「実験」を自動化するフィジカルAI:牛久氏が語るAIロボット駆動科学と日本の現在地

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概要

ものづくり太郎チャンネルのものづくり太郎が、AIロボット協会理事の牛久氏と対談した。牛久氏はディープラーニング以前の「冬の時代」からAIを研究してきた。現在はオムロンの研究子会社であるオムロン サイニックエックス(OMRON SINIC X)に在籍しながら、自身の会社NexaScienceも創業している。対談の中心テーマは、牛久氏が「AIロボット駆動科学」と呼ぶ分野だ。フィジカルAIを物流や運搬の次にどこへ使うのか。その問いに対して牛久氏は「実験」を挙げ、実験の自動化によって研究開発のサイクルを速めるという立場から話を進めた。

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物流の次に来る「エッジケース」としての実験

牛久氏によれば、AIロボットの用途として物流や病院などで「とりあえず物を運ぶ」ことから始めるのは合理的だという。そのうえで、次の段階として、ものづくりの延長にある最も難しい事例、いわば「エッジケース」として実験があると考えている。

分かりやすい先行例として牛久氏が挙げたのは創薬である。創薬では、あるタンパク質と、それに効きそうな候補物質との組み合わせを網羅的に調べていく。この工程は、液体を分注するのもロボット、しばらく置いて反応させて検査するのも自動になっている。さらに結果を取り込んで次に何を試すかを決める部分でも、今ではAIの活用が進んでいる。人間がサイクルに入らずに回せるようになってきているというのが牛久氏の説明だ。

ただし、自動化されていない部分が残る。反応後の廃棄、最初に使うタンパク質や菌、試薬をどう用意するかといった作業である。ここをロボットに担わせ、人間は材料を置いておくだけで全体が回る状態にする。牛久氏はこれもフィジカルAIの一部だと位置づけた。また、創薬は液体を扱うだけなので、実はやりやすい部類だとも付け加えている。

ロボット研究室と「冬の時代」のAI

牛久氏がAI研究者になった経緯も語られた。ドラえもん世代で、大学ではロボットをやりたいと考え、工学部の機械情報学科に進んでロボットの研究室に入った。そこは今で言うAIを研究する研究室でもあったという。

研究室には2人の教員がいた。牛久氏の表現では「大ボス」と「中ボス」である。大ボスにあたる教授は、2つのアプローチで知能を研究していた。1つは実際にロボットを作ることで、約20年前、まだASIMOが現役だった頃に、一度寝た状態から起き上がるようなダイナミックな動きのロボットを作っていた。もう1つは脳科学者と組むアプローチで、赤ちゃんサイズのロボットを作り、目の見え方や手の使い方が人間の脳の発達にどう影響するのかを調べ、脳をAIとして見ようとしていた。ものづくり太郎は、これが今のフィジカルAIやヒューマノイドの出発点につながっていると受け止めた。

牛久氏が実際に師事したのは中ボスのほうで、こちらはアルゴリズムなどソフトウェアとしてのAIを研究していた。牛久氏が研究を始めた2008〜2009年頃はディープラーニングがまだ登場しておらず、AIは使い物にならないと言われる「冬の時代」だった。牛久氏によれば、人間の脳をコンピューターに移植すれば人間らしくなるのではないかという発想は1950年頃からあったが、思うようにはいかなかった。その後、学習アルゴリズムの進化で単純なルールから複雑な文字の認識へと進んだものの、文字だけではアプリケーションが少ない、という状況だったという。そうしたなかで、この研究室はディープラーニング以前の技術で画像認識を高速かつ正確に行う技術を開発しており、牛久氏はそこに惹かれて研究を始めた。

ディープラーニングの登場と認識精度の急伸

転機は、牛久氏が博士課程2年、博士号取得の直前の時期に訪れた。画像認識の分野に初めてディープラーニングが入ってきたのである。会話の中ではAlphaGoにも触れられ、囲碁の世界と同時期に画像分野でも一種の「シンギュラリティ」が起きたと表現された。

その少し前には音声認識でもディープラーニングが革新を起こしていた。牛久氏の説明によると、従来技術では10回に2〜3回は間違えるような精度だったが、それが一気に半分程度になった。音声の聞き取りや画像に何が映っているかの判定は、それまで煮詰まっていて、これ以上エラー率は下がらないとみんなが感じていた。そこへ突然、大きな改善が現れたという。

Microsoftのインターンで見た研究とプロダクトの距離

博士課程の終盤、牛久氏はMicrosoftの研究所に2〜3カ月インターンに行った。そのきっかけとして語られたのが国際会議での体験である。論文誌への掲載には1年ほどかかるため、AI分野では審査付きの国際会議で最先端の成果をすぐ発表する文化がある。ある会議のオープニングで採択者の多い国・組織が紹介された際、1位がアメリカ、2位がドイツ、4位がイギリスで、3位には国ではなくMicrosoftが入っていたという。

当時、画像AI分野では、Microsoftにインターンに行って論文を書くことが若手研究者の登竜門になっていた。実際に行ってみると、研究開発をする人とそれをプロダクトにする人が一緒に働いていた。牛久氏は例として、ある年の国際会議で発表されていた技術が「次の年のPowerPointに載せる」と言われ、本当に搭載されたことを挙げた。企業が世界をリードしている姿を見て、まず企業に行きたいと考えたという。

NTT、大学への復帰、そしてOMRON SINIC Xへ

牛久氏は2014年にNTTの研究所に入り、画像に関する研究を行った。2016年頃、大学のポストが空き、業績と共同研究の経験があったことから、弟子として呼び戻される形で大学に戻った。

大学教員は職位が上がっていかなければ他へ移らなければならず、不安定さがある。そうしたなかで企業との共同研究も始めた。大いに世話になった企業がある一方で、安い労働力を目当てに大学と組もうとする企業があることも目の当たりにしたという。牛久氏は、もっと主体性を持って研究グループの意思決定に関わりたいと考えるようになった。

そこに現れたのが、2018年に設立されたOMRON SINIC Xだった。AIとロボットの研究を行い、研究グループを担う側として意思決定ができる。さらに研究成果をオムロンだけでなくオープンイノベーションとして他社とも進め、スピンアウトも推奨するという方針に、やりたいことをやれそうだと感じたという。社名のSINICは、立石氏が提唱したSINIC理論から取られており、それをバージョンアップさせていく意図があると紹介された。本社は京都だが研究所は東京にあり、本社から離れてAIやロボットの研究に取り組んでいる。牛久氏は2018年から約8年在籍している。

生成AIは「時代が追いついてきた」

同社でAIロボットの用途として取り組んだのが、AI for Science、つまり研究そのものの加速である。生成AIの登場で注目度は変わったかという問いに、牛久氏は「ようやく追いついてきたか」という感覚だと答えた。ディープラーニングでテキスト翻訳やセンサー情報の読み取りができるようになった時点で、その応用の1つは研究の加速だろうという話を、2018年から始めていたという。

実際に、創薬とは別分野である磁石や電極の材料の研究者と組み、研究開発を加速するAIやロボットの研究を続けてきた。ただ、こうした材料分野のイノベーションが加速しているかというと「まだまだ大変」で、圧倒的にフィジカルAIの部分がこれからだと牛久氏は述べた。

ものづくり太郎は、フィジカルAIをヒューマノイドと同一視する人が多いと指摘した。そのうえで、データを取り、マルチモーダルに認識させて言語化できるようになったことで、自分の持つフィジカルをどう当てはめるかというゲームになったとの見方を示した。牛久氏は、言語を理解できるので、ロボットの専門家でなくてもロボットを使えるようになる点が大きいと応じた。誰でもコードを書けるようになったコード生成の「ロボット版」が来ると考えているという。

運搬からマニピュレーション、そして粉体へ

応用先について牛久氏は、まず物流など単純な作業からというのが共通認識だと述べた。病院では、手術はヒューマノイドではなく、hinotoriやダヴィンチのような手術ロボットが引き続き覇権を争うだろう。一方でフィジカルAIはカルテや資料の運搬から始まるだろうという見立てである。

その先にあるのがマニピュレーション、特に手の中で物を持ち替える「インハンドマニピュレーション」のような巧みな操作だ。ものづくり太郎が製造業の多品種少量生産やロングテール品を挙げると、牛久氏はその最たる例が実験だと答えた。実験は毎回工程が違い、作り方を毎回変えなければならないからだ。

液体は分注するだけなので簡単だが、磁石やセラミックでは材料が粉である。粉を量るのは人間には何でもないように見えるが、ロボットには非常に難しい。量って、混ぜて、成形して、焼くという工程はロボットの課題の詰め合わせで、研究者としては嬉しいが、産業としてはこれから頑張らなければならない部分だという。逆に、ミリグラム単位での計量と成形のサイクルさえ物理的に回せれば、研究開発は加速するはずだと牛久氏は考えている。

実演動画:メカノケミカル反応とXRDの自動判定

牛久氏は取り組みの一例として動画を見せた。粉をロートのような部分に入れ、自動で成形する装置である。本来は混ぜた粉をロボットがすくい取って入れるべきところを、この動画では人間が入れており、牛久氏は「サボって人間が入れました」と説明した。治具のようなものがない形にできればよいとも述べている。

この実験は焼成プロセスを含まない。機械的に圧力を加えるだけでも材料が反応する「メカノケミカル反応」で合成するというコンセプトの自動化である。合成後はX線回折(XRD)でどのような構造の材料ができたかを調べる。グラフのピークから材料ができたかを判断するのは従来はプロにしかできなかったが、それをAIでプロでなくても判断でき、次に何をするかを決められるようにしているという。途中に人の手が入っている段階であることは、牛久氏自身も認めている。

もう1つの例が、乳鉢と乳棒で粉を混ぜる工程だ。工業の大量生産では行わないが、試作段階では企業でも大学でも手で混ぜる世界が続いている。人は見た目で粗さを確かめたり、振動からすり潰されてきたと感じたりしながら混ぜている。OMRON SINIC Xでは、振動とビジョンの情報から混ざったかどうかをAIに判断させ、次の工程に進むトリガーにする研究を行っているという。

FDE型の支援と企業との協業

ものづくり太郎はここで、最近のトレンドとして「FDE(フォワード・デプロイド・エンジニア)」を紹介した。企業に入り込み、目標を与えられたら実装して、うまく動くまで伴走する形態である。コンサルティングがグランドデザインと要件定義までを担うのに対し、実装後に稼働させて成果が出るまで関わる点が違う、とものづくり太郎は説明した。牛久氏もその重要性に同意した。予算があり研究開発を加速したいR&D部門を持つ日本企業には、こうした支援の余地が大きいというのがものづくり太郎の見方だ。牛久氏は、OMRON SINIC Xは研究所なので、実際のデプロイに向けて一緒に取り組める相手を募集していると述べた。

ロボットのためのAIエージェント環境をどう作るか

牛久氏が「今大変」だと強調したのが、AIエージェントがロボットに搭載されていく際の環境構築である。言葉でフィジカルAIに指示を出せる状態にするには、まずロボットをセットアップし、どんな状況でどう動かすかを設計し、ソフトウェアを組み合わせてAIのための事前設定を行う必要がある。ものづくり太郎は、ビジョンで状況を理解させるなどマルチモーダルな判断の環境も必要だと補足した。牛久氏はこれを受けて、場合によってはAIを個別にチューニングする必要がある一方で、いかにティーチングレスで自らチューニングできるかも求められると述べた。結局、言葉で操作できると言いながら、高いスキルを持つ人がフォワードデプロイしなければ価値のあるものにならない。そこをいかに簡単にするかに取り組んでいるという。

牛久氏はこれをVercelにたとえた。AIで見栄えのよいフロントエンドは作れても、本番環境で同じように動かすには高いスキルが必要だった。Vercelは、試作したものをそのまま配信ネットワーク上のサーバーに載せて使える形にし、そこを簡単にしたと牛久氏は説明する。そのロボット版、つまりAIエージェント時代にロボットやGPUを使う環境を用意しやすくすることを目指しているのが、牛久氏が創業したNexaScienceだ。同社は、AIエージェントのための基盤を自動で構築するプロダクトを開発しているという。ものづくり太郎は、ロボットメーカーも何から始めればよいか分からない状況であり、既存のシステムインテグレーターが積み上げてきたものだけでは戦えないとして、こうした支援に価値があると評価した。

足りないのは「触覚」のデータ

グローバルな課題について、牛久氏は、フィジカルAIの主流である視覚と言語から動作を生成するVision-Language-Action(VLA)モデルに足りないものがあると指摘した。それが指先などの触覚である。ビジョンや言語のデータはネットで探せば大量に取れる。中国のように大規模にデータを集める動きもある。しかし手の情報は「本当に落ちていない」。そのためマニピュレーションがうまくいかない、というのが牛久氏の問題意識だ。ものづくり太郎も、センサーのマルチモーダル化が次のブレークスルーになると同意した。

ものづくり太郎は、自身もGENIACに応募しており、製造業を巻き込み、Physical IntelligenceやScale AIといった海外企業とも協業する提案をしたと語った。日本独自だけでやろうとすれば置いていかれるというのが、ものづくり太郎の主張である。牛久氏は、AIロボット協会として、ロボット企業、GPUベンダー、データプロバイダーなど約20社を巻き込み、NEDOの補助金やGENIACを活用しながら、AIロボットを各社の事業に還元しようとしていると説明した。

動き続けるゴールポストと日本の立ち位置

最後に語られたのは、キャッチアップを続けることの難しさである。1年後には別の開発トレンドや学習方法が登場し、ゴールポストが変わってしまう。だから海外とのコラボレーションなしには難しい、という点で2人は一致した。

ものづくり太郎は、ロボットでは日本は先行していたが、フィジカルAIではもはや後発国であり、そのことが十分認識されていないと述べた。牛久氏は学会の変化を例に挙げた。かつて主流だった会議は今も日本のロボット学会と共同開催しており、そこでは日本の存在感がある。しかし主流はすでに別の場に移っているという。ものづくり太郎は、既存領域を煮詰めるのは得意だが、進化が速すぎる競争は日本が苦手とする領域だと述べ、これはあくまで自分の意見だと断った。牛久氏は、自分も同じ意見だと応じたうえで、AI分野は先にそうした状況を経験した業界だと付け加えた。

ものづくり太郎は、フィジカルAIではAIとロボットという異なる技術の融合が起きているため、さらに難しいと述べた。2人は、研究者も含めてトレンドを追い続けなければならない厳しさを共有し、対談を終えた。