部員8人から箱根3位へ:城西大学・櫛部静二監督が語るチームづくりと低酸素トレーニング
PIVOT 公式チャンネル城西大学男子駅伝部は、創部当初は部員が8人しかおらず、箱根駅伝では3年連続11位という時期も経験した。そのチームが2024年の箱根駅伝で総合3位に入った。この回では、2001年から同部を指導する櫛部静二監督と、教え子で箱根6区を走ったOBの三田翔平氏が、その過程を振り返っている。聞き手は元NHKアナウンサーの西川典孝氏で、桐蔭学園陸上部で三田氏の後輩にあたる。
櫛部監督は、自分たちを「巨大企業に立ち向かうベンチャー企業」と位置づけてきた。人材も知名度も環境もない状態から伝統校に勝つために何を考え、どんな手を打ってきたのか。話題はチームマネジメント、5区・6区の走り方、低酸素トレーニング、そしてランナーの速さを決める3つの指標に及んだ。
指導者と教え子の関係
三田氏は在学中の櫛部監督について、選手にとても寄り添う指導者だったと振り返る。当時は監督自身も学生と一緒に朝練習を走っていた。距離は学生と同じ12〜13km程度で、集団で走る。三田氏によれば、学生たちは全力で走っていたのに、専門の違う監督にまったく勝てなかったという。監督は当時について「朝練習に命をかけていた」と笑った。
櫛部監督は早稲田大学時代に箱根駅伝を4年連続で走り、3年生のときに1区で区間賞を取った。1年生のときは食あたりになったが、代わりの選手がいなかったため無理を押して走ったという。一方、西川氏は、三田氏が2年生で走った6区を鮮明に覚えている。一斉スタートの集団で山を下る姿をテレビで見て涙を流し、スポーツ実況を志してNHKのアナウンサーになったと明かした。
「常連校」と呼ばれるようになった現在
直近1年間、城西大学は三大駅伝すべてで1桁順位に入っている。箱根では2024年に総合3位、今年1月の大会では7位だった。櫛部監督によると、3位に入った瞬間はそれほど実感がなかった。しかし去年から今年にかけて、ようやく「常連校」「強豪校」と呼ばれるようになったという。
三田氏の世代は11位を何年も続けた世代で、シード権を獲得したときには三田氏自身はインフルエンザで走れなかった。出られるか出られないかという時代を知っているからこそ、今の活躍は誇らしいと話している。
留学生の成長を支えたコーチの存在
西川氏は、城西大学が強いのは外国人留学生がいるからではないかという声があることを取り上げた。去年、ヴィクター・キムタイ選手は三大駅伝で区間賞を取り、区間新も記録している。
櫛部監督によれば、キムタイ選手は入学当初はそれほど強くなかった。5000mなどトラック種目では入賞もしていたが、距離が長くなると途端に走れなくなったという。監督は、これは留学生に共通する傾向ではなく、5000m以外の種目に興味がないという彼特有の性格だったと説明する。そこから記録が伸びたのは、担当コーチが熱心に、厳しくも優しく彼に接し、練習の裏でフォローを続けたからだと監督は見ている。
ほかにも、斎藤将也選手が去年の箱根で5区区間2位に入り、今年は4年生の柴田選手が日本選手権などで活躍している。監督は、選手たちが自分の予想を超えるような記録を出してくると語った。日本選手権でMCを務めていた西川氏も、柴田選手が予選をトップで通過したことに驚いたと話している。
3年連続11位の時代に足りなかったもの
箱根駅伝への初出場は2004年である。その後は19位という年もあり、2019年には20位だった。予選会で敗退した年や、途中棄権の年もある。2006年からは3年連続で11位となり、あと一歩でシード権に届かなかった。三田氏の誕生日が11月11日だったことから、「11に呪われている」とよく言われたという。
当時足りなかったものについて、櫛部監督は内面の問題を挙げる。当時の部員は高校時代から活躍してきた選手ではなく、入学後に力を積み上げてきた選手たちだった。強い選手に勝つための練習はある程度できていた。しかし「あの選手に勝ちたい」「あのチームに勝ちたい」という気持ちが弱かったと監督は振り返る。歴史の浅いチームが伝統校や強豪校のあいだを勝ち上がる難しさを、ずっと感じていた時期だった。
2023年に9位に入ってからは、3位、6位、7位とシード権を守り続けている。監督はその理由として、マインドの変化に加え、新しいトレーニングを次々に取り入れて他校とは違う色を出そうとしてきたことを挙げた。自身の競技のルーツは古い時代の練習、つまり量や距離を重んじる練習にある。簡単に言えば、ハーフマラソンを走るためにフルマラソン用の練習を課すような状況で、これは城西大学に限らず他校にも言えることだという。そこに自分なりの考えを加えて変えてきた、と監督は語った。
5区:前傾ではなく体を起こして登る
ここ4年間、城西大学は5区で4年連続3位以内に入っている。区間新も1度出しており、山本唯翔選手と斎藤将也選手がこの区間を走った。
櫛部監督は、すべてが完璧に説明できるわけではないと断ったうえで、まず走り方に特徴があると説明する。平坦なコースと傾斜のある5区とでは走り方が違う。階段を登るときのように、足が通常より早く着地する場面が出てくるという。
さらに、山本選手と斎藤選手の走り方は正反対だった。山本選手は接地時間を長くとるタイプで、斎藤選手は接地時間が短い。一般には「山を登るときは前傾しろ」と言われ、三田氏もそう教わってきた。しかし監督は、下りも前傾、登りも前傾というのはどういうことなのかをずっと疑問に思っていた。斎藤選手の走りを観察すると、意外にも体を少し起こして走っていた。監督がトレッドミルに傾斜をつけ、体を起こして真似して走ってみたところ、これは楽だとはっきり感じたという。常識とされてきたことが正しいかどうかは、やってみないと分からないという話になった。
6区:ブレーキをかけずに斜面へ乗り込む
山下りの6区について、三田氏はブレーキをかけないことを最優先していたと話す。斜面にそのまま乗り込むようにして下っていく。「頭が壊れているような選手でないと行けない」区間だと笑いながら語った。
6区では足の皮がめくれるなど、選手の足が悲鳴を上げることが多い。ところが三田氏は走り終えたあと、足がまったくの無傷だった。三田氏の見方では、不安を感じて少しでもブレーキをかけると、足の裏がこすれて皮がむけてしまう。三田氏の年は一斉スタートだったため、前日に仲間と電話で「行くしかない」と話し合い、スイッチを入れて思い切り下ったことが無傷につながったのではないかという。三田氏は、この区間では恐怖をなくさなければならないと語っている。
「巨大企業に立ち向かうベンチャー」という自己認識
櫛部監督がチームをベンチャー企業にたとえ始めたのは、立ち上げからしばらくして伸び悩んだ時期だった。当時は「スタートアップ」という言葉はまだ一般的でなかったが、世の中のベンチャー企業と自分たちの立ち位置を重ねた。相手は監督の出身校である早稲田のように、100年以上続く伝統校である。どうすれば勝てるのかをずっと考えていたという。
最初は、スタートラインに立つ段階から負けていた。強いチームが遅れてやってきても、城西の選手は最前列を譲ってしまう。監督はこれを心の弱さと捉え、初めから負けている状態をどうにかしなければならないと考えた。
創部時の課題として、監督は3つを挙げた。1つ目は人材がいないことである。当初の部員は8人で、箱根の10区間すら埋められなかった。2つ目は知名度のなさである。「城西大学はどこにあるのか」と聞かれ、大学名を「しろにし」と読まれることもあった。リクルートは当時の監督が主に担当し、櫛部監督はチームの知名度を上げるために各地のマラソン大会に出向いた。城西大学の名前をつけて走り、マラソン教室も開いた。高校へスカウトに行くと、逆に「どこどこ大学に行くにはどうしたらいいか」と相談されることもあったという。
3つ目は環境がないことだった。グラウンドはオールウェザーの上に土が乗り、ほとんど意味をなさない滑りやすい状態で、雨の日はひどかった。ロードのコースや山のクロスカントリーコースを探すなど、少しずつ環境を整えていった。現在は人工芝のグラウンドを含めて施設が整い、OBの三田氏が久しぶりに訪れて城西ではないと思うほどだという。
箱根出場は立ち上げ当初から掲げた目標で、5年計画だった。予選会は前年に行われるため、2004年大会の出場を目指し、実際に2003年の予選会を通過して2004年に初出場を果たした。監督は、その頃は楽しかったと振り返っている。
6区に選ぶ選手と区間配置の考え方
目標が「出ること」から「勝つこと」に変わるなかで、区間の選び方も話題になった。櫛部監督によれば、6区は運営管理車がつかない唯一の区間である。スタートのかなり前に話をしておき、あとはウォーミングアップや最終コールがあるので、直前にはほとんど話ができない。普段から言いたいことを伝えておき、最後に「頼むぞ」と送り出したあとは選手本人に任せるしかない。約1時間、今では60分を切る選手も多いが、その時間を1人で走り切る気持ちの強さが求められるため、そういう状況でも走れる選手を選ぶという。
三田氏は、その考えを聞いて、そういう配置をしてもらっていたのかと初めて知ったと話した。いい意味でも悪い意味でも、運営管理車の声が聞こえないほど没頭できる選手や、思い切って行ける選手が6区に向いているのではないかという。実際、三田氏は走っている最中に前後のタイム差などの情報がなかった印象がある。最後の直線で「区間賞を狙えるぞ」と言われたときも、そんなはずはないと思ったが、結果は区間2位に近い位置だったという。
櫛部監督によると、コースの要所には情報を伝える係がいる。ただ6区はスピードが出るので風切り音で声が聞こえにくい。昔は電波が入らず、情報がうまく伝わらないことも多かった。そのためボードを掲げて見えるようにするなど工夫していたという。また一斉スタートの場合は、見た目の順位と実際の順位が異なるので、判断がさらに難しくなる。
区間配置で最も重要な区間を1つ選ぶよう求められると、監督は「どれも重要」としたうえで、1区、2区、5区あたりを挙げた。三田氏も、駅伝は前半が大事で、選手たちは単に10人に入るより前半を任されるメンバーに入りたくて頑張っていると話す。最近は高速化が進み、1区や2区で遅れると取り戻しにくい。監督は、箱根ではひどいときには1km先まで前の選手がいないこともあり、特に3区の直線で誰もいない状況は本当にきついと語った。
低酸素トレーニングの原点:ケニア、エチオピアの選手の強さ
もう1つの柱が、2012年頃から本格化させた低酸素トレーニングである。櫛部監督は高校時代から海外のレースに出ており、ケニアやエチオピアの選手の圧倒的な強さを間近で見てきた。その理由の1つは標高2000m以上の土地で生活していることにあると考え、日本人にも高地トレーニングが必要だと選手時代から考えていたという。その後、低酸素環境を人工的に作れるようになり、個人でも導入できる時代になったので、現場で使いたいと考えて始めた。
西川氏は、これを社内ベンチャーのようだと表現した。監督は、環境がないなら作り出す、できるかどうかよりもまずやってみる、という考えで進めてきたと説明している。
酸素カプセルから低酸素ルームへ
三田氏が在学していた2008〜2009年頃、寮の一室が空けられ、そこにドラゴンボールに出てくるようなカプセルが運び込まれた。これは回復用の高酸素カプセルで、学生たちは「この中で寝ろ」と言われた。1人しか入れないという難しさもあった。三田氏は、監督が酸素に注目していろいろ試していることは感じていたが、当時の学生は意味を分からずに使っていたと振り返る。監督は「説明はしたのだが、聞いていなかった」と笑った。
その後導入したのは、逆に空間を低酸素にする装置で、目的は体を鍛えることだった。海外からの輸入品なので価格が高く、1台が約80万円した。監督は、山にこもると強くなるという昔からの話はあながち嘘ではなく、酸素の少ない環境で心肺機能が鍛えられるということだと説明する。
学内の研究費だけでは費用が追いつかなかった。また、睡眠用の設備は1人ずつしか使えず、選手はたくさんいる。そこで部屋全体を大きくし、トレーニングを重視した低酸素トレーニングルームを作ることにした。まず睡眠時の低酸素に関する論文を出し、それが大学に認められて設置が実現したという。西川氏がベンチャーの資金調達にたとえ、見返りを求められなかったかと聞くと、監督は「うまくかわした」と答えた。
高地の酸素と「分岐点」の標高
櫛部監督によると、ケニアの選手たちは標高の高いところでは2800m程度に住み、そこでトレーニングしている。古い研究だが、ある研究者が彼らの強さを探り、酸素の少なさが大きな要因の1つだと考えた。一方、標高0mに近い土地で暮らす日本人がいきなり2000mの高地に行くと、適応にかなりの時間がかかる。トレーニング自体はできても、強度などの質を保つのが難しい。そこでその研究では、高地で暮らし、低いところに降りてトレーニングすることで質を担保する方法が考えられ、これが世界中に広まったという。
平地の酸素濃度は約20%だが、高地では標高によって15〜16%程度になる。監督は、わずか5〜6%の差で人は大きな影響を受けると説明した。日本の選手がよく行く菅平は標高約1200mで、戻ってくると楽に感じられるという。アフリカの高地はそれより1000m以上高いので、適応できれば効果は大きいと監督は見ている。
西川氏は、NHK長野局時代に標高数百mの場所で暮らしていたころ、東京で走ると楽に感じた記憶があると話した。監督は、走ることに関しては標高700m程度が分岐点とされていると答え、それより高いところで生活することにも意味があると説明した。厳密には2000〜2800mがよいとされる。一方、アンデスやチベットのように高すぎると今度は運動ができなくなり、別の要素が出てくるという。
寝ながら赤血球を増やす
番組で紹介された「寝ながら鍛える」という表現について、監督は次のように説明した。睡眠中に低酸素環境に身を置くと、赤血球とその中のヘモグロビンが増える傾向がある。スライドでは9%とされていたが、監督は数%のわずかな増加だとしている。それでも赤血球が増えれば酸素を多く運べるようになり、標高0mに近い場所で走ったときに楽に感じられるという。
番組では、2500m相当の環境で暮らし、低地で練習したグループだけが5000mのタイムを13.4秒縮めたという研究も紹介された。監督は、この研究の「低地」は厳密には1200〜1300m程度の準高地だったと補足し、それほど人は酸素量の影響を受けるのだと述べた。
三田氏は、ジョギングやLSD(ロング・スロー・ディスタンス)は酸素を運ぶ能力を高めるために行う面が大きいので、それを寝ながらできるのは非常に魅力的だと話した。ただしLSDと組み合わせることが前提だという。監督も、寝るだけでは効果は足りず、相応の練習をしたうえで管理することが大事だと強調した。具体的には、起床時の心拍数や、指先につけるパルスオキシメーターで測った酸素の結合度合いを記録し続ける。三田氏は、寝ることにはそれほどストレスがかからないので、その小さな積み重ねが大きな結果につながっているのではないかと話している。
学生が信じるようになったきっかけ
当初、学生たちはこのトレーニングを信じなかった。監督は「見えないものとの戦い」だったと語る。酸素カプセルと同じく、説明しても右から左に抜けてしまい、理解してもらうのが難しかった。練習自体もきついので、学生は嫌がったという。
変化のきっかけは2つあった。1つ目は卒業生の村山紘太選手が、卒業1年目に1万mで日本記録を出したことである。彼は在学中から低酸素での生活とトレーニングを続けており、後輩たちはそれを知っていた。
2つ目は、3000m障害の山口浩勢選手である。2020年の東京オリンピックを目指していた山口選手は、2018年頃に「人生の最後をかけて東京オリンピックに出たい」と言って、低酸素トレーニングをさせてほしいと頼んできた。そして約1年半から2年、学生と一緒に生活しながら取り組んだ。当時29〜30歳だったが、記録は8分31秒から8分20秒を切るまで伸び、オリンピック代表になった。監督は、短期間でその成長が見られたことが大きかったと振り返る。目の前で結果が出たことで、それまで空きが多かった低酸素ルームが満室になったという。
速さを決める3つの数字
後半では、トップ選手だけでなく市民ランナーにも関わる「速さを決める3つの要素」が取り上げられた。監督は、世間で行われているトレーニングの多くは間違っていないとしつつ、練習を組み立てる際にこの3つを軸に、そのトレーニングがどれに影響するかを考えると分かりやすいと話す。
1つ目は最大酸素摂取量(VO2max)である。運動中に体重1kgあたり1分間にどれだけ酸素を取り込めるかを示し、数値は高いほどよい。番組の資料では、サブ4ランナーが約55、サブ3ランナーが約60、箱根ランナーが約70、キプチョゲ選手の推定値は80台とされていた。監督は、市民ランナーの値が低いのは、その強度で練習していないから上がらないという見方もできると指摘する。上げようと思えば上げられるが、55の人が上げたいなら55が出る強度で練習する必要がある。マラソン自体の強度は低く、最大値が求められるのは最後の最後くらいなので、マラソン練習では刺激されにくい。ただ、上限が高ければ余力がまったく違ってくるので、市民ランナーやマラソンランナーも時々はこの領域を刺激する必要があると監督は述べた。
2つ目は乳酸性作業閾値(乳酸閾値)である。血中にどれだけ乳酸が出ているかを見る指標で、400mのような短い距離では乳酸をためても耐えられる能力が重要になる。一方、長距離、特にマラソンでは、乳酸をできるだけ低く推移させたい。資料のグラフでは、学生の長距離ランナーの例として、横軸に速度(1分間に何m進むか)、縦軸に心拍数と乳酸値が示された。心拍数は強度に比例してほぼ直線的に上がるが、乳酸はある速度までほぼ横ばいで、そこから急に上がり始める。この点が乳酸閾値で、これがより速い速度側に移るほど、速く走っても乳酸が出にくく、余裕を持って走れる。多くの長距離ランナーはこの指標を重視しているという。
3つ目はランニングエコノミーである。監督は双子のランナーを例に挙げた。2人とも1kmを3分のペースで走ったとき、1分間に使う酸素量がAは60、Bは66だったとする。同じ強度で酸素摂取量が少ないAのほうが、必要なエネルギーが少なく効率がよい。つまり燃費がよい。この差には、フォーム、筋力、生まれ持った体の特徴、さらに細かく言えば神経機能などが関係するという。
西川氏は、VO2maxを車のガソリンタンクの容量、ランニングエコノミーを燃費にたとえてまとめた。監督は、エネルギーがなくなるとマラソンでは力が入らなくなると付け加えた。三田氏は、マラソンでは頑張るとエネルギーを使ってしまうので、頑張らずにどれだけ省エネで走れるかが大事であり、それを可能にするのがフォームや筋力だと話している。監督は、マラソンランナーにとっては2つ目と3つ目、つまり乳酸とエコノミーを見ることが特に重要だとした。3つの要素をどう高めるかについては、次の回で具体的に扱うとされた。
箱根は目的ではなく手段
最後に櫛部監督は、「大きな声では言えないが」と前置きしたうえで、箱根駅伝は最終的な目的ではなく手段だという考えを示した。箱根駅伝はもともとトレーニングとして取り入れられたもので、それが競技として面白いと注目され続けた結果、オリンピック種目との「逆転現象」が起きているのが実情だと監督は見ている。駅伝を利用しつつ、オリンピックや世界大会で海外の選手と戦うことを考えていきたい、と監督は語った。
箱根駅伝で結果を出すまでの物語。2024年に総合3位に入りました。いや、もうすごいなっていう一言ですね。これどういうふうに例えられてたんですか? 巨大企業に立ち向かうベンチャー企業。創部時の課題をちょっと挙げていただきたいんですけど。企業で言えば人材がいないっていう。人がいない。何人だったんです? 当時は8人ですね。8人ですか?
スカウトで行ってるのに、どこどこ大学に行くにはどうしたらいいかなみたいな相談を受けるという。グラウンドもオールウェザーに土が乗ってですね、全く意味がないような。少しずつ環境を整えようってことで。低酸素の環境を人工的に作るっていうのが、できるようになって、これをなんとかこの現場で使いたいと。1台、空気清浄機みたいなものが80万ぐらいするわけです。80万。人はその酸素の量に影響を受けるわけですね。
でもこれどうなんですか?最初はみんな信じてたんですか? いや、全然信じてないですね。こんにちは。
MCの西川典孝です。今日は箱根駅伝3位の裏側、チームマネジメントと最新科学で最下位から表彰台まで登ったその過程というのを聞いていきたいと思います。ゲストをご紹介します。城西大学男子駅伝部監督の櫛部静二監督です。よろしくお願いします。 よろしくお願いします。
そしてもう一方です。PIVOTには2回目の登場となります。KIZUNA TOKYO主宰、城西大学OBの三田翔平さんです。よろしくお願いします。 よろしくお願いします。
まず三田先輩とは、僕の桐蔭学園時代の陸上部の先輩であるんですけれども、三田先輩が指導されていたのが櫛部さんということになりますよね。 はい、そうです。 どんな方だったんですか?
いや、もうスマートでですね、走りもすごく良くて、なんでこれで走れないんだろう。そんな4年間でしたが、3年生、4年生の時にしっかり走ってくれてですね。
2年生の時の山下り、僕めちゃくちゃ覚えてて。箱根で東洋と早稲田がもう爆走してる時の、集団で行った、あの6区一斉スタートした。僕あれ見て涙しながら日テレを見て、いつかスポーツ実況をやりたいと思って、僕NHKのアナウンサーになったんですよ。 ああ、スポーツ実況。ありがたいですね。
僕、陸上途中で逃げてやめちゃったんで、もう嫌になってやめちゃった時に。 途中逃げそうになりました、彼。 ギリギリ。 ギリギリ。
当時の話もちょっと聞きながら行きたいと思うんですけど、三田先輩にとって監督はどういう監督なんですか?
もう生徒にどれだけ寄り添ってくれてるんだっていうのを非常に感じてて、本当に寮とか練習も僕ら当時は一緒にやっていただいて。 え、そうなんですか。 はい、やってましたね。 僕らめちゃめちゃ頑張ってて、櫛部さんは指導をやっていただいてるのに、専門が違うのに勝てないですね。勝てなかった。全然勝てなかった。 もう朝練習に命をかけてました。 何キロ走ってたんですか?朝は。 いや、朝は学生たちと同じぐらいの距離ですね。12、13kmぐらい、集団で走るんですけど。
早稲田大学時代に1区区間賞を取ったの、あれ何年生の時ですか? あれはですね、3年生です。 3年生ですか。そうか。1年生の時に結果を出して、なんかプレッシャーになってたみたいな話しましたね。 そうですね。いや、プレッシャーでもないんですけどね。食あたりになって、もう代わりの選手がいなかったので、無理やり走らされましたね。
当時の部活の雰囲気がちょっと思いやられますけど。 いやいやいや。 ちょっと聞いていきたいと思います。まずですね、今日のテーマは3つです。箱根駅伝の常連、2つ目がチームマネジメント、3つ目が低酸素トレーニングと題しています。陸上ファンの方もいらっしゃると思いますし、走られる方もいると思いますし、箱根駅伝ファンの方もいると思いますので、ぜひ裏側を楽しんでいっていただければと思います。さあ、まずこちらです。三大駅伝、今は全て1桁順位というこの1年間ですけれど、箱根駅伝ですと2024年に総合3位に入りました。で、今年1月の大会では7位というところで、6位、7位と今来てますけれど、1回表彰台に食い込んで。表彰台ってすごくハードルが高いのはもう存じ上げているんですけれど、この辺りってどうですか。常連にはなったかなというふうに僕は思ってるんですけれど、櫛部監督としてはどうですか?
そうですね、その3位になった時の瞬間はそうでもなかったんですが、ここに来てですね、それを経て、今年だったり去年あたりからですね、常連校とかですね、強豪校とかやっと言っていただけるようにはなりましたね。
三田先輩としてはどうですか?当時走られてた時から、今の城西大学の活躍というのは。 いや、もうすごいなっていう一言ですね。僕らはもう11位を何年も取り続けてた世代で。 その時期だね。 そうですね。で、ようやくシード権を獲得した。ただ僕その時インフルエンザで走れてないんですけども。そういった本当に行けるか行けないかぐらいの時をやってたので、今は本当に誇らしいですね。 ああ、なるほど。
三大駅伝のこれ見ると、去年はキムタイ選手が区間賞、区間2位、区間2位で、区間新を出すという。よく言われがちな、外国人留学生がいるから強いんじゃないかっていうところを耳にすることもあると思うんですけど、その辺りというのはどう捉えてますか?
ビクター・キムタイはですね、入った時はあんまり強くなかったんですよね。 あ、そうですか。 はい。トラックこそ5000mとかは頑張って入賞したりはしてたんですけど、長い距離になると途端に走れないんですよ。 これやっぱ外国人留学生あるあるですか? いや、彼特有のあれですけど、必死ですね。まあ、5000以外の種目は興味ないみたいな。そういう感じなんです。 頼むよっていう。 よくここまで育ちましたね。 そうですね。これにはですね、うちの嵐コーチってのがいまして、彼がすごく熱心で、厳しくもあり優しくもあり、すごく可愛がってですね。その練習の裏にフォローがあったから、この記録が出たのかなって思いますね。
特に去年の箱根駅伝ではキムタイ選手だけでなく斎藤選手も山登りで区間2位で、そして今年は4年生に上がった柴田選手が日本選手権を含めてすごく活躍をしていて、どんどん新しい選手が出てきますね。 そうです。監督しながらですね、みんな自分が思ってるよりも驚くような記録を出すんで。 あ、そうですか。 ちゃんとやってるなと思って。
僕、陸上の日本選手権のMCをしてたので、まさか予選あそこトップで上がってくると正直思ってなくて、あれ、城西大の子が上がってきたと思って、すごく嬉しかったんですよね。 ありがとうございます。
ちょっと箱根駅伝というところに少し絞って見ていきたいんですけれど、2004年の代からこれ見ていくと、19位、時にはですね、2019年に20位という結果もありました。中には予選会落ちもありましたし、棄権という年もありました。で、その棄権が三田先輩の代ではあるんですけれど。 自分が走った年ですね。すいません。 どうでしたか?今につながる必要な時期だったとは思うんですけれど、なかなか成績が出ない苦しい時期というのはどういうふうに捉えられてたんですか?
歴史もないチームだったので、強豪校だったり伝統校がいる中で勝ち上がっていかなきゃいけない難しさってのをずっと感じてた時ですね。 11番、11番、11番っていう。 ありましたね、3年連続で。 僕の誕生日が11月11日なんですよ。11並びで、なんか呪われてるんじゃないかみたいなことをよく言われましたけど。 なんなら1位が良かったですね。
あの時は例えば2006年からの3年間というのは、10位のシード権に届かないのには何が足りないってずっと思われてたんですか?そん時は。 元々高校時代から活躍してきた選手たちじゃないんですよ。言ってみれば積み上げてきて強い選手たちに勝つための練習はある程度できていたと思うんですが、いわゆる内面的な気持ちっていう部分がちょっと不足してたのかなと。あの選手に勝ちたいとか、あのチームに勝ちたいとかっていうものがちょっと弱気だったかなっていうふうに思いますね。
でもそこからずっと苦しみながらも、2023年で9位に入ってからは3位、6位、7位とシードをずっと確保し続けてます。強くなったのは何があったんですか?これは。
やはり先ほどの11番の時期からですね、そういうマインドもそうなんですけど、また新たなトレーニングをどんどん取り入れていって、他とは違う色を出したいっていうので進めてきました。
へえ。いわゆる青学とか駒澤みたいに今強い巨大な2校に対して、何か届いてないっていう感覚なのか、違う練習とか違う特徴を今持たれてるような感じのお話し方でしたよね。
そうですね、これはもう話すとすごく長くなるんですが、自分の競技のルーツがですね、やっぱりものすごく古い時代で、要は量を重んじるというか、距離を重んじるような練習なんですよね。簡単に言えば、ハーフマラソンを走るのにフルマラソンを走るような練習を多くは課してるっていうか、そんな現状があって。これはうちだけじゃなくて他のところにも言えるんですけど、そこに自分なりのエッセンスというか考えを入れてですね、変えていったっていうことですかね。
特にこの4年間、結果が出てるのは、箱根といえばやっぱり山登りではあるんですけれど、この5区で4年連続3位以内ということで、山本選手、斎藤選手が走って区間新も1度出してるということになります。この上りの強さっていうのは、櫛部監督の中ではやっぱり理論めいたものがあって、理由づけられるものはあるんですか?
そうですね。全て完璧というわけではないんですけど、まず走り方に特徴があって、フラットなコースを走るのと、傾斜がついてる5区特有のコースではですね、走り方がやっぱり違うんですよね。階段を登るかのように、足が通常よりも早く着地する場面が出てくるんですよね。そういった特徴があって、それに合わせた走りがありつつ、また山本唯翔と斎藤将也の走り方っていうのが真逆というか。 あ、違うんです。 違うんですよね。 同じタイプじゃないんですか? どちらかと言えば山本は接地時間を長くするタイプ。
斎藤はですね、接地時間は短いんですけど、山の傾斜に合わせて自分の体を前傾にするっていう。一般的に山を登る時ってのは前傾していけって言われた。 言われました。 だからそもそも下りの傾斜で前傾で行って、登りでまた前傾っていう、これはどういうことなんだろうっていうようなことをずっと考えていて。もちろん自分のパワーポジションってのはあると思うんですけど、そうした時に斎藤をずっと見てると、意外にちょっと起こした感じで走るわけですから。
で、自分もちょっと真似して走ってみた。 すごいですね、実践的。 トレッドミルの上でですね、ちょっと傾斜をつけて自分の体を起こして走ったら、これは楽だなってのはすごく感じて。 へえ。じゃあやっぱ今まで常識とされてきたものが本当に正しいかどうかってのは、やってみないとわかんないって。 そうですね。
ちなみに山下りはどうなんですか?何か特徴とか、こうすると走りやすいとかあるんですか? 山下りはとにかく、僕はブレーキをかけないってことが最優先だったので、斜面に対してそのまま乗り込むような感じで下っていく。あとは頭がぶっ壊れてるやつしかなかなか行けなかったりもすると思うので。 そうですね。だってもう暴走機関車みたいになってるじゃないですか。足なんてもう悲鳴を上げて、皮とかすごいめくれるんですよね。 自分はもうそれこそ行き切っちゃったんで、終わった後、足が全く無傷だったんですよ。 そうなんですか。行き切っちゃったって、どういうことです?
多分ブレーキをかけちゃうように、ちょっと不安で、後で足がどうなっちゃうのかなとか心配で、ちょっとでもブレーキをかけると、やっぱり足の裏が擦れて、足の裏がむけたりとかするんですけど、僕の時はもう一斉スタートだったので、もう行くしかないねって、前日にもみんなで電話して、もうこれ行くしかないよねみたいなことを言って、多分スイッチをかなり入れて、もう思いっきり行ったんで、多分そうなったのかなと思います。恐怖はもうなくさないとダメですね、あの区間は。
あ、そうか。なくせるように、本番でそうできるように、多分1年間積んでくる練習もあるとは思うので。実際に、じゃあ箱根駅伝で結果を出すまでの物語というのをここから聞いていきたいと思います。これどういうふうに例えられてたんですか?
巨大企業に立ち向かうベンチャー企業ということで。その頃ですね、ちょうど立ち上げてしばらくすると、やっぱり伸び悩みっていう時期があったんですよね。そうした時に、世の中のベンチャーだったり、言葉としては今ではスタートアップとかよく言われますけど、当時はベンチャー企業っていうようなことで、まさに自分たちはそういった位置付け、立ち位置だっていうことで。巨人ってなると、出身の早稲田だったり、そういう伝統校、言ってみれば100年以上続いてるような大学が相手なわけです。ですから、それにどうやったら勝てるんだろうっていうことをずっと考えてましたね。
これめちゃくちゃ面白いですね。だって日体大とか、ああいう超伝統校みたいに、もうどれだけOBもいて、施設もキャパも色々あるみたいな学校に比べて、ゼロから作っていくわけですよね。
そうですね。最初はですね、スタートラインに立つ時に、他校の強いチームが遅れてきたにもかかわらず、1番前を譲っちゃうっていう、心の弱さというか、自分たちはもう初めから負けてる状態だったわけですよ。これはなんとかしなきゃなっていうので。彼の時はだいぶ少しずつ力をつけてきてですね。
創部時の課題をちょっと挙げていただきたいんですけど、どうだったんですか? まさに選手がいない。企業で言えば人材がいないっていう。 人がいない。何人だったんです? 当時は8人です。 8人ですか?8人じゃ出られない。 そう。まずそこからスタートだったんですよね。10区間をまず埋められないぐらいで、名前もない。 ああ、そうか。誰も知られてない選手たち。 そう。城西大学ってどこにあるのみたいな。 あ、そうか。大学名も確かに、しろにしって考えちゃうっていう。なかなかそうなると入ってこないですもんね。 いや、そうですよね。
リクルーターとかどうだったんですか? 当時の監督と一緒にやってて、その監督が主にリクルートっていうことで。自分は知名度をチームとして作らなきゃいけないなっていうので、いろんなマラソン大会を回ったりとかして、城西大学ってつけて走ったりしましたね。マラソン教室もやったり。 うわ、地道ですね。それでまず認知してもらうみたいな感じじゃないですか。
でもそれでも、例えば高校生に話しかけたりとか、その高校の監督とかに話しかけるわけですよね。反応どうだったんですか?それは。 スカウトで行ってるのに、どこどこ大学に行くにはどうしたらいいかなみたいな相談を受けるという。 高校の先生かなみたいな。 そう、そう、そう。 むしろつなげてくれないですかね。 もちろん言われましたね。どうやったら入れるんだ。
でも当時、3つ目の課題として。 環境がないっていうので、グラウンドもオールウェザーに土が乗ってですね、全く意味がないような、滑るグラウンドだったんですね。 雨、大変ですね。 そう、ひどかったんですよ。あとロードのコースとか、山、クロスカントリーのコースとかちょっと探したりして、少しずつ環境を整えようってことでやりましたね。
当時と比べて、今もすごいですもんね。久しぶりに行ったら、もう城西じゃないと思うぐらい。 OBがそう感じてしまう。 やっている自分もですね、人工芝のグラウンドを見てると、どこだここはっていう。 1つの巨大スポーツ施設みたいな。
箱根を目指すっていうのは何年目から掲げてたんですか? 箱根はですね、立ち上げの時から掲げていて、5年計画っていうことでやっていたんですね。なので2005年目標ってことだったんですが、実質予選会は前の年にありますので、2004年のってことだったんですけど、実際にはですね、2003年の予選会で通過して、2004年で初出場っていう運びになりました。 深いですよね、創部の時はね。 そうですね。その頃は楽しかったですね。 別の意味で。 確かにね。
で、実際に今はおっしゃっていたように施設もすごく整ってきたという中で、今度は出るのが目標だったところから、勝ちに行くことが目標になっていくわけですよね。ノートの中で僕すごい面白いのを発見したんですけど、この6区っていうのはどういう選手を選んでるんですか?
ここはですね、唯一運営管理者っていうのが付けないところなんですよね。ですので、スタート前、随分前にちょっと話をして、選手はもうウォーミングアップと最終コールだったりがあるので、ほとんど話はもう直前にはできないんですよね。言いたいことを日頃から言って、最後に頼むなっていうことで、もうあとは選手本人なんですよね。ですので、その1時間ちょっと、今では60分を切る選手が多いんですけど、約1時間の中で1人で走らなきゃいけないっていう。そういった気持ちの強さっていうのが求められる区間ですので、6区はそういった状況でも走れる選手を選びますね。 なるほど。
僕もNHK時代、ラジオで箱根の実況があったので、中継の実況をしてたんですけれど、1区でとりあえず出遅れないってことがあるじゃないですか。で、2区のエースと言われながらも、最近は外国人留学生も日本人も強いから、どう配置するのか、1、2区で見るみたいな話もあったりで、5区の山登りみたいなのもありましたけど、運営管理者が外れる場面が1番長いから6区は特殊だっていうのは、考え方として、あ、なるほどって気づいた部分があって。三田先輩、6区を走ってたじゃないですか。この言葉はどう捉えるんですか?これは。
いや、もう本当にそう思っていただいた、そういう配置をしていただいてるんだなって今聞いて。確かに思い返すと、先輩とか後輩はめちゃめちゃしっかりしてて、1人でも何でも行けるような人たちなんで、よく僕を選んでいただいたみたいなところはあるんですけども、でもある種、本当に多分スイッチが入って、いい意味でも悪い意味でも運営管理者からの声が聞こえないぐらい没頭できるような人が走るのはあるのかもしれないですね。というのも、やっぱり6区はちょっと頭が飛んで、もう行っちゃえっていう子たちが活躍できる区間でもあるとは思うので。そういう意味では、信頼してもらっているっていう部分と、あとは本当に行っちゃえって思える部分がある子は、6区に確かに向いてるかなというふうに思ってます。
これだって2区とか、いわゆる平地のところだったら前のバイクが見えたりとか、あれで距離とかが分かるじゃないですか。で、沿道にそれぞれ多分関係者がいて、ウォッチで計ってますよね。6区ってこれどうなんですか? 要所要所にですね、いわゆる情報を伝える係の者がいるんですよね。で、前と何秒差、後ろと何秒差とかちょっと情報を与えるってことで。 確かに今気づいたんですけど、走ってる時そういう情報がなかったなと思って。最後の直線になった時に、区間賞行けるぞって言われて、区間賞?そんなわけないだろみたいな感じになったんですよ。でも見たら、あ、区間2位っていうところはあったので。
あれ、でも今のだと、立ててたけど耳に入ってなかったってことですかね。 確かに6区は速度が速いので、風切り音でもう聞こえないんですよ。 ああ、なるほど。 あと、ちょっと昔だと電波が入らないっていう、そういう情報がうまく伝わらないっていうのも結構あったんですよね。なので、ボードを掲げて見えるようにするとか工夫はしてたんですけど、要はまさに試合に没頭しちゃってるので、それはそれで良かったとは思うんですけどね。 あとは一斉スタートっていうこともあって、多分ぴったり後ろにつけなかったとかっていうのはあったのかなと思いますけど。
確かに、あと見た目の順位と実際の順位がまた違ってくるから、どこでどう飛ばさなきゃいけないかとか、一番こんがらがりますよね。これ難しいね。
ちょっと次のスライドに行く前に1つ聞きたいんですけど、箱根駅伝の区間配置で大事になるのを1個選ぶとしたら何になるんですか? うーん、区間配置。どれも難しいんですが。 どれも重要ですよね、というのは分かったうえで。 どうでしょう?1、2、5ですかね。 やっぱ前半なんですね。 そうですね。 もう駅伝は前半。走ってる側も前半に入りたいと思って、みんな多分、10人に入りたいってわけじゃなくって、やっぱり前半にどれだけ主力メンバーとして入りたいかっていうので頑張ってたりもするので。 そうか。確かに最近どんどん高速化してるから、1、2区で遅れたら結構もう取り戻せないですもんね。 そうですね。箱根駅伝だと、ひどい時には1km先まで相手がいないっていう、特に3区とかですね。 いや、もう直線のところで誰もいないってのは本当にきついですよね。
いや、そうですよね。分かりました。じゃあ実際に結果を残すまでというのが、チームマネジメントというのがありながら、もう1つ秘密があるということで、最新科学。これは何をされたんですか?
これはですね、2012年頃からですかね、始めたんですが、これまた僕個人のルーツというか、高校生時代から海外に行っていて、アフリカの選手、特にケニアとかエチオピアの選手ってのはものすごく強かったんですよね。彼らの強さが異常なぐらい強いわけですよね。今もそうなんですけど。その強さの秘密っていうので、やはり標高2000m以上のところで生活してるというので、そういった高地トレーニングは今後日本人にとっても必要だってのは選手時代からずっと考えていたんですね。で、だんだんと時を経てですね、低酸素の環境を人工的に作るっていうのが、できるようになって、かつ個人でもできるような時代が来まして、これをなんとかこの現場で使いたいという気持ちになって始めたっていうのが。
これがまさに低酸素トレーニング。まるでベンチャーの社内起業なんですけど、先ほど巨大な企業に立ち向かうベンチャーだという話をされてました。環境なかったんですよね。 そうですね。ないから作り出すっていうことで、なんとか捻出してとか、そういう考えのもとでですね、できるかできないかよりも、やってみようっていうようなことから進めていって。 ちょっと1、2、3、順番に教えていただけますか?
当時はですね、そういった機械ができたってのもあるんですけど、海外から入れる関係で、ものすごく高いわけですよ。1台、空気清浄機みたいなものが80万円ぐらいするわけです。 80万。いや、これもうびっくりなのが、いきなり大学の寮の一室を開けろと。で、僕らぞろぞろ出て違う部屋に行くわけですよ。そしたらそこの部屋に、なんかドラゴンボールに出てくるようなカプセルみたいなのがドンと出てきて、なんじゃこりゃっていうのが多分この1番目のやつです。あれですか? それはね、あれだね。高酸素の方だね。高酸素カプセルの方です。
待ってくださいね。色々入れてるんですね。じゃあまず三田先輩がおっしゃってたのは酸素カプセルですか? そうです、そうです。当時ですね。酸素カプセル、要は回復の方ですね。 2009年、10年とかそれぐらいですか? あ、その頃か。 その頃ですね。9年の箱根。その辺です。8年とかに、多分1年の時にドンと、この中で寝ろって言って、いやドラゴンボールじゃないですかって言って。 へえ。 1人しか入れないっていう難しさもあったりとか。なんかその頃から酸素に対して色々とやってくださってるなと思ってたら、自分らは意味を分かってなくて色々使ってたりとかしたので。 いや、説明したんだけど。 聞いてないという。
でも1個、酸素に注目されてたんですね、じゃあやっぱり。 そうですね。 で、その後に80万円で買ったのはどんなやつだったんですか?これは。 今度は空間を低酸素にする、そういう。 あ、あえて。へえ。 要は体を鍛えるというですね。 で、そこからデータを出していったと。
そうですね。先ほどのドラゴンボールとかそういう話があったと思うんですけど、昔から言うじゃないですか。山に行ったら強くなると。それはまんざら嘘でもなくて、修行に行って、その環境が酸素が少ないからですね、鍛えられるっていう。心肺機能が鍛えられるってことで、分かりやすく言えばそういったことで、そのトレーニングをした。 で、実際に実績を積んで。
ご自身で企画を出されたんですか? あまりにも高いので、学内の研究費だけではなかなか難しい、追いつかない。要は個人でしか、睡眠またはトレーニングどちらかになると思うんですけど、睡眠ではもう1人しかできないものなので、選手はたくさんいるわけで、もっともっと量産というか、たくさん作るにはどうしたらいいかっていうので、部屋をもっと大きくしようってことで、トレーニング重視ってことで低酸素のトレーニングルームを作ったっていう運びですね。
いわゆる費用対効果の部分とか、データや実績が出たよみたいなものは、やっぱ選手の活躍とかを。 そうですね。1つ、睡眠の方の論文を出してですね、それを大学の方に認めてもらって、やってみようってことでやっていただいたっていう。 だからベンチャーが投資家に資金調達のようなことをして、オーナーはそれじゃいいよと言ってくれたんですよね。見返りなんか言われなかったんですか?何位取れよみたいな。 いや、もううまくかわしました。 でも結果出してるじゃないですか、今。だって表彰台に登った時なんて学校内大喜びですよね。 そうですね。
ああ、そうですか。なるほど。じゃあちょっと実際に酸素がどれくらい効果があるのかというところを、論文も書かれてるということですが、説明をお願いしてもいいですか?
まさに酸素をうまく活用、利用するっていうことが1番の狙いで、ケニアの選手たちを例で言うと、彼らは標高の高いところで、2800ぐらいのところで住んでるんですよ。で、かつトレーニングをしてるんです。もうだいぶ古い研究なんですけど、ある研究者が彼らの強さを探るのに、やっぱり酸素が少ないっていうことが1つの大きな要因だってことで。かつ私たちのような日本人が、海抜0に近いところから2000mのところにいきなり行ったら、やっぱりきついわけですよ。で、適応するのにすごく時間が必要だと。トレーニングするってのはできても、そのクオリティを保つってのが難しいんですよね。具体的には強度とか、そういうのが難しい。で、その研究では、高いところから低いところに降りてきて、そこでトレーニングをすることによって、クオリティを担保するっていう、そんな工夫をして、それがすごく世界中に広がったんですよね。で、そこからこういったトレーニングが進むようになりましたね。
いわゆる日本とか、普通の高地じゃなくて平地の部分だと、酸素は大体20%ですよね。これケニアとかエチオピアとか、あの辺ってどんなもんですか? 高さにも当然よるんですけど、15%から16%ぐらい。わずか5%、6%変わるだけで、人はものすごく影響を受けるんですよね。 やっぱりあっちでトレーニングを積んでくると、皆さん高地に行ってトレーニングして結果が出てるんで分かるんですけど、やっぱりそれぐらい体感って全然違うものなんですか? 全然違いますね。
日本人の選手たちはよく菅平とか行きますね。ラグビーの聖地。 行ってました、僕も。 きついじゃないですか。 きついですね。もう2度と行きたくないですね、あそこ。 まあ菅平で1200ぐらいですね。で、戻ってきたら、あ、楽だなってのは感じられると思うんですが、それがですね、もっと高い、1000m以上高い場所になるので、それはもう適応すれば効果てきめんっていうことですよね。
なるほど。僕、NHK時代に長野局に行ってたので、あそこ多分400、500、600ぐらいあったか、700ぐらいあったはずなんで、なんかやっぱあそこでただ練習してるだけで、生活してるだけで、東京に来た時にランニングするとすごい楽だった記憶がなんとなくあったんですけど、もしかしたらあったのかなとか。どうでしょう?そんな感じることはない?気分の問題ですかね。 走ることにおいては、大体700mぐらいが分岐点と言われてるんですよ。 あ、じゃあ足りてないんだ、微妙に。へえ。 で、そこから、人にもよるんですけど、生活することも意味があったりとかするんですよね。で、それが厳密に言えばですね、より高いところ、2000mから2800ぐらいがいいとされてるんです。逆に高すぎても、アンデスの人とかチベットの人とかだと高すぎちゃうんですよね。 ああ、それもダメなんですか? そうですね。そうなると今度は運動ができないっていうことで。 なるほど。 また違った要素が出てきますね。
寝ながら鍛えるという表現がありました。これどういうことですか? これはですね、寝ながらそういう低酸素の環境に暴露すると、赤血球だったりがですね、増えるわけですね。赤血球の中にヘモグロビンがあるので、それがどんどん増える傾向にあるので。 どれぐらい増えるんですか? もう本当わずか、ここでは9%になってますけど、数%ですね。もうごくごくわずかなんですけど、赤血球量が増えると、要は酸素を運搬することが可能になるので、シーレベル、日本のような海抜0に近いところで走った場合にはですね、いわゆる楽に感じるっていうことですね。 なんか原典の研究では、2500m相当で暮らし、低地で練習したグループだけが5000mを13.4秒短縮って、これ5000における13秒って相当ですよね。 大きいですよね。この研究にはちょっと先ほども触れたんですけど、低地とあるんですけど、厳密にはですね、準高地なんですよね。確か1200とか1300ぐらいの標高でやってるんですよね。 簡単に僕も低地とか平地とか言っちゃってましたけど、ちゃんとした厳密なあれ。 そうなんですよね。それほど人はその酸素の量に影響を受けるわけですよね。
なるほど。でもこれどうなんですか?最初はみんな信じてたんですか? いや、全然信じてくれないですね。もう見えないものとの戦いですから。先ほどの酸素カプセルの説明と同様、説明しても右から左で、理解してもらうのにちょっと難しさを感じましたね。 だって練習だってきついですよね。 練習はきついですね。 そうなると学生とか当時からしてみると、嫌がりますよね。 嫌がりますよね。
でも今来てみると、やっぱ寝ながらヘモグロビンの量、赤血球が増えるっていうだけで非常に魅力的じゃないですか。皆さんがよくランニングされてるジョギングって、フォーム構築とかもありますけど、LSD、ロングスローディスタンスなんかは赤血球を増やすためにやってるようなもんなので。要は足の裏から着地するにつれて赤血球が死んで、で、栄養とか取って増えていく。要は酸素を運搬できる能力を上げるためにロングスローディスタンスをやってるんで、それが寝ながらやってくれるっていうんだったら、もう1番楽だな、ラッキーだなって思っちゃいますね。ただそれだけだともちろんあれですけども、それと一緒にLSDもやると、もう一石二鳥、一石三鳥なのかなっていう。
細かい話をすると、寝るだけだったらですね、効果は。 出ない。 ちょっと足りないところもあるんです。 練習プラス寝るっていう感じ。 そうですね。やはりそれ相当の練習もしつつ、しっかり管理するってことですね。自分の心拍数、寝起きの時の心拍数だったり、酸素飽和度って言って、指先につける計器があって、それで酸素の結合を見るっていうようなことで、それをずっと記録していって。 本当にちょっとのストレスじゃないじゃないですか、寝るっていうことに関しては。だからそのちょっとの積み重ねが、やっぱりこの大きな結果に繋がってるのかなっていうのは非常に思いますね。
どのタイミングで学生はやる気が変わっていったんですか? まず最初にあったのは、卒業生の村山紘太っていうのがいまして、彼が日本記録を1万で出した年が、卒業して1年目なんですよね。で、ずっと大学でそういう生活プラストレーニングもしてましたので、それを後輩たちは知ってるわけですよ。 確かに。紘太さんの強さとかで。で、まずそこで、その時代の選手たちは効果が期待できるっていうので見てたわけですもんね、ずっとね。
そうです。で、2020年の東京オリンピックを目指して、2018年頃からですね、山口浩勢っていうのが、3000m障害でオリンピック代表になったんですけど、自分の最後の人生をかけて東京オリンピックに出たいんだっていうふうに言って来てですね。で、低酸素トレーニングをさせてくださいということで、オリンピック前に1年半、約2年ぐらいですかね、かけてそのオリンピックを目指していったっていう。で、学生寮で生活をしてやってた時期があったんですよね。で、それが大きな要因かなと思いますね。 そうか。目の前で、しかもそれだけ意識高く取り組んでる選手がいたら、その姿勢自体も絶対選手には伝わりますもんね。 で、年齢的にもですね、当時29、30ぐらいだと思うんですけど、3000m障害が8分31秒から8分20秒切りまで行ったので、わずかその期間でですね、そういう成長が見られたってのは非常に大きかったなって思いますね。
なるほど。なんかやっぱり結果が出てくると、みんな見えないものに対しても信頼するんですよ。分かりやすいです。 今までちょっと人がいないなと思ってたところが満室になるんですか? 使ってなかったみたいな。 分かりやすいですね。
あ、そうですか。分かりました。じゃあちょっと最後にですね、このトップランナーの秘密というところで、トップランナーだけではなくて市民ランナーの方も、速くなるにはどうしたらいいのか、何歳でも速くなれるんじゃないかというところを、少しまず概要として紐解いていきたいと思います。速さが3つの数字で分解できると、要因が3つあるということです。ちょっと1、2、3、まず名前を教えていただいてもいいですか? まずですね、最大酸素摂取量。世間ではVO2maxとか、最近ですよね、ちょっとマックスをなくしてVO2とかっていうようなことを言ったりとかするんですが、酸素を1分間にどれだけ取り込むことができるかっていうものですね。 なるほど。2つ目は。 2番目はですね、乳酸性作業閾値、乳酸閾値とか、
単に乳酸とか言ったりすると思うんですが、その血中にですね、乳酸がどれほど出ているかっていうのを見たりするものですね。これはですね、長距離ランナーにとってはあまり高くない方がいい。そういったものですね。
なるほど。3つ目は
はい。これはですね、エコノミーがあるように、どれだけ経済的にことを進められるかっていうことで、2人選手がいたらですね、その一定のペースでのこれまた酸素の量を測定するんですけど、酸素の量が少なければ、その分コストがかかってないってことになるので、より経済性を持ってるっていうことですね。要は数値的に酸素摂取量が少ない人ほど強いっていうことですね。
なんかね、皆さん、根性でとにかく長い距離走れば強くなるって思いがちだと思うんですよ。陸上の人って違いますよね。やっぱちゃんと理論がありますよね。
そうですね。大方世間でやってるトレーニングは間違ってないんですけど、ただトレーニングを立案する時にこの3つを軸としてそのトレーニングがどう影響するかっていうことは非常に分かりやすいかなと思いますね。
ちょっと詳しく見ていきたいと思います。まず1つ目、最大酸素摂取量。ちょっとこれ一般成人男性から、キプチョゲの推定までちょっと1回出してみたんですけど、これ数字含めて、概要を教えていただけますか?
はい。1分間にですね、酸素を運動中、1kgあたり、どれだけ取れるかっていう数字なんですね。こちら、タイムはちょっと置いといて、数字が多い方がいいんですよね。要は酸素を取り込むことができる能力なので。
これをどう上げていけばいいのかというのは、後半の動画でちょっとしっかりと聞いていきたいと思いますが、ちょっと数字の違いだけ最後触れたいと思います。サブフォーランナーが55ぐらいだとした時にサブスリーが60だと、僕意外にここあんま変わんないんだなと思って、箱根ランナーに行くと70になってキプチョゲ81.4って、これどれだけ高いんだっていう感じです。
すごいですね。世界一強い選手っていうことで考えれば、こういった数字になるのかなとは思いますけど。ただですね、このトレーニングだったりで、こういった数字を上げるのはちょっと置いといて、この数字はですね、一般ランナーとかサブフォーランナー、サブスリーランナーってのはそのトレーニングの強度でやっていないから上がらないっていう見方もできるんですよね。
ああ。じゃ、誰でも上げられる。
上げようと思ったら上げられます。
おお。相当きついっすよね、練習。
そうですね。まさにマックスなので。仮にですね、サブフォーランナーが55っていう今数字になってますが、55であればこれを上げたければ55が出現する強度でやる必要性があるんですね。
なるほど。
ですが、マラソンランナーの方たちはなぜ低いかって言うと、トレーニングの場面でそういうトレーニングをまずしていないからそこが上がらないっていうのがあるんです。
なるほどなるほど。
あと目指すのがそのマラソンでのものなので、強度はマラソンで出現するようなものってのはもう最後の最後とか。
確かにそうですね。体力温存して最後みたいなもんですね。
そうです。だからマラソン自体が強度が低いので、そんなに求められてないってのが実際のとこなんです。
なるほどなるほど。そうですか。
ただその上限を上げることってのは、世界一強いと言われてるキプチョゲ選手を見ても分かるように、やはりその上限が高いといわゆる余力度ってのが全く異なると思うので、こういったところを刺激するってのは市民ランナーの人たち、マラソンランナーの人たちにおいても時々は必要だと思います。
そして2つ目です。乳酸性作業閾値。
はい。
これもなんか僕400mだったんで、300ぐらいからもうケツ割れして何にも動かない、あの乳酸。もう2度と味わいたくないと思いながら今度マイルリレーに出るんですけど。これ何なんですかね?急になんかいきなりグワンってくるじゃないですか。
はい。
これはどういうことなんですか?
えっとですね、これはですね、先ほどの西川さんで言えば、その400mとか速く走った時には乳酸って溜められる能力が高い人の方がいいとされてるんですよね。
溜めて我慢できるってことですか?
そう、そう、そう。でですね、長距離ランナーにおいては、これは特にマラソンをする人たちには関係があるんですけど、この乳酸はできるだけ少なく推移させたいんですよね。
はい。
ですが、どうしてもそのレベルが高くなったりとかチャレンジのペースだと上がっていくと思うんですよね。これはこの表で言うと横軸が強度、走ることなので速度と表せていますが、1分間に何メートルっていうようなことで行くとですね、学生の長距離ランナーの例なんですけど、縦軸が心拍数。心拍数は運動してなければ大体60から70、多い人で75とか学生だとあると思うんですが、運動強度上げていくともう直線的に上がるんですよね。
おお。
で、乳酸っていうのはある一定のところまではそんなに上がらないんですね。
そうなんですね。なんかほぼ横ばいなんですね、最初。
そうです。そうです。それをもう速度ごとに取っていくとですね、あるところからぐっと上がってき出すところがあるんですね。そこを乳酸性閾値とかっていうところなんですね。
これがだからなるべく右に右に行けば
そうです。赤の線に近づくと、速度が上がっても乳酸が出てない、よいことになるんです。で、より余裕を持って走れるってことにつながるので、盛んにみんな長距離ランナーはこれを見てるんですよね。
はい。
ちょっとこれも上げ方についてのことを聞いていきたいと思います。そして最後ランニングエコノミー。ランナーAとBで例えていただきましたが
はい。例えばですね、分かりやすい例で言うと双子のランナーがお兄さんがAでBが弟だったとしたら、Aの選手は走るスピードがですね、キロ3分。Bも同じくキロ3分。同一速度で走った場合に1分間に使う酸素の量が、Aは60、Bは66という数字になると、要は同一速度での、いわゆる強度が一緒にも関わらず酸素の摂取量が多いか少ないか見た時に、少ない方が当然いわゆるエネルギーとしては必要としていないってことなので効率がいいってことです。
はい。ガソリンの燃費がいいっていう。
へえ。これって何が違うんですか?フォームとかって
いろんな要素がありますね。フォームだったり、筋力だったりですね。元々のものだったりですね。体の全体的なものだったり、もっと細かくは神経機能だったりですね。そういったものが関係してきますね。
てことはVO2maxが例えば高かったとしても、ランニングエコノミーが悪い人だったら、なんかもったいないっていうことですよね。
指標は同じ酸素を見てるんですけど、全く違った視点で見てるわけですよね。
だからあれか、その車のガソリンの入る容量の最大値みたいなものがVO2maxで、これをどれぐらい消費していけるのか、燃費がランニングエコノミー。
はい。少なくするっていうのが燃費。
ああ、なるほど。だからこっちも鍛えてく必要があるってことなんですね。で、どっかいきなり行くとなんかなんですか、エンプティマークが出始めて
そうですね。
やばい。ちょっと制限しなきゃみたいになってくみたいな。
そう。なくなってしまうと、要はマラソンで言えばちょっとこう力が入らないなっていうようなことになるかなと思いますね。
マラソンでは結構その頑張るっていうイメージがあるじゃないですか。
はい。はい。あります。
頑張っちゃだめなんですよね。頑張るとどんどんどんどんエネルギー使っちゃうんで、頑張らないでどれだけ省エネで少しずつこうエネルギーを使っていけるかっていう方が大事なんで、そのことをこう可能にするのが要はフォームだったりとか、筋力でそういったことに繋がってくるのかな。
だから、まさにマラソンランナーからすると、2と3の、乳酸とエコノミーを見るっていうのは非常に重要ですね。
なるほど。
後半のところでちょっと具体的なところは聞いていきますが、ここまで一旦大学の、それぞれチームマネジメントと最新科学のところを成し遂げてきましたけれど、箱根がやっぱり全てではないと。どういうところを掲げられてるんですか?
あんまり大きな声では言えないんですけど、箱根駅伝は最終的な目的ではないと。手段であるっていうような考えを持ってるんですね。元々箱根駅伝自体はトレーニングとして取り入れられたものなので、それが時を経てその、競技を持って面白いというようなことがずっと続いてですね。ある種オリンピック種目と逆転現象が起きてるってのが実際なとこだと思うんです。
確かにですね。
はい。駅伝を利用しつつオリンピックへ、あるいは世界大会へ、海外の選手と戦うっていうことをやっぱり考えていきたいと思ってます。
ああ、分かりました。後半については先ほどの3つの要素をどういう風に高めるかというところを聞いていきたいと思います。一旦まずここまで櫛部さんと三田さんありがとうございました。
ありがとうございました。
どうやったら速くなるのかというところを聞いていきたいと思います。フルマラソンの平均タイムが1番速かったのが、42歳になると。40歳以上の方がよく言われるのはもう速さは今お金で買う時代だみたいな。まずVO2maxに向き合ったらいいんだっていう。僕としてはあんまり気にしない方がいいのかなと思って、その時間をどれだけ楽に走れるかっていう方が大事なんですね。そしてみんななんかそのジョギングがトレーニングになっちゃうので
はい。そうなってくると要は質が上がらないし、最大酸素摂取量を改善したければ、その最大酸素摂取量が出現するポイントでやらなければ意味ないのか、得られない。100kgのベンチプレスを上げたければ、100kgかもしくは100kgよりちょっと低いところでトレーニングする必要性がありますよね。
間違いないですね。筋力に負荷をかけてから走らせたりとか。
はい。簡単に言えばやっぱりそのドリルで神経系を改善するっていうのがやっぱり主だと思うんで
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