宇宙の始まりから量子重力まで:理論物理学者・野村泰紀が語る宇宙論の最前線

YouTubeで開く ↗
概要

カリフォルニア大学バークレー校の理論物理学者・野村泰紀が、VAIENCEの番組で宇宙の成り立ちと現代物理学の未解決問題を語った。話題はビッグバンとインフレーション、銀河を生んだ揺らぎ、ダークマターとダークエネルギー、「出来すぎた宇宙」とマルチバース、相対性理論と量子力学の統合、超弦理論、ブラックホールの情報問題、ホログラフィー原理と多岐にわたる。

26分で読めます

一貫しているのは、確立した知見と、まだ途中の理論を区別する姿勢である。野村はマルチバースを「かなり有力」と考える一方で、熱いビッグバンほど確かではないと認める。量子重力についても、ホログラフィーという鍵らしきものは見えているが「まだ途中」だと話す。本稿では番組のナレーションによる解説と野村自身の発言を区別しながら、議論の流れを追う。

宇宙に始まりがあるという発見

野村はまず、宇宙が誕生したということ自体が20世紀初頭の大発見だったと振り返る。理論と観測が絡み合って宇宙の真理を解き明かした好例だという。

アインシュタインは重力の理論である一般相対性理論を作った。この方程式は宇宙全体に当てはめて解ける形をしていたが、解いてみると、止まったままの静的な宇宙は答えに含まれていなかった。宇宙の空間全体は膨張するか収縮するかしかない。アインシュタイン自身はこれを信じられず、方程式の方を変えようとしたこともあった。ところが観測によって、あらゆる銀河が私たちから遠ざかっていることが分かってしまう。

時間を逆にたどれば、昔の宇宙は密度が非常に高く、したがって温度も高かったことになる。方程式はすでにあるので、どこまで遡れば温度が極端に大きくなるかを計算できる。その結果、約138億年前に宇宙は非常に高温の状態にあり、そこから冷えてきたことが分かった。宇宙は無限の過去から存在していたのではなく、約138億年前に始まったというわけだ。

ナレーションはこの高温・高密度の状態こそがビッグバンと呼ばれてきたものだと補足する。人類は宇宙誕生から約38万年後の光を電波として観測しており、これが宇宙マイクロ波背景放射である。それより前の宇宙は密度が高すぎて光がまっすぐ進めないため、光で直接見られる宇宙には限界がある。

インフレーションと「ビッグバン」という言葉の二重の意味

かつては高温・高密度のビッグバンこそが宇宙の始まりだと考えられていた。しかし野村によれば、最近の研究ではその前に、温度がほぼゼロの冷たい時期があったと考えられている。その期間は1秒の小数点以下に0が20〜30個並ぶほど短い。そのごく短い間に宇宙は猛烈に膨張し、たとえば原子核ほどのサイズが、いま見えている約138億光年の全宇宙ほどの大きさにまで広がった。この急膨張をインフレーションと呼ぶ。

ナレーションの説明では、インフレーションが終わると急膨張を起こしていたエネルギーが熱に変わり、素粒子が生まれて宇宙は一気に熱くなった。

ここで野村は、本によって「ビッグバンはインフレーションの後」とも「前」とも書かれている理由を説明する。これは説が違うのではない。ビッグバンという言葉を「インフレーション後に宇宙が熱くなった状態」の意味で使えば、ビッグバンはインフレーションの後になる。「宇宙の本当の始まり」の意味で使えば、インフレーションはビッグバンの後に起きたことになる。ビッグバンという言葉が、誤解を生みやすい二重の意味を持つようになったのだという。

10万分の1の揺らぎから銀河が生まれた

では、ほとんど均一だった宇宙から、どうやって銀河や星が生まれたのか。野村はまず、今の宇宙と初期宇宙の違いを強調する。今の宇宙では、銀河があるところに物質が集中し、ないところにはほとんど何もない。星は非常に高密度で、星と星の間はほぼ空っぽだ。ところが38万歳の頃の宇宙にはそんな構造がなく、「のっぺらとした」スープのように、どこもほぼ同じ密度だった。わずかに10万分の1だけ濃いところと薄いところがあったにすぎない。

野村はこの均一さがどれほど極端かを、撮影している部屋の空気で説明する。部屋の空気でさえ、上の方は少し暖かく下は少し冷たいので、密度は均一ではない。すぐに0.1%程度はずれてしまう。それに比べて初期宇宙は、とてつもない精度で均一だった。

それでも、わずかに密度の高いところは周囲より少し重力が強い。そのため物質をどんどん引き寄せ、薄いところからは物質が吸い取られていく。こうして小さな差が成長していった。

問題は、その10万分の1の揺らぎがどこから来たかだ。野村によれば、インフレーション理論が正しいとすると、空間が猛烈に膨張したときに量子力学によって生じる揺らぎが種になる。野村たちはこの理論はおそらく正しいと考えている。その揺らぎと、38万年後の宇宙に実際に見えている揺らぎのパターンは、統計的な性質が「完全に一致している」と野村は言う。銀河の種となった揺らぎは、インフレーション期に量子力学の効果で作られた。それが銀河になり、星になり、おそらく生命につながった、というストーリーになっているという。

ダークマター:存在は疑われていないが正体が分からない

ナレーションは、現在の宇宙の構造を作ったのは目に見える物質だけではないと続ける。宇宙にどれだけ質量があるかは、銀河や銀河団の動きから分かる。重力は周囲の天体の運動に影響を与えるので、光で見えなくても質量の存在は分かるのだ。ところが星やガスなど既知の物質だけでは、銀河の動きも宇宙の大規模構造も説明できない。初期の揺らぎから今の銀河や銀河団ができるまでをシミュレーションしても、普通の物質だけでは現在の宇宙と一致しない。ダークマターを加えて初めて、今の構造をうまく再現できる。

野村は、ダークマターの証拠は「山ほど」あると言う。存在自体を疑っている物理学者や天文学者はほぼいないが、細かい正体は分からない。物質のうちおよそ6分の5が未知のダークマターで、6分の1が素粒子の標準模型に含まれる普通の物質だということは、ほぼ分かっているという。

ダークエネルギー:宇宙の7割を占める「よく分からないエネルギー」

ここまでの話はすべて「物質」についてだった。野村によれば、物質ではないのに宇宙全体に満ちているエネルギーがあり、それが宇宙の全エネルギーの約7割を占める。ダークマターも電子もニュートリノも含め、物質は全部合わせても3割程度のエネルギー密度しかない。このことは20世紀の終わり、1998年頃にほぼ確立した。エネルギーではあるが物質ですらない、よく分からないものという意味で、ダークエネルギーと呼ばれている。

ナレーションは、発見の手がかりが宇宙膨張だったと説明する。宇宙にあるのが物質だけなら、互いに引き合う重力がブレーキになり、膨張は少しずつ遅くなるはずだった。ところが観測では、膨張は減速どころか加速していた。

野村は候補の一つとして真空のエネルギーを挙げ、「空間のエネルギー」と言った方が分かりやすいと話す。鉛筆も、眼鏡も、自分自身も、あらゆる物質を取り去っても空間は残る。その空間自体がエネルギーを持てるのだという。このエネルギーは正にも負にもなりうる。どちらを正と呼ぶかは人間の取り決めにすぎないが、今の取り決めでいう正の場合は斥力のように働いて空間を広げ、負の場合は収縮させる。そうしたものが存在しうることは分かっており、おそらくそれが見つかったのだろう、と野村は述べる。

出来すぎた宇宙とマルチバース

番組は次に、そもそもなぜこの宇宙には銀河や星や生命が存在できるのかという問いに進む。野村は、宇宙は複数あるとするマルチバースの理論を「かなり有力」だと考えている。そう考えないと理解できない現象が結構あるからだ。簡単に言えば、それは「宇宙が出来すぎている」ということだという。

私たちの宇宙には決まったルールがある。電子があり、その質量は特定の値をとる。地球でもアンドロメダでも同じ式が使えるので、現地に行かなくても届いた光を解析すれば何が起きているか分かる。ところが、そのルール自体が「むちゃくちゃよくできている」。電子の質量がその値でなければならない理由は、理論上どこにもない。実験で測った値を使えば計算できる、という理論にすぎないのだ。電子が存在すること自体も、理論的には必然ではない。電子があり、原子核があり、それが陽子と中性子からでき、さらにクォークからできている。この構造を少し変えるだけで、星や森や湖や人間どころか銀河すらない、何もない宇宙になってしまう。「神様を持ち出さなきゃ理解できんだろう」というほどうまくできている、と野村は言う。

しかし宇宙がたくさんの種類あれば、これは不思議ではなくなる。神を持ち出さずに科学で理解できるようになるのだ。野村はこれを地球にたとえる。地球は太陽からの距離が絶妙で、少しずれれば液体の水は蒸発するか、遠ければ液体メタンの世界になるだろう。一見すると奇跡的だ。だが実際には、惑星のほとんどは灼熱か極寒である。銀河系の中だけでも、恒星からさまざまな距離にある惑星が無数にあり、他の銀河も含めれば何兆とある。それだけあれば、たまたま条件のよい場所もできる。高等生命はそういう場所にしか生まれないので、そこで周りを見れば奇跡的に見える。野村は、宇宙全体も同じように考えるしかない構造になっていると見る。観測でさまざまな量を測るほど、理由の分からない、しかも都合がよすぎる値が次々に見つかっているからだ。

野村は理論面の裏付けにも触れる。マルチバースとは全く違う動機で1980年代に作られていた超弦理論などを見直すと、たくさんの種類の宇宙が存在することが自動的に含まれていた。後になって分かったこの事実を、野村は「非常に示唆的」だと評する。

さらに野村は、歴史上同じことが何度も起きてきたと言う。コペルニクス、ケプラー、ニュートンの時代には、太陽系がほぼ宇宙のすべてだと思われており、他の星は壁紙のように見なされていた。ところが太陽系は、銀河の中にたくさんある系の一つにすぎなかった。20世紀初めには、その銀河がまだ「宇宙」と呼ばれていた。人間はそのつど、自分が到達したところがすべてだと思ってきた。その繰り返しなので、マルチバースは不自然ではなく、理論からも観測からも「どの方向から考えてもそっちの方が自然だろう」と野村は述べる。

ただし野村は留保も付ける。科学である以上、最終的にはどれだけ証拠が積み上がるかが問題になる。マルチバースは、宇宙がかつて熱かったというビッグバン理論ほど確かではない。

野村泰紀が物理学者になるまで

野村は研究の道に進んだきっかけも語った。高校3年生のとき、物理の先生が面白い人で、受験には出ない相対性理論や量子力学の集中講義を夏に開いてくれた。そこで「こういう世界があるのか」と感じたという。ただ振り返ると、中学生の頃からすでに科学の一般書シリーズであるブルーバックスを読んでいた記憶があり、関心はもっと早くから芽生えていたようだ。物理学者になるかは別として、この分野を勉強したいと思い、東京大学の物理学科に進んだ。

大学院時代には、研究者としての基準を変える出会いがあった。アメリカから来たポスドク研究員が熊本の研究会に向かう途中で東京に1〜2日滞在することになった。誰か案内してあげなよと言われても学生の誰も手を挙げなかったので、野村が連れ回すことになった。東京タワーにも登ったが、相手は景色を見て時折反応しながらも、ずっと物理の話をしていた。その知識の量も深さも全く違い、「シャワー」のように言葉が降ってきたという。野村が話題を出すと、相手は答えを返すだけでなく、それが別の問題とつながっていること、ある特殊な場合にすぎないことまで次々と指摘した。こちらが軽く投げた話題が「100倍ぐらいにされて」打ち返されてくる感覚だったと野村は振り返る。

大学時代は少し「ちゃらんぽらん」だったが、大学院では集中して取り組んでいたつもりだった。それでも、こういう人ばかりの世界に放り込まれたら生き残れないと危機感を抱き、さらに猛勉強したという。その人物は30歳前後でハーバードの准教授になるような特殊な例だった。しかし野村は、それしかサンプルを知らなかったので、全員があのレベルだと思い込んだ。実際に海外に出てみると、あんな「化け物みたいな」人はほとんどいなかった。それでも、この思い込みが結果的にキャリアの大きなプラスになったと野村は語る。

ニュートン力学を超えた二つの革命:相対性理論

宇宙を調べるには物理法則が欠かせない。野村によれば、20世紀にはニュートン力学が不完全だと分かり、二つの方向に拡張された。だからこそ宇宙全体を扱う宇宙論が可能になった。その一つが相対性理論である。

発端は光の速度だった。マクスウェルの方程式を使うと、電磁波の速さが計算できてしまう。およそ1秒間に地球を7周半、秒速3億メートルである。野村は、これがニュートン力学では「起こってはいかんこと」だったと説明する。

車が時速50キロで走っていると言っても、地球は自転していて、それより速い。公転はさらに速く、太陽系自体も銀河の中心の周りを回っている。では「本当のスピード」は何か。ニュートン力学の土台であるガリレイの相対性原理では、本当のスピードという概念はなく、何に対しての速さかしか意味がない。時速50キロとは、地表に対して1時間に50キロ動くということだ。ところが電磁波の速さは、誰から見たかという情報を入れずに方程式から値が出てしまう。アインシュタインは、方程式が光の速さはこれだと言っているのだから、誰から見てもその速さなのだと考えた。

ナレーションはこう補足する。光速が誰から見ても同じであるためには、時間が絶対ではなくなる必要があり、速く動くものほど時間の進みは遅くなる。これが1905年の特殊相対性理論である。野村によれば、電車に乗っているだけでも時間の進み方は遅れている。ただ光速に比べて遅すぎるので意識しないだけで、その小さな効果を無視するとニュートン力学に一致する。特殊相対性理論はニュートン力学を含む理論なのだ。

ただし特殊相対性理論は、等速で動いている場合にしか使えなかった。次にアインシュタインは、加速していることと重力があることは同じだと気づく。車が加速すると体がぐっと押し付けられるのは、重力が横向きに働いているようなものだ。普通の人は似ていると思うだけだが、「ああいうレベルの天才」は同じものなのではないかと考える、と野村は言う。無重力空間に浮いている箱をロープで宇宙船に引っ張らせて加速すると、中のリンゴも人間も片側の壁に押し付けられる。中から見ると、これは重力がある状態と区別がつかない。

こうしてできたのが一般相対性理論である。これは加速のない場合も扱えるので、特殊相対性理論を完全に含んでいる。それでも特殊相対性理論が使われ続けるのは、一般相対性理論の数学が「ごつい」からだ。重力や加速が関係ないなら、わざわざ持ち出す必要はない。ナレーションは、一般相対性理論によって重力が時空の歪みとして理解され、宇宙膨張やブラックホールを物理法則で扱えるようになったとまとめる。

もう一つの革命:量子力学と、統合されない二つの理論

ニュートン力学のもう一つの不完全さは、ミクロの世界に現れた。ナレーションの説明によれば、ニュートン力学と電磁気学だけで考えると、原子核の周りの電子はエネルギーを失って中心に落ち、原子は一瞬で壊れるはずだった。現実に原子が安定していることを説明するには、新しいルールが必要だった。状態が飛び飛びの値をとること、複数の可能性が重なり合い干渉し合うこと。これが量子力学である。

問題は二つの理論の関係だ。野村は、普通に使われている量子力学には重力が入っておらず、一般相対性理論には量子効果が入っていないと指摘する。両者は別の理論である。しかし現実の世界は量子力学で動いていて、同時に重力もある。気に入らないからといって切り捨てることはできないのに、両方を含む理論がない。

それでも宇宙論ができるのは、両方が同時に重要になる場面がほとんどないからだ。理由は、重力が「ゴミのように弱い」からだと野村は言う。しかしブラックホールの中心や、時間と空間が始まった最初の瞬間のような極端な場所では、物質がぎゅっと集中して重力が重要になり、同時にサイズが小さいので量子力学も決定的になる。自然界にルールがあるなら、量子と重力を両方含み、重力が弱いところでは量子力学に、量子効果が小さいところでは一般相対性理論に帰着する統一理論があるはずだ。

特殊相対性理論と量子力学を合わせた理論は、すでに場の量子論として完成している。素粒子は非常に高速で動くので、これがなければ素粒子物理はできない。素粒子を扱うときは重力を無視してよいからだ。しかし重力を入れるには、一般相対性理論まで含む量子論が必要になり、それが完全な形ではできていない。これが量子重力の問題である。

超弦理論:無限大を消すために紐が現れる

野村によれば、量子と重力を一緒にしようとすると、うまくいく方法が「1個すら見つからない」。普通に組み合わせると数学の段階で矛盾し、3+5が8にならず「8+変なゴミ」になるような、計算すらできない理論になってしまう。ところが非常に特殊なことをしたときだけ、このゴミがすべてゼロになる。素粒子を拡大していくと点ではなく紐であり、その紐が9つの数字で1点が決まる9次元空間を動いている、と考えた場合だ。これが超弦理論で、量子重力の候補の一つになっている。

野村は、なぜ紐が出てくるのかを散乱の例で説明する。普段は重力が弱すぎて問題にならない。しかし粒子を非常に高いエネルギーでぶつけると、エネルギーは重力の源にもなるので、重力の効果が無視できなくなる。すると散乱の確率がどんどん大きくなり、無限大に発散してしまう。確率が「無限パーセント」では意味がなく、理論が破綻している。

重力は、量子力学では重力子(グラビトン)の交換と見なせる。それだけでは無限大が出るが、特定の質量を持つ別の粒子Aもあると考えると、無限大は消せる。ただし別のゴミが出る。そこでもう少し重い粒子Bを入れるとそのゴミも消えるが、また別のゴミが出る。こうして特定の質量の粒子を次々に加えていくと、最終的に無限大を完全に消し、1+1が2、3+5が8になる理論が作れる。

野村はここでギターの弦を例に出す。弦を弾くと、山が1つ、2つ、3つと、特定の振動モードが連なる。飛び飛びのエネルギーがあるということは、E=mc²から、特定の質量を持つたくさんの粒子があると見なせる。重力と量子力学を合わせるために入れなければならなかった粒子の並びは、よく調べると弦の振動パターンと完全に一致していた。だから自然界の根本は点ではなく紐なのではないか、と考えるのだ。

超弦理論が「まだ終わっていない」理由

超弦理論には重力が入っており、無限大もなく、完全に量子力学的な理論である。それなら「もう終わっとるやん」と思うかもしれないが、そうではないと野村は言う。超弦理論が使える状況は限られているからだ。

野村はこれを特殊相対性理論にたとえる。特殊相対性理論は、等速で動いている状況では矛盾のない完全に正しい理論だが、加速すると使えない。今の超弦理論も同じで、限られた状況では量子力学と重力が統合されているが、そこを離れると使えない。そして使えない状況に、ちょうど私たちの宇宙が当てはまってしまう。

例として野村はブラックホールの蒸発を挙げる。ブラックホールが蒸発すると、出てくる粒子は1個や2個ではなく、1億個、100億個にもなる。今の超弦理論の扱い方ではこうした状況を扱えない。そのため、より適用範囲の広い定式化が必要だというのが研究者の認識だ。その手がかりになるのがブラックホールだという。

ブラックホールのエントロピーとホーキング放射

ブラックホールは、非常に多くの質量が集まったり密度が極端に高くなったりして、核融合などでは重力による収縮を止められなくなり、物質が一点に潰れていったものだ。事象の地平面の内側に入ると光さえ出られず、外からは何の情報も取れない。だから真っ暗で「ブラックホール」と呼ばれる。

ここでエントロピーの話になる。ナレーションは、エントロピーをある状態がどれだけ多くの可能性を持つかを表す量として説明する。水に落としたインクが広がるように、自然界ではエントロピーが増える方向に物事が進む。

野村によれば、ブラックホールが奇妙なのは、地球のような表面があるわけではない点だ。光が出られない境界を人間が引いているだけで、そこは「つるっと」した空間にすぎない。空間はいろいろなパターンをとりようがないので、古典的な一般相対性理論で考えると、ブラックホールにはエントロピーがないように見える。するとエントロピーを持つ物体をブラックホールに落とせば、宇宙全体のエントロピーが減ってしまうことになる。

これに対してヤコブ・ベッケンシュタインが大胆な提案をした。すでに知られていたブラックホールの性質として、地平面の面積がAとBの二つのブラックホールを合体させると、できたブラックホールの面積Cは必ずA+Bより大きくなる。面積は一方的に増え、減ることはない。この性質はエントロピーと同じだ。そこでベッケンシュタインは、ブラックホールは地平面の面積に比例するエントロピーを持つと主張した。エントロピーを持つピンク色の水をブラックホールに落とすと、ブラックホールは少し大きくなる。そのとき増える面積分のエントロピーは、落とした水のエントロピーより必ず大きいことが証明できる。つまり全体としてエントロピーは増えている。ベッケンシュタインは、ブラックホールも量子力学、相対性理論、統計力学という三本柱からは逃れていないと主張したのだ。

これに噛みついたのがスティーブン・ホーキングだった。エントロピーがあるなら温度があるはずで、温度があるなら、熱した鉄が光るように必ず何かを放射するはずだ。ブラックホールは一方的に吸い込むだけの物体なので、熱力学の第2法則以前に破綻している、というのがホーキングの反論だった。ホーキングは、量子力学を完全に統一した理論はないものの、一般相対性理論に量子力学を「パッチワーク」のように組み込む計算が非常にうまい人だった。野村によれば、ホーキングはベッケンシュタインのアイデアが間違っていることを示そうとして計算した。ところが、ブラックホールがわずかに放射して蒸発することを見つけてしまった。これがホーキング放射である。その放射から求めた温度は、ベッケンシュタインが提唱したエントロピーにぴったり対応していた。

ブラックホール情報問題

しかし、そこで新たな問題が起きた。ベテルギウスを潰してブラックホールにしたとする。同じ重さで模様などが違う別の星を潰しても、ブラックホールになれば表面には重さの情報しか残らないので、同じブラックホールになる。するとホーキング放射も全く同じになり、元がどんな星だったかという情報は完全に消えてしまう。

野村は、情報なんていつも消えているではないか、という疑問を先回りして取り上げる。日記を燃やせば中身は誰にも分からない。しかし物理学がいう情報はそういう意味ではない。日記と雑誌を燃やして見かけが同じになっても、原理的には分子の位置や速度、つまり量子力学的な状態をすべて厳密に知っていれば、方程式を逆に解くことができる。そうすれば一方は日記に、もう一方は雑誌に戻る。原理的に情報は消えない、というのがそれまでの物理学だった。

ところがホーキングの計算が正しければ、違う状態から出発したのに、最終状態が厳密に同じになる。時間発展が1対1ではなくなるのだ。そうなると過去を再構成できず、物理学から予言可能性が奪われる。エントロピーや温度よりも「もっとわけわからない問題」であり、これが1970年代頃にホーキングが物理学者たちに突きつけたブラックホール情報問題だと野村は説明する。

野村によれば、この問題は最近、ホーキングが提起した元々の問題は存在しないという方向でほぼ決着しつつある。そこで役割を果たしたのがホログラフィー原理だという。

ホログラフィー原理:3次元の情報は2次元に収まる

ブラックホールのエントロピーが面積に比例するというのは、よく考えるとおかしい、と野村は言う。普通、エントロピーは体積に比例する。体積を2倍にすれば2倍、10倍にすれば10倍になる。一辺の長さを10倍にすれば体積は1000倍になるので、最大エントロピーも1000倍になるはずだ。面積なら2乗でしか増えないので100倍にしかならない。

しかもブラックホールは、その領域がとりうる最大のエントロピーの状態のはずだ。椅子や机を潰してブラックホールにすることはできても、ブラックホールが勝手に椅子や机やベテルギウスに戻ることはない。エントロピーが増えていった最終状態がブラックホールなのだ。その最大値が体積ではなく面積分しかない。これが非常に不思議なことだと野村は言う。

ここから、3次元空間(超弦理論の小さな次元を含めれば9次元)に入る情報量は2次元分しかないのだから、2次元の理論として書き直せるはずだ、という提案が生まれる。これがホログラフィー原理の基本的な考え方である。ナレーションは、平面上の情報から立体像が浮かび上がるホログラムにたとえている。

野村は、この議論で重力が決定的な役割を果たすことを強調する。重力がなければブラックホールはできず、物をいくらでも詰め込める。重力があるからこそ、3次元の情報量が2次元分に制限される。そして2次元側に重力があれば、さらに1次元下げられてしまい、最後はゼロ次元までいってしまう。だから正確には、n次元の重力理論は、自由度の点でn−1次元の重力を含まない理論と同じはずだということになる。重力を含まない理論で定式化できれば、量子重力の問題はそもそも生じない。重力がないのだから、と野村は言う。

マルダセナの発見と、超弦理論とホログラフィーの関係

この考えは面白いと思われていたが、「言うてるだけ感」があった。ところが1997年、フアン・マルダセナが具体例を見つけた。遠くに境界がある反ド・ジッター空間という空間を考える。その空間の量子重力は、重力を含まない1次元下の特定の理論、共形場理論と対応していることを発見したのだ。いわゆるAdS/CFT対応である。私たちの宇宙には直接使えないが、n次元の重力理論がn−1次元の重力のない理論と等しい価値で書けるという具体例が実際に見つかった。

マルダセナはこれを超弦理論を調べる中で見つけた。そのため野村は、「重力理論は超弦理論なのか、ホログラフィーなのか」という問いの立て方を正す。超弦理論は理論の名前であり、ホログラフィーは性質の名前だ。超弦理論はホログラフィックな理論であり、両者は矛盾しない。

ただし超弦理論は使える場面が限られている。一方でホログラフィーの性質は、超弦理論が使えない私たちの宇宙のブラックホールにもあるように見える。だから性質の方がより一般的だと考えられる。そこで今は、ホログラフィーを満たし、超弦理論そのものではなくそれを含むような理論を完成させる方向で研究が進んでいる、と野村は説明する。

マルダセナの例にも適用限界がある。重力側の空間に「これ以上はない」という壁のような境界が必要なのだ。しかし私たちの宇宙には、おそらく境界がない。だから理論はまだ完成していない。

ナレーションは情報問題との関係をこうまとめる。ブラックホールを含む重力の世界が境界上の別の理論として書き直せるなら、その理論の中で情報は失われない。情報は消えたのではなく、完全な理論で見えていなかっただけなのかもしれない。ただしこの対応が示されているのは境界を持つ特殊な空間の場合で、私たちの宇宙にそのまま当てはまるわけではない。

量子重力の完成に向けて何が必要か

量子重力を完成させるには何が必要か。野村はまず、何をすればよいか完全に分かっているならやるだけだが、それ自体が分かっていないと断る。そのうえで、少なくとも境界の存在を消す必要があると言う。AdS/CFTは、境界があることに強く依存した定式化になっているからだ。私たちの宇宙には境界がなさそうなので、境界がない場合にホログラフィーを満たすような対応関係を見つけなければならない。

それが超弦理論から分かるかもしれないが、今のところ、境界のない場合にマルダセナのように超弦理論からホログラフィーをきれいに取り出す定式化はできていない。ただしヒントは多いと野村は言う。超弦理論はある種の正しい側面を捉えており、調べていくと何をすればよいかが見えてくることがよくある。そこにヒントがあると考える研究者もいれば、超弦理論を本質的に超えなければだめだと考える研究者もいる。

多くの研究者が鍵になると考えているのはホログラフィーという性質だ。しかし野村は、完成してみたら違う言葉で語られる理論だったということもありうると付け加え、「まだ途中」だと結ぶ。

人はなぜ宇宙に惹かれるのか

最後に、人はなぜ宇宙に惹かれるのかと問われ、野村はこう答えた。子どもの頃には誰もが、宇宙はどうなっているのか、なぜ自分はここにいるのか、宇宙はどう生まれたのかという疑問を持っていた。忙しくて忘れているだけで、その疑問がみんなの心の中にあるからだろう、と。

太陽系は銀河の中のちっぽけな存在で、その銀河も無数の銀河の中の点のようなものだ。宇宙さえ、たくさんある宇宙の一つかもしれない。そう考えれば地球や自分の悩みなどどうでもよくなるのではないか。この問いに野村は「ならないです」と答える。地球は宇宙にとってあってもなくてもよい、吹けば飛ぶような存在だ。だからこそ壊れやすく、自分たちが大事にしなければあっという間に壊せてしまう。人生も同じで、人間は吹けば飛ぶような存在だからこそ、大事にして生きていく。宇宙研究によって自分たちのちっぽけさが分かるからこそ、それが愛おしくなる。そういう意味で、宇宙研究は自分のものの考え方に多少影響を与えているかもしれない、と野村は語った。

番組は、いつか宇宙のすべてを知る日は来るのかという問いを残して終わる。野村の話の中でも、ダークマターの正体、ダークエネルギーの性質、マルチバースの証拠、境界のない宇宙で成り立つホログラフィックな量子重力理論は、いずれもまだ答えが出ていない課題として示されていた。