きさげ職人100人を抱える岡本工作機械が、なぜ歯車でも精度を出せるのか

YouTubeで開く ↗
概要

ものづくり太郎は、岡本工作機械製作所を紹介するシリーズの第2回として、同社の歯車づくりを取り上げた。話者によれば、製造現場で使われている平面研削盤の多くは岡本製で、円筒研削にも強い。前回は半導体ウェハーを平らに削るCMP装置を中心に紹介した。今回は「平坦の匠」が歯車を作ると何ができるのかがテーマである。話者はタイの工場に招かれ、社長の案内で現場を見て回った。その経験を交えながら、アシスタントとの対話形式で解説していく。

12分で読めます

研削とは何か、岡本の強みはどこにあるか

話者はまず研削の位置づけを説明する。一般的な工作機械は金属を削って形を作る。そのうえで、面粗度や平行度をさらに追い込みたい場面で岡本の研削盤が使われる。

話者が岡本の強さを象徴するものとして示したのは、機械の摺動面に刻まれた鱗のような模様だった。これは「きさげ」と呼ばれる加工で、作業者が腰を使いながら手作業で金属を少しずつ削り取っていく。岡本にはきさげを担当する職人が100人以上いる。話者によると、現在はタイの職人のほうが技術レベルが上がっており、タイから日本に来て指導したり、日本人をタイへ派遣して研修を受けさせたりしているという。

マザーマシンとしての工作機械

きさげがなぜ重要なのかを説明する前に、話者は工作機械という産業全体に話を広げる。アシスタントが工作機械メーカーとしてファナックを挙げると、話者はこう訂正した。ファナックは工作機械を数値制御するNCコントローラーを各社に販売している会社で、自社製品もあくまで「ロボドリル」と呼び、工作機械とは言わない。顧客である工作機械メーカーと競合しないためだ、というのが話者の説明である。

日本の主要な工作機械メーカーとして、話者はヤマザキマザック、DMG森精機、オークマ、牧野フライス製作所を挙げた。いま業績が伸びている理由について、話者は品質の高さに加えて、軍事や半導体向けの需要が大きいと述べる。イラン情勢をめぐってパトリオット(迎撃ミサイル)が不足しているという話にも触れ、兵器、潜水艦、航空機はいずれも工作機械なしには作れないと強調した。

例として話者が挙げたのは航空機の翼の部材である。大きなアルミの塊を98%ほど削り落として作った部品が何枚も使われており、そこでマザックの工作機械が活躍しているという。すべてを生み出す機械なので「マザーマシン」と呼ばれ、その精度が国力を左右すると話者は言う。

潜水艦のプロペラについても話者は説明した。潜水艦はプロペラの回転音で探知されるため、日本の工作機械で静かな形状のプロペラが削れるようになると、位置がつかみにくくなる。話者は、かつて東芝の工作機械がロシアに売られて大事件になったという過去の件にも言及した。

きさげが必要な理由と「失われた技術」

では、精度を出すはずの工作機械にわざわざ手作業で凹凸を付けるのはなぜか。話者によれば、機械加工では取り切れない凹凸を取り除く目的もあるが、それ以上に、意図的に凹凸を作って油だまりにすることが重要だという。油だまりは潤滑の役割を果たす。潤滑がなければ、擦れ合う金属が発熱して焼き付きを起こし、へたりや癒着が生じて精度に影響する。きさげによって摩耗を減らし、長期にわたって精度を維持できる。ただしそのノウハウは簡単には身につかない。

話者によると、きさげを見たアメリカ人は「ロストテクノロジー」「レガシー」と呼ぶという。話者はその理由を雇用の違いに求める。アメリカではノウハウを身につけると転職して給料を上げるのが一般的で、移民も多く雇用が安定しない。一人前になるまで数年かかる職人を100人も抱え続けることは難しい。勤続年数の長い日本のような環境でなければ、この基幹技術は維持できない。アメリカに有名な工作機械メーカーがあまりないのもそのためだ、というのが話者の見方である。

ミクロンからオングストロームへ

岡本は工作機械で求められるミクロン単位の加工に加え、オングストローム単位の制御まで手がけていると話者は紹介する。1オングストロームは100億分の1メートル、1ナノメートルは10オングストロームにあたる。CMP装置自体は他社も作っているが、半導体ウェハーを構成するシリコン原子を1個ずつ削り取るほどの極限加工ができる、と話者は説明した。シリコン原子1個の直径は約2.22オングストローム(約0.22ナノメートル)だという。

撮影の場では実際のウェハーも登場した。薄く削られたウェハーは紙のようにしなる。本来は非常に硬いが、削り込むと光が透けるほどになる。話者はその場でウェハーを割ってみせた。布のようにペラペラになるまで、20ミクロン(0.02ミリ)の厚さまで削れるという。加工ではウェハーを回転させ、上から機械を押し当てて削っていく。エアベアリングも用いられている。

なぜここまでの平坦さが必要なのか。話者はインテルのゲートオールアラウンド構造のトランジスタを例に挙げる。最先端の半導体ではウェハーの表側だけでなく裏側も配線に使う。そのため極限まで薄く削り、最後に貼り合わせる工程がある。さらに回路が微細になり、10層ほどの積層を1層ずつ削りながら作らなければならない。ウェハー全体の形状精度、底面を基準とした平行度、チップ1つ分の面積ごとの平坦度(サイトフラットネス)まで求められ、そこで岡本の技術が必要になると話者は説明した。

平坦さのスケール比較

話者は平坦さのスケールを比較で示した。自然界で最も平らな場所として挙げたのはウユニ塩湖で、約1万2000平方キロメートルの広さに対して高低差は約50センチ。一方、EUV露光装置の鏡の表面粗さは50ピコメートル以下とされ、ドイツの国土全体に広げても高さのばらつきは1ミリ以下に収まるという。

岡本の平坦度については、東京ドームの大きさに置き換えて0.1ミリ以下に相当すると紹介し、原子1個ずつ削る世界だと述べた。加工方法は研削、ラップ、ポリッシュの順に、右へ行くほど加工速度は遅いが精密になる。CMPはポリッシュにあたる。ラップ加工は砥粒などを使うため半導体では扱いにくく、研削に置き換わりつつあると話者は説明した。

歯車の役割と進化

ここから本題の歯車に入る。話者は歯車の役割を2つ挙げた。1つは動力を伝え、その方向を変えること。もう1つは動力を増幅したり速度を変えたりすることで、話者はこれを「魔法」と表現した。例は自転車の変速で、1速では軽く漕げ、速度が乗ってから5速や6速にすると少ない回転で後輪が速く回る。

動力のあるところには必ず歯車がある、と話者は言う。例として挙げたのは、日産GT-Rのトランスミッション、アイシンのeAxle、ロボット、そして工作機械そのものである。モーターの先には通常ギアボックスがあり、歯車で速度やトルクを変換したうえで、カップリングを介して回転軸に動力を伝える。カップリングは、動力軸と回転軸の間に必ず生じる芯ずれを吸収する部品だと話者は説明した。

歯車の形状の進化については、シトロエンのロゴを入口にした。ロゴは山歯車(ヘリンボーンギア)をかたどったもので、創業者は歯車のエンジニアだったという。平歯車は歯同士が線で当たる。はすば歯車(ヘリカルギア)は歯が斜めに当たるので、動力の受け渡しが滑らかになり、より大きなトルクをかけられる。静粛性、高トルク、高速回転を手に入れたわけだ。しかし、歯がねじれているぶん横方向の力、つまりスラストが生じ、歯車が軸方向へ抜けようとする。左右逆向きのねじれを組み合わせてスラストを打ち消したのが山歯車だ、と話者は説明した。

歯車で自動車業界を変えたセルシオ

話者が「歯車で歴史を変えた車」として紹介したのが、レクサスLS400(日本名セルシオ)である。同時代の車として、話者は1990年のホンダNSXを挙げた。NSXは加工や溶接が難しいアルミでボディを作ったことが画期的だった。前年の1989年にはR32型GT-R、ユーノス・ロードスター、セルシオ、スバル・レガシィが発売されている。話者は、日本の自動車産業が元気だった時代として振り返った。

セルシオが業界に衝撃を与えたのは、有名なシャンパンタワーの実演だという。ボンネットの上にグラスを積み、エンジンをかけて加速してもタワーが倒れない。業界関係者は捏造ではないかと疑ったほどだった。話者によれば、レクサスはアメリカの富裕層を狙って市場調査を行い、どんな車が受けるかを調べた。その結論が圧倒的な静粛性と快適性だった。

当時のベンチマークはメルセデス・ベンツSクラスである。セルシオの価格は450万〜800万円ほどで、Sクラスは話者の記憶では1000万円に届かない程度だった。セルシオが静粛性を実現できた理由として話者が挙げたのが歯車の精度である。当時の自動車用歯車はJIS規格の3級〜4級程度が一般的だった。それに対しセルシオは0級から1級という、当時としては非常識な等級を採用した。

話者によると、ベンツ側はLSを購入して分解し、プロトタイプの特別仕様ではないかと疑った。信じられずにもう1台買って分解し、ようやく本物だと確かめたという。話者自身は4代目LSの後ろ姿が好きだと語る一方、現行LSはスポーティに振ったことで販売に苦戦していると述べた。

自動化された歯車工場と内径精度の重要性

岡本の歯車工場について、話者は人がほとんどおらず、ロボットを多用してほぼ自動化されていたと報告する。売上規模は数百億円とのことで、話者は中小企業の道しるべになる事例だと評した。人に依存している企業は生き残れず、自動化を圧倒的に進めなければまずい、というのが話者の主張である。

歯車の精度には、歯形以外にも重要な部分がある。話者が問いかけると、アシスタントは歯車の根元、つまり軸穴の部分だと答えた。内径の精度が出ていなければ、歯車自体の精度がいくら高くても回転はガタつく。そこで円筒研削と内面研削が必要になる。

話者によれば、岡本は円筒研削盤と内面研削盤を両方持っており、両方を手がけるメーカーは日本では岡本だけだという。さらに両者を組み合わせたシステムを構築でき、1台で内面を研削しながら外面も研削する複合機も提供している。映像では、奥に取り付けたワークの内面を仕上げた後、左側の砥石で外面を研削する様子が紹介された。火花が飛び、やがて収まって表面が仕上がる。片方を加工している間に別の加工を進めれば、スループットを上げられると話者は説明した。

円筒研削盤の構造上の工夫

円筒研削盤の強さについて、話者はまず案内面の形状を取り上げた。一般的な機械では片側がV溝、もう片側が平面だが、岡本は両側ともV溝(V-V)である。V-平面の構成では、ワークをチャッキングしたときに平面側が引っ張られて動くことがある。V-Vなら動かず、剛性が高いため精度が出るという。話者はタイ工場で、鋳物を自社で吹き、土台を一体で流し込んで作っていることにも触れ、珍しいと評した。

砥石を保持する主軸についても説明があった。岡本はアンギュラコンタクトベアリングで軸を支えている。これに対しジェイテクトなどは、軸を油の中に浮かせて回転させるフローティング方式を採用している。液体の中に浮かせると軸がちょうど中心に来るため、ベアリング支持の岡本は精度が出ないのではと思うかもしれない、と話者は前置きした。そのうえで、砥石を斜めに入れて面を研削する場合には、ベアリングで軸をしっかり保持している岡本のほうが精度を出せると説明する。浮かせる方式はある程度高速で回さないと精度が安定しにくいが、岡本の方式は低速でも安定するという。

話者によれば、研削盤で世界最高峰とされるスイスのスチューダーも岡本と同じ方式を採っている。時計大国のスイスは精密加工のイメージが強い、と話者は付け加えた。

採用先と対話式操作

こうした精度が求められる業界として、話者はまず半導体製造装置の部品を挙げた。この分野ではまず岡本だ、という声を聞いたという。パワー半導体に使われるSiCも例に挙がった。話者の説明では、SiCはヌープ硬度で世界4番目に硬い材料とされ(1位はダイヤモンド)、その加工で岡本は強さを発揮している。内面と外面の研削盤を両方持つので、自動化の提案もできる。

岡本は量産以外の用途が多く、対話式の操作にも強いと話者は言う。かつて工作機械は図面を見てGコードで工具経路を作る必要があり、コントローラーを理解した人しか使えなかった。対話式では「どこを削るか」を画面上のやり取りで指定できる。岡本のメイン市場は量産ではなく、半導体製造装置のような一品物やFA部品だったため、対話式が発達したというのが話者の説明である。画面はレトロだが分かりやすく、アシスタントはその雰囲気が好きだと述べた。研削に馴染みのない人や海外の作業者でも、押す場所を覚えれば作業できる点を話者は評価した。

歯車の供給先と超音波研削

もちろん歯車の量産もできる。映像では加工前後の歯車を比べ、仕上がりの鋭さと綺麗さを示した。岡本の歯車が最も多く使われているのはロボットで、話者によれば岡本はファナックのサプライヤーであり、ロボットの要となる歯車を作っているという。日本のロボットの強みは壊れにくさ、精度、繰り返し精度にあり、それを支えているのが岡本の歯車だ、というのが話者の説明である。

話者が「次に来るトレンド」として紹介したのが、新しく開発された超音波研削である。砥石に超音波で微細な振動を与えながら研削すると、表面に網目状の模様ができる(画像は公開できないとのこと)。これによって歯車の静粛性が高まり、表面強度も上がるという。話者は、狙いはEVだと説明した。エンジンのないEVでは、モーターや歯車の振動・騒音が目立つ。振動が減れば車体が跳ねにくくなり、路面への接地が保たれて余分なエネルギーが逃げないため電費も良くなる、と話者は述べる。この手法は学会で発表され、高く評価されたという。表面強度が上がるので歯面の損傷が減り、耐久性も上がると話者は付け加えた。

最後に話者が感心した点として挙げたのが、焼き入れの内製である。焼き入れは歯車の特性に影響するが、外注する歯車メーカーが多い。岡本は自社で炉を持っている。映像で紫がかった灰色に見える部分は、歪みを防ぐために炭素が入り込まないよう塗布したものだという。炉は20時間稼働している。

結び

話者は、平坦加工に強い岡本が歯車でも高い精度を実現し、それがロボットに使われていると総括した。工作機械の奥深さと、歯車が産業や自動車の歴史を動かしてきたことを通じて、日本のものづくりの強さを示す回だったと締めくくっている。