「異常気象」をどう捉えるか——森田正光氏が語るエルニーニョ、温暖化、AI予報、正しい避難

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概要

台風の発生が相次ぎ、西日本では猛暑、千葉では記録的な豪雨に見舞われた今年の夏は、本当に「異常気象」だったのか。PIVOTの佐藤氏が、50年以上気象解説を続けてきた気象予報士の森田正光氏に聞いた。森田氏はこの対話を通じて、まず言葉の定義をはっきりさせることを重視した。エルニーニョの仕組みから温暖化の影響の度合い、生成AIによる予報の可能性、そして「避難」という言葉の誤解までを、専門家が知っていることとまだ分かっていないことを分けながら語った。

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「異常」とは30年に1回の出来事

森田氏によれば、気象の専門家の間では「30年に1回の出来事」を異常と呼ぶ決まりになっている。その基準で見ると、8月に台風が10個ほど発生したこと、西日本で最高気温40℃以上の日が集中したことは、異常にカウントしてよいと森田氏は言う。千葉の大雨については、30年どころかもっと遡れるほどの異常な大雨だったと評価した。

ただし、30年に1回の出来事を場所ごとに数えていくと、毎年どこかで異常気象が起きていることになる。そのため、一般の人が思う「異常」と専門家の「異常」は少し違うと森田氏は指摘する。英語でいえば「アブノーマル」ではなく「アンユージュアル」、つまり「いつもとちょっと違う」くらいの意味であり、とんでもないことが起きているという感覚とは別物だという。専門性を持つ人間が定義を曖昧にしたまま話すと議論が分からなくなるので、今日はそこをしっかりさせたい、と森田氏は最初に述べた。

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モンスーンジャイアとエルニーニョ

今年の夏に大雨が多かった原因として、テレビでは「モンスーンジャイア」という言葉がよく使われた。森田氏によれば、これは珍しい現象ではなく、年に2〜3回起きることもある。日本列島のはるか南の海上に、台風のような小さな渦よりもずっと大きい、数千キロ規模の渦ができる現象で、西から吹いてくるモンスーンの風と東からの風がぶつかるところで循環が生じるという。

そうした循環があるところに、今年はエルニーニョが起きた。森田氏は、今年の夏はエルニーニョで説明できると述べる。しかしテレビの天気コーナーは2〜3分、ワイドショーでも10〜20分程度で、エルニーニョとは何かという定義から説明する時間がない。その結果、メディアはその時々の流行り言葉だけを出すことになる、と森田氏は見る。今年はそれがモンスーンジャイアだった。だが元を辿ればエルニーニョに行き着く。日本列島にとってはエルニーニョとラニーニャが非常に重要で、この概念を知っているだけで、その年に何が起きたかがおおよそ分かるようになるという。

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「神の子」エルニーニョの語源

森田氏は太平洋の海面水温の図を示しながら、南米ペルー沖を中心とした広い海域の水温が高いか低いかで、エルニーニョかラニーニャかが決まると説明した。高い方がエルニーニョ、低い方がラニーニャである。

言葉の由来はスペイン語だ。「エル」は定冠詞、「ニーニョ」は男の子で、「エルニーニョ」は特別な男の子、つまりイエス・キリストを指す。一方「ニーニャ」は女の子を意味する。ペルー沖は下から冷たい水が湧き上がる湧昇流の海域で、普通の年は寒流系の魚しか取れない。ところがエルニーニョが起きると暖流系の魚が取れるようになり、地元の漁業者はこれを神の思し召し、神の子が暖流系の魚を恵んでくれたと考えた。そこからエルニーニョという言葉が生まれたと森田氏は説明する。地元の人々は太平洋を何千キロも渡る現象だとは思っておらず、「今年はいつもより暖かい」という程度の感覚だった。

1950〜60年代ごろから世界の海の状況が分かってくると、この現象はペルー沖だけでなく日付変更線あたりまで広がる大規模なものだと判明した。気候学者は地元の言葉をそのまま借りてエルニーニョと名付けた。その後、逆に冷たくなる時期もあることが分かり、男の子に対して女の子、ということでラニーニャと呼ばれるようになった。もともとラニーニャという言い方は存在しなかったのである。

森田氏は、気象はもともと大気の学問で、空気のことしか考えていなかったと振り返る。海が大気に影響しているとはなんとなく分かっていたものの、詳しく解明されたのは戦後、それも1960年代ごろからだという。

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東風の強弱がエルニーニョとラニーニャを決める

ではなぜエルニーニョは起きるのか。森田氏によれば、赤道付近で上昇した空気が高緯度側で下降する大きな循環(ハドレー循環)があり、地表付近に降りてきた空気は地球の自転の影響で東風になる。そのため南米の赤道付近では、自転している限り常に東風が吹いている。変わるのは風の強弱だけだ。

東風が吹き続けると、表面で温められた水は西へ運ばれ、インドネシア側に溜まる。実際、海面の高さもインドネシア側の方が南米側より高いという。佐藤氏が「暖かい水が膨張するのか」と尋ねると、森田氏は膨張ではなく流されているのだと答え、それほど地球のエネルギーは強いと述べた。

何らかの理由で東風が弱まると、西に溜まっていた暖かい水が東へ逆流し、ペルー沖の水温が相対的に高くなる。これがエルニーニョである。逆に東風が強まると表層の水がさらに西へ押しやられ、足りなくなった分を補うように下から冷たい水が湧き上がる。これがラニーニャだ。つまり根本的な原因は、海の上の東風が強いか弱いかのどちらかにすぎないと森田氏は整理する。

エルニーニョもラニーニャも大きな自然現象の一部であり、3〜4年に1回程度、行ったり来たりしている。気象庁のエルニーニョ監視速報を数十年分見ても、凸凹しながら往復しているだけだと森田氏は言う。

それでもなぜ「異常」と感じられるのか。森田氏は、仮に4年に1回エルニーニョが来るとしても、暖かい年と寒い年が交互に来るので、同じ種類の年は普通の人の感覚では8年に1回、場合によっては12年に1回になると説明する。10数年に1回となると、12年前のことは覚えておらず「今年は違う」と感じてしまうのではないか、というのが森田氏の見立てだ。

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「スーパーエルニーニョ」は定義のない言葉

話題になっている「スーパーエルニーニョ」について、森田氏は気象予報士としてずっと迷惑に感じてきた言葉だと率直に語った。理由は定義がないからだ。エルニーニョは、監視海域の海面水温が基準より0.5℃以上高い状態が6か月以上続くという定義がある、と森田氏は説明する。一方スーパーエルニーニョは学者が言い出したもので、1.2℃以上とする人もいれば1℃とする人もいる。気象庁が正式に使うことも、少なくとも現段階ではないだろうと森田氏は見ており、皆が曖昧なまま使っているだけだという。

とはいえ、今年のエルニーニョがこれまでのものと比べて最大規模であることは間違いない、と森田氏は明言した。過去の大規模な例として佐藤氏が1983年、1997年、2016年を挙げると、森田氏もうなずいた。ただし、エルニーニョのときに典型的な天気のパターンがあっても、スーパーエルニーニョだからといってそれがより強く出るとは限らず、必ずしも連動しないという。

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今年の夏に何が起きたか

エルニーニョの年の日本の天気について、森田氏は次のように説明した。普通の年は、水温の高いインドネシアやフィリピン付近で上昇した空気が、日本の南の海上あたりで下降して高気圧をつくる。そのため日本列島は高気圧に覆われ、夏は暑くなる。エルニーニョの年は海水温の高い場所が東にずれるので、太平洋高気圧も東にずれ、湿った空気が入りやすくなって雨が多くなる。1982年の長崎豪雨、1983年の山陰豪雨のころに、エルニーニョが注目されたという。

今年もスーパーエルニーニョで高気圧が東にずれたが、そのずれ方が興味深かったと森田氏は言う。本来なら東にずれるはずが、北側で高気圧が強まり北海道がかなり暑くなった。さらに分裂した高気圧が西側にもあったため、西日本も非常に暑くなった。東日本だけは雨が多く、これが千葉の豪雨の原因になったと森田氏は見る。

千葉豪雨の2日前には、台風15号が茨城県に初めて上陸し、西へ進んで日本海で熱帯低気圧になった。台風15号自体の雨はそれほどでもなかったが、大量の水蒸気を残していった。そこへ上空の寒気が入って線状降水帯が発生した。普通の線状降水帯はせいぜい半日程度で終わり、場所も移っていくが、今回は同じ場所で降り続いたという。

森田氏が重要だと強調したのは、台風15号が東から西へ進んだことだ。日本付近の台風は偏西風に乗って西から東へ進むのが普通で、茨城への上陸はほとんど例がない。台風の発生場所がいつもと違い、上空の風も日本列島付近で東風になっていたなど、条件が重なった。その大元を辿るとスーパーエルニーニョに行き着くのではないか、と森田氏は述べた。ただしこれは研究途上の話だとも付け加えている。

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イベントアトリビューションという手法

森田氏が最新の研究分野として紹介したのが「イベントアトリビューション」である。異常な出来事が起きたとき、温暖化の影響がどのくらいあったのかを調べる手法だ。コンピューターのシミュレーションで、最初に与えるデータ(初期値)を変え、温暖化していなかったらどうなったか、スーパーエルニーニョがなかったらどうなったか、といった仮定の計算を何通りも行う。

今回の千葉の豪雨については、まだ確定した結果は出ていないと森田氏は断ったうえで、いろいろなところを見ると温暖化の寄与は15〜20%ぐらいではないかと言われ始めている、と紹介した。温暖化がなかったら、大雨自体はあったとしても1〜2割ほどはこれほどひどくならなかったのではないか、というのが現段階だという。森田氏は、気象は常に変わっていくもので、これまでの知見と整合させて事実だと確定したときに初めて言うのが科学だと述べている。

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「1℃の上昇」は想像以上に大きい

それでも、気候変動は原因として考えるべきなのか。森田氏は「もちろんです」と答えた。3年前の夏の暑さは日本列島全体で30年に1回の出来事だった。去年もそうで、今年も西日本はそうだった。30年に1回の出来事が何年も連続すれば、もはや異常とは言えない。そこで次に出てくるのが気候変動という考え方だと森田氏は言う。気候は階段のようにポンと上がり、その状態が常態化して、また次の段を上がる準備をする。かつて気候変動は何千年、何万年の単位で語られていたが、数十年単位でも変わりうることが分かってきたという。

世界の平均気温の推移を示すグラフでは、1890年代は現在より0.5〜1℃低い。産業革命から現在までの上昇は約1.5℃(森田氏は1.43℃だったかと記憶をたどった)だ。「1℃くらい」と思われがちだが、森田氏は1℃はとんでもないことだと強調し、次のようなたとえを示した。

1か月の平均気温が1℃高いということは、30日分で合計30℃の余分な熱を持っているのと同じだと考える。その30℃を好きな日に上乗せできるとすると、最高気温30℃の日に10℃足せば40℃になる。まだ20℃残っているから、翌日もまた40℃にできる。1年なら365℃分になる。平均で1℃上がるというのはそういう意味であり、思っている以上に大きな災害に結びつくことがある、と森田氏は説明した。

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懐疑論にどう答えるか

佐藤氏は、もっと長い時間軸で見れば氷河期もあり、今の上昇は波の一部にすぎないという意見もあると問いかけた。森田氏は、数万年のスケールの話をこの100年の話に持ち込むのは尺度が違うと答えた。人類が今の姿になったのは約20万年前、農耕の始まりは1万数千年前、産業革命以降の近代は150年ほどで、人間はごく新しい時代に生きているという。

グラフには懐疑論の根拠になりうる箇所もあると森田氏は認める。1970〜80年ごろには気温がいったん下がり、当時は根本氏の「地球は寒冷化する」という趣旨の本がベストセラーになって、本屋は寒冷化一色だった。森田氏は、この時期は太陽活動などで説明がつくとしつつ、そういう時代があったこと自体は事実だと述べた。また2000〜2010年ごろは、二酸化炭素を出し続けているのに気温がほとんど横ばいで、温暖化していないのではという説も出た。

それでも、1960年代ごろから二酸化炭素による温度上昇を示した真鍋淑郎氏が約5年前にノーベル賞を受け、二酸化炭素が増えると気温が上がるという考えは強固になったと森田氏は言う。ネパールでの事例にも触れ、氷河が緩んできているという話もあるとして、大変なことが起こり始めているのではないかという感覚を多くの研究者が持っていると述べた。ネット上の反応はさまざまだろうと断りつつ、大まかには95%ぐらい人為的な要因が温暖化に関与しているというのが妥当なところだと森田氏は考えている。

過去にも温暖な時期はあった。森田氏は平安から鎌倉時代の例を挙げ、「家の作りやうは夏を旨とすべし」という言葉や、池を設けて涼をとる寝殿造りに、当時の京都の暑さが表れていると語った。湖に堆積した花粉や年輪の研究からも、その時代が暖かかったことは裏付けられているという。バイキングの移動やグリーンランドの名の由来についても、暖かかった時代と結びつける説があると紹介した。気候が上下する要因としては、地軸の傾きのわずかなずれによる日射の角度の変化や火山噴火があり、6500万年前の恐竜絶滅のように隕石や火山で気温が下がることもある。

しかし、現在の気温上昇を自然要因だとするのは言いにくい、と森田氏は言う。気温が上がっていること自体を否定するのは相当何も見ていない人で、本当の懐疑論者は気象庁のデータまで疑うが、それなら気象庁に代わってやってくれと言うしかない、と森田氏は語った。

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温暖化で台風は強くなるのか

森田氏によれば、気温が1℃上がると、空気が持てる水蒸気の量(飽和水蒸気量)は約7%増える。そのすべてでなくとも一部が雨として降るだけで、地球規模では大変な量になる。大雨の量が増えたことは人為的な影響と考えるのが妥当だという。

一方で「温暖化すると台風が強くなる」という説明については、分かりやすいので言われがちだが、まだ中心的な説ではないと森田氏は注意を促した。名古屋大学の坪木氏らが台風25号でドロップゾンデを投下して観測するなど研究は進んでいるが、まだきちんと解明されておらず、そんな単純なものではないだろうという。

それでも今年の台風の多さは際立っている。森田氏は自身が経験した1959年の伊勢湾台風を引き合いに出した。1959年9月26日の時点で伊勢湾台風は15号だったが、今年の9月26日時点ではすでに26号である。年間平均27〜28個のなかでの10個の差だから非常に多い、と森田氏は述べた。

38:56

51本の予想進路——アンサンブル予報の仕組み

収録時点で次の台風26号が近づいていた。気象庁の予報円は、翌週の水曜日ごろに沖縄近海にかかるところまでしか示していない。森田氏は、前夜の初期値で計算された51本の予想進路を示し、そのうち本州に近づくものが少なくないことから、20〜30%ぐらいは本州の南に来る可能性があると述べた。台風予報は気象庁しか出してはいけないため、自分たちは台風予報としては発表しないが、こうした資料を参考に可能性を考えているという。

51本の線は、いわば51台のコンピューターの「人格」、Aモデル、Bモデル……がそれぞれ出した答えだと森田氏は説明する。最初のデータを少しずつ変えて一斉に計算させ、どのメンバーが当たったかを踏まえて修正を加えていく。これが気象庁の全球アンサンブル予報だ。51という奇数である理由を、森田氏は「偶数だと多数決に馴染まないからではないか」と、自分ではそう思っているという言い方で推測した。

こうした予報は「数値予報」と呼ばれ、日本の気象庁の予報の主力である。森田氏は、投げたボールの落下地点のたとえで説明した。最初のデータが正確で、風などの外部要因がすべて分かっていれば、落ちる場所は物理法則で計算できる。人間ではとても追いつかない量の計算をコンピューターでやってきたのが数値予報で、その延長線上の完成形が現在の51通りのアンサンブル予報だという。

42:29

生成AIによる予報は何が違うのか

これに対して生成AIによる予報は、考え方がまったく違うと森田氏は言う。過去の台風のデータを全部入れ、今の台風はこれまでのどのケースに一番近いかを判断する。森田氏は、最初の絵と最後の絵があれば間をつないでしまう技術や、囲碁で人間に勝ったアルファ碁を例に挙げた。かつての囲碁・将棋の研究は局面ごとに評価値を計算して有利な手を選んでいたが、やがて勝ったパターンを大量に読ませる方が早い、という場面認識のような方向に変わった。物理法則で解いてきたものを、経験値をすべて踏まえた手法に置き換えるのが生成AIの予報だ、というのが森田氏の理解である。森田氏は自分は研究者ではなく、間違いがあるかもしれないと断ったうえでこう説明した。

佐藤氏が「外れたときに原因が分からない」ということかと尋ねると、森田氏はそれがAIの一番の問題点だと同意した。力学的なモデルなら、3桁と3桁を掛ければ大体1000前後だろうと見当がつくように、直感的に分かる部分がある。生成AIではそうした直感的な部分が分からなくなるのではないか、と森田氏は述べた。

それでも森田氏は、今年の春ごろに参加した研究者の会で、まだ公式には出していないが内部で行っている生成AIの台風予報の方が当たるという話を聞いたという。やがては生成AIによる予報が出てくるだろうと森田氏は予想する。昔は3日先ぐらいしか分からなかった台風の情報が今は2週間ほど前から出ているが、これからは1か月ぐらい前から大まかに分かる時代になるのではないか、と語った。

46:08

この冬は暖冬か大雪か

エルニーニョの影響が残る今冬は暖冬で雪が少ないと言われるが、実際はどうか。森田氏はまず、雪の予報は非常に難しいと強調した。雨は降水量が100ミリか200ミリかを予測すればよく、相対的には簡単だ。しかし雪は気温によってまったく変わる。東京の場合、2℃より高ければ大体雨になり、1℃から0℃ぐらいだと大雪になることがある。同じ降水でも雨ならただの雨、雪になれば大雪になる。その境目は今のコンピューターでも難しく、人間に分かるはずがない、と森田氏は言う。

日本海側の雪も単純ではない。寒気が強ければ大気が不安定になって大雪になりやすいが、近年は日本海の海水温が上がっており、雪になるか雨になるか、湿った雪か乾いた雪かで数値が大きく変わる。降水量は多いのに雪は少なかった、あるいは降水量が少ないのに雪はたくさん降った、ということが起こりうるという。

さらに太平洋側では、降水量が多いことと気温が低いことは連動しないことが多く、むしろ気温が高いときに降水量が多くなるという。「今年の雪はどうか」と聞かれたとき、森田氏は相手がどの雪のことを聞いているのか、どういう状況での質問なのかを考えながら答えているという。多くの人は東京の雪を思い浮かべるが、東京の雪も分からない、というのが本音だと語った。

49:44

命を守る「避難」とは何か

最後に佐藤氏は、異常気象に備えるために日々何に気をつければよいかを尋ねた。森田氏は「今ここに台風が来たらどうするか」と問い返し、建物の中にじっとしているのが一番いいと答えた。停電など外部インフラの問題はあるものの、東京23区では災害が起きるたびに修繕が入り、40〜50年かけて対策が積み重ねられてきた。アンダーパスなど危険な場所も、人の多いところから順に改善されてきた。まだ残っている場所はあるが、30年前、50年前を知る立場からすると非常に安全になったと森田氏は言う。世界的にも稀な安全な都市だとし、崖の近くなど一部を除けば、気象災害については自宅にいるのが一番安全だと述べた(地震は別だと断っている)。

そのうえで森田氏が最大のポイントとして挙げたのは、自分がどこに住んでいるか、今安全な場所にいるかどうかである。テレビは最も危険な人に向けて「川を見に行かないで」などと伝えざるを得ないが、受け手はその情報を自分の状況に照らして、今この状況は自分にとって安全かどうかを判断してほしいという。森田氏は台風25号の大雨の日に大手町にいて、わずか5メートル歩くだけで土砂降りだったが、外に出なければ安全だったと振り返った。電車も昔より計画運休などで止めるようになっている。

判断の手段として、森田氏はスマートフォンで気象庁の「キキクル」(危険度分布)を見ることを勧めた。自分のいる場所の周囲に崖や川があるかを把握したうえで、今どれほど切迫しているかを確認できる。そして警戒レベル4や5で「避難」と言われたとき、多くの人がその言葉を誤解していると森田氏は指摘する。避難とは「難を避ける」ことであり、その場にとどまるのが一番安全ならとどまるべきなのに、避難所へ移動するイメージばかりが広まっている。背後に崖があり逃げようがない人は優先的に避難所へ行くべきだが、誰もが避難所に向かえばパンクしてしまう、と森田氏は訴えた。テレビが避難所ばかり映すことにも責任があるかもしれない、とも述べている。

行政も数年前から、まず自分の身を守ることが大事だという方向に発信を変えたが、それを冷たいと受け取る人もいる。森田氏は、まず自分で考え、自分で判断できなければ友人など助けてくれる人に相談すればより安全な選択ができると言い、そうした共同体をつくることが大事だと語った。国や自治体もそうしたイベントを行っているが参加者が少なく、空回りしている。報道は報道で放送に集中し、仕組みづくりは公務員に任せきりになっている。その間が分断されていて、グラデーションでつながっていない。それが日本の問題として自分がいつも思っていることだ、と森田氏は結んだ。