「ノーとは決して言わない」ウィーンのホテル・ザッハーでコンシェルジュとして働く
Michelle Khare翻訳元 English
ミシェル・カーレの企画はシンプルだ。ウィーンのホテル・ザッハーは、贅沢さと秘密厳守で知られている。最上級の部屋は1泊1万ユーロとも言われ、隠し扉や専属バトラーまで付いている。コンシェルジュたちは、交差した金の鍵を襟に付けたメンバーで構成される協会に所属しており、彼らには何を頼んでもかなえてもらえるという噂がある。カーレはその噂を確かめるため、1週間このホテルで働くことにした。動画の冒頭でスタッフの1人が語るエピソードが、全体の雰囲気を物語っている。ある紳士がアフリカからライオンを連れてやって来て部屋を求めたことがあり、「もちろん、お部屋をご用意しました」という。スタッフの言葉を借りれば、「不可能なことは何もない」のだ。
予定外の記念日に到着
カーレによれば、ホテルについて調べれば調べるほど、その格式の高さを思い知らされたという。さまざまな年代に撮影されたこのホテルの映像が次々と見つかり、カーレはこの旅を『スイート・ライフ』や『グランド・ブダペスト・ホテル』になぞらえた。制作チームは、宿泊客は重要人物で非常にプライバシーを重んじるため、すべての宿泊客の顔にぼかしを入れる必要があると告げられた。
この旅は、カーレと動画の監督であるギャレット・ケネルの結婚3周年の記念日とも重なっていた。カーレは、その日に働くことに「ちょっと落ち込んでいた」と認めている。意図したわけではなく、本人いわく「7つのマラソン」の前に都合がつくのがこの週しかなかったのだ。ホテル側は明らかに下調べをしていた。2人の部屋は、プレジデンシャル・スイートそのものではなく「プレジデンシャル・セクションの一部」とされる部屋で、枕には2人の名前が特注で刺繍され、長旅の後にはシャンパンが用意されていたうえ、結婚式の写真が額に入れて飾られ、「結婚記念日おめでとう」のメッセージまで添えられていた。カーレは、スタッフが自分たちのことを調べたのかと尋ねた。研修は翌朝8時から始まる予定だった。
金の鍵とホテルの伝統
カーレの主な指導役は、「金の鍵」ことレ・クレドールのメンバーであるトーマスだった。トーマスの説明によれば、この協会に所属しているのは世界でもわずか数千人で、「小さな家族」のようなものだという。ヴェネツィアにいる同じメンバーのコンシェルジュに電話をすれば、その人は手を貸してくれるし、自分もお返しに手を貸す。カーレが「ちょっとした秘密結社みたい」と言うと、トーマスも同意した。動画のナレーションによれば、トーマスの仕事は、宿泊客一人ひとりの名前、好きなもの、嫌いなもの、特別なリクエストを把握することであり、それは好きな花や新聞、朝に特別な紅茶を望むかどうかにまで及ぶ。
動画ではホテルの歴史も紹介される。ザッハーは、一族の看板菓子であるオリジナルのザッハトルテを販売する高級菓子店として始まった。ナレーションによれば、そのレシピは今も国家機密とされ、オリジナルのレシピは温度・湿度管理された金庫に保管されているという。菓子店はやがてアンナ・ザッハーが経営するホテルへと発展した。アンナ・ザッハーは葉巻好きで、フレンチ・ブルドッグを愛したことで知られる。その経営のもとでホテルはヨーロッパ屈指の名門ホテルとなり、長編映画1本、テレビ作品数本、そして数多くの書籍の題材となった。
トーマスは今も、亡き師匠の金の鍵をその人への敬意から身に着けており、その伝統を若手コンシェルジュのコンスタンティンに引き継ぎたいと考えている。2人は152室のホテルの運営を共に支えている。毎日は朝のミーティングから始まり、スタッフは滞在中のVIPについて説明を受ける。金曜日のチェックインの時間が迫り、週末の繁忙期が始まろうとしていたため、到着予定の宿泊客全員とその特別な要望が読み上げられ、プライバシーは最優先事項として強調された。トーマスによれば、こうした細やかさとパーソナライズこそが、ザッハーを特別な存在にしているという。
正面玄関と42分のフェラーリ
ミーティングが終わるとスタッフはすぐに散らばり、カーレはどこへ行けばいいのかと尋ねた。答えは「どこへでも」。到着する宿泊客があまりにも多かったため、トーマスはカーレに、手が足りないところならどこでも穴を埋めてほしいと考えていた。カーレはまず、宿泊客の出迎えと見送りを担当するティナと一緒に正面玄関に立った。ティナはこの役割を宿泊客にとっての第一印象だと説明し、「自分の仕事が大好き」だと語った。
最初の本格的な試練は、宿泊客のフェラーリを、約半マイル離れたホテルの駐車場まで、ウィーンの混雑した街中を通って8分以内に、傷ひとつ付けずに運ぶことだった。見物人が集まってきた。カーレはエンジンのかけ方やドライブへの入れ方がなかなかわからず、この体験を「悪夢」と呼んだ。シークレットサービスやFBIで防衛運転の訓練を受けたことはあるものの、今回は別物だという。他人の高級車で、しかも一度も運転したことのない国なのだ。曲がるべき角を通り過ぎてしまい、「安全を優先している」と言ったものの、その後カーレの見積もりでは3マイルほど左折できる場所が見つからず、「イタリアまで行っちゃう」と冗談を飛ばした。駐車場では発券機に手が届かず、遮断機は反応せず、駐車するにも周りがよく見えなかった。結局、合計42分かかった。その間にホテルでは対応が滞り、あらゆる持ち場が一斉にカーレの助けを必要としていた。
ベルスタッフ:運ぶのは荷物ではなく責任
次はベルスタッフのティアと一緒に働いた。ティアはザッハーで3年半働いている。ティアは、自分は女の子だから「ベルガールでいい」と言った。ナレーションでは2つの役割が区別されている。ベルホップは宿泊客の荷物を部屋まで運ぶ手伝いをする仕事で、ベルボーイは宿泊客から頼まれたあらゆる個人的な用事をこなす初級職だ。ティアはこの仕事をこうまとめた。「私たちは荷物を運んでいるんじゃない。責任を運んでいるようなもの。だから素早く届けなきゃいけない」
用事は次々と舞い込んだ。ルーマニアの住所へ商品を発送すること、ある宿泊客のためにウィンストン・スリムを1箱買うこと、予約済みの花束を受け取ること。これらすべてを、カーレがうまく運転できないマニュアル車でこなした。カーレは、この仕事がこんなふうに街中を駆け回るものだとは思っていなかったと語った。ティアの説明によれば、街の人々はザッハーの制服を見ればそれとわかり、ときには写真を頼まれることもあるという。実際、2人は観光客と一緒に写真を撮ることになった。オーストリアでここで働くことは名誉なのかと聞かれると、ティアは、国中の誰もがザッハーとザッハトルテを知っているから「間違いなく」と答えた。
その後、ある宿泊客が部屋を気に入らず、荷物を624号室から330号室へ8分以内に移さなければならなくなった。カーレはこの時間設定を「不思議の国のアリス」のようだと言った。宿泊客はドアの前で待っていた。ティアは、宿泊客の機嫌が悪いときには緊張することもあると認めつつ、それも仕事のうちだと話した。意見が合わない相手も含めて、宿泊客とうまく付き合わなければならないのだ。カーレはこうしたやり取りにストレスを感じた。宿泊客が「とてもこだわりの強い重要人物」であることが見て取れ、荷物を正しく置けるかどうかさえ心配になったという。ザッハーの客層は要求が厳しかったり気難しかったりすると世間では思われているのでは、とカーレが言うと、スタッフは「それは本当です」と同意した。
客室への配達には決まった手順がある。ベルを3回、10秒の間隔を空けて鳴らし、その後ノックする。タバコが宿泊客の手に渡ると、カーレは「本当にあれが必要だったみたい」と言い、スタッフもその宿泊客がつらい一日を過ごしていることに同意した。この時点でカーレは、宿泊客を喜ばせようとどれだけ努力しても、決して十分ではないように感じると語っている。
ペガサス、プロポーズ、そして握手
ホテルで働いて1年半になるコンスタンティンは、一風変わったリクエストをいくつか紹介した。ある宿泊客は空を飛べる馬を求めた。コンスタンティンの返答は「たいていのことはできますが、ペガサスは無理です」。また別の宿泊客は、恋人へのプロポーズをどうすればいいのかまったくわからなかったため、コンスタンティンがすべてを計画したという。
金の鍵には秘密の握手があるのかとカーレが尋ねると、コンスタンティンは噂は聞いたことがあるが、本当に存在するのかはわからないと答えた。さらに、コンシェルジュの世界には協会の中だけにとどめておくべき秘密がたくさんあると付け加えた。2人とも正式なメンバーではなかったので、交差した鍵をモチーフにした独自の握手を考案した。「ノーとは決して言わない。でも扉は開く」
カーレはこれを、金の鍵のウェブサイトに掲げられたモットー「友情を通じたサービス」と結びつけた。カーレの解釈では、本当のサービスとは取引ではなく関係性であり、それこそが金の鍵のコンシェルジュの真のスキルなのだという。部屋での記念日の演出を受ける側になったことで、働きながら過ごすことへの当初の不安とは裏腹に、これが「最高の記念日」になったとカーレは語った。コンスタンティンは、まさにそれが目的なのだと言う。あのようなささやかな心遣いで、宿泊客の思い出を特別なものにすることだ。
コンスタンティンは、このホテルに来た経緯も語った。ザッハーを扱った番組を見ていたコンスタンティンの母親が、あるとき冗談で「ホテル・ザッハーに応募しなさい」と言ったという。コンスタンティンはコンシェルジュになることを目標にやって来て、採用が決まってから初めて母親に伝えた。その後、母親を宿泊に招待した。母親はひどく気後れしていたが、コンスタンティンは、ここにいていいのは他の誰とも同じだと伝えて、くつろいでもらおうとした。カーレは、この1週間のどこかで、自分もその喜びのほんの一部でも誰かに届けられたらと語った。カーレはレ・クレドールに対し、来年コンスタンティンが申請したときには入会を認めてほしいと公に呼びかけ、ジュニア用の鍵が小さすぎると不満を漏らした。そしてコンスタンティンに、特製の「Challenge Accepted」コインと特大サイズの鍵を贈った。
コツをつかむ
カーレによれば、スタッフと打ち解けるにつれて、仕事は楽になっていった。玄関では、トルテのカフェの行列の場所など道を尋ねる通行人に対応し、チップも受け取った。この日は8分以内に車を駐車でき、用事も問題なくこなし、宿泊客の荷物を運んで並べても苦情はひとつもなかったと報告している。こうしたチャレンジでいちばん好きなのは、一緒に働く人たちと友達になれる瞬間だとカーレは語った。
最後のチャレンジ:忘れられた誕生日
最後の課題は、コンシェルジュデスクに立って宿泊客のリクエストに対応することだった。シュミット夫人という宿泊客から、緊急事態だと電話がかかってきた。前日だった夫の誕生日を忘れてしまったというのだ。夫人が望んだのは、午後6時30分に、プライベートで唯一無二の「とてもウィーンらしい」何か。レストランではないこと、という条件付きだった。カーレに残された時間は5時間足らずだった。
トーマスはGoogleの使用を許可し、検索の結果、主な候補として3つが挙がった。スペイン乗馬学校、ウィーンのオペラ座、あるいは美術館だ。トーマスはヒントをひとつだけくれた。この宿泊客のことはよく知っていて、2人とも芸術が大好きだという。コンスタンティンのプロポーズの話に触発されたカーレは、ロマンチックな大仕掛けを狙うことにした。クリムトの『接吻』がベルヴェデーレにあることを知っており、絵の周りはいつも人だかりだと聞いていたので、閉館後に絵の近くの個室を押さえ、ケータリングを手配できないかと考えた。トーマスは、夫妻が本当にディナーを望んでいるのか、それとも飲み物と軽食だけでいいのかと尋ねた。カーレは自分が「やりすぎ」で、ディナーだと思い込んでいたことを認めた。結局、美術館でのひとときの後、午後8時ごろにミシュラン星付きレストランを予約するという案に落ち着いた。このレストランは、美術館の件がうまくいかなかった場合の代替案も兼ねていた。
ミシュランのレストランは満席で、コンピューター上ではテーブルが赤く表示されていた。しかし、11番と7番の2つのテーブルがブロックされており、トーマスは、金の鍵を持っていればこうしたテーブルを利用できるのだと説明した。「金の鍵があれば、不可能なことは何もない」。トーマスが街中の人脈を駆使する様子を見て、「友情を通じたサービス」の意味が腑に落ちたとカーレは語った。カーレの考えでは、トーマスが長年かけて築いてきた関係こそが、こうした魔法を可能にしているのだ。
美術館に電話する前に、細部を詰めた。バラ、そしてもちろんザッハトルテだ。トーマスは、カーレ自身がサプライズでケーキを届けてはどうかと提案した。電話でカーレは、ある宿泊客が夫の誕生日を忘れてしまったことを説明し、午後6時30分の閉館後に『接吻』の隣の個室を使えないかと尋ねた。ベルヴェデーレの答えはイエスだった。カーレが高額になると念を押すと、トーマスは、何しろベルヴェデーレだからと答えた。シュミット夫人は計画と費用を承認した。トーマスはカーレに、感じるかと尋ね、この感覚こそが仕事なのだと伝えた。宿泊客を幸せにすることができて、自分も幸せを感じられるなら、それでいいのだと。
最後の仕上げは花束だった。カーレは閉店間際の花屋に駆け込み、『接吻』の色合いに合わせたバラを頼んだ。カーレは緊張していたと認めている。シュミット夫人には会ったこともないのに、個人的なつながりのない夫婦の関係を修復することを、とても大切に思っていたのだ。カーレは、宿泊客への並外れた共感もコンシェルジュの役割の一部なのだと結論づけた。
どんでん返し
ベルヴェデーレでは、部屋の準備が整い、トーマスがおなじみのプレートを掲げていた。スタッフはしきりにカーレにケーキの箱を開けるよう促した。カーレは宿泊客のためのものだからと拒んだ。箱の中にあったのは種明かしだった。宿泊客などいなかったのだ。「あなたは自分の記念日ディナーを計画したんです」。シュミット夫人は存在せず、『接吻』の傍らで過ごすプライベートな夜は、カーレとギャレットのためのものだった。スタッフは仕事をやり遂げたカーレを祝福し、「今やあなたがコンシェルジュです」と告げた。
「私は宿泊客にとっての母親なんです」
動画は、トーマスがこの仕事を愛する理由を語って締めくくられる。トーマスは宿泊客のために瞬間をつくり出す。「小さなことも、大きなことも」。何の仕事をしているのかと聞かれ、単に「コンシェルジュ」とは言えないとき、トーマスは自分は「宿泊客にとっての母親」だと答える。母親が子どものために何でもするように、自分も宿泊客のために何でもするからだ。トーマスにとって、ホテル・ザッハーは別世界だ。スーツに袖を通すと魔法のように感じられ、その魔法を宿泊客に届けたいのだという。だからこそスタッフは自分たちの持ち場に誇りを持っているのだとトーマスは語る。人々を幸せにするために。
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