売上500億円の経営者はなぜル・マンを走るのか:ルーフ代表・木村武史が語るジェントルマンドライバーの世界
PIVOT 公式チャンネル収益不動産会社ルーフの代表・木村武史は、経営者でありながら、世界3大レースの一つであるル・マン24時間レースに8年連続で出場している。この回では、なぜ本業を持つ経営者が年間13億円をかけてレースを続けるのかが問われた。ル・マンの実況を長く務めるサッシャが、モータースポーツの歴史と「ジェントルマンドライバー」という存在について解説している。木村の答えは意外なもので、「レースをやっているから会社が儲かる」というものだった。
「仕事のほうが楽」という経営者
木村は収録の直前、ベルギーから帰国したばかりだった。朝8時10分に羽田に着き、美容院に寄ってからスタジオに来たという。ベルギーではル・マンの出場権につながる予選的なレースに出ていた。
「本業は経営者で、ときどきレーサー」という紹介に、木村は「それで合っている」と答えた。そのうえで、レースのほうが大変で仕事のほうが楽だと付け加えた。自分の人生のすべてはル・マン24時間に出るためにあり、ル・マンに出るためにレースをし、ル・マンに出るために仕事を頑張っているとも語っている。
ル・マン24時間は、F1モナコGP、インディ500と並ぶ世界3大レースの一つで、100年以上の歴史がある。およそ60台のマシンが24時間走り続け、最も長い距離を走ったチームが優勝する。8年連続出場について木村は、すごいことだとは思うが、10年くらいは出たいと考えており、10年を一つの区切りにしていると話した。
「社会人から野球を始めて大谷と試合をするようなもの」
サッシャのモータースポーツ実況のキャリアは、2013年のル・マンから始まった。8年連続出場のすごさを一般の人にどう説明するかと問われ、サッシャは野球にたとえた。大谷翔平とずっと試合をしているようなものだが、木村の場合は小学校から野球をしていたわけではない。社会人になってから野球を始め、大谷と試合をしている感覚だという。
木村がレースを始めたのは44歳のときである。サッシャは、44歳から始めること自体は物理的に可能でも、続けられるか、実際に走れるかは別問題だと説明した。相応の努力と才能がなければ、大人になってから始めてもル・マンには出られないという。
ジェントルマンドライバーとプロ・アマ混成のルール
番組のVTRによると、1923年の第1回ル・マンでハンドルを握ったのは、貴族や実業家だった。自分の情熱と資金でレースに挑んだ彼らがジェントルマンドライバーであり、その伝統はいまもル・マンに残っている。フェラーリの関係者は、1950〜60年代には多くのジェントルマンドライバーが最も重要な耐久レースで勝っていたと語る。ただし、ジェントルマンドライバーも時速300km超で最低6時間、プロと同じ条件で走らなければならない。VTRには別のアマチュアドライバーのコメントもあった。自分より速いアマチュアはたくさんいるが、非常にお金がかかるため、ここに来られる人はごく少ないという内容である。
コストの具体例も示された。予選でタイヤを2セット使えば、タイヤ代だけで200万円になる。車両は1億8000万円ほどするが、このレースで走行距離を使い切ってしまうため、終われば使えなくなるという。
木村によれば、GTクラスとLMP2の一部では、プロとアマチュアを必ず1名ずつ乗せなければならない。プロだけで走ったほうが速いのに、なぜアマチュア枠が必須なのか。この問いに対し、サッシャはモータースポーツの成り立ちから説明した。自動車が世に出たのと同時に、どの車がいちばん速いかという勝負が生まれた。当時、車は金持ちしか買えなかったので、車を持つ人たちが自分の車の速さを競ったのが始まりだった。やがて、運転の得意な人にお金を払って乗ってもらったほうが勝てると考えるようになり、職業的なプロドライバーが生まれたのはその後だという。ル・マンが始まった100年以上前には、プロドライバーはまだいなかったというのがサッシャの見方だ。フェラーリも創業者が最初はレーシングドライバーで、引退後にプロを雇って自分の車を走らせるようになった。ル・マンは、車を購入して自ら走らせるというモータースポーツの原点を制度として残している、とサッシャは位置づける。
「ジェントルマン」という言葉について、木村は、上品で知的な面と野獣のような面の二つを一人の中に持ち、それを使い分けられる人という意味だと聞いていると説明した。サッシャは、貴族が始めた歴史もこの言葉が使われる理由ではないかと補った。さらにサッシャは、フェラーリは商売のためではなく、レースをしたいからレーシングカーを市販車として売っていたのだと話した。自動車メーカーが参戦するようになると、他社より強ければ自社車の宣伝になる。こうしてレースは次第に「実験室」になっていったという。
祭りとしての「ル・マン・ウィーク」
VTRには、レースだけでなくパレードに大勢の観客が集まる様子も映っていた。木村はいつも走る側なので、自分がこうして撮られている映像を見たのは初めてだったという。
ル・マンは24時間のレースだけで終わらない。レースが行われる週は「ル・マン・ウィーク」と呼ばれ、平日には街中をパレードし、チームによってはグッズを配る。そこからもう祭りが始まっている、と木村は話す。数万人規模の町に数十万人が来るといい、期間中は1週間単位でしか予約できないため、ホテルは1泊でも1週間でも150万円になるという。レンタカーは50万円ほどかかり、街の店は住民もレースを見に行くので閉まってしまう。出る側だけでなく、見る側にもお金がかかるという話だった。
車が欲しくて始めたレース:2015年の初レースで2位
木村のレースキャリアは2015年、アジアのランボルギーニのワンメイクレースから始まった。もともと車が好きで見に行ったところ、レーシングカーに近い車両を勧められて購入した。レースに出るために買ったのではなく、車が欲しくて買ったのだという。レースは織戸学に勧められ、一緒に出る予定だった。しかし織戸が出られなくなり、木村が一人で出場した。その初レースで2位になっている。若い頃から少し走ってはいたが、このとき自分は向いている、楽しいと感じたそうだ。
2019年、初ル・マンでクラス5位、そして涙
ル・マン初挑戦は2019年である。きっかけはここでも車だった。フェラーリのGT3車両が欲しかったが、フェラーリから「レースに出ないなら売らない」と言われた。GT3はレース用車両だからである。何に出ればいいか尋ねると、アジアン・ル・マン・シリーズがあると言われ、ジェームス・カラドと組んで出場した。
そこで木村は4連勝し、シリーズチャンピオンになった。当時の参加台数は6台ほどで、木村は「周りが遅かった」「たまたま」と話す。一方でこの4連勝の記録はいまも破られておらず、アジアン・ル・マンはいまや30台ほどが出る大変なレースになっていると付け加えた。まさか勝てると思っていなかったため、勝ったことで突然ル・マンへの切符が来てしまった。当時のルールに合わせてGTEクラスの車両を買い直し、そのまま本戦に出場した。
結果はクラス5位だった。木村自身、この記録をいまも超えられていないという。この結果でフェラーリが世界中に配るイヤーブックに「フェラーリと夢を掴んだ男」のような特集が組まれた。ただ、レースは非常につらく、終わった後に泣き出してしまったという。体調を崩した状態で走っていたとも語っている。当時は46歳前後で、木村は、そのころの会社はあまり成功していなかったが勢いで4連勝して出られたのだと振り返った。
ル・マンへの三つのルートと、毎回違う出場の仕方
ル・マンに出るには、大きく三つのルートがある。一つ目は、アジアン・ル・マン、木村が現在参戦しているヨーロピアン・ル・マン・シリーズ(ELMS)、IMSAなど、予選的な位置づけのシリーズでチャンピオンになることだ。二つ目は、ル・マンを含む年間シリーズ(WEC)にフル参戦するチームに入ること。三つ目は、主催者から推薦・招待を受けることである。
2020年は14時間経過時点でリタイアした。木村もサッシャも、車は壊れるもので完走自体が難しいと話し、だからこそ初出場のクラス5位はすごいのだという。木村自身は、これまでにぶつけたことはないと言う。
2023年は、木村に出場権はなかったが、主催者から特別招待を受けた。コロナ禍の間もずっと来てくれた、あなたはル・マンに出るべき人だ、とル・マンのトップから言われたという。特別招待枠は3組しかなく、100チームほどが申し込む中で直接招かれた。木村は、ヨーロッパの人たちは非常にプライドが高いと聞いていたが、自分はむしろ優遇されていると感じていると話す。サッシャは、ヨーロッパ以外から来た人が伝統あるレースで認められるのは、それだけレースに貢献し、愛情を注いでいることが伝わっているからだと評した。
今年6月のル・マンでは総合10位だった。このときは、スイスのロニー・ケッセルがオーナーを務めるチーム・ケッセルが、アジアン・ル・マンとGTワールドチャレンジ・ヨーロッパを通じて獲得した枠で乗った。ケッセルからは、ずっと一緒にレースをやりたいと言われているという。
サッシャが強調したのは、この出場ルートの多様さだった。自動車メーカーのワークスドライバーなら、メーカーが出続ける限り連続で出られる。木村の場合は、予選シリーズを勝ち上がった年もあれば、特別招待の年もあり、チームに認められて乗った年もある。サッシャは、実力、人望、信頼などがそろわなければできないことで、単に8年出たというだけの話ではないと述べた。木村は、出たい人は1000人ほどいて、お金は全員持っていると話す。そのうえで、差がつくのは付き合いやレースへの情熱、レースをリスペクトする姿勢で、主催者側はそこをよく見ていると考えている。
年間13億円、その内訳と「スポンサーを取らない」理由
年間の費用を聞かれ、木村は「大体13億円くらい」と答えた。これは車両代を含まない額である。黄色いフェラーリは1億8500万円ほどし、レース中に壊れることもある。前日のELMSでは、一緒に走っていた別のフェラーリが大破し、約2億円が失われたという。
番組で示された内訳では、ル・マン本戦に出るための費用が約2億5000万円だった。木村によると、車を1km走らせるのに6400円かかる。ル・マンは1周約14kmなので、1周で10万円以上になる計算だ。ブレーキパッド、エンジン、ミッションなどの部品は1万5000kmで交換するなど、すべて寿命が決まっている。ほかに、欧州シリーズ(ELMS)3戦の費用、ル・マン本戦の参戦費と諸経費、交代で乗る3人のドライバーのギャラがかかる。
スポンサーをつければ年間2億円程度、数億円は入ってくるはずだという。それでも木村はほとんど受けず、ほぼ自費でまかなっている。理由は「人の意見を聞きたくない」からだ。車にシールをベタベタ貼るのも格好悪いと感じており、一色で行きたいという。
木村はさらに、ジェントルマンドライバーの速さはかけたお金に比例すると話した。あるラップタイムで走れば、周囲からは「木村さん、5億くらい使ったね」と言われる。子どもの頃からカートをやってきたわけではない人でも、年間10億円を使って5年ほどやれば自分くらいのレベルになる、というのが木村の説明である。「モータースポーツはスポーツの前にモーターがついているので、先にお金」であり、お金をかけて徹底的に練習し、その結果として出るラップタイムがその人の能力だという。そして、自分より速いドライバーは自分より多く使っていると言い切った。
売上23億円から500億円へ:レースがもたらしたリターン
それだけの出費に見合うリターンについて、木村は明確に答えた。レースをやっているから会社が儲かる、というのである。レースを始めた10年ほど前、ルーフの売上は23億円ほどだった。当時は年間の費用も今ほどかかっておらず、始めて2〜3年は数億円、そこから10億円規模になったという。現在の売上は500億円ほどで、木村の話では20倍になった。
仕組みについて、木村は次のように説明する。レースを通じて世界中で名前が売れ、自分でも信じられないような人たちから「真似はできない」と言われる。その財務基盤が不動産だと知ると、どうやりくりしているのかという関心から不動産に興味を持ってもらえる。自分の仕事を説明すると「自分も不動産を買いたい」という話になる。会社の売上の半分以上は、レース関係の出会いから生まれているという。木村自身が広告になっているのかという問いには「なっている」と答え、だからレースをやめると売上が下がってしまうと話した。
木村は、本当はあまりやりたくないのだとも繰り返した。レースは理不尽で、なかなか結果が出ない。車が壊れれば自分のせいでなくても終わる。ラップタイムですべてが数字になり、印象で語れる余地がない。だから本当はやめたいが、会社の業績が伸びるので頑張っているのだという。
賞金はなく、手に入るのは時計:香港のロレックス店での逸話
ル・マンに賞金は基本的にない。スーパーGTには少しあるが、ル・マンで出場者がもらえるのは記念の時計、ロレックスのデイトナくらいだという。
木村はデイトナにまつわる逸話を披露した。旅行中に香港のロレックス正規店に行ったところ、デイトナはないと言われ、相手にされなかった。ところが店にあったデイトナ100周年のカタログに、自分の車が載っていた。「これは俺の車だ」と携帯の写真を見せると、店の奥からデイトナが出てきて、記念撮影まで求められたという。なお、100周年モデルは別に購入したと話している。
ル・マンは「毎日のトイレ」のようなもの
ル・マンは特別な日ではないのかと聞かれ、木村は、そう答えたいが正直に言えば日常的な感覚だと答えた。年に1回しかないが、ワールドカップのように盛り上がるものでもない。一言で言えば「トイレで頑張っている」ようなものだという。毎日出し切っているが、その姿を人に見せていないだけ、という意味である。
初出場のときに興奮したかと問われると、走っている途中でやめたいと思ったと答えた。レースは全体で約250周あり、木村はそのうち70〜80周ほどを担当する。最初の年は3周ほどできつくなり、チーム監督に何度も残り周回数を尋ねた。監督が気を使って「あと3周」と答え、2周走ってからもう一度聞いてもまた「あと3周」と言われる。自分で計算しながら走っているので、その気遣いにかえって困ったという。
世界のジェントルマンドライバーたち:遊びではなく真剣勝負
番組では、木村と並ぶ各国のジェントルマンドライバー15人が紹介された。日本人は木村だけである。GitHubやSteamなど、テック業界の出身者が多い。木村と仲が良いマーティン・ベリーは、ゴンチャをベインキャピタルに3000億円で売却したと紹介された。マレーシア国王の息子とされるプリンス・ジェフリーとは何度もバトルしており、彼はボーイングやエアバスの300人乗りクラスのプライベートジェットで、チーム全員を連れてやって来るという。
ほかのドライバーの多くはプライベートジェットで来る。木村が旅客機で移動し、最後にレンタカーで現地に着くと、「何かトラブルがあったのか」「なぜレース以外で車に乗っているんだ」と驚かれる。彼らにとって車はレースをするもので、移動手段ではないのだと木村は冗談めかして話した。
社交界のような交流があると思われがちだが、木村によればそういうものはない。子どもの喧嘩のようにバチバチで、走行を邪魔すれば「なぜどかないんだ」と文句を言いに行く。仲は良いが、立場や背景は関係なく、全員が自分こそいちばん速いと思って戦っているという。
司会者は収録前、こうした人たちは道楽で出ていると思っていたと明かした。サッシャは、むしろすべてをかけている人が多いと答えた。木村があるドライバーの速さをプロに話したところ、「あいつはトイレとご飯以外はずっと車の中にいる」と言われたという。司会者は、仕事のためにレースをする木村のあり方は、レースのために仕事を頑張るという一般的なイメージとベクトルが逆だと指摘した。サッシャは、ほかの出場者たちにとってはレースに出ることが当たり前で、仕事は息をするようにこなしている感覚だろうと話した。
トレーニング、そして経営との共通点
木村のトレーニングは格闘技選手並みで、実際に格闘技選手と一緒に鍛えているという。一方で、平日は9時半に出社し、夜11時半まで会社で仕事をしている。
レースと経営の共通点を聞かれると、木村は意思決定が速くなることを挙げた。レースには会議がないからだ。サッシャは別の角度から補足した。本業がおろそかになって売上が落ちれば、レースには出られない。グリッドに車を並べられる時点で、ある程度の勝者である。その勝者同士が戦うのだから、戦う相手がまったく違う、という指摘だった。
レースをやってるから会社が儲かるんですよ。10年前ぐらいにレースをやってる時って、うちの会社って23億ぐらいだったんです、売上。今500億ぐらい行ってるんで。
本業、経営者。時にはレーシングドライバー。舞台は世界最高峰の耐久レース。
8年連続で世界3大レースの1つ、ル・マン24時間に参戦をされていると。実際、レースは何歳から始められたんですか?
44ですね。
社会人になってから野球始めて、大谷と試合やってるような。その感覚です。アマチュアのこの枠が必須なんですか?
その伝統が残ってるのがル・マン。本業もあって、レース頑張ってるみたいな、ちょっとベクトルが逆ですよね。
やっぱりモータースポーツって、スポーツの前にモーターがついてるんで、先にお金なんですよ。お金があって徹底的に練習をして、それで叩き出すラップタイムが、その人の能力というか。
ズバリ、年間でいくらなんですか?
大体ね、13億ぐらい。
13億。
世界のトップ経営者たちが最後に手に入れたがる、お金では買えないものとは何か、皆さん考えたことありますでしょうか? 今日はその答えを超分析したいと思います。ゲストをご紹介しましょう。収益不動産の売買、管理、運用を柱とするルーフ代表取締役、木村武史さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。おはようございます。
おはようございます。
木村が代表を務めるルーフは、首都圏を中心に収益不動産の売買、運用管理などを行い、自らもプロのオーナーとして物件を保有、運営する不動産会社。
今、この収録の1、2分ほど前に伺いましたけれども、今どこから来られてるんですか、今日は?
ベルギーですね。ベルギーに、8時10分に羽田に着いて、朝に。で、美容院行って今来たって感じです。
ベルギーは何のお仕事だったんですか?
レースですね。
レース出たんですか?
ル・マンに出るための予選みたいなレースですね。
本業は経営者と聞いてます。時々レーサーという異色の経歴というふうにお伺いをしてるんですけれど。
そうですね。それで合ってると思います。でもレースの方が大変ですかね。仕事の方が楽ですね。
そうですか。
私のレースの、人生の全てで、ル・マン24時間に出るためにレースをやって、ル・マン24時間に出るために仕事を頑張ります。
そんな木村が出場するのは、F1モナコGP、インディ500と並ぶ世界3大レースの1つ、ル・マン24時間。その歴史、実に100年以上。およそ60台のマシンが24時間休まず走り続け、最も長い距離を走ったチームが優勝する、年に1度の過酷な耐久レースだ。
改めてですけれども、8年連続で世界3大レースの1つ、ル・マン24時間に参戦をされていると。この8年連続というところは、ご自身としてはどういうふうに捉えてるんですか?
すごいとは思うんですけど、10年ぐらい出たいなと思ってますね。
区切りは1個あるんですね。
はい。10年ぐらいかなっていう感じですかね。
そうですか。また詳しく深掘りさせていただきたいと思います。もう1方、ゲストをご紹介させてください。ル・マンの実況を長年務め続けているこの方です。サッシャさんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ル・マンにしろ、F1にしろ、モータースポーツの顔だというところは、私すごく感じておりますけど。
そうなんですか。ありがとうございます。
今年もね、またずっとF1も実況が決まって。
そうですね。一応モータースポーツの実況の一番最初はル・マンなんで、2013年のル・マンがモータースポーツの実況としては最初ですね。
そうですか。そのル・マンに8年連続出てる。このすごさって、一般の人に理解してもらうには何て説明すればいいんですか?
野球で言えば、大谷とずっと試合やってるようなもんですね。でも大谷と試合やってんのに、小学校からずっと野球やってたわけではないっていうところがすごいと思います。
野球歴は浅いけれども大谷選手みたい。
とは言えないけど、社会人になってから野球始めて大谷と試合やってるような。
絶対無理ですよ、そんな。その感覚です。実際、レースは何歳から始められたんですか?
44ですね。
44でこれ始められるものなんですか?
物理的には始められるけど、続けられて、しかも走れるかどうかは別問題です。
なるほど。
それなりの努力と才能がやっぱりないと。いくら大人になってから始めても、それはル・マンには出られません。条件がない。その辺がこの話、出てくると思う。
本業は経営者というところもあります。モータースポーツの世界ではジェントルマンドライバーというふうに呼ばれているとお伺いしました。このジェントルマンドライバーを中心に、今日は超分析をしていきます。
3つのラインナップでお届けしてまいります。1つ目が、走るビジネスパーソン、ジェントルマンドライバー。2つ目が、8年連続ル・マン挑戦の内。そして最後の3つ目が、大金をかけてまで挑む理由です。この3つを見ていきます。ではまず、こちらのVTRからご覧ください。
世界最高峰の耐久レース、ル・マン24時間。この舞台にはプロレーサーとは別に、100年間走り続けてきた男がいる。1923年、記念すべき第1回、ハンドルを握ったのは貴族や実業家。自らの情熱と資金でレースに挑む紳士たちだった。自動車黎明期を支え、発展に貢献してきた男たち。それがジェントルマンドライバー。ル・マンにはその伝統が今なお受け継がれているのだ。
そこでまず名付けられてるんです、みたいですね。
フェラーリにとって、ジェントルマンドライバーの価値は非常に重要です。50年代、60年代には、多くのジェントルマンドライバーが最も重要な耐久レースで優勝しました。
ジェントルマンドライバーはル・マンの品格を支える正当な血統。ただ椅子に座るだけでは済まされない。時速300km超で最低6時間。プロと同じ土俵で果敢にレースに挑み続けなくてはならない。
後半の私のペースが良かったんで、もう今17位ぐらいまで来てるんで、15位ぐらいまではもう数分で行くんじゃないですかね。まあまあじゃないですか。
Htopa、hontohisory、今後何十年にもわたって書かれていく。私より優れたブロンズドライバーはたくさんいます。しかし、ここに来る費用を払えるブロンズドライバーはごくわずかです。本当に高額だからです。
だから今、予選で2セット使ったんで、タイヤ代だけで200万です。この車、1億8000万ぐらいするんですけど、このレースでもうお釈迦なんで、終わりなんで。全部使って、走行距離行っちゃうんで。
私は信じています。日本。
日本を代表するジェントルマンドライバー、木村武史。その軌跡を本人に問う。
アマチュアのこの枠が必須なんですか?
このGTクラスとLMP2の一部では、必ずプロとアマチュアが1名乗らないといけないんですよ。
だってプロだけで走った方が絶対速いじゃないですか。
それを理解するには、多分今VTRにもあったんですけど、そもそもモータースポーツの歴史っていうのを考えなきゃいけなくて。モータースポーツが始まったのって、要は車が世に出て、当然ながら車出たら誰が一番速いんだ、どの車メーカーが一番速い。
ほとんど同じタイミングですよね。車ができたのとレースが同じタイミングで。
そうです。当然、車ができたらどの車が一番速いかって勝負になるわけじゃないですか。ところが当時は車っていうのはお金がないと買えなかったから、お金持ちの人が車を買って、当時庶民はまだ買えなかったから、そうすると持ってる人が「俺の車の方が速いよ」っていうところから始まってるわけですよ。そのうちに、走るの得意な人にお金払って乗ってもらった方が勝てるんじゃないか。
次の段階にいるのが、職業的なプロのドライバーが出てきたっていうのはその後でしょ。
後ですね。なのでル・マンが始まった100年以上前っていうのは、まだおそらくプロのドライバーなんてそもそもいなかった。
いなかったですね。商業化されたのは、本当にごくごく最近じゃないですかね。
フェラーリとかも最初はレーシングドライバーですもんね。そのうち引退して、プロ雇って自分の車走らせるっていう感じ。
その伝統が残ってるのがル・マン。ル・マンだけは、モータースポーツの始まりをしっかり、歴史を尊重してって言ったらいいんですかね。車を購入して、そして走らせるっていう、元々のモータースポーツの原点みたいなところの制度が残ってると。
なんとなく単語でジェントルマンっていうのが、僕は紳士っていうイメージ、そのまま和訳してしまうんですけれど、これは改めてどういう意味になるんですか?
イギリス的なジェントルマンっていうのが、日本のいわゆる、こう、ま、法制っていう意味もありながら、野獣のようなっていうのが2つあるみたいで。その貧法で知的な部分と野獣のようなものが1つの体の中に入ってて、それをハイブリッドで使い分けられることができる人みたいな、そういう意味らしいですね。
元々貴族とかが始めてるところもあるので、そういうところ、単語を使ってるのもあるんじゃないかと思いますけどね。
だからレースをしたすぎて車を買うみたいな人たちもいたりするんですかね。
フェラーリとかはレースがしたくて市販車売ってたわけですもんね。あれ商売にしているんじゃなくて、レースをしたいから、使い古したレーシングカー売ってただけなんで。
あれだって、いわゆる車の技術革新とかを図っていくために24時間やって、起きたところとかを直してアップデートしていこうみたいなイメージだったんですけど。
建前はそうですけど、したい人たちがしてるって感じじゃないですか?
そうですか。多分もうそれは、自動車会社が競い始めたからじゃないですかね。最初、車を買っていたユーザーのお金持ちが、貴族とかが始めてたけど、そのうちに自動車会社が、自分でだったら自分で出て、ドライバー雇おうって話になった時に、じゃあなんで自動車会社は出るのか。それは他のメーカーよりも強ければ、その車のプロモーションになって、どこどこのメーカーよりうちのメーカーの車がすごいでしょっていう、実験室にだんだんなってったっていう。
初めて見ましたけれど、レースだけじゃなくてパレードも含めて、かなり多くの観客が集まって賑わってるんですね。
あれね、私も初めて自分で見ましたけど、自分を。
どうでした?
見たことないんです。結構すごいですね。いつも自分から見てるだけなので。
そっか。撮られるってことは確かにあんまり。
あんまりないんで、いい思い出になりますね。
あれね、ル・マンウィークって言ってて、ル・マンってレースやってる24時間だけじゃないんですよ。1週間。もっとその前から始まってるけど、主にル・マンやってる週、1週間をル・マンウィークって言って、平日の時にパレードランをやって。チームによってはグッズ配ったりとか。そこにお客さんが集まって、ル・マンの街中をパレードするんですよ。そこからもうレースは始まってるんで、お祭りなんですよね。
数万人の町に数十万人来るみたいで。1泊ホテル150万とかするんです。
そんなするんですか?
はい、ル・マン期間中は。というのも1週間フィックスしないと駄目なんで、1日でも1週間でも150万なんですよ。
出るだけじゃなくて見る側もお金かかる。
見る側もお金かかるんですよ。レンタカーが50万とかかります。違う違う。
そうなんですか。
あと、お店全部閉まっちゃうんで。みんなル・マン見に来ちゃうんで。
そうですね。
実際に木村社長がつかんだという、その道のりを見ていきたいと思います。こちらです。アジア国内シリーズでキャリア始動というところで、2015年のところがまず始まりだったんですか? これはどういう大会だったんですか?
ランボルギーニのワンメイクレースっていう、ちょっとレーシングカーに近いもの、レーシングカーですかね。それをたまたま買わせていただいて。
元々車が好きだったんですか?
はい。元々好きで、見に行ったらこれを勧められて買ったんですね。
車をね。
それを出て、いきなり2位になれたんです。
これ車買ったらレース出ませんかって言われたってことですか?
そうです。
レースに出たかったから買ったんですか?
車が欲しくて買ったんですよ。
元々車が先。
レース、織戸さんに勧められて。
織戸さん、織戸学さん。
一緒に出ようってなってたんですけど、織戸さんが出られなくなって、自分が出たって感じ。
代役みたいな感じなんですか?
はい。一緒に出ようっていう話だったんですけど、出られなくなったんで、1人で。彼が出られなくなっちゃって。
それで2位になったんですか?
そうです。それで2位になった。
もう意味がわかんない。最初から才能ありますね。車の運転は才能あったんですか? カートやってたとか、若い頃から。
若い頃からそういうのは、ちょっと走ってましたよね。
そうですよね。
それで、結構ちょっと向いてるなと思って。結構楽しいなと思って。
実際にル・マン24時間に初挑戦したのが2019年だったと。この時はどういう。
この時はGT3という、ル・マンに出るための競技車両を買って、アジアン・ル・マンっていう予選会に出て、そこで私4連勝したんですよ。シリーズチャンピオンになったので出られたんですね。
それが初めてのル・マンだ。実力で勝ち取ってるってことですよね。
周りが遅かったんですよね。
それは勝った人はみんな言いますよ、周りが遅かった。
その時、6台ぐらいしか参加してなくて。
いやいや、でも6台だって何台だって1位になるんだ。
そうですね。たまたまで4連勝して、その記録はいまだに破られてないです。アジアン・ル・マンで4連勝って。今もう世界で一番大変なレースになっちゃってるんです。アジアン・ル・マンって今30台ぐらい出てくるんで。
待ってください。2019年にこれ、ル・マン出ようと思い始めたのはいつになるんですか、そうすると?
アジアン・ル・マンにまさか勝てると思わなかったので、勝ったからル・マンにいきなり切符が来ちゃったわけですよ。
でもなんでアジアン・ル・マン出ようと思ったんですか?
そのGT3が欲しかったんで。フェラーリと話してて、レース出なかったら車は売らないよってなったんで。
そもそもレース用の車両だから、GT3買うためにはレース出なきゃいけない。
じゃあ何出ようかなって言ったら、フェラーリがアジアン・ル・マンがあるよって言って、じゃあそれ出ようって言って。ジェームス・カラドですよ、今の。彼と組んで出たんですよ。
勝ったらル・マン出られるよってこと?
出られるようになっちゃったんで、「えっ」ってなっちゃって。このGTE買って。
GTEっていうのは、当時、今とちょっと違ってルールが、GTEクラスっていうのがあったんですね。GT3じゃなくて。それを、車を買い直して、ある意味。
はい。それでいきなり出たんですね。
それで結果がクラス5位だったんですか?
それがクラス5位なんですよ。いまだにその記録を自分で破れてないんですよ。
ここが最高。
これは今思えばすごかったんですよ。それがすごすぎて、私、フェラーリの年間、世界中に配るイヤーブックの特集組まれたぐらいなんで。「フェラーリと夢をつかんだ男」みたいな。
だって初出場で5位ですからね。
レースはやっぱり結構つらくて、もう嫌だなと思って、レース終わったら泣き出しちゃって。きつくて、もう嫌だ。
そうだったんですか。こんなにビジネスも頑張ってらっしゃる木村さんが涙するんですか?
もうそう。ちょっと気管支炎にもなってたんで、それでも走ってたんで。
それはきついですね。この時何歳なんですか?
46歳ぐらいだと思いますね。
45にして、不動産業は成功をされてる中で、初めて自分がそういう壁に当たったみたいな感覚なんですか?
あんまり成功してなかったんですけど、勢いで4連勝しちゃったんで行ったんですよね。
あとこれ、ごめんなさい。ル・マンに出るためにはどういうルートがあるのかっていうと、おさらいしてもいいですか?
地区予選がアジアン・ル・マン・シリーズ、今私が参戦してるELMS、ヨーロピアン・ル・マン・シリーズとか、IMSAシリーズがありまして、そこでシリーズチャンピオンにならないといけないですね。なのですごい出るのは大変なんですよ。
あとはWEC、普段年間のシリーズがあるんで、そこに全戦出るというチームになれば、もちろん当然そこの中にル・マンも組み込まれてる。あと主催者が推薦したドライバー、チームになれば、そこでも出られるっていう、一応3通りある。3通りって言っても、そのシリーズチャンピオンもアジアン・ル・マンとか、あとヨーロッパの選手権、IMSAもあるんで、いくつかのシリーズのチャンピオンが出られるっていう。
2020年が、参戦するも14時間経過した時にリタイア。
大体壊れるんで。
そもそも完走することが難しいんですよ。だから5位っていうのがすごい。
やっぱりったりするんで。ぶつかったことは過去、私はないんですけど。
2023年のこの4位という結果については、これはどう振り返りますか?
これELMSの方ですね。ヨーロピアン・ル・マン・シリーズですね。この時は私は、つまり権利はなかったんですけど、ありがたいことにル・マンの主催者からスペシャルインビテーション来たんですよ。
さっきの特別招待。
ル・マンの本当のトップの人から、「あなたはコロナの中もずっと来てくれて、あなたはル・マンに出るべき人だ」って言っていただいて。それで。
ヨーロッパの100年を超えるレース界が認める人です。しかも日本人。
そういう意味では3組しかスペシャルインビテーションってないんですよ。そこに100組、100チームぐらいもちろんオファー来るんで、私、直接呼ばれて。
僕、ル・マン顔パスなんじゃないかなって思うぐらいなんですけど、そういう感じでもないんですよね。なんか彼らの中でル・マンっていうレースが、すごく格が。
彼らも大事にしてるレースというか。伝統に入るっていうのは大変なんですよ。向こうは伝統があるし、しかもヨーロッパじゃないし。そこに入って認められてるってことは、どれだけそのレースに貢献して、愛情を注いでるかっていうことが伝わってるかってことですよね。
そういうことですかね。
だと思いますよ。
自分自身を理解。だからそういう意味では、そのサービスみたいなの全く感じないです。むしろ私、優遇されてる感じしますもん。
そうなんですね。それは愛が高いからです。愛が深い。認められてるってことなんですね。
ものすごくプライドの高い人たちだって聞いてるんですけど、私はむしろすごく優遇されてて。
真摯にやってらっしゃるからじゃないですかね。
かもしれないですね。
今年のル・マン、6月ですね。それはこれで10位入賞。これ何の枠でまず出られたんですか?
これはチーム、ケッセルが取った枠なんですよ。
チームで取った枠なんですね。
確かアジアン・ル・マンとGTワールドチャレンジ・ヨーロッパで。それで私はケッセルのドライバーなんで、そこで木村さん乗ってってケッセルに言われて乗ったんですね。最初に出たイケメンのロニー・ケッセルさんがチームオーナーで、彼がスイスの伯爵みたいな方で。その方に私がすごく認めていただいてて、もう一緒にずっとレースやりたいって彼には言っていただいてて。
今だいぶ略しましたけれど、木村さんが8年連続で出続ける。これとんでもないっていうことですね。
やっぱりね、要は自動車メーカーが参戦してるトップクラスとかは、その自動車メーカーが出続けて、そのドライバーでい続ければ連続出られるわけです。だけど木村さんの場合は、様々なルートで結局出てるんですよ。
確かに。
それがすごいんですよ。だから予選会を勝ち上がって出てる時もあれば、まさかの招待されて出てるという、もうなんていうか、VIP中のVIPみたいな出方をしてる時もあれば、チームが頑張って、そこのチームに認められてるから出てる。つまり毎回いろんなルートでパーティーに呼ばれる超VIPみたいな。
確かに。うまいですね。本当そうなんですよ。なんとか滑り込みで、ようよう出場してんですよ。
実力もあるし、いろんな要素が兼ね備わらないと出られないことなんで、ただ単純に8年出たからすごかったねっていうことだけじゃないんですよ。実力、人望、人気、信頼、いろんなものを培ってきてるってことですね。
でもそう言っちゃうとそうなんですよ。お金は全員あるんで。
金持ちしかいない。
本当に1000人とかいるんで、出たい人は。そこじゃなくて、お付き合いとかレースに対する情熱とか、リスペクトしてるその姿勢とか。そういうのアピールしてるわけじゃないですけど、好きなんで、自分でどんどんレース出てるだけなんで。そこをすごく見てますね。
これ見てる人は、お金どれぐらいかかるんだろうって絶対気になってると思うんですよ。
これ僕も気になるんです。あんまり知らないんですよ。
そうなんですね。あんまり知らないですか?
知らないです。
ズバリ、年間でいくらなんですか?
大体ね、13億ぐらいかな。
13億。
大体。
想定の。
それ、車代別なんで。
1年で、車代別で。
車代別です。あの黄色いフェラーリ、1億、今8500万ぐらいするんで、9時8万ぐらい。
そうですね。しかもレース中に壊れること全然ある。
はい。ぶつかったら終わりなんで。昨日ELMS出て、1台フェラーリ廃車になりましたからね。一緒に走ってた違う人が。
1億がお逝きになられて。8000万、2億、およそ2億がパー。
13億の内訳、もう少し知りたいんですけど、これどうなってるんですか?
ル・マンが、これですね。大体2億円ぐらいですから、2億5000万。これル・マンに出るためのお金。
なるほど。
大体1km走らせるのに6400円かかるんですよ。
ちょっと待ってください。
そうなんです。ル・マンって14kmぐらいあるんで、1周がね。1周で10万円以上かかるって。そのライフパーツが、ブレーキパッド、エンジン、ミッション、そういうのがもう1万5000kmで交換とか全部あるんで。
つまり消耗品代だけで1周回ってきたら10万すると。欧州シリーズから行くとなった場合のお金で、今こう書かれてると。欧州シリーズの3戦。
これELMSですね。予選会に出てるみたいなイメージですね。
ル・マンの本戦参戦費と諸経費があって、ドライバーの、そうか、ギャラもかかりますもんね。これドライバーは3人っていう認識でいいんですか?
3人交代です。
3人交代で。なるほど。
実際にスポンサーさんも、何億は入ってはくるんですよ。ただ私の場合は、ほとんど自分のお金で全部やってる感じですかね。
自費ですか?
はい。ほとんど。本当はもらえるんですけど、もらわないで全部自費で。
もらえるのになんでもらわないんですか?
人の意見聞きたくないんで。
そうか。なるほど。
車にこのシール貼るとか、もう嫌なんで。
一色で行きたいと。
もう全部一色で行きたいんですよね。途中でペタペタ貼っていくと、かっこ悪いじゃないですか。レースカーっていろんなのいっぱい貼ってるじゃないですか。よくわかんなくなっちゃうんで。そのスポンサーが年間でも2億円ぐらいあるかもしれないですけど、ほとんどそこはうちのチームは受けないでやってますね。
だからジェントルマンで速い人って、それだけお金使ってるっていうことなんですよ。なので大体このぐらいのラップ内で走るっていうと、「じゃあ木村さん、50億ぐらい使った」とかみんな言いますね。
そういう会話になるんだ。すごいね。
元々の子供の頃からカートをやってきた選手じゃなくて、5年ぐらいやってると私ぐらいになるんですよ。その代わり年間10億使うんで。
無理です。
そうするとそのバジェットで、やっぱりモータースポーツってスポーツの前にモーターがついてるんで、先にお金なんですよね。お金があって徹底的に練習をして、それで叩き出すラップタイムが、その人の能力というのはありますね。だから私より速いドライバーは私より使ってます。
でもね、それのおかげで会社を知ったり、木村さんを知ることによって、相乗効果があるってことですね。
そう。レースをやってるから会社が儲かるんですよ。世界中で名前が売れて、どんどんお客さんが増えてきて。なので10年前ぐらいにレースをやってる時って、うちの会社って23億ぐらいだったんですよ、売上。
ちょっと待ってください。年間参戦が13億なのに23億。
最初はそこまでかかってなかった。最初の2、3年は。そこから10億ですけど、今500億ぐらい行ってるんで。
レース、20倍になってんですか、売上。
はい。レースをやってる方が売上とかいくんですよね。
何が一番変わるんですか? やっぱり知ってもらうってことですか?
信じられないようなすごい方から、「真似はできないですね」って言われて。その財務基盤はやっぱり不動産っていうことを知っていただいて、「どういうやりくりをしてるんですか」っていうところから不動産に興味持っていただいて。私はこういうことをやってますって言うと、「じゃあ自分も不動産買いたいな」みたいな。
ご自身、ある意味広告になってるってことですか?
なってますね。だからレースやめちゃうと売上下がっちゃうんですよね。
やめられないですね。
だからしょうがなくやってんです。
いやいや、何言って。しょうがなくやってるレベルじゃないです。伏線は今回収しましたけど。
本当はね、あんまりやりたくないんですよ。
嘘だ。
いや、本当です。やっぱり理不尽で、なかなか結果出せないんで。
車壊れたりするから自分のせいじゃないしね。
はい。予選とかで全部数字が出るじゃないですか、速い遅いとかって。「今日はどうだった」っていう印象の話ない。全部ラップタイムで出ちゃうんで。本当やめたいんですけど、売上考えると会社の業績伸びるんで、頑張ってやってるんです。
それは知らなかったな。すごい。
うちの会社の売上の半分以上は、もうレース関係のそういった出会いとかですかね。
賞金ってあるんですか?
賞金はないです。
ゼロですか?
ちょっとある。スーパーGTとかあるんですけど、ほんのちょっと。
でもル・マンは基本的に時計もらうぐらいですか?
はい。時計ですね。デイトナ。
なるほど。出た人だけ。
デイトナの100周年とか買えましたけどね。記念に。香港のロレックスのディーラーに行って、旅行で。そしたら時計なんにもないって言われて、デイトナなんかないとか言われて。そこにカタログがあったら、カタログに私の車が映ってるんですよ。「俺の車なんだけど」「嘘だろ」って。私、自分の携帯見せて、「これ本当俺だから」って言ったら、そこでデイトナ出てきましたよ。
隠されてた。表には出てなかった。デイトナ裏から持ってきた。
全然相手にされてなくて。そしたら私の車がちょうど映ってるんですよ、デイトナ100周年。それで全部写真見せたら、「マジか」って言って、「ちょっと待って」ってデイトナ出てきました。
手のひら返したように。それで100周年の手に入れたんですか?
100周年はまた別で買ったんですけど、普通にデイトナ出て、記念撮影撮られました、私。
それ撮ります。そこサイン書いて。
結構ラッキーと思って。
だからル・マンがすごいんですか。そうです、そうです。
でもこのル・マンにずっと出られてるわけじゃないですか。これってご自身にとってすごい特別な日みたいに思えるんですけど、聞いてると。
そうだと答えたいんですけど、正直、日常な感じなんです。
日常な感じで。1年に1回しかないですよ。しかもだって街を挙げてワールドカップみたいに盛り上がって。
そういうことないってわけじゃないんですけど、そう言うとちょっと斜に構えたような感じですけど、すごい一言で言ってしまうと、トイレで頑張ってるみたいな感じ。
トイレで頑張ってる。
トイレって毎日頑張るじゃないですか。毎日出し切るじゃないですか。その姿を人に見せないだけで。ただもう毎日トイレしてるって感じです。
西川さん、すごすぎて僕に。しかもすごすぎて逆にその表現も大丈夫。
日常に組み込まれちゃってるんですよね。
でも第1回で出た時とかって、やっぱ興奮しません?
いや、もうやめたいと思いましたけど、走ってる途中で。
長いからですか。
はい。チーム監督に怒られるんですよ。もうずっと、3周ぐらいしたら「あと何周」ってずっと聞いちゃうんで、私。
ちょっと待ってください。全部で何周するんですか、大体?
250周ぐらいするんですよ。私はどのぐらいですかね、70周とか80周するんですけど、もう3周ぐらいできつくなっちゃう。
最初の時はね。
それで「あと何周」って聞いたら、「あと3周」とか気を使って言ってくれるんですけど、2周した後にもう1回私聞くんですよ。「あと何周」って言うと「あと3周」とか、減らなかったりする。気を使ってくれるんで、その変な気遣いが困るんですよね。私も自分で考えながらやってるんで、そうすると「もうやってらんねえな」とか思っちゃったりとか、割とそんな感じでやってますね。
じゃあ、ジェントルマンドライバーのお話ししたので、木村社長と並ぶ各国の皆さんを見ていきたいと思います。今15人出してますが、唯一の日本人がまず木村さんと思いますね。左側が、これテック界の皆様が多いところね。
GitHubとかね。Steamとかね。Steamの、ゲームのSteamですね。ストライクも。
そうです。マーティン・ベリーね、すごい仲いいですよ。ゴンチャ。3000億でベインキャピタルに売却しますよね。
ゴンチャってあのゴンチャですね。っていうことは我々はタピオカミルクティーを飲むたび、貢献してるわけですね。
プリンス・ジェフリって、マレーシアの国王の三男なんで。この人は私、何度もバトルしてますけど、この人は旅客機で来ますから。
プライベートジェットみたいな感じですか?
プライベートジェットの旅客機。ボーイングとかエアバスの。それでチーム全員で来ますから。でっかい300人乗りとかのやつで来て。これみんなそうやってプライベートジェットで来て、私は飛行機で来て、最後レンタカーで来るじゃないですか。彼らに「木村」とか言って、「なんで車乗ってんだ」って言われるんですよ。レンタカーに。
「何があったんだ」と。私は普通にレンタカーで。
何かあったの? トラブルがあったのかと思われたんだ。自分で運転して。
飛行機でしかみんな来ないんで。
そうか。それぐらいの皆さんが出てらっしゃる。
だから私がレンタカーで渋滞にはまってたりすると、みんながびっくりする。「なんでレース以外に車乗ってんだ」。
移動手段じゃない。車ってレースするもんだろう。
移動する、プライベートジェットは最低で来るんで。ヨーロッパの人が多いんでね。社交界みたいなのがあるように思われるじゃないですか。ないですから。もう子供の喧嘩みたいです。もう喧嘩ですね。
これ、裏で交流とかあったりするんですか?
ないです。もうバチバチですね。邪魔したら行きますから。
「お前何してんだ」みたいな。
「なんでどかねえんだよ」みたいな。なんとなくでも仲はいいですけど。背景とかみんな気にしないで、とにかく自分が一番速いと思って戦ってますよ。
じゃあ本当にレースの顔になってるんですね。
そうですね。そこがいいですよね。いろんな立場の違いはあっても、レースになったらそこはイーブン。戦うって意味ではね。
僕、収録前に、こういうのに出られる方ってもう道楽で出てるんじゃないかなと思ってたんですけど、想像以上に真剣勝負が繰り広げられているんだなっていう。この認識のずれっていうのは、結構日本の方、持ってる方多いかなって思うんですけど。
こっちの方が全てをかけてる人が多いです。私、聞いたんですよ。「あのドライバーは速いね」ってプロに言うと、「いや、あいつはトイレとご飯食べる以外は車の中にいる」っていうぐらいの言い方されました。ずっと乗ってるって言ってました。
僕、西川さんと同じで、僕の認識も、ある意味人たちはル・マンに出たいから日頃の仕事を頑張ってるのかと思ったら、木村さんはそうではなくて。だってやめたいと思ってるぐらい、つらいって言いながら出て、本業もあって、レース頑張ってるみたいな、ちょっとベクトルが逆ですよね。
確かに。そうですね。
だから多分、出てる人たちは仕事の延長でここがあるんじゃなくて、もうこっちが出るのが当たり前で、仕事はもう息をしてるようにやってる感じだと思いますよ。
思うんですけど、どのぐらいトレーニングしてるんですか?
格闘技選手並みにやってるというか、格闘技選手とやってるんで。
ちょっと待ってください。これ何やってるんですか? これ鍛えてる。
9時半に会社に行って、夜11時半まで私、会社でずっと仕事してるんですよ。
ちょっと待ってください。
んでやん食と、もう徹底的にやりますんで。
レースと、この仕事の経営者じゃないですか。これって共通点みたいなのありますか?
意思決定が早くなりますよね。
なるほど。
会議ないんで。
会議ない。そもそも。
本業がおろそかになって売上が下がっちゃったら出られないわけじゃないですか。グリッドに車を並べるだけでも、ある程度勝者ですよね。その勝者同士が戦うんで、もう戦う相手が全然違うんですよ。そこにテンションが入ります。
なるほど。
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