スパイダープラスはなぜMBOではなくインフォマートとの資本業務提携を選んだのか

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概要

建設業界向けにITプロダクトを提供するスパイダープラス(証券コード4192、グロース市場上場)が、インフォマートとの資本業務提携を発表した。同社にとって初めての資本業務提携であり、創業者の伊藤謙自社長が自身の保有株を譲渡したことで、持株比率は50%を下回った。M&A BANKのMCである島袋直樹氏が、提携を選んだ理由、比率を5%にした経緯、コールオプションの意味、今後のM&A方針を伊藤氏に聞いた。伊藤氏は、今回の提携を成長のための選択と位置づけ、そのために自ら営業の現場に出ると語る。

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建設業界から紙をなくすという出発点

スパイダープラスは2021年3月末に上場した。業種はITだが、顧客は建築会社であり、建築会社の業務効率化を支援するITプロダクトを提供している。

伊藤氏は北海道出身である。高校卒業後に上京し、建設資材の商社に入社した。その後に断熱工事の会社へ移り、24歳で独立して工事会社を経営してきた。転機は初代iPadの登場だった。伊藤氏はこれを革命的だと感じ、アナログで図面が非常に多い建設業界で何かできないかと考えた。図面そのものがなくなるかもしれない、という発想から事業が始まったという。

伊藤氏によれば、現在は紙の図面を使い続けている会社はほとんどなく、大半の会社がタブレットで図面を見るようになった。「建設業界から紙をなくす」という当初の目標の一つは、ある程度クリアできたと伊藤氏は考えている。ただ、業務効率化という点ではまだやるべきことが多く、そこを広げていく段階にあるという。

業務提携だけではコミットが続かなかった

提携の話題で島袋氏はまず、なぜ業務提携にとどめず資本まで絡めたのかを尋ねた。伊藤氏の答えは、これまでの経験に基づいている。スパイダープラスはこれまで多くの会社と業務提携をしてきたが、業務提携だけでは事業へのコミットがなかなか続かず、自社側もうまくいっていなかったという。資本が入れば、双方とも必ずコミットしなければならなくなる。何度もミーティングを重ねるなかで、思い切って資本業務提携まで踏み込む方向に決まったと伊藤氏は説明した。

インフォマートの建設業界向けBtoBシステムとクロスセル

インフォマートは建設業界のイメージが薄い会社である。島袋氏がなぜ組むのかを尋ねると、伊藤氏はまず同社の成り立ちを説明した。インフォマートはレストランや食材卸の会社向けのBtoBシステムで大きくなった企業である。レストランがコーラやビール、食材を発注するときに使う仕組みがその中心だ。伊藤氏は、同社をSaaSという言葉が広まる前からそのビジネスモデルを手がけてきた会社だと紹介した。

そのインフォマートが最近、建設業界向けのBtoBシステム「トレード」を新たに作った。しかし建設業界の知見はそれほど多くない。そこでスパイダープラスに声がかかり、一緒に何かできないかという話になったという。

提携の中心はクロスセルである。伊藤氏が聞いている範囲では、トレードの契約者数は500社前後で、中小企業が圧倒的に多い。一方のスパイダープラスはエンタープライズの顧客に強いが、中小企業の顧客も1,000社以上、1,500社以上抱えている。伊藤氏はこの数字から、スパイダープラスがトレードを売る場合、中小企業だけでも1,000社程度の売り先があると見積もる。エンタープライズ向けにはカスタマイズが必要になるものの、そこにも入っていける可能性があると考えている。反対に、インフォマートの500社前後の顧客は、スパイダープラスにとって新たな営業先になる。

期待するのは「粘着力」

伊藤氏が最も期待しているのは、顧客の「粘着力」だという。スパイダープラスは検査などのシステムを提供してきたが、BtoBの機能は持っていなかった。そのため、一気通貫で自社プロダクトをポータル化するのは難しかった。

建設業界では、元請けの中小企業やエンタープライズ企業が、下請け会社と日常的にやり取りしている。伊藤氏はまず、その請求のBtoBの部分をつなぐところから始めたいと話す。現場の業務から請求までを一気通貫で扱えるプラットフォーム企業になれれば、それが強い粘着力になるという考えだ。

島袋氏はこれを、SaaSで重要な解約率(チャーンレート)に大きく影響しうる提携だと言い換えた。伊藤氏もこの見方を認めている。

比率は5%、新株ではなく社長の保有株を譲渡

インフォマートが取得するのは5%である。伊藤氏によれば、1%や2%では中途半端なので、5%にするか10%にするかで議論があったという。

今回の株式は、新株発行ではなく伊藤氏の保有株から渡している。会社としては資金が十分にあり、お金は必要ない。一方で、資本業務提携である以上、一定の株式は持ってもらう必要があった。そこで既存株主の持分を希薄化させないよう、伊藤氏個人の株を譲渡する形にした。

島袋氏は、創業オーナーが株を売れば「イグジットしたのでは」と受け取られかねないと指摘した。これに対して伊藤氏は、あくまで希薄化させないための方法だと答えている。10%にしなかったもう一つの理由として、伊藤氏は現在の時価総額を挙げた。今の株価では安すぎて、10%や15%も渡したくないという思いがあったという。株価はまだ上がると考えているのかと島袋氏が確認すると、伊藤氏は「もちろんです」と答えた。

2028〜2029年に15%を取得するコールオプション

今回の提携では、5%の取得に加えてコールオプションも設定された。伊藤氏の説明では、インフォマートは2028年から2029年1月までの間に、スパイダープラス株式を15%取得する権利を持つ。この株式も伊藤氏の保有株から渡す。

このコールオプションはインフォマート側から提案された。より強い業務提携を目指すなかで、インフォマートはスパイダープラスを持分法適用会社にしたいと考えたという。5%と15%を合わせると20%になる。伊藤氏は、持分法適用会社になってもインフォマートの子会社になるわけではないと付け加えた。

伊藤氏がこの提案を受け入れた背景には、自身の持株の行き先という問題がある。伊藤氏はいずれ引退することも考えている。持株比率は53%あり、今回の譲渡で48%になったが、それでもまだ48%を保有している。この株を誰に引き継ぐのがよいかを考えたとき、インフォマートのような会社に安定して持ってもらい、双方の業務もうまく回る形が最もよいと判断したという。

伊藤氏は、行使期間までの2年間を「第1の勝負の年」と位置づける。2028〜2029年までに株価を上げることは、伊藤氏自身の将来の利益にもなり、株主の利益にもなるからだ。

50%を割って「ようやくガバナンスの効く会社になった」

島袋氏は経営者として、過半数を持っているかどうかは大きく違うと述べ、50%を割った瞬間の心境を尋ねた。伊藤氏の答えは、「ようやくガバナンスの効く会社になった」というものだった。

伊藤氏はその理由を資本政策の制約から説明する。今の株価では新株発行をしても大した額は集まらない。10%の新株を発行しても数億円にしかならず、それで10%も希薄化させることはできない。かといって、自分の株を市場に放出することもできない。そうしたなかで、市場に出さずに伊藤氏の株を引き受けてくれる会社が現れたことは、コーポレートガバナンスの観点から非常によいことだと伊藤氏は考えている。50%を割るのは上場会社のあるべき姿であり、むしろちゃんとした上場会社になるための第一歩だと語った。

MBOの打診を断り、インフォマートを選んだ理由

伊藤氏は、インフォマートを「SaaSという言葉がない時から事業をやってきたパイオニア」と見ている。食品・レストラン業界で先駆者になった大先輩から学べることは大きく、腹をくくってやるしかないと考えたという。スパイダープラスも建設業界のパイオニアになっていくなかで、インフォマートに教えを請いながら成長することが重要であり、そのための株式保有だと位置づけた。

島袋氏は、インフォマート側の立場を個人的に推測した。インフォマートは事業を大きく伸ばせると見ているのではないか。本当は20%以上欲しいが、まず5%を取得し、伸ばせる自信があるからこそコールオプションをつけたのではないか、という見立てである。

これに対して伊藤氏は、これまでMBOの話もあったことを明かした。株価がここまで下がると、20%や30%のプレミアムをつけるのでMBOをしないか、という話は当然来るという。しかし伊藤氏は、MBOをしたところで何になるのか、というのが正直な気持ちだったと語る。考え抜いた結果、業績を上げるために自社に足りない部分を教え、補ってくれる存在はインフォマートしかいないという結論に至ったという。

どう考えたのかと島袋氏が聞くと、伊藤氏は一人で、どちらかといえばサウナで考えたと答えた。自分の株のことなので自分で考えるべき問題であり、会社のために何が一番よいかを考えたうえで、5%を引き受けてもらうと決めたという。ただし伊藤氏は、こんなに安い時価総額で5%も売りたくなかったのが本音だとも話している。

交渉の経緯も語られた。インフォマートは当初、半分冗談のように20%ほど売ってほしいと言ってきた。伊藤氏が「こんな安い株価で売れるわけがない」と返すと、先方は「この株価だから欲しい」と答えたという。そのうえで伊藤氏は、コールオプションの意味を「お約束のようなもの」と説明する。2年後にスパイダープラスの株価が1,000円になっていようと、インフォマートは残りの15%を買うことになる。だからこそ2028〜2029年までにどこまで株価を上げられるかが問われる。伊藤氏は、その後も30数%を保有する筆頭株主であることに変わりはなく、株価を上げにいく姿勢は変わらないと述べた。

社長自ら全国を回る営業体制

業務提携の実行体制について、伊藤氏は次のように説明した。スパイダープラスのセールスグループが勉強会を開いてトレードを売れるようにし、インフォマート側もスパイダープラスを学んでクロスセルする。スパイダープラスには代理店やパートナー企業が多いが、今回はそれらを通さず直販で始めるという。それぞれの社員を教育し、各社が自社商材と相手の商材をあわせて売る流れができているという。

伊藤氏自身も営業に出る。収録後に札幌へ飛び、翌朝8時から3日間で札幌周辺の15社を回る予定だと明かした。訪問先はスパイダープラスの顧客であり、トレードを「スパイダープラスが新たに取り扱う商材」として提案する。売れればスパイダープラスの利益にもなる。

伊藤氏は当初、北海道から九州まで全国100社を自分で回りたいと営業部門に伝えた。しかし100社は時間的に無理だと言われ、最低でも50〜60社程度を回ることになったという。トレード自体は理解しているが、実際の営業のやり方を含めて理解を深めたいという。それに加えて、社長が社員に背中を見せること、そしてこれだけコミットしているとインフォマートにも伝えることが大事だと語った。

島袋氏は、社長自身が現場で一次情報を得られる点に加えて、インフォマートへの牽制にもなると指摘した。伊藤氏はこの点を「かなり大きい」と認めている。島袋氏が、自分がインフォマート側ならこちらも売らないとまずいと感じると述べ、この動画を見たらプレッシャーになるだろうと言うと、伊藤氏も笑って同意した。

今後の資本政策とM&A:狙いは上場できずVCが手放せない会社

今後の資本提携について、伊藤氏はインフォマートがいるので基本的にはないだろうと話した。5%や3%程度ならありうるかもしれないが、それ以上はまずないと考えている。

一方で、スパイダープラスが買う側に回るM&Aは当然考えられるという。建設DXのより広い領域をカバーするため、AIを徹底的に活用している建設DX企業やロボティクス企業など、優れた会社があれば「買えるのであればどんどん買っていきたい」と伊藤氏は述べた。まだそうした会社の話を聞いたことはないとしつつ、対象は建設向けに限らないという。AIやロボティクスに強く、自社プロダクトに生かせる会社であれば検討したいとしている。

島袋氏は、外部資本を入れずに少人数で成長する若い会社や、AIに非常に詳しい個人をタレントとして迎える可能性についても尋ねた。伊藤氏は、ありえなくはないが、そうした情報が自社にまで入ってくるかは何とも言えないと答えた。

伊藤氏が狙い目と考えているのは別のタイプの会社である。現在は上場のハードルが高くなっており、上場できず、VCも手放すに手放せない会社がある。そうした会社のなかにAIや建設DXの有力企業があれば、喜んで買いに行きたいと語った。島袋氏がVCやIPOを準備していた建設系SaaS・サービスの経営者に相談を呼びかけると、伊藤氏も「ぜひVCの方よろしくお願いします」と応じた。

「第2創業期ではないが、本当の意味で大きく成長するタイミング」

最後に伊藤氏は、今回の提携への思いを語った。インフォマートとの資本業務提携は、スパイダープラスにとって初めてのものである。インフォマートは同社にとって特別な存在であり、SaaSの大先輩であり、一つの業界を制覇した会社だという。そこから得られる知見は確実にスパイダープラスのプラスになる。伊藤氏は、第2創業期とまでは言わないものの、本当の意味で大きく成長するタイミングだと考えていると締めくくった。

伊藤氏自身が認めるとおり、成否はコールオプションの行使期間となる2028〜2029年までに業績と株価をどこまで引き上げられるかにかかっている。