蒸発池に「浮かべるだけ」で入り込む:Princeton Critical Mineralsの段階的なリチウム戦略

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概要

FoundX Review Startup IdeaCastは、海外のスタートアップをAIで分析し、起業家や新規事業担当者向けに紹介する番組だ。今回は、FoundXの馬田と富田が、プリンストン大学発のPrinceton Critical Minerals(旧PureLi、以下PCM)を取り上げた。富田がこの会社を選んだ理由は二つある。一つは、ハードテックでありながら、リチウムを採る既存のプロセスを否定せず改善する側に立っていること。もう一つは、最初の製品が高度なハイテク製品ではなく、池に浮かべる「黒いハスの葉」のような単純なものであることだ。富田はこの入り方を面白いと考えた。

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なお冒頭の雑談で、富田は日本ベンチャー学会に向けた論文を提出したことに触れている。共同研究者と半年から1年かけて書いてきたが、表のレイアウト、文字サイズ、斜体、用語の統一といった細部の調整に時間がかかった。こうした点はAIが見逃しやすく、自分の分野では最後に人の目がまだ必要だと感じたという。一方で、友人からは「全部AIでいける」という話も聞くので分野によって事情は違いそうだ、とも補足している。

会社の概要:蒸発池の改善と次世代の直接抽出

富田の説明によれば、PCMはプリンストン大学の研究を基盤とする企業だ。既存のリチウム生産で使われる塩水の蒸発池について、生産効率を上げる浮体型デバイスとAIソフトウェアを提供している。さらに、対象は異なるが、次世代の直接リチウム抽出(DLE)技術も手がける。

背景:30年変わらない蒸発池方式の課題

富田はまず需要と供給の状況を説明した。世界のリチウム需要は2040年までに3倍以上になると言われているが、供給側は追いついていない。現在、世界のリチウムの約40%は南米の塩水(ブライン)から生産されている。地下の塩水を汲み上げ、写真で見ると広大な田んぼのような蒸発池に流し込み、太陽光で水分を蒸発させてリチウム濃度を高める。これが一般的な方法だという。

富田はこの方法の課題として、次の点を挙げた。蒸発による濃縮には18か月以上かかる場合がある。回収率も高いとは言えず、30〜50%程度とされるケースもある。この効率の低さと時間の長さが、急増する需要に対する供給の制約になっている。しかも、この方法は30年ほど前からほとんど変わっていないという。

蒸発池の大きさについて馬田が尋ねると、富田は「自信はないが1つ20平方キロメートルほどだったと思う」と答えた。一説にはマンハッタンの半分ほどとも説明されている。自然蒸発に任せるので生産開始までに時間がかかり、環境への影響も大きい。そのため環境アセスメントや許認可の取得に数年単位の時間がかかり、池を簡単には増やせない。だから既存施設の能力を高めることが即効性のある解決策になる、と富田は整理した。PCMは、既存インフラを壊して新しいプラントを建てるのではなく、既存インフラに「ドロップイン」して改善するアプローチを取っている。

顧客の3つの課題:時間と空間、低濃度、データの欠如

PCMのターゲットは、チリのSQMのような巨大な塩湖を持つ事業者と、米国内の新規資源を狙う事業者だ。富田はこれらの顧客が抱える課題を三つに分けた。

一つ目は時間と空間である。蒸発池は20平方キロメートル規模と巨大で、蒸発には1年から18か月かかる。二つ目は濃度だ。米国内の地下水や石油採掘に伴って出る水にもリチウムは含まれているが、濃度が低すぎて従来の蒸発池方式では採算が合わない。そのためこれまで放置されてきたという。三つ目はデータの欠如である。広大な池を人が手作業でサンプリングしており、蒸発をいつ止めるかといった判断が遅れる。その結果、せっかく濃縮したリチウムが途中で失われることがある。サンプリングから結果が出るまでのタイムラグが原因で、最適なポンプ操作ができていない。

タイムラグが具体的に何を引き起こすのかと馬田が尋ねた。富田は、自分も完全には理解していないかもしれないと断ったうえで説明した。濃度がちょうどよいタイミングで次の池に水を移す必要があり、タイミングがずれると不純物が混ざったり、リチウムが池に残って次の池に移らずロスになったりするという。

別の背景として、富田は米国の事情にも触れた。米国は世界のリチウムの1%以下しか採掘・処理していないが、消費量は大きい。そのため国内資源の活用は国家安全保障上の課題にもなっているという。

代替策としてのDLEとその限界

蒸発池に代わる新技術として注目されているのが、直接リチウム抽出(Direct Lithium Extraction、DLE)だ。富田によれば、DLEは蒸発工程を経ずに塩水中のリチウムを直接分離・回収する技術の総称である。ただしDLEで新しいプラントを作るには巨額の投資が必要で、大量の淡水や化学薬品を使うため、別の環境問題を抱えることになるという。

ソリューション:Lilypad、SmartPond、E-LiTE

PCMの製品は大きく三つある。

一つ目の「Lilypad」は、池の水を速く蒸発させるための単純な製品だ。黒い円盤状のモジュールを池に大量に浮かべる。サイトの写真では、本当にハスの葉のようなものが池一面に浮いているという。黒いため太陽光を約96%熱に変換し、太陽エネルギーを水面に集中させて蒸発を促す。SQMとの実験では、蒸発率を40%から122%向上させたと富田は紹介した。

二つ目の「SmartPond」は、センサー、ドローンによる測量、AIによる予測を組み合わせたソフトウェアで、収穫までの最適なポンプ運用を指示する。

三つ目の「E-LiTE」は性格が異なる。LilypadとSmartPondがチリなどで既存の塩湖を運用する企業向けなのに対し、E-LiTEは低濃度の塩水からリチウムを回収するための技術だ。植物が毛細管現象で水を吸い上げる仕組みに着想を得た特殊な繊維を使い、薬品を使わずに低濃度の水から90%以上のリチウムを回収するという。DLEの一種だが、既存技術と違って吸着剤などを使わず、水や化学薬品の使用量を抑える方式だと説明された。

三つはセットで売るのかという馬田の質問に、富田はこう答えた。LilypadとSmartPondはどちらも既存の池向けなので、組み合わせることで相乗効果が生まれると考えられる。一方、E-LiTEは将来的に、池を使わない低濃度資源を持つ事業者向けに提供するものと位置づけられている。

市場:南米の既存塩湖から米国の低濃度資源へ

市場規模について、富田は最終的なTAMを、4.4兆規模に成長すると予測される世界の電動モビリティ市場全体とした。SAMは世界のリチウム抽出市場で、現在その40%が蒸発池由来である。SOMとしては、まず南米の既存塩湖を狙い、次に米国内の低濃度塩水や石油採掘時に出る水の市場を狙う計画だという。成長の追い風として、米国のインフレ抑制法などによるサプライチェーン国内化の圧力、水資源の制約や保護、環境規制の厳格化を挙げた。

TAMはさすがに大きすぎるのではないか、PCMが実際に取れる市場はどの程度かと馬田が問うと、富田もTAMは大きすぎると認めた。SOMについて具体的な金額は出ていないが、世界のリチウム生産の40%を占める既存設備への投資や効率化の予算がターゲットになるだろう、というのが富田の見立てだ。

ビジネスモデル:ハードウェア販売、SaaS、消耗品

富田が面白いと感じたのは、製品ごとに売り方を変えている点だ。導入障壁の低さと継続的な収益性を組み合わせたモデルだと説明できるという。Lilypadは置くだけの設備なので売り切りで販売し、初期投資のハードルを下げて顧客に入り込む。SmartPondはSaaSとして年間利用料を取り、AI予測を通じて顧客を自社のエコシステムにロックインしていく。E-LiTEは、そこにつながるかは別かもしれないと断りつつ、特殊な繊維を継続的に販売する消耗品モデルになっているようだと述べた。

Lilypadは単純な仕組みだが壊れたり劣化したりしないのか、と馬田が尋ねた。富田によれば、濃度の高い塩水に浮かべるので汚れやすい環境にあり、Lilypadには汚れにくくするコーティングが施されている。ただし塩水や強い日差しにさらされるため、定期的な清掃やメンテナンス、交換はおそらく必要になる。この点は情報源から確認できていないと富田は断ったうえで、保守サービスも収益源になりうると述べた。

戦略:世界の塩水鉱業の「標準OS」を目指す

PCMの長期的な理想像は、世界の塩水鉱業の標準OSになることだと富田は説明した。すべての蒸発池と低濃度の塩水がPCMのネットワークで管理される状態を目指している。内製と外部活用の方針としては、特殊なコーティング技術やAIモデルといったコア技術は自社で開発する。一方、大規模な実証フィールドや日々の現場オペレーションはパートナーのリソースを活用しているという。戦略の型としては、既存インフラへのドロップインで広げていくことと、SaaSを統合していくことの組み合わせだと整理した。

巨大企業が同じようなものを作ってしまうリスクはないのか、という馬田の問いに、富田はリスクはあるだろうと認めた。そのうえでPCM側の読みを推測した。浮き輪のようなハードウェア自体は作れても、表面のコーティングや全体を最適化するAIソフトウェアは巨大企業の専門外なので、そこが堀(モート)になると考えているのではないか。ただし、自社でもできると顧客に判断されるリスクは残るという。

ロードマップ:Lilypadで信頼を得てからDLEへ

ロードマップは三段階だと富田は紹介した。フェーズ1はPMFの実証で、Lilypadによって既存の蒸発池を改善し、実績と信頼を作る。フェーズ2ではSmartPondを導入してデジタル化を進める。フェーズ3では、難易度は高いが市場も大きい米国内の低濃度塩水や、石油・ガス採掘に伴う水の市場に参入する。富田の解釈では、最終的にやりたいのはE-LiTEであり、その手前でLilypadという分かりやすい製品を使って顧客ネットワークと収益を得ていくモデルだ。

Lilypadが売れなかったらロードマップ全体が崩れるのか、と馬田が尋ねた。富田は、資金計画は厳しくなるだろうと答えた。ただしLilypadとE-LiTEは技術的な原理が異なるので、技術的にはE-LiTEに進むことは可能だという。難しくなるのは、そこまで生き残れるか、どう資金をやりくりするかの部分だ。もっとも、PCMはすでにSQMなどから110万ドルの購入注文を確保しており、Lilypadがまったく売れないという状況ではなさそうだと富田は見ている。

競合:大規模DLEプラントとの違い

ポジショニングについて、富田は二つの軸で整理した。物理的な低エネルギー型か化学的な高エネルギー型か、そして既存インフラ活用か新規インフラかである。PCMは低エネルギーで既存インフラを活用する位置にある。対照的なのがDLE企業のLilac Solutionsで、巨大な新規プラントを建て、大量の淡水や化学薬品を使う化学的アプローチを取っているという。

PCMの差別化要素として富田が挙げたのは、化学薬品を使わないこと、Lilypadは置くだけなので工期が短いこと、低エネルギーであること、データ駆動で運用できることだ。これらが重要なのは、顧客にとって最大の関心事が「いかに早く、安く、リスクなく生産量を上げるか」であり、PCMのアプローチがそこに合致するからだと説明した。

では、なぜLilacのようなDLE企業はコストのかかる化学的アプローチを取るのか。富田によれば、抽出スピードが圧倒的に速いからだという。蒸発では12〜18か月かかる工程を数時間から数日に短縮できる技術なので、これまで投資が集まってきた、という説明だった。

Go-to-Market:最初に売ったのは「浮かべるだけ」の製品

富田はMVPの設定が面白いと述べた。最初から複雑なシステムを売るのではなく、既存設備に浮かべるだけのLilypadをMVPにした。チリの巨大企業SQMに対しては、「土地の拡張許可を得ずに今すぐ生産量を上げられる」というメッセージを打ち出した。トラクションを作るうえでは、プリンストン大学発というアカデミアの信頼と、NSFのI-Corpsプログラムなどを通じた政府支援の信頼を背景に、巨大企業への直接営業が成功したと考えられるという。実際にLilypadを試して蒸発率が40〜122%向上するという定量的な結果が出たことが、購入注文につながった。

最初の顧客としてSQMにアプローチできたのはどうしてか、と馬田は驚きを示した。富田は、直接的な記載はないと前置きしたうえで推測を述べた。大学の研究室に産学連携のコネクションがあったこと、技術の新規性がSQMのオープンイノベーション部門の目に留まった可能性、創業者がNSF I-Corpsを通じてヒアリングを重ねていたことが背景にあるかもしれない、という。

チーム:研究者と産業経験者の組み合わせ

富田の説明では、PCMはプリンストン大学のジェイソン・レン教授の基礎研究をもとに、当時ポスドクだった研究者が事業化をリードして始まった。研究をそのまま事業化するのではなく、NSF I-Corpsを通じて市場のペインをヒアリングし、ビジネスの文脈に落とし込んでいった。その後、水処理やインフラ運用の業界で長い経験を持つアンジェラ・ファスナハト氏がCEOとして参画し、体制を固めた。プリンストンのアントレプレナー向けフェローシッププログラムも活用したという。

CEOはどう貢献したのかという馬田の質問に、富田は、米国の水インフラ企業で役員を務めた経験がある人物だと答えた。大規模プラントの運用、スケールアップ、大企業との交渉のノウハウを持つため、ビジネスとして成功しやすい状況が生まれたのではないかと推測している。

スケールアップ:HAXでの泥臭い試作と中国での製造

富田は、失敗というよりラーニングの話だと前置きして、初期の壁を紹介した。研究室で数ミリグラム単位のリチウムが取れても、実際の鉱山では毎時何トンも処理しなければならない。ラボで優れた技術があっても、そのまま売れるわけではない。顧客が導入できる形に仕上げる必要があった。

そこでPCMは、米国のハードウェアアクセラレーターHAXの支援を受け、泥臭くプロトタイピングを進めた。おもちゃのボールやダクトテープを使い、地下のプールにLilypadの試作品を浮かべて素早く改良を重ね、その後チリでの実地実験につなげたという。

大学の研究室ではスケールアップが難しいのかと馬田が聞くと、富田はそうだと答えた。ラボにはスタートアップの成長に見合う設備、たとえば排気設備や電気インフラが足りず、産業グレードの実験施設が必要になったという。さらに創業者は中国の深圳に赴き、HAXの現地チームと協力して製造とサプライチェーンを構築した。これによってLilypadを試作品から実際の製品へと進化させた。

資金調達:シリーズAとグラントの組み合わせ

資金面では、2026年8月に発表された1,600万ドルの資金パッケージがある。内訳はシリーズAの1,100万ドルとグラントの500万ドルだ。富田は、ディープテックによくある形でグラントを大きく活用しながら資金を集めていると評した。この資金で、米国内での製造能力の拡充、南米での商用導入の加速、エンジニアの採用を進めるフェーズに入っているという。

政府が助成金を出している理由について、富田は、リチウムの国内サプライチェーン構築に寄与するからだと説明した。リチウムの国内供給は米国の国家安全保障に直結するテーマとして注目されており、特に低濃度の塩水からリチウムを回収できる技術が評価されているようだという。

日本への応用:地熱水、温泉水、産業排水

最後に、日本での応用可能性をAIにも考えさせた結果を富田が紹介した。日本には南米のようなリチウム資源がなく、土地の制約も環境規制も厳しいので、技術をそのまま持ち込むのは難しい。ただ、省スペースで薬品を使わない物理的な抽出技術には生きる余地がある、と整理されている。

案Aは、地熱や温泉の熱水から小規模分散型でリチウムを抽出するモデルだ。案Bは排水からのサーキュラーエコノミーで、国内の製造業やバッテリーリサイクル工場の廃液から特定のミネラルを選択的に回収するエコシステムを作る。案Cは技術輸出型プラットフォームで、SmartPondのようなAI監視ソフトウェアと日本のセンサーを組み合わせ、世界の鉱山にソリューションとして輸出するという提案だった。

温泉水や地熱水から採算が合う形でリチウムが取れるのか、と馬田が尋ねた。富田は、米国の場合と同様に、これまでは濃度が低すぎて採算が取れなかったと答えた。ただしE-LiTEのように低エネルギーで回収率の高い技術が出てくれば、状況が変わる可能性があるという。

まとめと二人の感想

富田は学びを三点にまとめた。第一に、既存の巨大産業を外から壊して置き換えるのではなく、後付けのドロップインですぐに価値を出すアプローチの賢さ。第二に、段階的なロックインである。いきなりプラットフォームを売るのではなく、分かりやすいハードウェアで入り、データで顧客を定着させ、最終的に次世代のインフラやE-LiTEへ拡張するロードマップを設計している。第三に、グラントという希薄化しない資金も組み合わせてスケールの課題を乗り越えようとしている点だ。そのうえで、考えるヒントとして「自分たちの技術を、既存インフラを改造せずに追加できる形にできないか」を考えてみてはどうか、と締めくくった。

感想を求められた馬田は、Lilypadから入って最後にE-LiTEへ進むという、技術的に非連続なものを段階的に進めようとしている点が珍しいと述べた。富田も、これまで番組で扱ってきた会社とはやり方が違って面白いと応じ、そのやり方で実際に顧客を獲得できていることもすごいと語った。