睡眠は「質」より「量」:柳沢正史教授が語る日本人の睡眠不足、ショートスリーパー、不眠症の実態

YouTubeで開く ↗
概要

日本人の睡眠時間は先進国の中でも短く、経済にも損失を与えているというデータがある。私たちの睡眠についての常識は何が正しく、何が間違っているのか。この回の楽待チャンネルでは、覚醒物質オレキシンの発見で知られ、今年アメリカのラスカー賞を受賞した睡眠研究者・柳沢正史教授を招き、MCの森本しんたろうと、医師で芸人の井たくまが話を聞いた。柳沢教授の立場ははっきりしている。多くの日本人は自覚がないまま睡眠が足りておらず、睡眠の「質」を高めても「量」の不足は補えない。とにかく寝るべきだ、というものである。

20分で読めます
3:15

オレキシンの発見とは何だったのか

冒頭、医師である井たくまが柳沢教授の業績を説明した。柳沢教授の研究チームが発見したオレキシンは脳内の物質で、ごく簡単に言うと受容体に結合すると覚醒状態を引き起こす。この物質は、突然強い眠気に襲われて寝てしまうナルコレプシーの原因に関わるものとして位置づけられた。さらに、現在精神科などで使われている睡眠薬「デエビゴ」や「ベルソムラ」は、オレキシンが受容体に結合するのをブロックして眠りを促す「オレキシン受容体拮抗薬」であり、柳沢教授の発見はこうした薬の元になったと井たくまは説明する。

井たくまは当初「日本でそれを発見した」と紹介したが、後に柳沢教授本人が訂正している。オレキシンを見つけたのはアメリカ時代で、場所はテキサスだった。柳沢教授はアメリカに24年間住んでいた。

4:46

ラスカー賞と「ジャパンイヤー」

柳沢教授が受賞したラスカー賞について、本人は「アメリカで一番権威のある医学賞」と説明する。今年は基礎医学研究、臨床医学研究、社会貢献の3部門があり、柳沢教授によれば今年は「ジャパンイヤー」だった。基礎研究部門は、同じく睡眠を研究するスタンフォード大学のエマニュエル・ミニョー教授と柳沢教授の共同受賞である。臨床部門は、中外製薬の研究者3名が、血が固まらなくなる血友病に対してまったく新しいタイプの治療薬を作ったことで受賞した。

社会貢献部門の受賞者は俳優のマイケル・J・フォックスだった。柳沢教授によれば、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で人気絶頂だった29歳ごろにパーキンソン病と診断され、その研究のために財団が支援した総額は50億ドル、日本円で8000億円を超える。自分の知名度を使って患者のために財団を作ったことが評価された。これだけの資金が一つの病気の研究に投じられれば研究は大きく進むはずで、パーキンソン病の研究者が羨ましいほどだと柳沢教授は語った。

また、柳沢教授が最近知ったところでは、1960年代以降、ラスカー賞の基礎研究部門の受賞者の2人に1人以上が後にノーベル賞を受賞しているという。

7:50

国民の睡眠時間とGDP:日本は「外れ値」

番組は「日本は寝ないから貧しくなったのか」という問いを投げかけた。柳沢教授は、因果関係まで厳密に証明するのは極めて難しいと前置きしたうえで、さまざまな状況証拠を合わせると「そう言いたくなる」と答えた。

その根拠の一つとして示したのが、ワールド・エコノミック・フォーラムが発表した調査である。縦軸に各国の国民の平均睡眠時間、横軸に国民1人当たりGDPをとったもので、睡眠時間はアンケートではなく活動量計(加速度計)で客観的に測っている。約100カ国を調べたところ、豊かな国ほどよく眠っているという強い相関が出たという。地域差もあり、ヨーロッパやアメリカの人はよく眠り、アジアの国々は短い傾向にある。

その中でも日本は「ほとんど外れ値」だと柳沢教授は言う。1人当たりGDPではもはや先端ではなく中間あたりだが、平均睡眠時間は全世界で最も短く、欧米の平均と比べると丸々1時間近く短い。

なぜ日本だけがこれほど短いのかは、柳沢教授にもわからないという。ネットやスマホ、夜の明るさがよく理由に挙げられるが、それは世界中どこでも同じである。日本と並んで短いのは韓国くらいで、両国に共通することを考えていくと、中高生のほとんどが塾に通っているという点に行き着く。これが効いているのかもしれない、というのが柳沢教授の見立てだ。

10:25

日本の子どもは9割が睡眠不足

柳沢教授によれば、多くの調査で繰り返し示されている通り、日本の中高生の9割は睡眠不足である。医学的に推奨される睡眠時間は、小学生で10時間(1年生と6年生でも違う)、中学生で9時間、高校生で8時間半とされる。小学生が7時に起きるなら9時には寝ていなければならないが、塾に行けば帰宅が10時になることもある。その時点で「完全にアウト」だと柳沢教授は言う。

柳沢教授の研究所には、さまざまな高校から理系の生徒が50人ほど見学に来ることがある。柳沢教授は1時間ほど睡眠の大切さについて講義するが、その間とても眠そうで、たいてい2〜3人は居眠りをしているという。わざわざ筑波大学まで、強制されたわけでもなく自分から手を挙げて来た生徒たちなのに寝てしまう。けしからんと言いたいのではなく「かわいそう」なのだと柳沢教授は強調した。

井たくまは自身の経験として、中学時代に部活が夜8時ごろまであり、その後塾に通っていたこと、睡眠不足で中学時代に一度ひどく心を病んだことを語った。

では塾をなくせばいいのか。柳沢教授は、中国がそれに近いことをしていると紹介した。柳沢教授の理解では、中国は中高生を遅くまで帰さないことを国の政策として禁止しており、その結果アンダーグラウンドの塾のようなものも生まれているため、どこまで徹底されているかはわからないという。競争の激しい中国ですらそうした手を打っており、今や塾通いが一般的なのは本当に韓国と日本だけだと柳沢教授は述べた。

柳沢教授自身は「廃止」とまでは言わない。提案するのは、日本の受験産業が持つノウハウを、たとえば公立の中学・高校がお金を払って取り入れ、昼間の学校にきちんと通っていれば真面目な生徒は受験に必要なことを吸収できるような仕組みを作ることだ。昼間は学校、その後に部活、さらに塾という「二重生活」では、眠れるわけがないというのである。

14:56

従業員の睡眠時間が企業の業績を左右する

続いて柳沢教授は、慶應義塾大学商学部の山本先生による論文を紹介した。日本の上場企業700数十社について従業員の睡眠時間を調べ、その平均値で企業をAからEの5グループに分けたものである。Aは従業員が最もよく眠っているグループ、Eは最も眠っていないグループで、縦軸に利益率をとると、よく眠っている企業ほど業績が良いという結果になった。

柳沢教授が特に重要だと言うのは、この研究がその後2年間にわたって追跡調査をしている点だ。1時点だけの調査では相関関係しかわからず、どちらが原因かは判断できない。しかし追跡の結果、AとEの差は開いていった。これを統計学的な因果推論で解析すると、よく眠っていることが好業績の原因であり、従業員の睡眠不足が業績悪化の原因である、と言えるのだという。グラフではDだけがCより上に来ており、出演者は冗談を交えたが、Aが一番上を保っている点は変わらない。

井たくまが「寝たら勤務時間が短くなって業績が悪くなりそうだ」と疑問を向けると、柳沢教授は、よく寝ることで1時間あたりにできる仕事の量、そしてそれ以上に質が良くなるはずだと答えた。寝不足ではすぐに頭のパフォーマンスが落ち、単位時間にできる仕事が減り、ミスも増える。さらに柳沢教授は、AIがさまざまなことをこなす時代には、寝不足の頭でできるようなことはAIでもできることであり、人間にしかできないことは寝不足の頭ではできないと指摘した。「これからの時代、従業員が寝てない企業は本当にダメになる」というのが柳沢教授の見方である。

そのうえで、いま叫ばれている健康経営は、見栄やステークホルダー向けのアピールのためにやるものではなく、なかでも睡眠が一番大事で、業績のためにやらなければならないものだと語った。残業させればよいという考え方ではないことが、このデータからわかるというわけである。

17:45

アメリカの子どもたちは塾に行かない

インターナショナルスクール出身の森本によれば、同級生で塾に通っている人はおらず、たまに家庭教師を呼ぶ人がいる程度で、放課後にアルバイトをする人も少なかったため、みんな睡眠が足りている感じがあったという。

柳沢教授には3人の娘がいて、3人ともアメリカで育った。柳沢教授によれば、アメリカで塾や家庭教師を利用するのは、むしろ授業についていけない子どもで、普通に勉強している子は行かない。娘たちも高校時代は夜10時ごろには寝ていたと思うという。

では睡眠の専門家として娘に厳しく言っていたのかというと、一度も言ったことはないそうだ。柳沢教授が睡眠学を始めたのは40歳になるころで、それまでは医学部でも睡眠についてはほとんど習わなかったという。それでも娘たちは誰に教わるでもなく「寝なきゃ」と早く寝ており、アメリカの良い大学に進んだ。勉強熱心ではあったが、ちゃんと寝ていたと柳沢教授は振り返る。

20:17

「7時間睡眠が最も健康」は意味がない

話題は最近よく耳にする「ショートスリーパー」に移った。柳沢教授はまず前提として、「7時間睡眠が一番健康」という言い方はあまりにざっくりしすぎていて意味がないと述べた。必要十分な睡眠時間には個人差があり、それ以前に年齢によって大きく変わるからである。

柳沢教授によれば、20歳の平均値は8時間20分ほどとされ、70歳では6時間半ぐらいになる。50年で2時間ほど差がつく計算だ。20歳で7時間で足りる人は少数派であり、逆に60〜70歳で7時間必要な人は、必要ない人のほうが多いくらいだという。さらに各年齢の中にも標準偏差でプラスマイナス1時間ほどの個人差がある。「7時間がいい」というのは全体をまとめた平均値にすぎない。

柳沢教授は「睡眠不足」が専門用語でもあることにも触れた。その定義は「その人にとって必要十分な睡眠時間を確保しない生活習慣」である。

22:10

ショートスリーパーはほとんどが「なんちゃって」

必要な睡眠量がつりがね型に分布しているとすれば、極端に少ない人や多い人がいる。そうした人たちを体質的なショートスリーパー、ロングスリーパーと呼ぶ。ただし柳沢教授によれば、ショートスリーパーには皆が認める明確な定義がない。多くの論文では6時間未満や5時間未満とされ、5時間を切る人はかなり稀だが、それも正確な数字は出ていないという。研究が進まない理由の一つは、本当のショートスリーパーは困っていないことだ。少ない睡眠でも元気で病気にもならず、眠くもないので医者に行かない。だから研究対象として集めるのが難しい。

井たくまが「5〜6時間睡眠の日は結構ある」と言うと、柳沢教授は、日本人には平均5〜6時間しか寝ていない人がざらにいるだろうが、それは無自覚な慢性的睡眠不足だと指摘した。5〜6時間が続いても仕事ができていると感じているため、それが自分の適正だと信じ込んでしまうのである。

その怖さを示す研究として、柳沢教授は有名な論文を紹介した。1日4時間しか眠らない睡眠制限を2週間続けると、頭のパフォーマンスは3日3晩寝ていないのと同じくらいまで落ちる。井たくまの補足によれば、一晩徹夜するだけで血中アルコール濃度0.1%相当になるとされ、これは人にもよるが日本酒3〜4合、ワインなら1本、生ビールなら2リットルを飲んだ状態に相当する。4時間睡眠だと5〜6日ほどで一晩の徹夜と同程度になるという。

問題は、4時間睡眠を2週間続けても、本人が感じる眠気は一晩徹夜したくらいまでしか上がらないことだ。つまり慢性的な睡眠不足は自覚できなくなり、眠いという感覚そのものが鈍ってしまう。慣れてしまうとも言える。柳沢教授は、4〜5時間でなんとかなっていると思っている「なんちゃってショートスリーパー」は多いが、ほとんどの場合は足りておらず、騙されたと思って長く寝てみると脳のパフォーマンスが良くなるのを自覚できると語った。

26:33

「寝すぎて眠い」は存在しない

週末にたくさん寝るとかえって調子が悪い、「寝すぎて眠い」という経験について、柳沢教授は二つの要因を挙げた。一つは「ソーシャル・ジェットラグ(社会的時差ボケ)」で、週末だけ睡眠の時間帯が後ろにずれることで体内時計がずれてしまう効果である。もう一つは、一晩長く寝ることで脳が少しまともな状態に戻り、自分が眠いことに初めて気づくという効果だと柳沢教授は推測する。たっぷり寝た後も眠いのは、まだ足りていないということだ。慢性的な睡眠負債は1晩や2晩では返せないという論文もあるという。

柳沢教授によれば、厳密には人間は寝すぎることができない。その人にとって睡眠が本当に充足していれば、それ以上は眠れず、起きてしまう。だから「寝られるだけ本当は寝るべき」だという。理想は、起きなければならない時間に目覚ましが鳴らなくても自然に目が覚める状態であり、よほど早い時間でもないのに目覚ましで起きなければならない時点で、少し足りていない可能性がある。

28:09

自分に必要な睡眠時間を測る方法

自分の適正な睡眠時間を知る方法として、柳沢教授が勧めるのは「4日間続けて、寝られるだけ寝てみる」ことだ。途中で起きてもまだ眠ければ二度寝、三度寝をして、もうこれ以上は無理というところまで眠る。

働き世代の日本人はほとんどが寝不足なので、1日目はかなり長く寝る。若い人なら12時間、あるいはそれ以上寝る人もいる。2日目は前日にある程度借金を返しているので、そこまでは眠れない。3日目、4日目ぐらいで落ち着き、その落ち着いた時間がその人にとって必要十分な睡眠時間だという。多くの人は、これまでやりくりしていた時間より長くなり、自分はこんなに眠れるのかと驚く。柳沢教授は、睡眠が足りた4日目ごろの昼間の脳のパフォーマンスを自覚してほしいと話した。ただ、出演者からは「現代人がその時間を作るのは難しい」という声も上がり、柳沢教授も「それが問題」と認めた。

29:51

睡眠の質で量はカバーできない

では、すぐに睡眠時間を増やせない人は、睡眠の質を上げることで補えるのか。柳沢教授の答えは「不可能」だった。睡眠に関しては、基本的に質で量をカバーすることはできないという。

柳沢教授はその理由を、脳波で測った睡眠経過図(ヒプノグラム)を示しながら説明した。睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があり、ノンレム睡眠には浅い・中間・深いのN1、N2、N3の3段階がある。よく言われるようにノンレムとレムがサイクルを繰り返すが、実際のデータを見ると非常に不規則だ。平均1時間半と言われる周期も大きく揺らぐため、「1時間半の倍数で起きるとよい」という話には何の根拠もないと柳沢教授は述べる。良い睡眠の例は、上下の動きが激しくなく安定しており、目立った中途覚醒がなく、寝付きも良いものだという。

柳沢教授が示した事例の一つは30代の女性で、十分に眠っているのに眠いので睡眠の質を高めたいと相談してきた人だった。睡眠時間は5時間半から6時間ほど。ところが脳波を見ると、睡眠の質は非常に良く、これ以上良くするのは不可能なほどだった。最も深いノンレム睡眠である「深睡眠」も、若い人らしくたくさん出ていた。

柳沢教授によれば、睡眠不足の人はたいていこのパターンで、眠っている間の質はほとんどの人が良い。脳の睡眠要求が非常に高まっているため、眠れる間は必死で寝ている状態なのだという。つまり「質で補う」と言っても、睡眠不足の人の質はすでに高いのである。この女性に、騙されたと思ってもう少し長く寝てみてはどうかと提案したところ、非常に調子が良くなった。柳沢教授は「すごい単純なんですよ。アホみたいに単純」と表現した。

柳沢教授は、日本人の8割が「ちゃんと寝ているのに疲れが取れない」と言っているとされる点についても、全員とは言わないが、かなりの部分はおそらく単純な睡眠不足だと見ている。8時間寝ていると思っていても、それはベッドに入ってからの時間で、実際に眠ったのは1時間後ということもある。それでも8時間と言う人はまだましで、実際には6時間ほどしか寝ていないのに十分だと思い込んでいる人が多い。先に述べたように、特に若い層で6時間で足りる人はかなり少数だという。

34:32

不眠を訴える人の3分の2は実は眠れている

ベッドに入って時間を確保しているのに眠れないという場合は、別のカテゴリーだと柳沢教授は言う。いわゆる「不眠の訴え」である。ただし不眠の訴えだけでは病気ではない。寝付きが悪い、途中で起きてしまうといった訴えがあり、そのせいで昼間に眠い、元気が出ない、イライラするなど何らかの支障が生じ、それが数週間から数カ月続いている。これらをすべて満たすと不眠症と診断される。

柳沢教授が紹介したのは40代の女性の事例だ。脳波を測った日について本人は、朝4時まで眠れず、時計を見ていたから間違いない、5時ごろに起きてしまってそこからも眠れなかった、実質2時間半ほどしか眠れていないと話していた。本人は本当にそう感じていたのである。しかし脳波を見ると、40代としてはかなり健やかな睡眠で、深睡眠もレム睡眠もしっかり取れていた。3時過ぎから4時ごろに一度目が覚めており、そのときに時計を見たのだろうと柳沢教授は推測する。そこまでは合っているが、その間ぐっすり眠っていたのを本人は全く眠れなかったと感じ、朝の中途覚醒以降も実際にはまだ寝ていた。

柳沢教授は、こうした主観と客観の乖離を「睡眠誤認」と呼ぶが、患者に失礼だとしてこの言い方は最近嫌われているらしいと付け加えた。なお、睡眠中の一瞬の覚醒は誰にでもあり、ほとんど自覚もされず問題はない。数分以上続けば覚えているが、すぐにまた眠れるならそれもあまり問題ではないという。

この女性に脳波のデータを見せて丁寧に説明し、若者のように健やかに眠れていると伝えたところ、本人はそれを信じ、睡眠への不安が取れていって、やがて不眠の訴えそのものがなくなった。睡眠を可視化するだけで、ある意味治療になる人もいるということだ。

井たくまが、普通のメンタルクリニックではこうした検査はできないため、睡眠薬を処方されている人の中にも実際には眠れている人がいるのではないかと尋ねると、柳沢教授は、自分たちが昨年出した論文で、不眠を訴える人の3分の2がこのパターンだったと答えた。こうした人に睡眠薬を処方して何が起きるのか、と柳沢教授は疑問を呈する。現行の睡眠医療では、不眠を訴える人に客観的な測定をすることはなく、ガイドラインにも書かれていない。特にヨーロッパの専門家からは、不眠の訴えに対する客観測定は意味がないとまで言われるという。柳沢教授はそうは考えておらず、ガイドラインを書き換えるまでの道のりは遠いものの、客観測定をしながら診療を進めるほうが本当は正しいのではないかと述べた。

40:34

「寝るな」が効く:不眠症の認知行動療法

井たくまが薬以外の手段としてCBT-Iに触れると、柳沢教授は、不眠の治療で最も効果があるのがこの不眠症のための認知行動療法だと応じた。柳沢教授によれば、不眠を訴える人の多くにはちょっとした悪い癖がある。たとえば「寝なきゃ」と思って眠くもないのに早い時間からベッドに入ることだ。眠くないのにベッドで悶々とすることを続けると、パブロフの犬と同じような心理学的な条件付けが起こり、自分のベッドや寝室を「眠れない場所」として覚えてしまう。筋金入りの不眠症の患者には、リビングでリラックスして今日は眠れそうだと思っていたのに、寝室に入った途端に目が冴えてしまうことが本当に起こるという。

CBT-Iはさまざまな要素を組み合わせ、通常は臨床心理士などのプロが行う。柳沢教授によれば、その最も重要な要素は「睡眠制限」、つまり基本的に「寝るな」と指示することだ。朝起きる時間は固定し、それより前の遅い時間までベッドに行かないようにする。睡眠日誌をつけてもらい、たとえば自分は5時間しか寝ていないと言う人には、5時間半以上ベッドにいないよう求める。多くの人は最初、眠れないと言っているのに寝るなとはどういうことかと腹を立てるが、これが効くという。昼間は眠くなるが、それを我慢していると夜に眠れるようになる。ベッドにいる時間を縮めることで、その間の睡眠の質も上がり、自覚的にも眠れるようになり、続けていると本当に眠れるようになる。

不眠症でない人にも応用できる方法として、柳沢教授は、ベッドに入って眠れないときは20分ほど頑張ってだめならベッドを出たほうがいいと勧めた。薄暗いリビングなどでリラックスできることをして、本当に眠くなってから戻る。それで睡眠時間が1時間削られても気にする必要はないという。

43:44

スマホの問題は光ではなくコンテンツ

眠れないときについスマホでSNSを見てしまうという話に対し、柳沢教授は、スマホを一律に禁止する必要はないと考えていると述べた。スマホの光が良くないとよく言われるが、柳沢教授はそれを「ほとんど嘘」だとする。今のスマホは暗い場所では画面がかなり暗くなり、黄色っぽくなるようにできているので、その機能を使っていれば光はほぼ無害だという。

問題はSNSのような双方向的なコンテンツである。柳沢教授自身も時々やってしまうというのがショート動画で、AIがその人が面白いと思いそうなものを次々に出してくる仕組みが良くない。強い意志で自分で止められない人は、本当にスマホをやめたほうがいいと柳沢教授は言う。一方、一方通行でぼんやりリラックスして見られるもので眠くなるなら、それはむしろ良い。ワクワクするようなものは向かず、すでに内容を知っている動画や長めのトーク動画のほうが向いているという話になり、自分の動画で眠くなられては困ると井たくまが笑いを誘った。

45:34

柳沢教授の「入眠儀式」

柳沢教授が実際に使っているのは将棋の動画だ。柳沢教授は将棋を「見る」のが好きな、いわゆる「見る将」で、藤井聡太のファンだという。好んで見るのは、元奨励会員の「歩」という将棋YouTuberが、プロのタイトル戦の棋譜を解説する動画である。声が癒し系で、解説のレベルが自分には少し高すぎる。それを1.2倍速ほどにして、20〜30分の長めの動画を見ていると眠くなるという。大学でわからない授業を聞いていると眠くなるのと同じことが起きているのだろうと柳沢教授は言う。

大事なのは、眠れない人の多くが明日の仕事や今日あった嫌なことをぐるぐる考える「反芻」をしており、これをしていると眠れないという点だ。それを断ち切るために、少しくすっと笑える、注意をそらせる程度で、のめり込まないものを選ぶ。何が合うかは人によって違い、ミュージックビデオの人もいれば、内容を知っているお笑い動画の人もいる。これを見るとなんとなく眠くなるというものが見つかれば、それを習慣にするとよい。いわゆる「ベッドタイムルーティン(入眠儀式)」で、体がそれを良い意味で覚えるのだという。

柳沢教授のもう一つの入眠儀式は、つまらない論文を読むことだ。言っては悪いが、論文の8〜9割は面白くなく、予定調和で結論がだいたい読めてしまうものが多いという。そうした論文をPDFにして読んでいるとすぐに眠くなるので、今日はどの論文を読みながら寝ようかと考えることもあるそうだ。出演者は、ラスカー賞を受賞した研究者でもそうやって工夫して眠っていると聞くと、睡眠へのプレッシャーが軽くなると受け止め、前編の話はここで締めくくられた。