大栗博司が語る「基本法則のラスボス」:量子力学と重力の統合は西暦4275年か

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概要

理論物理学者の大栗博司が、経済学者の成田悠輔を相手に、ホワイトボードを使って物理学の「統合」の歴史をたどった対談である。中心の問いは、量子力学と重力を一つの理論にまとめると何が分かるのか、そしてそれはいつ実現しそうなのかというものだ。大栗は超弦理論(番組中では「弦理論」)をその唯一の候補と位置づけつつ、完成と検証には気の遠くなる時間がかかるという見積もりを半ば冗談めかして示した。後半では、時間と空間の不確定性、「すべてのものは波である」という量子力学の考え方、そして人間の言葉や感覚で自然を理解することの限界へと話が広がった。

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400年の物理学は「統合」の歴史である

大栗はまず、統合理論の意義を歴史から説明した。ガリレオやニュートンの時代から約400年続く現代物理学の進歩の一つのあり方は、別々の現象を説明していた基本法則が次第に統合されていく過程だという。

最初の例は万有引力である。コペルニクスやケプラーは惑星と太陽の間に重力がどう働くかを探求し、一方でガリレオやニュートンは物がどう運動するかの法則を追った。ニュートンはこれらを統合して万有引力の法則をつくった。大栗が重要だと強調するのは、地球上でリンゴが落ちることと、月が地球の周りを回ることが、同じ一つの法則で説明できた点である。

それ以前、少なくとも西洋では、天と地の法則は別物だと考えられていた。アリストテレスは天界が「第5の物質」でできていて別の法則が支配していると考えた。神様の世界だからである。ところがガリレオが望遠鏡で月の表面を見ると、地球と同じように山や谷があった。こうして天体の世界も地上と同じ法則に支配されているのではないかと分かってきた。それまでは地球のことをいくら研究しても宇宙のことは分からないと思われていたが、統合によって人間が理解できる範囲が一挙に広がった、と大栗は述べる。

マクスウェルから一般相対性理論へ

次の段階として大栗は19世紀の電気と磁気を挙げた。磁気は紀元前から知られており、中国では羅針盤のようなものも作られていた。電気の理解はそれより新しい。この二つが一つの理論で説明できることを19世紀後半に示したのがマクスウェルで、その帰結として電磁波も見つかった。

しかし、ニュートンの運動の理論とマクスウェルの電磁場の理論は矛盾していた。これを解消したのがアインシュタインの特殊相対性理論である。ところが今度は特殊相対性理論が重力と矛盾し、それを統合したのが一般相対性理論(1915年)だった。大栗はこの段階で「古典物理学」が完成したと言われていると説明する。19世紀の物理学者ケルビンは、これで物理学でやることはなくなったと言ったほどで、日常生活で出会う現象の性質はこの範囲でおおむね説明できるという。

ホワイトボードでは「重力」「運動」「電磁場」「特殊相対性」「一般相対性」と枝分かれした図が描かれたが、漢字が書けないと2人で笑い合う場面も挟まれた。

量子力学の誕生と、場の量子論・標準模型までの時間

19世紀後半になると、強い電磁現象や原子の内部構造が分かるようになり、自然界に量子の世界があることが明らかになった。量子力学の成立はおおむね1925年から27年で、大栗によれば、ドイツ人は1925年、オーストリア人は1926年を挙げることが多いという。今年はユネスコが定めた量子の年で、ちょうど100周年にあたる。

特殊相対性理論と量子力学の統合はすぐにできた。それが場の量子論で、最初のものは1929年、つまり2年ほどで生まれた。ところが、場の量子論が実際の素粒子の世界を説明できるようになるまでには約50年かかった。1970年代半ば、1975年ごろに素粒子の標準模型ができ、現在実験で観測できる素粒子の世界をすべて説明できるようになった。さらにその検証には約40年を要し、ヒッグス粒子の発見とノーベル賞によって完成したと言われている。

では、なぜ50年もかかったのか。大栗は理由を二つ挙げた。一つは、最初に作られた場の量子論が当時の数学ではうまく扱えない理論だったことで、それを使えるものにするまでに20年かかった。これが朝永振一郎、ファインマン、シュウィンガーによる「繰り込み」である。もう一つは実験の側で、第二次世界大戦直後から世界各地で粒子加速器が作られ、素粒子を高いエネルギーで衝突させることで未知の現象が次々と見つかった。それを場の量子論で説明するのにさらに30年かかった。理論の整備、実験、新現象の発見を経て50年、というのが大栗の整理である。

量子と重力の統合は「25倍難しい」――西暦4275年という見積もり

残るのは、量子の世界と一般相対性理論の重力の統合で、これはまだできていない。大栗は、物理学者は何でも定量化したがるという話を受けて、この統合の難しさを見積もってみせた。

量子力学と特殊相対性理論の統合(場の量子論)は約2年でできた。一方、量子力学と一般相対性理論を統合する候補である弦理論が重力を含むと分かったのは1974年で、量子力学の誕生からおよそ50年かかっている。50年を2年で割って、25倍難しいと評価できるというのである。

この倍率を先の歴史に当てはめると、場の量子論から標準模型まで50年かかったので、弦理論から「標準模型のようなもの」に至るには約1250年かかる。ヒッグス粒子のように実験で検証されるまで40年かかったので、これも25倍して約1000年。合わせて約2250年となる。現在の2025年に足すと4275年で、計算には成田も加わり「ホワイトボードに貢献した」と冗談を言った。大栗は、古代ギリシャの人々が原子論を考えていた頃から現在までくらいの時間だとたとえ、そのくらいまで長生きして達成したい、もう少し早くやりたい、と笑いながら語った。

何が足りないのかという問いに、大栗は、人類がまだ自然のことを実験・観測的に十分知らないことを挙げた。さらに数学の問題もある。場の量子論ですら、数学的にはまだ完成していない。21世紀の初めにクレイ研究所が7つのミレニアム問題を出し、そのうち1つはすでに解かれたが、その中に場の量子論の数学をきちんと作れという問題が含まれている。物理学者はこの理論で計算ができるが、数学者はまだちゃんとした理論だと見なしていない。弦理論の数学はそれよりはるかに難しく、少なくとも繰り込み理論に相当する段階まで作るだけでも、25倍として約500年かかると大栗は見積もる。

統合が完成すると何が分かるのか

4275年に統合ができたとして何が分かるのか。成田の問いに大栗は、過去400年の自然理解の歴史がそこである程度完成すると考えられている、と答えた。現段階では、それより深い理論は考えられないという。大栗はこれを「基本法則のラスボス」と呼んでいる。

反証可能性がないという「問題」

大栗によれば、今のところ弦理論と矛盾するデータや観測、実験はない。しかし「ないのが問題」だという。科学としては、矛盾するかもしれない実験や観測の可能性があり、やってみたら間違っていなかった、という形が望ましい。弦理論はまだ開発途上で、そこから予言できることは直ちに実験で検証できるものではない。初期宇宙には高温・高密度の状態があったので、そうした状況での観測の可能性はあるが、「こういう結果が出たら理論は棄却される」と言える段階にはまだない。大栗はこれを望ましい状況ではないと認めつつ、今は反証可能ではないが、いずれ反証可能になると考えていると述べた。

成田はさらに、反証可能ではないが現実と矛盾しない理論が複数あったとき、どれを使うべきかという判断はどこから来るのかと尋ねた。大栗の答えは、量子力学の枠組みに従い、しかも縦・横・高さのある3次元空間の重力現象を再現する理論は、現在のところ弦理論しかない、というものだった。重力と量子力学を両方含む数学的な理論は作ること自体が極めて難しく、それを示すのに50年かかった。

大栗は、物理学が進むほど理論の可能性は狭まっていくと説明する。知っていることが増えるほど、基本法則が満たすべき条件も増え、それをすべてクリアする理論を作るのは至難の業になる。たとえば量子力学と特殊相対性理論を統合する理論は、数学的な整合性から場の量子論しかないと言える。同様に、過去50年、重力と量子力学を含み3次元空間を説明する理論は弦理論以外に見つかっていない。大栗自身も30年ほど前にループ量子重力など他の理論を研究したことがあるが、理論の内部に矛盾があり、弦理論ほど満足のいくものではなかったという。

場面ごとに理論を切り替えればよいのではないか

成田は「雑な素人意見」として、重力には一般相対性理論、それ以外には場の量子論を使い、両者をスイッチのように切り替えるアドホックな理論は作れないのかと問うた。

大栗は、物理学には階層構造があり、特定の現象では他の部分を忘れてよいと答えた。地球上の現象のほとんどは今もニュートンの理論で説明できるし、量子力学だけ、重力だけを考えればよい現象も多い。しかし、宇宙の始まりや、物質が小さな領域に集まって重力が強くなりすぎるブラックホールのような現象では、両方を扱わないと分からない。天の川銀河の中心には太陽の約100万倍の重さのブラックホールがあることが発見され、数年前にノーベル賞の対象になったが、その量子力学的な性質は両方の理論がないと分からない、と大栗は述べた。

統合は未知の現象を見せる――電磁波と光の例

大栗は、統合が起きると世界観が広がり、これまで知られていなかった現象が見えてくると主張し、電気と磁気の例を挙げた。マクスウェルの方程式を解くと、電場と磁場が交互に変化しながら伝わる波が数学的に予言された。その速さを計算すると光の速さと同じで、光は電場と磁場の波であることが分かった。光の理論が別にあるのではなく、電磁現象に含まれていたのである。

さらにヘルツがさまざまな電磁波を作ってみせ、マルコーニらによる電磁波通信が可能になった。現在スマートフォンで日常的に会話できるのもマクスウェルのおかげだと大栗は言う。成田が「光はさまざまな電磁波の中で一番速いのか」と尋ねると、大栗は、マクスウェルの理論の範囲ではすべての電磁波は同じ速さで伝わり、光は目で観測できる特定の波長のものだと説明した。統合によって、光しか知らなかった状態から、X線、ガンマ線、赤外線まで説明できるようになった。同じように重力と量子力学を統合すれば、宇宙の始まりやブラックホール以外にも、これまで気づかなかった自然現象が理解できるようになるだろう、と大栗は見込んでいる。

時間と空間は不確定になる

後半、成田は日常感覚に沿って時間軸の質問を投げた。私たちは昨日、今日、明日と時間が流れているように感じる。では宇宙に始まりと終わりはあるのか、始まりより前や終わりより後は意味をなすのか。

大栗はまず、私たちが普通に理解している時間は古典物理学の時間だと説明した。ニュートンの運動方程式では、ある時刻での物質の運動(初期条件)がすべて分かれば、将来も過去も予言できる。その世界の発展を表すパラメーターを時間と呼んでいる。マクスウェルの理論も、アインシュタインの一般相対性理論も基本的には同じで、空間や時間の様子も含めて方程式を解くことで時間発展が決まる。

しかし、この描像が宇宙の始まりなどで成り立つかは明らかではない。量子力学には不確定性原理があり、観測される量の値が正確に決まっているとは限らず、異なる量を同時に測れないこともある。アインシュタインの重力理論では、「今何時か」「今どこにいるか」といった時間や空間そのものも観測量として扱われる。そこに量子力学を加えると、時間や空間も不確定になり、ある尺度より先では精密に測れなくなる、と大栗は述べた。

ミクロへ向かう階層と加速器の原理

その説明の準備として、大栗は物質の階層を描いた。物質は原子でできていて、原子核の周りを電子が回っている。原子核は陽子と中性子からなり、陽子や中性子の中にはクォークが3つある。これが標準模型の世界である。小さな世界へ行くほど基本的な理論が分かり、そこから上の階層の性質を導ける。大栗が訪問している理化学研究所では、スーパーコンピューター「富岳」にクォークの理論を入れ、陽子や中性子の間の力を導く研究も行われているという。素粒子物理学、原子核物理学、原子物理学と階層をなしており、先へ進めばより深い理論が分かるはずだと考えられてきた。しかし重力と量子力学を統合すると、時間や空間が不確定になり、ある先は分からなくなる世界がある、と大栗は話を戻そうとした。

陽子の中にクォークがあることを見つけた方法の一つが粒子加速器である。プラスの電荷を持つ陽子を、リニアモーターのように電場で加速して衝突させ、高いエネルギーの領域を作る。量子力学では、すべてのものは波であり、エネルギーが高いほど波長が短く、波長が短いほど小さな世界が見える。電子顕微鏡が光学顕微鏡より小さなものを見られるのも、電子を速く加速して波長を短くしているからで、それを極端にしたのが加速器だと大栗は説明した。

「すべては波」と「波動」という言葉

「すべてのものは波」と聞いた成田は、オカルト系の人も言いそうだと反応した。大栗は、それこそが量子力学の最も基本的な考え方だと応じ、1925年にハイゼンベルクが最初の量子力学を作ったがとても難解で、1926年にシュレーディンガーがすべての粒子を波と考え、その振る舞いを方程式にした波動力学を作ったと説明した。

成田は、科学的な裏付けのある「波動」と、気分やムードで使われる「波動」が並存しているのが面白いと言う。大栗はその分野には詳しくないと断ったうえで、波には遠く離れたものにも影響を及ぼすという遠隔的な印象があるからではないかと推測した。磁石が子供に不思議に感じられるのも、離れていても力が働く遠隔力だからである。少なくとも西洋の科学では、離れていても力が及ぶことはオカルト的だと考えられていた。マクスウェルの電磁場の理論によって、空間に満ちた場が力を伝えるという考え方への抵抗がなくなり、それを粒子にまで広げたのがシュレーディンガーだった、と大栗は述べる。ここで大栗は、力とは物質の状態を変えるもののことで、それが場によって伝わるというのが重力や電磁場の理論であり、それを物質の側にも広げたのが量子力学だと補足した。

人間の感覚と言葉の限界、数学という言語

成田は、目で見たり体で触れたりできない作用による変化を人間は「変だ」と感じがちだが、その区別に物理的な意味はあるのかと問うた。大栗は、物理的に意味のある区別ではないと答えた。変だと感じるかどうかは慣れ親しんでいるかどうかであり、人間の言葉や感覚は非常に限られた経験に基づいている。人間の脳は地球上の数km程度の環境で生き残るために進化してきたので、ミクロの世界や何億光年も先の宇宙を理解しようとすれば、そこで起きる現象が感覚とずれるのは仕方がない、というのが大栗の見方である。

そのうえで大栗は、遠隔力は日常でも起きていると指摘した。大栗が成田の顔を見ているのは、光が成田の顔に当たって大栗に届いているからで、声が聞こえるのも空気の振動が鼓膜に伝わるからで、ある意味で遠隔力とも言える。

成田が、そうした日常感覚に縛られた人間がこうした問題を考えようとしていること自体が涙ぐましいと言うと、大栗は、それができるのはすごく不思議なことで、一つには数学があるからだと答えた。この日のテーマは「本当のことを教える」ことだったが、限界があるのは日本語で説明しようとしているからだという。日本語のような自然言語は、人類が数kmの世界を説明するために発展させてきた言葉なので、こうした世界を説明するには限界がある。数学はあらかじめ対象を仮定せずにできている言語なので適用範囲が広く、それを手に入れたことで人類はこうした世界を理解できるようになった、と大栗は述べた。成田はこれを、生活のための包丁でとてつもなく小さいものや大きなものを調理しようとしているようなものだとたとえ、大栗も日本語で説明する限りはそういうところがあると同意した。

残された問い

対談の終盤、成田は「解けるかどうかも分からない問題をやって何になるのか」「この宇宙の最先端を人類に伝えるにはどうしたらいいのか」と問いかけた。大栗は研究を人間の知のフロンティアと位置づけかけたが、字幕はその答えの途中で途切れており、動画内では結論まで示されていない。宇宙の始まりと終わり、その前後に意味はあるのかという成田の最初の問いも、時間と空間が不確定になるという説明の入り口まで進んだところで、明確な答えには至らなかった。