末までに、顧客にサンプルとして出せる製品を完成させることを目指している。そのための課題は、歩留まり(良品率)を上げることと、性能をさらに引き上げることの2つである。年末までにこれを達成して顧客に届けるフェーズに入っており、顧客が待っている状態だという。

ただし東氏は、量産につながるかどうかは、そのサンプルを使った顧客の製品が売れるかどうかにかかっていると率直に述べた。今年の暮れにその段階を迎え、顧客の製品が売れていけば、来年末ごろまでには量産を行う、というのが東氏の示した見通しである。

MRAMの第1段階:マイコン用フラッシュの置き換え

話題はスピントロニクスに移った。前回の動画は100万回再生を超えたという。

遠藤教授が最近の動きとして挙げたのは、SoCのロジックに組み込まれた埋め込み型フラッシュメモリーを置き換える事業が、ほぼ始まっていることだ。フラッシュマイコンからMRAMマイコンへの移行が、MRAMの第1期の成長にあたるという。このメモリーには、たとえばエンジン制御用マイコンなら、エンジンをどう動かすかというパラメーターなどのプログラムやデータが格納されている。

遠藤教授の説明では、現在のフラッシュは85℃までしかもたないため、エアコンや水冷で冷やす工夫が必要だった。MRAMマイコンなら175℃、現在量産されている品でも150℃まで耐えられる。そのためハイブリッド車のように、モーターと制御ボードを一体化できる。遠藤教授は、これは自動車メーカーにとって部品が変わるだけの話ではないと強調した。これまではエンジンと制御ボードを別々に作ってチェックし、組み立ててまたチェックしていた。一体化すれば一度の試験で合格したものをそのまま車に載せられるため、製造工程も変わるという。遠藤教授は、顧客がいるからこそTSMCやSamsungのファウンドリーが製造を始めていると付け加えた。

宇宙での耐放射線性の実験

司会者は、SpaceXのように宇宙でAIの推論を行う構想では、高温や宇宙線への耐性が求められるので、スピントロニクスが向いているのではないかと尋ねた。遠藤教授は、150℃まで耐えられれば、ヒートシンクではなく放射熱で冷却できると応じた。

米国もこの分野に取り組んでいるが、軍事用途のためデータがまったく出てこない。そこで遠藤教授らは自分たちで調べる必要があると考え、JAXAと共同で実験を続けてきた。その結果として、現在のシリコン半導体と比べて100倍以上の放射線を浴びても誤動作しないと報告した。そうであれば放射線を防ぐ鉛の遮蔽を薄くでき、機体が軽くなる。ロケットの打ち上げは重さでほぼ決まるので、ここに利点があるという。

遠藤教授らのチップはすでに米国で打ち上げられており、これから1年間宇宙空間を漂いながら、本当に壊れないかのデータを取る。遠藤教授は「今のところたぶんOK」と述べ、1年たてば技術認証が取れ、安心して使ってもらえるようになると語った。これを受けて東氏は、それならRapidusの半導体も頑張らなければと応じた。遠藤教授も、MRAMだけでは動かないので、ロジックと手を結ばなければならないと答えた。

第2段階:TSMCのSRAM置き換え用MRAM

遠藤教授がもう1つ挙げたのは、TSMCが昨年、5nm世代でSRAM置き換え用のMRAM(RAMライクなMRAM)を始めると発表したことだ。これまではフラッシュの代替だったMRAMを、高速に動くSRAMの代替として製品化していく動きだという。

遠藤教授によると、MRAMのセルサイズはSRAMの10分の1以下で、同じ面積ならキャッシュ容量を10倍以上に広げられる。現在チップレットのキャッシュは数百MB程度だが、MRAMを使えば4GBクラスのキャッシュも可能になるという。遠藤教授は、AIの分野ではキャッシュのメモリー空間が非常に重要だと述べた。司会者も、HBMとのやり取りが遅延の原因になっていること、キャッシュを上に積む工夫がされていることを挙げ、その文脈でGroqが出てきたと付け加えた。

遠藤教授はさらに、これまでのMRAMはマイコン市場向けで、日本では「事業になっても所詮マイコン」と批判されてきたと振り返った。MRAMがSoCに入ってくることの意味について、遠藤教授は言葉を選びながらこう説明した。ファウンドリーは顧客に求められなければ絶対に動かない。TSMCがやるということは、どこかの顧客が求めたということで、それは頭文字でいえばGかAかNかといった4社程度しかない。司会者に、それは遠藤教授にとってライセンス収入の面でうれしい話なのかと問われると、遠藤教授は「それは収録の後で話します」とかわした。

TSMCがなぜ5nm世代に載せたのかについて、遠藤教授は業界の「マナー」から説明した。シリコンの製造技術と、MRAMのような新しいスペシャリティ技術を同時に変えるのはリスクが大きい。そのため、CMOSが完成したところに新技術を追加し、新技術が載ったらその上でCMOSを前進させる、という順序を踏む。これはシーソーモデル、あるいはIntelのチクタクモデルと呼ばれる。TSMCにとっては、最先端のCMOSはまだ開発中で事業化を始めた段階なので、量産が安定している5nmや3nmにMRAMを入れるのはマナー通りだという。ただし、マナー通りのことを実行させるには、発注する顧客が必ずいる、と遠藤教授は念を押した。

東北大学CIESとMRAMの原点

司会者は、MRAMを救ったのは東氏だと紹介した。遠藤教授によれば、MRAMの構想を持ち込んだ当初は周囲が乗り気でなく、東京エレクトロンの役員会でも前向きではなかった。そのとき東氏が「こういうことをやらないと将来がない」と押し切って了承してくれたので、東氏は命の恩人だという。

東氏の説明では、2011年の東日本大震災の後、東京エレクトロンは東北大学の国際集積エレクトロニクス研究開発センター(CIES)に、建物からクリーンルームまで現物出資の形で寄付した。これがMRAMの研究拠点になった。東氏はその理由を2つ挙げた。1つは震災後の東北に求心力を作りたいという思い。もう1つは日本の半導体の歴史である。日本はDRAMで一度は大きく広がったがだめになり、フラッシュでも遅れ、SRAMでも同じことを繰り返した。DRAMでもSRAMでもフラッシュでもなく、それらのよいところを併せ持つ新しいメモリーがMRAMであり、これをやらないでどうするのか、と考えたという。

東氏は、日本の半導体メーカーだけでなく、IntelやQualcommなど世界から研究者を集めて始めた点も先進的だったと振り返り、それを実現できたのは遠藤教授の力だと述べた。

分からないうちに始める

終盤、遠藤教授は、日本では市場ができた後に「なぜやっておかなかったのか」と批判する人が多いと指摘した。そのうえで、パラダイムが変わり進化が非常に速い時代には、どこが正解か分からないうちに、歩きながら考えて始めるしかないと語った。千に三つ当たればよい世界だとも言う。東氏は、成功の反対は失敗ではなく「やらないこと」だとよく話していると述べ、失敗すればそれを乗り越えようという動きにつながると付け加えた。

最後に遠藤教授は、AIが圧倒的に電力を消費する時代がすぐ目の前に来ていると述べ、このままでは「ご飯を炊くエネルギーも残らない」と冗談交じりに警告した。どれほど消費電力を減らせるのかという司会者の問いに、遠藤教授が「DRAMと比べると……」と答えかけたところで前半は終わり、具体的な数字は語られなかった。