「仮面を被るみたいなイメージ」――梅澤美波が語る、乃木坂46のキャプテン時代と俳優としての再出発

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概要

乃木坂46でキャプテンを務め、卒業から3〜4か月が経った梅澤美波が、文筆家の三宅香帆との対談で、グループを離れて何が変わったのかを語った。話題は、アイドルの「スイッチ」、乃木坂46に感じる儚さ、アイドルと俳優の違い、キャプテン時代の伝え方の工夫、そして本人が自分の軸と考える「タフさ」に及んだ。梅澤の立場は一貫している。アイドルとしては感情に嘘をつかずに立ってきた。俳優としては、役の気持ちを理解する「仮面を被る」仕事に一年生として向き合っている。

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休みは3週間、忙しい方が落ち着く

番組名は「休日のPLAYERS」で、会話は休みの取り方から始まった。グループ在籍中の長期休暇は夏と冬くらいしかなかった。卒業後、駆け抜けてきた分の休みを取った方がいいと周囲から言われ、どれくらい欲しいかを聞かれた。梅澤が「2週間ぐらい」と答えると「今までで一番少ない」と言われたため、3週間に延ばしたという。三宅は自分なら1年と言ってしまうと笑った。

梅澤は、休みすぎると焦りそうだと話す。3週間の間に家族に会い、地元に帰り、友人とフランスへ3泊の弾丸旅行をした。フランスは人生で一度は行ってみたかった場所だった。梅澤は自分を「完全に」忙しい方が落ち着くタイプだと言う。1日の中に1人で過ごせる時間は必ずあるので、それで満足できる。だから仕事をしている方が合っている、というのが本人の感覚だ。

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アイドルはなぜいつも輝いて見えるのか

三宅は「長年の謎」として、寝不足の日もあるはずのアイドルがなぜいつも輝いて見えるのかを尋ねた。梅澤によると、深夜3時入りの現場でも、メンバーはすっぴんで眠そうにしていながらキラキラしていた。撮影が始まると一斉にスイッチが入る。梅澤は、メンバー同士が支え合いながらスイッチを入れ合っていたのではないかと振り返った。

梅澤自身のスイッチは、ファンよりもメンバーの視線だった。ステージに立つことは分かりやすいスイッチになる。ただ、仕事の割合としては、収録、MV撮影、雑誌撮影など、ファンの前に立たない仕事の方が多い。そうした現場で近くにいるのはメンバーだった。後輩が増えてからは、この子たちの手本にならなければという意識がどこかにあった。梅澤はメンバーの存在が背中を押してくれたと語る。

メンバーの目がなくなった今の方が、「ちゃんとしなきゃ」という意識は強いという。卒業しても「元乃木坂」として注目される場面があり、看板がまだある感覚がある。梅澤はこれを「乃木坂が姿勢を正してくれてる」と表現した。三宅はこの言葉を彫っておきたいと応じた。服装にも変化があった。在籍中は、可愛いメンバーたちに可愛いと思われたくて新しい服を着ていった。今は撮影が続くと、Tシャツやスウェットのような着替えやすい格好を選ぶことが増えたという。

聴く側・歌う側で好きな曲

梅澤は加入前から握手会に通うほどのファンで、特に白石麻衣を好きだった。聴く側として一番好きな曲には、加入前の曲「立ち直り中」を挙げた。白石がセンターを務め、白石のソロパートがある曲で、加入前から支えられてきたという。切ないイントロに続いてAメロが白石の声で始まる部分が好きで、その安心感のある歌声を聴くと頑張れると思える。

歌う側としては「帰り道は遠回りしたくなる」を選んだ。この曲を歌っているときは、自分は乃木坂だと強く思える。センターは西野七瀬で、梅澤は西野を乃木坂の儚さを象徴する存在と見ていた。その西野のセンター曲を今も歌い継いでいるとき、自分は乃木坂にいられているのだと実感したという。

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メンバーから見ても「儚い」存在

三宅は、メンバーが入れ替わっても乃木坂46の儚さや切なさが受け継がれている点に注目していた。そのうえで、儚さは自分で出そうとして出せるものではないのではないかと問いかけた。

梅澤は、ファン時代から乃木坂という存在自体を儚いと感じていた。加入後もその印象は変わらず、プライベートを知っていても「この子は特に儚さを持っている」と感じるメンバーがいたという。名前を挙げたのは遠藤さくらだった。本人の中身は熱くて強い。それでも食事の席で向かいに座っていると、どこか透き通って見える。梅澤はこれを、作ろうとしてできるものではない、持って生まれた才能だと語った。

卒業後、夏のツアーで初めて客席から乃木坂46のライブを見たときにも、同じことを感じたという。強さの中に儚さがある。アイドルはいつか終わりが来る存在なので、その気持ちを見る側に抱かせるのではないか、というのが梅澤の見方だ。在籍中は、自分は儚さを持つよりも強くいるメンバーの1人だと思っていた。しかし客席から見ると、自分も外からはそう見えていたのかもしれないと思えるほど、全員が輝いていて尊く感じたという。三宅は、梅澤がいることで、儚いだけではない「お姉さんっぽさ」がグループに加わっていたと伝えた。

衣装が作ったグループのイメージ

好きな衣装の話では、梅澤はまず、ファンの間でも伝説的とされる、乃木坂らしさを象徴する衣装を挙げた。梅澤によると、幼い頃から見てきたアイドルの衣装はフリフリで丈が短いものが多かった。自分が乃木坂46に惹かれたのは、丈が長く、柄がほとんどないのに洗練されたデザインだった点だという。グループのイメージを作ったのは衣装の力が大きい。ただし、そうした衣装を作りたくなる雰囲気を持つメンバーの力もある、と梅澤は付け加えた。

梅澤は自身の卒業コンサートで、自分とメンバーが着る衣装をすべて自分で選んだ。曲のつながり、早着替えの時間、人数分の衣装が揃っているかといった制約があり、難しい作業だったという。最後のブロックで披露した「最後のTight Hug」の衣装は特に好きなものだった。淡い色を組み合わせ、ターンするとスカートがきれいに広がる。三宅が「シンクロニシティ」の衣装を回ると広がる「発明」と評すると、梅澤はスカートの構造を説明した。広げると180度近くまで布があり、それだけ生地を使っているからきれいに見えるのだという。衣装をきれいに見せるため、リハーサルからスカートを履いて練習した。スカートを持つタイミングを全員で揃えることもあった。

「卒業したら芸能界も終わるかも」と思っていた

梅澤は保育園の頃からモーニング娘。やセーラームーンを好み、AKB48も見てきた。女の子の憧れの存在をなんとなく追ってきたという。芸能界に入りたかったというより、「乃木坂になれるなら」という気持ちでこの世界に来た。そのため、グループの看板がない自分を想像できなかった。初めの頃は、卒業したら芸能活動も終わるのかもしれないとずっと思っていたと明かした。

考えが変わったのは、活動の中で芝居やモデルの仕事を経験したからだった。楽しいと感じ、まだできることがあるかもしれないと思えた。自分の可能性を見つけられるなら、自分が主役になる人生を歩むのも挑戦だと考え、卒業を決めた。今もまだ探り探りだが、毎日が新鮮だという。

卒業して「解禁」したことを聞かれると、梅澤は、プライベートは変わっていないと答えた。変わったのは仕事の準備の段階だ。役柄に合わせて派手めのネイルやストーンを付けたり、髪色を明るくしたりしている。在籍中も役に合わせて髪色を変えることはあったが、その幅が大きく広がった。準備の幅が広がったと感じるたびに卒業を実感し、ワクワクするという。

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正直でいるアイドル、仮面を被る俳優

アイドルと芝居の違いについて、梅澤は「真逆」だと答えた。アイドルには自分をきれいに作り込んで見せるやり方もある。しかし梅澤は、そこまで器用ではなかったので、ずっと感情に嘘のないように正直にステージに立ってきた。一方、芝居では自分の感情よりも、役がどう思うか、役として生きたときにどう感じるかを理解することが大事になる。梅澤はそれを「仮面を被るみたいなイメージ」と表現した。どちらの経験も互いに生きる部分はあるが、まったく別のものだという。

三宅は、アイドルはブログでもMCでも「この子が今何を言うのか」という本人の言葉を求められる、と指摘した。他人が書いた言葉を演じる芝居とはそこが違う、と応じた。どちらが楽かと問われると、梅澤は、10年弱アイドルを続けてきたのでその自分がまだ強いと答えた。芝居には楽しさもあるが、壁にぶつかりながらやっているという。

梅澤が挙げた壁は経験量の差だ。芸能界の歴は10年あっても、芝居の場数はそれほど多くない。役柄の理解だけでなく、撮影現場での振る舞いを含めて、まだ未熟だと感じている。ただ、それをマイナスとは捉えておらず、周囲の人を見ながら学ぶ「1年生」にならなければと話した。

現場で残っていた「キャプテンの自分」

俳優の道に進んだ3期生は多く、梅澤は卒業したメンバーとも在籍中のメンバーとも今も仲が良い。こういう状況で悩んだがどう思うか、と具体的に相談し合う。大抵は「私もあった」と返ってくるので、同期も同じ道を乗り越えてきたのだと思えて頑張れるという。

最近の悩みとして梅澤が語ったのは、現場で「気を使いすぎだよ」と言われた経験だ。梅澤は、見られているからちゃんとしなければという、キャプテンとしての自分がまだ残っていると気づいた。そのせいで芝居でも固まってしまい、できていないことがあるのではないかと考え、かなり悩んだ。ただ、それが自分だという思いもあり、そこが難しいと語った。同期に相談すると、それは梅澤の良さだ、時間をかければ分かってもらえる、という言葉をもらったという。今では、キャプテン経験が人の感情に気づく長所になったと思えており、キャプテンをやってよかったと話した。

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キャプテンとして一番悩んだ「言い方」

キャプテン時代に一番悩んだのは、全体をまとめること以上に、自分もプレイヤーでありながら指導者のような役割を任されている点だった。経験していることはメンバーと同じで、キャプテンだからといって自分が上なわけではない。同じ立場から上から目線にならずに伝える方法と、プレイヤーとしての自分の輝き方の両方に悩んだという。

具体例として梅澤が挙げたのは、2日連続のライブで、初日の反省点を2日目の開演前に伝える場面だ。「ここが良くなかったからこうしよう」と言っても、自分も出演している以上、その言い方は違うと感じた。そこで「私はこういうところが悔しかった」と、まず自分の感情を伝えるようにした。伝えたい内容は明確にありつつ、先に自分の気持ちを話すと共感してもらいやすかったという。三宅は、この伝え方を全国のアパレル店長に伝えたいと応じた。

梅澤はこの経験が言葉の引き出しを増やしたと話す。ライブのように生の声をファンに届ける場面では、思っていないことを言うと意外とバレる、と梅澤は考えている。同じステージでメンバーの話を聞いていても、無理して言っているのかどうか人は敏感に気づく。だから、きれいにまとまっていない言葉でも嘘のないように伝えようとした。キャプテンとしては、メンバーの総意として全員が違和感を持たない言葉を選ぶ必要があった。そのため、グループが置かれた状況や、何を言えばファンの心を動かせるかを観察しながら日々過ごしていたという。

言葉の出し場所と、誰にも見せない日記

卒業後は、ブログやライブで言葉を届ける場がほとんどなくなった。「今思っていることをどこに出そう」と考える感覚は初めてで、不思議だという。今はファンクラブ向けのメッセージに書くほか、誰にも見せない日記に書いている。

日記を始めたのはコロナ禍の頃だ。きっかけは、頻繁に会う1歳上の姉から、アイドルは人生的にすごいことだから書いてみたら、と勧められたことだった。暗いベッドの中でも思いついたときに書けるよう、スマートフォンのデジタル日記にした。三宅が、自分は日記に「生涯呪ってやる」といったことも書くと話すと、梅澤は、誰かを呪ったことはないと答えた。ネガティブな感情や行き詰まったことも書くが、基本は自分がどう思ったかを書いており、ポジティブな内容の方が多いという。誰かに言われて嬉しかったことを書くことが多いので、読み返すと前向きな気持ちになれる。日記は自分で自分を上げるツールになっている。

休日は夕方まで1人で過ごすことが多い。ゆっくり起きてコーヒーを飲み、家事をし、作品を見てゴロゴロする。夜は友人と夕食に行く。作品は役の勉強を兼ねて見ることもあれば、バラエティを見ることもある。好きな映画の一つとして『ザ・ホエール』を挙げた。

気合いと緊張で動く「体育会系」

今は仕事が「しんどい」「行きたくない」と感じる日はあまりないという。重いシーンや悩みそうなシーンの撮影がある日は緊張するが、前向きに臨んでいる。緊張をどうほぐすかと聞かれると、梅澤は「気合い」と即答した。自分は体育会系で根性だけはある、どうせ時間が経てばその日は終わる、と話す。

梅澤は緊張を悪いものだとは考えていない。緊張がない状態を経験したことがないので分からないと前置きしたうえで、こう説明した。緊張していた方が、それが楽しみに変わったときの嬉しさを味わえるし、いろいろなことに敏感でいられる。緊張しているのは不安があるからだと捉え、その不安を自分の中で考えてから現場に向かう。あとは「できるできる」と自分に唱えるという。

このタフさの由来として、梅澤は幼い頃からのスポーツ経験を挙げた。水泳、空手、中学まで長く続けたバレーボールを通じて、上下関係や勝ち負けによる気持ちの浮き沈みを学んだ。そこで強い精神を身につけたのだろうと本人は考えており、スポーツをやっていてよかったと語る。今もバレーボールなどを見るが、選手一人ひとりのストーリーや苦しさを想像して泣いてしまうので、自分に余裕があるときにしか見ないという。

折れそうなときに止まらなかった理由

アイドル時代に折れそうになったことはあったかと聞かれ、梅澤は「めちゃくちゃあった」と答えた。それでも、辛いから立ち止まろうと思ったことはなく、辛いけど頑張ろうという気持ちだった。本当にもうダメかもしれないと思った時期もある。しかし、ここで諦めたら好きだったものが好きではなくなって終わってしまう。その怖さの方が大きかったという。自分だけが辛いのではなく、みんな同じように乗り越えてきたのだから、ここで止まるわけにはいかないとも考えていた。

最も苦しかった時期について、梅澤は二つを挙げた。一つは加入直後だ。ポジションという分かりやすい形で比べられることに慣れていなかった。同期とライバル関係になることも苦しく、若かったので受け入れられないことが多かったと振り返る。もう一つは、年齢を重ねてキャプテンになってからの辛さだ。先輩も同期もすごく、後輩が入ってくれば焦りもあった。自分は停滞しているのではないかと自信をなくすことがあったという。実際にはモデルや演技の仕事もあり、停滞していたわけではなかった。ひたむきに頑張ってきたからキャプテンになれたのだと、今は思えている。当時は苦しかったが、ダメな感情は一つもなく、すべて今につながっている。梅澤は「よく頑張ったぞ」と自分に言いたいと語った。三宅が、自分を褒められるのは自分しかいないと応じると、梅澤も、それを一番忘れがちだからこそ認めてあげたいと答えた。

家では甘えん坊、次にやりたいこと

しっかり者のキャプテン像とは対照的に、梅澤は家族といるとだらしなく、何でもやってもらう側だという。時間ができた今やりたいことは運転免許の取得だ。車があれば1人で海に行ける、という理由だった。ただ、面倒くさがりな面が出てなかなか動けずにいる。車には詳しくないが、父が車好きで詳しいので、父が「これがいいよ」と薦めてくるだろうと笑って話を締めた。