夜空はなぜ暗いのか 大栗博司が「本当のこと」として語った宇宙膨張とビッグバン

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概要

経済学者の成田悠輔が、理論物理学者の大栗博司を迎えた対談である。番組名の「夜明け前」にちなみ、成田は「夜明け前の空はなぜ真っ暗なのか」という身近な疑問から話を始めた。大栗はこの問いを定量的に考え、宇宙の膨張、ビッグバン、光の速さの有限性へと話を進める。さらに、物理学者が宇宙を考えるときに置いている仮定や、自らの研究目標についても語った。

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「視聴者を置いてけぼりにしていい」という前提

冒頭で成田は番組の方針を説明した。普通のテレビ番組は、物理の話でも誰にでも分かるように説明しようとする。そうしなければ視聴者を置いてけぼりにし、視聴率が下がるからだ。しかしこの番組はもともと視聴率が低いので、視聴者のことは気にしなくていい。専門用語でも数式でも自由に使ってほしい、と成田は頼んだ。大栗はこれを受けて「じゃ、本当のこと教えてあげましょう」と応じ、ホワイトボードを使って説明を始めた。

なお二人が前に会ったのは約1年前で、コロンビア大学での会合だったという。大栗は、資金集めをしている財団に関わっていた縁でその場にいたと話している。

問い:星が無数にあるなら、なぜ夜空は暗いのか

成田の疑問は次のようなものだ。素朴には、太陽が出ていれば明るく、沈めば暗いと考えがちである。しかし宇宙には大量の星があり、太陽はその一つにすぎない。多くの星が光を放っているなら、太陽があってもなくても空が明るくて構わないように思える。それなのに、太陽の有無で真っ暗な世界と青空の世界が入れ替わるのはなぜか。

大栗は、これはケプラーも考えた昔からの問題だと答えた。何百年も解けなかったが、約100年前に解けたという。そして「非常に正しい質問」だと評価し、物理学は定量的に物事を考える学問なので、その方法で考えてみようと述べた。

距離の2乗で考えると、どの距離からも同じ量の光が届く

大栗はまず、地球の周りに天の川銀河があり、さらに広く見ると銀河が宇宙に一様に広がっている、というのが現在の観測的宇宙論の結果だと説明した。そのうえで、星が宇宙に一様に分布していると仮定する。

地球からある距離にある球面上に、星が4つあるとする。距離を2倍にすると、球面の面積は4倍になる。星が一様に分布していれば、その球面上の星の数も4倍になる。一方、1つの星から届く光の強さは、距離が2倍になると4分の1になる。成田が理由を尋ねると、大栗は「同じこと」だと答えた。1点から出た光が広がるとき、距離が2倍になれば光が広がる面積が4倍になるので、単位面積あたりの強さは4分の1になるのだという。

つまり、1つの星あたりの光は4分の1になるが、星の数が4倍になるので、その距離の星全体から届く光の合計は変わらない。3倍の距離なら面積は9倍、星も9倍、1つあたりの光は9分の1で、やはり同じ量になる。1万倍先でも1億倍先でも、それぞれの距離から同じ量の光が地球に届く。したがって、宇宙が無限に広ければ、全部を足し合わせた空は無限に明るくなるはずで、どの方向を見ても太陽の表面のように見えるはずだ、と大栗は説明した。

エドガー・アラン・ポーが『ユリイカ』で出していた答え

大栗によると、この問題は小説家であり随筆家・編集者でもあった人物がすでに指摘していた。『モルグ街の殺人事件』で知られるエドガー・アラン・ポーのことで、大栗はポーが亡くなる数年前に書いた長編『ユリイカ』の名を挙げた。日本の雑誌『ユリイカ』の名前の元でもある。(字幕では人名が「江戸川乱方」と表記されているが、作品名と文脈からポーと判断した。)

ポーはこの作品で、宇宙が無限に広ければどの方向を見ても視線は必ず星に行き着くはずだと考察した。それなのに夜空には黒い空間がある。ポーはその理由を、そこからの光がまだ地球に届いていないからではないかと書いた。大栗は、これは「ほとんど正しい」と言う。成田は、ポーがこの時点ですでに光の速さを有限と仮定していることに注目した。

ハッブルの観測とゴムひものモデル

では本当の答えは何か。大栗は110年ほど前の観測を紹介した。ロサンゼルス近郊にウィルソン山があり、大栗が勤めるカリフォルニア工科大学のオフィスからも見える。その山頂の天文台は、当時世界でも第一級の望遠鏡を備えていた。今はロサンゼルスの光が強すぎて観測に使えないという。そこでエドウィン・ハッブルが観測を行った。ハッブルは、天の川銀河の外に別の銀河があることを初めて検証した人物でもある。彼は遠くの銀河が地球からどれくらいの速さで遠ざかっているかをドップラー効果で調べ、遠い銀河ほど速く遠ざかっていることを見つけた。

これは地球が宇宙の中心にあるという意味ではない。大栗はそれを示すために、物理学者がよく使う簡単なモデルを持ち出した。3次元の宇宙の代わりに1本のゴムひもを考え、その上に星が等間隔に並んでいるとする。ゴムひもが一様に伸びると、ある時間の後、隣の星までの距離が1から2になれば、元々2離れていた星は4になる。元の距離に比例して遠ざかるので、遠い星ほど速く離れていく。しかも同じことは、ゴムひも上のどの星から見ても成り立つ。宇宙が一様で、一様に膨張しているなら、どの星から見ても遠い星ほど速く遠ざかって見えるはずだ、というのが大栗の説明である。

大栗によると、ハッブルの測定には「少しいい加減」なところもあった。しかし後のより精密な観測で、銀河は実際に距離に比例して遠ざかっており、宇宙は一様に膨張していることが分かったという。

説明の途中で大栗はホワイトボードへの不満も述べた。消すと跡が残る、ペンのキャップを外す一手間がある、指が汚れる、といった点だ。何より、ホワイトボードに書くと印刷物のような完成品を書かなければと構えてしまう。黒板にチョークで書くほうが、遊びながら考えを組み立てていく感覚があるという。今年から理学部長を務めることになり、新しい建物を建てているが、共用スペースをホワイトボードにするか黒板にするかで教授たちの議論になっている、という話も出た。

アインシュタイン方程式と、その適用限界

宇宙が一様に膨張しているなら、過去にさかのぼるほど宇宙は高密度・高温だったことになる。これがビッグバンであり、大栗は「138億年だっけ」と確かめながら、およそ138億年前に起きたとされていると述べた。

大栗は、これを単なる逆算ではなく、もう少し正確に言えると補足した。宇宙の膨張はアインシュタインの方程式で決まる。この方程式は、宇宙にどんなものがあり、初期条件がどうなっているかを与えれば、空間がどう膨張するかを計算で示す。そしてその予測は、現在の膨張だけでなく銀河の分布など多くの天体観測で検証されている。物理の基本方程式は、現在が分かれば将来も過去も計算できる。現在の膨張を入力して過去を計算すると、約138億年前に非常に高温・高密度の状態があったという結果になる。

成田は、膨張と収縮を繰り返している可能性もあるのではないかと質問した。大栗はその可能性は認めつつ、物理法則には適用限界がある点を説明した。ニュートン力学は日常生活ではほぼ正しいが、原子の物理には使えない。同じように、アインシュタイン方程式がどこまで使えるかもよく分かっている。そのため、ビッグバンが起きていた頃までは間違っていないという確信があると大栗は言う。それより前は温度が高すぎて、アインシュタインの理論をそのまま使えない領域に入ると考えられている。その先を知るには超弦理論のような、アインシュタインの理論を超える理論が必要になる。そうした理論で、それ以前に宇宙が膨張していたか収縮していたかを議論することはできる。ただし夜空が暗い理由を説明するには、そこまでは必要ない。大事なのは、約138億年前に高密度の状態があり、宇宙には始まりがあったという点だ、と大栗は整理した。成田はこのあたりで「すでに僕混乱し始めてるんですが」と漏らしている。

光の速さも宇宙の年齢も有限だから

ここで話はポーの答えに戻る。宇宙が無限の過去から存在していたなら、どれほど遠い星の光でもいずれ届くはずだ。しかし光の速さは有限で、大栗の表現では1秒間に地球を7周半回る程度の速さである。1光年先の星の光が届くには1年かかる。宇宙が138億年前に始まったなら、およそそれより遠いものは見えない。大栗は、宇宙が膨張しているので実際の計算はもう少し複雑だと断ったうえで、大まかには100億光年より先は見えないと説明した。

成田はこれを、宇宙の年齢はとてつもなく長いかもしれないが有限で、光もとてつもなく速いかもしれないが有限だ、だから光が届いていない黒い部分がある、とまとめた。

ビッグバンの光はどこへ行ったのか

しかし、宇宙の始まりが高温・高密度だったなら、どの方向を見てもその高温の状態が見えるのではないか。大栗はこの疑問を自ら取り上げ、そうはならないと述べた。初期の宇宙では波長の非常に短い光が飛び交っていたが、宇宙の膨張とともに波長も引き伸ばされた。現在ではマイクロ波、つまり電子レンジで食べ物を温めるときに使う程度の波長になっている。

大栗は身近な例として、ブラウン管テレビの砂嵐を挙げた。深夜に放送が終わると、画面にザーッというノイズが映る。あれはアンテナが大気中の電磁波の雑音を拾って映しているもので、大栗によると、その1割ほどはビッグバンの光が引き伸ばされたマイクロ波なのだという。成田は、138億年前の光が今テレビ画面に映っているのかと驚いた。大栗は、マイクロ波で宇宙を見れば真っ白だが、肉眼では見えない、と述べた。肉眼で見える光については、光が届いている星しか見えない。宇宙に始まりがあったから夜空は暗い、というのが大栗の答えである。

「宇宙が黒い幕で覆われているだけ」は排除できるか

成田は素人としての疑問をぶつけた。宇宙は有限で、黒い幕のようなものに覆われていて、星がまばらにしかないから暗いだけ、という説明はどうやって否定できるのか。

大栗の答えは「それはできない」だった。人間は地球上からしか観測できず、何百億光年先へ行って確かめることはできない。そこで物理学者は、宇宙はどこから観測しても同じように見えるはずだという仮定を置く。これをコペルニクスの原理と呼び、この仮定を置かなければ宇宙のことは絶対に分からない、と大栗は言う。成田の挙げたシナリオは、地球が特別な位置にいると考えていることになる。

大栗は、その可能性自体はあると認めた。たとえば138億光年より先に全く違う世界があり、そこの知的生命体が人類をからかっているのかもしれない。しかし、そうした仮定はあまり役に立たない。役に立つ仮定とは、たとえば「宇宙はどこから見ても同じだと仮定してみよう」というものだ。そこからいろいろな結論が導け、その結論が正しいかを検証できるからである。

名前の由来として、大栗はコペルニクスの地動説にも触れた。当時のキリスト教会は、地球が中心にあり太陽や月や星がその周りを回るという天動説を支持していた。コペルニクスは、地球は太陽の周りを回る惑星の一つにすぎないとし、地球の位置を特別なものではなくした。この考えを宇宙全体に広げ、太陽系も特別な場所にあるわけではないとするのがコペルニクスの原理である。先ほどのアインシュタイン方程式による過去の計算も、この原理を仮定して解いたものだと大栗は付け加えた。

観測と合わない部分:ダークマターとダークエネルギー

成田は、現代の物理学者が置いている他の重要な仮定についても尋ねた。大栗は、アインシュタイン方程式が成り立つこと、宇宙が一様かつ等方的で、どちらを見てもどこから見ても同じであることを挙げた。

これらの仮定のもとで方程式の解と現在の宇宙を比べると、うまく説明できない点が出てくる。アインシュタイン方程式は、宇宙の膨張を宇宙の中の物質の分布で説明する。しかし、既知の原子や光だけが宇宙にあると仮定して膨張を計算すると、観測と合わない。大栗によると、宇宙の始まりからの光の精密な観測など、現在の様々な精密観測と合わないのだという。そこで導入されたのがダークマターやダークエネルギーである。それらが何なのかはまだ分かっていないが、存在すると仮定すれば観測を説明できる、と大栗は述べた。

究極のゴールはあるのか

成田は、宇宙の科学的解明に「これが分かればゴール」と言える究極の目標があるのかを尋ねた。大栗の最初の答えは「ないですね」だった。ただし、すぐに「あるかもしれないけれども」と補っている。

大栗によれば、物理学の目標は自然界の基本法則を理解し、それで森羅万象を説明することだ。しかし人間が究極の基本法則にたどり着けるかは明らかではない。仮に法則が分かっても、それを解いて宇宙を理解するのは大変な作業である。それを目指してはいるが、すぐに達成できるわけではなく、途中には多くの問題があり、それを順に解いていくことになる。そして大栗は、今のところ進歩の速度が落ちているようには思えないので、まだまだ理解できることはあるだろうと考えている。

重力と量子力学の統合、そして宇宙の終わり

究極のゴールの手前にある大きなステップとして、大栗は先ほどのダークマターやダークエネルギーの正体解明を挙げた。自身の研究目標としては、重力の理論である一般相対性理論と量子力学の統合を挙げ、それが実現すれば自然界の基本法則を探求するうえでの一つのマイルストーンになると述べた。

統合で何が分かるのかと成田が問うと、大栗は、現在理解している自然界の基本法則のすべてを一つの数学的体系で説明しようとすることだと答えた。重力と量子力学の両方を含み、しかも縦・横・高さのある現実の空間を説明できる理論は、超弦理論しかないという。

話題は宇宙の終わりにも及んだ。大栗は一つの可能性として、宇宙がこのまま膨張を続け、銀河同士がどんどん離れ、それぞれの銀河の中の星が次々に死んでいき、非常に「つまんない世界」になる、というシナリオを挙げた。成田はそれを「孤独死みたいな」と表現し、大栗も同意した。大栗は他の可能性にも触れかけたが、収録された範囲はそこで途切れている。