ガラパゴス諸島にはどんな生き物が暮らしているのか:「進化の実験室」の動物たちと島の成り立ち
VAIENCE バイエンス南米エクアドル沖、およそ1000km西の太平洋に浮かぶガラパゴス諸島には、自分の骨を溶かして体を縮めるトカゲ、鮮やかな青い足を持つ鳥、サボテンを食べる巨大なカメなど、ほかでは見られない動物が暮らしている。VAIENCEのこの動画は、ガラパゴスが「進化の実験室」と呼ばれる理由を、ダーウィンの足跡と個々の生物の生態から説明している。ごくわずかな生き物だけが島にたどり着き、島ごとに少しずつ異なる環境のもとで独自の進化を遂げた、というのが動画の基本的な見立てである。
ダーウィンは島で進化論を「ひらめいた」わけではない
1835年9月、イギリス海軍の船ビーグル号が、諸島の東端にあるサンクリストバル島に錨を下ろした。乗っていたのは若きチャールズ・ダーウィンで、この地で進化論の着想を得たと言われている。
動画によれば、当時の西洋では、生き物はそれぞれの土地の条件に合うよう最初から個別に創造され、種は不変だという考えが主流だった。しかしガラパゴス諸島は火山活動によって比較的最近できた島々であり、そこにいる生き物はすべて後から来たことになる。さらに島を移るたびに、似た生物でも少しずつ姿が違うことを、後にダーウィンは指摘している。
ただし動画は、ダーウィンが島にいる間に「生物は変化する」とひらめいたわけではないと強調する。彼の仕事は標本を集めることが中心で、理屈を組み立てることではなかった。それでも島を離れ航海を続ける船の上で、ダーウィンは「種が変わらないという前提は揺らぐかもしれない」と書き残している。『種の起源』で進化論を提唱するのは、それから20年以上先のことである。
ダーウィンフィンチ:くちばしの違いと適応放散
ダーウィンフィンチはガラパゴス諸島に生息する小さな鳥の仲間で、島ごとに姿が少しずつ異なる。特に目立つのはくちばしの形で、太く短いもの、細長いもの、鋭く尖ったものなどがあり、主に島の環境と、それによる食べ物の違いに応じて分かれている。特定の餌がある環境では、それを効率よく食べられる個体が子孫を残しやすく、その特徴を受け継いだ次世代からさらに適した個体が残っていく。動画はこれが進化論の仕組みとよく一致すると説明する。
一方で、ダーウィン本人はこの鳥をそれほど気に留めていなかったようで、標本に島ごとのラベルを付けていなかったことも分かっている。フィンチが進化論と結びつけられたのは、イギリス帰国後、鳥類学者ジョン・グールドによる標本の分類や、ダーウィン自身の再検討を経てからだった。とはいえ動画は、当時のダーウィンを責めるのは少し酷だとする。種ごとに餌が大きく違い、姿も習性も大きく異なるからだ。
その多様さの例として、キツツキフィンチはサボテンのトゲをくわえて木の穴から虫をほじり出す。また、カツオドリの背中に乗って羽の付け根をつつき、血をすするバンパイアフィンチという吸血性の鳥もいる。ただし一年中血を吸っているわけではなく、餌の豊富な1月から6月上旬には普通に種子や昆虫を食べ、血に頼るのは乾期にあたる6月から11月だけだという。彼らの腸内には、同じく血を吸うことで知られるチスイコウモリと同じ細菌が豊富におり、これは血液に含まれる大量のナトリウムや鉄を処理するためだと考えられている。
動画は、ダーウィンフィンチを「適応放散」の見本と位置づける。適応放散とは、共通の祖先がさまざまな環境に適応し、短期間に多様な特徴をもつ新しい種へ分かれていく現象である。広大な大陸なら、硬い種子を割る役も、虫をほじる役も、血を吸う役さえ、すでに別の生物が担っている。しかしこの島々にはそれがいなかった。
生きた鳥で測定された自然選択と、新しい種の誕生
動画は、この流れが近年も止まっていないとして二つの出来事を紹介する。
1977年、大ダフネ島をひどい干ばつが襲った。柔らかい小さな種子は食べ尽くされ、残ったのは硬い殻の大きな種子だけ。2年あまりで島のガラパゴスフィンチはおよそ1400羽から数百羽にまで減った。生き残ったのは、硬い殻を割れる大きく分厚いくちばしを持つ個体がほとんどで、翌年に生まれた世代を調べると、くちばしの厚みの平均がおよそ0.4mm増えていた。自然選択という現象が、化石ではなく生きた鳥の体で、しかも1年のうちに測定されたことになる、と動画は述べる。
1981年には、100km以上離れたエスパニョーラ島から1羽のオスが大ダフネ島に飛んできた。この個体が島のメスと交配し、生まれた子どもたちは独特の歌と独特のくちばしを持っていたため、島にいた他の3種のどれとも交わらなくなった。動画はこれを「人類は新たな種の誕生を目撃したかもしれない」と表現している。研究者に「ビッグバード」と呼ばれるこの系統は、現在も島に生息している。
ガラパゴスマネシツグミ:ダーウィンに気づかせた鳥
ガラパゴス諸島のマネシツグミは4種おり、最も広く分布するのがガラパゴスマネシツグミである。全長25cmほどで、目の周りの黒い帯と、細く下に曲がったくちばしを持つ。雑食性で食べるものの幅は広く、地面を歩き回ってムカデやトカゲを捕らえる一方、果実も好み、それが食事のおよそ3分の1にのぼる。糞に混じった種子が芽を出すため、植物の運び手の役割も果たしている。さらにアカアシカツオドリや大型の鳥の卵を割って中身を食べたり、眠っているアシカの歯に残った食べかすをついばんだり、リクイグアナの体から寄生虫や皮膚をつつき取ったりする姿も確認されている。
動画によると、ダーウィンが島を離れた後に「種が変化するかもしれない」という発想に至ったきっかけは、フィンチではなくこのマネシツグミだと考えられている。フィンチにはラベルを付けていなかったダーウィンも、マネシツグミには付けていた。だからこそ島を移るたびに姿の違う個体が現れることに気づけたのだという。
この鳥の特徴として、育った子が親元に残り、次に生まれる弟や妹の子育てを手伝う「共同繁殖」がある。手伝うのは息子が多く、翌年のヒナに餌を運ぶのは同じ巣の兄というわけだ。気候が激しく揺れるこの島で、一族が一つの縄張りを守るための戦略だと考えられている。
ガラパゴスゾウガメ:甲羅の形と乱獲、そして回復
ガラパゴスゾウガメは現生の陸ガメで世界最大の種で、甲長1.3m以上、体重300kg、寿命は100年以上に及ぶ。このカメも進化論の誕生に貢献した生物の一つで、ダーウィンはフロレアナ島で出会った副総督から「甲羅を見ればどの島のカメか言い当てられる」と聞いている。
祖先はおよそ200万〜300万年前に南米から流れ着いたと考えられている。ゾウガメは泳げないが浮くことはでき、暴風で海に流された個体が海流に乗って諸島にたどり着いたのだろう、と動画は推測する。現在の甲羅の形は大きく二つに分かれ、標高が高く湿った島のものは椀を伏せたようなドーム型、乾燥した低地の島のものは首のあたりが反り上がった鞍型である。鞍型のカメは首を大きく伸ばせるため、乾燥地に生えるウチワサボテンの葉に届く。高い位置に首を伸ばせる個体が生き延びやすく、その特徴が広がったと考えられている。
しかし、ゾウガメは餌も水も与えずに船倉へ入れておいても1年近く死なない。捕鯨船や海賊船にとって、生きたまま積み込めば腐らない肉が航海の最後までもつ、これほど都合の良い食料はなかった。19世紀を通じて10万頭以上が持ち去られ、かつて15前後あったと考えられる種のうち、現在も生きているのは11種である。
一方で動画は希望も示す。エスパニョーラ島の種は、野生に残っていたのがメス12頭とオス2頭のわずか14頭だった。そこから繁殖計画が始まり、サンディエゴ動物園から個体を輸送して繁殖させるなどの試みが行われ、島のゾウガメは2000頭を超えるまで回復した。計画は2020年1月に役目を終え、6月には繁殖に貢献した親15頭が故郷の島へ返されている。
ウミイグアナ:骨まで縮めて飢えをしのぐ
ウミイグアナは、世界で唯一、海に潜って餌をとるトカゲである。全長は最大1.5m、体色は溶岩と同じ黒。鼻先は短く平たく、岩に生えた藻類をこそげ取るのに向いている。爪が鋭いのは波にさらわれないよう溶岩をつかむため、尾は左右に振って水中の移動に使う。
ダーウィンにとってもその姿は異様に映ったようで、日記に「黒い溶岩の岩場に、大きくて実に不快で不恰好なトカゲがうろついている」と書き、続けて誰かが彼らを「闇の小鬼」と呼んでいるとも記した。別の人物は、あまりに見苦しく船の誰一人として食料にしようとしなかったと記録している。動画は、皮肉にもその「食べたくなさ」が彼らを乱獲から守った可能性があると指摘する。
黒い体は海の生活への適応と考えられている。もともと陸で暮らしてきた爬虫類で、変温動物である彼らは海中ですぐ体温を奪われるため、陸に上がったとき素早く体を温められるよう、太陽光を吸収しやすい黒い体になったという。また、ときおりくしゃみのように頭から白い霧を吹き出すが、これは海水とともに飲み込んだ余分な塩を鼻の奥の腺で濃縮して吹き飛ばしているもので、降り積もった塩が頭の上で白い冠のようになることもある。
最も驚くべき能力は、体の縮小である。海水温が上がるエルニーニョ現象が起きると、彼らが好む緑藻や紅藻が消化しにくい褐藻に置き換わり、餌が失われる。その間、成体の同じ個体が2年間で最大20%、頭から尻までの長さにしておよそ6.8cm縮んでいたことが報告されている。しかもこれは一度や二度ではなかった。通常、脊椎動物の体長は伸びる一方だが、彼らは柔らかい組織だけでなく骨まで再吸収して体を小さくしていたと考えられている。体が小さくなればエネルギーの必要量が減り、口も小さくなってわずかに残った藻類を効率よく削り取れる。2.1cm以上縮んだ個体では平均生存期間が3年近く伸びたというデータがあり、餌が戻れば元の大きさに戻る。縮められない個体は飢餓の年にいなくなり、縮められる個体が子孫を残した積み重ねで、この能力が集団に定着したと考えられている。動画は、環境が数年周期で激しく揺れる場所では、決め打ちの体より変えられる体のほうが有利になるのかもしれない、と述べている。
リクイグアナと、属を超えた雑種
ガラパゴスリクイグアナはウミイグアナの近縁で、海に向かわず陸に残ったものの子孫である。全長は1mを超え、体色は黄色からオレンジ。地面に穴を掘って巣にし、寿命は50〜60年ほど。硬い口の粘膜と丈夫な消化管を持ち、主食のウチワサボテンをトゲを落とさずそのまま食べられる。必要な水分のほとんどもサボテンから得るため、ほとんど雨の降らない低地でも生きていける。
ただし海のイグアナとのつながりが完全に絶たれたわけではない。サウスプラザ島には、父がウミイグアナ、母がリクイグアナという雑種がいる。属が違う動物同士の交雑で、爬虫類では極めてまれな例であり、1981年に発見され、1997年に遺伝子解析で確定した。この雑種は、母から陸で生きる体を、父から岩をつかむ鋭い爪を受け継いだ結果、ウチワサボテンによじ登って食べるという両親のどちらにもできないことをやってのける。ただし2003年時点で確認されたのは20頭ほどで、次の世代は残せないと考えられており、一代限りの存在である。
ガラパゴスペンギン:赤道直下のペンギンと海流
赤道直下にペンギンがいるのは冗談のようだが事実だ、と動画は紹介する。体長はおよそ50cm、体重は2.6kg以下で、動画はペンギンの中で最小だと説明している。イサベラ島の北部は赤道より北にあるため、北半球で繁殖する世界で唯一のペンギンでもある。
熱帯にペンギンがいる理由は海流にある。諸島の西側では、東へ向かう赤道潜流が海底の斜面にぶつかり、行き場を失った冷たく栄養豊かな水が表層へ押し上げられる。そのため赤道直下でもプランクトンが大量に発生し、それを目当てに小魚が集まる。ガラパゴスペンギンの95%以上がフェルナンディナ島とイサベラ島の西岸に集中しているのはそのためだという。
暑さに適応するため、体は小さくなった。同じ形なら、体が小さくなると体積の減り方に比べて表面積の減り方が小さく、体積に対する表面積の割合が大きくなる。熱の発生量は体積に、放熱は表面積に依存しやすいため、もともと寒い場所で暮らしてきたペンギンが熱帯で生きるには小さな体のほうが適している、という説明である。
それでも赤道の日差しは過酷で、巣穴を掘れる柔らかい土もないため、溶岩の割れ目や洞窟を巣にする。日中は翼を広げて足に影を作り、口を開けて熱を逃がし、それでも暑ければ海に入る。行動のほとんどが体温を上げすぎないためのものになっている。
そして彼らを支えてきた海流は、ときに彼らを追い詰める。エルニーニョで海水温が上がると栄養の源である海流が弱まり、餌も消える。1982〜1983年にはおよそ77%、1997〜1998年にはおよそ65%が失われた。現在の推定個体数はおよそ1200羽で、絶滅危惧種に指定されている。近年は研究者が溶岩に人工の巣穴を設ける取り組みも進んでおり、日陰を用意するだけで繁殖の成功率が変わることが分かっている。
ガラパゴスコバネウ:飛ぶための土台ごと捨てた鳥
世界におよそ40種いるウの仲間のうち、飛べないのはガラパゴスコバネウ1種だけである。体はウとして最大級で体重5kgに届くものもいるが、翼は他のどのウより短く、体重との関係を示す一般的な法則から明らかに外れている。胸骨を見るとさらにはっきりしていて、飛翔筋を支える出っ張りである竜骨突起がほとんど失われている。つまり翼だけでなく、飛ぶための土台ごと捨てたことになる。陸に捕食者がおらず、餌はすべて足元の海底にあり、能力の維持にはコストがかかる。そう考えると飛ぶ能力を失うのは理にかなっている、と動画は述べる。
繁殖方法も独特だ。ヒナがある程度育つとメスは巣を離れ、別のオスと番ってまた卵を産み、残されたオスが一羽で子どもを育て上げる。「連続的一妻多夫」と呼ばれるこの繁殖様式を持つウはこの1種だけだという。求愛でも一般的な鳥類と役割が逆転しており、メスのほうが積極的に求愛を主導し、オスを巡って攻撃的に競い合う。餌が豊富な年にはメスは年に最大3回繁殖できるため、オスが奪い合いの対象になるのである。
アオアシカツオドリとアカアシカツオドリ
アオアシカツオドリの青い足は、構造と色素の両方で作られている。青みを生むのはコラーゲンの配列で、鮮やかさを決めるのは餌の魚から取り込んだカロテノイドという色素だ。カロテノイドは免疫の働きにも使われるため、足の青さは、その個体が今どれだけよく食べていて、どれだけ健康かを外に示していることになる。実際、オスに48時間餌を与えずにおくと足の色ははっきり鈍り、新鮮な魚を与え直すと24時間ほどで戻ったと報告されている。さらに、メスが1個目の卵を産んだ時点でオスの足の色を人工的に鈍らせると、メスが次に産む2個目の卵は明らかに小さくなった。メスは相手の足を見て、この繁殖にどれだけ投資するかを決めていたことになる。
アオアシカツオドリは巣を作らず、地面に直接卵を産み、その周囲を自分の糞で白く縁取って縄張りの境界にする。卵は普通2個だが、4〜5日ずらして孵るため先に孵ったヒナが大きく育ち、餌が足りない年には年上のヒナが年下を巣の外へ追い出すこともあるようだ。そして現在、その数は減っている。2014年に発表された調査によれば、2012年時点の推定個体数は6423羽で、1960年代の3分の1にも届かず、調査期間中に巣立ったヒナはわずか134羽だった。最有力の原因は、主食であるイワシの激減とされている。
アカアシカツオドリはカツオドリの中で最小で、全長70cmほど。足は鮮やかな赤、くちばしは淡い青からピンクへ移り変わる。最大の特徴は、カツオドリの中で唯一、地面ではなく木の上に巣を作ることだ。水かきがありながら指は長く、爪で枝をしっかりつかめる、海鳥としては変わった体の作りで、木の上に巣を作ることで捕食者をかわせると考えられている。餌は沖合のトビウオやイカで、夜明けや夕暮れの薄暗い時間帯を好む。諸島での推定個体数はおよそ3万羽で、多くが北端のジェノベサ島に集まる。興味深いのは、吸血フィンチに血を吸われてもほとんど抵抗せず、じっとしていることだ。かつてはフィンチに羽の寄生虫を取り除いてもらう関係だったのではないかと推定されている。
島の風景:火山が作った地形と生命の定着
動画の後半は、いくつかの島と地形を紹介しながら、諸島の成り立ちを説明する。
サンティアゴ島の東沖に浮かぶバルトロメ島は、面積わずか1.2km²ほどの小島で、最高点114mまで登ると、海際にそびえる槍のような岩「ピナクルロック」を見下ろせる。ピナクルロックは水中で起きた噴火の名残とされる。高温のマグマが冷たい海水に触れると、水が一瞬で蒸気に変わりマグマを爆発的に吹き飛ばすマグマ水蒸気爆発が起き、飛び散った火山砕屑物が積み重なって固まったものが、長い年月をかけて波に削られ、硬い芯だけが残ったと考えられている。斜面には植物がほとんどなく、灰色の毛に覆われた葉を持つティキリアなど、水を極限まで節約する植物がまばらに生えるだけだ。それでも岩の隙間にはガラパゴスペンギンが立ち、砂浜ではアオウミガメが産卵に上がる姿が目撃されている。動画は、生まれたばかりの大地に生命が最初の一歩を刻む段階がそのまま見られる場所だとし、できたばかりのガラパゴス諸島にもそうした一幕があったのかもしれないと述べる。
サンクリストバル島の北東には、高さおよそ148mの垂直な壁がそびえる。スペイン語で「眠れるライオン」を意味するレオン・ドルミード、英語では蹴り上げた靴に見えることからキッカーロックと呼ばれる。正体は固まった火山で、ピナクルロックと違い火山体ごと真っ二つに割れており、波と風が脆い部分を削って幅20mほどの水路が生まれた。この壁は水面下でも垂直に続いているため、深いところを流れてきた海流がぶつかると栄養豊かな水が上へ押し上げられ、プランクトンが増え、小魚が集まり、それを追って大型の魚が集まる。狭い水路ではアカシュモクザメ、ガラパゴスザメ、アオウミガメ、トビエイの群れがすれ違う光景が見られるかもしれないという。海面より上でもアオアシカツオドリ、ナスカカツオドリ、グンカンドリなどが岩棚に巣をかけている。
サンティアゴ島の南に浮かぶラビダ島は、面積およそ5km²。特徴は深い赤褐色の砂浜で、その理由は鉄にある。島を作った噴火はスコリアと呼ばれる火山噴出物を出すもので、溶岩に鉄が特に多く含まれていた。地表に出た鉄は空気に触れて酸化していく。つまりこの島はゆっくり錆びており、火星が赤いのと同じ現象だと動画は説明する。浜の奥には塩水の潟があり、ベニイロフラミンゴが訪れる。かつては持ち込まれたヤギとネズミが島の植物を追い詰めていたが、ヤギは排除され、ネズミも2011年に始まった駆除事業で根絶された。現在は本来の生態系を取り戻した赤い浜で、アシカがのんびり眠る姿を見ることができる。
ホットスポットの上に生まれ、やがて沈む島々
イサベラ島は諸島最大の島で、面積はおよそ4600〜4700km²。諸島の陸地の半分以上をこの1島が占める。赤道をまたいでおり、北部は北半球、南部は南半球にあたる。その南東端にあるシエラネグラ火山は標高1124mで、頂上には東西およそ9.5km、南北およそ7.5kmの巨大なカルデラが口を開けており、諸島が火山によって形成されたことを象徴する火山の一つだという。
動画によれば、ガラパゴス諸島はプレートの境界ではなく、マントル深部から高温の岩体が上昇するホットスポットの真上にある。ホットスポットはほとんど動かないが、その上に乗るナスカプレートは年におよそ5cm東南方向へ動いている。サンクリストバル島やエスパニョーラ島は300万〜400万年前の島で、すでに浸食が進んでいる。一方、最も新しいフェルナンディナ島は70万年ほど前にできたばかりだ。そして現在ある島々も、いずれ東へ運ばれて沈んでいく。
ガラパゴスの海の生き物たち
マダラトビエイは、黒い体に白いまだら模様をびっしりまとった大型のエイで、体の幅は最大3mに迫り、尾を含めた全長は5mに達することもある。頭の先はアヒルのくちばしのように突き出し、尾の付け根には毒のあるトゲを持つ。巨体に似合わず器用で、上下の顎には三日月型の歯が帯のように並び、平たい吻で砂を掘り返して貝や甲殻類を掘り出すと、この歯で殻ごと砕く。そのうえで口の天井と底に並ぶ突起を使い、殻の破片だけを吐き出して中身だけを飲み込む。
ガラパゴスザメは名前に反して固有種ではなく、ガラパゴスで採取された標本をもとに記載されたためにこの名がついただけだという。実際には熱帯から亜熱帯の海に広く分布し、沖に浮かぶ島や海山の周りに好んで集まる。全長およそ3mで、近縁のサメと同じく卵ではなく子を産み、胎盤に似た構造を通じて母親から栄養を受け取った子は体長数十cmで生まれる。ガラパゴスでは、アシカの子や海から上がってきたウミイグアナを襲うことがあるという。
シュモクザメのハンマー状の頭は、左右の両端に目があり、鼻孔も大きく離れている。この形の意味は長く議論されてきた。よく言われるのは電気を感じる能力が高いからという説だが、同程度の大きさのメジロザメと比べる実験では、電気の検知能力に差はなかった。現在は、電気を感じる器官が広い面に散らばることで探索範囲が広いこと、平たい頭によって高速で旋回できることが有力な説だという。ダーウィン島とウルフ島では数百匹のシュモクザメが渦を巻くように群れる光景が見られる。なぜここまで群れるのかは分かっていないが、集まる成体同士に血縁関係がないことは分かっている。群れは家族ではなく、まったくの他人の集まりなのである。
ジンベエザメは現生の魚類で最大の種で、体長は最大20m近く、皮膚の厚さは場所によって10cmになる。ガラパゴスでは北端のダーウィン島に毎年7月から12月に現れることが知られており、そのほとんどがメスで、多くはまるで妊娠しているかのように腹部が膨れている。人類はジンベエザメの繁殖をまだほとんど目撃しておらず、もし本当に妊娠しているなら大発見になるはずだった。しかし詳しく調べると妊娠しておらず、訪れる目的は分かっていない。世界最大の魚の繁殖は、まだ謎のままだと動画は述べる。
ガラパゴスベニイワガニは諸島でよく目にするカニで、甲羅の幅は8cmほど、赤・オレンジ・黄色の鮮やかなまだら模様を持つ。これも固有種ではなく東太平洋の沿岸に広く分布するが、ガラパゴスではウミイグアナと共生関係を築いている。カニがイグアナの体からダニをつまみ取る様子がたびたび目撃されており、カニは餌を得て、イグアナは寄生虫を落としてもらう。これは「掃除共生」と呼ばれ、双方に利益があると考えられている。
結び:答えが並ぶ場所ではなく、問い続けられる場所
動画は最後に、諸島全体をこうまとめる。海底火山の噴火で姿を現した新しい島々は、生き物にとって文字通りゼロから始めるしかない場所だった。たどり着けたのは、流木にしがみつくか、風に流されるか、鳥に運ばれるかして、偶然に耐えられたものだけだ。彼らは孤島という特異な環境に適応すると同時に、いらなくなったものを捨ててきた。それが近代において脆さにつながっている面はあり、ゾウガメの数や種数が人間によって激減したのはその例である。
それでも希望は残っている、と動画は続ける。1959年、エクアドルは陸地の97%を国立公園に指定し、1978年にはユネスコの世界自然遺産に登録された。ヤギは排除され、ネズミは根絶され、エスパニョーラ島のゾウガメは2000頭を超えた。そして動画は、ガラパゴス諸島が「進化の実験室」と呼ばれるのは、そこに答えが並んでいるからではなく、ダーウィンがそうしたように、今も誰かが問い続けている場所だからだ、と締めくくっている。
自分の骨を溶かして体を縮めるトカゲ、鮮やかな青い足を持つ鳥、サボテンを食べる巨大な亀。南米エクアドル沖、およそ1000km西にあるガラパゴス諸島には、このように世界でも類を見ないような動物が生息しています。太平洋に浮かぶその小さな島々は、進化の実験室と呼ばれることもあります。ごくわずかな生き物のみがそこにたどり着いた結果、島ごとに少しずつ違う環境のもとで独自の進化を遂げてきたためです。また、後に生物学において多大な貢献をすることとなるチャールズ・ダーウィンが、進化論の着想を得た地としても有名です。
ガラパゴス諸島の特異な生態系。そこにはどのような生物が生息しているのでしょうか?バイエンススーツをご着用ください。
1835年9月、イギリスの海軍の船ビーグル号が、ガラパゴス諸島の東の端、サンクリストバル島に錨を下ろしました。乗っていたのは若きチャールズ・ダーウィン。この地にてダーウィンは進化論の着想を得たと言われています。
当時の西洋においては、生き物はそれぞれの土地の条件に合うよう最初から個別に創造されたという考えが主流でした。そして種は不変であり、変化することはない。しかしガラパゴス諸島は火山活動により比較的最近できた島々です。つまりここにいる生き物は全て後から来たことになります。
さらに島を移るたびに、似たような生物でも少しずつ姿が違うことを後にダーウィンは指摘しています。それはまさしく、少しずつ異なる環境に生物が適応していった結果。例えば後にダーウィンフィンチと呼ばれる小型の鳥たちは、島ごとにくちばしの形のほか、特徴や習性も異なります。
一方で、ガラパゴス諸島に足を踏み入れた当時のダーウィンは、生物が変化するということをひらめいたわけではありません。彼の仕事はどちらかというと標本を集めることであり、理屈を組み立てることではありませんでした。しかしそれでもダーウィンは、ガラパゴス諸島を離れ航海を続ける船の上でこう記しています。「種が変わらないという前提は揺らぐかもしれない」と。ダーウィンが『種の起源』にて進化論を提唱するのは、それから20年以上先のことです。
ダーウィンフィンチはガラパゴス諸島に生息する小さな鳥の仲間で、冒頭で紹介した通り、島ごとに少しずつ姿が異なります。特に特徴的なのがくちばしの形であり、太くて短いもの、細長いもの、鋭く尖ったものなど、主に島の環境とそれによる食べ物の違いによって分かれています。
特定の形の餌が存在する環境にある生物が存在した場合、その餌をより効率よく食べることができる個体が子孫を残しやすくなります。するとその特徴を次世代が受け継ぎ、そこからさらに最適化された個体が次の子孫を残しやすい。そうしていくことで、徐々に生物は異なる姿に変わっていく。これはダーウィンが提唱する進化論の仕組みとよく一致します。
一方でダーウィン本人は、後にダーウィンフィンチと呼ばれる鳥のことを、そこまで気に留めていなかったようです。むしろ島ごとのラベルをつけていなかったことも分かっています。ダーウィンフィンチが進化論と結びつけられるようになったのは、イギリス帰国後、鳥類学者のジョン・グールドによる標本の分類や、ダーウィン自身の再検討を経てからでした。
とはいえ、当時のダーウィンを責めるのは少し酷かもしれません。ダーウィンフィンチは種ごとに餌が大きく異なり、それにより姿も習性も大きく異なるからです。例えばキツツキフィンチは、サボテンのトゲをくわえて木の穴から虫をほじり出すことが知られています。また、カツオドリの背中に乗り、羽の付け根をつついて血をすするヴァンパイアフィンチという吸血鳥も存在します。
その吸血フィンチも、1年中血を吸っているわけではありません。餌の豊富な1月から6月上旬にかけては普通に種子や昆虫を食べており、血に頼るのは乾期にあたる6月から11月だけ。また彼らの腸内には、同じく血を吸うことで知られるチスイコウモリと同じ細菌が豊富にいることも分かっています。これは血液に含まれる大量のナトリウムと鉄を処理するためだと考えられています。
進化論の観点から見ると、ダーウィンフィンチは適応放散と呼ばれる現象の見本です。適応放散とは、ある共通の祖先が様々な異なる環境に適応することにより、短期間に様々な特徴を持つ新しい種に分かれていくことです。広大な大陸であれば、硬い種子を割る役も、虫をほじる役も、血を吸う役でさえ、すでに別の生物が担っています。しかしこの島々には、それがいませんでした。
そしてこの流れは近年でも止まっていません。1977年、大ダフネ島をひどい干ばつが襲いました。柔らかい小さな種子は食べ尽くされ、残ったのは硬い殻の大きな種子だけ。2年余りで、島に生息していたガラパゴスフィンチはおよそ1400羽から数百にまで減少してしまいました。
生き残ったのは、硬い殻を割ることができる大きく分厚いくちばしを持つ個体がほとんど。そして翌年に生まれた世代を調査すると、くちばしの厚みの平均がおよそ0.4mm増えていました。自然選択という現象が、化石ではなく生きた鳥の体で、しかも1年のうちに測定されたことになります。
また1981年には、別の興味深い出来事が発生しています。100km以上離れたエスパニョーラ島から、1羽のオスが大ダフネ島に飛んできました。この個体が島のメスと交配し、生まれた子供たちは独特の歌と独特なくちばしを持っていたため、島にいた他の3種のどれとも交わらなくなったのです。つまり人類は、新たな種の誕生を目撃したかもしれないということです。研究者にビッグバードと呼ばれるこの系統は、現在においても島に生息しています。
ガラパゴス諸島のマネシツグミは4種存在し、そのうち最も広範囲に分布しているのがこのガラパゴスマネシツグミ。全長は25cmほどであり、目の周りの黒い帯と、細く下に曲がったくちばしを持ちます。雑食性の鳥であり、食べるものの幅はかなりのものです。地面を歩き回ってムカデやカ、トカゲを捕らえる一方で、果実も好んで食べ、その割合は食事のおよそ1/3に上ります。フンに混じった種子が芽を出すため、植物の運び手としての役割も果たしていることがわかります。
さらに、アカアシカツオドリや大取りの卵を割って中身を食べ、眠っているアシカの歯に残った食べかすをついばみ、リクイグアナの体から寄生虫や皮膚をつつき取ることも確認されています。
実は、ダーウィンがガラパゴス諸島から離れた後、種が変化するかもしれないという発想に至ったのは、ダーウィンフィンチではなく、このガラパゴスマネシツグミがきっかけだと考えられています。ダーウィンはフィンチにはラベルをつけていませんでしたが、このマネシツグミにはつけていました。だからこそ、島を移るたびに姿の違う個体が現れることに気づくことができたのです。
ガラパゴスマネシツグミの特徴として、育った子が親元に残り、次の弟や妹の子育てを手伝う共同繁殖が挙げられます。手伝いをするのは息子が多いため、翌年に生まれたヒナに餌を運ぶのは同じ巣の兄というわけです。気候が激しく振れるこの島で、一族が1つの縄張りを守るための戦略だと考えられています。
ガラパゴスゾウガメは、現生の陸ガメでは世界最大の種です。甲長は1.3m以上、体重が300kgもあり、寿命は100年以上に及びます。この亀も、ダーウィンがガラパゴス諸島を訪れた際に、後の進化論の誕生に大きく貢献した生物の1つです。というのも、ダーウィンがフロレアナ島で会った副総督が、甲羅を見ればどの島の亀か言い当てられると話しています。
ガラパゴスゾウガメの祖先は、およそ200万年から300万年前に南米から流れ着いたと考えられています。ガラパゴスゾウガメは泳げませんが、浮力が高いため浮くことができます。暴風で海に流された個体がそのまま海流に乗り、ガラパゴス諸島にたどり着いたのでしょう。
現在のガラパゴスゾウガメの甲羅の形は、大きく2つに分かれています。標高が高く湿った島にいるものは、お椀を被せたようなドーム型。乾燥した低地の島にいるものは、首の辺りが反り上がった鞍型です。鞍型の亀は首を大きく伸ばせるため、乾燥した地に生えるウチワサボテンの葉に届きます。高い場所に首を伸ばすことができる個体が生き延びやすかったため、その特徴が進化の過程で広がっていったと考えられています。
しかし、島で長い間過ごしてきたガラパゴスゾウガメに、突如として危機が訪れます。彼らは餌も水も与えずに船倉へ入れておいても、1年近く死なないのです。捕鯨船や海賊船にとって、これほど都合の良い食料はありません。生きたまま積み込めば、腐らない肉が航海の最後まで持ちます。そのため19世紀を通じて、彼らは10万頭以上持ち去られました。かつて15前後あったと考えられる種のうち、現在も生きているのは11種です。
一方で希望も見えています。エスパニョーラ島の種は、野生に残っていたのがメス12頭とオス2頭のわずか14頭でした。そのような状態から繁殖計画が開始され、サンディエゴ動物園からゾウガメを輸送し繁殖させるなどの試みが行われました。現在においては、島のゾウガメが2000頭を超えるまで回復しました。計画は2020年1月に役目を終え、6月には15頭の親が故郷の島へ返されています。
ウミイグアナは、世界で唯一海に潜って餌を取るトカゲです。全長は最大で1.5m。体色は溶岩と同じ黒。鼻先は短く平らで、岩に生えた藻類をこそげ取るのに向いています。爪が鋭いのは波にさらわれないよう溶岩を掴むためで、尾は左右に平たく、海の中の移動に使用しています。
その黒い姿は、ダーウィンにとっても特異なものとして映ったようです。彼は日記に「黒い溶岩の岩場に、大きくて実に不快で不格好なトカゲがうろついている」と書き残しています。続けて、誰かが彼らを「闇の小鬼」と呼んでいるとも。また別の人物は、ウミイグアナはあまりに見苦しく、船の誰1人として食料にしようとしなかったと記録しています。皮肉なことに、その食べたくなさが彼らを乱獲から守った可能性があります。
その特徴的な黒い体は、海での生活に適応した結果だと考えられています。元々イグアナは陸で生活してきた爬虫類です。変温動物である彼らは周囲の環境により体温を調節していますが、海の中では体温はすぐに奪われてしまいます。そのため陸に上がった時にすぐに体を温めることができるよう、太陽光を吸収しやすい黒い体になったというわけです。
またウミイグアナは、時折くしゃみのように頭から白い霧を吹き出すことがあります。これはくしゃみではなく、海水と一緒に飲み込んだ余分な塩を鼻の奥の腺で濃縮し、吹き飛ばしているもの。時には降り積もった塩が、頭の上で白い冠のようになることもあります。
そして彼らには、脊椎動物としては考えにくい能力があります。海水温が上昇するエルニーニョと呼ばれる現象が発生すると、彼らが好む緑や赤の藻類が、消化しにくい褐藻に置き換わってしまいます。つまりウミイグアナの餌が失われるということ。そしてその間、成体のイグアナの体が同じ個体で2年間で最大20%、頭から尻までの長さにしておよそ6.8cm縮んでいたことが報告されています。しかもこれは1度や2度ではありませんでした。
通常、脊椎動物の体長は伸びる一方です。ところが彼らは柔らかい組織だけではなく、骨まで再吸収して体そのものを小さくしていたと考えられています。体が小さくなればエネルギーの必要量が減り、口も小さくなって、わずかに残った藻類を効率よく削り取ることができます。2.1cm以上縮んだ個体では平均生存期間が3年近く伸びているというデータがあり、さらに餌が戻れば、彼らはまた元の大きさに戻ります。
体を縮めることができない個体は飢餓の年にいなくなり、縮めることができる個体が子孫を残した。その積み重ねが、この能力を集団に定着させたと考えられています。環境が数年周期で激しく振れる場所では、決め打ちの体よりも変えられる体の方が有利になるということなのかもしれません。
ガラパゴスリクイグアナは、ウミイグアナとは近縁です。海に向かったものとは異なり、陸に残ったものの子孫となります。全長は1mを超え、体色は黄色からオレンジ。地面に穴を掘って巣にし、寿命は50年から60年ほどになります。
ウミイグアナとは反対に、ガラパゴスリクイグアナはガラパゴス諸島の陸での生活に適応しています。硬い口の粘膜と丈夫な消化管を持つため、主食のウチワサボテンをトゲを落とさずにそのまま食べることができます。また、必要な水分のほとんどをサボテンから得ているため、ほとんど雨の降らない低地でも生きていけます。
一方で、完全にウミイグアナとの繋がりが絶たれたわけではないようです。サウスプラザ島には、父がウミイグアナ、母がリクイグアナという雑種がいます。属が違う動物同士の交雑で、爬虫類では極めて稀な例です。これは1981年に発見され、1997年に遺伝子解析で確定しました。
実はこの雑種は、両親のどちらにもできないことをやってのけることが分かっています。母から陸で生きる体を、父から岩を掴む鋭い爪を受け継いだ結果、ウチワサボテンによじ登って食べることができます。ただし、確認されている個体は2003年時点で20頭ほどで、次の世代は残せないと考えられており、1代限りの存在です。
赤道直下の島にペンギンが立っている。一見冗談のように聞こえますが、これは歴然とした事実です。体長はおよそ50cm。体重は2.6kg以下と、ペンギンの中では最小です。イサベラ島の北部は赤道より北に位置するため、彼らは北半球で繁殖する世界で唯一のペンギンでもあります。
なぜ熱帯にペンギンがいるのかというと、答えは海流にあります。ガラパゴス諸島の西側では、東へ向かう赤道潜流が海底の斜面にぶつかっています。行き場を失った冷たく栄養豊かな水が表層へ押し上げられるため、赤道直下でありながらプランクトンが大量に発生し、それを目当てに小魚が集まってくるのです。ガラパゴスペンギンの95%以上がフェルナンディナ島とイサベラ島の西岸に集中しているのは、そのためです。
熱帯に適応するため、ガラパゴスペンギンの体は小さくなりました。同じ形の場合、体長が小さくなると体積はその3乗で小さくなるのに対し、表面積は2乗で小さくなります。つまり体が小さくなるということは、体積に対する表面積が大きくなるということです。そして熱の発生量は体積に依存しやすいのに対し、放熱は表面積に依存します。元々寒い場所で暮らしてきたペンギンにとっては、熱帯で生息するためには、体積の割に表面積が大きくなりやすい小さな体の方が適しているというわけです。
とはいえ、それでも赤道の日差しは彼らにとって過酷なものであるようです。巣穴を掘れる柔らかい土もないため、彼らは溶岩の割れ目や洞窟を巣にします。日中は翼を広げて足に影を作り、口を開けて熱を逃がし、それでも暑ければ海に入る。行動のほとんどが、体温を上げすぎないためのものになっています。
そしてガラパゴスペンギンを支えてきた海流は、時に彼らを追い詰めることがあります。エルニーニョ現象により海水温が上昇すると、豊富な栄養素の源である海流が弱まるため、彼らの餌も消えてしまいます。実際、1982年から1983年ではおよそ77%、1997年から1998年ではおよそ65%が失われました。現在の推定個体数はおよそ1200羽程度で、絶滅危惧種に指定されています。近年は研究者が溶岩に人工の巣穴を掘って設置する取り組みも進んでおり、日陰を用意してやるだけで繁殖の成功率が変わることが分かっています。
世界におよそ40種いるウの仲間のうち、飛べないのはこのガラパゴスコバネウ1種だけです。体はウとしては最大級で、体重が5kgに届くものもいます。ところが翼は他のどのウよりも短く、体重との関係を示す一般的な法則から明らかに外れています。胸骨を見るとさらにはっきりしていて、翼を支えるための出っ張りである竜骨突起がほとんど失われています。つまり翼だけでなく、飛ぶための土台ごと捨てていることになります。陸に捕食者がおらず、餌は全て足元の海底にあり、能力を維持するにはコストがかかる。こう考えてみると、飛ぶ能力を失うことは理にかなっています。
また、繁殖の方法にも特徴があります。ヒナがある程度育つと、メスは巣を離れ、別のオスと番ってまた卵を産みます。残されたオスは1羽で子供を育て上げます。連続的一妻多夫と呼ばれるこの繁殖様式を持つウは、もちろんこの1種だけです。さらに求愛でも、一般的な鳥類とは役割が逆転しています。ガラパゴスコバネウでは、メスの方が積極的に求愛を主導し、オスを巡って攻撃的に競い合います。餌が豊富な年にはメスは1年に最大3回繁殖できるため、オスが奪い合いの対象になるのです。羨ましいですか?
アオアシカツオドリは見た目の通りその青い足が特徴的であり、ガラパゴス諸島を象徴する珍しい生き物だと紹介されることがあります。その青い足は構造と色の両方で作られています。青みを生むのはコラーゲンの配列であり、鮮やかさを決めているのは餌の魚から取り込んだカロテノイドという色素です。そしてカロテノイドは免疫の働きにも使われます。つまり足の青さは、その個体が今どれだけよく食べていて、どれだけ健康かを、そのまま外に示していることになります。
実際、オスのアオアシカツオドリに48時間餌を与えずに置くと足の色がはっきりと鈍り、新鮮な魚を与え直すと24時間ほどで色が戻ることが報告されています。さらに、メスが1個目の卵を産んだ時点でオスの足の色を人工的に鈍らせると、メスが次に産む2個目の卵は明らかに小さくなったのです。つまりメスは相手の足を見て、この繁殖にどれだけ投資するかを決めていたことになります。
また、彼らは巣を作りません。地面に直接卵を産み、その周囲を自分のフンで白く縁取って縄張りの境界にします。卵は普通2個ですが、4日から5日ずらして産まれるため、先に孵ったヒナの方が大きく育ちます。餌が足りない年においては、年上のヒナは年下を巣の外へ追い出してしまうこともあるようです。
そして現在、アオアシカツオドリの数は減少しています。2014年に発表された調査によれば、2012年時点の推定個体数は6423羽で、1960年代の1/3にも届きません。調査期間中に巣立ったヒナはわずか134羽でした。最有力の原因は、主食であるイワシの激減とされています。
先ほどのアオアシカツオドリとは異なり、アカアシカツオドリはカツオドリの中でも最小で、全長は70cmほど。名前の通り足は鮮やかな赤色をしており、くちばしは淡い青からピンクへと移り変わります。最大の特徴は巣の場所にあります。アカアシカツオドリは、カツオドリの中で唯一、地面ではなく木の上に巣を作ります。足には水かきがありながら指は長く、爪で枝をしっかり掴むことができる。海鳥としてはかなり変わった体の作りをしています。巣を木の上に作ることにより、捕食者をかわすことができると考えられています。
アカアシカツオドリの餌は沖合に生息するトビウオやイカなどであり、夜明けや夕暮れの薄暗い時間帯を好みます。ガラパゴス諸島での推定個体数はおよそ3万羽であり、その多くがガラパゴス諸島北端のジェノベサ島に集まっています。
一方、ガラパゴス諸島には先ほど紹介した吸血フィンチが生息しています。そしてなぜか、アカアシカツオドリはほとんど抵抗しません。じっとしたまま、血を吸われるままにしているのです。これは、かつてアカアシカツオドリは吸血フィンチに羽についた寄生虫を取り除いてもらう関係だったのではないかと推定されています。
バルトロメ島は、サンティアゴ島の東岸沖に浮かぶ面積わずか1.2km²ほどの小さな島です。最高点は114mで、そこを登り切ることで、海際にそびえる槍のような岩、ピナクルロックを見下ろす有名な景色が広がります。
ピナクルロックは、水中で起きた噴火の名残とされています。高温のマグマが冷たい海水に触れると、マグマ水蒸気爆発という、水が一瞬で蒸気に変わり爆発的にマグマを吹き飛ばす現象が発生します。その飛び散った火山灰や破片が積み重なって固まったものが、長い年月をかけて波に削られ、硬い芯だけが残ったのがピナクルロックだと考えられています。
剥き出しの岩であるバルトロメ島の斜面には植物はほとんど生えておらず、灰色の毛で覆われた葉を持つティキリアなど、水を極限まで節約する植物がまばらに生えるだけです。しかしそれでも、岩の隙間にはガラパゴスペンギンが立ち、足元の砂浜にはアオウミガメが産卵に上がる姿が目撃されています。生まれたばかりの大地に生命が最初の一歩を刻む段階が、そのまま見られる場所です。できたばかりのガラパゴス諸島でも、そのような一幕があったのかもしれません。
ダーウィンが初めて足を踏み入れたサンクリストバル島の北東に、海面から垂直に立ち上がる壁があります。高さはおよそ148m。スペイン語では眠れるライオンを意味するレオン・ドルミード。英語では、蹴り上げた靴に見えることからキッカーロックと呼ばれています。この巨大な岩の正体は、岩というより固まった火山です。ピナクルロックと違うのは、火山体ごと真っ二つに割れている点です。波と風がもろい部分を削り取り、かつて火山体だった場所に幅20mほどの水路が生まれています。
実はこの壁、水面下でもそのまま垂直に続いています。そのため、海の深いところを流れてきた海流がキッカーロックにぶつかると、行き場を失った栄養豊かな水が上へ押し上げられます。するとプランクトンが増え、小魚が集まり、それを追って大型の魚が集まる。狭い水路の中を、アカシュモクザメ、ガラパゴスザメ、アオウミガメ、トビエイの群れがすれ違っていく光景を見ることができるかもしれません。
海面より上の部分でも、アオアシカツオドリ、ナスカカツオドリ、グンカンドリなどの生き物が集まっています。それらの鳥類は、餌が豊富なことからキッカーロックの岩棚に巣をかけています。
ラビダ島は、ガラパゴス諸島の中央、サンティアゴ島の南に浮かぶ面積およそ5km²の小さな島です。この島の特徴は、何と言ってもその深い赤褐色の砂浜。砂が赤い理由は鉄にあります。ラビダ島を作った噴火はスコリアと呼ばれる火山からのもので、その溶岩には鉄が特に多く含まれていました。地表に出た鉄は空気に触れて酸化していきます。つまりこの島は、ゆっくりと錆びていることになります。火星が赤いのと同じ現象です。
浜の後ろには塩水の潟があり、ベニイロフラミンゴが訪れます。また、かつてこの島には持ち込まれたヤギとネズミがおり、島の植物を追い詰めていました。ヤギは排除され、ネズミも2011年に始まった駆除事業で根絶されています。現在では、本来の生態系を取り戻したこの赤い浜で、アシカがのんびりと眠る姿を見ることができます。
イサベラ島はガラパゴス諸島最大の島で、面積はおよそ4600km²から4700km²。ガラパゴス諸島の陸地の半分以上を、この1島が占めているということになります。この島は赤道をまたいでおり、北部は北半球、南部は南半球に当たります。その南東の端にあるのがシエラネグラ火山で、標高は1124m。頂上には東西およそ9.5km、南北およそ7.5kmという巨大なカルデラが口を開けています。
先ほど紹介した通り、ガラパゴス諸島は火山によって形成されており、シエラネグラ火山はその事実を象徴する火山の1つとなります。ガラパゴス諸島はプレートの境界ではなく、マントルの深部から高温の岩体が上昇するホットスポットの真上にあります。ホットスポットはほとんど動きませんが、その上に乗っているナスカプレートの方は、年におよそ5cm東南へ動いています。
サンクリストバル島やエスパニョーラ島は300万年から400万年前の島で、すでに浸食が進んでいます。一方、西端のフェルナンディナ島は70万年ほど前にできたばかりです。そして現在ある島々も、いずれ東へ運ばれ沈んでいきます。
マダラトビエイは、黒い体に白いまだら模様をびっしりとまとった大型のエイです。体の幅は最大で3mに迫り、尾を含めた全長は5mに達することもあります。頭の先はアヒルのくちばしのように突き出ており、尾の付け根には毒のあるトゲを持ちます。
その巨体とは裏腹に、マダラトビエイは意外と器用であることが分かっています。上下の顎には三日月型の歯が帯のように並んでいます。平たい吻で砂を掘り返し、貝や甲殻類を掘り出すと、この歯で殻ごと砕く。そして口の天井と底に並ぶ突起を使って殻の破片だけを吐き出し、中身だけを飲み込むことができます。
ガラパゴスザメは名前にガラパゴスとついていますが、ガラパゴス諸島の固有種ではありません。ガラパゴスで採取された標本に基づいて記載されたため、この名がついただけです。実際には熱帯から亜熱帯の海に広く分布し、沖に浮かぶ島や海山の周りに好んで集まります。全長はおよそ3m。そして近縁のサメと同じく、卵ではなく子を産むことが特徴です。ガラパゴスザメの子供は胎盤に似た構造を通じて母親から栄養を受け取り、生まれてくる子は体長数十cm。またガラパゴス諸島においては、アシカの子や、海から上がってきたウミイグアナを襲うことがあると言います。
シュモクザメといえば、その頭の形が特徴的です。左右に張り出したハンマー状の構造で、目は両端に、鼻孔もまた大きく離れて位置しています。この形の意味は、長い間議論の対象となってきました。よく言われるのは、電気を感じる能力が高いからという説です。しかし、同程度の大きさのメジロザメと比べる実験を行ったところ、電気の検知には差がありませんでした。現在では、電気を感じる器官が広い面に散らばっているため探査範囲が広いこと、そしてその平たい頭により高速で旋回できるためという説が有力です。
ガラパゴス諸島のダーウィン島とウルフ島においては、数百匹のシュモクザメが渦を巻くように群れる光景が見られます。なぜここまで群れるのかは明らかになっていませんが、ガラパゴス諸島に集まる成体たちは、互いに血縁関係がないことが分かっています。群れは家族ではなく、全くの他人が同じ場所に集まっているのです。
ジンベエザメは現生の魚類で最大の種です。体長は最大で20m近くにもなり、皮膚の厚さは場所によって10cmになることもあります。ガラパゴス諸島では、北端のダーウィン島に毎年7月から12月に現れることが知られています。しかもほとんどがメスであり、多くの場合、まるで妊娠しているかのように腹部が大きく膨れ上がっているのです。
実は、ジンベエザメの繁殖を人類はまだほとんど目撃したことがありません。もし本当にガラパゴス諸島を訪れたジンベエザメが妊娠しているのなら、それは大発見になるはずでした。しかし詳しく調べたところ、彼女たちは妊娠をしているわけではなく、その行動目的は明らかになっていません。残念ながら、世界最大の魚の繁殖はまだ謎のままというわけです。
ガラパゴスベニイワガニは、ガラパゴス諸島で多く目にすることのできるカニです。甲羅の幅は8cmほどで、赤、オレンジ、黄色の鮮やかなまだら模様を持っています。この種もガラパゴスと名前にありますが、ガラパゴス諸島の固有種ではなく、東太平洋の沿岸に広く分布しています。しかしガラパゴス諸島においては、先ほど紹介したウミイグアナと共生関係を築いています。ガラパゴスベニイワガニがウミイグアナの体からダニをつまみ取る様子が、たびたび目撃されています。カニは餌を得て、イグアナは寄生虫を落としてもらう。これは掃除共生と呼ばれる関係であり、双方に利益があると考えられています。
ガラパゴス諸島は、海底火山の噴火により地上に姿を現した新しい島です。そのため生き物にとっては、文字通りゼロから始めるしかない場所でした。たどり着けたのは、流木にしがみつくか、風に流されるか、鳥に運ばれるか、偶然に耐えられたものだけです。彼らはガラパゴス諸島の孤島という特異な環境に適応すると同時に、いらなくなったものを捨ててきました。それが近代においては、弱さにつながっている面はあるでしょう。実際、ガラパゴスゾウガメの数や種数が人間により激減したことは、先ほど紹介した通り。
しかし希望はまだ残っています。1959年、エクアドルは陸地の97%を国立公園に指定し、1978年にはユネスコの世界自然遺産に登録されています。ヤギは排除され、ネズミは根絶され、エスパニョーラ島のゾウガメは2000頭を超えるようになりました。
ガラパゴス諸島が進化の実験室と呼ばれるのは、そこに答えが並んでいるからではありません。ダーウィンがそうしたように、今も誰かが問い続けている場所だからなのです。
今回のバイエンスはここまで。またお会いしましょう。
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