無音のスタジオで爆発を演じる:佐倉綾音が語る「経験の引き出し」、オモコロチャンネル、猫と死生観

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概要

声優の佐倉綾音と文芸評論家の三宅香帆による対談である。三宅がまず問うのは、ラジオやバラエティで自分自身として話す仕事と、役を演じる仕事の違いだ。佐倉の答えは一貫している。演技は、その人がそれまでに何を経験し、どれだけ考え、どれだけ感情を蓄えてきたかで決まる。この考えは休日の過ごし方にも、好きなYouTubeチャンネルの見方にも、保護猫との時間にも表れていた。

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演技は「その人ができること」しかできない

三宅は、最近の佐倉は演技の仕事に加えてラジオなどで自分の言葉を発信する場が増えていると指摘し、その二つに違いはあるのかと尋ねた。佐倉は、完全に切り離すのが正解の場合もあると前置きしたうえで、自分の考えを話した。

佐倉によれば、芝居はその人ができることしかできない。これまでにどれだけのことを経験し、どれだけ頭を回し、どれだけ感情を蓄えてきたかに大きく左右される。その例として、顔を出して演じる俳優と声優を比べた。俳優なら、爆発に巻き込まれる場面ではその場で体を動かし、実際の爆発の演出に反応すればよい。声優は、静まり返ったスタジオで爆発に巻き込まれる演技をしなければならない。

三宅は「SE(効果音)は入っていないんですね」と驚いた。佐倉によると、収録時にはBGMもSEもなく、完全な無音である。そのため「ここでこういう爆発音がするはずで、自分はこの役としてどう反応するか」をすべて想像で組み立てる必要がある。だからこそ演じる人の経験値が大きく影響するのだと佐倉は考えている。今までの経験、引き出しの多さ、考えてきた回数が演技を左右するというのが佐倉の見方だ。

役は一枚のレイヤー、その前にデータが要る

三宅が「たくさん考えて話すという点では、ラジオも演技もあまり変わらないのか」と確かめると、佐倉は、人生そのものとそもそもあまり変わらないと思うと答えた。

では役になりきることは、その上に一枚レイヤーを重ねるようなものか、と三宅はさらに尋ねた。佐倉はそれに近いと認め、役によっては自分ほど頭を巡らせていない人物もいると説明した。その場合は自分の頭の動きを止め、そういう人がこういう場面でどう反応するかを考える。そこで初めて表出させるが、表出させる前に自分は「データが必要なタイプ」だと佐倉は言う。

休日も引き出しにしまってしまう

ここまでの話を聞いた三宅は、ずっと仕事のことを考えているのではないかと心配し、休日はあるのか、脳は休めているのかと尋ねた。佐倉は、結果的に休日も仕事のことを考えているかもしれないと認めた。

三宅が温泉に行くだけの日を作ってほしいと言うと、佐倉は温泉にはほとんど行ったことがないと答えた。そのうえで、もし行ったら、温泉に入ったときの人間の心の動きを観察し、「みんなが言っているのはこれか」と引き出しに入れる作業をしてしまうかもしれないと話した。三宅が「引き出しに入れる」とは覚えておくことかと聞くと、佐倉は感覚的に覚えておくことだと答えた。

記憶は心が動いたときに残る

佐倉は最近、心を動かさないと覚えていられないことに気づいたという。この年齢になると記憶力が少し落ちてくる。小学生の頃に聞いたもの、見たもの、感じたものの記憶は鮮明に残っているのに、直近のことはぼんやりしていて、日々が早く過ぎるように感じる。佐倉はその理由を、心が動いていないからではないかと考えている。

佐倉個人の感覚では、心を動かしたもののほうが記憶に残りやすい。嫌な思いで心を殴られたときの感情も残るし、よほど新鮮な体験をしたときや、よほど嬉しいことを言われたときも覚えていられる。そこから記憶と心は連動しているのではないかと考えるようになった。初めて温泉に行くなら、頑張って心を動かして覚えておこうとするだろうという。心を動かすことが今の自分にとって大きな課題になっている、と佐倉は語った。

仕事で感情を使うから、オフが長くなる

三宅は、人前に出る仕事ではさまざまなことを言われ、心をオフにしたくなることもあるのではないかと尋ねた。佐倉は、演じているときや仕事中に感受性を動かしすぎて疲れ、オフにする癖がついたように感じると答えた。

佐倉はスイッチの切り替えが得意だと自己評価している。直前までオフの状態でも、マイクの前に立てば気持ちを切り替えて役に入れる。自分の中ではかなりうまいほうだと思っているからこそ、ぎりぎりまでオフのままでいてしまい、プライベートでもオフの時間が長くなっているのかもしれない、と佐倉は振り返った。心を動かすことが課題だという先の話は、この点にもつながっている。

流行に乗れなかった人がオモコロチャンネルにはまるまで

オフに見て影響を受けたコンテンツを聞かれ、話題はオモコロチャンネルに移った。三宅は事前に佐倉の好きなYouTubeを調べて驚いたと言い、佐倉も三宅がオモコロチャンネルを知っていたことに驚いた。

佐倉は、自分は流行に乗るのが非常に苦手だと話す。ファッションでも、ビスチェが今年の流行だと言われても一度も着なかった。YouTuberが流行したときも人気YouTuberにまったく乗れず、サムネイルのごちゃごちゃした感じや、ゴシップ的に目を引くタイトルの文字列がしんどいと感じていた。人のドーパミンを刺激するコンテンツは自分向きではないかもしれないと思い、避けてきたという。

きっかけは、もともと好きだったウェブメディア「オモコロ」である。オモコロチャンネルは、そのメディアのライターである男性たちが運営するYouTubeチャンネルだ。佐倉は記事を読んでいてYouTubeの存在を知り、文章や画像での表現は好きだが、この人たちが話したらどうなるのだろうと興味を持った。

ただ、佐倉は男性の声を覚えるのが苦手で、出演者全員が男性であることもハードルになった。最初は顔と声の区別もつかなかった。それでも捨て置けない何かが引っかかり、作業として「とりあえず10本見よう」と決めた。見ているうちに区別がつくようになった。三宅は、そんな勉強のようにオモコロチャンネルを見ている人はいないと笑った。

「下品なのに知性がある」、平成のインターネットとの距離感

佐倉は、騒ぐ系のYouTuberには苦手意識があった。しかしオモコロチャンネルでは、その合間に自分たちの世代に刺さる語彙や、「下品なのに知性がある」ところが見え隠れした。これは自分がやろうとしてもできないのではないかと思ったとき、この人たちは本当にすごいと感じ、一気にはまっていったという。

三宅も、周りのアラサー世代の文化系女子にはいつの間にかオモコロチャンネルにはまっている人が多いと話した。二人は、出演者が今40歳前後で、フラッシュ動画やテキストサイトの時代にインターネットで活躍していた世代だと確認し合った。テキストサイトのノリをYouTubeでやっているような感じだという。

佐倉が特に評価するのは、その文化を全面的に肯定するのではなく、継承しつつ距離を取っている温度感である。当時の文化は楽しかったが、今思うと全肯定はできないことも多い。そのちょうどよい温度感が、当時はまっていた頃の恥ずかしさをすべて消化してくれているように感じるという。

黒歴史と、過去の自分の肯定

佐倉は、平成の頃は世界一面白いと思いながらインターネットを見ていたが、今思えば「そこで笑うのは浅すぎる」と感じる部分もあり、当時の自分を少し悔いていると話した。三宅も、親に隠れていろいろなものを見ていた記憶は恥ずかしいけれどノスタルジックでもあり、アンビバレントだと応じた。

佐倉は、面白いコピペを得意げに親に紹介していたというエピソードも明かした。親は文脈がわからないので笑わない。今思うと恥ずかしい。それでも佐倉は、その時の自分がいていいと言う。あの時の自分がいたから今オモコロチャンネルを笑えるのであり、それは過去の自分への肯定であり、成長の証だと感じている。三宅は、オモコロチャンネルからこんないい話が聞けるとは思わなかったと驚き、佐倉は同じものを見ている感覚を共有できて嬉しいと話した。

長期の目標を立てたことがない

今挑戦したいことを聞かれた佐倉は、それがまったくないと答え、三宅を驚かせた。人生で目標を立てたことがなく、「今日の私」「明日の私」くらいの短い単位はあっても、長期的に何かになりたい、何かをやりたいと思ったことはないという。だからこそ、自分の限界を気にせずいろいろなことに挑戦できたのかもしれないと佐倉は考えている。

仕事についても、自分からこういう仕事がしたいと考えるより、人から「これができそう」「これをやらせてみたい」と言ってもらえるほうが嬉しいタイプだという。三宅は、声優は自分の中から湧き出るものと、周りから求められるものの両方が必要な仕事だと感じたと述べた。

「死ぬまでにやりたい100のこと」が書けない

佐倉が三宅にモチベーションの保ち方を尋ねると、三宅は自分は欲望が強いタイプで、目標ややりたいことが多いと答えた。どうすれば実現できるのかと遠い目になりながら、できたら嬉しいという感じだという。

これを受けて佐倉は、友達と「死ぬまでにやりたい100のこと」リストを作ろうとした経験を話した。まったく思い浮かばず、今も10個ほどしか埋まっていない。どんな小さなことでもいいと言われて頑張って書いたのは、「ハンカチを毎日持ち歩く」「いつか外をマスクなしで歩いてみる」といった項目だった。周りは世界一周旅行、売れる作品を書く、何かの賞を取るといったことを書いているのに、自分には何もない。それが自分の核の部分なのかと思い、少しへこんだという。三宅は、自分なら一瞬で埋められそうだと言った。

三宅は、求められるものが多い仕事では、自分から何かを求めるより、求められたものに応えるほうが得意なほうが向いているのではないかと話した。そういう特殊な仕事に向いていること自体がすごいとも言った。佐倉はそれを「慣れ」だと答え、場数の問題だとした。初期は目も当てられないほどだったという。

猫は今のことしか考えていない

最近面白かったものを聞かれ、佐倉は猫の話を始めた。猫と一緒にいる時間は、仕事から最も離れた時間だという。それでも結局分析してしまっている、と佐倉は笑う。

佐倉は時間があるときに保護猫のボランティア活動をしている。そこでボランティアの人から、猫は基本的に今のことしか考えておらず、それが人間と最も違うところだと聞いた。先への恐怖や、こうしたらどうなるかという不安はおそらく持っていないという。佐倉はそれを聞いて、猫は自分という人間の対極にある命だと感じ、多くを学んでいるという。死ぬことが怖いという概念を知らずに生きるのはどういう感覚なのか、と考えるようになった。

死を演じる仕事

佐倉は猫と比べて、人間は特殊な生き物だと話す。三宅も、人間は先のことまで考え、死ぬことを表現し、死んで生まれ変わることまで芸術にする奇怪な生き物だと応じた。

佐倉は、役者は特に作品の中で何度も死ぬと続けた。もともと死んでいる役や、回想シーンにしか出てこない故人の役もある。すでに生を終えた人物を、生きている自分が演じるのは不思議な仕事だと佐倉は言う。だからこそ、猫たちにはこれからも何の恐怖にもさらされず生きていてほしいと願っている。猫を前にすると、役者としての自分からも、人間としての自分からも少し離れられる瞬間がある、と佐倉は語った。

LIMITSで見る、制限時間が引き出すもの

最後に佐倉は、昨年からMCとして関わっている学生向けデジタルアートバトル大会「LIMITS」を紹介した。制限時間内に絵を描く大会で、主に学生が参加する。限られた時間で描く作業では参加者の本質が見えてくるのが面白いという。決勝は8月27日に渋谷のさくらホールで開かれる。

会場ならではの緊張感があり、オリジナル作品を描くので、その人の考えや思想、手癖が出る。佐倉は、緊張する出場者から一番いい部分を引き出せないかと考えながらMCをしているという。

三宅にアート大会のMCの面白さを聞かれると、佐倉は幼い頃から絵を描くのが好きで、好きな作家の影響で早くからデジタルアートに触れてきたと答えた。そのため「そんなふうにレイヤーを使うのか」「逆にレイヤーを一枚も使わないのか」など、ある程度知識があるからこそ楽しめる部分があるという。三宅も、同じ技術を使っているはずなのに人によってまったく違うものになるのがすごいと話した。

佐倉によれば、技術を突き詰めて表現の高みを目指す人もいれば、「弘法筆を選ばず」のように、表現したいものを描くにはこれだけあればいいと考える人もいる。この大会出身のイラストレーターには、下書きなしで投げ縄ツールだけで絵を描く人もいる。制限時間があるからこそスピードが出て、そこから自分の表現を伸ばしていく人がいる、と佐倉は大会の見どころを語った。