東京プロマーケット上場はなぜ増えているのか:「100億円の壁」後のIPOの選択肢

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概要

東証が示した「上場後5年で時価総額100億円」という基準を受けて、グロース市場への新規上場は減っている。その一方で、プロ投資家だけが売買できる東京プロマーケット(TPM)への上場が増えているという。M&A BANKのMC・島袋直樹氏が、IR Robotics 成長企業支援事業本部 副本部長の小山内篤氏に、TPM上場の要件、メリット、制約、そしてグロースへの「ステップアップ上場」について聞いた。小山内氏は、会社を経営しているなら一度はTPM上場を検討すべきだという立場をとる。

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IR Roboticsの3つの事業

小山内氏はIR Roboticsに入社して11年目になる。同社の事業は大きく3つある。1つ目は上場企業のIR支援である。社名の「IR」はインベスター・リレーションズを指し、上場企業が投資家に向けて情報発信する際に、主に動画コンテンツを制作してYouTubeなどのメディアを通じて届けている。この事業のクライアントはすべて上場企業だ。

2つ目は勉強会を軸にしたコミュニティ運営である。上場準備中の企業に特化した「Next IPO Club」をはじめ、企業の属性やテーマ別に現在4つのコミュニティを運営している。3つ目は人材紹介で、紹介先を上場企業と上場準備企業に限っている点が特徴だという。

コミュニティ内で起きた「逆転現象」

島袋氏は、東証の「100億円の壁」によって上場が昨年から激減している一方、名古屋などの地方市場や東京プロマーケットが伸びているという噂を聞くと切り出した。数年前は「TPMに上場してどうするのか」という受け止め方が多かったが、最近は有識者の見方が変わってきているように感じるという。

小山内氏はまず、プロマーケットは東京証券取引所だけでなく、福岡証券取引所と札幌証券取引所にも新たに設けられており、国内に3つあると前置きしたうえで、この日は東京プロマーケットに絞って話した。

Next IPO Clubは2017年から活動しており、今年で10年目になる。2年前に小山内氏がこの番組に出演した時点で、会員企業の一般市場への上場は30社だった。この約2年で39社に増えた。一方、この2年の間に会員からTPMへの上場も出始め、昨年は2社、今年は収録時点の8月までで4社になった。今年に限れば、コミュニティ内ではTPMに上場した会員のほうが一般市場に上場した会員より多い「逆転現象」が起きていると小山内氏は説明する。

市場全体でも同じ傾向があるという。小山内氏によれば、今年上半期の新規上場は一般市場が17社程度(本人は「だったと思う」と記憶ベースで述べている)、TPMは29社で、TPMのほうが多い。その背景として、小山内氏は「5年100億問題」の影響が大きいのではないかと見ている。

プロ投資家限定だから要件が緩い

一般市場とTPMの決定的な違いは、売買できるのが「特定投資家」と呼ばれるプロ属性の投資家に限られる点だ。一般の個人が証券口座を作っても取引できない。投資家を絞り込む代わりに上場要件を緩和している、というのが市場の位置付けだと小山内氏は説明する。

具体的な緩和内容として、まず上場時に必要な監査証明が挙がった。一般市場では直近2期分が必要だが、TPMは1期でよい。単純に上場準備期間が1年短くなる。次に、形式基準の定めがない。一般市場には時価総額、流通株式比率、利益額などの形式基準があり、島袋氏がグロースでは流通株式時価総額5億円以上、流通株式比率25%といった基準があると確認すると、小山内氏はTPMにはそうした要件がないと答えた。そのため、株式をあまり希薄化させなくても上場できる可能性がある。

ただし、これは裏返せばデメリットでもある。一般市場のIPOでは新株を発行して資金を調達するエクイティファイナンスを行うが、TPMでは「限りなくできない」と小山内氏は言う。現状、上場時には既存株主が特定投資家に株式を売却する形になっており、希薄化は起きていない。

銀行・大企業からの信用と個人保証

島袋氏は、上場を目指す理由には市場からの資金調達だけでなく、社会的信用や採用、あるいは出店やコンペで上場企業が選ばれやすいといった面もあると指摘した。株価を気にしたくないが信用は得たいという経営者なら、むしろTPMのほうが向いているのではないか、という問いである。

小山内氏はその側面は十分あると応じた。TPMであっても、上場していないよりは信用がある。1つは金融機関、主に銀行からの信用だ。TPMに上場した会員から聞く話として、借入の条件が「劇的に変わる」という。借入可能額が増え、金利条件が良くなることもある。もう1つは経営者個人にとってのメリットで、経営者の個人保証が外れる。小山内氏はこれを「マストで外れます」「絶対外れる」と言い切った。

さらに小山内氏自身が会員から聞いて納得したというのが、大企業からの信用である。エンタープライズ企業では取引先が上場しているかどうかで発注できる金額が変わることがあり、小山内氏はこれを与信上の問題だろうと見ている。大企業向けにサービスを提供している会員がTPMに上場したところ、取引先から喜ばれ、先方の担当者も社内稟議を通しやすくなり、発注金額も上がったという。

社外役員・監査役は任意

コスト面について島袋氏は、グロース上場を目指すなら常勤監査役、社外監査役、社外取締役を置き、監査法人、証券会社、アドバイザーにも費用がかかる印象があると述べ、TPMでも同程度かかるのかを尋ねた。

小山内氏によれば、同じ事業体で比べた場合に差が出るのは機関設計である。社外取締役や監査役をどう置くかといった役員構成が、TPMでは任意になっている。一般市場のガバナンス要件は、少数株主保護のために経営陣の暴走をチェックするという建付けだが、TPMの株主はプロなので、株主自身が見極めてほしいという意味合いがある。そのためガバナンスをそこまで厳しくしなくてもよい、という考え方だと小山内氏は説明した。島袋氏は「今のところむちゃくちゃいい」と反応している。

JPXロゴと「上場企業の格」

上場後の見え方についても話が及んだ。小山内氏によれば、TPM上場企業も名刺にJPXのロゴを入れられるし、BtoCビジネスならサービスサイトやLPにも掲載できる。上場時の鐘も鳴らせる。島袋氏はFacebookで見る限りTPM上場のセレモニーは大勢を呼んで盛大に行うというより控えめな印象だと話したが、小山内氏はセレモニーの規模感はあまり見たことがないと答えている。

島袋氏がこの話を持ち出したのは、上場企業の中にもヒエラルキーがありそうだと感じたからだ。たとえばグロースに上場している時価総額数十億円の企業と、TPMに上場している売上規模の大きな企業が並んだとき、どちらが「すごい会社」なのか。小山内氏はどちらが上かという話にはあまり意味がないとしつつ、TPMに上場している社長には「うちはプロマーケットなんで」と控えめに振る舞う人が割と多いと述べた。

TPMからグロースへ:2年で時価総額3倍の例

それでも、TPMの見え方はここ数年で変わってきていると両者は話す。小山内氏が挙げたのは、Next IPO Clubに所属していた企業(動画の目次ではアルバリンクとされている)の例である。この企業は2023年にTPMに上場し、2025年にグロースへ上場した。約2年の間に売上は「多分4倍ぐらい」になり、TPM時代の時価総額が50億円ほどだったのに対し、グロース上場時の初値では「確か150億ぐらい」だったという。

小山内氏はこの例から、手前でTPMに上場したことで事業成長が加速した側面が大きいのではないかと考えている。直接グロースを目指すのもよいが、「5年100億」というバーが設けられた今はハードルが上がっている。一度TPMに上場して上場企業としての信用を得て、事業を成長させ、次の段階でグロースへ行く。これを「ステップアップ上場」と呼ぶことがあり、小山内氏はこの選択肢は十分ありで、実際にそうしたケースが増えてきていると述べた。

開示は半期ごと、流動性はほぼない

上場後の負担について、TPMの決算開示は半期に1回でよい。島袋氏は、四半期決算に追われると事業の仕込みが難しくなりそうだと述べ、グロースに挑戦する前の準備期間としてTPMを「かましておく」のはありではないかと問うた。小山内氏も、間に挟むのは全然ありだと答えている。

名古屋や福岡など地方の一般市場と比較する場合の判断軸について、小山内氏は、地方市場は一般投資家が投資でき、日々売買があって株価が毎日動く点が大きな差だとした。TPMは特定投資家が投資できる市場とはいえ、実態としては流動性が限りなくなく、売買もほぼ行われていないのが現状だという。

株主総会は開催されるが、実質的には身内だけで、一般株主は「ぶっちゃけいない」。では、株主の目がない中でガバナンスは保たれるのか。島袋氏が、行儀が悪ければ東証から怒られるのかと尋ねると、小山内氏は「間違いなく」怒られると答えた。TPMに上場するための体制は構築している以上、あまりに逸脱すれば問題になる、一応は上場企業だという説明である。

支援する側の見方も変わった

小山内氏は、自分たちのTPMに対する認識も変わったと明かした。Next IPO Clubは一般市場への上場支援が中心で、数年前まではTPMをよく理解しておらず、解像度も低かった。しかし会員からTPM上場の実績が出て、上場した人の生の声を聞くほど「ありだな」と思うようになったという。

準備期間は最短2年弱、ただし制約もある

新たにTPMを目指す場合の期間について、小山内氏は最短の例で2年弱だと述べた。決算のタイミングにもよるが、簡単に言えばN-1期とN期の2期で上場できる。一般市場より1期短いイメージである。

一方で制約もある。島袋氏が、グロースでは複数の会社の役員を兼ねている場合、上場を目指す会社への専任を求められることがあると指摘すると、小山内氏は、例外はあり得るものの、TPMでも基本的には1社にしっかりコミットするよう言われるはずだと答えた。また、社用車のような会社資産の私的利用といったものは、上場企業と同様にすべて切り離すのが大前提になる。事業の指揮命令系統も見られ、内部統制も一定程度は必要になる。監査は1期でよいとはいえ、上場に耐える経営とガバナンスは求められるということだ。

小山内氏は、これまで上場をまったく目指していなかった企業が新たにTPMを目指し始めるケースも増えているという印象を持っている。

Next PRO Market Clubの開始

こうした状況を受けて、IR Roboticsは今年から、TPMに特化した新しいコミュニティ「Next PRO Market Club」を始めた。TPMの良さは理解できても、自社にとって意味があるのか判断がつかないという経営者は多い。そうした判断の相談から、TPMがどういう市場かという説明、準備に入る際に契約が必要となる監査法人やアドバイザーといった専門機関の紹介まで、TPMを目指すための支援を手取り足取り行うという。

小山内氏は、会社を経営しているなら一度はTPMを検討したほうがいいと強調した。数年前までは「TPMなんて意味がない」と言う人が結構いたが、そう言っていたのはTPMに上場していない人だったと指摘する。島袋氏も自分もそう言っていたと認めている。小山内氏は、きちんと理解したうえで自社には不要だと判断するならそれでよいが、見えにくいところにメリットがあると考えている。

TPMからグロースへは最短9カ月

TPM上場後にグロースを目指す場合も改めて2期の監査証明が必要になるのかという質問に対し、小山内氏は、TPM上場時点ですでに監査を受けているため準備期間は短くなると説明した。過去の最短事例は、ブリッジコンサルティンググループがTPM上場から約9カ月でグロースに上場したケースで、1年はかかっていないはずだという。

既存株主の売り出しは可能か

TPM上場時に創業者などが持ち株を売れるのかについて、小山内氏は、事例は少ないものの売るケースはあると答えた。ただし社長が売るというより、既存株主のエグジットを目的とした売り出しが過去に何件かあったという。島袋氏は、SaaS系などで資金調達時のバリュエーションが高くなりすぎたが株式の流動化を図りたい経営者にとって、株主が納得すればありではないかと述べ、小山内氏も同意した。

ただし株主の説得は難しい。VCにTPMを目指すと伝えたら「は?」と言われた、怒られたというケースは結構聞くと小山内氏は言う。必ずエグジットしなければならない株主が入っている場合は難しい判断になる。

「検討するなら今」の理由

最後に小山内氏は、東証にはTPMをもっと活性化させようという方針があり、たとえばTPMでも資金調達ができるようにするといった方針が出ていると述べた。島袋氏はこれを受けて、国策に沿った分野には後押しがつくものであり、100億円の壁で東証がTPMに力を入れ始めた今この流れに乗らず、3年後に検討しても制度が変わっていて遅いかもしれない、やるなら今検討すべきだとまとめた。

小山内氏はさらに別の理由を挙げた。TPMの上場件数が増えれば、審査を担う側のリソースが足りなくなる未来が見えるという。そのため、TPMへの上場を検討するのであれば、とにかく早いほうがいいというのが小山内氏の結論である。